2006年10月22日

広島ドッグぱーくの件がいわゆる動物愛護法にある罰則の適用を受けないという話を聞いて、理由は何だろうかと考えていたら、手がかりを得たので考えてみました。

刑事告発をしない2つの理由

kanakoさんのブログ アニマルポリスを誕生させよう!の「ひろしまドッグぱーく問題・広島市議会にて」にリンクがあったのですが、考えるきっかけになったのは、

松本大輔 衆議院議員のスタッフ日記にある広島県議会厚生委員会の傍聴記
ドッグぱーく問題で広島市議会傍聴と広島市の「ひろしまドッグぱーくの犬たちについて」の2つのページです。

刑事告発をしない2つの理由があるように思いました。


ひとつは、法の解釈です。広島ドッグぱーくの犬たちの管理をしていた者は「みだりに」殺傷・虐待したわけではないので、道義的な責任はともかく、法的な責任は問えないというものです。傍聴記がどこまで正確なものかはわかりませんが、「みだりに悪意を持って虐待をすれば違反だが、そこまでの事実は認められない。」と発言が広島市(行政)側からあったと記されています。

(動物愛護法の罰則には、「愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」「愛護動物に対し、みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行つた者は、50万円以下の罰金に処する。」とあります。)

もうひとつは、事実判断です。給餌・給水などは行われていたし、瀕死の状態、栄養失調の状態などにもなかったので、そもそも「虐待」にもあたらないという考え方です。広島市の言葉によれば「今回の調査では、死亡している犬や、瀕死状態の犬はいませんでしたが、これまでに立ち入ることができなかった犬舎の犬は、全般的に痩せており、栄養状態も悪く、また、給餌や給水が量的に不十分と思われました。」ということです。

以前の報道でも栄養失調というほどではない、といったコメントが現地入りしていた獣医さんだったか、保健所の方だったかからあった記憶があります。アークエンジェルズ経由で流れてくる情報では、全ての犬が栄養失調状態にあるとか、あと1週間あの状態にあったら餓死していただろうといったことになってます。少なくとも一部の犬については、眼球が失われているとか、全身皮膚病に侵されているといった様子がメディアで報じられてもいます。マスコミでコメントされていた獣医さんと思われる方の中にもあと1〜2週間で死亡していたというようなコメントをされていた方がいました。これだけの差があるのはどうしてなのかはちょっとわかりません。

事実関係の解明については、自分でやるよりも他の方々にお願いした方が早く済みそうに思うので、ひとまずは大量の犬が栄養状態・衛生状態とも問題のある状況におかれ、一部は衰弱や病気の罹患などにいたった、というぐらいに理解しておいて、それが「虐待」にあたる可能性を法解釈の面から考えてみました。(といっても素人のやることなのでいずれにせよ限界がありますが。)

「みだりに」と「悪意を持って」の意味

「みだりに」殺傷・虐待するというのが何なのかというのは素人にはよくわかりませんが、広島市はこれを「悪意を持って」と解釈しているようです。では、悪意がなければ「みだりに虐殺する」とは言えないのだろうか、ということをまず考えてみましたが、調べてみるとどうもそういうことはないようです。

それだけでなく「みだりに虐待する」ことが罪になるわけではなくて「みだりに殺傷」したり「みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等」の行為が虐待にあたり、虐待にあたるなら罪になるというのがこの法律の主旨のようです。

まず、「みだりに」という語の意味を考えてみました。これは悪意を持って何かを行うということを意味しているのでしょうか?

普通の日本語としてとらえてみると、みだりに虐待するというのは、たとえば「軽率に」「遊び半分で」「責任に対する自覚を欠いたままで」などと言い換えられそうです。

どれだけ参考になるかどうかはわかりませんが、「法律上認められた正当な理由がない限り」といった意味を持つことがあるそうです。(沖縄翻訳通訳研究所 用語の特殊な使い方 「みだりに」)もしこのような理解を今回の件に適用していいのであれば、悪意を持っているかどうかには関係がなさそうです。

中央環境審議会動物愛護部会議事要旨・議事録から何か見つかるかと思いましたが、改正法案が可決されたのは2005年夏ですが、この時期には審議会が開かれておらず、議会で可決された後に審議会にかけられているようです。(それ以上のことは今のところ把握していません。)

ほかに、動物の愛護管理のあり方検討会の第2回にも少し議論があります。これは動物愛護法の改正が行われるよりもかなり前のもののようですが。

残されている議事録からは特に解釈の参考になりそうな部分は見当たりませんでしたが、配布された資料には、虐待についてどのように捉えるべきか解説したものがあります。第2回の議事次第のページに配布資料もリストされていますが、資料2 虐待及び遺棄の防止規制に解説があります。

「虐待は場所的な隔離を伴わないで必要な保護を与えない行為」
(1 概要(1)規制の意義等 )



「基本的に動物の被る「苦痛」を中心に虐待の概念を捉え、これに人間の側の「目的」ないし「必要性」等の事情を加えて総合的に判断することが妥当であると考えられている。具体的には、動物の被る肉体的・心理的「苦痛」の種類・程度、方法の相当性等の客観的要素と、人間の側の事情、特に目的・必要性等の主観的要素を十分考慮し、社会通念に従って総合的に判断すべきものである。」
(2 虐待 (1)「虐待」の考え方 )


などと解説されています。これだけであれば、虐待の定義はそのようになっていたとしても、みだりに虐待することはまた別に定義されるべきもので、「みだりに」=「悪意を持って」という図式が成り立つ可能性が残っているように思います。

ですが、また、同資料の図解部分には、次のようにあります。

本模式図は、主として「みだり」の解釈に着目して、虐待行為の考え方を概念的に表したもの。なお、図中の「必要性」「苦痛」の量は絶対量を意味したものではない。


この図では、「妥当な利用」と「虐待」が対置され、それを判断する要因として、動物利用の合理的必要性、苦痛軽減の努力、動物の受ける苦痛の程度を挙げています。

ここから、そもそも広島市議会の傍聴記にあった図式自体がこの説明と合わないことがわかります。傍聴記の方では、「妥当な利用・許される虐待」と「許されない虐待であるところのみだりに行われる虐待」という対置があるようですが、この委員会資料では虐待であればいずれにせよ許されないものであり、虐待というのはみだらに殺傷することなどを含んでいるのだ、という風に説明されています。

そして、許されない行為であるところの虐待は、特に悪意を必要とするものではなく、動物の利用に合理的必要があるか、苦痛軽減の努力があるか、苦痛のレベルはどの程度か、ということを考えて決めるものだということです。

苦痛軽減の努力を怠っていれば、それが悪意のせいであろうと、他の理由によるものであろうと、虐待になる可能性はあるわけで、罰の対象になりえるわけです。

裁判の判決からも、同じような帰結が出ます。神様お願い!!僕たちを助けて。というサイト内にペットと動物に関する法令・判例アーカイブのコーナーがあって、「動物愛護法27条2項の「虐待」の定義が適用された最初の事案(伊那簡易裁判所 平成15年3月13日判決)」としてこの判決の全文が掲載されています。ここでは「虐待」の定義は次のように述べられています。


動物の愛護及び管理に関する法律27条2項に規定する「虐待」とは,愛護動物の飼育者としての監護を著しく怠る行為を指すものであり,その代表的な行為として「みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる行為」が例示されているものと解される。

したがって,必ずしも愛護動物が「衰弱」していなければならないものではなく,著しく不衛生な場所で飼育し,給餌又は給水を十分与えず愛護動物を不健康な状態に陥らせるといった行為も,上記「虐待」に該当するものと言うべきである。


この定義でも、悪意の有無は問題にされていません。また、罰の対象となるのは「虐待」であって、「みだりに」虐待した場合に限られないのも上の委員会資料と同じです。むしろ「みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる行為」が虐待の一例であって、「愛護動物の飼育者としての監護を著しく怠る行為」であれば虐待にあたり、罰の対象となると説明されています。

ついでに言えば、飼い主が病気で身動きがとれなくなったなどの諸事情を考慮して罰の斟酌が行われていますが、このような事情があるにも関わらずひとまずは有罪であるとされて、その上で刑が軽くされている点は注目に値するように思えました。そしてもちろん、「著しく不衛生な場所で飼育し,給餌又は給水を十分与えず愛護動物を不健康な状態に陥らせるといった行為」が虐待にあたるという説明は、広島ドッグぱーくについてしばしば言われてきたことと非常によく合致するので、管理者側の事情を考えると刑の軽減があるとしても、虐待であることには変わりがないのではないか、という可能性を感じさせるものでした。

(もっとも、管理者側の事情がどのようなものであるかという事実判断の部分については自分にはよくわからないので、ここではあくまでも可能性を感じさせる、という程度の感想に留めておこうと思います。)

傍聴記の記述にあるところの「みだりに悪意を持って虐待をすれば違反だが、そこまでの事実は認められない。」という発言がその通りだとすると、その背後にある考え方「みだりに、悪意を持って虐待をすれば違反だが、単なる虐待は違反ではない」というのは、控え目に言って極めて疑わしいものであるように、これまで見つかった資料からは思えます。

更に2つほど、傍証になりそうな情報を書き留めておきます。

上にあげた委員会資料には「旧動物保護管理法違反虐待事例」があります。

そこには、殴打など暴力的な行為をはたらいたことが虐待とされたケースも多くありますが、給餌・給水を怠ったことが虐待とされたケースもあります。後者のケースは広島ドッグぱーくの問題を考える上では参考になると思うので抜粋・列挙してみます。


昭和55年7月ころから飼育中のライオン(雄、7歳位)を、縦1.82メートル、横0.9メートル、高さ1メートルの狭い檻内にとじこめた状態で、かつ、充分な給餌をしないで飼育したため、同年12月13日ころ、岡山県高梁市A町B C番地の空き地において、栄養失調、運動不足等によって衰弱死するに至らしめ、もって保護動物を虐待し(動物の保護及び管理に関する法律違反)

被告人は、繁殖用牛1頭、肉牛2頭を飼育していたものであるが、昭和62年2月3日ころから同月10日ころまでの間、秋田県鹿角郡A町B番地所在の畜舎において、右牛3頭に餌も飲み水も与えずにこれを放置し、もって、保護動物である牛を虐待し、餓死させたものである。

被告人は、別紙一覧表記載のとおり、旭川市A番地の畜犬係留場において、B ほか3頭の犬を所有し飼育するものであるが、保護動物である右4頭の犬に対し、平成10年9月12日ころから同月16日までの間、給餌を行わず、犬を虐待したものである。

被告人は、川崎市A区B番地株式会社C組資材置場敷地内に犬舎を設置し、同犬舎内において愛護動物である犬2匹(D、E)を飼養していたものであるが、平成13年4月上旬頃から同年6月2日までの間、同所において、両犬に給餌及び給水を行わず、上記Dを死亡させるとともに同Eを衰弱させ、もってみだりに愛護動物に給餌及び給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行ったものである。

被告人は、北海道網走市A先畑地において、馬(通称ポニー)2頭を飼育していたものであるが、平成12年12月中旬ころから同13年1月中旬ころまでの間、前記2頭の馬に対し、みだりに給餌をやめることにより衰弱させ、もって愛護動物に対し虐待を行ったものである。

被告人は,長野県上伊那郡A町B番地及びその周辺土地において「C乗馬牧場」を経営し,同所に設置された厩舎において被告人が所有・管理する愛護動物である馬2頭(クォーターホース1頭,シェトランドポニー1頭)を飼育していたものであるが,平成13年3月9日ころから同年4月11日までの間,上記馬2頭に対し,死馬2頭が放置されていた上に馬糞の清掃もなされていない不衛生な環境の下,十分な給餌をせず栄養障害状態に陥らせる虐待を行ったものである。

被告人は、平成14年6月下旬ころから同年7月14日ころまでの間、宇都宮市A町B番地C市営住宅D号棟E号室所在の被告人方において、飼育中のねこ2匹に対し、みだりに必要な餌を与えず衰弱させるに至らしめ、もって愛護動物を虐待したものである。



これらの記述を読む限りでは、悪意の有無を判断しているわけではないようですし、みだりに虐待しているかただの虐待であるかという議論をしているわけではなくてみだりに餌を与えないことが虐待であり、虐待であれば罰を加える、という考え方になっているようです。

谷博之参議院議員が、動物愛護法の立法過程を伺うのに参考になるページ動物愛護・外来種対策ワーキングチーム(WT)を残しています。

「2005年3月時点でまとめられた政策骨子」では虐待について具体的な例示を盛り込むという案になっていますが、「健康・衛生管理の怠慢」、「精神的・肉体的苦痛を与える行為」などが虐待に相当するという考え方が示されています。

ここでも、虐待が何かを問題にしており、「みだりに虐待を与えること」が問題になっているわけではありません。

不透明性

上のような考え方を疑問に付すような、あいまいさも見つかります。

まず、上に挙げた政策骨子内の虐待の例示ですが、実際に通過した法案にはそのような例示は見当たりません。

これと似た話は、動物愛護団体ALIVEの「「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正の要望事項」にもあります。要望事項の最初に、虐待の定義に怠慢を含めることとあります。虐待の内に入らないから行政が動かない、と指摘されています。同じ団体の「 連載・動物愛護管理法の改正に向けて(3) 次々と、悪質な動物業者の事件が発生 動物取扱業の規制強化の必要性」にも次のようにあります。


前回の法改正ではじめて、「みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待」という項目が入ったので、以前なら餓死させたくらいでは逮捕されることもなかった者が、はじめて摘発の対象となるようになりましたとはいうものの、狭いケージに閉じこめたままにして糞尿にまみれさせ、不衛生状態で長い間放置していたり、栄養不足で体力をおとろえさせた結果として病気にさせたり衰弱させるた場合は、なかなか虐待とは認めてもらえません。


(ここでいう前回の法改正というのは、1999年の動物愛護法改正のことだと思います。この連載はそれを受けて、2005年の法改正に向けた課題を洗い出すという形になています。)

実際には飼育の怠慢を虐待の一種として盛り込むという改正は起きなかったわけですが、だとすると、飼育の怠慢は依然として虐待の定義に含まれていないことになります。

また、似たような経緯が、谷議員が提案したものの反対にあって採用されなかったと解説されている付帯決議案にもあります。ここには、次のような文章が含まれています。


七、動物虐待の摘発、立件に当たっては、自己の所有する動物に必要な治療行為を施さずに死に至らしめる等の不作為のケースについても、正当な理由がない限り、社会通念を踏まえて適切な処分を検討すること。


つまり、2005年の法改正の際に、議会は飼育の怠慢を定義に加えることはしなかったし、行政はそれ以前から飼育の怠慢で動物が衰弱する程度なら動こうとしなかったということになります。

今回の件も、規模が大きいことを除けば、飼育の怠慢で動かない行政が動くような件ではないのかも知れません。

考えてみると、議会、行政、法廷と3つの判断が微妙に食い違っているようです。1999年時点で、議会は飼育の怠慢については特に明言しなかったわけですが、法廷は飼育の怠慢であっても「愛護動物の飼育者としての監護を著しく怠る行為」であれば虐待にあたり、犯罪だとしているわけですが、行政は末端レベルでは犯罪でないと判断しているか、犯罪であってもわざわざ起訴するほどのことではないとしているようです。ですが、環境省の委員会のようなレベルでは、「苦痛を避ける努力」などが足りなければ虐待になりうるという説明をしていますから、行政内部では統一がとれていません。それに対して議会は2005年改正でも明言を避けています。

行政と司法では司法の方が法解釈上は正当性を持つような気がしますが、簡易裁判所の判決なので、それがどの程度の拘束力を持つのかちょっとわかりません。行政の内部も統一していないようですから、そこに議会が何も言わなかったことを加味すると、「結局議会は裁判所の判断を否定することはなかった」ととるのがいいのでしょうか? それとも、裁判所は議会が飼育の怠慢を虐待として盛り込まなかった意味を認識し、今後は飼育の怠慢程度では問題にしないというような線で判決を出していくべきなのでしょうか? 

まとめなど

広島市の考え方がどのようなものかについては、直接厚生委員会の議事録を見ることはできなかったので、傍聴記を参考にしました。

そこで「みだりに悪意を持って虐待をすれば違反だが、そこまでの事実は認められない。」とあったので、もしもそれが広島市の考え方だとしたら、という前提で考えを進めました。

環境省の動物の愛護管理のあり方検討会という委員会の資料にある虐待の詳細な解説、2004年の伊那簡易裁判所の判決を参考に考えると、そもそも「みだりに」虐待をするとか「悪意を持って」虐待をするという必要はなく、虐待があれば違反だということになります。

虐待とは、前者の言葉を借りると、「具体的には、動物の被る肉体的・心理的「苦痛」の種類・程度、方法の相当性等の客観的要素と、人間の側の事情、特に目的・必要性等の主観的要素を十分考慮し、社会通念に従って総合的に判断すべきものである。」ということになり、後者の言葉を借りると「「虐待」とは,愛護動物の飼育者としての監護を著しく怠る行為を指すものであり … したがって,必ずしも愛護動物が「衰弱」していなければならないものではなく,著しく不衛生な場所で飼育し,給餌又は給水を十分与えず愛護動物を不健康な状態に陥らせるといった行為も,上記「虐待」に該当するものと言うべきである。」ということになります。

そこで、広島市があのように考えていたなら、それは間違いなのではないかとまずは思います。

また、広島ドッグぱーくについては、事実関係を詳しく調べてみないとわからないものの、「ボランティアの協力を断る」「行政の立ち入り検査を一部断る」など犬たちの状況に照らして考えるとどうも適切とは言えない方法で苦痛をもたらしたようですし、その苦痛の内容には、一部の獣医師があと1・2週間もすれば餓死していたかも知れないとコメントしたり、栄養失調のために眼球が失われたり、糞尿が放置されていたり、皮膚病で犬種がわからなくなるほどに脱毛したり、成犬としては異常な体重の軽い犬が複数見られたり、給水器にコケが生えていたり、といったことが含まれていますから、全体としてどうかということは別にしても、事実関係を詳しく調査してみる価値ぐらいはありそうな、調べてみると虐待に相当する行為がいくつかは見つかっても不思議でないような件だという感じがします。

ところが、末端の行政はどうやらこの程度の状況に対しては介入しない慣行があるようですし、広島市の今回の態度もその延長線上に捉えられるようです。これを打破すべく「飼育の怠慢」を虐待の定義に含めようという試みが動物愛護団体や議員さんなどからあったものの不成功に終わっています。ということは、もしかすると上記の委員会資料や簡易裁判所判決に示された考え方が間違いであって、行政の末端の慣行が正しい、という可能性も否定はできなさそうに思います。議会の意思がどのようなものであったかについては、参議院で審議がなかったらしいことや、そもそも議事録などが簡単にアクセスできないことから、保留にせざるを得ません。まだはっきり具体的な方針などが定まっていない混乱期にあるということなのかも知れないとも思います。

それから、全体としてみると、虐待にまつわる動物愛護法の規定が目的としているのは、公序良俗の維持の一環としての動物愛護の実現だと思います。マスメディアでもネット上でもこれだけ騒がれているケースですし、被害の規模や程度を見ても相当ひどいと思われるものなので、法の趣旨としてこういうケースは虐待として扱わないということではなく、曖昧さがあるのであれば、この件については虐待だと判断できる可能性があるものと考えて捜査をするのが、妥当な措置のような気がします。

ただ、結論として「ぱーくの管理者は有罪」と言えるのかどうかは、事実関係が詳しくわからない以上は何とも言えない気がします。とりあえずは捜査をする価値がある、というところまでしか言えない気がしました。

報道の論調の中には「商業的に利用するだけ利用して、経営が行き詰れば処分・虐待」という風にこの件をまとめているような感じのものがあった気がします。また、ブログなどでもそんな文章を見た気がします。

ですが、インタビュー中では、ぱーくの管理者は行き場のない犬を大量に引き取って余計に行き詰ったという旨の発言をしていました。引き取らなければ処分されていたかも知れない犬を引き取ったことについて、どこまで責任を追及できるのかはよくわかりません。また、tamaminさんのブログいちごいちえの「嘆願書への思い」などを読むと、ぱーく側はボランティアの協力を拒否したらしいことが伺われますが、それにしたって社会的な信用を維持しておくことで何か融資とか業務提携のような形で経営改善を図り、結果として犬たちを救おうとしたという可能性も考えられます。

これまでのところは管理者側からの情報発信が非常に乏しく、ぱーく崩壊からボランティアの本格介入までの期間に何があったのかもほとんどわかっていないので、「怠慢」の類がどの程度あったのか、回避の努力をどの程度行ったのか、といったこともわかりません。そうしたことをわからないままに他人を断罪するのもはばかられるので、有罪であってもおかしくない件だから捜査をして欲しい、と思いました。



追記 日本にアニマルポリスを誕生させよう!のKanakoさんが11月15日にブログで伝えているところによれば、告訴は広島県警に受理されたということです。しっかりとした事実関係の調査が行われることを願っています。

追記2 松本大輔議員は、政府に対して質問主意書を提出していました。(11月24日) いろいろ参考になる点や興味深い点があったので、別エントリーに書きます。

ひとつだけ。上に挙げた、環境省の会合資料にあった虐待の定義・説明ですが、「動物の保護及び管理に関する法律第十三条第一項に規定する虐待の解釈について」というタイトルで内閣総理大臣官房管理室長から警察庁保安部防犯企画課長へ出された回答に示された考え方だということです。

追記3:12月14日、広島県警がドッグぱーく跡地、関係者の自宅などを家宅捜索したと報道がありました。



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(16:27)

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