2020年05月31日

DSC_0001 昨日布教の大家と呼ばれる奈良のI先生より達筆のお手紙を頂戴した。今年93歳の先生は、長年布教使として全国を回られた。また歌人としても有名で本願寺発行の雑誌「大乗歌壇」にはトップで入選されることもしばしば。5月号の同誌にも先生ファンの女性(呉市)が投稿して入選。
「歌壇にて励み仰ぎし欣也翁 春巡りても見ることかなわず」という短歌。2年程前のご本山の報恩講でも入選歌が披露されて表彰式に参列された。私が最後にお会いしたのは、1年半前の正月過ぎの真宗講座。先生が講師となって最後のご法話をされた。その時は埼玉のKさん夫妻、広島呉の法友3人、三重のお念仏の友5人が合流した。I先生のフアンクラブが先生を囲んで記念写真を撮り忘れられない一日となった。

この度手紙を頂いたきっかけは、我が家の寺報6月号(第318号)を読まれた先生の感想。
「貴寺報第318号ありがたく拝受。隅から隅まで丁寧に拝読。特に坊守様の白内障手術後の感想には、30年前のわが体験を重ね合わせ、そうだね、そうだったと正直に告白して、寺内の女性たちのひんしゅくを買った思い出がよみがえりました。(何故ひんしゅくを買ったかはごご想像下さい)。私は只今寝室横の廊下で連日歩行訓練の特訓を受けています。昔日の面影は何処にもなしの哀れな姿です。一度確かめに来られては如何ですか?(略)超・長寿ともなれば、長寿もめでたくもなしというところです。(略)」

d7353b18-s[1]先生は数年前に最愛の奥様を介護の末見送られた。その寂しさはひとしおだろう。先生は在家のご出身で大阪外語大学をご卒業後、高校の英語教師になり、職場で奥様(お寺出身)と出会われて恋愛結婚。野球部の顧問や勉強面でも熱心に指導。教え子の中には京大総長をされた方もいて、いわゆる熱血先生だった。その後布教使の道を志して、全国布教同志会で我が寺の先代住職(故人・渡辺尚爾)とペアを組んで活動を支えて下さった。
我が寺にも何度かご出講下さってご法話を賜った。

一番の恩恵は、平成4年から発行の寺報「善正寺だより」の生みの親であること。一足早く先生の寺でも発行されていたが、熱心に勧めて下さったおかげで、27年間毎月発行するに至っている。テレホン法話も先生はたつた一人で10日ごとに更新されていたが、わが一縁会テレホン法話もそれをお手本とさせて頂いた。
20数年前にご子息(40代)を不慮の交通事故で亡くされた時も、休まずに発行されたご寺報。先生の不屈の精神と誠実なお人柄。足腰が弱っても強靭な精神力で持ち堪え、私達に慈悲の雨を降らせて下さった。
折を見て早い機会にぜひ先生のお見舞いに伺いたいものだ。

写真は2018年1月12日の先生最後のご法話、全国からお念仏ガールズが集う。(充子)

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IMG_20190606_062220昨日、門徒さんの家の年回法要は、日中の暑さを予想して、5月ながら夏の法衣でお参りした。3月下旬の当初日程を約2か月延期してやや参詣者の範囲を限定された。それでも、この家の遠方に住む息子さん家族が孫に至るまで大勢参り、家をリフォーム、お仏壇もお洗濯修復されての和やかなお参りになった。

このコロナ緊急事態宣言の期間、私はマスク姿で参り、お仏壇に向かってお勤めの時だけ、マスクを外す。法話や御文章拝読時は再びマスクをかけるという工夫をした。だが、夏が近づくと非常に暑苦しい。
ご主人にマスクの着用是非を問うたら、「もう、僕はそんなこと構いません。ご縁さんを信じてマスクなしでやってください」と言われたので、マスクをかけずに通した。風が通るよう、開けっぱなしであったから気持ちよくお勤めできたのが有難い。

昼頃帰宅してから、坊守の協力を得て先ず法衣箪笥の法衣類入れ替えを断行。更に、息子の協力を求めて、庫裏、書院の冬用敷物(絨毯)を片付けて、夏用の籐の敷物に取り換えた。重い絨毯6枚を巻いて、応接間の2階や書院裏手に片付けるのは大変な重労働で、私は洋服を脱ぎ捨てて下着姿であったから、息子に付いてきた孫娘(5歳)がビックリし笑い転げた。でもそれはお構いなし。3時過ぎ、この夏座敷への衣替えを無事終えることができた。腰痛を心配したが、特にその兆候もなく、やれやれ安堵する。

今日は若嫁のご両親、夕方にはK市に住む次男一家が来訪予定。すっきりした夏模様の庫裏に孫たち勢ぞろいでにぎやかな休日となろう。


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2020年05月30日

DSC_0018 昨日午前5時散歩に出かけようとしたら、門前でキュウリ漬けの女性(94)に遭遇。彼女が一年中どんな天候でも誠実にお寺に足を運ばれる信念に脱帽。こうでなければ、到底一人暮らしは継続できない。
「ああ、今からお出かけですか?私は郵便受けに置いて、本堂と親鸞様の銅像にお参りするだけですから、どうぞお先に出かけて下さい」
彼女の言葉に甘えて私達は垂坂山へ出かけた。空は雲一つない五月晴れ。
 散歩開始の行進曲は、いつも「栄冠は君に輝く」。住職も3番まで暗記で歌えるようになった。これに合わせて歩くと、甲子園球児になったような気分で足取りも軽い。坂の上の小学校で西の空を見上げると鈴鹿山脈が青々として美しい!
コロナの外出自粛も、白内障手術も、世間の憂鬱なニュースも、全て消え去ってしまいそうな青さに心奪われ気分爽快!
「よーし、今朝は夕焼け亭に登って鈴鹿山脈を撮影しよう」と提案した。
寒い頃は捨て猫トラちゃんがここでいつも私達を待っているので、ヘッドライトをつけて必ずそこへ登った。しかし1月末頃から行方不明となり、今は四羽のカラスが出迎えるのみ。
夕焼け亭から一望する鈴鹿山脈は、青々として壮大で美しい。(写真)こんな素晴らしい眺めの公園に恵まれて本当に幸せだ。ここから展望台へ抜けるには、細くて険しい冒険の道を通らなければならない。木の根っこが地表に現れ、ゴツゴツして油断すると躓いて怪我をする。散歩仲間が躓いて手首を骨折した。
 私は白内障手術後、しばらくここから遠ざかって安全な道を歩いた。しかし昨日は久しぶりの冒険の道に挑戦。慎重に一歩一歩確かめながらゆっくり歩いた。
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展望台へ抜けると、四日市市街やコンビナートや伊勢湾、対岸の知多半島まで一望できる解放感溢れる景色が広がる。毎朝こんな景色を眺めながら、深呼吸して背伸びできるなんて、何て幸せなのだろう。
住職も前夜一縁会テレホン法話吹込みで帰宅が遅かったが、早起きした甲斐がある。これで心身のバランスを調整しているのだろう。

公園でご門徒の男性と久しぶりに出会った。
「引きこもりで【コロナ太り】してしまいました」と彼の弁。
「それはお互い様ですよ(笑)。でもここへ来て健康管理できるだけ有難いですね」と顔を見合わせた。
垂坂山は四日市が誇る自然の宝庫、無料のスポーツジムだ。
(充子)

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