2019年11月09日

DSC_0010今年も里芋の季節がやってきた。
昨日広島県呉市のSさんから段ボール箱いっぱいに、畑から採れたばかりの土付の里芋が、宅急便で送られて来た。
私は呉のSさんには一度もお会いしたことがない。
ただ住職が数年前に広島へ出講した際に一度お会いしたことがある。それ以来「善正寺だより」を郵送し続けている。Sさんは寺報のお礼に里芋を送って下さるのだ。
正直,私はこんなに土がいっぱいついている里芋を見たことが無かった。スーパーに並んでいる里芋は、全部きれいに洗ってあり、すぐに調理ができる里芋。
「えっ、こんな泥だらけの里芋どうやって処理したらいいの?面倒だなあ・・」と閉口した。。頂いた当初は、送り主が作って掘って郵送する手間も考えずに、自分の都合優先の身勝手な私だった。

しかし土付里芋を上手に調理するならば、何ものにも勝る高級食材へと変身。土をきれいに落として蒸す。皮を半分だけ剥くと、美味しい『衣被き』の出来上がり。高級料亭の気分。だがその土を落とすのが一番厄介。

そこで3年前から電気で動くバケツ型ランドリー(小型洗濯機)を利用することを思いついた。孫が生まれた時に、オムツ洗濯用に買ったものだが、イマドキのオムツは洗濯しないそうだ。全て紙おむつの時代になったから、バケツ型洗濯機は不要。そこで土付里芋の土落とし機に変身。これが結構役立っている。タイマーをセットして何回も水を取り替えれば、泥は自然と落とされる。(写真)完全には落とせないので、不完全な部分は皮むき器で丁寧に剥く。剥きあがった里芋はさっと湯がいて水を流してぬめりを取る。その後厚めに切った大根やコンニャク、茹で卵、はんぺん等の練り製品を加えて、里芋入りおでんを大量に作った。
キュウリ漬けの女性と新居の息子宅におすそ分け。おでんに里芋を入れると、結構美味しいおでんになる。いよいよおでんの季節が到来したと感じる。
そういえば、昨日朝散歩に出かける時に、頬を撫でる風が一瞬冷たく感じた。もう冬はそこまで来ている。

腰痛はおかげさまで大分よくなって、腰痛ベルトを外すようにしている。腰痛ベルトを長時間締め過ぎると、腸の働きが悪くなって便秘がち。腰に良ければ腸に悪しの例だ。物事は度が過ぎないのが一番いい。
腰痛は完全には治りきっていないが、以前より楽になった。これからも健康管理をしっかりしていきたい。(充子)


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IMG_20191108_083320昨日は、恥ずかしながら74歳の誕生日。朝早々に、孫娘(5歳)から「じいちゃん、たんじょうびおめでとう。100さいまでいきてね」というかわいいメッセージとにがおえを描いたお祝いをもらった。(写真上)

孫に祝いの返礼として、ケーキを買って一緒に食べてもらおうと考えた。丁度この日、書道教室があり、子供たちがみんな帰った後、家族でケーキを食べて祝ってもらえるとは有難いことだ。すると、玄関のチャイムがなり、郵便屋さんが「レタックスをお届けに参りました」と入ってきた。送り主は、埼玉のKさんご夫妻からである。私の誕生日をよく覚えていて下さるものだと恐縮ながら、光栄に思う。
そこで、孫たちに囲まれて、ケーキの前でKさんより贈って頂いた「誕生祝レタックス」を掲げる光景を写真に撮ってもらった。(写真下)

IMG_20191108_172654一応健康なうちに74歳まで生かされ、孫からは「100歳まで長生きして」と励まされ、埼玉のKさんから「仏法広まれ」の願いを共にするお念仏の同朋同行としてお祝いのメッセージを頂けるとは、誠に有難い果報者だと感謝せずにおれない。生かされるいのちを精一杯精進したいと改めて心中お誓いする次第。
七十路の身にはもったいないような祝いの夕餉、ただ有難き哉!南無阿弥陀仏。

☆今日の一句;冬に入る山の猫まですり寄れり
       冬晴れや誕生祝いの顔揃う





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2019年11月08日

DSC_0005昨日午後、仏教婦人会主催の報恩講に隣寺にお参りさせて頂いた。わが在所の仏教婦人会は100年の伝統を誇る。
大正時代に仏教婦人会の提唱者・九条武子様の感化を受けて、地元の篤信女性達が発起人となられた。
農繁期に公会所で託児所を開設される活動をされたり、同時にお寺で仏教の聴聞に励まれて、人間教育に熱心だった。
たぶん三重組の中でも会員数は多く、由緒ある仏教婦人会だと思う。

報恩講は隔年で我が寺と隣寺が会所となる。講師はベテラン布教使さん(県外)。
参詣者の顔ぶれを見ると、今までお参りになられた80代以上の女性がぐっと減った。その方たちは施設入居か、歩くのが不自由な身。昔は親子(母と娘、姑と嫁)が仲良く仏教婦人会に入会するのが当たり前で一緒に参詣する時代もあった。。しかし現在は年配者が居なくなったら退会。
だから以前は100人以上あった会員数が、今は70人を割る状態。年々細る一方の仏教婦人会。あと5年もすれば、70代の顔ぶれも見えなくなるだろう。少ない会員数で当番が早く回るから抜けたいという申し出もあるとか?女性でも働く時代で忙しいのは充分承知している。これは仏教婦人会に限らず、全ての団体に当てはまる現象。

ところで昨日は最前列中央でお参りさせて頂いた。寺に嫁いで45年の私だが、ご法話が充分理解できかった。難解な仏教用語が次々に飛び出し板書。ご講師はその都度「ここはウンとうなづくところ」とか、「ここはナンマンダブと申すところ」とイチイチ言われるが、なぜか私はそうすることができない。
まるで赤子に固いおこわを食べさせて未消化の状態!先生はご法話の神髄をおっしゃっているが、現実問題に即した仏教の味わいが聞きたかった。残念がるのは私の未熟さや愚かさの故だと思う。

でも社会の変化は激しい。お寺の人間として社会のニーズを的確に捉えた伝え方をしないと、私のような未熟な人間が増えて、会員数の減少に歯止めが止まらないかもしれない。

今は激しい変革の時代。何かの団体に所属することはお金もかかるし、しがらみも多い。
ただでさえ自分の仕事が忙しく、他人のことなど構っていられない。だからできるだけしがらみに縛られずに自由に生きたいという若い世代が多い。しかし昔の人が自分の為ではなく、皆の為に喜んで働いて下さったおかげで、今の私達の安心した生活が成り立つ。
そういう心の持ち方を学ぶには、仏法を聞くのが一番。聴聞を糧に社会活動に生かしていきたい。(充子)


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