2006年08月02日

オシムの言葉5

「オシムの言葉」                木村 元彦



新たにサッカーの日本代表監督に就任したイビチャ・オシムの言葉を中心に、その人間像に迫ったノンフィクション。

学生時代に大学の数学教授にならないかとの誘いが来たように、非常に頭のいい監督である。旧ユーゴという、政治的に複雑な国で生まれ育ち、代表監督をしていたことが、彼に慎重な言動を取らせるのだろう。彼は言葉の持つ威力とその怖さを十分に知っている。その一方で、サッカーにおいては大胆な采配もする。慎重かつ大胆、それがオシムという男である。選手を選ぶ目も確かだ。さらに、分裂の危機にあった旧ユーゴの監督を経験したことが、彼を精神的にタフにしたという側面もある。

オシムのサッカーは、とにかく選手を走らせると言われるが、ただ走らせるわけではない。走りを中心とした練習には、一つ一つ意味がある。たとえば、オシムがハーフコートを使って1対1で練習をさせたことがあった。片方の選手が押されて、苦しんでいる。と、オシムが見ている選手に注意を促す。1対1で勝てないなら他の選手が助けに行くべきだというのである。1対1という監督が決めた約束事を破ってもかまわないのだと。このように、オシムは常に明確な目的を持って練習をさせる。その考えを理解していれば、何をしてもOKなのである。ただ単に選手の自主性に任せると言っていたジーコとはずいぶん違う。日本の選手はまだ、いきなり自由にやれと言われて伸び伸びと創造性にあふれるプレーができるほど成熟してはいない。日本はブラジルとは違う。オシムは、厳しい監督ではあるが、選手自身の考えも尊重するという点で、トルシエとジーコの中間あたりに位置する存在だと思う。

それから、最も印象に残った場面がある。オシムが旧ユーゴスラビアのクラブチームの監督をしていたころのことである。オシム率いるチームは、優勝争いをしていた。だが、チームの優勝と同時に、オシムは辞任を発表する。そのころ、彼の生まれ故郷のサラエボで戦争が起きており、妻がそこに残されていた。サッカーどころではなかったのだ。しかし、彼を慕うチームの選手は、こう言ってオシムを引きとめようとする。「シュワーボ(オシムの愛称)・オスタニ!!」(ドイツ野郎、残れ!)彼がいかにそのチームで信頼され、求められていたかの現れである。村上龍がみんなが感動するだろうと書いていたが、私も感動した。

この本を読んで、オシムなら日本のサッカーをさらにレベルアップさせてくれるのは間違いないと確信した。


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tn581jp7 at 08:15│Comments(7)TrackBack(0) ノンフィクション 

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この記事へのコメント

1. Posted by M.S   2006年08月06日 09:03
書評を読んでオシムという人間に興味を持ちました。論理的に物事を考えることができ、なおかつ感情も豊かだという印象を受けました。
「オシムの言葉」じっくり読もうと思います。
2. Posted by きじ   2006年08月06日 12:41
書き込み、ありがとうございます。本当にいい本ですから、ぜひ読んでください。
3. Posted by ジャンキーのり太   2006年08月09日 22:51
よく売れているようですね。最初、タイトルの印象から、よくある語録集の類なのかと思っていたのですが、そうではないようですね。機会があれば読んでみたいと思います。
4. Posted by きじ   2006年08月10日 11:03
読んだら感銘を受けますよ!きっと。
5. Posted by naru@unknown   2006年08月21日 16:45
コメントありがとうございます。

この本はサッカー関係のみならず、人間としてのオシムをよく表している名著ですね。
6. Posted by きじ   2006年08月22日 16:37
おっしゃる通り、この本を読めばオシムのサッカー観とその人間性がよく分かります。
7. Posted by やまいも   2006年08月30日 02:03
4 ワールドカップが期待はずれに終わって離れていくにわかサッカーファンには4年後のことを考える持久力はありそうでもなくサッカー好きでない者でも楽しめるかどうか・・

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