August 2006

August 31, 2006

このDNA鑑定は違法ではないのか

山口県徳山市で起きた徳山高専の女子学生殺害事件で,容疑者である19歳の学生は殺害現場及び被害者から採取された遺留物と,容疑者のDNAが一致した,と一斉にニュースが伝えています.しかしこの捜査は違法ではないのでしょうか.「科学技術の進歩と刑事裁判−「DNA型鑑定」を中心に−」というサイトに「DNA型鑑定のための資料採取の問題」という部分があり,基本的にはDNA鑑定に用いられる検体は任意で採取されなければならないとあり,「問題となるのは,本人の明確な意思表示がない段階での採取である.例えば失神中の採取,出血している血液や抜け落ちている毛髪などを採取する場合が考えられる.基本的に明確な同意がない限りは拒否しているものと推定し,明確な意思表示があるまでは採取を許さないとするとすべきであろう.現行法上でも任意採取の場合は,DNA型鑑定を行うことはできるが,任意の場合においても,鑑定処分許可令状の令状審査の際に,真意から出た同意か否かを確認すべきではないだろうか.」と書かれています.
最新の司法の判断については,不勉強のため判りかねますが,このような判断が妥当であり,健全であると私は考えます.憲法35条は現行犯逮捕を除き,令状無しでの捜索,所持品の押収を禁じています.この容疑者は逃走中ですから,本人の同意を得ることは物理的に不可能です.捜査令状を裁判所から取って,強制捜査を行い,ブラシなどから毛髪を採取したのだと思います.しかしそもそもそこまでする必要があったのかどうか.犯行現場には鍵がかかっており,責任者である教官は長期出張中であった.鍵は研究生5人しか持っておらず,朝に登校し,被害者と話しているところを目撃されており,状況証拠からもこの学生しか犯人は考えられないのではないか.しかも犯行当日から行方不明になっている.犯人ではないかもしれませんが,何らかの事情があることは明白です.更に被害者の爪には犯人のものと思われる,皮膚や軟部組織が残されていたようです.強く抵抗したことを示しており,他の学生にそのような怪我が無ければ,消去法で行方不明の学生が容疑者ということになります.高専の研究室という密室で,しかも施錠してあったという状況は,外部の,いわゆる流しの犯行を当初から除外する状況です.殺害方法も首にひも状のものを巻き,首を絞めています.かなり被害者との距離が近く,相手が油断していなければできないことです.見ず知らずの人間には不可能と考えるべきです.通常であれば容疑者を任意で事情聴取,そこから令状を取るのが定石です.しかも19歳と未成年であり,公開捜査とすることもできない.マスコミが報道したように「慎重に捜査を行なって」いたのでしょう.ところが姿をくらましてしまったので慌ててDNA鑑定を行なった.どうもそういう事情が,この非合法すれすれのDNA鑑定の裏にあるように思えます.昨日は原付バイクで逃走している可能性がある,と発表しましたが,今夜にはホンダの青のモトクロス車と車種まで公表しました.更にバイクを乗り捨てて他の交通機関を使用した可能性もあると,最寄の駅を捜索中とも伝えています.捜査も混乱しているようです.少し公開捜査に変更するタイミングが遅すぎたのではないか,何より初動捜査が甘かったのではないか,そう考えるのは酷でしょうか.

tnakadat at 12:01|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 記事,事件 

褌を奪い合う人達

「他人(ひと)の褌で相撲を取る」 他人の物を自分のために利用すること.
昨日開かれたJOCの委員会に,建築家の安藤忠雄氏の姿が見られました.彼はJOCの委員ではないでしょうから,オブザーバーか,東京都の応援のために出席したのでしょう.そういえば表参道ヒルズを設計したのは安藤氏ですから,このビッグプロジェクトに東京大学名誉教授として,黙って見ている筈もありません.東京に限らず日本各地の町並みは,日本のストリート・ミュージシャンのようなものです.それぞればらばらにギターをかき鳴らし,自己陶酔の歌を歌っている.奇妙なオブジェ,独りよがりなデザイン,バラバラな配色,偽コロニアル風,偽ゴシック様式,コルビジェ,ポストモダン,まるで見本市のような賑やかさです.まだ市街地はましな方で,郊外の幹線沿いには蛍光色の看板や,けばけばしいネオンが,信号機や標識を隠すほどに並びます.更に騒音がひどい.宣伝の音楽や,電子音,タイムサービスの叩き売りまで拡声器を使って流します.携帯電話での通話は自然大声になり,それが更に騒々しさに拍車をかけます.皆がヘッドホンをかけるのは音楽を肌身離さず聴きたいというより,これらの暴力的な騒音から解放されたいためです.ところがこのヘッドホンからの音漏れも,ヘッドホンをしていない人には気になります.果てしない騒音との戦いが続きます.このような混沌を誰も気にしません.もう慣れっこになっているからです.生まれた時から空には醜悪な電線が走り,勝手気ままに建築物が立ち並び,自治体はへんちくりんな建物を,再開発の名を借りて次から次へ立て続け,建築家は,奇妙奇天烈なデザインが近未来的であると自画自賛する.しかし東京を見てほしい.あるいは京都駅や横浜を見てほしい.これが世界に誇れる町並みでしょうか.日本人の感性や美意識というが,何故この特質が,日常生活や人間にとっても最も重要な住環境にそれが生かされないのか,不思議に思うことでしょう.むしろこのような攻撃的な町並みを見れば,そして無責任に破壊を繰り返し,自己増殖してゆく景観を見れば,かつて日本人が無謀な戦争を引き起こした理由を,そこから無言のうちに学び取るのではないでしょうか.しかしそのようなネガティブ・キャンペーンに巨額の税金を使うことは愚かなことです.もちろん褌に群がる人間にとっては,その褌がどうなろうと知ったことではないのでしょう.オリンピックが開催されようが,されまいが,彼らにお金が集まることが重要なのですから.川渕チェアマンも,森喜朗氏も,山崎拓氏も,安藤忠雄氏も,何より石原慎太郎氏も,10年後のことをまともに考えているとは思えません.彼らの中で一体どれだけが現役でいることでしょう.このような無責任体制が続く限り,税金の無駄遣いや,財政赤字,都市景観の悪化や,ヒートアイランド現象は決して無くならないでしょう.もしこの誘致に巨額の資金が投入されれば,防災や温暖化への対策はどうしても縮小しなければならなくなります.そのことを都民はどう考えるのでしょう.巨大地震や豪雨災害への備えはどうなったのでしょう.テロ対策はどうするのでしょう.何より北朝鮮の脅威はどこへ消えたのか.この決定はとてつもなく愚かな決定であると私は思います.

tnakadat at 08:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 記事,事件 

オリンピックを開催できるか

2016年のオリンピック開催を巡る国内での争いは東京が勝ちました.結局福岡は11票差で破れましたが,善戦といって良い結果だと思います.208年は北京,2012年はロンドン.2016年の開催候補地としてはニューデリー,マドリード,ローマ,ロスアンジェルス,シカゴ,サンフランシスコ,リオデジャネイロ,ブエノスアイレスなどが並んでいます.石原都知事は「最もコンパクトな大会を目指す」としていますが,どうも具体的なイメージに欠けます.夢の島を埋め立てた会場予定地は確かにある.でも四角い埋立地にスポーツ施設が出来て,確かに交通機関へのアクセスは良いかもしれませんが,あそこが「快適」であるとは考え難いところです.むしろ東京の醜悪な風景の一つではないか,と思います.横浜に出かける時にいつも感じる違和感は,品川から横浜に向かう途中の大森,蒲田の密集した住宅地から,突然横浜の奇妙な建物が見える瞬間です.細々とした住宅や工場は,いかに日本の住環境が貧弱で,日本の経済力を支えた町工場がいかに零細であるかを,自ら示しているようにしか思えないのです.かつてゴミを東京湾に埋め立てて出来た島をオリンピックの会場にしました,という説明は魅力的でしょうか?日本の再生技術は素晴らしい,と世界は絶賛するでしょうか?むしろ何故そこまで東京に集中し,狭い中で人が溢れていなければならないのか?と疑問を感じるのではないでしょうか.スポーツは人との競争であるだけではなく,自然との闘いや共存でもあります.マラソンやサッカーなど当日の気象に大きく勝敗が影響することは今回のワールドカップでも分かります.東京の臨海地帯はスポーツを楽しむ環境として日本で最も優れた場所と胸を張って言えるでしょうか.今年の初めに開催されたトリノオリンピック.アルペン種目の際に映し出された環境の素晴らしさは,やはりここがアルペン競技の生まれた地なのだ,と納得させるものでした.東京は戦前の幻の東京大会を含め,三回目の誘致です.昭和39年の東京大会は,戦後復興と高度経済成長,戦争で出来なかったオリンピックを成功させたいという人心が,大きな流れとなり,成功へと繋がったのではないかと思います.今回の誘致はそのような思いがあるのでしょうか.川渕チェアマン,自民党の山崎拓氏,同じく森派の森会長など,JOCの顔ぶれを見ていると,結局利権絡みなんだろうと考えてしまいます.ここまで東京誘致に拘ったところを見ると,逆に東京はいまだにバブルの余波を抱えているのではないか,と逆に心配になります.それにしても10年後日本はどうなっているのでしょうか.また肥大化を続けるスポーツはどうなるのでしょうか.開催が危ぶまれる,という事態になることだけは避けてほしいものです.

tnakadat at 06:32|PermalinkComments(0)TrackBack(6) 記事,事件 

八月最後の朝

八月最後の朝八月最後の朝です.昨日までの曇り空は去り,透明度の上がった爽やかな空です.今日の最低気温は17度だったようです.暑くなるとの予報ですが,もはやうだるような蒸し暑さではなさそうです.

tnakadat at 06:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  

August 30, 2006

Pat metheny Group:American Garage

American Garage
Jason vieauxの演奏が悪いわけでは決して無いのですが,やはりパット・メセニーの曲はパット自身のギターで聴きたい.結構パットの曲はいろいろな音楽家,中にはクラシックの音楽家が取り上げていますが,やはり彼のギターの音色も大きな魅力の一つです.オフランプ以降のギター・シンセも良いのですが,初期の独特のエフェクターによる躍動感あふれるギターサウンドが聴きたい.このアルバムはかなりロック寄りの演奏ですが,グループの若さを感じさせる曲が並びます.この頃のECMはジャケット写真も良かった.この写真に写った銀色のキャンピングカーに,アメリカの豊かさを感じたものです.

tnakadat at 21:16|PermalinkComments(2)TrackBack(1) 音楽,CD 

Jason Vieaux:Image of Metheny

Images of Metheny
名前からはフランスの音楽家と思ってしまうのですが,クリーブランド出身のクラシック・ギタリストのようです.ソルのギター曲集をナクソスから出したりしていますので,本業はクラシックなのでしょう.取り上げたのはパット・メセニー.James,Last Train Home,Letter From Homeなどのお馴染みの曲を取り上げています.レーベルはAzicaというクリーブランドのレーベルで,私自身は不勉強のため,このレーベルのことは全く分かりません.ただマイナーなレーベルがこういう面白いアルバムを出してくれることは感謝したいと思います.日本のレーベルも頑張ってほしいものです.今の時代ならネットでいい音楽が,さほど大金をかけなくとも売れる筈ですから.

tnakadat at 20:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽,CD 

Michael Feinstein:Only One Life-The Songs of Jimmy Webb

Only One Life: The Songs of Jimmy Webb
ジャズ・シンガーであるマイケル・フェインスタインが歌う,アメリカ屈指のコンポーザー,ジミー・ウェッブのソングブック.2003年に発売されたそうですから,本国でもあまり話題にならなかったのでしょうか.このマイケル・フェインスタインは日本ではほとんど知られていませんが,アマゾンで検索するとかなりアルバムが引っかかりますので,中堅のジャズシンガーなのでしょう.ピアノのほとんどをジミー・ウェッブ自身が弾いていて,アディオスではバックボーカルも担当しています.こじんまりとした落ち着いたアルバムです.少し涼しくなってから,コーヒーやウィスキーを傾けながら,静かに聴くのが良いのかもしれません.ざっくりと編まれたニットのような手触りと暖かさのアルバムです.

tnakadat at 20:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽,CD 

鎌田薬店

鎌田薬店円光寺の近くにある鎌田薬店.といってももう店を閉めていて,古い商店の名残りを止めているだけです.飾りの三階部分,黄土色の外観,二階部分の横に入ったアクセントとなるライン.一階の飾り窓など,大正,昭和初期の商家の流行を伝えています.この通りはかつては惣門という,街道の起点があり,バスの運行もあったのですが,明治橋へ直行する道路の拡幅のため,すっかりさびれてしまいました.かつての賑わいはこの建築から想像するしかありません.

tnakadat at 19:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 路上散歩 

円光寺のお地蔵様

お地蔵様円光寺の境内にあったお地蔵様.普通お地蔵さまといえば道ばたにあることが多いのですが,境内に三体のお地蔵様が並んでいます.頭に修復の痕が見られますが,安らかな顔のお地蔵様です.

tnakadat at 19:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 路上散歩 

August 29, 2006

山田線

山田線米内川と並行して走るローカル線,山田線.盛岡と沿岸の山田町を繋ぎます.山田線はトンネルと鉄橋,そして山腹を木をかすめて走る路線がほとんどです.初めは米内川,そして中津川,更には簗川に沿って走り,分水嶺である区界を越えると,今度は宮古湾に注ぐ閉伊川沿いを走ります.宮古駅を過ぎると今度はもう一つ宮古湾に注ぐ津軽石川を越えて行きます.秋の紅葉の時期は渓谷沿いの紅葉を堪能することができます.

tnakadat at 07:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 自然・環境