October 2006

October 31, 2006

デッド・コピーではうまく行かない

高校の必修科目未履修問題は,今週末に文部科学省から解決策が提示されるそうです.高校校長の自殺問題が出るなど,教育基本法を上程しようと思っていた与党にとっては,結局逆効果になってしまったような気がします.「策士,策に溺れる」という言葉が当てはまりそうですが,そもそもこの必修科目と,共通テストのずれは何故生じたのでしょうか.1979年に初めて共通1次学力試験が実施されました.その後この共通1次試験はセンター試験と名前を変えて行きますが,実質的には同じコンセプトと形態を保持しています.当初は難問,奇問を排し,広く学力を見るためとして導入されたものです.そして大学入試センターという独立法人が作られました.しかしアメリカの入試制度に詳しい人なら判ると思いますが,これはアメリカの大学進学適性試験(SAT(Scholastic Assesment Test:SAT)のコピーです.非営利の独立委員会:College Boardが運営しているという辺りもそっくりです.ところが両者には大きな違いがあります.第一にアメリカ合衆国の学校制度は,各州ごとにそのシステムが異なるために,高校の成績評価は様々で単純に比較することができないという点です.第二にSATはSAT気SAT兇吠かれ,一年間に7回受験のチャンスがあります.日本の共通テストはSAT兇剖瓩い茲Δ任垢,それでも受験生にとって大きな負担となるようなものではないようです.そしてこのSATは1901年から続く歴史のある試験です.過去に多くの改定が行なわれているようですが,100年前から続いているのです.受験する側からも,大学にとっても相当こなれた制度となっていることが推測されます.そもそも教育というのは非常にスパンの長い課題です.最終的には子供が成人になるまで,その効果は判らないのです.日本のように猫の目のように教育制度や,受験制度を変えてゆけば,評価することすら困難になってしまいます.第三に一般的にアメリカの大学は入るのは容易だが,卒業は厳しいという側面があります.つまり日本の大学では選別を予め行なってしまい,その後は野放しであるのに比べ,アメリカの大学では週末にはレポートがどっさりという話をよく聞きます.これは評価する教官にとっても重労働の筈で,それに耐えるだけの人材を大学が有していないとできないことです.要するに日本の大学はスタッフが貧弱なので,大学入試でより良い人材を選別しなければならない,ともいえると思います.まるでセリーグのどこかの球団のようですが,これが事実ではないか,と私は思います.この構図,すなわちアメリカの制度を丸写しし,一見聞こえの良い独立法人化という仕組みは,その後全ての懸案の解決策となってしまったような気がします.しかし結果は全然うまく行っていません.大学への進学率がさほど高くなく,一方で経済格差の大きいアメリカでは,コストが高くつこうと,大学の自主性や学生の自主性を重んじ,多少の無駄が出ようと,ゆっくりと時間をかけた選別が可能です.しかし経済格差が小さく,経済効率が優先され,均質な日本では,このような全国統一試験を行なえば,更に競争は激化し,大学教育や,高校教育が空洞化してしまった,といえるのではないでしょうか.XLサイズの肥満体と,Sサイズのちびっ子に同じ投与量の薬を処方する馬鹿な医者は,少なくとも日本にはいません.文化も社会背景も異なるアメリカからのコピーは結局うまく行かないのだ,ということを,そろそろ国民は気づくべきではないでしょうか.次回は何故官僚がアメリカからのデッド・コピーを繰り返すのかを独断的に考察したいと思います.

tnakadat at 20:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 記事,事件 

荒井由実:ひこうき雲

ひこうき雲
1973年発表の荒井由実最初のアルバムです.冒頭の曲が「ひこうき雲」.若くして世を去った少女を歌った歌です.
高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
けれど しあわせ

空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

いじめは世の中からは無くなりません.まことしやかに「いじめをなくそう」と語るマスコミだって,陰湿ないじめがはびこっているではありませんか.当事者を問い詰めたり,心無い映像を流すことが,失われた命に報いることでしょうか.少しでも自殺を減らすために出来ることは,傷ついた心を癒してあげることです.他者に対し思いやりを持ち,差別しないことを教えることです.寛容な心を持ち,その大切さを身をもって教えることです.魔女狩りを行なう社会を変えてゆくことです.マスコミにいじめを断罪する資格などありません.

tnakadat at 09:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽,CD 

通奏低音としての「規制緩和」

昨年発覚した耐震強度偽装事件では建築基準法改正に伴う,民間検査機関のずさんな審査が,その原因の一つでした.ライブドアの粉飾決算容疑については,現在裁判が進行中ですが,株式分割や,時間外取引という,やはり証券取引法の不備を突いた事件であったといえます.高校で必修科目を未履修の生徒が大量に発覚した事件も,指導要領に定められた選択科目と,共通テストの選択科目とのずれが,背景にあると私は思います.規制緩和をすれば生徒は自分の特性に合った科目を選択でき,受験勉強だけでなく,充実した生活が出来る,というのが少なくとも文部省の謳い文句だった筈です.ところが規制緩和は更に競争を激化させ,あまつさえ「飛ばし」ともいえる必修科目の未履修という珍事を生んでしまいました.しかし先ほど示した建築基準法改正や起業を考えれば,当然このような事態が教育においても発生することは不思議ではありません.自由化にはチェック機構が不可欠です.国家によるチェックではこれまでと変わりませんから,ユーザーによるチェックが必要でしょう.ユーザーがチェックするためには,情報開示が必要です.文部科学省や学校に求められているのは,判りやすく,詳細な情報の筈です.昨今問題になっているいじめ自殺に関しても,個人情報を漏らさない形で,学校や地域でのいじめや自殺の情報を開示し,学校を選択させたり,父兄に注意を喚起するなど,さまざまな対策は可能だった筈です.それこそが望まれる父兄や地域に開かれた学校のあり方でしょう.精神科医やカウンセラーなどとの連携も必要です.規制や罰則で縛るのではなく,手厚いケアこそが,先進国となった日本にふさわしい教育の姿です.ところが耐震強度偽造事件や,ライブドア事件に続き,この問題も逆に国家による規制を強めようとしているのです.問題は監督官庁の稚拙で,貧困な発想による規制緩和にあった筈なのに,末端の一部の人間を犯罪者に仕立て上げ,逆に規制を強化しようとする.そしてマスコミは政府や官僚の責任を追及しない.これでは中国や北朝鮮とどこが違うのでしょうか.報道の自由51位はどうやら間違いではないようです.

tnakadat at 07:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 記事,事件 

マスコミは過剰な報道を止めよ

いまだにいじめ自殺がニュースで大きく取りあがられています.クラブ活動で他の部員から「レギュラーなのに練習を休むなんて」と言われたのが直接のきっかけだった,と伝えていますが,このようなやりとりは日常的に交わされるものです.彼女が何故自殺に至ったかを説明できる充分な証拠とは言えないでしょう.残された遺書や,周囲の生徒や,教師から,あるいは父兄から事情を聴取して,彼女の胸のうちはどの程度理解できるのでしょうか.私は専門家が充分な時間をかけてもなおこの多感な少女の心理と言うのは理解不能であると思います.人間の心はそう簡単に判るものではないからです.簡単に自殺を防げると考えるのは間違いです.両親でさえ彼女の心の動きを充分察知できず,死を防げなかったのです.教師や,周囲の生徒を責めるのは簡単ですが,そこから何が生まれるのでしょうか.そもそも生徒の自殺は増加しているのでしょうか?その自殺にどの程度生徒のいじめは関係しているのでしょうか?いじめの性質や,自殺した生徒の性格や環境はどの程度判っているのでしょうか?これらの疑問に答えることが出来るのは,専門家です.まず充分調査すべきではないか.誰かに責めを負わせるのは,充分な調査を終えてからで良い.扇情的な報道は新たな犠牲者を生む可能性があります.これ以上過剰な報道は控えるべきです.教科未履修の高校の校長が自殺する,という事件がありました.このような閉塞感のある社会,専門家が重視されず,稚拙な報道がまかり通る社会の方が,よほど問題です.

tnakadat at 06:21|PermalinkComments(0)TrackBack(1) 記事,事件 

October 30, 2006

集団ヒステリー状態から抜け出そう

飛行機が墜落したとします.その時取るべき処置は何でしょうか.まず同型機のフライトを中止することでしょう.飛行機を整備した整備員を詰問することは第一に行なうべきことではありません.吹雪の中で高速道路で衝突事故が起きたとします.衝突した車を運転した運転手を捕まえて,事情聴取することが真っ先に行なうべきことでしょうか.違います.まず徐行運転を命じて,高速道路を閉鎖することが先決です.岐阜県でいじめを苦にしたと見られる自殺がありました.校長ら学校関係者が自殺した生徒の所属するクラブで,数人の生徒が「うざい」,「きもい」と言っていたという事実を一旦遺族の前で認めながら,今日になって「まだ調査中である」と前言を翻したとして,マスコミは批判しています.しかしクラブの生徒がいじめをしたと認めれば,その生徒たちが自殺に追い込んだということになってしまいます.もしこの生徒が自殺したら一体誰が責任を取るのでしょうか.遺族の悲しみは判りますが,人民裁判やリンチも避ける必要があります.学校側の判断は正しいと思います.まず行なうべきは徐行運転です.過剰な圧力や稚拙な判断を避けるべきです.ようやく心理カウンセラーである内田良子氏が「学校というものは命を賭けて通うべき価値は無いのです」と発言しました.その通りだと思います.効率より安全を,競争より平安を選ぶという選択肢があっても良いのです.いじめは困るが,ゆとり教育で学力低下は困る,競争は激しく,しかしいじめは取り締まって欲しいという父兄の希望は,まるで吹雪の中で閉鎖した高速道路で,遅れるから自分だけは走らせてくれ,と願うようなものです.どうやら愚かな人間には,自分の愚かさが見えなくなるもののようです.

tnakadat at 21:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 記事,事件 

原田武夫:タイゾー化する子供たち

タイゾー化する子供たち The Wandering Students
元外交官で東大法学部中退の著者が,東京大学で非常勤講師としてセミナーを開始することになり,その印象から,書かれた本です.タイゾー化の「タイゾー」はもちろんあの衆議院議員杉本太蔵氏のことです.著者の言う「タイゾー化」とは,
ゞ賚話とは無縁で,いきなり成功する.
⊆分の成功をひけらかして,何の衒いもない.
M念を語らず,ひたすら印象論を繰り返す.
ということなそうです.著者はこのような「タイゾー化」に東大生もすっかり陥っており,国家のために尽くそうなどと考える学生は皆無である,このような教育の破壊は覇権国アメリカによって生み出された.と説くのです.しかしこの杉村太蔵議員はどのような経過で生まれたのでしょうか.ウィキペディアによれば,彼は高校時代国体テニスで優勝し,筑波大学体育専門学群に推薦入学しますが,6年後に中退してしまいます.一方で在学中から民主党鳩山議員の選挙事務所でアルバイトをしていますから,政治家を目指していたことは間違いありません.北海道は民主党が岩手や長野同様に強いですから,いずれは民主党から出馬する予定だったかもしれません.彼の実家は旭川の有名な歯科医院です.多分資産もあるはずです.ところが歯科医はほぼ飽和状態,私立の歯学部は6年間で3000万近くの学費が必要です.であればテニスという特技を生かして筑波大学に入った方が得だという考えは,間違いではないし,あって良いと思います.筑波大学は以前の東京教育大学ですから,真面目に単位を履修すれば教員資格が得られます.多分単位未履修に近い状態で中退し,証券会社に入ったのでしょう.証券会社でしかも派遣契約社員ですから,先のことは判りません.取りあえずは衆議院選の公募にと思ったら,比例順位35番だったにもかかわらず,小選挙区でどんどん自民党議員が当選したため,順位が繰り上がり当選したというのが現実です.まさに瓢箪から駒で,本人もびっくりでしょう.ところがこの幸運を小泉自民党はうまく利用したのです.公募とはいえ,実は官僚出身や,一流企業出身では,将来に不安を持つ浮動票の共感を得ることは出来ません.一介のサラリーマンで一般常識も無ければ,金も無いという役割を彼は見事に演じ,武部幹事長に叱られるというわざとらしい演技まで見せてくれました.しかしフリーターが国会議員になったような書かれ方をしましたが,彼はれっきとした歯科医の御曹司です.料亭に行ったことがない,とかグリーン車に乗ったことが無い,などということはかなりが嘘だと思います.悠然と6年間の学生生活を享受し,外資系の会社に入り込めたのは,それなりのコネや能力があったことを示していると思います.彼に止めを刺したのは,ブログの内容が有名予備校教師の著作と瓜二つだったことで,結局ブログは閉鎖のまま,露出度は低下してしまいました.結局杉村太蔵現象というのは虚像だった訳で,自民党にしても期間限定,使い捨てのヒーローに過ぎなかった訳です.つまり「ヒラリーマンから国会議員」というサクセス・ストーリーは自民党が創作し,マスコミが宣伝しただけに過ぎません.結局のところ「タイゾー化」なるものは自民党が作り出したものです.しかしかつてのブランドであった東大生が,そのような虚像を信じざるを得ないという状況は,一面深刻であるといわざるを得ないと思います.学生は誰からもケアされていないと感じている,と書かれていますが,それこそが現在の大学の危機的状況であると思います.これは何も東大ばかりではなく,多くの大学や高校でも見られる姿だからです.しかしこの対話の扉を閉ざしたのは一体誰なのでしょうか.振り返ればそれは大学紛争以来ずっと続いていることではないでしょうか.ただひたすら大学を管理し,学生が再び爆発するのを回避することだけ考えてきた,その成れの果てが今のキャンバスです.右も左も駄目,では歴史も政治も語れません.異端を排除すれば,つまらない蒸留水のような,奇妙に現実から遊離した,無味無臭の箱庭のような,矮小な世界になります.学生にとって魅力があるはずはないのです.授業に飽きた学生はあるときはオカルトに走り,あるときは新興宗教に走り,あるときは合コンに走り,そして今は起業に走る.何も今に始まった変化ではないのです.本来最も思索すべき,対話すべき学生がその機会と場所を奪われれば,それはもはや大学ではなくなります.大学の名を借りた専門学校に過ぎません.つまり大学の荒廃,そしてそこから必然的に生まれた高校の荒廃は,とりもなおさず日本の社会や政治の閉塞を抜きに考えられないと思います.先が詰まれば,順繰りに詰まってゆく,それが昨今話題になっている高校の予備校化の原因です.それをアメリカのせいにするというところに,すでに救い難い現実逃避や責任回避がある,といったら著者に対し失礼でしょうか.

tnakadat at 16:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書評 

本当に必要なものは

あなたが中学一年生であるとします.これまで仲良くしてきた親たちが何となくつまらなく,汚らしい大人のように見えてくる,先生や校長もただ口うるさく,テレビやラジオで語りかけるアイドルたちに比べれば,ただのくたびれたオヤジたちにしか見えない,そんな年頃です.その一方で親や,教師は振る舞いや,髪型,服装にはうるさく干渉してくる.口を開けば「勉強しろ」です.そんな中で,ふとしたこと,家庭のいざこざや,今まで得意だった科目で不本意な成績に終わってしまう,仲の良かった友達と疎遠になる,そんな時あなたは誰にその悩みや苦痛を打ち明ければ良いでしょうか.誰がその解決策を一緒に探してくれるでしょうか.落ち込んでいるあなたには元気そうに学校生活を楽しむ同級生の言葉は心に響かないどころか,何気なく言った言葉は逆にナイフのように心を刺すのです.担任が「そんなことでどうする」と叱れば,あなたはそれをいじめと感じるかもしれません.「そんな悩みというものは思春期に誰もが経験するものだ」というのは,一つの考え方です.多くの若者は友人や,書物,音楽などと出会い,立ち直って行くのだと思います.しかし昨今報道されている自殺者は,悲しいことにそのような幸運に出会うことが出来なかった子供達なのです.マスコミや文部科学省は校長や同僚教師達が何故気づかなかったのか,と責め立てます.しかしこのような子供達は家族や教師に,心のうちを語れないことが多いのです.家族は子供の異変に気づいても,どうすることもできません.親の支配や庇護から離れてゆくのがこの時期なのです.校長や担任にしても同様でしょう.既成の権威に反発し,距離を置きたいと思うのはいわば自然の成り行きです.現代のように学校の管理が厳しくなっていれば,尚更彼らは離れてゆくでしょう.必要なのは専門家です.必要なのは精神科医や心理療法士などのカウンセリングです.彼らに子供達が容易に相談できる体制や,精神科に対する誤解を解き,彼らが学校現場や,家庭に対し,提案をすることが出来る施策が必要だと思います.彼らは病んでいるのであり,傷ついているのです.必要なものは治療者であり,校長や,教育評論家や,まして教育委員でもありません.医学が普及していない時代には,加持祈祷で憑き物がおちると考えたり,神仏に願をかけたりしました.何故子供だけ学校という場しか議論されないのでしょうか.心の問題を専門に扱う人間がいることをマスコミは知らないのでしょうか.「服装の乱れは心の乱れ」と校門で服装,髪型チェックを行なうなど,愚の骨頂です.どんなに珍奇な髪型や服装でも,彼らにとっては一種の自己主張であり,このような生徒はまだ救いようがあるからです.危険なのは自己主張できない,おとなしく,目立たない生徒なのだと思います.不毛な報道を見ているとこの国は,精神医療を全く理解していないのではないか,とさえ思えてきます.

tnakadat at 07:57|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 記事,事件 

October 29, 2006

もう一つのバラの実

もう一つのバラの実こちらは丈が低く,地面に這うように伸びるバラのようで,こちらも赤い実をつけています.葉の陰にかくれていますが,なかなか鮮やかなコントラストです.

tnakadat at 21:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 自然・環境 

バラの実

バラの実直径2センチはあろうか,という大きくてオレンジ色のバラの実.ガクの部分はすでに茶色く変色していますが,実の部分は艶やかです.

tnakadat at 21:16|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 自然・環境 

雨上がり

雨上がり生垣の紅葉も,雨で鮮やかに見えます.雫が木の葉の上に揺れています.

tnakadat at 21:14|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 自然・環境