March 31, 2006

零戦と教育改革

小学校で英語教育を開始するということが話題になっています.また日本にパブリック・スクールのような全寮制の高校を作るということでトヨタの肝いりで年間300万円の高校が出来るということもマスコミで取上げています.若者の科学離れ,技術離れが著しいということで科学の授業を,面白くする教師向けの講習会というのも人気のようです.日本の教育は明治時代よりもずっと前,江戸時代にすでに始まっています.岩手のような地方でもすでに藩校があり,町人の子供たちには寺小屋というお寺の住職が読み書きを教える体制になっていたということは,時代を考えれば驚くべきことです.明治時代に国定教科書が生まれ,その後はどんどん教える内容が多くなり,一時ゆとり教育ということで,教育内容の簡素化が行なわれましたが,学力低下が叫ばれ,再び学習内容が強化されたように素人の私には見えます.しかし本当に学習内容を増やしてゆくのは,「良いこと」なのでしょうか.確かに国際比較でも最近の日本は数学や科学で,かつてのようなトップの得点を稼げなくなっているようです.しかしアメリカの高校生は分数の計算がやっと,という学生が多いといわれています.それでもトップクラスはもの凄くレベルが高い.それはむしろ大学や大学院のレベルが高く,彼らが十分才能を開花させる環境にあるからではないのか.それともう一つ,日本の高校生のように大学受験で網羅的にありとあらゆることを詰め込まれず,自分の興味ある領域に思い切り打ち込めるからではないでしょうか.彼らは当然のことながら英語は母国語だから,フランス語や中国語などの外国語は,必修ではありません.歴史も200年に毛が生えたような国だからそれほどの量ではない.日本のように「シュメール・アッカド文明」とか「チャンドラ・グプタ」,「冒頓単于」,「ヌルハチ」など教えられているとはとても思えません.地理にしてもイラクの首都がバクダッドであることを知らなかった人が,エール大学に入学でき,大統領になれる国です.まさかこの人物から攻撃されるとはイラク市民も思っていなかったでしょうが.もちろんブッシュ大統領は「苦手なことは挿絵のない本を読むこと」といっていますから,彼を基準にはできませんが,相当いびつな知識でもトップクラスになれることを示しています.国際比較をしてみればやはり日本の義務教育は驚くほど内容が多く,相変わらず知識偏重なのではないでしょうか.零戦は開戦当初は素晴らしい性能だったものの,わずか数年でアメリカの戦闘機に太刀打ちできなくなりました.主翼を短くしても最高速度はほとんど変わらず,エンジン出力を向上させれば燃費が悪くなり,航続距離が減り,その挙句主翼内燃料タンクの容量を増やしたところ,ますます被弾に対し脆くなったことはNHKの「そのとき歴史は動いた」で取上げられました.当時の設計主任であった堀越氏は多少の航続距離の低下には目をつぶり,防弾や主翼の強度不足の改善を行なうよう具申したそうですが,海軍の反対に遭い頓挫したそうです.軍の要求を極限まで追求し,その結果戦術の変化に対応することの出来なかった零戦は,悲劇的なほど日本の姿を写しているように思えます.翻って本当に日本の教育に「ゆとり」は必要ないのでしょうか.それは「円周率を3とする」とか虚数を教えないといった,よく分からない改革だったからではないのか,と思うのです.「ゆとり」や「無駄」は必要です.ゆとりや無駄が無いからこそ,一部の子供たちは小学校や中学校で落ちこぼれ,大半の若者たちは高校や大学受験で疲れてしまい,知的な好奇心を失ってしまう.社会的ひきこもりや登校拒否,陰湿ないじめを精神科の国際学会で報告したところ,欧米の学者は日本特有の現象として非常に興味を示したそうです.無気力な大学生や,「まじ?」,「うっそー」の繰り返しで会話が成立してしまう女子高生を見ていると,本当にこの教育制度で良いのだろうか,あれこれといじるのは文部科学省の役人達と,肥大化した塾や予備校といった教育関連産業の(少子化でいずれ市場規模の縮小は避けられない)失業対策なのではないか,と少し考えてしまうのです.

tnakadat at 11:24│Comments(7)TrackBack(1) 記事,事件 

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1. 『英語を子どもに教えるな』市川力  [ 本を読もう!!VIVA読書! ]   March 31, 2006 18:16
  筆者は教育学博士ですが、アメリカで学習塾の出先機関として日本人子女の学習を見てきています。これだけ英語の重要性、有用性が語られる中で、自分が海外赴任ともなれば、自分の子どもをバイリンガルに育てたいというのは親の情です。子どもは子どもで、宇多田ヒカルの...

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1. Posted by 賽目   March 31, 2006 21:12
んん、まさにこのあたりだろうな。「ゆとり」なんていう時代にかちあってしまったぼくの子どもたちを見ていて、愕然というか、ばかげているというか、もう、いいよ、って感じなんだよなあ。

一から出直さなくてはだめだ、ニホンの教育は、なんて思っても、そんなふうになるわけないから、ぼくは「教育亡命」しやす。あと、2週間で、オサラバです。ニホンの教育システム上では、息子は小卒、娘は小学校中退です。
2. Posted by tantanmen   April 01, 2006 10:30
賽目さん:お忙しそうですね.賽目さんだけでなく,海外に子供を送り出す人たちが増えているようですね.イスラエルやフィリピン,韓国のような二重国籍を取りたい,将来亡命したいという切迫感はないのかもしれませんが,漠然とした不安や不満があるように思えます.結局文部省や日教組の目指した「ゆとり教育」は一面では手抜きであり,一面では紳士協定だったのだと思います.紳士協定は守られないことが多いですから.この改革以来ますます学校の空洞化が進んだだけ,儲けたのは塾や予備校という教育関連産業だったのでしょう.
3. Posted by 賽目   April 01, 2006 13:34
手抜き。ううう、それをいっちゃあおしめえよ、という雰囲気が、子どもたちの職員室には漂っています。ううう、お茶がうめえ。
4. Posted by tantanmen   April 02, 2006 08:35
賽目さん:手抜き,合理化,省力化,そういう言葉で表現すると問題があるかもしれませんが,少なくとも高邁な思想とか,科学的な根拠があって決められたわけでは決してないように思えます.組合は週休二日制が欲しい,文部省側は教育要綱という国家が教育を管理するという体制を堅持したい.世の中は休暇を増やす方向に流れていたから,そちらに振ってしまいましたという極めて無責任な決定だったと思います.(続く)
5. Posted by tantanmen   April 02, 2006 08:36
これから少子化で確実に子供の数が減ります.間違いなく教育機関や関連産業は失業するか,子供一人当たりにかける手間は増えるはずです.子供の側から見れば,本当の意味でゆとりが生まれるはずなのですが,今の風潮では更に教える内容が増えそうです.それが良い事なのか,子供にとっても,日本の将来にとっても,と私は思うのです.本当にこれ以上ぎゅうぎゅうと知識を詰め込んでも一見賢くて,実はひよわな知性しか生み出せないのではないか,そう考えています.
6. Posted by 賽目   April 02, 2006 20:59
いまの日本でどうしても自分の子どもたちに教えようと思って、できなかったことに「ものを大切にする心」があります。その心は生きていくうえでいちばん基本だと思うのですが、金さえ出せばなんとでもなる、なんでも手にはいるニホン(ホリエモンはそううそぶいていた)では、とてもむずかしいことでした。

算数ができなくても、漢字がうまく書けなくても、ぼくにとってはどうでもよくって、「ものを大切にする心」を教えられるかもしれないと期待している国に行こうとしている。その心は強い意思にもつながると思うのですよ。
7. Posted by tantanmen   April 03, 2006 09:35
賽目さん:そもそも漢字というハードルがあるのですよね.韓国はハングル,中国では簡体字,日本ではひらがな,カタカナという風に大衆化には漢字以外の文字が必要だったという歴史があります.本来であれば漢字もそこそこ,算数だって電卓がある時代ですから,むしろ何を表現するか,どう考えるか,知識はあくまでツールなはずで,問題はどう使うかにあると思うのですが,どうもツールの量や,飲み込みの早さばかりに論議が集まるようです.

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