October 22, 2007

ヒトラー最期の12日間

ヒトラー ~最期の12日間~ スペシャル・エディション
一昨日野球放送が終わった後に,BSで途中から見て,翌日慌ててDVDを買い,昨夜はずっと観てしまいました.凄まじい映像,そしてヒトラーを演じたブルーノ・ガンツの,まるでヒトラーそのもののような演技.ハリウッド映画とは全く異なる,ずしりと重量感を感じる映画でした.

 ハリウッド映画がフレーバー・コーヒーや,コーラなど炭酸飲料とするならば,緑茶のような,静かに覚醒を強いる映画です.興味のない人間や,深く考えるのが苦手な人間にとっては2時間30分の映写時間は苦行かもしれません.おまけに特典映像は何と172分!しかし特典映像も見る価値は充分あります.CGはほとんどなし,ロシアのサンクトペテルブルクで撮影されたという,陥落直前のベルリンは暗く,陰鬱な街で,その地下壕に留まるヒトラーやナチス幹部,そして容赦なく殺される兵士や逃げ惑う市民を淡々と描いてゆきます.市民防衛隊の無益な突撃を止めさせようとする指揮官と,「我々が命令したわけではない」と言い放つゲッペルス宣伝相.最期にゲッペルスの妻は子供達に青酸カリ入りのカプセルを無理やり加えさせる.

 誇張や多少の演出はあるのでしょうが,全ては歴史であり,どうにも消すことのできない事実です.それを冷徹に,厳かに描いてゆく.昨年東京裁判における東条英機を描いた「プライド」という映画が作られたそうですが,DVD化はされなかったようです.岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」という映画もありましたが,比べるべき内容ではないでしょう.

 ハリウッド映画のようにヒーローは,弾が飛ぶ方向が分かるように逃げてゆく,あるいは何発もが当たっても生き延びる,というインチキは一切ありません.高速で銃弾や砲弾の破片が飛ぶ音が聞こえたかと思うと,ばたばたと人が倒れ,直ぐ死ぬか,血を流して悶え苦しみ,そしてやがて死ぬ.医者は血だらけ,手術は四肢の切断.兵士は市民を守ることもできず,ゲッペルスやヒトラーのように,それが当然だと指導者も言い放つようになる.拳銃を口に咥え,あるいは頭部に突きつけ,手りゅう弾を握り,とこれでもか,と自殺するシーンが映し出されますが,日本も戦争末期に青酸カリを配り,終戦で亡くなった軍人は多いと聞きます.この映画は事実を写したに過ぎません.いかにむごたらしく,いかにおぞましくとも,これが敗戦というものでしょう.

 しかし敗戦国は敗戦という事実と向き合わなければなりません.つらくとも,悲しくとも,そこから目を背けては進歩は生まれません.ブルーノ・ガンツが来日した時のビデオが特典ディスクに納められています.「ドイツは日本よりはうまくこの問題に対処できたといえるかもしれない」という彼の最後の言葉は重要です.少なくともドイツは,沖縄戦における集団自決のような問題を隠そうとはしなかったのですから.隠さず,地道に対処することにより,周辺諸国との関係を時間をかけて修復し,ヨーロッパ統合の道を歩んだ.そしてソ連,さらにはアメリカからの支配から抜け出すことが出来た.ヨーロッパ統合がドイツにもたらしたものは,決して小さくなかったと思うのです.ヒロインのアレクサンドラ・マリア・ララはルーマニア出身.撮影監督であるライナー・クラウスマンはスイス,そして撮影はサンクトペテルブルクとミュンヘン.このような映画を日本がいまだに作れない理由は,明白であるように思えます.

tnakadat at 13:49│Comments(3)TrackBack(1)

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1. ヒトラー 最期の12日間  [ 銀の森のゴブリン ]   October 24, 2007 01:34
2004年 ドイツ 監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル 原題:DER UNTE

この記事へのコメント

1. Posted by ゴブリン   October 24, 2007 01:41
今晩は。TB&コメントありがとうございます。
実に重たい映画ですが、ずっしりと手ごたえのある映画でした。ブルーノ・ガンツの迫真の演技には思わず引き込まれてしまいますね。
「敗戦国は敗戦という事実と向き合わなければなりません.つらくとも,悲しくとも,そこから目を背けては進歩は生まれません.」というご指摘は本当にその通りだと思います。むしろ日本の政府は過去の事実を否定することに躍起です。このような状況では、この映画に匹敵する映画は生まれにくい。この点にも同感です。
2. Posted by tananmen   October 25, 2007 11:42
ゴブリンさん:ようやく韓国が金大中氏の拉致事件で公式に政府の関与を認めました.予想からかなり遅れた発表ですが,それでも韓国は少しずつ自国の歴史の暗部を,国民に明らかにしようとしているように見えます.政府がこのような公式文書を出さない限り,歴史,社会,経済など,文科系学部の研究は進みません.いつまでもアメリカの公文書館に出かけるというのでは,アジアからの学者も日本には興味を示さなくなるでしょう.小さな誇りを大事にするのか,もっと大きな誇りを取るべきなのか,この国はまだ決めかねているようです.政府のかたくなな態度が,日本の大きな障害になっているように感じます.日本全体を覆っている閉塞感は,このような19世紀的な体制がもう時代遅れになっているのに,官僚,与党,財界がしがみついていることから出ているように感じます.
3. Posted by Inada Haruka   August 17, 2013 03:13
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