February 14, 2010

渡邉文幸:検事総長

検事総長 - 政治と検察のあいだで (中公新書ラクレ)
検事総長 - 政治と検察のあいだで (中公新書ラクレ)
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先週池田信夫氏のブログで「検察は暴走したのか」という記事がありました.池田氏は検察を擁護する立場のようですが,多くのコメントは氏の見解には疑問を呈するものでした.

「利益誘導に回帰している民主党の暴走のほうが深刻な問題であり、その司令塔が小沢氏だ。何が「巨悪」かを見誤ってはならない。」
「小沢氏こそ最大の権力者だ。彼が何十人の社会的生命を奪ってきたか、知ってるのかね。」

 こういった記述は,いささか独断に過ぎるように思われます.私は,今回の起訴は,どう考えても無理があると思います.もし民主党が利益誘導に回帰し,小沢氏が最大の実力者で,巨悪とするのなら,なぜ4年も前の政治献金や,土地購入について捜査するのでしょう.利益誘導の政策を推し進めることが明らかならば,衆議院選挙の直前や,参議院選挙の前に秘書や,現役議員を逮捕する必要はないでしょう.氏の論が正しければ,「巨悪」の民主党や,小沢幹事長は利益誘導の政策を乱発するでしょうから,政治資金規正法ではなく,贈収賄で捕まえることができます.熟した柿が落ちるのを待てばよいだけです.

 氏は社会的に抹殺といいますが,検察は文字通り容疑者や関係者を「抹殺」しています.1,998年には自民党議員の故中島洋次郎氏を政治資金規正法,受託収賄,公職選挙法違反で逮捕していますが,これは議員が防衛庁政務次官時代に富士重工会長から500万円を受け取ったというもので,富士重工の前身が中島飛行機であったことを知っていれば,これが本当に受託収賄だったのかと誰もが考えます.中島洋次郎氏は上告中の2001年に自殺しました.

 また「検察が積極的に情報を提供して報道を操作することはない。どちらかというと報道する側が特定の見込みに沿った話を当てて、検察が答えることが多い。」と検察のリークを否定していますが,連日のようにどの新聞,テレビでも同じ内容が流れるのは,異常というしかありません.もし氏がいうように記者が当て推量で記事を書いたとすれば,各紙ばらばらな内容になる筈で,必ずしも検察の思い通りにはならないでしょう.しかし女性職員を長時間に亘って尋問したという週刊朝日の報道に対し,東京地検は抗議したところを見ると,やはり検察が世論を誘導しようとしているとしか考えられません.

 日本の検察は諸外国に例のない独特のものです.多くの国では検察に捜査権を持たせていません.しかも検察官の捜査に歯止めがかかりにくい構造上の問題があります.まず捜査権を持っていますから,自分たちが行った捜査を不起訴にするのは難しいでしょう.小沢氏を不起訴に決めた夜,異例の記者会見を開いたのは,特捜部の無念さを感じます.しかしいかに無念であっても,公判が維持できない事例は不起訴が相当で,無念というのは,あくまで組織内部の問題です.捜査権と公訴権が分離していれば,こんなことは起こり得ません.

 また検察指揮権発動という伝家の宝刀は,造船疑獄の悪評のために抜けない刀になりました.指揮権発動によって政権側の受けるダメージが大き過ぎるからです.しかしこの造船疑獄で指揮権発動したのは,当時の政治情勢からで,実際には法務大臣と検察の間で「話がついていた」ということが,著者である渡邉氏の調査で明らかになっています.

 さらに検察官適格審査会という制度も,検察官が統一組織として活動するという「検察官同一体の原則」では,検察官個人の評価は不可能といって良いでしょう.人事は検事総長が決め,国民は批判できない.この仕組みはかつての陸軍参謀本部と良く似ています.戦前平沼騏一郎が大逆事件と呼ばれる一斉検挙を行ったのを見て,政友会の原敬は陪審制を考えたといわれ,また彼の内閣で三浦陸相は暴走する参謀本部に業を煮やし,参謀本部廃止を考えたそうですが,結局潰されたといわれます.平沼騏一郎はその後も帝人事件で斉藤実内閣を解散に追い込み,近衛内閣を生むに至りました.取り調べの際に主任検事は「俺等が天下を革正しなくては何時迄経っても世の中は綺麗にならぬのだ」と恫喝したといわれます.しかし彼らが「天下を革正し」,「世の中を綺麗に」した結果は,皆さん御存知の通りです.近視眼的な正義が,災いを招くのは,青年将校も,日本赤軍も,オウム真理教も何ら変わりません.

 このように検察はいったん暴走した場合,歯止めが効きにくい構造であることは明らかです.しかも東京地検特捜部が失点続きであるように,彼らの熱意はともかく,その捜査が時代遅れに感じられます.特捜部が生まれたのは戦後で,1947年隠匿物質の摘発を目的とする隠退蔵事件特捜部が,1949年にはアメリカのFBIを模範とした政財界の不正摘発を目的とした特捜部となった,と書かれています.すなわち東京地検特捜部の雛型は,FBIだったのです.

 しかし聖バレンタインデーの虐殺で有名なギャングの大物,アル・カポネを逮捕したのは,アンタッチャブル,FBIではなく,国税局でした.脱税は国税庁が行えばよく,ライブドア事件や,村上ファンド事件は証券取引等監視委員会が行えば良い.特捜部は全国から検察官の応援を仰ぐとのことですが,捜査が長引けば長引くほど,引き抜かれた地方の検察は能力が低下します.
 
 さらに模範としたFBIには,ご存知の通りバージニア州クァンテイコにFBIアカデミーがあり,プロファイリングや,コンピューター犯罪など,警察にも負けない捜査技術の開発,教化プログラムがありますが,日本の検察には同じような組織があるとは聞きません.相変わらずがさ入れ,自白に頼り,調書が取れなければ拘留延期というのでは,足利事件と同じで自白を強要する恐れありと言われても仕方がありません.警察には科捜研や,サイバー犯罪部門があり,またマネーゲームには東京証券取引所と相互乗り入れで,研修会を開くなど,交流が盛んです.そろそろ日本の検察も諸外国並みに捜査は警察に任せ,公判活動に注力すべき時期ではないか,と思います.もっとも幼稚園は文科省,保育所は厚労省と不毛の縄張り争いが続いた「幼保一元化」のように,権限委譲こそ官僚の最も抵抗することでしょうが.

 とどのつまり,日本の検察は,厚生労働省と同じく,まさしく戦艦大和なのです.あるいはサーバークライアント型のシステムといってもよい.巨大なサーバーを設置すれば事足れりと考えていても,世の中が複雑になり,犯罪が多様化,巧妙になるにつれ,さまざまな分野のスペシャリストが必要になり,法律の専門家だけでは限界があります.それであれば,株や商取引の犯罪は証券取引等監視委員会,脱税は国税局というように分散化を図るのが自然な進化でしょう.

 コンピュータ・システムではピア・ツー・ピア,P2Pという仕組みです.また司法試験に合格し,司法修習生だけの純血主義も,かつての陸軍と同じです.士官学校,陸軍大学,三宅坂という視野の狭いエリートが多くの過ちを繰り返したことは歴史が教えるところです.さまざまな専門分野をモジュール化し,タスクフォース的に組み合わせるというのが,合理的な解決であるように感じます.確か池田氏自身が「スーパーコンピュータは要らない.分散型のシステムが主流」,「水平分業とモジュール化は避けられない」と言っていたような気がするのですが(笑).

tnakadat at 20:44│Comments(0)TrackBack(0) 書評 

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