February 21, 2010

ディビッド・ハルバースタム:ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上
ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上
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2007年交通事故で死亡したディビッド・ハルバースタムの遺作となった作品.ネットの評判を見ると「重厚長大」,「読みづらい」とあまり評価がよろしくない.確かに相当のボリュームなので,一晩ではとても無理ですが,年末年始に数日かけて読了しました.読みにくさには原因があって,その一つは戦史ものとして,誤訳が多いことが一つ.翻訳が元記者で戦史に詳しくないのが良く分かります.例えば以下の文章を見ただけで,これはどうかと思います.

 T-34は車体が低く,たびたび敵の砲弾をかわす効果があった.耐久性に優れ,スピードがあり,毎時51キロの最高時速を誇った.軌道は非常に幅が広く泥や氷に立ち往生するのを防いだ.(中略)重量は32トン,35ミリ砲一門,7.62ミリ機関銃二挺を装備し,分厚い装甲板を誇った.

 85ミリ砲を35ミリと間違えたのは単純な記載ミスでしょうが,「軌道は非常に幅が広く」は戦車の記述としては,全く意味が通りません.これはおそらく原著ではtrackなのだと思います.trackには軌道の意味もありますが,日本語の覆帯,すなわちキャタピラの意味もあります.ちなみに通常用いるキャタピラは商標で,アメリカでも正式にはtrackを充てるのでしょう.この他にも50口径機関銃が50ミリ機関銃,30口径機関銃が30ミリ機関銃となっており,これはそれぞれ12.7ミリ,7.7ミリ,すなわち1インチの半分,三分の一を示しているのですが,そういったごく基本的な知識がないので非常に分かり難い.しかし50ミリにせよ,30ミリにせよ,歩兵が携行できるはずはありません.ご丁寧にT-34の主砲が35ミリと書いているのだから,誤訳に気づいてもよさそうなものですが.

 このような誤訳や誤記は一義的には翻訳者の責任でしょうが,仮にもわが国で有数の出版社である文芸春秋社が出版したのですから,このようなミスは校正の段階でチェックされるべきだと思います.表紙のデザインも素っ気なく,よほど急いで出版したのでしょうか.活字離れが叫ばれて久しいのですが,出版社には責任がないのでしょうか.安直な企画や,この本のような話題性はあるが,ろくに校正も行わずに出版されるようでは,自ら首を絞めているという他ありません.

 しかし何といっても,この本が日本で評価され難いのは,いまだにマッカーサーや進駐軍が「軍国日本を解放し」,「寛大な占領を行った」という歴史観が日本では横溢しているためでしょう.しかしマッカーサーはこの本でも描かれている通り,傲慢で独りよがり,スタンドプレーを好む,極めて奇矯な人物だったということです.いまやアメリカにとってマッカーサーとは有能な将軍とは看做されてはおらず,朝鮮戦争は(そしてベトナム戦争も)勝てた筈なのに勝てなかった戦争と考えられているのです.

 結局トルーマン大統領が,マッカーサーを罷免したのは,中国に原爆を投下すれば,戦火がヨーロッパや大西洋に拡がると考えたからでした.同様にマッカーサーは当初北朝鮮の侵攻を,陽動作戦と考え,いずれヨーロッパで戦端が開かれる,と考えていたようです.さらにアメリカ政府首脳は「朝鮮半島の帰趨はアメリカの国防上大きな影響はないが,日本(国民)への影響は大きい」とし,日本の離反を警戒していたことが明らかになっています.

 ブッシュ元大統領がイラク占領に際し,「日本は最も成功した占領」と語ったように,そしてフセイン大統領を死刑にしてもイラクに居座るように,日米同盟は決して日本を守るためでも,自由主義の砦でもなく,純粋にアメリカの国益のためであることは,誰の目からも明らかでしょう.ところが保守派と呼ばれる産経新聞や,外務省は普天間基地移設を巡り,日米同盟の危機と声高に叫びます.一体誰のための保守なのか,耳を疑います.

 封じ込めた筈の中国は,いまやアメリカのみならず世界中に工業製品を輸出し,中国が世界の経済を握っている時代です.ソ連が崩壊したとき,冷戦に勝利したのは日本と言われました.しかし自信を喪失したままの日本と,独自の外交を貫きながら,経済でも日本を追い抜いた中国を比べる時,最後に誰が勝者と呼ばれるかは,誰が見ても明らかです.そろそろ日本も「坂の上の雲」や太平洋戦争から一歩進んで,冷徹に戦後史を見つめ直す時が近づいているように思えます.すでにアメリカですらこのような著作が世に出ているのですから.

tnakadat at 23:56│Comments(2)TrackBack(0) 書評 

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この記事へのコメント

1. Posted by c.c   February 22, 2010 21:11
満州事変、日中戦争、太平洋戦争の軍部のとてつもない暴走と、それを止められなかった日本。
しかし、ただそれだけを原因にしていては、また同じ轍を踏む可能性はありますね。
民主党のゴタコダは、そうした戦争好きに付け入る口実を与えかねません。
2. Posted by tantanmen   February 25, 2010 13:38
c.cさん:この本の下巻後半部は,英雄マッカーサーと,外見の冴えない小さな大統領トルーマンの対決なんです.解任されてマッカーサーは物凄い熱狂で迎えられる.ところが議会で証言を繰り返しているうちに,実は古臭い将軍で,能力に問題があることが分かってきて,国民もあっという間に醒めてしまう.そういうアメリカの議会の面白さと,怖さが書かれています.昨日の下院公聴会で行われたトヨタのリコール問題も非常にドラマとして良くできている,かなり演出や駆け引きがあるのでしょうが.日本の国会や,マスコミに欠けているものがそこにはあったような気がします.「政治と金」だけじゃなく,もっと議論が必要.「事業仕分け」のような議論をもっとしてほしい.それをパフォーマンスとテレビがいうのは滑稽です.もっとおかしなパフォーマンスや,仕込みをテレビはやっているわけですから.そして学校ではそういう嘘を見抜く教育をするべきでしょうね.

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