March 01, 2010

盛岡正ハリストス教会

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 この教会は盛岡市高松の小高い丘の上にあります.昨夜のNHK大河ドラマに土佐勤王党の山本琢磨が登場しました.彼は金時計を着服し,切腹を迫られますが,坂本龍馬に江戸から逃げるよう諭され,江戸を出て東北に向かいます.このエピソードはドラマの後で説明されたように実話です.ただし逃亡は,坂本龍馬だけでなく,武市半平太の指示でもあったようですが.山本琢磨は坂本家とも,武市家とも繋がりがあり,単なるヒューマニズムだけではなかったのでしょう.

 この山本琢磨(のちの沢辺琢磨)は函館に向かい,何とロシア正教会のニコライ神父の下で洗礼を受けたのだそうです.その後東北地方を北上川流域に沿って布教活動を行い,東京復活大聖堂(現ニコライ堂)の建設に尽力します.盛岡でも布教活動を行ったようですが,当時の教会は今の加賀野にあったようで,昭和35年現在の場所に移転したそうです.このハリストス教会にはこの沢辺琢磨以外にも,伊達藩の医師酒井篤礼や,少なからぬ数の南部藩士も入信したことが,この教会の掲示板に書かれています.推測するに旧藩士にとって,山本琢磨の数奇な運命が,彼らの境遇と重なったように思われます.それにしても彼の行動力は,当時の交通事情を考えると,凄いというしかありません.

 また剣の達人である山本琢磨に密偵と疑われながら,「切るのなら,正教を知ってからでも遅くはないだろう」と彼を招き入れたニコライ神父も立派です.それにしてもこの高松や上田は,かつて壬生義士伝でも舞台となった所.歴史とは不思議なものです.かつて日本には凄い男たちが大勢いた,それだけでも我々は誇りにすべきでしょう.当時の日本に比べれば贅沢三昧の日本人が,デフレだの,不況だのと暗い顔をしていては,それこそご先祖様に申し訳ないというものです.

tnakadat at 21:26│Comments(6)TrackBack(0) 路上散歩 

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この記事へのコメント

1. Posted by まろ   March 06, 2010 21:16
 「その後どうなったのか」という事は、大切な事だと思っています。私もこの後日譚を知り、驚きました。
 同じことを秩父事件の後に北海道まで逃亡し、死の直前に「実は・・」と言い残した井上伝蔵のことなども感じます。
 山本はなぜ洗礼を受けて信仰の道に入ることになったのか、興味があるところです。
2. Posted by tantanmen   March 07, 2010 16:18
まろさん:この正ハリストス教会は神田にニコライ堂がありながら,現在ではすっかり忘れ去られた存在ではないか,と思います.このハリストス教会には多くの南部藩士が入信しています.原敬の従兄,新渡戸稲造の両親などが入信し,明治,大正の岩手に少なくない影響を与えたのでしょう.この正ハリストス教会と山本琢磨の関係は,私も龍馬伝で初めて知りました.それにしても本当に明治維新というのは,日本全体が大きく揺れ動いた時代だったのですね.名もなき人々といいますが,そういう人のエピソードをさりげなく紹介する今度の大河ドラマは,久しぶりに気合の入ったドラマだと思います.
3. Posted by Stephenos   March 07, 2010 20:39
前からこのブログが好きでよく見ているのですが、この度自宅が掲載されていたのでビックリしています。盛岡ハリストス正教会で司祭職を奉じている者です。

私、放送を見ていませんのでどこまで触れたのか存じ上げないのですが。山本琢磨は函館で神社に婿入りしているのです。そこから澤邊姓となり、宮司になっているのです。ですから既に宗教者であった澤邊琢磨が外来の宗教者であった司祭ニコライに出会い、宗旨替えしたというわけなのです。そもそも脱藩したこともそうですけれど、その位置に安住することもできただろうに、それではすまない方だったのでしょう。藩の(というか家の?)ことまで考えていても良かったのに日本全体のことまで考えてしまわずにはいられなかったということなのかなと思います。
 南部藩士が多く入信したのは、一つには函館警備のために置かれた南部藩士の詰所がロシア領事館の隣だったということがあります。ニコライは南部藩の人たちや、やはり秋田藩から函館に派遣されていた医師木村謙斎などに日本語を習ったといわれ、東京に移ってからも東北弁だったそうです。その後も何度か東北に来ていますが、東北弁を話す身長180センチ強のロシア人司祭の周りには人だかりがたったそうです。
ちなみに、澤邊琢磨の息子、澤邊悌太郎もハリストス正教会の司祭になりますが、最後は盛岡で亡くなっています。
4. Posted by tantanmen   March 08, 2010 11:07
Stephenosさん:はじめまして.司祭さまから直接コメントを頂き,有難いと同時に恐縮しております.子供の頃から,この教会の屋根は眺めていました.特にバイパス沿いから見て,白い建物が夕日を浴びて輝くところが大好きで,いつか撮影したいと思っています.この写真は昨年6月に撮影したもので,初夏の日差しを浴びて木々の緑が鮮やかです.今後も宜しくお願いします. 
追伸:各地のハリストス教会は様々な意匠で,建築としてもなかなか興味深いものです.盛岡の教会と,静岡のハリストス教会は非常によく似ていますが,これは何か関連があるのでしょうか?
5. Posted by Stephenos   March 12, 2010 22:19
盛岡教会の聖堂は、静岡教会の聖堂の設計図を借りて造ったのです。内装が少し違う程度で、双子の聖堂です。写真お撮りにいらっしゃる時、お知らせくだされば堂内もご案内しますので宜しければどうぞ。
6. Posted by tantanmen   March 17, 2010 21:21
Stephenosさん:本当に双子の聖堂ですね.いつか静岡のハリストス教会も拝見したいと思っております.山下りん氏のイコンが飾られているようですので,盛岡教会の内部の撮影が許されれば,ぜひお願いします.盛岡支部のホームページからで宜しいのでしょうか?

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