書評

March 09, 2010

大田あや:東大合格生のノートはかならず美しい

東大合格生のノートはかならず美しい
東大合格生のノートはかならず美しい
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かつて桐嶋洋子氏の「聡明な女は料理がうまい」というベストセラーがありました.中身を見ると,料理のレシピで,では料理がうまくなると聡明な女性なのかといえば,そんなはずはありません.「料理がうまければ,聡明である」(逆),「聡明でない女は,料理が下手」(裏)が必ずしも成り立たないのは論理学が教えるところです.

 この本も,言わんとする所は「美しいノートを作れれば,東大に合格できる」ということでしょう.しかし仮に「東大合格生のノートは必ず美しい」という命題が正しいとして,逆の「ノートが美しければ,東大に合格する」という命題は必ずしも成り立たないのは自明です.ノートが美しいということ自体が極めて抽象的,主観的ですが,ノートを美しく取る努力の分だけ,時間が失われることだけは間違いありません.

 先日銀行の新入社員の研修風景がニュースで報道されていましたが,いまだに大卒者にもお札の数え方を教えているのは驚きました.確かに銀行はお金が商品ですが,他にも教えなければならないことは沢山あるはずです.まるで旧日本陸軍のように,「娑婆の気分を叩き出す」,「愛社精神を涵養する」という洗脳まがいで有能な人材が育つとは到底思えません.残念ながら今の日本には肝心のものがぽっかり抜け落ちているような気がします.論理学といわずとも,自分の頭で考えること,自分の目で確かめること,自分の手足で動きまわること,そういう原初的な経験がない.ペーパーテスト万能,テレビゲームのような仮想現実だけでは,欧米のしたたかなエリートにも,中国やインドといった新興国のパワーにも勝てないでしょう.

今の日本の教育は,「いかに速く」,「いかに効率的に」ばかりを追い求めているようにしか思えません.しかしそれでは昨今散々叩かれているトヨタ車と同じです.アクセルペダルの不具合にせよ,フロアマットにせよ,電子制御装置の不具合にせよ,アクセルにブレーキが優先するブレーキ・オーバーライド・システムが重要なのです.トヨタでは今後全車種に搭載することになったようですが,日本の教育や社会にもブレーキ・オーバーライド・システムが必要ではないでしょうか.少なくともこんな子供騙しに引っかかるようでは,教育の価値が問われるのは当然です.

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February 21, 2010

ディビッド・ハルバースタム:ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上
ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上
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2007年交通事故で死亡したディビッド・ハルバースタムの遺作となった作品.ネットの評判を見ると「重厚長大」,「読みづらい」とあまり評価がよろしくない.確かに相当のボリュームなので,一晩ではとても無理ですが,年末年始に数日かけて読了しました.読みにくさには原因があって,その一つは戦史ものとして,誤訳が多いことが一つ.翻訳が元記者で戦史に詳しくないのが良く分かります.例えば以下の文章を見ただけで,これはどうかと思います.

 T-34は車体が低く,たびたび敵の砲弾をかわす効果があった.耐久性に優れ,スピードがあり,毎時51キロの最高時速を誇った.軌道は非常に幅が広く泥や氷に立ち往生するのを防いだ.(中略)重量は32トン,35ミリ砲一門,7.62ミリ機関銃二挺を装備し,分厚い装甲板を誇った.

 85ミリ砲を35ミリと間違えたのは単純な記載ミスでしょうが,「軌道は非常に幅が広く」は戦車の記述としては,全く意味が通りません.これはおそらく原著ではtrackなのだと思います.trackには軌道の意味もありますが,日本語の覆帯,すなわちキャタピラの意味もあります.ちなみに通常用いるキャタピラは商標で,アメリカでも正式にはtrackを充てるのでしょう.この他にも50口径機関銃が50ミリ機関銃,30口径機関銃が30ミリ機関銃となっており,これはそれぞれ12.7ミリ,7.7ミリ,すなわち1インチの半分,三分の一を示しているのですが,そういったごく基本的な知識がないので非常に分かり難い.しかし50ミリにせよ,30ミリにせよ,歩兵が携行できるはずはありません.ご丁寧にT-34の主砲が35ミリと書いているのだから,誤訳に気づいてもよさそうなものですが.

 このような誤訳や誤記は一義的には翻訳者の責任でしょうが,仮にもわが国で有数の出版社である文芸春秋社が出版したのですから,このようなミスは校正の段階でチェックされるべきだと思います.表紙のデザインも素っ気なく,よほど急いで出版したのでしょうか.活字離れが叫ばれて久しいのですが,出版社には責任がないのでしょうか.安直な企画や,この本のような話題性はあるが,ろくに校正も行わずに出版されるようでは,自ら首を絞めているという他ありません.

 しかし何といっても,この本が日本で評価され難いのは,いまだにマッカーサーや進駐軍が「軍国日本を解放し」,「寛大な占領を行った」という歴史観が日本では横溢しているためでしょう.しかしマッカーサーはこの本でも描かれている通り,傲慢で独りよがり,スタンドプレーを好む,極めて奇矯な人物だったということです.いまやアメリカにとってマッカーサーとは有能な将軍とは看做されてはおらず,朝鮮戦争は(そしてベトナム戦争も)勝てた筈なのに勝てなかった戦争と考えられているのです.

 結局トルーマン大統領が,マッカーサーを罷免したのは,中国に原爆を投下すれば,戦火がヨーロッパや大西洋に拡がると考えたからでした.同様にマッカーサーは当初北朝鮮の侵攻を,陽動作戦と考え,いずれヨーロッパで戦端が開かれる,と考えていたようです.さらにアメリカ政府首脳は「朝鮮半島の帰趨はアメリカの国防上大きな影響はないが,日本(国民)への影響は大きい」とし,日本の離反を警戒していたことが明らかになっています.

 ブッシュ元大統領がイラク占領に際し,「日本は最も成功した占領」と語ったように,そしてフセイン大統領を死刑にしてもイラクに居座るように,日米同盟は決して日本を守るためでも,自由主義の砦でもなく,純粋にアメリカの国益のためであることは,誰の目からも明らかでしょう.ところが保守派と呼ばれる産経新聞や,外務省は普天間基地移設を巡り,日米同盟の危機と声高に叫びます.一体誰のための保守なのか,耳を疑います.

 封じ込めた筈の中国は,いまやアメリカのみならず世界中に工業製品を輸出し,中国が世界の経済を握っている時代です.ソ連が崩壊したとき,冷戦に勝利したのは日本と言われました.しかし自信を喪失したままの日本と,独自の外交を貫きながら,経済でも日本を追い抜いた中国を比べる時,最後に誰が勝者と呼ばれるかは,誰が見ても明らかです.そろそろ日本も「坂の上の雲」や太平洋戦争から一歩進んで,冷徹に戦後史を見つめ直す時が近づいているように思えます.すでにアメリカですらこのような著作が世に出ているのですから.

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February 14, 2010

渡邉文幸:検事総長

検事総長 - 政治と検察のあいだで (中公新書ラクレ)
検事総長 - 政治と検察のあいだで (中公新書ラクレ)
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先週池田信夫氏のブログで「検察は暴走したのか」という記事がありました.池田氏は検察を擁護する立場のようですが,多くのコメントは氏の見解には疑問を呈するものでした.

「利益誘導に回帰している民主党の暴走のほうが深刻な問題であり、その司令塔が小沢氏だ。何が「巨悪」かを見誤ってはならない。」
「小沢氏こそ最大の権力者だ。彼が何十人の社会的生命を奪ってきたか、知ってるのかね。」

 こういった記述は,いささか独断に過ぎるように思われます.私は,今回の起訴は,どう考えても無理があると思います.もし民主党が利益誘導に回帰し,小沢氏が最大の実力者で,巨悪とするのなら,なぜ4年も前の政治献金や,土地購入について捜査するのでしょう.利益誘導の政策を推し進めることが明らかならば,衆議院選挙の直前や,参議院選挙の前に秘書や,現役議員を逮捕する必要はないでしょう.氏の論が正しければ,「巨悪」の民主党や,小沢幹事長は利益誘導の政策を乱発するでしょうから,政治資金規正法ではなく,贈収賄で捕まえることができます.熟した柿が落ちるのを待てばよいだけです.

 氏は社会的に抹殺といいますが,検察は文字通り容疑者や関係者を「抹殺」しています.1,998年には自民党議員の故中島洋次郎氏を政治資金規正法,受託収賄,公職選挙法違反で逮捕していますが,これは議員が防衛庁政務次官時代に富士重工会長から500万円を受け取ったというもので,富士重工の前身が中島飛行機であったことを知っていれば,これが本当に受託収賄だったのかと誰もが考えます.中島洋次郎氏は上告中の2001年に自殺しました.

 また「検察が積極的に情報を提供して報道を操作することはない。どちらかというと報道する側が特定の見込みに沿った話を当てて、検察が答えることが多い。」と検察のリークを否定していますが,連日のようにどの新聞,テレビでも同じ内容が流れるのは,異常というしかありません.もし氏がいうように記者が当て推量で記事を書いたとすれば,各紙ばらばらな内容になる筈で,必ずしも検察の思い通りにはならないでしょう.しかし女性職員を長時間に亘って尋問したという週刊朝日の報道に対し,東京地検は抗議したところを見ると,やはり検察が世論を誘導しようとしているとしか考えられません.

 日本の検察は諸外国に例のない独特のものです.多くの国では検察に捜査権を持たせていません.しかも検察官の捜査に歯止めがかかりにくい構造上の問題があります.まず捜査権を持っていますから,自分たちが行った捜査を不起訴にするのは難しいでしょう.小沢氏を不起訴に決めた夜,異例の記者会見を開いたのは,特捜部の無念さを感じます.しかしいかに無念であっても,公判が維持できない事例は不起訴が相当で,無念というのは,あくまで組織内部の問題です.捜査権と公訴権が分離していれば,こんなことは起こり得ません.

 また検察指揮権発動という伝家の宝刀は,造船疑獄の悪評のために抜けない刀になりました.指揮権発動によって政権側の受けるダメージが大き過ぎるからです.しかしこの造船疑獄で指揮権発動したのは,当時の政治情勢からで,実際には法務大臣と検察の間で「話がついていた」ということが,著者である渡邉氏の調査で明らかになっています.

 さらに検察官適格審査会という制度も,検察官が統一組織として活動するという「検察官同一体の原則」では,検察官個人の評価は不可能といって良いでしょう.人事は検事総長が決め,国民は批判できない.この仕組みはかつての陸軍参謀本部と良く似ています.戦前平沼騏一郎が大逆事件と呼ばれる一斉検挙を行ったのを見て,政友会の原敬は陪審制を考えたといわれ,また彼の内閣で三浦陸相は暴走する参謀本部に業を煮やし,参謀本部廃止を考えたそうですが,結局潰されたといわれます.平沼騏一郎はその後も帝人事件で斉藤実内閣を解散に追い込み,近衛内閣を生むに至りました.取り調べの際に主任検事は「俺等が天下を革正しなくては何時迄経っても世の中は綺麗にならぬのだ」と恫喝したといわれます.しかし彼らが「天下を革正し」,「世の中を綺麗に」した結果は,皆さん御存知の通りです.近視眼的な正義が,災いを招くのは,青年将校も,日本赤軍も,オウム真理教も何ら変わりません.

 このように検察はいったん暴走した場合,歯止めが効きにくい構造であることは明らかです.しかも東京地検特捜部が失点続きであるように,彼らの熱意はともかく,その捜査が時代遅れに感じられます.特捜部が生まれたのは戦後で,1947年隠匿物質の摘発を目的とする隠退蔵事件特捜部が,1949年にはアメリカのFBIを模範とした政財界の不正摘発を目的とした特捜部となった,と書かれています.すなわち東京地検特捜部の雛型は,FBIだったのです.

 しかし聖バレンタインデーの虐殺で有名なギャングの大物,アル・カポネを逮捕したのは,アンタッチャブル,FBIではなく,国税局でした.脱税は国税庁が行えばよく,ライブドア事件や,村上ファンド事件は証券取引等監視委員会が行えば良い.特捜部は全国から検察官の応援を仰ぐとのことですが,捜査が長引けば長引くほど,引き抜かれた地方の検察は能力が低下します.
 
 さらに模範としたFBIには,ご存知の通りバージニア州クァンテイコにFBIアカデミーがあり,プロファイリングや,コンピューター犯罪など,警察にも負けない捜査技術の開発,教化プログラムがありますが,日本の検察には同じような組織があるとは聞きません.相変わらずがさ入れ,自白に頼り,調書が取れなければ拘留延期というのでは,足利事件と同じで自白を強要する恐れありと言われても仕方がありません.警察には科捜研や,サイバー犯罪部門があり,またマネーゲームには東京証券取引所と相互乗り入れで,研修会を開くなど,交流が盛んです.そろそろ日本の検察も諸外国並みに捜査は警察に任せ,公判活動に注力すべき時期ではないか,と思います.もっとも幼稚園は文科省,保育所は厚労省と不毛の縄張り争いが続いた「幼保一元化」のように,権限委譲こそ官僚の最も抵抗することでしょうが.

 とどのつまり,日本の検察は,厚生労働省と同じく,まさしく戦艦大和なのです.あるいはサーバークライアント型のシステムといってもよい.巨大なサーバーを設置すれば事足れりと考えていても,世の中が複雑になり,犯罪が多様化,巧妙になるにつれ,さまざまな分野のスペシャリストが必要になり,法律の専門家だけでは限界があります.それであれば,株や商取引の犯罪は証券取引等監視委員会,脱税は国税局というように分散化を図るのが自然な進化でしょう.

 コンピュータ・システムではピア・ツー・ピア,P2Pという仕組みです.また司法試験に合格し,司法修習生だけの純血主義も,かつての陸軍と同じです.士官学校,陸軍大学,三宅坂という視野の狭いエリートが多くの過ちを繰り返したことは歴史が教えるところです.さまざまな専門分野をモジュール化し,タスクフォース的に組み合わせるというのが,合理的な解決であるように感じます.確か池田氏自身が「スーパーコンピュータは要らない.分散型のシステムが主流」,「水平分業とモジュール化は避けられない」と言っていたような気がするのですが(笑).

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February 09, 2010

矢作弘:「都市縮小」の時代

「都市縮小」の時代 (角川oneテーマ21)
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 池田信夫氏の「田中=小沢型政治の罪」という記事で,これは時代錯誤と感じたのは,「日本経済を建て直すために必要なのは、田中以来つづいてきた国土の均衡ある発展を求める政策をやめ、労働人口を都市に集中することだ。」という結論です.これ以上都市に労働人口を集めることが,果たしてこの国を活性化し,国民を豊かにするのでしょうか?

 最近完成した大橋ジャンクションは,落札価格116億円,二重らせん構造で,地下四階分に相当する高低差70メートルを一気に下る構造です.安全性や,環境には十分配慮しているようですが,多重衝突事故や,災害時は不安を感じます.何よりこのように地下とか,高層化を図らなければならない,というのが過密化が限界に近付いていることを示しています.大橋ジャンクションが完成し,渋滞解消が期待されても,首都高速羽田線が老朽化で,改修工事です.常に東京では工事が続き,その結果が公共事業費のトップです.高い工事費,何より高い土地代に,日本の税金は食われているのです.

 驚くことに国土交通省のサイトに国会等の移転ホームページというのがあるのですが,ここに日本政策投資銀行 地域企画部参事役藻谷 浩介氏の「 東京に依存しない国土構造のありかた」という提言が載っています.

 「そもそも東京集中促進論者は、都市規模の国際比較をしたことがあるのでしょうか。仮に都市のサイズが大きいことで国が強くなるのであれば、日本は既に世界を制覇しています。都市圏人口で見れば、東京は先進国のナンバー2であるニューヨーク都市圏に2倍以上の差をつけて圧倒的に大きい巨大集積だからです。上海は大きいと思っている人がいますが、実際に行ってみてわからないのでしょうか、東京の方が3倍も巨大です。人口に所得をかければさらに規模の差は拡大します。ですが、その東京はたとえばアジアの金融中枢としては機能していません。一時集まって来ていた外資系銀行のアジア本部は、人口規模10分の1のシンガポールに移転してしまいました。世界標準で言えば、大きい都市に企業の中枢が集中する必要はないのです。」

「米国を見れば、世界最大の小売企業・ウォルマートの本社はアーカンソー州の田舎町ベントンビル、マイクロソフトの本社はシアトルにあります。かつてはニューヨークに有力企業が集中していましたが、この100年間で全土に拡散が進み、今は連結売上高トップ100社のうちニューヨーク周辺に本社のある企業は3割未満です。これは、ニューヨークの企業が地方に移転したからではなく、この100年でニューヨークにあった企業が凋落し、地方にある企業が勃興したことが要因ですが、でも新興企業はニューヨークに本社移転をせずに、発祥の地で世界経営を続けているのです。金融の世界ですら、ウォールストリートへの一点集中は終わり、オマハやアパラチア山脈山中などに新興の大手が勃興しています。中国でも上海・北京・香港〜広州の3大中心があり、さらに、南京、西安、武漢、青島、大連、その他無数の大都市が発展しています。どこか一つの都市に極端な中心をつくらないことは、中国の長き歴史を見ても明らかです。」

 要するに東京への一極集中というのは,事実上破たんしているのです.「日本の常識は,世界の非常識」です.今の東京はまさに戦艦大和と言って良いと思います.当時最大の主砲を持ち,最良の測距儀を持ち,当時最先端のレーダーを持ち,自前の観測機やハリネズミのような対空機銃を持ちながら,結局大した戦果を挙がられなかった.その理由はあまりに集約化したため,全てを備えながら,全て使えなかったのです.主砲を撃てばその風圧で対空機銃は撃てない.レーダーを使えば,相手に逆探知されるので,うっかり使えない.重装備であるがゆえに,機動性に欠け,前線に出してレーダーを活用するためには,あまりに高価でした.一方アメリカ海軍は,レーダーを運動性に優れた巡洋艦や駆逐艦に搭載し,大きな輪形陣を形成しました.イージス艦はその進化の先にあります.

 東京の電力自給率はたったの6%,食料自給率は何と1%です.これで東京が日本経済に大きく貢献しているのであれば,このような自給率の低さも相殺されるでしょうが,今や製造業は国外や,地方に移転していますし,文化という点では,全く国際競争力がありません.国際競争力どころか,国内でも全く訴求力はありません.東京で新しい店が出来たとか,新しいトレンドとか,そういったニュースは地方に住む人間にはほとんど興味がありません.悲しいかな,東京発のニュースがもてはやされる時代はとうに過ぎたのですが,肝心のマスコミは気付かない,あるいは気付かないふりをしている.今のマスコミは,日本語という非関税障壁と,放送法などの有形無形のカルテルで保護されて,ようやく生き延びているのが現実です.

藻谷氏が書いているように,東芝のセルレグザというおかしなテレビで見られるように,商品コンセプトも東京への一極集中が無関係ではないと思います.東京というマーケットが巨大なので,東京で売れれば,国内でも海外でも売れる,そういう思い込みがおかしな開発コンセプトを生み,失敗を続けているように思います.例えば映画ゴールデンスランバーの舞台となった仙台を考えてみてください.週末は一時間足らずで,海にも山にも行けるでしょう.少し足を伸ばせば,山形や岩手にも行けます.懐具合に余裕があれば,小さなコテージで週末を過ごすことだって出来るでしょう.そのような生活は,東京では限られた階層にしか許されないのではないでしょうか.あるいは札幌でも,博多でも,広島でもよい.それぞれ独自の文化があり,歴史もあります.しっかりした「顔」や「町の匂い」があります.何もかも飲み込み,自らはノッペラボウになった東京に,果たして未来があるでしょうか.

「そもそも東京でしか手に入らないという種類の情報は、東京マーケットの内輪話にすぎません。東京に所在する営業拠点が、巨大とはいえローカルな一市場の特性情報として把握していれば十分です。経営の中枢までもがそんなものを判断の中心に置いていて果たして国際競争に勝てるのか、非常に危惧されます。バブルのころの東京の金融業界がまさにそうでしたし、デザイン能力やコンセプト創出能力の低い今の日本の家電業界にも同じ問題を感じます。」

 一頃池田氏が言っていた日本の「ガラパゴス化」と,東京への一極集中は決して無縁ではありません.それどころか,ガラパゴス化と,一極集中は表裏一体といっても良いでしょう.秋葉原のおかしなパフォーマンス,原宿の奇抜なファッション,そして霞が関の唯我独尊,赤坂や築地に陣取っておかしな報道を続けるマスコミ.この本によれば戦前「東洋のマンチェスター」と呼ばれた大阪は約50万人の人口減少だそうです.東京への一極集中を正さずに,日本の活性化は望めないと思います.それこそが官僚,都銀,大手マスコミが,まさに護送船団のように,小沢氏や,鳩山民主党政権に抵抗する理由なのでしょうが.




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February 07, 2010

郷原信郎:検察の正義

検察の正義 (ちくま新書)検察の正義 (ちくま新書)
著者:郷原 信郎
販売元:筑摩書房
発売日:2009-09
おすすめ度:3.5
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 著者は最近テレビや週刊誌にも度々登場しているので,ご存知の方も多いでしょう.東京大学理学部を卒業して,三井鉱山に就職するも,旧財閥系の古臭い会社の体質が合わず,途中退社.司法試験を受け,見事合格し司法修習生時代に検事になる事を勧められ,検察官になったという変わり種です.

 「政治献金として受け取ったものが,職務に関して賄賂になるとは夢想だにしなかった.私は,検察庁が私を逮捕,拘禁するのは,政界から葬り去るのが目的だと感じた.」 こう書いたのは小沢幹事長でも,鈴木宗夫氏でもなく,1948年昭電疑獄で逮捕された元民主党首相芦田均です.芦田氏は拘留中に河井検事から「穏便な方法」として議員辞職を促された,と日記に書いているそうです.

「いつの日であったか,河井検事は現在の政界を浄化する.それが正義感からも,国に対する忠義からも我々の義務と思ふといふ話をした.私は,その志は良いとしても,ソレに独善が加はるととんだ事になる.青年将校というところですね,と半分笑ひ乍ら私が批判したら,彼はマジメになって,青年将校ではありませんよ,と否認した.」(渡邊文幸著 検事総長より)

 この本にはライブドア事件も,村上ファンド事件も書いてありますが,東京地検特捜部が失点続きであることを,閉鎖的で,古い体質から抜け出せていないことにあると明確に指摘しています.彼が特捜部にいた時に上司が経済学にも数字にも,表計算ソフトにも全く無知であったことも示されています.このような閉鎖性は新型インフルエンザ対策で暴走した厚生労働省の姿と重なります.かたやカメラマンの居並ぶ中強制捜査を行い,かたや防護服とマスクという異様な姿で国民の不安を煽った機内検疫.疫学的にも,人権の配慮からも,全く有害無益だったあのパフォーマンスです.

 西松建設事件でも献金の20%が小沢事務所に寄付されたのだそうです.ということは残り80%のかなりが当時の与党自民党に流れたと考えるのが普通です.しかも西松建設の関連政治団体「新政治問題研究会」という名称には,重大な疑惑があります.この団体は東京都千代田区にあるのですが,全く同じ名前の故橋本龍太郎氏が代表を務める政治団体も,同じ東京都千代田区に存在していた,というのです.この団体は多くの自民党議員に寄付を行っていたのですが,政治資金規制法では,収支報告書には金額と,団体の名称,所在地しか記載する義務はありません.すなわち西松建設は自民党議員の寄付を隠すために,わざわざ同じ名前と,所在地を選んだと推測されるのです.当時自民党から飛び出した小沢氏にはこのようなメリットはないわけで,そもそも西松側が小沢氏を選んだ訳でないことがこの事でもわかります.

 今の日本は危機的状況にあると思います.組織の閉鎖性や硬直性に阻まれて,大事なものが見えなくなっていると感じざるを得ないのです.基本的人権,推定無罪は,報道の自由や,取材源の秘匿よりずっと重要だと思います.足利事件や,横浜事件,そして明石歩道橋事故で検察の過誤を指摘しながら,一方的に小沢氏や石川議員を責めるのは,全く理性的ではありません.まさに著者のいう「思考停止社会」であり,その旗振りを率先してマスコミがしているのだから呆れます.検察もマスコミも,リークを否定していますが,ライブドア事件の判決で検察のリークを東京地裁が事実認定したことを,マスコミは忘れているのでしょうか.

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御掘直嗣:ハイブリッドカーのしくみがよくわかる本

ハイブリッドカーのしくみがよくわかる本
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トヨタに逆風が吹いています.アメリカでのアクセルの不具合に加えて,ブランドイメージを変えたプリウスのブレーキ事故が相次いでいるからです.北米でのアクセルのトラブルはテレビもよく報道しますが,プリウスのブレーキについては,なかなか報道しません.むしろ国内のユーザーや,これから購入しようと思っている人はプリウスの不具合のほうが気になる筈で,困ったものです.

 今回問題となった三代目プリウスは昨年発売されたもので,初代のプリウスに比べ,自重で70kg増え,その代わりエンジンは1500CCから1700CCに増えています.普通に考えれば,自重が増え,排気量が増えたのですから燃費が悪化しそうなものですが,燃費は初代プリウスが1リッター当たり28Kmだったのに比べ,38Kmと大幅に改善されています.排気量を増やしてトルクを増やし,低い回転数で駆動する.その分モーターやバッテリーを小型化する.そのような設計変更が行われた,とこの本には書いてあります.

 しかしハイブリッドカーの燃費向上の秘密は,加速時のモーター・アシストと,減速時の回生ブレーキにあります.時速100kmのエネルギーは地上13階から落下するのと同じだそうですから,そのエネルギーを電気エネルギーに変換し,バッテリーに蓄えるのが回生ブレーキです.変換効率は40%なそうですから,大したものです.回生ブレーキはアクセルペダルから足を離した瞬間から働き,ブレーキペダルを踏むと機械式ブレーキも働く,そういう仕組みになっているようです.これは電車のブレーキとよく似ていて,電車の回生ブレーキと機械式ブレーキの使い方が難しいように,初代プリウスも制動がぎくしゃくすることがあったようです(マイナーチェンジで改善).

 燃費や,バッテリーの充電を考えると出来るだけ回生ブレーキを使うのが合理的です.しかしそれでは急な制動に不都合なこともあるでしょう.特に都市部のストップ・アンド・ゴーでは,どちらを取るかは悩ましいところでしょう.急制動が出来ないのも困るし,一方新型プリウスは,旧型や(こちらはもっと重要ですが)ホンダのインサイトに比べ圧倒的な低燃費を謳っているのですから,回生ブレーキがうまく使えないのは困ります.

 おそらくハイブリッドカーは,一般人が考えるほど夢の技術ではない.技術者にとっては夢の技術どころか,骨身を削って悪戦苦闘しているのでしょう.ハイブリッドとは「混血」です.レシプロエンジンを何とか永らえさせるための苦肉の技術なのでしょう.もし電気自動車になれば,部品点数はガソリンエンジン車の30%に減らせるのだそうです.これまでは日本やドイツといった技術先進国の独壇場であった自動車市場ですが,電気自動車となれば,インドや中国といった新興国が,低価格にものを言わせ,席巻することは確実です.トヨタの「ブレーキの故障ではない.感覚の問題」という,いかにも不適切な回答の裏には,ひたひたと迫る新興国やライバルメーカーがあった,そう考えたくなります.

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January 26, 2010

佐野愼一:沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史

沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史
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 日本のマスコミは,小沢幹事長の一連の報道を見るようにステレオタイプの情報を大量にばら撒きます.しかし真偽の程は別として,違った見方をする報道こそ貴重だと思います.これはサッカーや野球を見れば分るとおり,強いチームには「試合の流れを変える選手」という存在が不可欠です.皆が皆ゴール前に殺到する,あるいは皆が皆ホームラン狙いでは試合は勝てません.ところがなぜか一つの意見が圧倒してしまい,他の意見がなかなか出てこない.また自分と異なる意見を数で圧殺しようとする.この傾向は,マスコミに限らず,最近の学生の討論や,ネットを見ていても感じることです.

 あまりに表面的な勝ち負けに拘る傾向があり,そのためにディベートのテクニックを駆使する.つまり自分の得意分野では攻め,苦手と感じる分野では,徹底的に論争を避け,逃げを打つ.こういうテクニックや,レトリックの指導ばかりがもてはやされているような気がするのです.しかし真に議論を深めるのは,大勢が固定した視点から逃れられない時に,違った視点を提供するものです.ところが子供の頃からの受験戦争のせいか,この国の民族性なのか,そのような姿勢がなかなか育たない.「多勢に無勢」,「長いものに巻かれろ」,戦前よりもむしろ戦後の民主主義教育がこのような前近代的な性向を育てているとすれば,これは歴史の皮肉とも呼ぶべきものです.

 沖縄というと,マスコミは「反戦と平和」,「常夏の島」,「ジュゴンとサンゴ」とステレオタイプの報道を繰り返します.また日米同盟といえば,東アジア安定のためには日米安保や米軍基地は不可欠と,まるで議論の余地がないように語ります.しかし昨今のドル下落や,アメリカの経済情勢を見れば分かる通り,アメリカの覇権が永久に続くとは思えず,東アジアの軍事的な安定にアメリカが関与し続けなければならないという必然性は全くないのです.むしろ歴史的に見て,今世紀中にアメリカの覇権は失われると考えるのが自然です.防衛省や,外務省はアメリカ無き東アジア情勢を考えなければならず,それこそが独立国の官僚の責務でしょう.

 この本は佐野氏が月刊プレイボーイ誌に連載したものをまとめたものだそうですが,マスコミが書こうとしなかった沖縄を活写しています.例えば軍用地の所有権が,高価に売買されているという現実.国が地主に支払う借地料は年間900億円.その上昇率は,高いところでは年3%にも上るため,国債や銀行預金より利回りが良いということで,軍用地の所有権が投機の対象になるわけです.これは返還される可能性が少ないほど高価に取引されるわけで,返還される可能性の最も少ない嘉手納だと倍数が36倍にもなるそうです.基地といえば,騒音被害や,少女暴行,軍用地の地主といえば,反戦.そういった沖縄返還から全く変わらないステレオタイプの報道では,沖縄の現実が見えてこないのは自明なことです.美女だってオナラもすれば,排便もする.沖縄もマネー資本主義の荒波で生きていることだけは間違いありません.

 したがって普天間基地の移転にはこのような地主や,建設業者の思惑が当然絡んでくる筈です.沖縄本島の面積のおよそ20%が米軍基地なそうです.米軍基地を移転したくとも,米軍基地に依存する経済はどうするか.反戦や平和だけでは生きてゆけない.それが沖縄県民の本音でしょう.しかし沖縄はむしろ地理的にも,歴史的にも中国にずっと近く,台湾からの観光客も多いようです.名護市の市長選では辺野古移転反対の稲嶺氏が当選しました.夏の参院選の後では県知事選があります.現職の仲井真知事の当選には公明党の支持が大きかった,と書かれています.沖縄も日米関係も,マスコミが報じないだけで,どんどん変化してゆくのでしょう.

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January 21, 2010

木村盛世:厚労省と新型インフルエンザ

厚労省と新型インフルエンザ (講談社現代新書)
厚労省と新型インフルエンザ (講談社現代新書)
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小沢氏の資金管理団体の話題で,この話題がなかなか取り上げられませんでした.幸いわが国では,新型インフルエンザの被害は想定より遥かに低かったけれども,新型インフルエンザにまつわる混乱は酷いものでした.厚労省は毎日のように通達を出すけれども,意味不明のお役所言葉ばかり.優先患者が先か,子供が先か,と政権交代で事務次官になった足立氏と白熱した議論を行ったのは良いとして,どこで子供たちに接種するのか.昔は学校で強制接種を行ったけれど,今は任意接種です.小児科で接種しようとすれば患者と一緒になりますから,どう考えても無理があります.さらに致命的なミスはワクチンのバイアルを10mlとしたこと.成人で20人分,小児なら30人から40人分になります.集団接種でなければ使い切ることはできません.地域の保健所を活用したら,と厚労省幹部は考えたようですが,小泉政権時代に縮小,統廃合を繰り返した保健所にその余力はありません.結局小児科でインフルエンザの診療も予防接種も行うことになりました.しかも余ったワクチンを孫に接種した診療所の医師が批判されたり,福井県の病院が使い切れなかったワクチンを廃棄した,とマスコミは相変わらずおかしな批判ばかり.批判の矛先はこんなバイアルを採用した厚労省の責任者に向けられるべきなのに,末端の批判ばかり.譲渡したり,優先患者以外への接種を禁じているのですから,誰かに接種できなければ廃棄する他ないということが分からないのでしょうか.この本に書かれているように現在の官僚制度は厚労省をはじめに根本的に時代遅れになっています.ネット右翼が敵視する中国が一流医学雑誌ニューイングランド・ジャーナルに中国における新型インフルエンザの流行を投稿しました.日本はすでにこの分野でも中国に敗北しつつあるのです.

tnakadat at 15:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 16, 2010

軽部謙介:ドキュメント アメリカの金権政治

ドキュメント アメリカの金権政治 (岩波新書)
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「世論を正す会」なる団体の正体は,いまだ分かりません.しかしこれまでの例えば,前原代表を辞任に追い込んだ偽メール事件とは,どうも違った手口のように感じます.この本はアメリカの政治と金について記述したものです.日本では政治家は金にあくまで清潔でなければならない,とマスコミや共産党,そしてこっけいなことにちょっと前まで与党だった自民党までもが大合唱です.

 しかし今回の事件で話題になった,小沢幹事長が購入したという世田谷区の土地にしても,寮として購入したという言葉通り,大した広さの物件ではありません.盛岡のような地方都市ならば,おそらく一億もしないでしょう.地価が高騰した東京ならではの値段なのです.また前金を渡したり,秘書が議員から借りるのに,いちいち借用書は書かないでしょう.疑えばきりのない話です.

 さて一昨年のアメリカ大統領選挙で一体どれだけの金が動いたか.オバマ候補一人で集めた金は7億7000万ドル,民主,共和党双方で24億ドル,さらに連邦議会選挙や,規制対象外のいわゆるソフトマネーと呼ばれるものを含めると,53億ドルにも上るといわれているそうです.もちろんこのような金権政治に対しては,アメリカ国民からも強い批判があり,特にオバマ大統領の集金テクニックが偽善である,と糾弾しているのがPublic citizenという市民団体です.

 この団体は1971年に設立され,市民の寄付によって成り立っていることがサイトに書かれています.もし「世論を正す会」なるものが実在するのならば,自らの主張と,どのような資金で成り立っているか,説明すべきです.東京地検が捜査に乗り出すほどの証拠を集めることは,一介の市民に出来るとは思えないからです.もしこの「市民団体」が実体のない,産経新聞や,東京地検あるいは自民党のダミーであったとしたら,それは政治家の偽装献金を糾弾する資格がないどころか,国民を欺く悪質な犯罪と呼ぶべきです.

tnakadat at 14:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

January 14, 2010

あの戦争になぜ負けたのか

あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)
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第6章で中西輝政氏はこのように書いています.「(昭和の初めは)政治が大衆化する中で,政党が腐敗して,国民の信頼を全く失いますね.昭和4年の後半なんて汚職のオンパレードですよ.朝鮮総督の山梨半造が収賄で検挙された朝鮮総督疑獄,前賞勲局総裁の天岡直嘉が売勲詐欺に問われた勲章疑獄」
これを受けて東京大学大学院人文社会科准教授の加藤陽子氏はこう述べます.
「でも不思議なのは,政党腐敗はこの時急に出現したわけじゃないでしょう.たとえば明治30年代でも,教科書疑獄で百五十人以上起訴されたり,県知事や各政党の汚職なんて,枚挙のいとまがない.でも昭和初期になると,政党腐敗が突如としてクローズアップされてきて,財閥に対する批判と相まって,国民の怨嗟の的になりますね.実は二大政党制になったからじゃないでしょうか.敵の政党に最もダメージを与えるには,スキャンダル合戦が一番いいわけです.二大政党制の慣習が確立したことが,逆に倒閥の道をたやすくし,さらに国民に政党腐敗を見せつけたというのは,政治史の皮肉だと思うんです.」
 
 我々は日本がどうなるかは知り得ません. 鳩山政権が日本経済をどん底にするか,誰にも判らない.がしかし昭和の日本がどうなったかは,学ぶことができるのです.そして我々はせっかく手に入れた二大政党による政権交代を無にすることも,そこから煩わしくも,もどかしくも感じられる民主的なプロセスを選択することもまた可能です.一見颯爽とし,判りやすい政治がこの上なく浅薄で,喪うものが多かったことは,ブッシュ政権,小泉政権で充分懲りた筈なのですが.この本は今から3年前に書かれましたが,実は今読まれるべきものかもしれません.

tnakadat at 20:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)