562 :■■■■:2011/10/03(月) 00:22:25 ID:3Fm1P/Eo
だいたいハワイ編や一端覧祭が終わった辺りを想定してご覧いただければ。

(…………。)

 違和感。――白井黒子は、目覚めつつも、かすかに感じる違和感の原因を探っていた。
 まだ、頭はほとんど回転していない。

 天井に見慣れた凹みのようなキズがある以上、場所は、いつもの寮の部屋で、いつものベッドの上で間違いない。
 まだ夜が明けていないのは何となく分かる。ただ、自分の机の蛍光灯が付けっぱなしなのか、眩しくない程度に明るい。違和感はそのせいかと思った時、ある事に気付いた。
(右手が……いえこれは、……掴まれてます、の?)
 やや首を起こし、視線を布団から飛び出している自分の右手にやる。黒子は仰向けになって、手のひらを上にして寝ていたのだが、その右手が――すっぽりと大きい手に包まれて、押さえつけられている。

 一気に目が覚めた。暗がりの中どう見ても、愛するお姉様の手ではない。ちょっと骨ばった感じの、どう見ても男の手が、隣の布団からにゅっと飛び出しているのだ。
 嫌な予感と共に、改めて自分の着衣を意識下で確認する。――『違和感』はこれだ。パジャマがしっくり着れていない。肩やお尻の辺りが、どうにもずり下がったような感覚。

(まさか、わたくしが寝ている間に!? そんな記憶は……睡眠薬か何か盛られた……?)
 忍びこんできた暴漢に襲われたのか、……いやそれよりも!
(お姉様! ならばお姉様はどうなりましたの!?)
 自分がこれならば、隣に眠る御坂美琴はどうなったのか。

 だがそこで、おかしな点に思い当たる。布団……隣に布団?
(そんな手の届く位置に布団が置けるスペースなど……あら?)
 さらに首を曲げ、隣の布団の意味を知る。間にあったテーブルをどかせたのか、隣のベッドそのものが連結されているのだ。

 もはや何が何だか分からない。分からない以上、まず自分がこの手を握られた状態からの脱出が急務である。
(手っ取り早く飛んで、……そうですわね、まずドアの前まで飛んで、それから……)
 別段触れているからといって、テレポートで『連れていく』かどうかは彼女の意思次第である。相手のみ、相手の衣類のみ、等々自由自在であるが、この場合は自分のみ。黒子は意識を集中し、飛……

 飛べない。

(??? わたくし明晰夢でも見ているんですの?)
 『能力が使えなくなった』という夢でも見ているのか? ならば、と黒子は左手で左太股の辺りをつねってみる。……痛い。
 どうやら現実だ。
(精神状態に特に問題が無く、それでいて能力が使えなかったケースは今まで……、キャパシティダウン、あの類人猿が此処に……)
 黒子はギクリとする。――『あの類人猿』。
 おそるおそる、身を乗り出して隣の布団の端をめくってみる。すぐにあの、ツンツン頭の先が現れた。
(な……!)
 夜這いという言葉が脳裏に浮かぶ。が、その考えをすぐに打ち消す。というのも一つ視界に入ったものがあったのだ。

 ハンカチ。それは、その少年の右手と、彼女の右手を、手首のあたりで結んでいた。寝ている間に右手同士が外れないようにするためか、締め付けを感じない程度に余裕を持って、結ばれていた――そしてそのハンカチは、見慣れた、御坂美琴のものだったのである。

(お姉様が結わえたんですの……?)
 とりあえず黒子はホッとした。未だに状況は掴めないが、御坂美琴が把握している状況である確率が高い。それならば、心配する事態は特にないはずだ。
 とは言っても、この能力を封じられた状態は何かと落ち着かない。黒子は左手で、ハンカチの結び目を解こうとするが、利き腕でない左手では、思うように解けない。そうして、苦心していじっている間に。
「ん……白井、起きたのか?」
 ぼそぼそと少年の声がした。布団の中からのくぐもった声。

「……ええ」
「じゃあもう大丈夫そうだな。ほれ」
 その声と共に、彼の右手が軽く持ち上がった。二人の右手の間に、指2本分ほどの隙間ができる。
 瞬間、能力封印が解かれた黒子は真上に”飛び”、自分の布団の上に正座で着地した。

 身体をぶるっと震わせてパジャマの違和感を直し、改めて黒子は少年の腕だけが飛び出している図を見下す。
「……さてと、今のうちに帰るか……」
 と言いつつ、右手を出して布団の中にもぐりこんだままの少年に動きはない。
「何で出てこないんですの?」
 努めて平静に、黒子は問いかけた――どう見ても彼だけではない膨らみの、隣の布団に向かって。ブチ切れるのは、2人がどういう体勢でいるのかを確認してからでも遅くない。


 まあ、諸事情は色々あるんだけどな、と聞き取りづらいが少年の声が聞こえる。
「起きてみると俺の左の掌がだな……その、御坂のケツの下敷きになっててさ。指一本動かしたら痴漢以外の何者でもない状況なんで、どうしたもんかと」

563 :■■■■:2011/10/03(月) 00:22:57 ID:3Fm1P/Eo

――時は、前日の夜9時頃に遡る。

(ちょっとこのまま冬を迎えるのはマズイ……)
 上条当麻は布団にくるまりながら、そんな事を考えていた。

 夜の9時頃では、高校生が就寝するにはいささか早い時間である。ただ、同居人がさすがシスターと言うべきか――早寝早起き体質であるらしく、彼女はすでに上条のベッドの上でお休みになっていた。シスターの生活は夜8時頃に寝て朝4時前に起きる、と聞いたことがある。インデックスも身体にその辺りの習慣が染みついているのだろう。
 そんなわけで、リビングを占拠されている上条としては、インデックスが寝てしまった以上、ユニットバス兼寝室で携帯をいじるか寝るかしか、夜はやることがないのだ。その気になれば此処で勉強もできるはずだが、『こんな場所で勉強したって身につかない』という好都合な結論によって、教科書が開かれることはない。

 上条は上を見上げた。寒々とした、風呂場の天井。
(冬になったらユニットバスで寝るなんて、それこそ凍え死ぬ! 外より冷え込むだろコレ!)
 風呂場は換気第一である。温まる要素なぞ、何もない。
(そもそもバスルームにいるのも、内側からカギ掛けられるから、だもんな……)
 そう、実際のところ、上条は無邪気なインデックスから身を守っているのである。その無邪気さに当てられて、こちらの邪気が目覚めぬようにしている訳だが……
(冬山用の寝袋でも買って、今後はリビングで寝させて貰うかなあ? 寝袋をスッポリ被って寝てる分には、仮にインデックスが寝ぼけて抱きついてきたとしても、俺は何もできないわけで)

 ひとまず寒さに関しては一旦の結論が出た所で、ふーっとため息をつく。
(……実際アレだな、いつまでこの生活を続けるか、って話でもあるよな……)
 記憶喪失がバレないよう、『なぜ同居しているのか』を聞き出せなかった時代とは違う。インデックスに記憶喪失であることを知らせた以上、同居も転換期を迎えているべきであるが、バタバタ続きでその辺りの話は棚上げしたままである。彼女を守るという名目も、そもそもインデックスを狙う輩が今のところ目に見える敵としては特にいない。潜在的にはいくらでもいるだろうが、それを言い出せばキリがない。
 むしろ。
(俺の近くにいる方が、危ないよなあ、やっぱ)
 本来ならイギリスへ返すべきだが、イギリス清教側の思惑が何やらあるようで、何よりインデックス自身が此処を気に入っている以上、ずるずるとこの生活を続けざるを得ない状況である。上条自身も、「インデックスがいない学園都市生活を経験したことが無い」ため、迷いがあるのも事実であるが。

(危ないと言えば――わざわざ火中の栗を拾いに来るヤツもいるしな……)
 先日、なんのかんの言ってハワイまでついてきた、あのお嬢様。確かに、向こうでは色々助けてもらい、一層頭が上がらない状況となってしまったが。
 しかし、毎回上手く行くとは限らない。次もなにかあったら連れてけと言われたが、そうして戦地に連れて行って、もし一生モノの傷を負わせてしまったら、…………。
(俺の一生、愛玩奴隷? ううう……)
 ましてや、今回の敵は上条の右手対策を講じた上で挑んでくる。つまり電撃娘対策も、次回からは組み込んでくるだろう……。

 と、考えていた、その時。
 上条の携帯がブルブル震えだした。

「誰だ、こんな時間に」
 上条はつぶやいて、携帯を掴む。――携帯の子窓に、『御坂美琴』の文字が表れている。
(って、御坂かよ。ちょーどアイツの事考えてた時にとは、またタイミングのおよろしいことで)
 ヒマつぶしにお話しましょ、といった仲ではない。会う約束を取り付けられるケースが多いが、今すぐ、というのが一番多い。この時間に今すぐかひょっとして? と思いつつ、どうおちょくって出てやるかと思案して……青髪ピアスの顔が不意に浮かんだ。

 上条はゴホンと咳払いし、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。
「はいはい? 御坂はん、アンタ夜中に呼び出すなて何遍ゆうたらわかってくれますのん?」
 ……青髪ピアスのエセ関西弁を笑えねえなと自嘲しつつ、上条は恒例の『馬鹿かアンタは』系の第一声に備え、わずかに携帯を耳から離した。
 だが、彼女の声は予想に反して。

『あっ、あのね。たっ、助けて欲しいの。黒子がちょっと大変な事に、それで、あの、アンタに見て欲しくて』

 ボケている場合ではないと、上条当麻の顔が引き締まる。あの御坂美琴がこうも素直に「助けて欲しい」とは、よほど切羽詰まった状況ということだ。
「どうした!? 白井が何だって?」


 ◇ ◇ ◇

564 :■■■■:2011/10/03(月) 00:23:26 ID:3Fm1P/Eo

 上条が待ち合わせ場所――常盤台中学寮の裏側に近い通りの四つ角に向かうと、美琴は既に待っていた。

 御坂美琴は普段と変わらず、常盤台中学の冬服姿だった。何やらリュックサックのようなものを背負っている。
「待たせたな。……んー、寒くないのか?」
「実はお風呂上りでね。あんまり寒くないの」
 何も羽織ってないのは流石に寒いのではないかと思ったが、特に問題ないようだ。言われてみれば髪の毛はまだ湿気ているように見える。逆に湯冷めするんじゃねえかと突っ込みかけたが、世間話をしているヒマはないと思い直す。

「――白井はまだ部屋に?」
「うん、電話したときから、変わらず。……もう一度確認するけど、アンタは黒子のテレポート、止められるのよね?」
「ああ、アイツは俺に触れられてるとテレポートできない、……はずだ。少なくとも俺を飛ばせねえ」
「よし。試す価値はありそうね」
(うーん、物がテレポートしまくってポルターガイストみたいになってるとか、かねえ? まあ、白井に触れりゃいいだけの話だよな)
 実際の所、上条は白井黒子に何が起こっているのか分かっていない。分かっているのは、どうやら幻想殺しが解決の糸口らしい事だけだ。美琴はとにかく見て欲しいとの一点張りである。

「で、俺はどうやって中に? 非常事態なら正面からでいいのか?」
 美琴は横に首を振る。
「アンタを正面から入れて一騒ぎ起こすぐらいなら、最初から寮監呼んで人でも何でも呼ぶわよ。ただ、ちょっとソレは避けたいのよね……」
「ま、何でもいいけどさ。んじゃどうするんだ?」
「これ、背負って」
 そう言いながら、美琴は背中のリュックサックを降ろし、上条に手渡す。リュックの締めた口からは何やら棒のような物が飛び出しており、受け取るとズシリと重い。

「……中華鍋?」
「うん、鉄製で手頃なのって、それが一番だった。さっき厨房に忍びこんでね……」
 上条は首を傾げる。
「さすらいの料理人のフリして入るのか?」
「……電話でも思ったけど、アンタ関西人の才能ゼロね。いいから背負ってこっち来て!」
 ツッコミが入っただけマシというべきか。そう言って、美琴は常盤台中学の三階建て学生寮の裏側……つまり、美琴たちの部屋の窓側に誘導した。見上げて二階が、彼女たちの部屋である。
「ひょっとしてあの窓から侵入しろってか」
「うん」

 上条はゲンナリして美琴を見るも、彼女の目は真剣だ。とりあえず、反対するのは彼女の作戦を聞いてからにしようと考えを保留する。
「……監視カメラとか、その、大丈夫なのか?」
「何言ってんの、衛星からいつだって私達見られてるじゃない。何やったってバレるわよ」
「そういやそうか。……って、ダメじゃねえか!」
「でも見られてるってのも、あくまで何かあった時記録されてますよ、ってだけで。通報されるとかは無いし、バレたって怒られるのはあくまで窓から出入りするというルール違反をした私であって、アンタの不法侵入のセンはないわよ」

 うーん、と上条は唸る。まだ納得できない様子で、建物をぐるりと見渡した。
「それにしたって、女子中学生のお嬢様寮にしては警備甘すぎねえか?」
「どの部屋もレベル3以上の人間が2人いるのよ? それに寝る時は大抵、窓をきっちり閉めて部屋をセキュリティーモードにしてるしね。ま、実際の所、テレポーターをはじめ色んな能力者が存在してる街で、警備自体がはっきり言って無駄だし」
 確かに彼女の言う通りである。ドアや窓を塗り固めたとしても、入ってくる奴は入ってくる、それが学園都市だ。

565 :■■■■:2011/10/03(月) 00:24:09 ID:3Fm1P/Eo

「急いでんだから早く! 私が全部責任とるから!」
 小声で美琴は上条を急かせる。上条は不幸だ……とブツブツ呟きながら、208号室の真下あたりに近づいた。
「静かにね……、下は寮生の部屋じゃないから誰もいないけど。それじゃ、まず私が上に登るから、アンタはその後外側向いてて。引っぱり上げるから」
「……は?」
 美琴の言っている意味がよく分からなかった上条は、思わず聞き返そうとした……が。

「な……!」
 上条は口をあんぐりと開ける。初めて見たのだ、――美琴の壁登りを。
 美琴は壁に垂直に立つと、ひょいひょいっと普通に歩き、部屋に飛び込んだ。
(アイツの能力、何でもアリだな……)
 上条は合点がいった。御坂美琴が夜に出歩いているらしい事は知っていたが、それなりに監視がある寮でどうやって、と思っていたのだ。まあ白井黒子を巻き込んでかな、と推測していたがそうではなく、……この技があればいつでも出入り自由という訳だ。
 先ほどの『ここから出入りしても通報されない』というのを自信満々に保証していた理由も、これで頷ける。

 あきれたような顔で見上げていると、美琴が覗き込み、指を外側へしきりに向けている。
(ああ、外側向くんだっけ)
 そうして、上条が外を向いた、瞬間。

(うっ!?)
 いきなり背中が軽くなったかと思うと、まるで首根っこを掴まれたかのように、上条の身体が浮いた。
(なんだーっ!? ……リュックが……引っ張られてる?)
 そのまま上条はぐーんと不思議な感覚で引っ張り上げられる。上条としては、リュックが外れないように、脇で強く挟み込むので精一杯であった。

 上では美琴が両手を駆使して、中華鍋の取っ手の鉄の部分目がけて、磁力の糸を操っている。どういう原理か、上条の体重をものともしていないようだ。
(ははあ。これなら角度的に俺の右手が打ち消す事もねえな。まー悪知恵働くもんだ)

 そうして、最後に一気に引き上げられるような感覚があり……気づけば、窓枠にちょこんと座らされていた。ふうっ、と一息ついている美琴を、上条は振り返って見上げる。
「アレだな、遊園地の打ち上げるヤツ……スペースショット? 一端覧祭でやればウケただろうに」
「ああもう緊張感ないわね! 馬鹿言ってないで、こっち!」

 窓は机に接しており、その机の上に美琴が靴を履いて立っていた。それを見て、上条も窓枠で身体を回転させて靴のまま机に乗り、部屋に飛び込んだ。机の上の土を払い、……そして、白井黒子のベッドの方に振り返る。


 部屋の中は真っ暗であったが、白井黒子の机の上の蛍光灯が点いているため、目が慣れさえすれば隅々まで何とか見える程度の明るさはあった。
 そして、その灯りはベッドには十二分に届いており、ベッドの上の黒子の姿ははっきり見て取れた……が。

「な、何だこりゃ……」
 ベッドの横に立った上条は、絶句する。

 白井黒子は、……『薄かった』。
 暗がりだから、ではない。彼女の頭の下にあるはずの、枕の皺が透けて見える時点で異常事態なのは明白であった。

「何つーか、実体がないみたいな、……半透明というか、残像というか……何が起こってんだ?」
「……私さ、電磁波の反射で物体の存在を確認できるんだけどね、それから判断するにこの子、断続的に消えてるの。たぶん三次元と十一次元を往復してるんじゃないかな……座標はそのままで、無限ループってヤツね。三次元の別の場所との往復の可能性もあるけど、座標計算を一々行うことを考えるとそっちのセンは無いと思う」
 なるほど、と上条は理解した。扇風機の羽の部分を眺めているようなものだ。
「……ふむ。というか、何だこのカッコは……」
「だから、不特定多数の人呼びたくなかったのよ。いくらこの子でも、晒し者にするわけには……ジャッジメントの威厳も何もなくなっちゃう」

 白井黒子は小さくバンザイをしているような格好で、やたら露出の高い、黒い下着を着けていた。上下共に。まともな明かりの下では、正視できなかったろう。

「俺にも目の毒なんですが……」
「一度見たくせに。大覇星祭前の、黒子が入院した時にさ」
「ありゃあ事故だ!」
 上条が小さな声で喚く。残骸事件が解決した後に、白井黒子の病室に見舞った時の出来事である。
 美琴にしても、上条にこの黒子の姿を見せることに抵抗が無かった訳ではない。しかし、背に腹は代えられないといった所であった。

566 :■■■■:2011/10/03(月) 00:27:14 ID:3Fm1P/Eo

 上条はできるだけ黒子の身体は見ないように意識しながら、美琴に話しかけた。
「このままの状態は、マズイのか? ほら、触らないほうがいい、ってケースもあるじゃねーか」
「このままで済めば、ね。もし、何かおかしくなって、妙な座標が設定されて飛んじゃったら、取り返しがつかないわよ。壁の中だの、色々」
「……早く対処しよう」
 壁ならまだ人型に穴が開く、で済むかもしれないが……もし、人が居る座標に飛んでしまったら。考えたくもない事態が起こる。

 上条はふうっとため息をつくと、ベッドの前に一歩進み出た。

「じゃ、早速止めるか」
 上条は、扇風機に指を差し込む気分で、右手を伸ばそうとした、その瞬間。
「ばっ、馬鹿! 待ちなさいよ! タイミングミスって、黒子が十一次元に留まったらどうすんのよ!」

 美琴の声にギクリ、と上条は手を引っ込める。触れた瞬間が、三次元に実体化した瞬間だったなら……。
 三次元で捕まえられる確率は、フィフティ・フィフティなのだ。
「だ、だったらどうすんだよ!」
「今考えているのはね、まず私がこの子に電撃を浴びせる。一瞬気絶する程度の、いわばスタンガンね。ちょっと可哀想だけど」
「…………、」
「往復のタイミングに関係なく、三次元に現れたら電撃は当たるわよね。その時、きっと一秒ぐらいはテレポートが止まると思うのよ。演算の暴走なんだから、一瞬頭を真っ白にしさえすれば。で、実体化した所をすぐにアンタが右手で捕まえる。これでどう?」
「なるほどな……」
 これでもリスクがないとは言えない。しかし確実な手段がない以上……

「分かった。ソレでいこう」
「この子電撃食らいすぎて、正直どのレベルで気絶するのか掴めないんだけどね……」
「おいおい」
「ま、それでも、ビックリすると身体が硬直するじゃない? あの一瞬ぐらいの時間は絶対実体化すると思う」
 上条は首をすくめると、ベッドの上に投げ出されている黒子の右手をすぐ掴むべく、自分の右手を構えた。そろそろと右手を近づけ、わずか1センチほどの間で止まる。

「じゃあ、行くわよ?」
「OK」
 上条は美琴を見ず、黒子の右手を凝視する。

――バチッ!

 白井黒子が急に色濃くなった刹那、上条の右手が飛ぶ。
「よしっ、掴んだ!」
「……はああ、良かった……」

 上条はその一瞬を見逃さず、黒子の右手を掴むことができた。それを見た美琴も、ほっと一息ついた様子だ。
 実のところ、上条は少しだけ不安だった。何でも打ち消す右手ではあるが、質より量で押し込まれると、――何度も高速で飛ぼうとしているのなら、右手の処理能力が追いつかない可能性があったのだ。
 だが、案ずるより産むが易し、今のところ違和感なく掴めており、問題はなさそうだ。例えるなら蛇口から溢れる滴を受け止めているのではなく、蛇口の口に指でフタをしている、といった所か。


 白井黒子の身体を見やった上条は、改めてその凄い格好に慌てて目を背ける。
「とりあえず、服着せてやってくれ。視線に困る」
「ああ、そうね。パジャマ着せるわ」
 美琴がしゃがみ込んで黒子のベッドの下をごそごそやりだした。黒子ったら、このネグリジュ着る気だったのかしら、等とつぶやいている。

 ようやく取りだしたパジャマを美琴が手に持ち、黒子の足元に立つ。
「そういや、何でこんな事態になってんだよ」
 パジャマの下を美琴が黒子に履かせている間に、上条が思い出したように口を開いた。
「黒子、もともと今日は高熱出してダウンしててね。汗かいたので着替えたいとか言ってて、私がお風呂はいってる間にそうしてたみたいなんだけど……。で、出てきたら、こうなってたってワケ。どうやら……」
 下を履かせた美琴はベッドから離れ、黒子の机の上に近づき、何やら箱らしきものを手にとって戻ってきた。
「……薬?」
「うん、黒子の薬箱なんだけどね。箱のフタが開いてたから、どう見ても妙な薬を間違って飲んだとしか。その副作用じゃないかしら」
 上条はベッドの上に置かれた薬箱から左手で薬瓶をいくつか取り出して眺める。暗がりに目が慣れてきたせいか、文字は読み取れた。
 解熱剤などときっちり書かれたモノもあったが、半分ほどは、漢方薬らしき記述があるがさっぱり分からないシロモノもあり、マトモな薬ではないのは明らかであった。

567 :■■■■:2011/10/03(月) 00:28:17 ID:3Fm1P/Eo

「何持ってんだコイツは……」
「あんまり言いたかないけどね、媚薬とかそーいう系のあやしいクスリよ。そんなのと他の薬と併せて服用したら、そりゃトリップもするでしょーよ」
 そう言いながら美琴は、今度はパジャマの上を持って、黒子と上条を見比べる。
「アンタが黒子の手を握ってたら、パジャマ着せられないわね。前開きだから、頭まで手を持っていってくれれば」
「あー。OKOK」

 つつつ、と腕から肩、首、と右手のチカラを維持したまま、滑らせる。そうして上条は、黒子の豊かな髪と枕の間に、右手を差し込んだ。
「……何かいやらしいわね」
「あのな」
 憮然とした表情をした上条であったが、内心はドキドキものである。
 白井黒子は奇行が目立ち、また身体もあまり凹凸がないという面はあるが……実際の所、気品爆発の常盤台中学のお嬢様としての資質はほとんど備わっているのだ。肌・髪の毛の手入れも抜かりなく、手を滑らせていく感触・髪の毛のふわっと包みこむ柔らかなカシミヤのような感触に、上条はゾクゾクっとしたものを感じていた。

「ふーっ、これでいっか」
 袖に腕を通すのに苦戦しながらもようやく黒子にパジャマを着せ終えた美琴は、大きく息を吐いた。
 白井黒子が起きる気配は無い。特に苦しそうな表情ではないが、元々の高熱と先ほどまでの無限ループで疲れきっているのか、熟睡しているように見える。

「ま、一安心てところか」
「そっ、そうね。と、ところで……」
 美琴は黒子の腰のあたりまで布団をかけてあげると、両手を自分の腰にあてながら、上条に向き直った。
「おっ、お礼は何が、いいかな……? 何か希望ある?」

 いきなりの美琴の言葉に、上条は面食らう。
(お礼、って何だいきなり? ……あ、コイツまた……)
 目の前の少女は、感謝の気持ちを口に出して言わず、モノで感謝の意を示そうとする傾向がある。まるで、ありがとうと言えば負け決定とでも定義しているかのようだ。
 それ自体はいつもの事なので驚く事ではない。ただ、このタイミングで彼女が言ったということは、ひょっとしたら……。

 無理な体勢で黒子に触れていた上条は、また右手を黒子の首・肩・腕と滑らせ、最初に掴んだ時のように彼女の右手を軽く握った。
「お礼、って、お前ひょっとして終わったと思ってる?」
「え?」
 美琴は改めて黒子を見下ろして、キョロキョロしだした。何かを見落としていないか、確認するかのように。

「とりあえず白井のテレポートは収まったけど、まだ手は離せないだろーが。また飛んで行っちまうぞ」
「あー……、そ、そうね」
「別に夜通し握ってろって話なら、俺はいいんだけどさ。でも見回りとか来たら大騒ぎになるんじゃねーか?」
「…………、」
 上条はやっぱりかよ、と美琴に突っ込む。
「……お前、止めることしか考えてなかっただろ?」
「うっ……」
 美琴が頬を掻いてそっぽを向く。

 この辺りは美琴の欠点と言うべきか。思いつき、行動力は一級品であるが、目的を達成した後の事を考えずに動いている事が多い。もっとも、その後に問題が起こっても、それすらも持ち前の行動力で対処すればいいと考えている、とも言えるが。
「ま、待って。すぐ考えるから。…………えーと。」
「別に悪いことしてるわけじゃねえし、寮監だっけ、呼ぶのも有りだと思うけどな。ちょっとは叱られるだろうけど」
「アンタは寮監の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのよ……」
 今回の件は規則違反が多すぎて、流石の美琴も、正直に申し出るには余りにきつすぎた。「夜間に」「男性を」「窓から」招き入れた、これだけで十分すぎるほどアウトであり、緊急連絡をしなかった点なども加味すれば考えるだに恐ろしい。

 美琴は何やら考え込んでいたが、軽く頷くと、先ほどの薬箱を掴みつつ自分の机の前に行き、椅子に座って引き出しを開け、マジックペンと紙を取り出した。
 そして、キュッキュとペンを走らせ、1分ほど何やら書きこんで立ち上がった。
 美琴はベッドに戻ると、書き込んだ紙の上を掴み、上条の目の前にぐいっと押し出し、見せつける。

『寮監殿
  見回りおつかれさまです。
  ご承知の通り、白井黒子体調不良につき、看病のため
  寝具を移動しております。
  朝には元に戻しますので、ご了承願います。
                            御坂美琴』

568 :■■■■:2011/10/03(月) 00:29:07 ID:3Fm1P/Eo

「……はあ?」
 目を白黒させている上条を尻目に、美琴は紙を引っ込めて机の前に戻り、再度引き出しをごそごそと漁りだした。
「あったあった。このボードに紙を張っつけて、っと……」
 美琴はA4のクリップボードに紙を挟み、ドアまで歩くと、ドアにボードを立てかけた。これなら、寮監がドアを開けた瞬間にボードが倒れ、まず最初に目には止まるだろう。
「……後は不自然さがなけりゃ、大丈夫かな」
「あの、御坂さん……?」


「じゃ、アンタ靴脱いで、ちょっと黒子のベッドに乗って」
「あの……」
「早くしなさい」
 有無を言わせぬ迫力に、上条は足だけで器用に靴を脱ぎ、黒子のベッドに乗り込んだ。もちろん、右手は離さない。

 美琴は上条の靴を黒子のベッドの逆側に持っていった。そして2つのベッドの間にあった小テーブルを持ち上げ、壁に追いやる。
 そうして、美琴は自分のベッドの横に回り込み。
「まさか……」
 紙に書かれた『寝具の移動』。その意味を上条が理解したと同時に。
「うりゃあー!」
 お嬢様らしくない掛け声と共に、美琴がベッドを押しこむ。ぼふん、とマットレス同士がぶつかり、二人のベッドが繋がった。
「お前、まさか……」

 オウムのように言葉を繰り返す上条をよそに、美琴ははみ出した『きるぐまー』などををベッドの下に押しこみながら。
「これで黒子の横に寝て、布団被せちゃえば、見回りに来たって私以外の人間が寝てるなんて思わないわよ。アンタのツンツン頭がはみ出してたら一発でアウトだけどさー。はいはい、こっちきて黒子の隣で寝てよ」
「…………、」
「早くして! まだやることあるんだから」
 圧倒的に御坂美琴のペースである。

 上条は白井黒子の右手を掴んだまま、黒子の横――場所的には、2つのベッドの境目あたりで、ポジションとしては微妙ではあったが、そこに寝てみた。
「やっぱ、うつ伏せしかねーな」
 仰向けで寝る彼女の右手の掌に被せるようにして、上条はうつ伏せの状態で右手を乗せる。どうやらそれが一番無理のない体勢だ。
「そうなるわよね。で、」
 美琴はベッドの足元側から膝で乗り込み、二人の結ばれた手のあたりまで膝で移動した。そして、ポケットからハンカチを取り出し、二人の右手首を結びつける。

「……ああ、なるほどな」
「これなら、寝ちゃっても大丈夫でしょ? ちょっと余裕もたせたけど、締め付けきつい?」
「いや、これで十分だ。これ以上緩いと外れるかもしれん」
「オッケー。私が見てないからって、黒子に変なことしちゃダメよ」

「ちょっと待て。……お前は?」
 そう、気になっていた。御坂美琴はどうするのか? と。
「私はバスルームで毛布にくるまって寝る。数時間の話だし」
「え、それは……」
 美琴は膝歩きで後退りし、ベッドから降りた。
「さっきの紙見たでしょ。アンタは私の代わりに私のベッドを使う。それだけの話よ」
「むう……」
 寒いバスルームで寝る。……普段の自分を重ね合わせれば、1日限りでもつらい話なのは分かる。なかなか寝付けないし、無理な体勢のため起きたら身体の節々が痛いのだ。
 かといって白井黒子から離れられない以上、交代できる話でもない。

「それじゃ、適当に枕だの布団だの使ってね。ヨダレ垂らしたらぶっ飛ばすわよ、と言いたいところだけど……どのみちクリーニング出すから、気にせずどうぞ」
 言いながら美琴は、自分のベッドの隅に丁寧に畳んでおいてあった緑のパジャマを掴み、更に毛布をベッドからずるっと引き抜いた。
「掛け布団あれば十分よね、毛布は私が使うわよ? じゃ、そうね……朝4時頃起こすから、そこで一度黒子の手を離してみて。それで飛ばなかったら、アンタの任務終了ということで」
 ちょっと早いけど、外が明るいと窓から出る時バレやすいからしょうがないわよね、とつぶやく美琴に。
「いや、御坂。その、なんだ」
「あによ。私の作戦に文句あんの?」
 左肘で身体を支えるようにして、身を半分起こした上条は、洗面所に入ろうと手を伸ばしかけていた美琴へ、考えぬいた末の台詞をぶつけた。

「一緒に寝ようぜ、御坂」


 美琴は、手に持っていたモノを全て取り落とした。

569 :■■■■:2011/10/03(月) 00:29:37 ID:3Fm1P/Eo

「い、いや、あのな?」
 上条は、びっくりしてフリーズしたハムスターのごとく固まった美琴に、慌てて弁解する。
「お前さ、バスルーム篭って風邪ひいたらどーすんだよ。白井が熱出してこういう事になってんのに、本末転倒じゃね? そもそも、白井の看病って主題が抜けてるぞ。コイツが高熱出して寝てるのも事実なんだから、側にいないとダメじゃねえか」

 上条はちらりと黒子に視線をやり、そのまま続けた。
「で、一番の問題は、俺が横に寝ることだろ? でも俺はこの通り、右手で白井を掴んだまま寝て、うつ伏せ状態だ。これならほとんど身体は死に体って言うのか? お前が横に寝てたって、顔だけしかそちら側に向けられねえし」
 いかに安全かを必死でアピールする上条。
「右手は言ってみりゃ使用中なわけで、お前の電撃も防げねーから、俺がツマンネエことしたら焼けばいいだけだし」
「…………、」

 上条はそういや偽装の話もあったな、とばかりに思いつくままに口を開く。
「二人分の膨らみについてはさ、何とかなるんじゃねーか?」
 ほ、ほら、きるぐまーだっけ? あのでかいぬいぐるみの存在利用してさ、と言葉を繋ぎつつ。
「俺がきるぐまーみたいなイメージで縮こまってさ。あたかもお前がぬいぐるみと一緒に寝てるように偽装すれば、いけるんじゃね?」

 美琴の硬直状態は解けてきたようではあったが、うつむいていて表情がよく見えない。暗がりで、元々見えづらいが。
「……まあ正直、お前が隣で寝るとなると、上条さんも心臓バクバクですよ? だけどそこを何とか! 我慢して付き合ってくれませんかね? あくまで白井のため!」
 数カ月前の上条当麻なら、『心配すんな。中学生には興味ねーし、お前には手を出す気もねーよ』とでも言ってしまっていたかもしれない。だが、インデックスとの暮らしの中で、『女の子は色々難しい』事を学んできた。特に目の前の少女は、プライドの高さは折り紙つきである。

 ひとまず、言いたいことは言い切った、と上条は口をつぐむ。それでもバスルームに篭る、と言うならしょうがない、といったところである。
「とっ……!」
 ようやくの美琴の反応に、上条は改めて美琴を見やる。
 そのまましばらく、間が空く。

 そして。
 不意に美琴がしゃがんだかと思うと、落とした毛布・パジャマをひっつかみ、あっという間に洗面所に飛び込んだ。

『とりあえず着替えてくる……』
 飛び込む瞬間、確かにそう、聞こえた。上条は、しばらく閉じられた洗面所のドアを眺めていたが、向き直ってそのまま顔を敷き布団に沈ませる。

(ま、御坂に任せるしか、ねえわな)


 ◇ ◇ ◇

 洗面所に入った美琴は、大きく、大きく深呼吸した。
(落ち着け……落ち着け私)
 上条の言葉に初めは舞い上がった美琴であったが、その後の彼の言い訳のような言葉に、徐々に平静さを取り戻しつつあった。

 実際の所、彼の言う通りであった。寮監の目を誤魔化す事ばかり考え、彼を信用しているといえば聞こえはいいかもしれないが、白井黒子の事を彼任せにし過ぎていた。裏を返せば、上条への絶対的信頼感が美琴の心を弛緩させ、深層心理では『この件は解決済』としてしまっていることに、美琴自身は気づいていない。
 一緒に寝ようという申し出も、一応筋は通っている……が、それよりも。
(どうせ、両手が空いてたって、何もする気ないくせに! 分かってんのよこっちは!)
 知りあって半年ほどだが、上条から触れられたことなどほとんどない。携帯ショップでツーショットを撮った時や、どこぞへ逃げる時など、必要最小限にしか触れてこないのだ。大覇星祭で押し倒された時も、どうやら性的な意味は皆無だったようで、あの時勘違いしてしまった自分を思い出すと、今でも真っ赤になる。
 そして今回は、彼はほとんど身動きできない状況であり、横には病人。彼がクドクド言わずとも、何も起こらないのは分かっている。

(まあ、私としても、ベッドで寝るに越したことはないんだけどさ……)
 バスルームは約1時間前に美琴が使ったきり、そのままである。水滴は飛び散り、浴槽のお湯は抜いてあるので中は冷え切っているだろう。今から拭きとり作業に入り、そこで寝るとなるとちょっとゲンナリする。洗面所で寝るという手もあるが、洗面所は土足でも入る場所であり、そこで寝る気にはならなかった。
 だから、上条の申し出や心遣いは、複雑な思いはあるにせよ、嬉しかった。


「よし……バスルームは止め! 私は私のベッドで寝る! は、端にいつもと違うのが居るだけで!」
 美琴は小さく宣言すると、脱衣かごに毛布とパジャマを放り込み、着替え始めた。

570 :■■■■:2011/10/03(月) 00:29:50 ID:3Fm1P/Eo

(そう、いつも通りにしてりゃいいのよ。ちょっと状況が違うだけで)
 と思いつつも、何かそわそわした気分になってくる。
 そうして、制服のブラウスを脱ぎ、ブラに手をかけて……手が止まり、美琴はじっと自分の胸を見つめた。
(……ノーブラはマズイ……よね?)
 動きやすさ重視――走りまわってスカートが翻っても下を気にしなくていいように短パンを常用している美琴は、寝る時も寝やすさ重視である。うつ伏せで寝ても(残念ながら)胸周りは苦しくなく、むしろ胸を締め付けるブラは邪魔でしかない。胸の型崩れが気になるといった、ブラの必要性も無かった。
 どちらかというと『同居人の変態行為』が一番ブラの命運を分けており、まあそこは一応同居人を信用して……結局普段は着けずに寝ていたのであるが。
(流石に……角度次第だけど胸元の隙間から谷間丸見えになるし、それに……)

 ひょっとしたら、誘ってるように思われてしまうかもしれない。

(わっ、私はそんなふしだらな子じゃないわよ! あっ、アイツに変に誤解されたら……!)
 どこか偏った知識の美琴は、ひとりあたふたする。
(むしろTシャツ着て完全ブロック!? い、いや、そこまでやると必要以上に拒絶してるみたいだし、私も別にそこまでゴニョゴニョ)

 あーっ! やっぱりあそこで胸パッド買っとけば良かった! とまで暴走していた美琴だったが、ようやく我に返る。
(……良く考えれば、こっちが気合入れた時ほど、あの馬鹿はスルーするんだったわね……いい加減学べ私。……はあ)
 結局、ブラは着けたまま、緑のパジャマの袖に腕を通した。
(この柄もねえ……、笑われちゃうかな)
 カエル模様がプリントされたパジャマが、急激に恥ずかしくなってくる。
(暗がりだから、そんなに見えないはず! それにすぐ布団に潜りこんじゃえば)

 下もパジャマに履き替えた――流石に短パンは着用していない。あとは外に出て、一緒に寝るだけの状態となった。
 ドアノブを回せば、もう逃げ場はない。
(ここを出て、……まあ話しかけてくるだろうアイツに適当に答えて、向こう側からさっさと布団に潜り込めばいいよね)
 そうすれば、パジャマを見られたりといった時間は最小限で済み、気になっていたところはすべてクリアだ。

(潜り込んで、さっさと『おやすみー』とか言って寝ちゃえばいいハナシ。まあ、本当のところは……)
 本当のところは、聞きたいことは山ほどある。記憶のことや、ロシアでのあれこれ等。ただ少なくとも今日は、それを聞く状況ではない。それにそういった『聞きたい話』は、不意に黒子が目覚めた時に、聞かれてはまずい会話でもある。
(今日のところはおとなしく……、そうよ、寮監にも気をつけなくちゃいけないし、会話してる場合じゃ……って!)

 ……寮監。

(そ、そういや寮監からカモフラージュしないといけなかったんだっけ)
 看病と銘打っている以上、限りなく黒子のベッドに近づいていないとおかしい。かつ、上条をきるぐまーと見なし、不自然でない布団の膨らみを形成しないといけないとするならば、……川の字のような形で、彼と距離を取って寝るという選択肢は無く。
(つまり、密着しないといけないって事じゃない! そ、そんなの、って……!)
 こんな薄いパジャマで抱きつけというのか。
(無理! アイツに胸だのオナカだの内股だの押し当てるとか? 無理無理無理無理無理無理無理!  しかもアイツの左手、フリーのあげく密着状態になるよね?)
 想像して真っ赤になってしまった美琴は、ドアの前で頭をかきむしる。
(出来るかそんなことーーーーっ! それにアイツが寝ぼけるなりして左手でぺたぺた触ってきたら、どーすりゃいいのよ!)

571 :■■■■:2011/10/03(月) 00:30:07 ID:3Fm1P/Eo

 …………。
 美琴の動きが、頭をぐしゃぐしゃにしたまま、止まる。――先刻、どうせ両手が空いていても触れてもこない、と思わなかったか?
(……どうなんだろう。そんなシチュエーションでも触れてこない……のかな? これで触られなきゃむしろ、私を女の子扱いしてないってことよね……?)
 でも、と美琴は思う。ツーショット写真を撮った時それなりに意識されてたように思えるし、子供扱いなら『人前でスカートのままでハイキックとかも自重しとこうぜ』等と言ったりしないのではないか?
(そういうことじゃなくて、他に大事な人がいるから、とかなら。だったら分かるけど……)

 あの再会した、日。
 振り返ると、色々見えてくる。あの時出会った他の女性陣の反応を見るに、彼は本当に色んな人に――恋愛対象かどうかはともかくとして、好かれている。結標淡希や土御門舞夏まで登場したのには唖然としたが、あれで氷山の一角かもしれないのだ。事実、前に銭湯などで出会った黒髪の巨乳の子はあの場にいなかった。
 そして、最も親しそうなあのシスターも、彼に再会した時の反応を見る限り、あの瞬間まで生存を知らされていなかったようだ。……彼女というポジションなら、真っ先に知らされているのでは? と思うのだ。

(何よりアレよね……ストラップ、付け直してくれた。)
 再会し別れた後、美琴は携帯ショップに走り、ゲコ太ストラップの修理用パーツを探した。当然、元通りにするために緑色の紐を探すも黒色しかなく、妥協しようかと思ったが、端にポツンとあった紫色の紐が目に止まる。アンバランスではあるが、自分のピョンコストラップも紫色の紐だ、と強引にそちらを選んだ。
 そしてその日の夜、彼を呼び出して修理したストラップを手渡すと、彼はあっさり付け直してくれた。もし、他に大事な人がいたら、誤解をまねくようなあのストラップの存在は到底許されない……はずだ。
(ペア契約だってしてくれてるし……その、ポジション的には、悪くないとは思うんだけど……)

 そこまで考えて、美琴は当面の問題を思い出す。
(いやだから問題は! アイツに抱きつかなきゃいけない、って事で! ううう……)
 不自然な布団の膨らみを回避するには、カモフラージュのためには、抱きつくしか無いのだ。もしくは、バスルームに篭るか。


 美琴は大きく深呼吸した。
 やるしかない。どんな結果が待ち受けているか、分からないが。
(ああもう、恥ずかしいっ! ……でも、何なんだろう。もっとそれ以前に、……その、怖いというか不安というか、何なのかしらこの気持ち?)
 ――美琴が今襲われている感情は、必要以上の触れ合いによって、今の曖昧な関係が変わるのを恐れたり、自らのパーソナルリアリティが制御できなくなるのではないかという不安であったり、そういった事に拠るものであるが、美琴の中でまだ確りとした形になっていない。

 しかし、形になっていなくとも、こういう機会は逃してはいけない、という事だけは分かる。もう自分が彼無しでは、どの方向へも向かう事ができなくなる程に、彼に依存している以上。バスルームに篭っては、何も変わらない。
(一歩踏み出さないと。……黒子もいるんだし、仮に触れられる展開になってもそうそう変な事にもならない、よね…‥)
 そこで美琴は閃いた。
 美琴は洗面台に戻り、美琴用の小箱を開ける。そして取り出した香水を、シュッと顔に軽く吹きつける。パシャの香水――グレープフルーツの香りを。
 普段は香水の使用を禁じられている。ここで、香水が香れば、ちょっとはいつもと違う雰囲気を感じ取ってくれるのではないか。もし、何か良い香りがするな、とか言ってくれれば……それだけでもいい方向へ話題も繋がりそうだ。

(これで良し! ……いざ!)

 ごくっ、とつばを飲み込み、ゆっくり洗面所のドアを開けた。
 部屋に入り、後ろ手にドアを静かに閉め、暗がりに目を慣らす。

572 :■■■■:2011/10/03(月) 00:30:19 ID:3Fm1P/Eo

「おっ、お待たせー。や、やっぱりこっちで、寝る、ね。あはは……」
 美琴は小さな声で上条に声をかけ、シミュレーション通りに向こう側から潜り込むため、一歩踏み出した。
 その瞬間、美琴は最も考えておかねばならない事を忘れていた事に気付く。

 上条当麻の、対御坂美琴へのスルーモード。――すなわち、「彼があっさり先に寝てしまっている」ケースの事を。

 目が合うと気まずいと思い、見ないようにしていた方向に、顔を向ける。そこには、うつぶせで動かない、彼の姿があった。
(…………………………………………。)
 ぶちん、と遠くで何かが切れる音がした。
(ふ、ふふふ、ふふふふふ……私が横で寝るってシチュエーションにも、まーったく緊張しない、と。ふふふ……)

 さっきの洗面所で思い悩んでいた自分は何だったのか。

 怒りで暴れだしたい衝動を抑え、大きく息をつく。
(……この男はあああああ! どこのだれが心臓バクバクですって!?)
 ある意味一気に緊張が解けた美琴は、普通に上条の足元に回りこみ、ベッドに膝で乗り込んだ。先ほど、ハンカチで結わえた時と同様に。

 そして、上条を見やると。
 上条は、枕もない場所で顔を黒子側に向けつつ、うつ伏せで心地良さ気に寝息を立てていた。もちろん、白井黒子と手をつないだままで。
 全くこの馬鹿は……、と思うと同時に、美琴はある可能性も思いつく。
(ひょっとして……狸寝入り?)
 有りうる。寝たふりをして、この場をしのぐ……この男のやりそうなことだ。

 ただ寝ていようが寝たふりでいようが、ここで美琴が上条を起こせば、後は『抱きつきミッション』へ一直線である。
 しかし美琴的には、緊張を解いたことで、熱くなっていたエンジンを冷ましてしまった形である。今の状態で上条を起こすことは躊躇われた。

(……とりあえず。禁断の技を使わせてもらうとしますか)
 美琴は力の応用として、生体電気の流れから人の脳波と心拍数を計測できる。
 例えば、上条に触れながら、耳元で何か囁き、脳波と心拍数に変動があれば、……それは聞こえたということだ。寝たふりということだ。
 まず、狸寝入りかどうかを見破る。美琴はそろそろと左手を伸ばして、上条の右脇腹に触れた。

 しばらく、そのまま脳波と心拍数を測る。
(……うーん……?)
 やや不規則な感じがする。
 念の為、白井黒子にも触れてみる。こちらは安定した心拍数。少なくとも、黒子には何度か行っているので、パターンは見切っている。これは熟睡モードだ。

 改めて、上条に触れて再計測する。
(コイツのパターンが分からないのよね……浅い眠りの時は、こういう不規則な時もあるし)
 人間の眠りはレム睡眠(浅い睡眠)とノンレム睡眠(深い睡眠)という性質の異なる2種類の睡眠で構成されており、約90分周期で繰り返される。人は浅い睡眠の時に夢を見ると言われており、夢見が悪い時は脳波などが安定しないケースがある。つまり、寝たふりの時の不規則性と見分けが付きにくいのだ。

(やっぱり囁き作戦で試しますか。……何て言おうかな)
 上条が動揺しなければ意味が無い。
(例えば……『起きなきゃキスしちゃうわよ』みたいな?)

 ふっと思いついたにしては悪くない、とやや顔を赤くしつつ、美琴は思った。
(明らかに冗談だと分かるし、それでいてちょっと衝撃な感じ、あるよね?)

「よーし……」
 美琴は小さく呟き、やや身を乗り出す。ちょっとテンションがあがり、冷えたエンジンが暖まりつつあった。
 ――狸寝入りを見破れれば、後は勢いで何とかする。
 ――本気で寝ていたのなら、……起こすような事はせず、布団に潜り込んで、まあしがみ付くか何かして、おとなしく寝よう。

 腹を決めた所で、白井黒子の方をちらりと見て。
(っと、最終チェック最終チェック……)
 改めて、黒子と上条に触れて脳波チェックをする。先ほどと特に変わりはない。
(さ、さっさと済ましちゃお! う~、冗談とはいえ、こんなセリフ……)

 美琴は身を乗り出し、上条の耳元に唇を寄せた。

573 :■■■■:2011/10/03(月) 00:30:33 ID:3Fm1P/Eo

『こらー。……起きなきゃキスしちゃうわよ?』

 美琴は今まで、上条にこんなに優しい声色で話しかけたことはなかった。
 無理やり起こす必要はない。優しく囁くだけで、狸寝入りなら反応するはず……


 だが、上条の左肩に触れながら囁くも、……彼の脳波・心拍数に変わりは、無かった。むしろ規則的に安定してさえいた。

(やっぱ寝てる、か。ははは……)
 身を乗り出しながら、はあ、とため息をついた。
(あーもう。じゃあキスされても文句言わないって事よね、起きなかったんだから!)
 ヤケクソで心の中で呟いた冗談に、美琴は我ながらビクッとする。

 美琴の真下に落とした視線の先には。白井黒子の方に向けた、上条の横顔。

 よく考えれば、暗がりながらもこんな至近距離で、彼の顔をまじまじと見つめることのできる機会は今まで無かった。
(…………。)
 そして。
(……このまま、ちょっと動くだけで、コイツの頬に……)
 上条の頬にキス。今ならおそらくバレずに可能。

(いやっ、それはちょっと……! でも頬へのキスなんて欧米じゃ挨拶がわり、たいした事じゃない……。いやいや、ここは日本、日本人同士だと挨拶になんてならないっつーの! いや、ただの感謝の印みたいなもんで、むしろ意識するからおかしく)
 美琴の中で決死の攻防戦が繰り広げられる。
 なまじ至近距離の上条を見たせいで、普段押さえ込んでいる気持ちが緩み始めていた。
(ちょっと触れる程度に……別に深い意味は無しに、その。……ええい!)

 意を決して、唇を上条の頬に近づける。

(ほ、頬にするのもファーストキス、て言うのかな……?)
 その考えが頭をかすめた時、美琴は動きを止めた。

(あれ? そんな大事な事を、こんな不意打ちみたいなので済ませちゃうの私? しかもコイツはされた事に気づかないのに?)
 ダメだ。絶対に後悔する。しかもそれは、過去の自分を否定することになる。
 自分が彼に絡む時、こんな不意打ちのような事をしたことがない。今まで自分が彼に真正面から挑んできたことは、ナンだったのかという話になってしまう。不意打ちOKなら彼に勝つ事など容易い事なのに。

(危ない危ない。つい流される所だったわ……。やっぱファーストキスは、ちゃんとした形で……って!)
 その『ちゃんとした形』がぶわっと脳裏に浮かび、ブンブンと首を振る美琴。
(ああああっ! も、もう早く寝よ! コイツ寝てるの確定なんだから! まったくもー!)
 顔を赤らめながら、自分のベッドの布団を掴むと、ずいっと引っ張って、上条に掛けてやる。全身を隠すようにかぶせ、右肘から先だけが布団から飛び出した形だ。

 そうして美琴は、もぞもぞと後ろに下がってベッドから降りた。
 布団の上条による膨らみを見て、思ったより密着しなくてもよさそうな事に気付く。
(これならちょっと寄り添う程度でよさげね。どうせコイツは起きやしないだろうし……)

 ベッドの逆側に回りこんだ美琴は、布団に潜り込む前に一旦周りを見渡した。
(ボードおっけ。靴とかも隠したし、違和感はないはず。……寮監が黒子の様子を見に、入り込む事さえなけりゃ……それになんだかんだ言って見回りは滅多に無いし)
 後は寝るだけ、と美琴は布団に潜り込む。まったく、コイツはいつから寝てたのよ、と美琴は考えた所である事に気付いた。

 最後にチェックした時、脳波は安定していた。つまり今、彼は深い眠りに入ったところではないか? 眠りについた最初の90分のうち、40~70分あたりはノンレム睡眠の中でも最も深い眠りに落ちている時間帯である。昼寝で1時間だけ寝て起きると最悪な気分になるというのは、身体が寝ているところを強制的に起こしたため、身体が抵抗するせいである。
 その時間帯ならば、まず上条はちょっとやそっとでは目覚めることはなく、万が一目覚めることが有っても、その兆候は脳波・心拍数を読んでいれば事前に分かるはずであり……
(私が寝てるコイツに、何したって、バレない……?)

 美琴は、布団の中でもぞもぞ動きながら、上条の左手を探り当てた。彼は掌を上にして、腰の横あたりに手を下ろしていた。
(この手に、10数分の間なら……いやこれは不意打ちとかそういう話じゃないもん! ちょっと触らせて貰うだけで……)
 美琴の鼓動が早鐘を打つ。

 リミッター解除! 美琴はじゃれつく子猫のように、上条の左手に襲いかかった。


――何やらベッドの上にハートの吹き出しが出ているような図のまま、夜は(表面上は)静かに更けていった。


 ◇ ◇ ◇

574 :■■■■:2011/10/03(月) 00:30:49 ID:3Fm1P/Eo

「――それでお姉様は、カミジョーさんを召喚なさった、と」
「分かっていただけましたか」

――そうして、黒子の目覚めのシーンへ戻る。

 幸いというべきか、残念と言うべきか、上条の左手は美琴のお尻から解放されていた。
 黒子と上条の小声の会話が美琴の耳を刺激したのか、美琴が可愛らしく『んんっ……』との声と共に、向こう側に軽く寝返ってくれたのだ。

 美琴が寝返って布団もずいっと動き、上条が半分現れた。左手が解放された上条は、芋虫のようにもぞもぞと横に移動し、布団を美琴に明け渡す形で這い出てきたのだった。


 そうして上条は経緯を黒子に話した訳であるが……。

「それで、貴方はお姉様とベッドの中で何を?」
「人の話聞いてんのかお前は。すぐに寝ちまって、起きたらさっきの状態だ」
 上条当麻とて、別段すぐ寝る気は無かった。
 だが、普段の劣悪な睡眠環境に比べ、なんという高級仕様のシーツ! ふわふわした掛け布団! なかなか洗面室から出てこない美琴を待ちきれず、意識がすとーんと落ちてしまったのである。
 いつもなら寝ている時間である点と、インデックスと暮らしている実情があるせいで、室内に女性がいることの緊張感があまりない点も理由としてあげられるかもしれない。

「起きたら、何かもたれかかられてたよ。くっ付いてないと布団の膨らみ誤魔化せないから、どうしたって左手は御坂のどこかに触っちまうワケで。ケツの件は不可抗力ってことで……」
 黒子は、はーっとため息をついた。「お姉様」のその体勢の意味がおおよそ読める。
 普通にしがみつくと、どうしても胸が触れてしまう。やや胸にコンプレックス気味の「お姉様」はそれを良しとせず、それでもくっつきたい気持から、せめて背中で触れ合おうとしたのだろう、と。

「くあ~~っ! 本来なら串刺しにしたいとこですけど、わたくしが招いた事だけに……痛恨の極みですわ!」
 思わず黒子はボヤく。
「いいですこと? このお礼はわたくしが致しますの! お姉さまが貴方へお礼をすると言い出したら、一切断ってくださいまし!」
「い、いや、元々お礼とかどうでもいいし……困った時はお互い様だし」
 上条はようやく身を起こし、ベッドの上に座り込んだ。

「しっかし、コイツも……」
 布団にすっぽりくるまり、向こう側に寝返って寝ている美琴に視線を落とす。
「バレたら大騒ぎになるって分かってて、俺を呼ぶんだもんなー。他にも方法はあるだろうに」
「……そうですわね。ぱっと思いつく限りで述べますと、小型のジャミング装置を使用する手や、同系統のAIM拡散力場発生による邪魔――簡単に言うと他のテレポーターを連れて来る手、等はございますわね。まあ装置は更なる暴走の可能性がありますし、テレポーターはこの寮ではわたくしだけですし……。どちらにせよ、貴方の能力と較べると確実な手法とは言えませんわね」

 ま、上手くいったなら結果オーライだよな、と上条はつぶやきつつ。
「さてと、実際終わってねえんだよな。暗いうちに帰らねえと、明るいと誰にみられるか分からねえ」
 新聞配達員が走り回るような街ではないが、普通に早朝ランニングをする学生や夜遊びの始発帰り学生もいたりするものだ。朝日が昇るまでの移動が無難である。
「どうやって帰りますの?」
「御坂を起こすしかないか……正面からはダメなんだろ? お前の能力は俺に効かねえし、ここ高さ5メートルぐらいだよな? 飛び降りられねえこともないけどさ……」
 数メートルぶっ飛ばされても平気な上条当麻であるが、こういう時に炸裂するのが不幸体質というものだ。おおかた足を挫いて御用、というストーリーが出来上がるのがオチだろう。

575 :■■■■:2011/10/03(月) 00:31:03 ID:3Fm1P/Eo

「貴方は飛ばせない……ふーむ」
「マンガみてえにシーツを結んでロープを作る、なーんて現実味ねえしなあ。……そうか! どこか倉庫にロープないか? それをお前がテレポートで取って来るとか」
「妙案ですわね。……とはいえ、そんな都合のよいロープや紐は……」
 黒子は考えこむ。
「よし、何とかなりそうですわ。少々お待ち下さいまし」

 立ち上がった黒子はベッドを逆側から降り、素足を靴に突っ込み、う~んと伸びをした。
「ちょっと行って参りますの」
「……倉庫か? それにお前そのカッコ、寒いだろ」
「すぐ戻りますの」
 ヒュン! と黒子の姿が消えた。


「ただいま戻りましたわ」
 ものの1分もかからぬうちに、机の前に黒子の姿が現れた。
「ロープではないですが、アレを」
 窓の外側を見ると、さっきまでは無かった、蛍光灯がわずかに反射する銀色の棒のようなものが見える。
「あれは……ポール?」
「国旗や校旗掲揚に使うポールをテレポートで運んできましたわ。あれを伝って降りて下さいですの」
「消防士か俺は」
 ツッコミつつもまあアレなら、と上条もベッドを降り、靴を履いてぐるっと回りこみ、白井黒子の横に並ぶ。

 上条は机の上から窓の桟に移り、おそるおそるポールに手を伸ばし、結構安定している事を確認して黒子に振り返った。
「おっし、じゃあ帰るわ。積もる話はまた今度に!」
「ええ、ありがとうございました、ですの。お礼はまた改めて」
 靴でしっかりポールを挟み込み、落下速度を適度に調整しつつ無難に着地した上条は、そのまま駆け出した。
(長居は無用! さーって、もう一眠りすっかな!)

 ◇ ◇ ◇

「さてと……」
 上条を部屋から見送り、すぐさまポールをテレポートで運んで返却し、また部屋に戻ってきた黒子は一息ついた。

 昨日まで悩まされていた頭痛と高熱が引いている。薬の副作用でとんでもない事態を引き起こしてしまったが、本来の効果は期待通りだったという所か。
 黒子はシュンッとテレポートし、自分のベッドの上に飛ぶ。

 そうして。『狸寝入りのお姉様』に声を掛けた。

「お姉様。先ほどの寝返り方、ワザとらしかったですの……お起きになればよろしかったのに」
 もぞもぞと美琴の布団が動く。気配的に布団の中でこちらに寝返った様子だ。
「……だって、さ」
 明らかに目覚めたばかりではない、くぐもった声が聞こえた。
「……寝起きの顔見られたくないし……髪も布団にもぐりこんでたからボッサボサだし……、それに……」

 美琴の最後の声色に、『何か』を感じ取った黒子の目が光る。
 手を伸ばし、美琴の布団をがばっとめくりあげた!
「ちょ、ちょっと!」
「お姉様、な~んですの、その真っ赤っかな……」
 乱れた髪の美琴が現れ、その顔が。本来は白い肌が真っ赤に染まっていた。

「さてはお姉様! 思い出すとそこまで真っ赤になるほどの『何か』をあの類人猿と!? まさか……痴漢プレイを?」
「……は?」
「わたくしの秘蔵AV『痴漢モノレール ~狙われたお嬢様』ばりの展開にっ!? だっ、だからお尻を差し出して!?」
 ジャッジメントの仕事の際、押収物の中に、ちょっと美琴に似たAVを見つけ、拝借していた黒子であった。
「ばっ、馬鹿! って、アンタ何持ってんのよ! おっ、お尻は偶然だってば!」
「じゃあ何でそんなに真っ赤になってますの!? 首筋まで真っ赤ですのよ?」
「まっ、真っ赤になんてなってない! だいたいアンタ何でそんなに元気なのよ! こっちがあんなに苦労したってのに!」


 言い合う二人は気付かない。――コツ、コツと、地獄のハイヒールの近づく音に。


 ◇ ◇ ◇

576 :■■■■:2011/10/03(月) 00:31:58 ID:3Fm1P/Eo

(――よし、インデックスはまだ寝てるな)
 玄関のドアを後ろ手に閉め、こそこそとバスルームに戻った上条は一息ついた。
「ふー……」
 色々あったが、人助け自体は上手くいったし、気分は上々である。

(あと1,2時間は寝れるかな。まーしかし、睡眠環境は天と地だな……ほんとアイツらいいとこに住んでんな!)
 毛布を掻き込み、バスルームの中で上条当麻は再び眠りにつく……所だったが。
(あれ?)

 ふわっと、一瞬良い香りがした。
(何だ? いまこうやって、毛布を胸元に引き上げた時……)
 クンクンと嗅ぎながら、首を回して香りの元を探す。
(――左手、か?)
 左手の辺りで、柑橘系の香りがする。


(グレープフルーツみたいな……って、俺いつそんなの触ったっけ? ……あ!)
 起きた時、左手が美琴のお尻の下敷きになっていたことを思い出す。
(アイツのケツは柑橘系の香り……んなバカな! くっそ、馬鹿なこと考えてないで寝よ寝よ!)
 あの柔らかい感触をも思い出しそうになって、上条は首をブンブンと振って、眠りにつく。
(煩悩退散! 煩悩退散! …………、)

 そうして、召喚された上条は仕事を終え、再び眠りについた。


 美琴が部屋に戻る前に吹きつけた香水、それがなぜ上条の左手に色濃く残されたか――。それは彼女だけの、秘密である。


fin.


<はい、相変わらずいちゃいちゃナシでございますw 4096byteの壁にえらい苦労したorz>

577 :■■■■:2011/10/03(月) 00:56:05 ID:eOMiPErE
美琴の尻は柑橘系。いい響きだw

582 :■■■■:2011/10/03(月) 05:08:34 ID:BEp7RAfs
乙です。
美琴の妄想ぶりがいじらしいです。


583 :■■■■:2011/10/03(月) 06:35:59 ID:DhY3U8tQ
相変わらずGJです!
上条さんはこれから柑橘系の香りを嗅ぐ度に美琴のケツを思い出す訳か…w