みなさん、こんにちまこりん🌸

昨晩は、忘年会ツイキャス…題してまこキャスカラオケ忘年会!をしておりました。
見に来て下さったみなさん、ありがとうございました!

まだ今月の新作DVDを受け取れていないので前回のような実況キャスはできない、そして部屋も大掃除中で散らかってる…ということで、初の試みでカラオケルームから配信しました。
今年のことを振り返りながら、たまにカラオケを歌う…という感じのゆるいキャスでしたが
みなさんと一緒に2016年のお疲れさまができて気持ちもすっきり整理ができました!
今年の漢字もキャスの中で決めましたよ!みなさんの今年の漢字は何ですか?


カラオケはあんまり上手ではないけれど、気持ちを込めて歌ったので
大掃除のBGMがわりにでも聴いてもらえたら嬉しいです🌟
1年をふりかえりながら、由縁のある曲や自分のずっと好きな曲、みなさんからコメントでいただいたリクエストで選んだ曲を歌いました。
どれもいい曲ばかりなので知らないもので気になったものがあった方は調べてみて下さいね✨

もちろん録画公開しているので、見逃した方もどうぞ!

まこりん個人の「まこキャス」(@toda_makoto)
SODクリエイトさんの「SODキャス」(@sodcreate)
どちらも不定期に配信していますのでチャンネル登録してもらえたら嬉しいです☆

🌸🌸🌸

さて、今年のことは今年のうちに…ということで
ずっと書けなかったことを書こうと思います!

先月になりましたが、映画「この世界の片隅に」を見ました。
忙しさを理由にこの作品について書くことから逃げていたようにも思います。

トークイベントや、Twitterなどで、ぽろぽろと零していた言葉の中にも、
無意識のうちにもこの映画で感じたことを少しずつ混ぜてお話していたように思います。

いつもどおり、ボンヤリした範囲ではありますがネタばれもあるかと思いますので、これから見る予定の方で前情報をなるべく減らしたいという方は、鑑賞後に読むことをおすすめします。



「この世界の片隅に」は、片渕須直さん監督・こうの史代さん原作のアニメ映画です。
…戦争映画です。

わたしは幼い頃戦争映画がとても苦手で、(得意な方というのもなかなかいらっしゃらないと思いますが)「火垂るの墓」なんて、途中で怖くて仕方がなくなってしまって、小さな頃は最後まで見れなかったものでした。
教科書の、世界大戦のページも、原爆のビデオも、胸がざわざわとするのが苦手でうまく直視できなかったように思います。

この映画は「戦争映画」ですが、わたしたちの物語です。
もちろんいままでの他の戦争映画が隔離された世界の物語などではないことはみなさんが知っていることだと思いますが、「この世界の片隅に」は特に、主人公のすずさんがうちのすぐ隣にでも住んでいるような、そんな体温のある"身近さ"を感じる映画でした。

主人公のすずさんは、第二次世界大戦の最中の、広島の呉で生きています。
観た人みなさんが感じたことだとは思いますが、主人公のすずさんの「生きている」という在り方の美しいこと、安心すること。
見ていて心が暖かくなるような、目の前の景色に意識するでもなく当たり前にユーモアと愛を付加して暮らしているような、もう思い出せないくらい小さな頃に両親の手に引かれて歩いたデパートの屋上の遊園地のような、そこに飛んでいた小さな風船のような。そんなやわらかいきらめきの中を「日常」として生きているように見えるんです。
特別なことは何も起こらない、運がいいわけでも悪いわけでもない。ドラマチックでもないけれど、日々の中での感情のゆらぎが本当はなによりもドラマチックなような気さえする。

始まる戦争、減っていく配給、降ってくる爆弾の中で、すずさんがただ「普通」に大切にしている「普通」は、わたしたちに置き換えても、どうしてこんなに見失ってしまうんだろう、とたまに気づいて嘆きたくなるような…わたしたちが大げさな不安や保身で蔑ろにしてしまう「普通」です。
あって当たり前だと思って、怠惰や傲慢さに乗っ取られて、大事にし損ねてしまう「普通」です。

すこしの材料で立派なお料理が作れたこと。緊張していたのに拍子抜けしたこと。あの時描いた絵のことを今でも覚えていること。嫌われてると思ってた人が一瞬笑ってくれたこと。隣にいるだけだった人をいつの間にか愛していたこと。運命よりも美しい偶然があること。再生しようのない傷をそのまま持って生きること。生きることをやめたくなること。大切なものがあること。それを失ってしまうこと。

そんな、どうやったって書ききることのない「生きている」という絨毯のすべての編み目を、私もっとちゃんといつも解って、何よりも大切にして、いつか天国から見下ろした時「これは美しいね。」と笑えるくらいに生きていられないものかしら。
と、目の前で過ぎていくすずさんの毎日を見ながら、苦しい胸で感じていました。

「戦争が起こっていない今は安全だね。」なんて、実は思ったことはなくて。
いつ何が起こるかわからない、それは誰もが感じ続けていることだと思います。
明日がある保証も、明日がない保証もありません。
昨日の地震でも、不安を感じた人がたくさんいらっしゃると思います。
天災と戦争を同列に扱う気は毛頭ありませんが、みなさんそれぞれの恐れる理由で、不安を感じているのは確かなことで。
もっとスケール感の違うことでいえば、学校や会社に行ったら敵がたくさんいるという状態で生きている方もいるでしょう。
ご病気をされている方、事故に遭う方、
いる場所が街でも、学校や会社でも、家でも、どこでも、心の中が戦場になっているという方もいるでしょう。

わけもわからないうちに、自分の力ではどうすることも出来ないうちに、じわじわと追い詰められていくこともあると思います。
現に、たまにふと、毎日笑って忘れかけているけれど本当は真綿で首を締められている最中なのかな、息が止まってから気付くというものなのかな。と考えることもあります。

すずさんは、戦争が加熱してどんどんと追い詰められていく中も、ずっと生きています。
未来を悲観しない。だけど、途方に暮れた時は心が停止してしまうくらいに絶望します。何もかも嫌になったら泣き、耐えられなくなったら逃げようとし、力が尽きたら横たわります。
救いようがないじゃないかと、自分の人生とこの絶望を切り離したくもなるものですが、
私は、きっと報われない努力というものもあるのだろうな。と、感じながら見ていました。

どれだけ懸命に生きても、どれだけ日々を大切にしても、理不尽なことも、圧倒的な暴力も、絶望も、訪れる時には訪れます。
そのことがやるせなくて、苛立って、どうしてなんだって叫びだしたくなることもあります。

努力は必ず報われるよ、正直に生きていればきっと幸せになれるよ、という言葉。その純粋で優しい気持ちに、嬉しくて頷くことはあっても、
それらの言葉はおまじないのようなものであって、本当はなんの保証もないのだということを知っています。

運命とも、神様とも、約束はできない。触れないから指切りもできない。契約書も交わせない。
それはお金を積んだって、徳を積んだって、土下座をして頼んだってできないことなんです。
そんな世界で、保証もない命で、どうしたらいいんだろう、どうするのが正解なんだろう、正解がないことがわかってしまってからは、いったいどう生きていたらいいんだろう、と思う時、すずさんの生きている姿をこれからは思い出したらいいんだろうな。と、思って安心したんです。

「幸せ」の定義はひとりひとり違って、今私も、自分にとってのほんとうの「幸せ」がなんなのかきっと探している途中なのですが、
すずさんのように、目の前の「普通」を、真っ当に、ていねいに、大切にして生きていたら。その「大切」を、感情が盛り上がった一瞬ではなくて、当たり前のこととして、命の終わりまで続く長さの反物を織っていくように、ずっとそうしていられたら。
それはどんな不幸に見舞われたとしても、どんな終わり方をしたとしても、そういう姿勢で生きていたひとの人生というのはどこか遠くの空から俯瞰して見た時に、必ず美しいものとして映ると思いました。
この映画が観た人の目に美しいものとして映ったように。

保証も約束もない世界だって、その「美しさ」だけは保証できるような気がするんです。


年末に少し暗い話になって申し訳ないのですが、落ち込んで欲しいわけでも、悲観して欲しいわけでもありません。
ただ、終わりは当たり前にあって。それは命だけでなく、愛の終わりも、環境や思想の終わりも、やってくる時にはやってくるものです。
だからこそ、そこから離れたあとに、「あれは美しかったな」と、思い出せるような日々を紡いでいきたいな、と思います。
そのために努めようと思う時、目の前の景色が必ず綺麗で大切なもののように思えます。私は、できればずっと、目の前の景色の綺麗さがちゃんと感じられる自分でいたいです。


「Life is Beautiful」という映画があります。
私はその映画を初めて見た時同じようなことを感じました。
ナチス・ドイツの時代のお話で、ユダヤ人の主人公とその息子と奥さん、家族の愛の物語です。
「この世界の片隅に」と同じく、幸せだった日々から追い詰められていくのですが、
主人公のグイド(ロベルト・ベニーニ)は、持ち前のユーモアと愛で息子さんと奥さんの心を守り続けます。
絶対にどんな努力をしても打破できない状況の中で、心だけは自由で、心だけは強くなることに制限もなく、心だけは、本当に大切な誰かにとってのいちばん頼りになる救世主になれるということを、グイドの姿から感じます。

とても生きる勇気が出てくるお話です。
「美しく生きる」ってどういうことだろう、と思った方は、「この世界の片隅に」とならんで、鑑賞したり、立ち返ってみてほしい作品です。



そして、「この世界の片隅に」は、すずさん役の、のんさん(能年玲奈さん)の演技が本当に本当にすばらしかった!
声に、話し方に、呼吸に、間のとり方に、その人の生の美学が剥き出しになって出てしまうこともあるんだな。と感じるような、屈託のない美しい「普通」の声。
この演技もあいまって、劇場に足を運んだ人はみんなみんなすずさんのことをうんと好きになってしまったに違いない、と思う程でした。

のんさんの声を聴くだけでも、チケット代が安く感じるくらい、癒しと閃き両方の効果のあるすばらしい演技でした。
のんさんのこれからのご活躍にも、いっそう期待してしまいます。



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長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
おそらく今年最後のブログになると思います。

2016年、このお仕事を始めて、たくさんのことが変わった一年でした。

お仕事に関するいろんな出来事のふりかえりは頭に貼ったツイキャスでお話したので割愛するとして…
ブログを始めて、たくさんの方に見てもらえたことが本当に本当に嬉しかったです。
この調子で、時に軽く時に重たく、相変わらず好き嫌いの分かれるブログだとは思いますが、
来年も日々のこと、お仕事のこと、趣味のこと…たくさん更新していけたらと思うので、どうぞよろしくお願いします!

残りの2016年が、みなさんにとって良いお年になりますように。
そして、2017年もすてきな毎日にしましょうね。
みなさんと一緒に楽しんでいけたらいいなと思います🌟


忘年会の日にしてた髪型、お気に入り🌟


ではでは!良いお年を〜!🌸


🌸来年もよろしくお願いしまこりん🌸