戸田真琴official blog - まこりん日和 -

戸田真琴の公式ブログ

2017年10月

メンフィス(と、経由地のロス)での写真集撮影が終わって一週間ぶりに着いた東京は、台風の最中だった。出国する前の日も台風で、時間がちゃんと動いていたのかよくわからなかった。わたしはこの仕事を始めてからなぜか急に晴れ女の才能が覚醒したのか、ロケやイベントがある日はほとんど空が晴れている。アメリカでも一度も雲を見ていないというレベルでずっと晴れていた。もともと晴れている国なのかな。
クラウドファンディングでみなさんからご協力いただいたお金とみずみずしい期待のおかげで、今のご時世ありえないような自由な一週間を過ごさせてもらいました。これから編集さんは編集を、わたしは中身に詰めるものとリターンのZINEをできるだけ濃厚にするべく動いていくのですが、ちょっと、胸がいっぱいで。
ほんとうはもう少し切ない気持ちで始めたプロジェクトだったので。ひとりでも輝いて生きていけたら、というような。ひとりでもあなたがたが付いていてくれるならどこまでも行こう、というような。私はちょっと、この世界に意外と、冷めた気持ちでいたのかもしれないな。と過去を戒めるほど、もっとずうっと幸福に、ただの「愛してもらった記憶」でしかない写真がたくさん生まれました。

ひとりとか、そうでないとか、そんなことついに考えなくなった。自由であるとか、そうでないとか、そんなことがもうどうでもよくなった今がほんとうの自由であると。愛する前からとっくに愛しているひとたちに出会いたくて、少しでも声の響く方へ。まだまだ内容はひみつなんだけど、ね、毎日自分にしかばれないくらいこっそりつけていた香水も、街中を駆け回ってあつめた衣装も、かわいらしく見えることよりも精神性とほんとうのチャーミングを探したヘアもメイクも、あまりにも好きであまりにもつよく綺麗だから使えなかった口紅を塗ったことも、ぜんぶ秘密なんだけどね、愛しているのはいつもきみの耳もたこになるくらいわたし喚いているから、「あなたわたしを愛しているでしょ?」と言ってしまい遂にもう嬉しすぎてへんな顔で笑ってしまうような旅を。永遠にみなさまの想いを最上級に美化し尽くしたまま浮かべた星空の下を気の合う仲間と歩いていたかったものですが、どうしても、どうしてもあなたの本棚に、置いて欲しいので待っていてね。ひとつもこぼさぬよう、こぼれ落ちても同じ星にしか居られないことの寂しい幸福といっしょにね。


メンフィスもおなじ11月くらいの気候で、硬質の白い光が噴水広場にそそいでいた。昔は11月って、これから寒くなっていくのにおまえは一人ぼっちで自分で自分を暖めきれるのか?と問われて追い詰められているようで、あまり好きではなかったのだけれど、クリスマスもニューイヤーイブもバレンタインデーも平日と同じになるくらいわたしはもっとただひたすら毎日を愛で満たしていたいと、願ってからは落ち込まなくなった。子供らしくなくなる進化が、平穏に人を愛していくための能力を生むのなら、わたし大人になろう、と思うわけで。
人々には実は心の、年齢も性別も性質も、一生分類しきれないくらい種類があって、わたしだって変だと言われることも多いけどきっとみんな少しずつくらいはそれぞれ変だ。わたしのなかでのしっくりくる愛の形が人と違っても、わたしはもうこれだって確かに愛だと、凛々しく燃える青い炎を、これがちゃんと愛だと、わたしの人生にはちゃんと愛が灯っていると知っている。だから、きみも、おとぎ話やメロドラマからはぐれてしまったあるいはそれらに近すぎてうさんくさく見えてしまったきみの愛のことを、きみが愛と呼んでほしい。
アメリカにいる一週間、わたしは自分でも驚くくらい自由で、驚くくらいわがままで、驚くくらい冴えていて。もともと周りに気を使って緊張して具合が悪くなるから外泊が苦手だったのに、一週間も他人とべったり一緒にいて、睡眠も毎晩3時間ずつくらいで、それなのにこんなに心も体も軽いままだったのはじめてだった。人生が、幸福に向かっていて、これがあるひとつの到達点だったのかなと思うほど。8人乗りの白いフォード、眠っているうちに日焼けしないようカーテンが閉まっていたときの温もり。そんなことだってこれを読んでいるあなたが遠回しにプレゼントした愛だよ。私はばかだしきみが思うよりもずっとさみしい人間だったので、きみが思うよりもずっときみの存在がありがたいのです。



表にまだ出せないものをあれやこれやと作り続ける日々で、ポジティブなことだけを伝えたいわけでもないからそれはそれぞれだけれど、この写真集はまぎれもなく途方もない希望と感謝とわたしたちの人間としての愛くるしさを絶対に詰め込んでいて、そんなふうにものを作っていけること自体にずっと涙が出てしまうほどです。

今年とかきっともうすぐに終わってしまうね。マフラーくるまってその肌と毛糸の間にきみがいままで感じてきた愛情のぜんぶが少し混じっていますように。
寒いけどがんばろうね、そばにいようね。







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映画とお悩み相談のコラム、今月は芸術の秋に寄せて。
「アートはわからん」な人、「アートがわかる自分はいけてる!」な人、それからそんなことよりもっと純粋にものに向き合う人、そんな人たちの違いと、隙間を埋める愛と想像力のお話です。

わたしの両親も「わからん」側の人間で、それはさみしくもあるけど全部のものを見ていくにはあまりにも時間の足りない人生だから、わたしと全くみるものの観点が違う人たちが「そうだったかもしれない自分」のように思えてとても心強いと感じます。

今回も、飯田えりかさんが撮ってくださったすてきな写真が一緒です。小雨の降る新宿でくすくす笑いながら。いつもの自分に近い格好で、まったく飾らずに済みました。文章に興味無い方も写真ギャラリーだけでもぜひどうぞ。



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今日は少し遅めに起きてからなんだか急にグリーンマイルが見たくなって、麻婆豆腐を食べて、すこしうとうとしながら見ていた。途中で時間切れになってとても嫌なシーンで停止したまま家を出てきたけれど、移動している途中で友達にばったり会ったら元気が出た。いつのまにか同じ街を生きている友達や好きな人たちがたくさんになって、賑やかな場所や大都会に行っても居場所がないとは思えなくなった。だって君が生きている街、君が訪れた街、君が私に会いに来た街でしょ。強いな、私は今なんだか最強の生き物みたいにお腹の奥にピカピカ光るエネルギーの塊みたいなものを抱えている。なんだろうこれはぜんぜん重くない、厄介でもない、ただの光。ツイッターでは「東京」という言葉を使ったけれどそれはほかの街に置き換えても同じで、世界中どこだって居場所がないと思う人にとっては寂しい街だし、会社にも学校にもきっとそう思う人はいると思う。人といた方が寂しい人もいるよね。私もそれが当たり前。だけどたぶん寂しい街だなと思う時、私の方が寂しい人間だったんだ。誰のことも好きでないとき、どこにいたって何も楽しくないじゃんね。
人生を、やりがいのないお仕事のようにとらえているなら、ちょっとね、もったいないから。せっかくだし宝探しをしよう。私にとってはね、見つけてくれて、見つめてくれて、好きになってくれて、こんなところまで読んでくれている君、君、君のひとりひとりがちゃんと、冒険の誇らしい成果だよ。だから、とても大きな意味で。この世界は君を隠していたんだね。そんなことも気づけないままうつむいていた、わたしはほんとうにばかだったねえ。それでもどこかで探していた、私は生きていたかったんだね。

一番仲のいい友達が最近免許をとったので、たまに車の運転の練習を一緒にするようになった。今の所ほとんど頼りっぱなしだけど。オフ会に来てくれるみんな用にドーナツを作りたい時も車を出してくれて、すごく助かった。(ので、ドーナツを受け取ってくれたみなさんはわたしの友人Hちゃんにも心の中でこっそり感謝してね。)
助手席に乗ってドライブしている間も運転がたいへんなのがわかるようになったし、今まで私は運転手さんというひとに対する敬意が足りなかったんだな、と反省もした。当たり前だと思っちゃダメだね。きみが笑っていることも当たり前じゃないし、本当の自分とか本当のあなたとかそんなの本当にあるのかな?っていうくらいもともと人間は流動的なものだと思っているけれど(人によって態度が変わったり日によって性格が変わったりするのもべつにふつうのことだしぜんぶその人じゃん。と思ってる。)それでもきみが笑っている理由を息を吸うように想像していたい。笑えない日はその理由を。そうしていつか、私の夢はね、私の夢は、やっぱり秘密。

1000人ぐらいに分裂してみたいな。と昔から思ってる。それが無理だから、っていうのもAV女優になった理由のひとつだし、なんかもう理由がたくさんありすぎてわからない。ものすごい速さで花が枯れていっても私がもうとんでもない樹を一本だけ、植えたら大事に育てていくから。たまに怖くなる時もちゃんとあるんだよ。わあ、解りやすく消費されているな、代わりがいくらでもいるというやり方だな、と解るときもあるけど、今更そんなことじゃ怯めない。怯んでる暇ないし。だけど発信する場所がなくなる前に、私が使い尽くされる前に、もっと遠くへ行かなくちゃ。と思うから必死で探している。きみに言葉を。贈れる理由を。流れ星になって消えてもいい。絶対に真似をしないでほしい。

なんておおげさに話してはみるけど、実際の私は「文章を見ていると心配になるけど実際に会うと強くて安心する」といつも言われるタイプの人間で、なんというか、幸福を感じる力がとても強いのでまったく儚くないと思う。好きなものや人が増えるほど弱くなるとかって説もあるけれど、私は夜中にうんと弱くなって朝起きたらぜんぶ一層強くなっている。今朝もたぶんそんな朝だった。言えない言葉、通り過ぎていった真心も、読み落とした一行、返せなかった詩集、ずっといつかぜんぶ、前に進みながら「やっと」受け取りながら行くんだね。
だから、今きみの心に愛のないままで、歩いている街がすこしもきれいでなくたって、いつかもっと良くなった君で、いま見逃した美しさも取りに戻って来れば大丈夫だから。過去だって大丈夫だから。ヒーローは時空だって越えようよ。だって私の今までの全部だって今きっと救われ続けているんだよ。

そうしていろいろなところで私は好き勝手話していますが、それは毎日生きている中で受け取った全てに対して無防備に想っていることで、もしあなたがこれは自分のことだと思ったら、その瞬間に私からきみへの言葉になるんだよ。なんのために1000人に分裂したいなんて思っているとおもうのよ。コラムだって、一人の女の子から感想が来ただけで、それは100点満点中100点の喜びで、君のために書いたんだなってことにしていいと思うんだよ。誰か一人でも聞いてくれたらそれでいい。一緒に歩ける速さでしか歩かない、歩けないから。何も託さないで、ただ信じていて。深読みじゃなくて愛の力で見抜いてね。
わたしはいつでもカッコ悪いけど、カッコ悪いから君の弱さもわかるわけだし。なにもうまくいかないなんて言わないで。出会えたじゃないか。






ということで、KAIYOUコラムの本編をそろそろ出さなきゃいけない今だけどあえて、今までいただいた相談の中で記事にすることができなかったものたちに少し、勝手に答えます。




「まこりんに相談していいですか?
心から人を好きになるってどういう事ですか?
私は恋をした事がありません。もちろん処女です。でも、人一倍エロい事をしたいという欲があるので、この前好きでもない人とセックスしようとしました。が、挿入の時なぜか体が硬くなってしまい入りませんでした。何回も試しましたがどうしてもダメでした。結局、その相手とは連絡がとれなくなってしまい、関係が終わりました。
普通に恋愛できない自分が虚しいです。」


→私もちゃんと性欲のある人間ですが、「人を好きになって両思いになって段階を踏んでそれから…」という自分の中のルールみたいなものを破ってしまえるほどの衝動にはかられたことがないので、性欲のために行動できた相談者さんが素直に羨ましいです。来世はエロいことがしたいという気持ちだけで動いてしまえる破天荒でエキセントリックな女の子になってみたいな…。
撮影でも思いますが、気持ちが入っていないときってうまくいかないですよね。あんまり大きな声では言えませんが、わたしもお仕事でたまーーーに、「あ、だめだ!」と思ってしまって結局痛くなってしまったりすることがあります。
試してみたこと自体が大きな進歩だと思いますし、人生は意外と長くて旬(なんだか彩りのある出来事がぐんぐん起きるような時期)も実はぜんぜん人それぞれだと思うので、焦らないで好きなことをして暮らしていたら大丈夫だと思います。絶え間ない性欲は男の子たちとおなじく一人でその場凌ぎして楽しみましょう。いろいろすてきなグッズが出ていますよ〜。

恋をするってどういうことなのか、きっとそれもひとそれぞれなので言い切ることはできませんが、私は1週間毎晩同じ人が夢に出てきたときに恋を自覚します。いまはその時が訪れていませんが、いつかそんなことがあるといいな〜と思いながら夢見がちな乙女ごっこをしています。いっしょに頑張りましょう。

あと、処女であることはいつか本当に好きになった人といい感じになったときにこっそり告げたらきっと喜ぶと思うから、大事にしていいと思います。

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「なんで、人は死にたいと思ってしまう事が、多いのですか?」

→これもほんとうに人によると思いますが、「生きる」とか「死ぬ」とか大げさにものを考えて生の実感を得たいのかな、と思います。本当に死にたい時は死にたいとすら思えなくなると思うので、死にたいと思えているうちはぜんぜん大丈夫だし美味しいお蕎麦でも食べて太陽の下を歩いてください。好きなエロビデオを借りて見るのでもいいです。

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「私は自己肯定感が低いみたいです。人から自分の行動を否定されたとき、自分を守るどころか自分で自分を「お前なんか」って攻撃してしまって苦しむことがあります。それは突然襲ってきます。そんなときどうしたら自分を守ってあげられるのでしょうか。今してる対処は、ほぼ効かないけど、ひたすら自分で自分をぎゅっとして「大丈夫大丈夫大丈夫」ってつぶやいてみてます。」

→それあんまり効かないですよね。すごくよくわかります。でも、自分で自分を守ってあげたいと思う気持ちはとても素敵です。自己肯定感を手に入れる方法は私にもわからないけれど、毎日とりあえず手を動かし続けているうちに回復してくるのは確かです。一ヶ月に本を何冊読むとか、休日のうち何日は計画を立ててお出かけをするとか、腹筋を何回するとか、小さな目標を立ててそれをほんの少しずつ、深く考えずに実行し続けるだけでもすごく変わると思います。
そして、責任の比重というのはじつは意外とフラットです。何かを失敗した時、大体がお互い様だったりします。自分あるいは相手のどちらかを責めるという極端で非生産的な考えよりも、その時間でどうしたら次はもっと良くなるか冒険家のように考えましょう。それも「手を動かす」ことのひとつだと思います。勇敢でいよう。


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「24才男子、相談です。
僕は今お付き合いをしている方がいて、僕は彼女が好きでとても大切に思っていて、彼女も僕のことをとても大好きでいてくれています。しかし、僕が友達として仲良く話す女子や、趣味として応援しているアイドルに対して、彼女が僕をとても好きであるがためかなりの焼きもちを妬き、彼女にツラい思いをさせてしまうことが多々あります。
お互い好きで付き合っているのに、お互いツラい思いをしている現状です。簡単に言えば、価値観の不一致でしょうか。お互いがお互いを好きだからこそ、お互いの幸せのために別れるべきか、それとも根本的に解決しない問題を抱えながらこれからも付き合っていくべきか、とても悩んでいます。」

→こういう場合って、やきもちを焼いている側の欲望にスポットが当たりがちですが、じつは彼女さんのほうがあなたの欲望を察知して不安になっているのではないかな、と思います。相談者さんにほんとうに全くよこしまな気持ちがなかったなら、彼女さんもそのことを肌で感じてわかると思います。素敵だと思うもの全部に「好き」を向けたい相談者さんのお気持ちもわかりますが、好きな女の子は泣かせたらだめです。
無自覚かもしれないので、相談者さん自身がまず自分の隠れた欲望に敏感になってみてください。自分を正当化しないで、美化しないで、本当にちゃんと確かめてみてください。それを洗っていくことも人一人を好きでいることの試練だと思いますし、大事なものなんて本当はそんなにたくさんなくてもいいと思います。

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「やるべきことがたくさんあっても、実行するまで腰が重い。私は人より「めんどくさいな」と思うことが多いような気がします。
「めんどくさい」は病気なのでしょうか?この気持ちの向き合い方、対処法を教えて頂きたいです。」

→私もじつは結構サボりぐせがあって、ぼうっとしていたら一日が終わっていて後から焦ることも日常茶飯事なのですが、「めんどくさい」を超える瞬間にはいつもなにかしらの愛が心にある気がしています。
これをやったほうが来週友達と遊ぶ時すがすがしいだろうな、とか、これを期限内に出してあの人に褒められたい!とかそんなことでやる気を生成したりします。
本当に胸の奥から力が湧いてくるときは、誰かに笑って欲しいと思う時です。直接的でなくても、かっこいいあなたでいたらきっとあなたの好きな人は喜んでくれるので、かっこつけてみましょう。
心に愛を浮かべてもどうしてもやる気の起きないことは、たぶんやりたくないことなのでなるべくやらなくていいと思います。


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「最近、本気で好きになった人がいました
その人が働いてるお店にその人に会いに何度も足を運んでました
だけど突然その人はお店を辞めてしまいました
結局自分の気持ちをなにも伝えられないまま…
連絡先も聞こうと思ったけど、その人を本気で大切にしたいからこそ連絡先はあえて聞きませんでした。これって間違った愛情なのでしょうか?」

→愛はエゴでもいいのかもしれません。あなたの優しいエゴは、謙虚さのあまりあなた自身以外誰にも目撃されていないので、あなた自身が肯定してあげてください。ぜんぜん間違ってなんかいないと思いますよ。
人を好きになる度にその恋に対する正解をあなた自身でオリジナルに探していくのだと思います。




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自分の口下手さと天の邪鬼さと女の子しての性格のかわいくなさを日々実感しては心が折れそうになるけれど、真っ直ぐにひねくれたすべての人に愛をこめて。
明日もがんばるね。

あとしんどいこと、内緒話、愛の告白もぜんぶこっそり聴けるツールが沢山あるからぜんぶ聴くよ。このブログのコメントに「私信だから非公開で」って書くのでもチアーズのコメントでもお手紙でも。この世は便利です。まこりん1000人もいるんだから相手してね。嘘だけど。


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