「シェイプ・オブ・ウォーター」を鑑賞したとTwitterで呟いたら、いつもリプライをくれる方からこういう言葉が届いた。


「誰かに愛されたくなるなら見れないなあ。」


愛が羨ましくなるような幸福な映画は見たらつらくなってしまう、と思ったのかな。と推測しながら言葉を受けて、愛について悩んでいる最中にしか発生しないその愛おしい弱さに人知れずときめいていた。


誰もが、選ばれた王子様とお姫様の美しいラブストーリーに、心から共感できたならどれだけいいだろう。色々なひとがいて、それぞれ自分にあった形の幸福を目指している。自分の人生が幸福なハッピーエンドをうまいこと迎えてくれて、それに似通った性質のハッピーな映画が上映され、それを見て自分の幸福と照らし合わせて何度も何度もよろこびなおすことができたなら、どれだけいいだろう。絶対に沈まない豪華客船に乗れたらどれだけいいだろう、枯れない巨木から毎朝すみれ色の花びらが注いだならどれだけいいだろう。

理想やしあわせの上限は、無限に思い描くほど悔しく、自分の今見えているリアルに合わせるように縮小するならば虚しく、どうやっても納得がいかない。特に、自分は映画みたいな王道のラブストーリーを歩むべき主人公とは、似ても似つかないし。そんなふうにふてくされる気持ちは私にもあった。可愛くて素直でおっちょこちょいで誰にでも愛される少女漫画のヒロインとはあまりに性質が違うし、だからそこから始まる青春ラブコメにも共感できない。ずっとそうやって、王道の思いを知ることなく生きて行くものだと思い込んでいたけれど、どうやら、最近はまた違ったスタンダードが生まれているような音が聞こえる。

今映画館で上映されている、最新のおとぎ話、スクリーンに映され続けている絵本は、「誰かに愛されたくなるなら見れないなあ。」という言葉を吐いたあなたのため、孤独を感じ、愛の不在を嘆き、孤独をおそれ、愛を求めるあなたのために流れているのかもしれないと思った。

物語の主人公になるには、すこしいびつなわたしたち。

どうしてぼくはこうなんだろう。と、何処にも刺せない嘆きの矢を持て余し、握った手がふるえるせいで自分以外のすべてがまるで罪のないもののように見えた、自分だけがおかしな色と形をして、笑い者にされている気がしていた、そんなわたしたちのために作られたおとぎ話かもしれなかった。


それが、ほんとうに誰かの孤独を慰めたのか、そんなことはわからない。マイノリティとされるひとたちが主役のラブストーリーを描くだけで世界は大きくは変わらないのかもしれないけれど、近年偉大な賞にノミネートされたり受賞までこぎつける作品の多くは、ずいぶんと白人至上主義でも美男美女至上主義でもなくなってきたような気がしている。「ムーンライト」も、「グレイテストショーマン」も、マイノリティとされてきた人たちの感情を、ひとさじの希望を持って描いていた。

私自身も思えばだんだんと、「人間はこういう肌の色と姿形をしているのが美しく、主人公は大抵こういう人種である」という押し付けがましさが気にならなくなった。ただ、物語ごとにちゃんと主役を冠された個々がいるだけだった。


今年のミスiDのキャッチコピーは「きみがいる景色がこの世界」。世界中の、個性を持ったそれぞれのどんな人だって、ただ純粋に当たり前に世界の中心にいて、あなたの世界の主役だと、ちゃんと誰もが思えたらいいな、と今日も馬鹿の一つ覚えみたいに思う。

世の中の理不尽や卑怯さに怒り狂った時はシン・ゴジラを自宅で再生する。何度見ても人々よりもゴジラのほうに愛情が募る。かたちなんてなんでもいい、あなたが生きている事実が好き。そんな風に思える瞬間があるということが、人生において、限りなく一瞬の曇りもなく、圧倒的にぴかぴかと光っている財産だと思う。ずっと。


そんないろいろなわたし固有のジレンマを抱えて今も生きているから、「シェイプ・オブ・ウォーター」で声の出ないプリンセスが魚人の王子と恋に落ち、以外とスムーズに結ばれ、キスをしたこと。なんだかとても嬉しかったんだ。


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最後まで名前のつかない魚人の王子は、主人公のイライザに、こう表現された。

「一番孤独なもの」。

孤独なんて比べられはしないけれど、その深度は深くなればなるほど、同じ深度で孤独を生きている人にしかわからない。

彼の孤独さをどうあがいても放っておけないイライザは、その気持ちだけで彼と同じ孤独を背負って生きていたということなんだと思う。

声が出ないとか川に捨てられていたとか、理由はいくらあっても割り切ることはできないけれど、わかりやすく欠点とされる部分や、「みんなにできて私にはできない」部分がある人は、少なくとも周りから「一部が欠けている人」として認識される。それ以外のことで補完できることも少なくないけれど、どうやっても、どんなに優しい人にとってもどんなに認めてくれる人にとっても、「声が出ない人」は「声が出ない人」のままであることは変わらない。「声が欠けた人」でい続けるしかない。

だけど、魚人の彼の前ではイライザは「何かを欠いた人」ではなかった。イライザはイライザだった。社会という基準も、ひとのあるべき姿と言われているものも全部、彼の前では意味がない。

「完全なひとというのはこの世にいないけれど、完全な幸福というものはある。」

と、以前she isに掲載してもらったコラム内で書いたけれど、まさに、これは彼と彼女がであったことでこの世に生まれた、新しい「完全」だった。この、完全な愛のうちでは、ふたりとも、なにも欠いていない。なにもおかしくない。自分たちのためのオリジナルの「普通」。オリジナルの「愛」。

かなしいほどに自分の小さな欠点まで精査しては愛されないことに理由をつけるわたしたちだけれど、姿形も生き方も、テレビでやっていることが必ず正解なわけじゃない。お母さんが言い聞かせていたことが必ず正解なわけでもなく、ただ私たちが自分のかたちに合わせて新しくつくるほかないのだ。あなたが普通じゃないなんて言われるのなら、あなたが普通とされる小さな世界をつくるほかないのだ。あなたが普通じゃないなんて、言われるのはおかしいって思う。

そして、そのあたらしい「普通」を、確固たるものにしたのが、イライザにとって彼だったのだと思う。お互いのことを見て、愛し合えば、今日も、私たちの麗しい普通を確認し合うことができる。それは、一風変わったストーリーなんかじゃない。ただ、主人公が声を失った女性で、相手が半魚人というだけの、いわゆるとても王道な、驚きとスリルに満ちた幸福なラブストーリーだった。王道のラブストーリーへ向かう赤い絨毯は、誰の前にも敷かれる可能性があるのだと思えた。ただ、その相手と出会えるかどうかだけなのだと。


この映画に悪者として登場する軍人のストリックランドは、積み重ねてきたキャリアや功績など、他者からの目に見える評価を過剰に気にしている。他者からの評価で組み上げられた人格と環境のなかで、他者からの評価を延々と気にしすぎるあまり、自爆めいた壊れ方をしていく。


イライザと愛する彼の世界は、他の誰にも解りようがない愛で満たされていた。扉の隙間をタオルでふさいで、バスルームに水と愛を満たして抱き合った。価値観の共有と評価の他者依存にあまりに塗れ塗れた世界で、自分たち以外の他の誰にも、本当には関係がないものだけが、確かなものだった。


真実の愛とはこういうものだ、なんて仮に神妙に言葉を重ねて定義を固めたって、そんなものはすでに真実の愛を手にしている人にしか読み解けない暗号のようなものだけれど、この映画は真実の愛の形を知るものたちに共鳴させるためではなく、孤独なものたちのために作られたファンタジーなのだと改めて思う。

だれにでもきっとある、世界で一番孤独に思えた夜に、もしも心から愛することのできる何かに出逢えたら、こんなふうに愛したい。という、色あざやかな妄想。

寂しがりやで想像力の豊かな誰かが、同じように寂しがりのあなたに読み聞かせてくれる、ある夜のおとぎ話。


ファンタジーはリアルを描くためにある、という内容のことを以前書いたけれど、ここにあるファンタジーは、リアルの世界に愛が灯っていないあの空っぽの夜更けの中に、空想という、色鮮やかに色彩設計された逃げ道と、無責任で優しい希望を与えるための装置のように思える。

やさしさはたまに、無責任だからこそ自由に羽ばたいていく。それは、魔法とも呼ぶ。


私自身は、SF要素もファンタジー要素もなくたって映画は面白くなれると思っているタイプの人間ではあるけれど、ファンタジーの持つある種の希望的な逃避手段としての優秀さには何度も救われてきたと思う。

空想は、あちらから私たちの手を取ることはできないけれど、さわれない姿のまま、言うなればキラキラと光る金色の粉のような姿で、小さな頃からいつも会いに来てくれた。その、よく喋るさわれない友達を、見つめた輝く瞳の中には星が宿って、それから改めて現実を見ると前より少し煌めいて見えたっけ。

ファンタジーがあなたの体に摂取されて、循環して、そしてあなたの眼からあなたの見つめる世界にはみ出すものだから、世界は間接的にでも変えようがあるものなのだと思う。ファンタジーという魔法によって。細胞がせんぶ、その新しい空想を含んだあとの新しいあなたに生まれ変わっていく。そうして歩く足が、イライザのタップダンスのように、かろやかに踊れますように。


誰かの孤独のために咲く物語は、何をどうしたって美しい。これからも、孤独なあなたに似たひとが、幸福になる物語が、たくさん生まれていきますように。

「あの物語の主人公は、幸せになれて羨ましいな。」と悲しくなるのではなく、「わたしに似たあの子が、幸せになって本当によかったな。」と思えるような、あなたのための映画に、あなたが出会えますように。



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