戸田奈々のふつうパッショナブルな日々

0ac05624.jpgまだ見ている人はいるのでしょうか?

元気いっぱい春~♪

0ff3f18e.jpg


れたすってこんなに綺麗だったんだ。

忘れてた。

『レタス』って『れたす』の方がいいから れたす☆

なんか『タンタラスの丘*』のよう

最近は超。(あ、超とか冗談でも言うと怒られます)

最近は超。久しぶりに音楽してて作詞してて思ったんですけど

昔の作詞家さん達は『私』を『わたし』

にしたりとか『が』なのか『に』なのかとか色々していたそうなのですが

今はどんな時代なんでしょうか。

そういうお話はあまり聞かないですよね

歌詞の中に答えを入れるのが今の常識、、かな?

『で』『どうなったの?結末_』

という感じ。

みんな答えを求めているのか。

電車の中釣りで『今年は絶対これ!』

みたいなの見て可笑しくて・・・。

だって洋服も制服みたいに

誰かに決められなきゃ着られないなんて

くくく!!!

へんなの!

なんでもいいじゃんね

私、いつも変わらずに何年も同じ服装してる人みると

尊敬します。

特にポロシャツ!!!

お盆に帰省中10代の時から変わらず仲の良い女友達6、7人と 会いました。

話をしているうちに誰かが 「これから誕生日プレゼントはピンキーリング 贈呈にしない?」といいました。みんな「それいいね、そうしよう」と言ってなんだか嬉しそうでした。

お洒落にうるさい人達がこの時だけはブランドもデザインも、色も何もかも
それを問う人はいませんでした。

そこで私は「ものの価値」についてまた
海洋深層水のミウくらいその瞬間(お盆)からブルームーンを過ぎた今まで考えていたのでした。

約半月

深い、深すぎる。

なぜみんな満足したのだろう。

ともその瞬間は私自身考えなかったのだけど

後から

なぜ?

と思ったら止まらないのが吉日。

私が満足したワケ。

1、思い出が詰まっているから

2、絆っぽいから

3、考えるのがめんどくさいから

4、他人に興味がないから


4までかんがえてみたのですがきっと答えは1、だと思います。

1であると信じます

要するに

価値がどこに込められているかだと思う

私。

好きな人に貰う指輪なら

本当に、値段とかブランドって関係ないんだと信じています。

あんまり好きではない場合

やっぱり気になっちゃうかも。

さすがに手作りの指輪は無理なんでお断りします。

(色んな意味で危ない)



どれだけその指輪という「輪っか」に

意味を持たせるかだと思った。

人って案外そういうものに「価値」を見いだすんだと思った。

あの何かにつけてうるさい人達が何も言わなかったところを

初めてみました。


注意;これはピンキーリングに関しての記事です。
婚約指輪に関してではありませんのでご注意下さい。










このページのトップヘ