東大生の「喪失」

2009年05月26日

「東大で失ったもの」その2@ヤベスグル

こんばんは。
さて、今回は「東大に入って失ったもの」というお題です。
今まであまり深く考えたことはありませんが、つらつら書いてみようと思います。

まず1つ目は「若さ」(笑)
ちょうど今日なんかも、食堂で騒いでいる1年生たちを見て、若いな〜と思ってました。。バイトなんかをしてても中学生を見て、自分にもこんな時代があったのかとつい思ってしまいます。1番衝撃的だったのは、久しぶりに親戚の子供たちに会ったときでした。少し前までは、小学生にもなってないような小さい子だと思っていたのが、気づいてみると中学生にもなって大きくなっているのです。。年をとったと泣きそうになりました。(笑)

そしてもう1つが様々な意味での「余裕」
これが1番大きいと思います。分かりやすいところから言えば、学力面での余裕。東大を狙う人はやはり、自分の高校の中である程度の位置を確保している人が多いと思います(もちろん、そうじゃなかったら狙うなって意味ではありません)。しかし、東大にはやはり高いレベルの人たちがたくさんいるわけで、スゲーと思わされることがよくあります。
次に金銭的余裕。大学に入ってサークルなどをやるとコンパなどで高校よりも断然お金がかかると思います。そのためにバイトなどをするわけですが、そうすればもちろん時間的余裕もきつくなってきます。
そして精神的余裕。大学に入れば当たり前のことですが、自分のことは全て自分でやらなければなりません。忘れてたとかいう言い訳は通用しません。ですから、いろんなことをしっかり考えていなければなりません。それに大学に入れば、自分の将来設計なども待ったなしで考えなければなりません。そういう意味で、高校のときよりも精神的余裕も失われるような気がします。


なんか暗いことばかり書きすぎですかね(笑)
良い事が全然ないみたいな書き方をしてるかもしれませんが、大学には高校とはまた違った楽しみがあります。きっと。。。(笑)

このほかにもいろいろ失われたものはあるのだろうと思います。でも、きっとそれらは大学での新しい生活に慣れていく中で、あまり必要ではなかったがために置き去りにされたものなのかもしれません。本当に必要ならば、無くならないように努力して留めておこうとすると思います。自分のしたいことをできる自由があるのが大学生ですから。もちろんその自由には責任も伴うことは言うまでもありませんが。

では、今回はこの辺で!!




クリックもお願いします↓
人気blogランキング
東大生ブログランキング




todai_guidance at 23:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2009年05月25日

「東大で失ったもの」その1@イシハラコウタ

IMG_4408

お久しぶりです!ついに五月祭まで1週間を切りました!僕も相談員をしない時間にどの企画を見るか考えています。

今回のテーマは「東大で失ったもの」ということであまり悲観的なことを書くのはよくないですが、実際僕が感じたことをなるべく淡々と書こうと思います。

”やる気”
 これは東大に限らないことですが受験生の時のやる気というのがなかなか持続しないんですね。僕は5月の半ばくらいにダメになりました。原因は明らかに短期的な目標を失ったことでしょう。長期的な目標―例えばノーベル賞を取るだとか、すごい発明をする、弁護士になるといったもの―は、大学で変わったり揺らいだりしても失う人は多数派ではありません。しかし長期的な夢・目標へのステップとして大学合格という短期的な目標が自動的に定まっていた高校・浪人時代と違い、大学では何をすればよいのかわからない。何をしてもいいだけあって自分で短期目標を設定するのが非常に困難となります。僕はこれに露骨に躓いてしまい、意味不明な学問分野で本気を出したり非常に重要な科目をおろそかにしてしまいました。一つの解決策としては”試験でいい点を取る”という短期目標を設定してみるのもよいかもしれません。実は問題の先延ばしにしかならないのですが…でも明日できることは明日するってのも精神の平穏には良いですよね。

”友達”
 これも多分大学によらないものです。友達は減ったりはしないですが(あたりまえだけどw)、やはりずっと一緒にいる学生が少ない分高校よりは友達が作りにくいように思います。僕の場合は地元が関西なので近くで遊べる友達は減ってしまいました。これはもう個人的に友達作りがうまいか否かの問題ですから…サークルとかたくさん入るとできるのかもしれないですね。3,4に年になるとまた変わるかもしれないです。

”声援”
 細かいですがなるべく人と被らないものを考えていたら思いついたので…しかもこれもあまり東大と関係ないですが…。大学を受ける前、特に直前半年ぐらいは家族や友達など周りが温かく見守ってくれます。そして合格直後は祝福のメッセージもたくさん届きある程度関心を注がれますが、もう4月の第二週には元受験生は完全に大学生として扱われるんですね。今書いてて思ったけど実はこれもやる気をなくす隠れた、けど割と大きい要因なんじゃないかな?

こんな感じでしょうか?

どんなものを失うにせよ、ある種の目標には大学に進むことが必須です。
そのような夢をもつ人にとって僕や他の執筆者が書いているようなものを一時的に失うことは避けられないのかもしれません。
しかし、すでにその目標の近くにいたり、達成してしまったりした人もおそらくはそのような喪失は味わっているのではないでしょうか。
そう考えると受験生は大学で何かを失うことを恐れず、受験勉強に励めばよいと思います!

五月祭でお会いしましょう!

クリックもお願いします↓
人気blogランキング
東大生ブログランキング


todai_guidance at 03:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2008年09月24日

「大学に入って失ったもの」その10@イノウエカツヒコ

どうもどうもご無沙汰しております。イノウエカツヒコです。
このテーマも10まで来たようで、十人十色の十人目として他の彩色を殺さないよう頑張ります。笑

とはいえ、
反省能力に乏しく、言い訳を策案するばかりの自分にとっては、なかなかハードなテーマです。
でも実際は大変良いテーマなのだと思います。大学で失うもの=高校自体は持っていたもの。
つまり、このテーマを掘り下げるということは
このブログのメインターゲットである受験生、それであるからこそもっている特質、大学生と比べて優位に立てる要素とは何かを発見し、抉り出すことだからです。

なんて肩肘を張るとどういう因果か自分の首を絞めることになっていきますので、窒息前に思いつくまま羅列したいと思います。

\こ史の知識
これは鉄板。アンリ4世やらチャールズ1世やら、その分野に進むのでもない限り海馬からの漏れ落ちはひどいもので、弥縫策も特にありません。
ちなみに、これはどうせ抜け落ちるから世界史を勉強しなくていいというメッセージを含むものではありませんよ。(将来ハゲるからって若いうちからスキンヘッドにはしないですよね?・・・あまりいい例ではない)
現代の人間の出来事は結局世界史的にしか説明できませんしね。


⊃誉犬料択可能性
「大学生活は自由である」とちまたの大学生はよく言うわけですが、必ずしも真ではないと思います。
属する(大学という)組織が非常に非拘束的な管理をしているのは事実です。単位の付与にしろ、その生活規定にしろ、服飾規定にしろ、高校時代とは段違いの自由度があるでしょう。
しかし、高校時代には、そうした生活面での拘束はあるにしろ、より大きな自由があると思います。
それは「人生選択の自由」です。
大学では法学部、医学部、とセクション分けがされ、専門知識が植えつけられていきます。学生に表面的に自由を与えている反面、学部ごとに分かれた大学組織は非常に閉鎖的です。蛸壺化、という言葉を皆さんは聞いたことがあるでしょうか。法学部に一旦入ってしまうと、経済学部や文学部のことはよくわからないし、ましてや理学部、薬学部のことなど踏み入ろうにも五里霧中です。受験生の段階での文転、理転とは比べられないくらい、他分野への移植のハードルは高くなります。無論、東大では、その点進学振り分けという制度があるので、自由がいくらか留保されてるともいえますが。


F関歐粥米瓦譴箸い心理現象)
これは単に自分の心に砂漠化の波が押し寄せているだけなのかも知れません。
世には「東大生」「東京大学教授」という肩書きはそれなりに通用力を持っていますが、
実際の感覚では、落胆と驚嘆の割合で言うと前者の圧倒的シェアになります。
しかも、驚嘆すべき人の驚嘆すべき部分というのは往々にして「東大っぽくなさ」だったりするのが困りものです。
上記したのは一つの例です。しかし、大学生は行動範囲が広いので社会・経済の現場に赴くことが容易ですし、実際の現場はドラマや小説などメディア的に流通するデフォルメ済みのイメージとは異なります。
自分のバイト経験なども含め、商店の裏側など見てみると、表の華やかさがあるだけに裏の素っ気なさが浮き彫りになります。
経験の無いうちは「やってみたい!」「見てみたい!」と気持ちがはやるものですが、一旦現実化するとそうした憧憬がいかに一過性のものか思い知ることになります。
こうしたドライな気持ちは、諦めの心、他人、社会への無関心などを引き起こす重篤な症状へと発展する場合があり、困り者です。

もっとも、逆にリアル感、臨場感が気持ちを盛り上げることもあります。まあここら辺はバランスよくどうぞ。


あまり長いのを書く趣味ではないので、この辺で失礼します。
でも最後に一つだけ。

失うことを恐れちゃいけませんな。

人気blogランキング
東大生ブログランキング


2008年09月20日

「大学に入って失ったもの」その9@ミヤナカダイスケ

5cfa2c25.jpg小宮山先生に「今日中に」とブログ執筆の依頼を受けたにもかかわらず、日付が変わってから執筆しているミヤナカダイスケです。どうもすみません。

今回のテーマは「大学に入って失ったもの」ということで、他の方のブログを読ませていただきましたが、「家族と共に過ごす時間」であったり「地元」であったり「向こう見ずさ」であったり「規則正しい生活」であったり、自分と共通したものを挙げている方が多くいました。

そんな中で自分が挙げるとすれば「大学受験生」という肩書きでしょうか。
大学に入ったのだから「大学受験生」でなくなるのは当たり前ではないかという意見もあると思いますが、私が思うに「大学受験生」というのは最強の肩書きだと思います。
「大学受験生」であれば、個人差はあるでしょうが、いろんな特権が得られると思います。

例えば、私は1年浪人生活を送りましたが、高校を卒業したのに働かず、プラプラしている(予備校には通っているわけですが)のに世間から悪く言われないのは不思議な感じがしました。
高校の時は実家に住んでいましたが、受験勉強を本格的に開始してからは本来分担すべき家事なども相当免除されていましたし、受験勉強に必要な出費は相当大目に見てもらえました。
また、勉強中に体調を崩した場合も、本来は自己責任のはずですが、大学受験生である限り医者からも「受験勉強大変ですね」と言われ同情の対象になってしまいます。

ところが、大学に入ればそうした特権は失われ、特に一人暮らしをする人には炊事、掃除、洗濯、資金繰り、買出しなどの生活のリアリティがのしかかってきます。体調を崩しても友人はともかく医者には同情はしてもらえません。実家暮らしの人にしても大学入学後に大学受験生時代ほど厚遇されている人は少ないのではないでしょうか。

これから大学を卒業して社会人になればさまざまな責任や義務が生じることを考えると、ほとんど義務がないにも関わらず特権は山ほどある大学受験生時代が何か貴族生活のように思い出されます。

以上で考えたのは大学に入って失ったものというやや広いテーマですが、もう少し限定して「東京大学に入って失ったもの」を考えると自分は得たものはすらすら言えるのですが、失ったものについては全く思いつきませんでした。そこで、友人(♀)に意見を求めると、曰く「学外の男性と気軽に知り合う権利」だそうで。今回はこの辺で。

人気blogランキング
東大生ブログランキング


2008年09月14日

「大学に入って失ったもの」その8@ツクダマイ

こんにちは。投稿二回目、北の大地に旅立つツクダマイです。他の方の投稿を読んで毎回感じ入ってしまいます。
私が『大学に入って失ったもの』。
前のヨコヤマさんの、と少し共通してますが、
地元(高知)と規則正しい生活です。
□■□

どっちを向いても目に入る山。一時間以内で行ける、星がきれいな海岸。美味しい魚。まったりした空気。
ぞんざいだけどあったかい土佐弁。
どこにどんな店があるか把握しつくした小さな街並み。
酸いも甘いも共有してきた、家族と友人たち。

そんな、当たり前だったものから切り離された。
四月五月のお祭り騒ぎが過ぎたころ、そんな状況にふと気づき、
まさかのホームシックにかかりました。

♪元気でいるか?、街には慣れたか、友達できたか?
寂しくないか?お金はあるか、今度いつ帰る?♪

先輩が歌ってくれた、さだまさしの「案山子」がじーんと染み入る。

面白いけど憂鬱だし、
街は人が多すぎるし駅広すぎるし、
友達はできたけどなんか忙しない…あー寂しい。帰りたい。
けどお金ないし時間ないし夏休みは遠いし、帰れない。
みたいな。

加えて。
新歓から始まる、刺激に溢れた大学生活。
大概八時に閉まる地元の店と違って、遅くまで空いてるし。
門限はないし。
寂しいから自分の部屋には帰りたくないし。

ありえないぐらい生活が崩壊しました。
高校のときは朝7時に起きるのが普通だったのに。
5時起きとかも余裕でできたのに。

2限(10:40はじまり)にも遅刻する、ていたらくな自分。ご飯も、忙しくて食べなかったりとか。
そんなんだと余計に気分も滅入るわけで。

18にもなって、と思いながら電話で祖母に泣きついたことも。手紙もらってまた泣いたり、みたいな。

□■□
三年になって、今。
当たり前ですが大分状況がかわりました。

友達にも馴染み、
本郷に引っ越して、街にも馴染み。

昔ながらの商店街の八百屋さんやお肉屋さんでお買い物したり、
ぼーっと不忍池のほとりで本を読んでて、散歩に来たおばあちゃんと世間話をしてたり、
ルームメイトと居間でお茶を啜りながら新聞読んでるとき。
そんなときにふと地元・東京を感じます。

標準語だってあったかくもなるし、プラネタリウムの星空もそれなりに素敵。
人も、親切だし。

いい所だなぁとおもいます。

地方から上京して1人暮らしを始める方。

最初は辛いです。いろんな人を頼ったらいいと思います。周りも意外に同じ境遇かも。
そっから新しい絆ができたり。
ということで何にせよ、応援してます!!って、まだまだ時期外れですが。

□■□
ちなみに写真は、帰省したときにとった太平洋でジャンプするマイルカ(左上に微かに)、の写真です。
はい、見えませんね。
(200匹位の群に遭遇したんですが、見るのに夢中で、写真取るのに気がついたときには後の祭りでした…)
高知の、そんな新たな魅力を発見できたのも東京に来たおかげ。
それまではわざわざ観光しなかったし。

失った分、得られる。
どなたか書いていらっしゃいましたがその通りだと思います。

地元・高知は故郷になり、地元・東京に出会いました。

規則正しい生活、のかわりに、今でないとできないだろう面白い経験。

………でも。
うーん、規則正しい生活は取り戻さねば。


人気blogランキング
東大生ブログランキング


2008年09月12日

「大学に入って失ったもの」その7@ヨコヤマサオリ

お久しぶりです。ヨコヤマです。
気付けば9月も半ば…本当に早いものです。

さて、今日のテーマは「大学に入って失ったもの」
既に、6人の方が同じテーマで執筆されていて、
共感できることも多々ありました。

私自身高校時代までは、家と学校を往復するだけ、
考えていることといえば部活のこととテストのことぐらいという、
今思うと非常に狭い世界で生きていました。
だから、大学に入ってからはぐーんと世界が広がった気がして、
得たものの方が断然多いと思っています。

そんな中で、「大学に入って失ったもの」かつこれまでの執筆者の方が
挙げていないものを挙げるとすれば、
それは「家族と食事を共にする時間(機会)」かなと思います。

続きを読む

todai_guidance at 23:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2008年09月10日

「大学に入って失ったもの」その6@ナユキアキヒサ

ed0ef373.jpg こんにちは。今回も管理者様の御好意により駄文を書かせて頂く機会を得たわけですが、なんだかほかの皆さんが立派すぎて今更書くのが恥ずかしいような気がします。

 僕は「何かを得ることは何かを捨てること」という考えについて、そう思う人がいるなら否定しませんが、個人的にはあんまり好きではありません。執筆者の皆さんがそう思っているとは思いませんが、「これはあるからあれはなくてもいいや」と変に遠慮したり妥協したりする必要はないと。単に他の人達と比べるためだけにつまらないものに躍起になるのはよくないと思いますが、自発的に欲しいと思うものは全部欲しいと素直に言うべきだし、そのためのチャレンジをすることで毎日が大変だけど面白くなるんじゃないかなと思います。

 話がそれましたが、まず今回のテーマに関して結論から言うと、
 
 「選択肢が少ないという楽さ」
 「管理されるという安全網」

 だと思います。
 勿論僕も出来る限りの選択肢から自由な選択をして生活したいものですが、特に浪人した時と大学に入ってからを比べると、時々ですが上記のようなことを感じます。このままでは割とネガティブな言い方なので、解説させていただこうと思います。

 あくまで僕の個人的な経験ですが、浪人の時は受験勉強をしていれば、他のことに気を取られたり悩まされることはありませんでした。無論、大学受験をするという選択をしたのは僕だし、決して楽ではありませんでしたが、受験に集中できる環境を作ってもらえて、予備校の決められた授業に出ていればそれに時間もエネルギーも十分に投入できて、それなりに健康かつ健全な生活ができました(大学に入ってから自堕落になったという意味ではありませんが…)。さて、これが大学に入ると少々事情が異なってきます。生活の多くを、沢山の選択肢の中から自分で決めてデザインできるようになります。○曜日の×時間目は講義を取るのかどうか、取るなら何をとるのか、その日の講義が終わったら何をするのか…図書館に行くのか、サークルに行くのか、バイトに行くのか…本当にかなり自由です。

 しかし、自由であることは良いことばかりとは限りません。

 当たり前すぎてわざわざ書くのも憚られますが、どんな大学生活をするのが正しいのか正解はありません。ですが、自分が選んだ選択肢がもし良くない事態を招いても、自分が自発的に選んだのなら「それは選んだあなたの責任」ということにしかならないのです。


 これはあくまで選択肢が多く自由になるということについて、「極端に悪い例」ですが…大学は本来勉強の場であり、自分の意思で入ったならちゃんと講義に出るのが理想なのですが、大半の講義は出席を取らないので、出なければ出ないで済んでしまうこともあります。講義にまったく出ずに自分の好きなことしかしない生活もできなくはありません。そして、他の大学はわかりませんが、少なくとも東大は講義の出席率が悪かったり単位を取れていないからといって教務課から呼び出し及びお説教・指導をされることもありません。しかしその場合、当然、講義に出てないから内容がわからない、内容がわからないからテストが解けない、テストが解けないから単位がとれないというしっぺ返しを受けます。

 然るに、高校まではどうでしょうか?言うまでもなく高校だって自分で選んで入ったなら自発的に学ぶのが理想ですが、もし遅刻や無断欠席をすれば職員室に呼び出され、成績が悪ければ補修や追試を受けさせられます。こういったことは多くの人は面倒くさい、煩わしいと思うでしょう。しかし、これは見方を変えれば、「学校の言うことを聞いていれば留年や中退は免れ、高校卒業の資格を手にすることができる」ということではないでしょうか。

 勿論、勉強だけに選択肢が限られていないのも自分のしたことに(学生としてできる範囲で)責任を取らされたりしっぺ返しを受けるのも高校も大学も変わりませんから、以上のことをもっと正確にまとめなおすと、

 「高校までに比べると、大学は選択肢が多くなるが、その分好き勝手をして堕落していってしまった時、『歯止め』がかかるのが遅く、弱くなる」

 というふうに改めて結論づけたいと思います。正確には「失ったもの」ではないのですが。
 「失いかねないもの」というほうが正しいですね。

 なんだかネガティブなことばかり書いてしまいましたが、僕と違って優秀な東大生の皆さんは、自分で負うべきリスクや責任も承知の上で、勉強にもそれ以外のことにも果敢に飛び込み、そして自分の人生を切り拓いているように思えます。人に見えないところでは苦労もあるでしょうが、それも乗り越えて、です。勉強以外にも自分の好きなことがあるなら我慢することもないでしょう。そしてそれは今このブログを読んでいる皆さんも同じだと思うので、本当はこんな駄文も余計なお世話でしょうが。

 要は、自由であるからこそ、自分で自分を厳格に律していく、守るべきルールやは自分で守る、という姿勢がより強く求められるのではないでしょうか。

人気blogランキング
東大生ブログランキング


2008年09月08日

「大学に入って失ったもの」その5@サイトウショウタ

ドラえもん2
こんばんは。一ヶ月ぶりでしょうか。さいとーです。
あいも変わらず、夏休みも半ばになっても僕の顔はびよんどざ放送禁止ラインですが、髪を切りに行く暇が無く、最近は帽子でごまかしています。

オープンキャンパス以来、まぁまぁいろいろありました。
かなり多くのことをして、人間として少し大きくなった気もしなくも無いです。
その中には若干の喪失があったり、なかったり…そんな心の傷には触れません(何
え、人には触れて欲しくないこともあるんだよ、うん。
傷は癒えてからいじろうねみんな、うん。

高校生のみなさんは、もう夏休みは終わっているんですね。
みなさんは実り多い夏休みにできましたか?

僕の夏休みは、とりあえずイベントが一段落した今日から、です。はい。

駒場の「駒場小空間」という施設から二日ぶりに出てきて帰ってきたばかりです…笑

小空間

夜中の小空間はこんな感じです。ここで昨日は寝ていました笑










大学に入ってから失ったこと。

確実なことは「東京大学という大学の名前の権威を見る目」はなくなりましたね(笑)

受験前、「あの」東京大学は輝いていたけれど、
試験前、「この」東京大学は鈍く鋭く僕の足元を狙っている感じです(ぇ


さらに失ったものは「かつての男子校ノリ」

いやー高校と同じテンションで一般人と接するとひじょーにドン引きされます。
ドンマイ!!


みなさんは、大学に入ったら何を失うと思いますか?

「何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。」

この類の話は、結局は話の主眼が「失ったもの」ではなくて「得たもの」にスライドしているんですよね。
そんなことではありません。


もっと、確実に失ったもの。

「信頼できる関係」


高3のとき、同じ予備校に通っていた奴と、授業が始まる前に、毎週のように飯を食いに行っていた。
飯を食いに行くだけでしたが、2人だけで行動していたのでなんだかずっとアツい話をしていたように思います。
受験を控えていたこともあり、受験相談的なことから、いろんな話まで。

なんだかよくわからないけれど、毎週毎週僕はこのイベントが非常に楽しみになってきてました。

他にも、秋口になると思い出すような、クラスの教室があった8階からの新宿の眺めをバックに
いろいろ友人と、中高6年最後の一年を語ってすごした気がします。

彼らとは、いまだに会うと楽しいし、いろんなくだらない話をしてしまいます笑


いざもう一度受験生してみると。
その上の彼や、周りの友人は大学生になってしまって連絡は取りにくい。
(僕の周りはほとんどみんな大学生になってしまいました)

かといって予備校の連中は話せるっちゃ話せるけど、
みんな授業が終わったら自習室に行ってしまって、ゆっくり話をする環境ではない。
(「あるべき受験生の姿」といえばそうなのかもしれませんが笑)


そして、大学に入ってみて。

僕は「いろいろなことがしたい」と思い立ち、いろんなところに顔を出してみました。

やってみたいなーあんなことできたらいいなーなんて思っていろんなサークルに顔を出し
いろいろ気づいたことを後続の人に伝えたいと思って「東大ガイダンス」の相談員をし…

またここで他の人にちょっと話を聞いたことにも興味を持って、
そっちの方向に行ってみたくなったり。
というか、行ってみたり笑

もとからあったフットワークの軽さを武器に、いろんなことをしてみました。
さらにこれからもいろいろなことをする予定です。


…でも、気づいてみたら、大学の友達とどこか休日に遊びに行こうか、なんていう関係はどこにもなくて。
というか、そんな時間が自分に無くて。
その団体のイベントのときしかあわない、なんてこともしばしば。


そんな中、夏休み、忙しすぎて一回心が折れた。


…でも、誰に相談しようか。

大学に入ってから、決断は全部自分一人でしてきた。
それが社会に出てからの責任だと思ってきた。

全部一人で決められるほど強く育ってしまったのか、どこにも相談相手はいなくて。

さらに別のことが重なり、いろいろ悩んでしまった。


こんなに忙しくて、結局自分のしたいことはどれなの?
大学に入ってからの関係では、自分のことを誰も必要としてないのでは?

……疲れた。


結局、9月の頭の試験が終わるまで、本当に悩みっぱなしでした。

上に書いたようなことを試験期間中にちらっとうちのクラスのコンパ長の人に言ったら、
つい一昨日にサークルの大会があって、その準備で死ぬほど忙しいのに、
無理矢理クラスコンパに連れて行かれ、話をさせられて、なんか少し心が晴れた感じです。


こうやって少し延命治療しつつ、もう一度、もっと上へ、横へ挑戦するつもりです。

授業期間中しか会う機会と時間が無いけれど、クラスの人には感謝です。本当に。
僕がこうできるのも、クラスの人たちのおかげ、といっても過言ではありません。



高校生の人は、上のような話はなんとなくわからないかもしれません。
でも、大学に入ると、人間関係が薄くなることなんてザラです。

僕みたいに、クラスの友人が救ってくれるようなクラスは(手前味噌ですが)割と恵まれているほうで
殺伐とした、仲があまりよくないクラスもあったり。

高校時代のような、熱い、全てを信頼できる関係はなかなか築きにくいと思います。

今の関係を大切に。

よくあるじゃないですか、孤独に勉強、って。
すごくステレオタイプですが笑

でも、やっぱりそんなことより大切なこともあって、高校までの友人って、
大学に入ってからしばらくは強みになりますよ。

入ってしばらくもすれば、クラスが救ってくれたり、恋人作ったりするのかもしれませんけど。
忙しくしちゃうと、本当にそんな時間もないんですよ…笑


もう秋ですね!

秋はいろんなイベントが一段落して、友人とゆっくりする時間です。
どうぞいろんな友達とお話をしてください!

受験生の人も、受験終わってみて思い返して、一番思い出深いのは
秋口に受験を控えつつもくだらないことをやっていた日々なんですよ笑

勉強をする中でも、心の余裕と友人の存在を忘れずに。


僕は、ようやく今日のんびりする時間が取れました。
明日も時間があるので、久しぶりに友達と遊びにいけます!

今日は、夏何やってたかなーなんて振り返りつつ、何がしたいか整理して、
また明日以降の残りの夏休み、またそれ以降につなげようと思います。

来年は、みんなが追いつけないような存在になっていますので!笑

ではでは。

人気blogランキング
東大生ブログランキング


2008年09月03日

「大学に入って失ったもの」その3@マルヤマタケシ

YOKOHAMA
またまたお久しぶりです、マルヤマです。
前回の投稿から2ヶ月。オープンキャンパスでは2タームだけお手伝いさせていただきましたが、その時お話した方とかもいらしてるんでしょうか…?
そういえば本郷の午前の回でご指名くださった方がいたという話をちらりと聞いたのですが、もし見ていらしたらコメントください。

…あ、半ば私信ですね、失礼しました。


さて、今回のお題ですが、僕が大学に入って失ったのは「向こう見ずさ」とか「ギラギラさ」とか、そんなものだと思います。
つまりはどういうことかと言うと、「できる」「できない」ではなくて「やりたい」という気持ちでとにかく突っ走る…ということができなくなったんです。

今を遡ること7年前、中3のころの話なのですが、僕はとある映画シリーズのファンサイトで定例チャット会を主催しておりまして、そのチャット会でのイベントとして、映画のスタッフの方をゲストとしてお呼びするという企画を思いつきました。
それから何人かの仲間に声をかけて実行委員的なものを立ち上げ、イベントや人脈を使ってスタッフの方に手紙を渡し、結果として、監督をはじめ9名の方にご参加いただくという成果を挙げました。

今思えば、ゲストとしてお声をおかけした方、実際にご参加いただいた方はメインスタッフが多く、アンオフィシャルなサイトで、いち中学生が発案したにしてはなんとも無謀な企画です。ノーギャラですし。
しかし、当時の僕は(世間を知らなかったというのもありますが)とにかく実現させたいという、その一心だけで動いていまして、困難を困難と思っていなかった、そんなところがあったように思います。

じゃぁ大学生になってどうなったのかと言うと、同じことをするにしても、いろんなことに気を取られるようになってしまったワケです。
これをするには、あんな問題がある、ここを考えなきゃいけない、あれをしなくちゃいけない…。

まぁ、大学生にもなれば一定の分別はつくので、これくらいは普通とも言えますが、問題はその先です。
いろいろ考えを巡らせた末に「ああ、やっぱり難しそうだ。やめておこう。」となってしまうワケです。気持ちがついてきていない。

昔より頭が働くようになったと同時に、気持ちが醒めやすくなっちゃってるんですね。だから行動する前にいろいろ考えちゃって、気持ちが醒めていくんです。
時々冷静に自分のことを考えると、よくここに考えが行き着いて、悶々とした気持ちになります。
かと言ってすぐには戻れない、昔みたいに行動できる勇気はない。そういう状況です。

こういう話をすると、「お前は十分行動的だと思うけど…」とかよく言われます。
それは、イベント参加や買い物のためにあちこち動き回ったり、飲み会だとかの幹事をよくやるからだと思うんですが、前者は完全に自己完結だし、後者は気心知れた仲の人で集まる時しかやらないので、ほぼ自己完結に準ずるものです。
昔を振り返ると、それに比べてやはり何か足りない、何か失ったという気がしてなりません。



あ、ちなみにこの話、僕はたまたま大学に入った時期にそうなったというだけで、大学に入るとそうなりがちだとか、そういう類の話ではありません。
大学に入っても、熱い気持ちでもって動いてる人は、たくさんいます。そういう人を見るにつけ感じてしまう、あくまで個人的なお話です。
(まぁでも、一つ前のマツモトさんが触れていた「進路の選択肢」の話なんかは、気持ちよりも周囲の影響とかが大きく出ちゃうとこに問題があるって点でこの話に似てるので、東大生としては、無視できない部分かもしれませんが…)


とにもかくにも、僕の「失ったもの」は、勇気さえあれば取り戻せるはずのものなので、今現在は、取り戻そうともがいているところです。
何個か前の記事で、イベントの企画をしていると書きましたが、それも「もがき」の一環です。
今動いてるのは、末端で関わっているものくらいで、自分が企画してるイベントは、まだ企画書の段階ですが、途中で折れずにぜひとも成功させて、昔の気分をもう一度味わいたいと思っています。


なんだか無理やりな明るいエンドですが、今回はこのへんにて!

人気blogランキング
東大生ブログランキング


2008年09月01日

「大学に入って失ったもの」その2@マツモトダイチ

マツモトです。
プロフィールでは大学2年となっていますが、
現在、4年です@教育学部。
実家に帰省中で明日東京に戻ります。

大学にはいって失ったものは、
1. 彼女
2. 進路の選択肢
3. 得たものと同時に失うもの
です。説明します。。

1.彼女
僕は1浪して東大に入りました。高3の頃から浪人時代にいたるまで、勉強ばっかりしてました。休み時間は早弁して昼休みは勉強。センター試験の問題集を一緒に買いに行こうと誘われても、移動時間がもったいないからと断って勉強。そんなことをしていたら、フラれました。浪人時代は特に、「浪人してるんだから」と、何かに迫られながら勉強していました。

2.進路の選択肢
学歴の高い大学に入ったら進路の幅が広がるとよく言われます。「○○大学に行くより△△大学に行った方が選択肢の幅が広がるから、△△大学を目指しなさい」、みたいに。ですが、就職活動を今年の4月に終えて思ったのは、幅は広がってないんじゃないかということです。東大に入ることで、所謂「上の方」の会社などに就職出来る可能性は高まったのかもしれませんが、スポーツ選手や芸術家になる可能性や、「上の方」ではない会社を選択する可能性は、周囲の影響もあってグンと低くなるのではないかと思います。。

可能性としては選択肢が広がっているのかもしれませんが、東大入ってしまえば「東大性が選ぶような選択肢」を選ぶようになってしまうので、事実上、選択肢は広がっていない気がしています。

3.得たものと同時に失うもの
変な言い方ですみません。1や2とも関連しますが、要するにお伝えしたいことは、何か得たら何か失ってるし、何か失ったら何か得てるよねということです。彼女を失ったら、また新しい彼女が見つかる可能性を得ます。ある会社に新卒で入社することで、他の会社に新卒入社することは出来なくなります。

他の例→僕は今日までの1週間地元で「教育支援協会」という組織(NPO法人)が主催するシンポジウムのお手伝いをしました。そこでは、国の教育政策に深く関わっている方とお知り合いになれたり、へぇNPOってこんな感じで活動してるんだーということが分かったりと、色々得るものがあったのですが、一方で、地元の友達と会ったり、本読んだり、ぼーっとしたりする機会は結構失いました。

それとか→風邪ひいて寝込んでしまったら、色々と活動をする機会は失ってしまうけど、ゆっくりと体を休める機会を得る、とか。。

何か得たら何か失ってるし、何か失ったら何か得てるなんて、そんなの当たり前じゃんと思うかもしれませんが……僕もそう思います。このことにもっと自覚的になって、自分の考え方をコントロール出来るようになって、何かうまくいかなくても前向きに、という感じで生活して行きたいなーと思っているところです。

では。。

写真は黒部ダムです。プロジェクトXで前放送されていたっけな。。
TS3D0247


人気blogランキング
東大生ブログランキング