卒業を控えて

2017年03月24日

「卒業を控えて」@イトウユウジロウ

東大ガイダンスブログ♪をご覧の皆さんこんにちは。

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久しぶりの執筆になります。
東京大学大学院総合文化研究科修士二年のイトウユウジロウです。
ワタナベ君より少し前に代表を務めさせてもらっていました。

ガイダンス恒例の「卒業を控えて」シリーズの最後を任せてもらえてとても光栄です。

ところで余談ですが皆さんこのページの右側に今までの記事がカテゴリー分けされているのに気付いてましたか?「東大生の恋愛事情」というカテゴリーの記事が17も存在するんですね。東大生にとって大切な出来事である「進学振り分け」(16)よりも多いなんて…
ガイダンスに6年間携わらせていただいてきたなかで、かなり衝撃的な事実に卒業間近で気づきました(笑)
先輩方は「充実した」学生生活を送っていたんですね。

前回執筆したのは約一年半前。「私の研究」というテーマで執筆させてもらいました。
そのころは色々あって落ち込んでいましたが、こうして卒業できます(多分)。

愛知県の公立高校を卒業後、一浪したのち、東京大学の理化砧爐貌学。以来6年間の学生生活を駒場で送ってきました。

DSC_1010


写真は、東大ラグビー部御用達の普段よくご飯を食べているところで、卒業のお祝いにステーキをごちそうになったときのモノです(自分はラグビー部ではありません)。一人前です。

大学生活は色々な人に支えられてきました。
本当に感謝しています。
以前「東大生が大切にしている言葉」というテーマで2年くらい前に執筆させてもらいました。自分の大切にしている言葉は「感謝」です。ここでもう一度書きたいところですが、同じことを2回書くのも憚られるので皆さん是非そちらの記事も読んでみてください。

さて、今年度もあと1週間で終わりです。もうすぐ新生活が始まります。思えば、高校生の時は毎日が部活→授業→部活→勉強の繰り返しで将来のことをあまりよく考えていませんでした。「大学に入ってからが大事だ」という言葉も「受験が終わったからいえるんだろ」と素直な気持ちで受け止めることもできていませんでした。

けれど

やぱっり大学に入学後の方が大切です。

受験の結果も出ていることだと思います。第一志望に無事受かった人も、そうでなかった人も受験は岐路の一つにはなりますが、通過点に過ぎません。別れた道がまた一つになることもあります。別々の大学に進んだ人が大学院や就職先で一緒になることもあります。

浪人することになっても、そのおかげで出来る新しい出会いもあると思います。自分も1回浪人していますが、今の同期が同期で良かったなと思います。また、いい先輩方にも恵まれたなと思います。

後悔をしない学生生活を送るのは難しいです。
「やらないで後悔より、やって後悔」という単純なものでもないのかもしれません。

大学時代やり残したなという事はたくさんあります。恋愛とか(笑)

けれど、修士論文を自分で納得できるようなできにまとめあげることができ、よき先生、先輩、同期、後輩に恵まれた学生生活だったと思います。

また、なにより6年間東大ガイダンスに携わることができ、多くの高校生のみなさんと関わることができてとても幸せでした。

イベントに足を運んでくださった皆さん。今こうしてブログを読んでくれている皆さん。本当にありがとうございました。

来場者の皆さんとフリートークをしたり、こうしてブログを執筆することが、改めて自分や東大について考える良いきっかけとなりました。皆さんの笑顔から多くの元気をもらうことができました。皆さんと交わした一言一言、ここで綴らせていただいた一文字一文字、そして皆さんからから言ってもらえた「ありがとう」が6年間の学生生活の宝物です。

4月からの新生活が皆さんにとって幸多いものとなることを祈っています。

長文を読んでくださりありがとうございました。

最後にもう一度言わせてください。

皆さん、6年間本当にありがとうございました。


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2017年03月14日

「卒業を控えて」@ワタナベアツヒロ

 こんばんは。4年生のワタナベアツヒロと申します。少し前にこの団体の代表をしていた、ということもあり、ブログの記事もいくつか書いて来ましたが、今回が最後の投稿になります。お時間のある方は是非お付き合いください。

※お時間の無い方は、↓だけクリックしてあげてください(笑)

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 久々の投稿ということで昔の自分の記事をいくつか読み返してみました。当時はそういうこと考えていたなあとしみじみ思い返しました。今の方が少し余裕があるのかなとも思いますし、(「さとり」ではありませんが)色々なことに対して楽観的になっているなと思います。それが他人から見てどのように捉えられるかはさておき、いい意味で力の抜けた考えができているなと。

 また、この類のことを言わない人はほとんどいないと思いますが、4年間はあっという間であったなと思います。気づいたら卒業が決まってしまい(恥ずかしい話なのですが別の学部の単位ばかり取ってしまい卒業が怪しかったのです)、再来週には東京を離れることになるそうです。他人事のように書いてしまいましたが、それほど実感が持てません。もう一年くらい学生でいても良かったのかもしれませんが、ずるずる何にもなれず時間が過ぎそうだったので、卒業して良かったと思っておきます(実家の庭から石油でも湧けばまた話は変わってきますが(笑))。

 4年間を振り返ってみると、やはり大学で何を学ぶのか、ということに関してもっと早くに知っておくべきだったように思っています。そういうある種の後悔じみた気持ちが東大ガイダンスでの活動であるとか、あるいは塾講師のアルバイト(なんだかんだで趣味のようなものになってしまい、小中高の集団、個別指導全てを経験することになってしまいました)をする動機の一つだったかも知れません。そういうような人間のための駒場だったのかも知れませんが、私はやや使い方が下手だったなあと思うところはあります。キャップ制のある今の状況だとなおさらしんどかったと想像できるので、その点では運が良かったかもしれませんが。

 経済学部に進級したものの、教育の方への関心が徐々に強くなってしまい、非常にどっちつかずな学生になってしまっていた時期もありました(卒業がぎりぎりになってしまったのもそのせいです)。とはいえ、どちらも齧ることが出来たことはよかったなと思いますし、実際に教育実習に行った際も、経済学部で良かったと授業研究、教材研究をしている時には感じたので、ここも前向きにはとらえようと思います。たまに人に「教育学部の方が良かったのでは」と言われもしますし、自分でもそうなのかなと思う事もありますが、地方財政のゼミで考え方含め手広く扱えたことと、人数の多い学部で他大の方含め知り合いを多く作ることができたことを考えると、別に悪い選択ではなかったと思っています。

 上に書いたようにやや後悔していることもありますし、地元の知り合いからすれば「期待外れ」に思われてしまうような過ごし方をしたのかも知れませんが、友人・先輩後輩に恵まれたことと、色々な居場所があったこと、そして自分にとって関心のあることが見つかったこと自体は良かったと思います。何故かよく分かりませんが、周りの人からは「人生楽しそう」と言われるので、そこはプラスに捉えたいです(笑)。

 居場所、という事ですが、自分にとって学生寮に住めたことは大きかったように思われます。今のご時世、「留年・酒・煙草・麻雀」みたいなイメージを学生寮にはつけられてしまっていますが、決してそういう所ばかりではありません。県人寮でしたが、留学生もいてバラエティに富んだ寮であったので、色々なことを知ることが出来ましたし、夏休みには寮生有志でとある現場のアルバイトをしました(自分が当日のまとめ役を務めることも少なくありませんでした)。本当に普段の生活が楽しかったです。3年次には寮長を務めましたし、今年は自分の高校の後輩や、知り合いの息子さんを入寮させることが出来たので、少しは寮に貢献できたかな、と思っています。アルバイトや、東大ガイダンスの団体含め、なんだかんだで長く関わったものにはそれなりに思う事はあるなあと感じています。

 ここまで書いて来ましたが、何はともあれ、卒業して東京を離れることになりました(神宮球場に行けなくなることが非常に惜しいのですが、2015年日本シリーズの山田選手3打席連続本塁打等々、いい試合が見られたので後悔はありません。)。周りからすれば全く予想されていない進路を取ることにしまして、自分でもかなり不安ではありますが、しぶとくやっていければいいかなと思っています。進路を決めるにあたって、やや説教臭いですが、「自分は何が出来るのか、どこが人と違うのか」ということは考えていくと割と面白いのではないかなと考えています(やるべきことをやらずに安易にそういう事だけ考えるのは「逃げ」なのかも知れませんが)。

 このように文章を書く機会をくださったブログの管理人さん、そしてここまで駄文に付き合ってくださった(とはいえ、ここまで読ませることが出来たのですから、私の文章力の勝ちでは??)読者の方に感謝したいです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。過去に書いた記事を含め、少しでも読者の方のお役に立てたのならば幸いです。

DSC_0057



画像は3月にスカイツリー展望台から都内を撮った写真です。4年前上京した際には東京タワーから都内を眺めましたが、その時に比べると随分どこに何があるか分かるようになったものです。とはいえなんとなく上京した時の気持ちを思い出したので、思い出の写真として最後に載せようと思います。


 

 
 
 

 

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2017年03月07日

「卒業を控えて」@ヤマサキユウジ

こんにちは。工学系研究科修士2年のヤマサキです。




 大学4年+大学院2年の生活が終わりを迎えようとしています。今の大学1年生は、私が大学1年生だったときにはまだ中学生だったと聞くと、驚きを隠せません…笑。6年というと、小学校に入ってから卒業するまで、中学校に入ってから高校卒業するまでと同じなはずですが、終わってみるとその両方よりもあっという間だったように思います。




 このように感じた理由としては、大学に入って東京でひとり暮らしを始め、高校までより生活の幅がかなり広がったことによると考えています。高校までだと生活が基本学校内で完結していたのに対し、大学に入ってからは、大学で講義を受けるだけでなく、サークル活動や休暇中の旅行、研究室生活が始まってからの学会発表、企業でのインターンシップへの参加や就職活動の企業説明会など、学外に行く機会が多々あり、様々な人と交流してきました。海外に行ったのは大学院生になってからの学会発表が初めてだったのですが、英語で自身の研究内容を伝えたり、人の研究内容で気になるところを聞く難しさを肌で感じました。普段の生活も、東京に出てきたということもあり、各種イベントに参加しやすくなり、ちょっとした観光をしたり、色々なご飯をお店で食べたりするようになるなど、高校までより過ごし方の幅が広がりました。このように、高校までだと、家と学校を往復するルーチンワークのような日々だったのに対し、大学に入ってからは、日々の生活でも少しルーチンワークさが減り、学外へ出る機会も増えたために、時間が過ぎるのを早く感じたのだと思っています。




 大学に入ってからの6年間の生活で、色々な人と交流したり、自身で様々な経験をしていく中で、大学に入る時点では漠然としていた将来像が徐々に形となってきました。大学受験をしたときには、工学部に進学することまでは決めていました。しかし、学科までは決められず、将来は進んだ学科と関連した研究ができそうな企業で研究開発をするんだろうと漠然と考えていました。大学1、2年の時に工学部の中でも興味のある学科に関連した授業を受けてどの学科に進むかを考え、その結果、基礎物理を重視し、数十年後にはその成果が実用化されるような研究を行っている学科に行くことにしました。基礎を重視した研究を行うための準備としての学科での基礎物理の勉強は、難しいことも多かったですが、その分理解できたときの嬉しさもあり、楽しみつつ行うことができました。4年生では卒業研究を行い、大学院の修士課程では異なる分野の研究がしたいと考え、同じ専攻の別の研究室に進んで研究生活を送りました。大学院では、就職活動としてインターンや説明会に参加して様々な方とお話ししました。これらの活動を通して、私自身の興味が、基礎物理よりも、より実用化に近い技術にあることを認識しました。その結果、企業で研究開発をする仕事からは離れたのですが、実用化に近い技術には関わる仕事に就くことになりました。自分の中でこれまでの生活を通して出した結論なので、満足しています。




大学、大学院での6年間で学んだ知識そのものが、今後の仕事ですぐに役立つわけではないかもしれません。しかし、大学で学んだ基礎物理は、今後の仕事で新しく学ぶ技術を理解する下地として役立つと思っています。さらに、4年生での卒業研究や大学院での研究生活を通して、得られた実験結果に対して文献をもとに考察する力や、自分の考えていることを端的に相手に伝える力、卒業論文や修士論文の期限から逆算して計画的に実験、論文執筆を進めていく力などが身に付きました。課外活動では、異なる立場の人と協力してやっていく力というのが身につきました。これらの力というのは、○○という知識がある、というように分かりやすく可視化できる力ではないのかもしれません。しかし、今後の仕事に必須な力であると考えています。大学での勉強内容そのものを身に付けているかどうか、というところに注目されることも多々あり、内容そのものも重要なのですが、大学での勉強や研究、課外活動を通して物事を進めていくためのノウハウを身に付けていくというのも大事だと思います。




6年間を振り返ってみました。後悔していることもありますが、全体としては、様々な人と交流して自身の将来像を形作り、それを今後実現するために必要な力の下地を、大学での勉強、研究、課外活動を通して身に付けられたので、よかったのかなあと思います。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

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2016年03月20日

「卒業を控えて」@オオワクアヤネ

こんにちは、経済学部4年のオオワクです。
このブログを書くのも何回目になるかわかりませんが、今回が最後というのは確かです。
卒業を控えて、とあるように私は今月で東大を卒業して来月(と言ってもあと10日ほどですが)から社会人になります。
なんだかんだあっという間の4年間でした。
今は引越しの準備で部屋の整理をしたり(今も私の後ろに段ボールが積んであります、邪魔です)、今日はスーツを買いに行ったりと着々と新年度への準備を進めています。

最近、母校の高校に行く機会があって、高校時代にお世話になった先生方と久しぶりに話をしてきました。
高校時代と大学時代を振り返ると、高校時代の方が楽しかったかなと思います。
私が高校を卒業したのはもう4年も前なので、思い出として美化されてしまったのかもしれません。
でも確かに、考えてみれば大学での4年間は自分の悪いところばかりに目が向いていた気がします。
高校時代は勉強して、部活をして、友達と遊んでと決まったことをこなしていくような生活だったんだろうと思います。
こう書くと面白くなさそうですが、でも多分すごく勉強したし、ハードではなかったけれど部活も一生懸命にやっていたし、友達と遊ぶのも楽しくてすごく充実していました。
じゃあ大学はというと、勉強して、サークルして、バイトして、友達と遊んで、とカテゴリ化できなくはないですが、高校時代までと比べるととても自由でした。
自由な分、自分の選択に委ねられることも多いし、ほかの人はほかの人で全く違うように過ごしていて、それだけに考えたり他人と比べたりすることが多かったのかなと思います。
しかも当たり前ですが周りはみんな東大生。
東大生と言ってもいろんな人がいますが、やっぱり全体的に「すごい」人が多い。
そんな人たちとついつい比べてしまって、私なんて……と思ったことがどれほどあったことか。
じゃあ私もと頑張ればいいのですが、いつも頑張れるわけでもなく、そんな自分にまた嫌気がさしたり。
自由な時間が多かった分、無駄に考え込んでしまうことも多くて勝手に落ち込んだりすることが多かったです。

なんだかネガティブになってしまいましたが、自分の短所を知れたという点では意味があったと思いたいです。
そういう自分のダメな部分はやっぱり嫌だなあと思いますが、いつか受け入れられるようになれたらな、なんて思います。
まあ働き始めたらそんな無駄に考え込む時間もなさそうですが…

もうすぐ卒業ですが、思い返すと中学生の頃は早く高校生になりたいと思っていたし、高校生の頃は早く大学生になりたいと思っていました。
そして今も早く社会人になりたいと思っています。
飽きっぽいだけかもしれないし、環境が変われば状況はもっと良くなるかもという甘い考えなのかもしれません。
でも働き始めたら異動はあっても転職でもしない限り、今までみたいに環境が変わることはないんだなと思うと不思議です。
40年、長いなと思いますが、この前大学のクラスの友人たちと会った時にこの4年間あっという間だったから40年はそれを10回やれば終わるという話をしていて、確かにと思いました。
ちょっとの不安は抱きつつも、社会人になるのが楽しみです。

明日からゼミのみんなと四国に卒業旅行に行ってきます。
おそらく学生最後の旅行です。荷造りしなきゃ。
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2016年03月13日

卒業を控えて@I.S.

 大学院で心理学(社会心理学)を学んでいます、イワタニと申します。2010年4月に入学してから、あっという間に6年近くの月日が経ちました。「卒業を控えて」ということで、今までの6年間を振り返りつつ、最後にこれからのこととメッセージを少し書こうかなと思います。

目次
1:学部1・2年の頃(教養学部時代)
2:学部3・4年の頃(文学部時代)
3:修士1・2年の頃(大学院時代)
4:卒業後・メッセージ

1:学部1・2年の頃(教養学部時代)
 冒頭の自己紹介で、「心理学(社会心理学)を学んでいます」と書きました。心理学を学んでいるということは文学部のはずだ、ということは文科3類のはずだ、と思われたかもしれません。実は僕、文科2類出身です。
 かといって、高校生の頃から経済に並外れた興味を持っていたということではありません。入学後に専門を選べるという制度に甘えて、それほど深く考えずに(ある種、消去法のような形で)選んでいました。当時の自分は、理系に対しては、「専門分野を絞って、狭く深く追求していく」という印象を持っており、「色々なことを幅広く学びたい」と思っていた自分にはあわないだろうなと思っていました。一方、文系の学問についても、法律に興味があるわけでも、文学に興味があるわけでもなく・・・、といった感じでした。
 卒業したら就職して働くものだと思い込んでいたので、経済を学んでおけば、少しは今後の自分のために役に立つかなと思って、文科2類を選択しました。
 ところが、入学して授業を受けてみると、自分の興味とマッチしていないことに気がつきました。授業で扱う理論モデル(?)と実際の人間の意思決定プロセスの間にギャップがあるような印象がありました。そこで、そうした理論モデルでは抜け落ちている、もっと生々しく現実に近い人間の意思決定を学びたいな、と思い心理学(社会心理学)の道を選択することに決めました。
 ここに、文科2類を選択したときの自分と決定的に違うところがあります。すなわち、高校生の頃の自分は「未来の自分」のために文科2類を選択したのに対して、心理学の道を選択した自分は「今の自分がしたいこと」に即して選択していたのです。ここから、幸か不幸か、僕は自分に対して嘘をつけなくなっていきます。

2:学部3・4年の頃(文学部時代)
 学部3年からは、教養学部ではなく文学部に所属することになりました。文学部では、1・2年生の頃の授業とは異なる形式の授業が多くなりました。1・2年生の頃は単に講義を受ける形式の授業が多かったのに対して、文学部での授業は、テキストを読んでディスカッションをしたり、実験やアンケートでデータを集めて分析をしたりと、実習形式の授業が多くなったのです。そして、偶然、心理学以外の授業で、自分が興味に合致するテーマを見つけました。このテーマで卒業論文が書ければと思い、教授に聴いてみると、似たテーマが心理学(社会心理学)にもあるとのこと。それをテーマに卒業論文を執筆することにしました。実験をして卒業論文を書いたのですが、運よく面白い結果が出たので、それを専門の雑誌に投稿することもできました。
その頃には、修士課程に上がることを決意していました。大学院生になったからと言って研究者になれるわけでもなく、そもそも研究者としての能力があるかも分からない(周囲には自分よりも賢い人が山ほどいる)ので、割とリスクの大きな決断でした。しかし、自分の知りたいことを知りたいという、当時の自分には嘘をつけず修士課程にあがることを決断しました。
 
3:修士1・2年の頃(大学院時代)
 修士1年は辛抱の1年でした。知識を得ることで評価されるのが高校生までとするならば、大学生、特に大学院生は新たな知見を生むことで評価される色が強くなります。修士1年ではその対応に苦しんだ上、テーマを絞ることに苦しみました。学部時代のテーマから変えたい(≒逃避したい)と思うこともありましたが、修士1年の終わりごろには光がさしてきました。修士2年ではテーマを絞り込むことができ、さらに研究のサイクルも自分なりに構築することができたので、のびのびと楽しく過ごすことができました。
 修士課程に進むということは、同級生が働いているなか、自分が学生として学び続けると言うことです。他者と比べる必要はないのですがついつい比べてしまうのが人の性質なので、そうした比較を通じてブルーな気持ちになるかもとも思っていました。しかし、テーマが決まってからはそういうことはなく、自分が日々何かしらの成長―新しいことを知った・アイデアが浮かんだ・実験でよい結果が出た・論文が進んだ―を遂げることを純粋に楽しく思えています。

4:卒業後・メッセージ
 卒業後も相変わらず大学(博士課程)に残り、研究を継続します。先ほど書いたとおり、必ずしも研究者になれるわけではないので、不安になることもあるかもしれません。しかしながら、日々少しずつ進歩していくことが楽しく、またそうした自分を信頼することができはじめているので、何とかなると思っています(信じているだけかもしれませんが笑)。
 最後に、メッセージを。
 僕は、文科2類を選択したのに文学部を決断しました。このことから実感したことは、「したいとは思わないことをしても、続かない」ということです。ですので、したいことをすれば良いのではないか、というのがシンプルなメッセージです。自分の人生なので、楽しいほうが良いと思っているので・・・笑。
 但し、例えば、受験勉強よりも別のこと(ギターとかゲームとか)がしたいなら、そちらを優先したら良いという意味ではありません。プロのギタリストなどを目指すのならば、それで良いと思う(どころかむしろ応援する)のですが、そうした覚悟もなく単なる現実逃避であるのならば、本業となるものを見つけるべきだと思います。
 6年間東京大学で過ごしてきて、東京大学の人(先生、同級生、先輩、後輩etc.)や授業などには、したいことを見つけるヒントが沢山あると思います。そのためにも、高校の間、少し頑張ってみるのも悪くないと思います。

 思いのほか、長くなってしまいました・・・。最後になりましたが、ブログを読んでくださった皆様ありがとうございました!素敵な高校生活を過ごしてくださいね。

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2016年03月04日

「卒業を控えて」@スギヤマケイ

(卒業間近の東大ガイダンス相談員がこれまでの大学生活を振り返ったりこれからのことを語ったりします。大学で何ができるか、何をしたいか、といったことに思いを馳せていただければ幸いです。)


「ただの人間には興味ありません。
 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、
 あたしのところに来なさい。以上」
(1)

このセリフを皆さんはご存知でしょうか?
これは、現在20代半ばから30歳前後にかけての人々を熱狂させたある小説のヒロインのセリフです。
宇宙人やら未来人やらは果たして存在するのか、そもそも「ただの人間」とはどんな人間か、といった疑問が湧きます(湧きません?)がそれはさておき、

私は“ただならぬ人間”に憧れて東京大学に入りました。
http://blog.livedoor.jp/todai_guidance/archives/52384148.html

理科一類に入った後、サークル活動で小倉百人一首競技かるたをやりつつ工学部化学生命工学科に進学し、
http://blog.livedoor.jp/todai_guidance/archives/52210875.html

気の向くままノリに任せて学部時代を過ごし、
http://blog.livedoor.jp/todai_guidance/archives/52232190.html

専門は化学を学びつつ生体分子を対象とした化学へと進んでいき、
http://blog.livedoor.jp/todai_guidance/archives/52308989.html

特にtRNAという生体分子の一部分の構造がtRNA分子全体にもたらす物理的、化学的性質を研究してきました。
http://blog.livedoor.jp/todai_guidance/archives/52350165.html

その傍らで、この東大ガイダンスの相談員をずっとやらせてもらいました。

そんな6年間を過ごした私はだんだんと、

多くの人は何かしら”ただならぬ”ものを持っている

ということがわかってきました。
専門、趣味、特技、その他何かしらの活動。
それが何であるにせよ、何かを長く続けた人にはそれをやっていない人には真似できない”ただならぬ”ものが身につく。
最たる例は大学4年間で身につけた専門知識や専門ならではのものの見方ですね。

そんな風に感じた私は、人それぞれの”ただならぬ”ものがたくさんの人の役に立つように媒介する役割に身を置きたいと思いました。

私が研究で扱っている生命というものは、無数のシステムが複合して成り立つ化学反応系です。
全ての生命現象は、元をたどれば生物を構成する種々の分子の物理的、化学的性質から生じています。
社会もたぶんそう。
ひとつひとつにたくさんの人が関わる無数のシステムが複合して絶妙にバランスを保っているのが、社会なんだと思います。
その社会の中で、互いに価値観や専門の畑が違う人同士の伝えたいこと、わからないこと、望むことを媒介する”communicator”の役割に身を置いてみたい。


そういうわけで、卒業したらマーケティング戦略の策定を支援する企業に就職します。
マーケティングとは、「顧客を深く理解し、製品やサービスを顧客に合わせることで」「自然と売れる仕組みをつくる活動」(2)のことを言います。
就職先の会社は、数十万人のweb上の行動履歴を解析することで人々の望むことを見えやすくする事業を行っています。
それぞれの会社がもつ"ただならぬ"力が、より多くの人のわくわくにつながるよう媒介する事業なんだと思います。
ITの発達で近年可能になった新しいマーケティング手法、というところに惹かれています。

それから私は、「国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ」としても活動しています。
主に科学の領域で、「もっと知ってほしい」と思っている専門家と「もっと知りたい」と思っている非専門家の間や、「分かり合えなくてもどかしい」と思っている人々の間、「いろいろな知的刺激のある場に浸りたい」と思っている人々の間を媒介する活動です。
「サイエンスカフェ」とか、マニアックな話推奨の飲み会とかを開催しています。
この活動もずっと続けていければと思っています。

それぞれ異なる価値観をもっている中で、人と人とがわかりあうのはとても難しい。
その難しいことをするための第一歩は、まずたくさんの価値観があることを知ることだ。
そんなことを思う今日この頃です。

東大ガイダンス相談員をやりながら、この「東大ガイダンスブログ♪」でも垣間見えるようにさまざまな「東大生」と触れ合ってきたことが、私がいまに至る要因の一つになっています。


高校生の頃までは、周りはやっていなくて自分しかやっていないこと、というのはとても少なかったように思います。
大学生になってからは、周りを見渡して自分しかやっていないこと、というのがどんどん増えました。
そうやってだんだんと”ただならぬ”人になっていくことを、進路選択と言うのかもしれません。


ここまで読んでくださってありがとうございます。
「そ」で始まる段落の多い文章でしたね笑
ここに書くのも最後ということで、好き勝手に思うことをつらつら書いてみました。
終わりに、いまさらながら自己紹介します。

杉山啓です。
東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻修士課程2年です。
愛媛県出身の24歳です。
「国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ」の資格を持っています。
ほか、小倉百人一首競技かるたの四段、A級登録選手で、(一社)全日本かるた協会のA級公認読手です。
好きな飲み物は日本酒、好きな作家は河野裕さん、好きなボカロPはピノキオPです。
近所のカフェバーに行って店員さんや常連さんと刺激的なお喋りをするのが好きです。
「東大ガイダンスブログ♪」への寄稿はこれが9回目です。

さて。
ところで、

あなたの好きなものは何ですか?

最後までありがとうございました。
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2016年3月
咲き誇る梅に春の訪れを感じながら

引用文献
(1) 谷川流(2003)『涼宮ハルヒの憂鬱』角川書店
(2) 久保田進彦、澁谷覚、須永努(2013)『はじめてのマーケティング』有斐閣


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2016年02月27日

「卒業を控えて」@TO

僕は小さい頃、プール教室に通っていました。

そのプール教室は非常に規模が大きく、レーンごとにコーチがいてクラスが分かれていました。僕はあまり泳ぐのが得意ではなかったので、初級者用の簡単なクラスに通っていました。そのクラスは、とても優しい女性の先生で、周りものほほんとした子ばかりで、非常に居心地がよかったのを覚えています。

しかし、長く通っていて、少しは泳ぐのも上手になっていたので、ある日とうとう中級者クラスへ移る話が舞い込んできました。中級者クラスの先生は、プールより海で泳ぐことが本業のような日焼けマッチョで、周りの生徒も自分より年上が多く、怖い印象でした。

最初、移る話が来たときは駄々をこねて何とか初級者クラスに留めてもらったのですが、結局中級者クラスに移ることになりました。

その後もしばらく通ったはずなのですが、不思議と中級者クラスの思い出は全然ありません。

 

申し遅れましたが、自分はいま経済学部の4年生で、あと1か月で社会人になろうとしています。

なんでプール教室の思い出をしたかというと、「社会に出る」といったとき、自分が思い出すのは「中級者クラスに移る」ということだからなのです。

外界から守られ、のんびりと暮らしていた初級者クラス(学校)から、自分のまだよくわからない世界の中級者クラス(社会)に移る。この時の、不安と、過去の楽しかった思い出と、やり残したことへの後悔と、もう元には戻れないという実感と、それらが一緒くたになった感覚を今覚えています。



 高校生のみなさんは、定期を買ったり、映画館に行ったりするときに「学割」を当たり前のように使っていると思います。当然僕も今までずっと使っていたのですが、それが使えなくなってしまうということが自分に卒業を意識させることの一つとなっています。もう一生学割を使えなくなるなんて、驚きです。

ところで、学割は何のためにあるのでしょうか。

昔から今に至るまで、廃止されずに様々なところに残っているということは、きっと何か理由があるはずです。

「学生はお金がないから」というのは答えになりません。それはあくまで消費者としての目線であり、実際に金額を決める側には全く関係のない事情だからです。映画館が、「学生はお金が少なくてかわいそうだから、少し安くしてあげよう。」みたいな慈善的なことをしているわけではありません。(その要素が全くないとは思いませんが。)基本的にビジネスとして行っている以上、生産者側に何かしらの形で利益が出るような理由があるはずです。

1つは、先ほどの話と少し重なりますが、学生は使える金額が社会人と比べて多くないため、値段を少し下げることで映画に費やすお金が結果的に増えるということがあります。つまり、1800円だったら年2回しか行かないけど、1500円なら年5回行くという学生がいれば、値段を下げても売り上げは3600円から7500円に増加してくれます。

2つ目はもう少し複雑でかつより大きい理由だと思うのですが、要は企業側が学生という消費者に対して投資をしているということです。

例えば、僕もあまり詳しくないのですが、パソコンのソフトウェアなどには「アカデミックパック」という学生や教職員しか買えないバージョンがあります。要は学割と一緒なのですが、映画のように数割引どころではなく、時には半額以下になったり、すごく大きな割引が適用されます。

それは、若い学生がそのソフトウェアを使うことでその人が将来も使いづけてくれ、ひいては安定したシェアの確保につながったり、その学生が将来的に開発する側に回りソフトを改良してくれたり、と様々な利益が発生するからなのです。

映画もそうです。学生時代に映画をたくさん見るという習慣をつけてもらえれば、学割として割り引いた分の損益は将来的にたくさん見てくれることで全然回収できてしまうのです。

これが自分の考える学割なわけなのですが、この学割の意味を考えていると、学割が適用されなくなってしまうということがどういうことなのか、非常に考えさせられてしまいます。つまり、自分はもう投資される段階ではなく、今まで投資された分を社会に還元していかなくてはならない段階に入ってきたということを実感します。

さて、こんな感じで社会人になることをシリアスに書いてきましたが、なんだかんだ社会人になるの、とても楽しみです。

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2015年03月27日

「大学生活を振り返って」@ヤギシンヤ

東大ガイダンスブログ♪読者の皆さん、こんにちは!
ヤギシンヤです。

大学院教育学研究科の修士課程に在籍していたのですが、3月24日に学位記(卒業証書ではないけど、みたいなもの)をいただき、学生証を返還してしまったので、現在は所属がありません。。
ただ、一応31日までは身分は学生ということで、学生生活の最後にブログを書かせていただくことになりました。

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(写真は、27日の安田講堂です。)

テーマは「大学生活を振り返って」です。

6年間の大学+大学院生活を振り返って強く感じることは2つです。
1つは、「分からないことが増えた」ということ。
もう1つは、「周りの人たちに支えられている」ということ。

これまで、「高校生まではインプットが中心で、大学生になるとアウトプットが中心になる」ということがよく言われてきました。
高校までは国語、数学、社会、理科、英語などの知識を蓄えることが中心である一方、大学生になるとペーパーテストではなくレポートで自分の考えを記述することが成績評価につながることが多いので、この表現はそれなりに妥当な表現だと思います。

ただ、半分は当たっていますが、半分は間違っているようにも感じます。

なぜ間違っているように感じるのか?
第1の理由は、高校以前の授業がインプット中心のままか怪しくなってきたからです。
最近、国でも「アクティブ・ラーニング」について議論されるようになってきました。
先生が前に立って黒板(ホワイトボード)を使って一斉に授業をするだけではなく、生徒たちが話し合いをしながら問題を解いたり、何かテーマを決めて小論文を書いたりするという取り組みもいろいろなところで行われるようになってきました。
東大も来年度から推薦入試が始まりますし、数年後までに大学入試改革が行われようとしています。
読者の皆さんも、ニュースなどでこのあたりの動きには注目しておくといいかもしれません。

第2の理由は、大学生は本当にアウトプットが中心か分からないからです。
そもそも大学に入ると、高校までで習ってきたこととは大きく違うことを勉強します。
違うというよりは、ずっと細かく分かれている+一つ一つが深い、という感じでしょうか。
そのため、しっかりと勉強するためには,修諒野(教育学など)の中にはどういう研究があるのか、↓,里Δ舛匹譴鯑佑詰めるのか、というのを考えなければいけません。
大学の4年間は、,砲弔い鴇匆陲気譟↓△魏燭箸覆考えて終わったと感じています。
つまり、数々のレポート課題や卒業論文はその時にできる限りのパワーで書いたつもりですが、結局は本格的なアウトプットには至っていなかったと思うのです。
その後に大学院へ進み、ようやく専門分野の全体像が少しずつはっきり見え、修士論文でアウトプットを何とか1つこなすことができました。

話を戻しましょう。
大学院まで進んで勉強・研究をすればするほど、インプットしなければならないことがどんどん増えるとともに、それ以上に分からないことが増えていきました。
以前は知らないということすら分からなかったものについて、自分は知らないんだということを自覚させられることが増えた感じです。
特に、アウトプットの作業をするとそれを痛感します。
知らないことが多くて絶望しかけました。
でも、分からないことが後から出てくるというのは幸せなことだとも思います。
それが自分の成長や新しい可能性を感じさせてくれるものでもあるからです。
結局、これがあるから、学校を離れたとしても一生涯勉強から離れることは難しいんでしょうね。

さて、大学+大学院生活で感じたことの2つ目は「周りの人たちに支えられている」ということです。

研究に関して言えば、指導してくださった先生方、研究室の先輩・後輩の方々からはいろいろなアドバイスをいただきました。
特に、私が所属した研究室には社会人経験を積んだ方々も多く、本当に様々なことを学びました。
サイトウさんも書いていますが、自分の未熟な部分を思い知らされたことも数多くあります。
ただ、ここでの人とのつながりは一生ものになるだろうと思えるくらい充実したものでした。

それから、この記事を書かせてくれている「東大ガイダンス運営委員会」という学生団体に所属できたことにも感謝をしています。
他のサークル・部活動もそうだと思いますが、研究を離れた先輩や後輩は、外からの刺激を与えてくれる友人としてとてもありがたいものです。
同じ意味では、大学という場を離れてもいい距離感が保てる高校以前からの友人の大切さも実感できました。

そして何より、家族への感謝の気持ちを改めて持つことができました。


まとまりがつかなくなってきましたが、そろそろ終わりにしましょう。
今回の記事は何となくネガティブな感じになってしまいましたが、大学生活は暗いだけというわけではありません。
アルバイト、学生団体の活動などなど充実したこともたくさんありました。
ただ、高校までと違って、「楽しい」というよりは「充実していた」という感じが強い気がします。

アラタくんが書いているように、大学生になると自分で決められることが増えます。
ともすると、周りで起きるいろいろなことに飲み込まれてしまうこともあります。
周りに流される中でやりたいことを見つけるのも良いと思いますが、ぜひ、読者の皆さんには、興味あることのうち一番根っこにあるものを大事にしてほしいなぁと思います。
(根っこにあるものが分からない人も、大学生活を送りながら見つけていけばいいと思います。)
そして、充実した学生生活を送ってください。

終わってみるとあっという間の6年間でした。
この6年間での出来事、一つ一つに感謝をしながら社会人生活をスタートさせたいと思います。
読者の皆さんも、4月からの生活を謳歌してください。

読んでいただいてありがとうございました。

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2015年03月23日

「大学生活を振り返って」@ショウケイスケ

こんにちは、経済学部4年のショウケイスケです。久しぶりすぎていつ以来の登場か忘れてしまいました。(笑)恐らく最後の執筆となるであろう今回は「大学生活を振り返って」とのことで。そのお題に素直に従おうと思います。

image

大学4年間の間には大小様々なことがありましたが、特に印象に残っているのは3つ、それを示したのが写真の品々です。(机の上はお気になさらず。汚いですが笑)
これらをきっかけとしてこの4年間をざっくり振り返ります。

まずは中央に鎮座する“HOYT”と書かれた大きなバッグ。これにはアーチェリーの道具一式が詰まっています。入学して私は東京大学洋弓部に入部したのでした。
そもそも私が何故洋弓部に入ったかといえば、受験時に読んだ大学の入試要項(?)に、合格発表の掲示が弓道場前に貼り出されるとあり、「弓道場…弓…あ、弓良いかもなあ」とうっすら考えていたからです。一般的にはかなり軽い動機でしょうが、高校時代盲目的に勉強ばかりして他にやりたいことが特に無かった私には充分な動機でした。
こうして入部した洋弓部でしたが、その厳しさは私の想像を遥かに超えていました。尤もそれは高校時代の部活がかなり緩かったからですが…
あの頃はほぼ毎日弓を引いていました。特に夏休みは塾講師のアルバイトと相俟って休みと呼べる日は無く、合宿は一秒たりとも気が抜けなかったことを記憶しています。
人生経験に乏しく甘ちゃんだった(今もですが)あの頃の私にはとてもきつかったですが、それだけ学ぶこともありました。たとえばそれまで自分が気付かなかった、言い訳をして嫌なことから逃げるという弱さに気付けたこと。詳述は避けますが他にも様々な自分の弱さを知り、部活を通して人間的に多少は成長できたと思います。

さて二つ目の品、左側にある紺色の筒ですが、これには弓道に使う矢が入っています。実は2年生になる折に洋弓部を退部したのです。

退部の理由は連日の練習に右肩を痛めてしまったこと、他の様々な事もやってみたいということです。とはいえ弓への愛着は捨てがたく、サークルならば練習への参加は自由ですから、2年生から弓道サークルに参加するようになりました。

 サークルでは洋弓と和弓の違いとその面白さを知ると共に、何より友人との交流の機会を持ったことが大きかった。部活ではひたすら練習に明け暮れていたので、それ以外で部活の友人との交流の機会は限られていました。一方でサークルにおいては練習に占める時間はそこまで多くないのでその分サークルの友人と遊ぶことが多くなりました。前述通り高校時代から勉強ばかりで碌に遊ぶことを知らなかった私は人とそのように交流することも苦手であり、サークルでの活動、友人は私にとって貴重な糧になったように思います。

 部活動を辞めたことで空いた時間はサークルのみならず、新たなアルバイトにも充てられました。そのアルバイトというのが、ハンドバッグ店での接客のアルバイトでした。この時によく着用していたのが写真右側のスーツです。このアルバイトを始めようと思ったのは、先に挙げた「人と接するのが苦手」という自らの欠点を克服しようと思ったからです。大学入学直後から、小学生を対象の塾講師をやっていましたが、それは自分が生徒に「教える」ものであり、自分が苦手とするシチュエーションとは異なるように感じていました。自分が「お客様」に頭を下げて、精一杯の接客をして物を買っていただく、という経験は将来的にも非常に良い経験になると考え、新しくアルバイトを始めました。

 実際に3年間やってみて、期待した通りの効果も出た他にも店内全体を俯瞰してその都度当意即妙に動く力がついてきたように思いますし、他のバイトとの出会いも私に大きな影響を与えました。彼らは私も含めた、ややもすれば「堅い」と評される一般的な東大生とは異なる雰囲気を身に着けていました。彼らとの交流は凝り固まっていた私の価値観に新たな視点を与えてくれた気がします。



 

 …以上3つの大きな事柄をさらっと振り返ってみました。勿論これ以外にも大学生活で経験したことは数多くあります。勉強面では中国語の習得に打ち込み、アラビア語を齧り、金融を研究し。趣味の面では高校時代よりも更に野球観戦に熱中し福岡ソフトバンクホークスのファンとして福岡まで一人応援に行ったり、最近のマイブームとして日本酒を飲み歩いていたり・・・。

 こうして顧みると、色々やったなと思う反面、4年間を通してやり続けたことはあまり無いという印象です。どちらの道が良かったかは分かりませんが、たとえば洋弓部を退部した時には、辞めるべきでなかったのではという悔いは今もたまにありますが、同時にそれによってサークルやアルバイトなど新たな世界を知ることが出来て良かったとも思います。

若干22の青二才が言っても説得力が無いでしょうが、選択とはそういうことなのだと思います。何を選んでも悔いは残るでしょう。大事なのは選んだ道に全力で進むこと。そういう意味では良い大学生活だったと我ながら思います。部活にしろサークルにしろアルバイトにしろ、苦労しつつも自分なりに努力し、また楽しめたから。まだ数日残っていますが…

 最後になりますが、これを読んでいる中高生の皆さんも受験・部活をはじめ、様々な事柄に対して自分の選択に自信をもって、全力で頑張ってください!それが充実した中学生生活・高校生生活に繋がると思います。

 乱文失礼しました。
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「大学生活を振り返って」@サイトウナオコ

sakura
高2夏OCで東大ガイダンスに初めて訪れた縁で、入学後6年間相談員としてお世話になりました。この春、薬学修士を修了します(4月からは御陰様で学振特別研究員(医歯薬学)として今後も研究を続けられる予定です)。
私の東大での6年間は最初の3年間と研究室配属後の3年間に大きく分けられます(研究室配属後は、薬学の場合多少の給与が出ることや研究従事時間が平日9〜18時のように決まっていること、個人のやりたい研究と言うよりも指導教員から与えられた研究室の研究テーマを研究すること等から、学生と社会人の中間のような感じです)。この度与えられた題(大学生活を振り返って)について、その6年間の大学・大学院生活を経て感じたことを、拙い記事ではありますが3点まとめました(少し真面目過ぎる内容になってしまったのであまり面白くないかもしれませんが…)。

1、社会は厳しいことを知った。
私が初めて相談員を担当したのは学部1年時の5月祭でした。開催場所は確か工学部2号館の地下、新しく広い良い教室ですが周囲の階段や廊下が迷路のようでアクセスがややわかりづらい場所でもあります。当日は雨でした。午前の自分の相談員担当を終え、教室を出て階段を上る時でした。ガイダンスを訪れた高校生と教室前で別れて(ガイダンスへの保護者は立ち入りできません)、教室を後にするご両親の会話がすれ違いざまに聞こえました。「あんなの自己満足でやってるだけじゃない」。ううん、なるほど、厳しいご意見を頂きました。うろ覚えですが話の内容から察するに、教室を探すのに結構苦労したみたいです。濡れた荷物を抱え歩き回ったらしく、多分(ガイダンスの内容自体ではなく)それが不満の原因だったのでしょう、教室には入れないのでガラス張りの外から何となく教室の雰囲気を見て、そう言ったんだと思います。難しいですね。5月祭企画の開催には立て看板や張り紙について厳しい規則が沢山ありますし、建物には沢山出入り口があって全ての通路に案内役を配置することもできないし人員も限られています。高校生にとって特に不足はなくとも、大人にとっては細かい粗が見受けられたのかもしれません。ガイダンスは基本的にボランティアっぽい企画です(少なくとも運営・相談員側はそのような気持ちでやっていると思います)。私はボランティアにそれ程厳しいことが求められるとはそれまで思ったことがありませんでした(やれる範囲でやっているだけでも誰かの役に立っているなら十分良いことだと思います)。しかしその後も度々、無料のボランティアっぽい企画に対して「お粗末な企画だ」等と周囲の大人が思ったより厳しい文句を言うのを耳にしました。この厳しさは多分、企画の期待度によると思います。ただ、どのような企画であっても何かしら落ち度があると文句は出てくる(聞こえなくても誰かは思っている)のだと知りました。中高校生に対しては厳しい意見はあまり言わないと思います(大学生に対しても、学生として多少多めに見ることが多いと思います)が、大学生になると徐々にこうした機会が増えます。一般的に学生は社会人に比べて(良い意味でも)緩い・甘いので、そもそも無料の企画に対して不満を感じないような気もします。一方で社会人・大人は一般的に学生より厳しいです。だからと言って、特に学生の皆さんに、文句が出るような企画をするなと言いたい訳ではありません。全く落ち度のない完璧な企画は相当難しいです。ボランティアであれば完璧である必要もないと思います。また、誰でも最初は練習が必要です。少しでも誰かの役に立つ・楽しんでもらえるなら、沢山練習すれば良いと思います。特に学生の間は思いっきり練習できます、是非存分に楽しんでください。きっと社会に出る頃には糧になって、中高生だった頃よりずっと想像力がはたらくようになっています。ともかく大学1年生なりたてだった私にとっては、その初めて受けた社会の厳しさという洗礼が印象的だったので書きました。社会の厳しさについてはその後アルバイトを通じて散々知るようになりますが…。大学生の間に学べる1点目です。

2、自分の未熟な部分を多く知った。
これはおそらく大学生活に限らず今後も続いていくことだろうと思います。そんなもんですよね。しかし中高生の頃と比べて、大学以降は自分の未熟な点を知る機会が格段に増えたように思います。むしろ高校生までは、何故あんなに生意気だったんだろうとさえ思います。この先10年後にも同じことを(10年前は何故あんなに生意気だったんだと)言っているような気もしますが…。私に限らず、そうした人は友人にも結構多いです。中高生の頃は比較的生意気(?)でとんがっていたけれど色々経験したのか大学以降いつの間にか随分謙虚で礼儀正しい人になっていたり…(とんがっていることは決して悪いことではないんですが…)。特に大学以降では、自分はまだまだ駄目だなと感じることが急に増えるのかもしれません。私が所属する研究室は女性が結構多く勤務していることもあってか、わりと礼儀・マナーに厳しい方だと思います(勿論一般的な会社に比べると緩いです)。学部4年時に研究室に配属され、一気にそうしたことが求められるようになりました。また、年が上がるにつれて親戚や知人からも大人の対応を求められることが多くなるので、言葉遣いや振舞いを意識するようになりました。研究室配属がない文系の学生も、就職活動等を経て”いい大人”に必要な礼儀が徐々に身についていきます。最初はわりと怒られることも多いので、何とかしようと気をつけるようになり、いつの間にか随分ましになっています。大学生の間に学べる2点目です。

3、大人になるのは案外すぐだった。
これは大学生活と言うより大学院生活を経た感想に近く、中高生の皆さんにはちょっと想像しづらい話かもしれません。中高生までは、親・子育てというのは結構遠い存在でした。私の地元は田舎なので高卒で就職・結婚する人も比較的多い方ですが、それでも23歳ぐらいまでは遠い存在でした。しかし大学院生になって、急にそうしたものが身近になってきました。サークルや研究室の先輩の結婚式に出席する機会や、研究室等身近に子育てする人が増えるからです。そして最近は同期(女性)からも「うちら、もう若くないよ」と言われたり…、数年のうちに一気に感じ方が変わります。高校を卒業して家を出たことや、中高時代の友達同士にはなかったような深い人間関係、それらから初めて学べる沢山のこと、そしても家族もいつの間にか高齢になっていること等もそうした心境の変化の理由として大きいかもしれません。自分にとっては精神的に最も急激に成長したのが(今のところ)この数年でした。周囲の先輩方を見ていると、子育てするようになればもっと急激に成長するらしいですが…。大学・大学院生活を経た感想として、最も強く印象に残るものがそれだったので3点目に書きました。

普段はこんな真面目なことを言うキャラではないのですが、(今回はそのような依頼なので)柄にもなく真面目な内容を書き連ねました。
ともかく6年間は長いです。随分色々なことがあり、多くのことを学べました。これだけ学んで成長できれば、大学・大学院生活は決して無駄ではないと思います。また、”振り返る”とどうしても反省っぽい内容の記事が多くて楽しく感じられなかったかもしれませんが、(少なくとも私の場合は)幸い年を追うごとにより良い毎日になっていっているように感じます。小中高生の頃に比べると、今は遥かに楽しく幸せです。大学に行くことを考えている中高生の皆さん、是非存分に楽しんで下さい。我々も新生活を楽しんで頑張っていきます。
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