田舎暮らし

2008年10月06日

今、温暖化が問題になっている。そこで各地に「菜の花プロジェク」が叫ばれ、実施されている。戸田市、一部市民の方にもこの運動を提唱される方々がおられる。当団体の委員長さんもそのお1人である。

そこで当初は戸田市内にと探したが、なかなか合意を頂けない。「高齢者の健康作りと生きがい作りの会」を立ち上げ、白河市の大信地区と交流会を実施する中で、遊興地を利用し菜の花を栽培したらとの考えで、「戸田農園」が立ち上がり曲りなり意に、菜の花から菜種油までと・・・・何とか進んで来た。

委員長が更に「ハチミツ」が取れたらと話が弾む・・・・・こんな時に、大信のSさんから「ハチミツ」を戸田市の方に紹介しないかと話がある。それで一度支援センターに持参した。今、純粋の国産ハチミツはなかなか無い事が解った。

そんな事から白河市に戻り、大信のSさんに一度一緒に取っている所に行きませんかと聞いた。そこで私がいる前で電話をして9月30日に現地に訪問が決まる。

ハチミツ
9月中旬に開通した甲子(かし)トンネルを通り、下郷村へ更に南会津の森養蜂に午前10半頃にお邪魔する。写真は森さんの御宅前に置かれたミツバチの巣箱である。写真には解りにくいが、ミツバチが沢山と乱舞していた。大きなハチがミツバチを捕まえ飛び去る姿を、森さんから説明されながら見るのは何かものかなしさを感じる。このミツバチは11月に入ると千葉県に向けて旅立つとの事、これも大変な仕事と感心した。

ハチミツ
写真は蜜蝋を多段にし、そこにミツバチが入るように考えられている。

ハチミツ
写真が蜜蝋のブロック

ハチミツ
写真はミツバチが蜜蝋に花の蜜を収集し、その後板状の箱に蜜を貯める。その溜まったものを分離機にかけ、かき回す事で蜜を収集する機械である。現在は機械化が出来た只一つの物と森さんから説明を頂いた。

ハチミツ
写真は予備の巣箱が山にある、倉庫の中を見せて頂いた。

ハチミツ
写真は果樹農家に貸し出す時に利用される、ハチの出入り口のパーツである。ハチと巣箱と一緒にお貸しをするようだ。

ハチミツ
写真が出来上がりのハチミツで500グラム。菜の花を植えどの位のハチミツが取れるか。又こんな話も聞いた。森さんは福島県養蜂協会 副会長さん。養蜂業では約束事があり、花があるから誰でもハチを飛ばしハチミツをとっても良いとはかぎりません。必ず業者の会合があり、そこでここで取りますと申し出て、了解を頂かないと出来ません。

良い勉強になりました。只、戦後にあまりに色々の約束事が出来、がんじがらめになっている日本が心配になります。(m)



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2008年09月29日

白河市大信の直売所で張り紙を見つける。

タイトルは「里山再生プロジェクト主催」第三弾、料理酒用好適米作付け

「里山」で稲刈りと、いにしえの街道を訪ねる・・・・・参加費 1000円

思い切って参加、9月28日の午前10時から「わさび漬け」でお世話になっている大信の菅森さんの御宅に近い場所の田んぼであった。

参加者は私達が美味しいお酒「初舞台」で知っている蔵元の社長さんの知り合いが東京方面から15名程、白河市の「よさこい」のグループが25名程、郡山の市民グループ等、100名程が集まった。

天気は上々、開催の挨拶や、稲の刈り方等を説明頂き、長靴に履き替え、軍手をし、田んぼに入り、借りた鎌で刈る、シャキと切れる感覚は爽快。しかし段々と汗ばむ、腰が痛い、何とか一枚の畑が刈り取られる。

沢山でやると違う、ほとんどは機械で刈り取りをするのが、今は普通の風景である。この作業はほぼイベントで、体験の為に、除草剤も余りしていないので、他の田んぼと違い、稲より高い雑草が多く生えていた。

午前中で終わり、場所を変えて、NPO法人 こころん と言う所の方々がお餅等を用意頂き、楽しく昼食を頂いた。

先日にブログで紹介した、目的があると総てに実りがあると、エコ・カフェで教えられたが、今日も新しい出会いが有った。特に郡山女子大学の先生と親しくお話が出来た事は、又新たな幅を持たせていただけるような予感がする。

只 残念はカメラを忘れてしまい文書のみの報告になってしまった。(m)

 



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2008年06月08日

昨日は戊辰戦争の白河口攻防を学びアパートに帰る途中で農産物直売場で人の姿を見る。何時も土曜日に開催と張り紙があるが売っているいる姿を見たことが無い。急に降り出した雨の為か3、4人の女性が野菜を並べて話している。そこで見慣れない野菜を見る。(男の為か今まで関心が無い為か)

ブロッコリーのステックステックと女性が答える、はー何、又ステックと言う・・・・ブロッコリーだよ・・・・茎が美味しいと答える。庄司さんからブロッコリーを買って戸田の皆に届けたが出来が良くて40個が総て無くなり、自分の食べる物が無い事もあり、買って見ることにした。写真がそのもの、1袋が100円8本が入っている。

低カロリー料理鈴木さんからいただいた「みず」と薩摩揚げとを「えごま油」で炒め砂糖・塩・胡椒・醤油で味付け。次に「みず」を湯がいてグルメ醤油で、買ってきたブローコリーのステックを湯がきマヨネーズを、糖質0の発泡酒350ミリ。

最後に女性の茶碗一杯のご飯を頂いた。(かなり満腹感があった)その後でひさしぶりのデザートで一緒に買ったイチゴを5、6個頂く。血糖値が心配であったが、2時間ごに計ると118で優、更に今日の朝は空腹時で121で良であった。

昨夜の料理はまあまあの美味しさと、お腹が一杯(これは私にはかなり重要な事なのです)と少しのお酒に低カロリーである事が実証出来たように感じた。果物・ビールは避けていたが、今回で少し取り方が勉強したように思える。以前は肉・カツ等を平気で食べていたが、今は高カロリーであった事が良く解る身体になった。みなさん、55歳が過ぎたら高カロリーにご注意を(m)



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2008年05月26日

私の生まれは長野の善光寺近くです。今白河市に来て「ふと」と思います。善光寺のありがたさが。白河市も1500年の歴史があると地元の方々が言われます。同じ歴史があるのですが、須賀川・郡山・福島と比較し活気が無いように感じます。地元の事を知りたいとサテライト教室に参加し歴史を少し学びました。

私が何故に白河に引き寄せられたか、まあこじつけかも知れませんが。今松平定信が生まれて250年に、戊辰戦争から140年目に当たると言う事で定信の勉強をしました。有名な徳川吉宗のお孫さんに当たります。

吉宗も改革で名君と言われますが、定信も名君と言われ老中として改革をしています。更に桑名の藩主に長男がなり、次男が信濃の国、松代藩の養子になるのです。次男真田幸貫は真田家8代の藩主で佐久間象山を起用し藩改革に取り組み名君と言われた方です。(真田家は有名ですから私が紹介する事はしません)

江戸時代、お殿様は4000数余名いたようですが、名君とはその中で数少ないようでした。私のご先祖様と白河がもしかして、少し繋がっていたのではと考えると、心に温かいものが浮かんでくるような気持ちがします。血が騒ぐのでしょうか。サテライト教室のメンバーと講師の福島大学吉村教授を囲み飲み会をしました。この折に黄檗宗の住職さんと親しくお話をしました。後日黄檗宗に付いて・・・佐久間像山の名前も関係があるようです。(m)

 

 



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2007年11月16日

ひとめぼれ 山形県遊佐町に移住した友達のSさんから無農薬新米が届きました。種蒔きから収穫までの1年間のレポート付です。
 早速ご飯をいただきました。しっかりとしたお米の味がして、おいしかった。こうして生産者の顔が見える安心安全なごはんをいただけることは幸せです。
 米作り地元にも溶け込み元気に楽しく田舎暮らしをしているようでうれしく思います。そのうちに1年間の田舎暮らしレポートを送ってきてくれるでしょう。

 遊佐の米作りの詳細は「みんなの無農薬農法」をご覧ください。(N)



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2007年09月20日

先週、久しぶりに海外旅行に行ってきました

アンコールワットのあるカンボジア(都市名:シェムリアップ)に5日間。

観光の詳細はガイドブックに譲るとして、個人旅行ならではの体験を綴ろうかと思います。タプローム遺跡

ひとりでの移動の基本は、バイクタクシー。要するにバイクの後ろに乗るのです。最初は、『ヘルメットもかぶらないし、交通マナーは悪いし、怖いなぁ』などと尻込みしていたのですが、一度乗ってしまえば爽快爽快♪
大好きになりました。でも、最後には乗りすぎて、ちょっとお尻が痛くなりましたけれども。。

そんな旅の初日。観光中にバッグの中にペットボトルの水をぶちまけてしまい、きれいな画像を撮ろうと忍び込ませておいた携帯電話が漏水で壊れてしまいました

そのことをバイクタクシーの運転手に話すと、『おれの弟が直せるから家まで来ないか?』とのお誘い。
・・正直、かなり迷いました。自宅といえば完全アウェー。周りの人に囲まれてしまえば、黙ってお金を差し出すしかありません。それでも、怖さよりも好奇心の方が勝ってしまったので、付いていきましたよ、農村の奥地まで。

周りはすべて農家、そこまでの道のりは悪路に次ぐ悪路。途中、バイクでも通れなくなって歩かされたこともあったほどです。横道にそれてから20分。やっと自宅に到着すると、そこにいたのは、運転手の父母、弟、叔父、叔母、妻、子ども(生後何ヶ月か)の合計7人と犬1匹、鶏3羽、牛5頭。
そこにひょっこり訪れる日本人観光客1人。

自分でも、なんと奇妙な組み合わせだろうと思いました。


弟の携帯電話の修理を待っている間、夕方だったこともあり、父親さんからお酒を頂戴しました。スラソー(sra sour)というお酒だそうで、焼酎みたいな感じでしたね。強かった。

恐る恐る一杯目を飲むと意外に美味しく、もう一杯せがんでいただきました。これに気を良くしたのか、父親がもっと飲めもっと飲め、の催促。目の前の畑で採れた自家製の美味しいおつまみも出してくれ、携帯電話の修理のことなんか忘れて、楽しくお酒を飲みました

カンボジア農家しばらくして、やはり携帯電話は直せないとのこと。まぁ、直らないのは承知の上だったので、約束していた10ドルを払おうとすると、いらない、と。

こちらに来る前に、だいぶぼったくられると聞いていただけに、嬉しくなって、お酒代として父親に1ドルだけ置いてきました。


私のつたない英語が通じるのは運転手のみ。でも、笑顔は万国共通。私が何かリアクションをすれば周りの人も笑ってくれる。言葉なんか通じなくとも、心は通じるもんだと再認識させられた旅の初日でした。(yard)



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2007年09月12日

 福島県飯舘村という元気な村。人口6500人弱の村です。こんな村の「までいライフ」を紹介します。皆さんもきっと「う〜ん、すごい」と感動させられるのではないでしょうか。
 私たちがとっくに忘れ去った良き昔の日本の心がここにあるような気がします。

 飯舘のような素晴らしい村を訪ねてみたい。そして、ふるさと納税をしたくなりませんか。ちょっと気が早いですね、まだ来年度税制が決まっていませんでした。

 

“までい”というこの言葉は、私たち飯舘人が古くからなじんできた言葉です。

私たちは、親や年寄りから
「食い物はまでいに(大切に)食えよ」
「子供はまでいに(丁寧に)育てろよ」
「仕事はまでいに(しっかりした・丁寧に)しろよ」
と教えられてきました。


「手間隙を惜しまず」「丁寧に」「心をこめて」「時間をかけて」「じっくりと」そんな心が“までい”にはこめられているのです。

 スローライフを私たちの言葉で表すとき、そこにこめられた意味や心情までもわかりやすく表せるのが“までい”ではないでしょうか。

 私たちは「手間隙を惜しまず」「丁寧に」「心をこめて」「時間をかけて」「じっくりと」「つつましく」暮らす、飯舘流スローライフを“までいライフ(MADAYLIFE)”と呼ぶことにします。

私たちのふるさと飯舘村が本来持っている歴史や風土を再認識し、人間本来の楽しい「暮らしぶり」や「生きざま」をつくりあげようという、飯舘流スローライフの提案です。

 

“までいライフ(MADAYLIFE)”宣言

 “までいライフ(MADAYLIFE)”とは“までいな暮らし”をすることです。 私たちは“までいな暮らし”を実現するためここに5つの宣言を掲げ、その精神に則って、行動していきます。そして、暮らしの各場面の出会いや交流を大切にし、私たち村内外の人たちと協力しあい、何事にもチャレンジしていきます。(宣言は省略)

....以上、飯舘村のサイトから抜粋させていただきました。

 

 話は変わりますが、こんな元気な村で開催されるイベント「第三回日本再発見塾in飯舘」も紹介します。

企画内容もすごいですね。参考になります。 (N)

 



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2007年08月08日

私の友達(Sさん)が山形県遊佐町へ移住し、今では地元にもとけ込み楽しく田舎暮らしをしている。
遊佐町は山形県の北に位置し秋田県と接している。鳥海山の麓にあり日本海にも面している。
Sさんは農業の傍ら地元の自然保護のNPO活動にも参加している。熱烈なレッズファンだが、埼玉スタジアムは遠くなってしまった。でも、ときどきは来ているようだ。
 
 田舎暮らしの様子をぜひ送って欲しいと御願いしていたところ、快くお引き受けいただいた。自然に囲まれた生活の素晴らしさや厳しさ、農業のこと、田舎の人情、地方が抱える問題等をお伝えしたいなとSさんにはお話ししています。田舎暮らしを考えている方にも参考となるのではないでしょうか。さらに、鳥海山の麓の町「遊佐町」の方々と交流できるようになればうれしいです。
今回がその第1回目です。第2回.....シリーズでご紹介できればと思っています。
 
 Sさん、何かプレッシャーになっちゃつたかな、好きなときに好きなことを書いて送っていただければ結構です。よろしく御願いします。 (N)

 

★自己紹介

戸田からここ遊佐に移住して一年が過ぎた。そもそも会社を辞めたものの戸田を離れるつもりはなかった。戸田のスペイン語講座を離れざるを得なくなり後髪が引かれる思いだった。

さて、会社を辞めたここでの生活は悠々自適というわけではない。生活費は極力稼ぎたいと思っていた。毎月足が出ているもののそれなりに稼ぎがある。稼ぎは引き篭もり防止にもなった。今年からは自前の野菜がそこそこ採れている。実際は貰いものの野菜に助けられている。会社を辞めた当初は朝から晩までゆっくりと読書三昧、そしてスペイン語の勉強をしたかった…いま思うと引き篭もりの典型だ。いまは結構忙しく生活することが仕事と思える。読書も少なくスペイン語にも触れていない。

★家の探し方

現在は友達に探して貰った借家に住んでいる。築30年弱で家賃3万5千円。敷金礼金無しだが少し高いと思っている。川沿いの100戸程度の集落にあり、川には天然鮎がいる。
 引越し当初、友達のアドバイスに従い挨拶回りをした。集落では定期的に町内会回覧板が回り、正月には獅子舞が集落の全戸を回る。集落のつながりがかなり強い。きっと友達がいなければ今までは持たなかったかもしれない。でも慣れ親しむととても気さくな人達なのだ。やっぱり都会とは違いここでは挨拶が当たり前だ。挨拶ができる隣近所だし、集落の住民数でもあるわけだ。ここでの交通手段の基本は自家用車だけだが、日常生活は歩く時間感覚で回っている。

ひまわり写真【珍しくはないのですが、庭には向日葵とハーブが揃いました。成育が楽しみです】



todaoartodaoar at 05:16│コメント(2)トラックバック(0)
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「出会い、ふれあい、支え合い」の感謝の気持ちを仲立ちするのが、「オール」です。
善意をつなぎ、人と人をつなぎ、コミュニティを元気にする道具として、時代とともに希薄となったコミュニティ創生の一助となりたいと願っています。
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