沖縄を笑おう!

より良い沖縄を目指し、 間違った沖縄を批判することによって 沖縄の現状を県内外に知らしめよう! 知らないために悲しい沖縄を作らないように…

盛り上がらないオリンピックも
危険な競技場設営にも冷ややかに見ていたのも
さすがに羽生選手と宇野選手の金銀メダル獲得には
日本中が一気に盛り上がったようだ。

考えてみれば実力の無い北朝鮮選手の乱入に
小さなならず者国家の女親分の乱入に
自称、美女と称している売れてもいない女性合唱団を
有難がる報道は度が過ぎていて気持ち悪いもんだった。



あまりの選手ないがしろな運営と報道に
選手どころか競技を楽しみにしていた者たちさえもが
可愛そうな気がしてくるものだった。

しかし羽生選手の活躍はすべてを一変して見せたどころか
北朝鮮の関連がまるで昔のように感じさせるような
思いにまでさせてしまうのだ。



今日は、スピードスケート500m女子で小平選手が
金メダルを取った。



これからもまだまだ期待したい競技は沢山あるが
やっとオリンピックが始まったかのようだ。

オリンピックが始まると、不思議とすべてが国家中心で
物事が運ばれてくるように見えるが、
現在私たちの生きている世界ではグローバル化が叫ばれ
国境を無くそうとする動きと、国の特性を認めず
すべてが同じでなければならないという運動の中にある。

単純に違う国民同士がが競い合うことで新しい世界へと
突き進んでいく姿を見れば、みんなが同じであることの
つまらなさを痛感するのであるが
その事をまざまざとオリンピックは見せつけてくれるのである。

また、この機会に私たちがしっかりと
学んでおかなければならない前提があることを伝えたい。

日本人は、日本が小さな国だと思い込み過ぎていると
いう事であり、とるに足りないような国家であると思っている
節が所々に見受けられる事だ。

とくに何か問題がある時に比べられる国が
ヨーロッパの国であったり、南米の国であったりすることだ。

国土面積だけではなく、日本の場合領海を含めると
世界でもトップテンにゆうゆうとはいるくらいの国土があり
人口で言ってもトップテン位であり、皆さんも知っての通り
GNPでは世界3位であるのだ。

つまりは世界で見るととってもすごい国であるはずの日本なのだが
特にサヨクの人たちは好き好んで、あまりにかけ離れた
小さな国や貧しい国、人口の少ない国と日本の制度を比べ
是正すべきだと叫ぶのである。

本当に日本と比べるだけの国なのかをしっかり考えて
判断してほしいという事なのである。



最近沖縄の左翼動画を見るとよく見られるのが
英語や中国語、特に韓国語の文字の横断幕などが多く
地元の者にとっては何を言っているのかも理解できない。

しかし、日増しに増えてくるこのハングル文字を
反基地活動の場所ではあまりにも自然に、当たり前のように
掲げられているし、県民大会などのときなども
ハングルの旗やスローガンがなびいているのも見慣れた光景だ。

時を同じくしてテレビでもラジオでも
多くの時間帯で島言葉を大切にしようとする
「島くとぅば運動」がさかんに宣伝されている。

この小さい沖縄に一体どれだけの島言葉があって
どれを中心にしようとしているのかを考えているのかを思うと
まるで馬鹿らしい試みであり、
首里言葉を中心にしようとするのであれば
それは奴隷制を復活するような時代への逆戻りである。

その時ふと目に入るのが『ハングル文字の横幕』である。
もしかしたら、島言葉って『ハングル』ではないですよね?

そんなことまで邪推したくなるほど、
最近の沖縄サヨクの劣化ぶりには、
気の毒ささえ、感じてしまうのである。

今日は盛りだくさんのテーマで失礼しました。



59分の動画です。

【沖縄の声】劣化していく沖縄の「平和運動」
/翁長知事は米軍と仲良し?[H30/2/17]

佐賀県で自衛隊ヘリが落ちたという事で大きな騒ぎとなった。
失われた大切な命の事を他に、その問題は大きな波紋を呼び
国家の安全保障にまで影響を及ぼすのではないかと
アホなマスコミはまた騒ぎ立て、弱気な政府は
いつものように対処に追われている。

私もずっと忘れていたことを、先日思い起こされた。
自衛隊の仕事は国防にあるのだが、
ここ数年大きな事故や災害があるたびに
活躍してきたのが自衛隊であり、
多くの人の命を救ってきた行動を私たちは目のあたりにし
その圧倒的な行動力に感謝をしてきたのだ。

日本の自衛隊は決して大きくなく
国防費も米軍がいるおかげもあり、
大きく抑えられているのが現状である上に
実は日本の国境線は世界有数の広さを見せているのだ。

同時に多くの攻撃を受けた時に自衛隊が対処できるのは
そんなに多くないことは以前から指摘され、
自衛隊員を増やす方向へと進まなければならないことを
かなり前から指摘する人たちの少なくなかった。

しかし、現在に至るまで状況が好転したという事は
耳にしないのである。

つまり自衛隊員は増えていないという事になるのだ。

昨今中国や北朝鮮の刺激により、
スクランブル発進や領海侵犯による警戒
さらにロシアによる北方領土の軍事化の監視や
北朝鮮の木造船などが不気味な動きを見せている。

そんな中、米軍など各国との演習など多くの国との連携も
東シナ海南シナ海の中国の脅威を増すごとにを
増えていくことを考えれば考えれば、
その忙しさは想像を絶することは容易に理解できるのだが、
我々国民はさらに自衛隊に多くのことを要求する。

地震の救助活動がそれであり、最近では火山の噴火救助活動、
あるいは除雪作業にまで自衛隊を繰り出す始末である。


自衛隊を讃える動画はいくらでもあるが
どれだけの人たちが救われてきているかを
もっとちゃんと理解して置いて欲しいと思う。




これだけ便利屋のようにこき使われている自衛隊の数は
ずっと変わらないのであることを考えれば、
一人一人の自衛隊員の負担がどれだけ多くなっているかを
私たちは想像しなければならないのである。

整備不良の事故はあってはならないが、
整備不良に追い込むまでの過剰な疲弊を自衛隊員に
与えてはいないかをもっと真剣に考える必要が
あるのではないかと考えるのである。

これだけ重宝にいろんなことに使いながら
我々日本人は自衛隊員に対してさほど大きな感謝も示さず、
ただただ不平ばかりを言っているように思えてならない。

なぜならマスコミを中心とした戦後日本の成り立ちは
軍隊を殺人兵器として考える事に重きを置くばかりに
軍隊の持つ美しく犠牲的な面を見せないようにしているため
自衛隊の動きは表に出てこないのである。

日頃の戦いや災害のための訓練は、
一般の人たちが出来ないことであるほどに難儀な事であり、
熟練が必要になることでもあることは言うまでもない。

しかし日本では、意図的に報道され無い事によって
本来我々を守っているはずのモノたちの姿が見えなくなり
その人たち向けられるはずの感謝の念を忘れるようにと
卑怯な工作が今も続いているのである。

今日の動画を見るまでは私も忘れていた行動に
不発弾の撤去作業があるが、毎日繰り返されているこの作業も
その行いの分だけの感謝を得られていないことは明らかだ。

性格の悪い私は時々左翼活動家の人たちに思うのである。

そんなに自衛隊を嫌うのなら、
それと分かるバッジを身に着けて
何か問題が起きた時には助けないで良いと
他の人たちを優先して助けるようにとの
覚悟を見せて欲しいと思うことがあるのだ。

しかし話は逆であり、
多くの左翼活動家はそのバックに強い弁護士や
裁判所への癒着を持っており
針小棒大に騒ぐことはお手の物だという事が
余計に腹立たしく思うのだ。

愚痴がエスカレートし始めたのでこの辺にしておきたいが、
つまりは、少ない隊員でお真理にも多くの任務を
繰り返すことによる弊害が起きているのではないかと
思えて仕方がないという事であるのだ。

危機の時代がやってきた現在となって
私たちが考えなければならないことのひとつに
自衛隊の増強やシステムを有意義なものにすることも
考えなければならないのではないかと思うのだ。

軍事費に敏感に嫌悪感を示す人たちも多く、
その辺の感覚から変えていかねばならないのではないかと
思うのである。


今日の動画で驚いたのが、
とうとう信号無視までが大大と新聞の記事になるほどに
沖縄の新聞は常軌を逸している。
事米軍や自衛隊が行うことに対しては
どんなことでも悪く印象操作をしたいようである。

動画の中で師匠が面白い事を言う。
信号無視の記事をどんどん投稿して新聞に載せてもらおうかと。

それはいい考えで、そうなれば少なくとも
その分だけは捏造した記事は載せられないからである。

沖縄の課題はまだまだ大きいが
少しずつかわってきているようにもおもえる。

名護選挙が終わってから、少しだけだが沖縄が変化した
ような気がしてならないのは、周りのみんなも
名護選挙の結果には驚いているようで
その驚きは、沖縄マスコミがフェイクニュースであるという事と
直結する事であることを確認したからであろう。

「へえー、やっぱりマスコミが言っていることは嘘だったんだ」
とお墨付きをもらったような感じと言えばいいだろうか。

沖縄の変わり始めそうな予感がプンプンし始めてきている。



59分の動画です。

オキラジ 沖縄防衛情報局 平成30年2月12日

米軍基地であろうが、自衛隊基地であろうが
本来何もなければない方が良いに決まっているし、
そんなものに多額の費用を使うのはばかげたことだ。

そんな分かりきったことを鬼の首を取ったように
「こんなアンケートがあるとか、本来の住民の意志は
こんなところにある」などと、いまだに言う者たちがいる。

名護市長選挙においてもマスコミは負け惜しみのように
移設反対の人の方が多い事を印象つけようとするのだ。

すべての人たちが平和で争い事を起さないという前提があれば、
まことに正しいのだが、世の中そんな風にはできていない。

一定数の悪い奴はいるし、争い事を好む奴、
争い事で儲けようとする奴らがいることは誰でも知っている。

日本や沖縄を考えるとさらに危険で
ミサイルを撃ちこもうとする隣国や
戦闘機や潜水艦・軍艦まで出動させ、
脅しをかけてくる隣国がいるにもかかわらず
恥ずかしげもなく何も知らない乙女のような正論を言っては
得意げになっている姿は見ていて恥ずかしい。

これを『お花畑に住む住人』と呼び、
ある種の軽蔑の念をもって接するのが正解であるのだが、
沖縄ではその『お花畑論』が正論として君臨してきたのだ。

『お花畑論』には、前提が必要であり、
それはすべての人たちが善人であり、戦争や争い事は
絶対にありえないというのがその前提だ。

それ故に中国や北朝鮮の脅威を伝えることは、
その前提を無くしてしまうことになるために
ひたすらに、その脅威を隠そうとするのである。

中国や北朝鮮の危険を正直に伝えながら、
米軍撤退を訴えたり、自衛隊配備に反対したりすることは
さすがの愚か者であるマスコミでも
無理があることを知っているのだろう。

だから脅威を隠し、絶対に攻撃を仕掛けてこないだろう
日本政府や米軍を非難することで『お花畑論』を展開するのだ。

これからの議論の中で同じような国民のアンケートを基にした
話しが行われるだろうことは想像に容易いが、
その前提はどこにあるのかを忘れてはいけないのである。

車を持つことでさえ、どんなに注意していても事故は起こり、
こちらから起さない事故であっても、もらい事故や死亡事故は
かなりの数発生しているのだ。

そのために備える安全装置や任意保険加入などを
無駄な事だと笑う者はいないのだが、事が国防となると
どうしても理解したくない人たちが多いようだ。

よく考えれば、飲酒運転検挙率は高く、
任意自動車保険加入率は低いという沖縄ならではの
考え方なのだろうか?

自衛隊ヘリが墜落し、追悼の意を表するのであるが、
誰かが「戦争中でもあるまいし」と
発した言葉に、そうだろうかと思うのだ。

明日ミサイルが飛んでくるかもしれない
明日中国が戦艦と戦闘機を引き連れてくるかもしれない
中国が台湾に進出して来るかもしれない
東シナ海でフィリピンと交戦状態にはいるかもしれない
米軍が北朝鮮に攻撃を仕掛けるかもしれない
ロシアが北方領土で騒ぎだすかもしれない

何が起きても日本はその渦中の中に存在することになる。
日本はすでに戦争の中にいるのではないだろうか。
そう考えた方が理解しやすい状況にあるように思えるのだ。

こんな世論の中、国防を担う者たちは
密かに戦いを繰り広げているのは確かな事だろう。
それが戦いでなく、抑止戦であったり、誇示戦であったり
戦わなくても出来る戦いを繰り広げていることは十分に
考えられるのである。

少なくとも現在は平時ではないという事を考えれば、
ひとつひとつの出来事に右往左往することなく冷静に事実を
見る目を持っていなければならないのである。

マスコミの起すセンセーショナルな態度に
踊らされないようにすることを期待したいのである。


あの名曲ジョンレノンの『イマジン』の世界は
誰もが夢見る理想の世界である。
他にも音楽や芸術・小説などの素晴らしい夢見る世界は
それだけで素晴らしいものがある。

いつかはそのような世界が訪れることを望まない訳ではないが、
その前提を見ずして、理想を追うのは愚かな事であることを
理解しない限り、怖ろしい思想に変わることも
ちゃんと心の中に整理して置いて欲しいのである。

芸術家や音楽家、思想家が叫ぶ正義や理想の世界に拘るばかりに
現実を見ることを怠ってはならないという事であるのだ。

多くの反日勢力のもっともらしい正論は、
その前提を無視したところに立脚していることが多く、
そのほとんどが政略的なものである。

時折民主主義の国家のように振る舞おうとする中国に驚くが、
中国を民主主義国家と同じように論じる者たちにも驚かされる。

その前提が何であるかを見つめていれば、
そんな者たちに騙されないのである。

「そんな事言っても中国人にも良い人は沢山いるよ」
よく聞きませんか?

民主主義の国家であれば、国民がその国の長を選び、
その国の指針を決めることにもなるのだが、
中国には選挙もなく、国民が国家の長を選ぶことはない上に、
国家の意志は絶対であり、国民の意志とは全く別のモノである。

中国人に良い人がたくさんいることは理解しても、
尖閣や沖縄を奪うことを公言し、軍艦や戦闘機で
沖縄や日本を威嚇しているのは中国の国の意志なのである。

中国は恐ろしい国だという事と中国人は良い人間である
という事は別の話となることを理解できるだろうか?

これから多くの改憲論議が行われ、
国民一人一人のある程度の認識が問われることになる。

先ほど語ったように民主主義の国家は国民の意思を尊重して
指針を決めていくのである。

つまりは、国民の理解と認識がしっかりしたモノでない限り
しっかりした国家の指針は打ち出しにくいのである。

私たちが正しく描く日本観がこれからの日本を創って行くのである。

その自覚こそが素晴らしい日本を創る第一歩となることを
もっと肝に落としておくべきなのである。


30分の動画です。

180205NEWS▽名護市長選当選者に聞く▽那覇軍港移転協議



名護市長選挙の結果は正直言って予想外だった。
なぜなら、沖縄の保守がそんなに育っている様子がないからだ。

今回もマスコミと左翼の思う壺のように
敗戦するのだと思っていたのだがそうはならなかった。

その理由を考えてみるとあまりにも簡単な図式が見えてくる。

それはやり過ぎた左翼と、それを咎めないマスコミと
住民を守ろうとしない市長の姿に答えはあった。

日に何度も家庭まで押しかけて選挙活動をし、
街の至る所で騒ぎ立て、異様な団体は練り歩き、
時間を過ぎても騒ぎ立て、住民の迷惑を顧みないのである。

以前には勝手な検問問題もあり、一方的に被害にあったのは
当の名護市民であることが多く、そのたびごとに
煮え湯を飲まされてきたのは選挙民である名護市民なのだ。

その上、違法な検問を取り締まらないどころか
警察が行う検問に対して左翼弁護士が起こした裁判では
警察側の敗訴となり、それに対して翁長知事は
控訴をすることもしない事実は、司法も行政も
法治国家である日本から逸脱した何かを感じさせたのである。

要約すると、名護のためだ沖縄のためだと言いながら
稲嶺さんに1票をと代わる代わる違う顔の名護市民ではない、
もっと言えば、沖縄県民でもない、思い切って言えば、
日本人でもないかもしれない人たちに頭ごなしに言われると
それだけで反対したくなるのは当然であるのだ。

その上辺野古や名護周辺で行われている反基地運動家は
傍若無人で『反基地運動』さえ唱えていれば
何をやっても警察にもつかまらなければ
マスコミにも攻撃されないどころか
新聞などは『英雄視』さえしてくれるのである。

その現状の醜さを一番見せられてきたのは
選挙民である名護市民であり、左翼の汚さや
暴力的な態度や言動を身近で見て来たのは
やはり名護市民であり、イデオロギーを語る前から
常識的な人であれば、拒否反応を示すのも分かるのである。

この事は、マスコミにも同じことが言え、
ここまで卑劣な行為を隠蔽し、全く違う報道を
堂々と繰り返す姿を知っているのも名護市民であり
そんな名護市民がマスコミの圧倒的なフェイクニュースを
信じないのも当然のことであるのだ。

つまり名護市民が『目覚めた』というのは、
左翼やマスコミを信じてはいけないという『目覚め』であって
保守的な目覚めではないといえそうだ。

ただ、左翼を排除する気持ちが保守に近付いているのは事実であり、
左翼が語り続けてきた言葉や物語への不信感も持ちやすく、
新たな考えを身に着ける土壌はでき始めているのだ。

私もそうだが、左翼にくみしなかったり、
歴史を知ろうとしなかったのは、その事が悲しい思いや
嫌な思いを誘発するだけだと思っていたからであり、
大半の人の気持ちの大部分にそのような思いがあると思う。

だからこそ、知りもしない『従軍慰安婦』『南京大虐殺』なども
クールに「あったかもしれないね」と言うスタンスをとることで
自らの気持ちを守ろうとしているように思える。

誰もが自分の祖先や先人たちが悪人だと罵られることを
こころよく思わないように、知ること学ぶことを拒絶したのだ。

しかし、事実はそうではないことを私は断言する。
日本人は誇り高き素晴らしい民族であり、
同様に沖縄県民やその祖先も立派な日本人であり、
悲しいはずの戦争中であっても数多くの素晴らしい行いを
繰り返してきたことは、多くの事実から理解できるのである。

長い間私たちは自虐史観から、正義に目を向けることに躊躇い、
卑屈なニヒリズムの中で、左翼の行動をたしなめることを
怠ってきたその結果が現在であり、嘘と捏造の反乱する無秩序な
沖縄を創り出してしまったのである。

今度の選挙で分かったことは、
左翼はやり過ぎた、マスコミは捏造しすぎた、
オール沖縄は、おきなわけんみんを愚ろうしすぎたという事だ。

その結果、すでに県民の左翼勢力を見る目が変わってきたのだ。
信頼を失ったものがそれを取り戻すのは容易くない。

洗脳され続けてきた自虐史観が取り払われ、
本当の歴史を知ることになれば、そこには日本人、
沖縄人としての誇りと勇気と心が見えてくるのである。

我々の祖先が素晴らしく誇り高い人たちであることを知ることは
実はとても楽しく、胸躍ることでもあるのだ。

左翼思想から離れ、少しでも歴史に興味を持てば
容易く正しい目を持つことが出来るはずなのである。

今回の名護市長選挙は、まだまだ保守の勝利とは言えないが
大きな一歩のはじまりだと言う事はできるかもしれない。

「そして誰も左翼の言葉を聞かなくなった」
それは新聞であり
テレビであり
ラジオであり
反基地運動家であり
左翼政治家であり
嘘を語り過ぎた沖縄教育界である。

左翼の方々が自らの力を過信し、
あまりにも卑劣な行為を繰り返したことで
沖縄は本来の姿に目覚めようとしているように
思えてならないのである。


久しぶりにボギーさんの登場です。

58分の動画です。

【沖縄の声】
名護市長選挙、渡具知氏が初当選/
稲嶺陣営による目に余る違法選挙活動[H30/2/6]





ずっと気になっていたことがある。
トランプが大統領になってから、『メリークリスマス』が
言えるようになったのかという事である。

オバマ時代、人権派や平等意識が過度に力を持ち、
弱者救済を声に出すことで、一般にいる多数の人達の権利を
剥奪する現象がかなり見えてきた。

もともとリベラル色の強い欧州では、グローバル化や
移民制度の中で当たり前に行われた危険な風潮は、
アメリカに渡ると大きな違和感を含んだ風となり
アメリカ国民を苦しめはじめたのである。

異常なほどの差別恐怖症に陥った優しいはず人権擁護派たちは
当然普通の人たちが持ってるはずの人権にまで手を突っ込み
怖ろしいまでの魔女狩りを始めたのである。

少数の弱者に気を懸けない者たちは野蛮であり、
世界の敵である卑劣な人間として、マスコミを中心に
断罪されるようになっていくのである。

その代表が「メリークリスマス」の言えないクリスマスである。

イスラム教もユダヤ教もあらゆる宗教を持つ者がいるアメリカで
他の宗教の事を思えば、気軽に「メリークリスマス」と
言うのは失礼であり、クリスチャン以外の人たちにとっては
非礼であり、心ない言動であるとしたのだ。

それをキリスト教国であるアメリカは、大統領就任の時、
聖書の上に手を置いて宣誓をする国であるにもかかわらず、
訳のわからない平等意識に屈していったのである。

その流れは止まることなく、
アメリカという国を変えていったのである。

言いたいことを大声で言い、思ったことを高らかの叫び、
周りに媚びることなく自らの主張をすることが
アメリカの持つ最も強みであり、自由であったはずだが、
時と共に、アメリカが窮屈な、大人しい国へと変わり始めたのだ。

「メリークリスマス」といえば、蔑むような非難の目が注がれ、
クリスマスを叫ぶ店には、ボイコット運動まで起こる始末で
その上、その批判行為が『正しい事』だとして認識されたのだ。

国民の大多数がクリスチャンの国であるアメリカが、
少数の多宗教の人たちに気兼ねし、その心の拠り所である神への
歓びさえも口にできないことが、当然とされたのである。

アメリカ人の鬱屈した感情と納得いかない想いは蓄積され、
途方に暮れた時に現れたのが、トランプ氏であったのだ。

だからこそ、「俺を大統領にしてくれたら、好きなだけ
『メリークリスマス』を言えるようにしてやる」
と叫んだトランプの言葉にアメリカ人は震えたのである。

トランプ氏が大統領になって一年、どうなったのだろうか?
「メリークリスマス」と言えるようになったのだろうか?
日本には反トランプのニュースしか入ってこない。

アメリカに詳しい人に聞いてみたら
事あるごとに「メリークリスマスと言おう」と
トランプ大統領は叫んでいたらしく
以前のような忌避感は消えて、堂々と言う人が増えてきたが
まだまだ昔のようではないとのことらしい。

でも私は想像する。
アメリカの田舎の雪深い豊かではない白人の町では、
以前と違った晴れやかな気持ちで「メリークリスマス」を
交換し合っている姿が見えるような気がする。

その当時言われていたことがもう一つあり、
ポリコレと人権意識が高くなりすぎた欧米のため、
『メリークリスマス』を最後まで使っている国があるとしたら
それは『日本』だろう、と。

確かに日本において「メリークリスマス」を咎められたことも
使うことを躊躇ったこともなく、
今年も三角の帽子をかぶったサラリーマンが千鳥足で歩いていた。

トランプ氏がいち早く日本とのコンタクトを取ったのには
そのような事も含まれているのかもしれないと
勝手に思ったりもするのだが、考え過ぎだろう。

http://iwllgiveitatry.com/merrychristmas_trump2017/


実は現在アメリカでは大変な事が起きているようだ。
例によって日本では報道されていないのだが、
正しき者たちの仮面がどんどん剥がれはじめてきているようで
綺麗な言葉の裏にはやはり、どす黒い腹の中があったようだ。

トランプ氏の巻き返しは始まったばかりである。

トランプ氏の創るアメリカがどのようになるのか
ワクワクしながら見守りたい気持ちである。

そしてその結果は、必ず日本のためにもなるはずである。
と信じたいのであるが…



141分の動画です。

【DHC】1/31(水) 藤井厳喜×大高未貴×居島一平
【虎ノ門ニュース】


長い長い8年間の稲嶺市政に終わりを告げることを
名護市民は選択した。
昨日の私の言葉を使えば、名護市民の勝利である。

米軍基地がどうであろうと国の専権事項であり
名護市が決定できることはないはずなのだが
その事に関わり過ぎて、名護市を見ることを辞めていた
市政の終わりを名護市民が求めたのである。

辺野古や基地問題だけではなく、名護市民も自由に動いたり、
働いたり、遊んだりしたいのである。

国防は国の考える事であり、市政が口出すことではない。

名護市民も大きな肩の荷が下りたのではないだろうか?

新市長の渡具知氏が、素晴らしい人であることを願うばかりだが、
とりあえず、名護のみなさん、おめでとうございます。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6270894

法の下の正義が執行されない沖縄では
左翼的なものだけが、頭上高く掲げられ
綺麗な言葉と共に本来の心を消し去ろうとしている。

イデオロギーのために権利の無い者が
一般市民の車両を検問し、通行を許さなかったり
嫌がらせをすることが許され、
治安維持のために行われた警察による車両検問に関しては
一審で警察側が敗訴する始末、その上何という事か
警察のトップであるはずの翁長県知事は控訴しないことを決めた。

怖ろしい事に、自らの部下の権利を奪い取り、
お前らがした行為は、許されない行為なのだと認めた形となる。
その理由が、「だって彼らはそんなに悪そうな人でもないし、
福相や言動から見ても大丈夫そうな人だからね」との事だ。

もしそれが、障害や殺人の問題となっていたと考えると
まともではないことが分かる。

反面、不時着や事故だと騒ぎ立て、
被害も損害も出ていないことに大きく騒ぎ立てて
わずか数百メートルも離れている場所への着陸が
さも殺人行為のようにテレビや新聞で騒がれるのである。

実際数百メートルも離れていれば、かなりの安全であり、
事故防止のための着陸を事故扱いすること自体が
大げさな事実誤認であり、つまりフェイクニュースの匂いが
プンプンしてくるのである。

そんな話の中心は、もうすでに本日となっている名護市長選挙
となるのだが、今回も大きな民族大移動が始まっているようだ。

お察しの通り、沖縄の選挙は無法地帯で、
取り締まる気の無い選挙管理委員会とマスコミのサボタージュは
故意に左翼の優位を制度的に生み出すことを隠さない。

選挙が際どければ際どいほどに、無法化は悪化し、
あからさまに選挙前には住民が何千人も増えるという現象は
到る所で確認され、選挙後にはその数がそのままいなくなることも
確認されているのである。

先日、保守が破れた南城市長選でも数十票差の敗因は、
そこにあったとも言われているし、正解に近いとみられる。

その大半は、本土からの住民であり、ワンルームに10人以上の
居住申請がされることは普通に行われていることのようだ。

つまりは、沖縄の選挙は本当の住民が決定していないことも
少なくないという事であり、それを助長するのは、
前述した、司法や行政が住民の権利を守ってくれないことにある。

正論をぶつけ、証拠を見せつけても、司法や行政が動かず、
左翼の暴力行為を見逃すのであれば、平和なように見えても
無法地帯であり、『君子危うきに近寄らず』という態度は
責められるものではない。

そのような事がはっきりと見え始めてきた現在は、
もっとあからさまに左翼思想家たちは行動し始めている。
なぜなら完全に彼らの味方化した沖縄マスコミや
ほとんどの本土マスコミは、報道しない権利を持ち出し
見て見ぬふりをしてくれることを知っているからだ。

まだ騙されている人は多いようだが、
沖縄マスコミと本土の大手マスコミはグルである。

これだけ騒がれながらも独自取材を行うことなく、
沖縄のニュースをすべて沖縄マスコミに頼りきることの裏には
知らないふりをすることで、得ているモノがあるとしか
考えられないし、そのほうが彼らにも都合がいいのだろう。

と考えると、日本全国のマスコミが沖縄のこのような状況を
容認しているという事になるという事である。

この状態のどこに救いがあるというのだろうか?

現在行われている選挙選で、どうしても左翼側に折れない住民に
左翼連中は、保守のふりをして言うのだそうだ。
「がんばれ渡具知(自民公明推薦)と書いて投票してください」
と、名前以外の事を書くと無効票になることを知っているからだ。

だからこそ私は、沖縄の選挙において
保守の負けはないのだと思うことにしている。
なぜならここ沖縄には公職選挙法は適応されていないからだ。
 
しかし、保守の勝利はある。
このような中でも勝ち抜ければこそ、本物の勝利である。

名護市長選、大混戦だという話だが、どうなることやら。
ただ、この稲嶺市政は『稲嶺不況』と言われるほどに
名護の市政はボロボロである。
当然のように未来を展望できない者が創り出す世界は
悲しいものでしかないのだ。

その悲しい発想は「パンダを誘致する」という事らしい。
やはりここでも中国の影が見えてくるのである。

名護市民よ、選挙に行こう!
そして「渡具知武豊」とだけ書くことを勧める。
間違ってもがんばれだとか、頼むぞだとかは
書かないように願いたいものである。


60分の動画です。

【沖縄の声】反基地活動家のメッカ、
「高江」で起きた2件の検問/翁長知事の控訴断念、
職権乱用の疑い[桜H30/1/31]


怖ろしい事にもう30年前のことになるが
ネパールの第二の都市であるポカラという町から
ヒマラヤ山脈の中腹にあるジョムソンという村へ飛ぶ14人乗りの
双発の小型飛行機になることになった。

トレッキング(山歩き)の拠点でもあるジョムソンに行くので
乗客のほとんどが外国人であったのだが、
運悪く私たちが予約を入れた日から2日間、悪天候とのことで
フライトがキャンセルされた。

私たち旅行者は、その度にチェックアウトした宿に戻っては
またチェックインすることを繰り返していた。

三日目も待機所に行くと、どうやら難しそうだとの判断だ。
たださすがに待たされごねだした白人旅行客がワガママを
言いだしたのである。
「いつまで待たせるんだ?飛ぶ気はあるのか?旅行の日程が
あるんだ。これ以上待てない。」

そんな声の中1時間様子を見ると、フライトすることになった。
ただ危険と判断すると戻ることを宣言してのフライトだ。

その事を告げられると、今まで先頭になって怒鳴っていた
白人カップルが、今度は
「私たちの命がかかっているのよ、本当に大丈夫なの?」
と言い始めたのには、言われたパイロットも近くにいた私たちも
驚かされたものである。

パイロットは、私たちの近くに来て、
「俺の命もかかっているんだからな、大丈夫だよ」と
小声で言ったのを覚えている。

ヒマラヤの筆舌しがたい絶景の中
時折風にあおられて大きく揺れながら
乱気流に翻弄されながらも
アクロバットのような着陸を披露したパイロットは、
ジョムソンでは、さんざん悪態をつかれた白人たちの
賞讃の中で自慢げであったのも覚えている。


時にはこんな動画も、私たちが行ったジョムソン空港は
舗装もされてなく空港も掘っ建て小屋のようなものだった。

ネパール20120324-01(ポカラからジョムソンまで).wmv



私が行った頃のジョムソン空港。

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最近この風景を思い出す出来事が多くあり過ぎる。

先日も翁長知事が米軍の不時着を罵るように批判し、
なぜか保守と言われる人たちも、
批判に加担するコメントだけで終始している。

もちろんそんな不時着や事故など
ない方が良いに決まっているのだが、
そこには最も大切な人たちのことを何も考えていない言動に
驚くのである。

それはヘリや戦闘機に乗る兵士の気持ちであり命である。
簡単に命を落とすようなものに、乗る兵士がいるだろうか?
自らの命を犠牲にしてまで危険な行為を犯す兵士がいるだろうか?
ましてやまだ訓練の段階であり、戦闘ではないのだから。

よくもぬけぬけと「危険な乗り物」と勝手に判断し
勝手な憶測で批判しているしているようにしか思えない。

危険であれば、危険でない段階まで整備するだろうし、
危険であれば危険でないレベルまで操縦技術を磨くものである。

あたかも兵士の命があまりにも軽々しく認識され、
あるいはいらないモノであるかのような発言が多い事に
大きな憤りを感じるのである。

中国や北朝鮮の脅威を一手に引き受けている形の米軍は、
それでなくてもかなり実践的な訓練をしていると想像する。

そんな中、安全性が重視される昨今の風潮では
軍隊であっても多くの安全マニュアルが決められていて、
計器の異常や疑わしさがあった場合の対処法が決められていて、
①基地に戻る 
②安全な場所を見つけて着陸する
③即時に不時着を試みる
などとあるようだ。

その一つ一つを事故だと騒ぎ立てていたら何もできないし、
何よりもあまり言われていない事だが、
いまだ沖縄の米軍の飛行機事故で
民間人の死者は一人もいないという事実を
私たちはあまりにも知らされていないのである。

それどころか危険であると叫び続けている普天間基地を
移設するのに反対し、子供の命を守れと叫ぶのに
嘉数小学校の移設までも反対したのは、反基地運動家たちである。

つまり命を盾に反対活動をしている反基地運動の真の姿を
私たちはしっかりと見なければならないのである。

そしてもう一つしっかりと考えなければならないのは、
これほどまでに米軍や自衛隊の活動が活発化しているのは
もはや沖縄周辺の状況は、すでに『平和』の状態から逸脱し、
戦闘状態に入っていることを告げていることである。

批判しなければならないのは、中国、北朝鮮であり
彼らの行為なければ、米軍自衛隊の激しい訓練や
不時着のようなことは起こらないのである。

危険なヘリや戦闘機を飛ばさないようにするのなら、
中国やきたちゅ戦に向かって、挑発行為や、侵略行為を
止めるように反戦運動を繰り返しするべきなのである。

その運動の矛先がどこに向かっているかによって
誰のために戦っているのかが理解できるのである。

今沖縄で繰り広げられている反基地運動やマスコミの姿勢から
決して日本や沖縄を守ろうとする姿勢が見えないことは
もう飽き飽きするほど見せられてきているはずなのだが、
まだ、命を張って何かを守ろうとする者たちの
命の重さを感じない者たちが多い事に失望するのだ。

不時着や着陸を事故と呼びたい者たちが言うような
危険な乗り物なら、そこに乗る者はいないはずなのである。

命の価値の『差別』をしていることに彼らは気付かずにいる。
なぜなら彼らは一方的に『差別』を指摘する側だからだ。

あなた達の不注意で私たちの命が危険にさらされているのだと
他者の命への配慮はないままに正当化をするのは
あのヒマラヤでの光景に似ている。

しかし、本当に私たちを守っているのは
ヒマラヤのパイロットであり、沖縄の米軍や自衛隊であるのだ。

米軍や自衛隊の決死のスクランブルや訓練が
どれだけ中国や北朝鮮にとって、脅威に映っているのかを
考えれば、それだけで大きな抑止力である。

彼らの尊さや勇気と命に感謝の念を
もっと持たなければならないと思うのである。


知事が米軍に対してクレイジーという言葉を堂々と言い、
テレビが報道することは、ポリティカルコレクトレスには
引っかからないのだろうか?
ヘイトにはならないのだろうか?


1分の動画です。

翁長知事「米軍全体がクレイジー」 
ヘリ不時着問題(18/01/24)


子供の頃の私がそうだったように、
日本や沖縄の歴史を知ることがとても苦痛だった人も
少なくないと思う。

戦争の話や日本が負けた話で、胸ときめく話は一切なく
悲しくなる話や暗い影が気を重くするのを感じた。

その上、沖縄は見捨てられたのだという話が大きくなると
いつの間にか仲間だったはずの日本兵の悪行を語る者の
口は歪み、もうそれ以上聞きたくないという気に
させられたものだ。

多分私の世代の者たちは、真剣に聞かされてきた者と
もう聞きたくないと耳を塞いだ者がいたように思う。

後者だった私はだからこそ、教えられなかった日本の歴史や
戦争の本当の姿を知った時には、心躍り、
ある種の誇りのようなものが芽生えたように思うのだ。

去年マスコミが崩壊し、教え込まれ洗脳され続けてきた
戦後日本の姿を根本から疑わなければならない事態が来て、
同時に、社会が常識としてきたことや
学校で現在教えていることさえも事実ではなかったことも
あるのだという事が判明し始めた。

その上、あまりにも卑劣な左翼反基地活動家による
傍若無人な行いは、法治国家の体さえ意味をなさない程に
あからさまな卑劣さを見せつけたのである。

警察権や裁判までもが、正義とは程遠いものであったことを
痛感させられる形となり、沖縄のマスコミは、まさに
『悪』の象徴のようにとらえられ始めて来た。

そんな中、今年は何をすべきかを考えた時、
あれは違うこれは違うと捏造の数々を洗い流すことよりも
真実はこうだったのだという事を知るための一年に
すべきであるのではないかと思うのだ。

アメリカ占領下、日本の敗戦自虐史観を高めるために
日本が嫌いになるように仕向けられた教育と洗脳が
日本中を席巻し、その手段として使われてきたのが新聞や
テレビ・ラジオ・雑誌であり、そして教育機関であったのだ。

やっと、昨今になりその事が誰の目から見ても明らかに
理解できるようになってきたのだ。

それならば、我々がしなければならないことは
間違った知識を捨て、正しい知識を身に着けることによって
考え方の基本さえも見直さなければならないという事だ。

大変な作業に思われるかもしれないが
実はこれこそがとても楽しく有意義な時間を送れることを
私は約束することが出来るのである。

しっかりと歴史と真実を見直した時に
一番に驚かされるのが、私たち日本人の
あまりにも美しく・強く・豊かな精神に
触れることが出来るからである。

そしてこれまでと違い、暗い影を引きずった歴史ではなく
夢と希望と絆をそこに見ることが出来るからであり、
私たちの祖先がこれほどまでに誇り高く、
素晴らしい人たちであったことを知ることは、
私たちの中にも大きな自尊心として根を生やすことになるのだ。

それは、暖かな心の伝承であり、
自らの自信として変化することは疑いようも無い事であり、
自らにつながる者たちの誇りを大事にすることで
自らの誇りも形成されていくのである。

こんなに楽しい学びはないはずなのである。

幸いなことに現在ではネットという世界があり、
その中にはいくらでも知ることが出来る材料が山とあり
知ろうとする者の知識欲を満足させてくれるのだ。

真実の知識を身に着けていく喜びと感動を
一人一人が身に着けた時に、日本人として生まれたなら、
反日思想などありえないことに気付くのである。

そうなれば、現在沖縄で行われていることの愚かさが
一目でわかることだろうし、
愚かな行動を起こしている者たちの姿が何者であるかを
知ることが出来るのである。

考え方の違いを言い争うよりも、真実の世界を見せる方が
理解してもらいやすいかもしれないと思うのだ。

今年はそういった動画も掲載していきたいと思う。

真面目な動画は皆さんが見つけてもらいたいのだが、
今日こんな動画を紹介します。


とんでもなく進んでいた江戸時代の話など

♯77 報道特注
【富士山を世界遺産にしたカリスマ小田全宏登場!②】




エチオピアに与えた日本の影響

【日本の病巣を斬る!】♯21 
プロパガンダ漫画家はすみとしこ見参





沖縄と韓国はよく似ている。
ずっと前から言っていることなのだが、
その気持ちは未だに変わっていないどころか
どんどん、確信じみて来たように思える。

慰安婦合意に関する韓国政府のやり方を
恥ずかしいとし、声をあげている者たちも
多かれいる事であろうことは推測できるのだが、
一向にその者たちの声は表舞台に出てこないのだ。

沖縄もやっと最近になってネットやFMラジオによって
知らされる沖縄の現実を知るにあたり
幾らか保守の声が聞こえ始めたが、
まだまだ地上波や大手マスコミの力にはかなわない。

そのちうぁ慣れて見る者たちには
一方的な赤い左翼の島沖縄であり、左翼の国韓国として
映っていることだろうと思う。

韓国はさておき、
沖縄の場合を考えると、県の政財界マスコミ・教育界など
多くの主要場所を反日勢力に握られ、
反日であることで潤って行く政策が長年続けられ
そのシステムが画一化されてしまうと
もう余程のことがない限り、変えることは難しい。

その上、現在行われている観光政策は、
中国が主導権を握ることによって沖縄の財界の
首根っこを抑えようとする行動が着々と実施され
中国無くしては繁栄ありえないという空気を作り、
実際そのように動いていることを考えると
ますます沖縄は立ち直れないのである。

慰安婦合意問題で揺れる韓国を見るにつけ、
これが国としての体を成しているのかという疑問を持つ。

どんどん社会主義勢力へ飲みk稀酔うとする姿を
資本主義社会で生きてきた韓国国民はどのように見ていて
どのように感じているのだろうかと考える時、
やはり大きく声尾をあげている国民は多くいるのだろう
と考えるのである。

何がその声を取り上げないかというと
沖縄同様で社会システムが間違った形で硬直し、
マスコミの偏向、扇動のため間違った世論が
作られ、異を唱えることを許さない形が出来ている
ように思えてならないのである。

そうなると問題は首長である知事であり、韓国大統領と
言うよりも、その社会的システムにあるような気がしてならない。

戦後、植え付けられてきた捏造の数々を
政治的にも学術的にも史実的にも経済的にも
一つずつ一つずつ真実としての烙印を押し続ける事によって
本当の真実よりも強い捏造を作り上げてしまったのだ。

韓国にしても、沖縄にしても
共に同国民として戦ったはずの日本を敵とみなすことにより
敗戦の批判をかわし、可哀想な被害者になることで
自らの悲しい自尊心を守ろうとしているし、
経済的な乞食同様の施しを受け取る言い訳にもするのである。

戦後賠償は、終わることのないモノにするために、
心からの謝罪を求める姿まで同じであり、
謝罪はいくら行ったところで、満足されるものではないのである。

是正する術はすでにないと同様に
3000億の金を毎年もらうことで成立している沖縄の経済を
今年も日本国は沖縄に許したのである。

まともな経済を作り上げても、3000億の経済を作ることは
大変な事であることを知っているからこそ、
この莫大な金を生むシステムは強靭であり、
他の経済的利益を生むことに関心を向ける妨げに
なっているのである。

なぜなら、沖縄の経済を発展させようとする時に
確かに邪魔になっているのは、基地であることも否めず、
その大きな存在の基地を失うことは沖縄の真の損害であることを
沖縄を牛耳る者たちは知っているために
基地反対運動をしながらも基地を動かすことに
大きな反対をするのである。

「辺野古基地移設反対」は「普天間基地を動かすな」と
同意語であるし、
「基地は危険だ」は「危険な分、金を出せ」と同意語だ。

恥ずかしげもなく、『基地は出ていけ、お金は頂戴』と
知事どころではなく、沖縄の議会も沖縄マスコミも
その事だけは大きな声叫ぶのである。




こんなところに任せる自治権が必要なのだろうかと
真剣に考え始めているのだが、
法治国家とは法を守れる者たちが創る理想国家である。

法を守れない者たちに与えられる自治権とは、
あのISやテロ集団と何ら変わらないものでしかない。

今沖縄に託せる政治家がいるだろうか?
答えは悲しいばかりであるが『否』である。
それならば、私たち沖縄県民が出来ることは、
自治権を中央に還すことではないかとさえ思えるのである。

まだ私の独り言の域を出ていないが、
それ以外に沖縄が急速に変われる術は考えられず、
考えられるとすれば、中国の侵攻や北朝鮮の動乱が
沖縄に影響を与えた時でしかないが、
その時沖縄がどうなっているかの補償はないのである。

しっかりと考えておくべき課題だと思う。


32分の動画です。

須田慎一郎、有本香 翁長知事!3000億円、
どこに使ってるの?

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