沖縄を笑おう!

より良い沖縄を目指し、 間違った沖縄を批判することによって 沖縄の現状を県内外に知らしめよう! 知らないために悲しい沖縄を作らないように…

沖縄県民ならほとんどの人がポーク卵が大好きだ。
言わずと知れたポークランチョンミートの缶詰の事だ。
本土では「スパム」と言われることが多いようだが、
うちは昔から「チューリップのポーク缶」である。

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不思議と我が家はチューリップでなければいやで
他のメーカーだと不思議な違和感を感じてしまうのだが
それ自体が家の味になっているのかもしれない。

もちろん沖縄県人は、何にでもポークを入れるし
野菜炒めにも、みそ汁の具としても入れるため
どのメーカーのポークランチョンミートかによって
微妙にそれぞれの味を楽しんでることになる。


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いつの頃だったろうか、
突然健康ブームがやってきて減塩ブームがやってきた。
時の力に流されたのかチューリップにも『うす塩』表示の
缶詰が現れたかと思うと、あっと言う間に
「うす塩」ラベルのポーク缶それだけになった。

こんな会社だったなんて知らなかった…
Tulip Food Company - corporate video - Okinawa



元の味を愛していた私にはどうしてもこの減塩が許せない。
あの豊かだった風味が薄くなり味わいまでも薄くなり
そうなると野菜炒めの味や他の味まで変わってくるのである。

スパムにはレギュラー味があるので試してみたが
もともとうちの味ではないためにしっくりこない。
わしたポークなどは上品すぎて話にならない。
沖縄チューリップのHPを見ると、現在の商品には
「うす塩」表記のものしかないことが分かった。

失われた味覚になってしまったという事なのだろうか。
確かに健康には「うす塩」の方が良いかもしれないが
すべてそうなってしまうのもあまりにも極端だ。

最近に見られる御仕着せがましいお節介な強制に似て、
良いと思われることには逆らうことなく従えと
言われているようで納得いかないのであるが、
最近このようなお節介が社会の中で蔓延してきている
ようでとても嫌なのである。

愚行権と言う考え方がある。
たとえ他の人から「愚かでつむじ曲りの過ちだ」と評価・
判断される行為であっても、個人の領域に関する限り
誰にも邪魔されない自由のことである。

この考えからすれば、人間は個人において
大いなる自由を手に入れることが出来るのだが
最近におけるポリコレやLGBT、同性婚などの法制化が
いかにこの精神をへし曲げているかが理解できる。

つまり、思想や生き様をも法制化することで
小さな息苦しいものの中に人間を押し込めようと
しているという事なのである。

失われたというと、かつて天久にあったアイススケート場
の中のラーメンがオキコラーメン(沖縄のインスタント
ラーメン)具はボイルドされたポークランチョンミートで
行く度に寒い中湯気を立てて食べるのが好きだった。

このような思い出は沖縄県民だけのものであり
他の日本人が持つ想い出とはかけ離れたものがある。
それほどまでに我々沖縄県民は、アメリカにより
当時としてはよりよい環境を与えられて生きてきたことに
間違いないのである。

その現実を踏まえずに、文句だけを並べて、理屈付けして
恩人や仲間たちに悪態をつき、傷付けようとする沖縄の
現在の公けの姿は恥ずべきものであると思わずにいられない。

現在我々が沖縄の地で見せつけられている平和運動は
ケンカの後に握手をして仲良くなることを拒んだ人々の
所業である。
お金のために握手を拒んだ方がもうかりそうだと思っている
人々の所業である。

つまり許す気が無いから握手はしないということを
終わることの無い闘いとして永遠に続けていこうとしている。
 
反基地活動家の妨害に苦しむ業者の悲しい現実が話題



悔しさも悲しみも喜びもその価値も知らない心無い者たちに
先導され、戦後衣食住を与えられ明日の夢を与えられてきた
人たちが、反基地テントの中でポークおにぎりを食べ、
ハーシーズのチョコを食い、ジミーのケーキを食べるのだ。

『令和』になり、『昭和』が遠い昔になり、
『昭和』の事を知らない人たちが大半をしめようとしている
ことがあり、伝えなければならないことがあると思いはじめた。
今の人たちが教えられているほど、戦後や昭和は
辛く悲しい時代ではない。

今をも知る者としては、今よりもがさつで乱暴ではあったが
自由で活発な時代でもあったのである。
あまり悪い時代であったと認識してほしくないのだ。

願わくば、かつてのチューリップポーク缶の
復活を願うのみである。
復活した時には、あまりにガサツな味に驚くのであろうか?


今日の動画について。
とうとうトランプ大統領の評価が変わり始めてきたようだ。
マスコミが嘘つきだとのことが当然のことになり始めたのだ。

教えて!ニュースライブ 正義のミカタ 2019年5月18日



今日は想い出話をする。
沖縄の復帰記念日が来るたびに
いつも思い出すのは子供のための駄菓子などが
高くなったという事だ。

駄菓子屋を当時は「イッセンマチャー」と呼んでいた。
「マチャー」はお店であり、「イッセン」は1セント
なのか、1銭なのかはわからないが汚い子供たちの
社交場だった。

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不思議と地域ごとに人気のイッセンマチャーグァがあり
わずかに離れたとなりの地域に行くとまた違う
イッセンマチャーが子供たちの中心となっていた。

その品揃えも個性的だったことを覚えている。
うちの地域にあるものが無かったり
うちの地域にないモノがあったりで
他所の地域のイッセンマチャーを見るのも好きだった。

もちろん豊かでない子どもたちは
今日は何を買おうかと前日から考えていたり
衝動で決めたり、買った後に後悔したりと
小さな心を日々磨いていた場所でもある。

今日こそはでかい飴が当たるようにと引いた糸の先の飴の
大きさがその日の気分を大きく決めたりもしていた。


糸付き飴

ドルから円に代わり
その社交場の価格がドンと上がった印象が私の中では強い。
実際の価格を覚えている訳ではないが、
いつも嬉しそうにイッセンマチャーにいる時の想いででは
ドルを使っている。
ドルといっても当時の私たちが握りしめているのは1セントと
5セントであり、10セントを持つと大金持ちの気持ちだった。

そんな事を今年の復帰記念日にも思いながらネットを
フラフラしていると50年近い前の記憶がどんどん蘇る。

ろくな物食って無かったし、今では禁止食物も結構ある。
その中でそれでも楽しくたくましく過ごしてきたのだ。

今はおっさんおばさん、
あるいは死んでしまったかもしれない人たちの姿が
不思議と若い顔で脳裏に浮かんでくる。

時々沖縄は幸せだったのではないかと思うことがある。
戦後すぐにアメリカに統治され、多くの日本と違い
食べる物に困るようなことはなかったのである。

日本に戻った時でもすでに日本も国力が付いた頃であり
どん底の空腹にあえぐことはなかった。

缶詰食、肉食、デザート、お菓子など日本では考えられない程
庶民の食卓には贅沢品が並んでいたのだ。

私の思い出の中では米兵に何されたとか、蔑まれたとか
そんな想い出はない。
新聞の記事のようにアメリカや自衛隊を鬼のように悪く
言うほどの悪い思い出も無い。

基地側に住む親せきの家の隣の外人住宅のアメリカ兵家族、
少女と仲良くなりアメリカ人主婦の手作りのシュークリーム
をごちそうになった時の感動は今も忘れずに胸にある。
とても優しくしてくれたし、兄弟へのお土産ももらった。

ベストソーダの画像が目に入る。

ベストソーダ(中)


久茂地小学校の裏に今や有名になったぜんざいの富士屋の
前身にあたる「富士冷菓」があり、おにぎりとリーフパイ
(私達は草履パイと呼んでいた)の入ったガラスケースの上に
すべての種類のベストソーダが並んでいた。

何種類あったのだろうか。
調べればわかるのだろうが、あえて調べないでおきたい。
ベースの色の茶色、赤、白、緑、黄、黒、ピンク、オレンジ
などなどがずらっと並んでいた。

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全種類飲もうと決めたことは記憶にあるが、
全種類飲んだのかという記憶は無い。
ただその並んだ姿の美しさに心弾んだ記憶がある。

あの頃の沖縄も子供の目から見て悪くなかったし楽しかった。
今の沖縄もそう悪くないし、観光客も増え続けている。

その沖縄を悪く言う人たちが沖縄の中に多くいることに
疑問が湧く。
過去の事ばかりに囚われて、前を見ようとしない人たちが
あまりにも多すぎる。

その過去も偽物の過去でしかないのだが、自ら惨めな世界に
自らを追い込んで悲劇のヒロインにもなり得ない人たちが
今沖縄を悪しき島に変えようとしている。

あなた達が生きたこの沖縄は、そんなに悪い所だったのか、
心に手を当てて自らに聞いてみて欲しい。

駄菓子屋で手に入る子供の夢のほとんどが日本製のものだった。
その頃大人が食べていたハーシーズなどのチョコレートや
ブルーシールのアイスは簡単に子供の買えるものではなかったが
腹いっぱい食べたいという夢を与えてくれた。


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私達は確実にアメリカと言う夢と憧れに動かされてきたし
目標としてきたはずなのである。

悪い奴も良い奴もどこにでもいて
その比率によって良い国であるか悪い国であるかを判断する
のが当然のことであるが、一つの例をことさら叫ぶことで
悪く言ったり良く言ったりすることは愚かな行為である。

あまりにも多くなりすぎたマスコミや沖縄県政の嘘が
最近では目に余り、愚かにさえ見えてくる。
そんなことを思った今年の復帰記念日である。

あ、思い出したことがある。
もう死んでしまった親父に昔の事を聞いた時
ダンパ(ダンスパーティ)がブームになり
とても楽しかったと懐かしそうに話してくれた。

大人は大人の世界で当時を楽しんでいたはずである。
悪い思い出ばかりにしたがる人たちの暗い性格を
どうにかしたいものである。

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「ちゅらさん」が美しい、清らかと言われているのは
すでに有名な事になっているが、
「ちゅらかーぎー」となると美しい顔となる。

この「かーぎー」の語源を調べるとなんと「影(かげ)」
にあり、美しい顔を「清らかな影」と言葉にしたのである。

そのような事を語りながら、沖縄人は日本人であることを
あまりにも当然のことであると話している。

【我那覇真子「おおきなわ」#68】村田春樹~「琉球独立論」
があり得ないこれだけの理由[桜R1/5/10]



沖縄県民の意思をよそにどんどんと広がり始めている
琉球独立運動の民意を問うことはないのだろうか?
県民の1%も存在するのだろうかと思うのだが…

民意を勝手に使用する者たちがいかに利己的な人たちかを
理解できるのだが、消費税増税の事についても
民意を問えばかなりの大きな数で消費税増税反対のはず
なのだがそのような民意はマスコミには存在しないのである。

なぜ、消費性増税反対運動や反対を支援するムーブメントを
起そうとしないのかがマスコミ不信のひとつである。

特別に新聞などは消費税増税の対象にはなっていないために
反対はしないのであると言われているが
それならば新聞を含めたマスコミは
初めから庶民の味方ではない、庶民の目線を持っていない
という事になるのである。

庶民の目線にあるならば、同じような苦しみと
同じような環境の中で過ごし、意見をしてもらいたい。
自らは安全な場所に居ながら、貧困や安全・安心を
語るのはあまりにも卑劣な行為だと悟るべきである。

三橋貴明「“国の借金”というウソ!」 政府の
負債・日本国債所有者 [モーニングCROSS]



素直にただ沖縄の民意を問えば
天皇陛下・上皇陛下に関する好感度はかなり高い。

しかしいざ、選挙となると何がどう誤魔化されたのか、
昭和天皇に火炎瓶を投げた人や罵声をあげた人が
市議会や県議会、参院・衆議院戦でも勝ってしまうのである。

そこにどんなからくりがあるのかは、沖縄に居てもなかなか
分からないのであるが、大きなヒントとなるのは
その場の説得にただ負けているだけだと最近では思うように
なった。

物事の関わりを大きく捉えるのが不得意な沖縄県民は
その場の乗りや空気や親類関係で物事を決めるのが一番と
考えている節があり、自分の一票の重さをさほど重いものだとは
考えていないのである。

いつもは過去の戦争や米軍・日本軍のことなどすでに
過去の事としてみんな許し、肩を抱き合うのだが、
その事に意を唱える人がいると、面倒くさいから
そちらに合せておこうかと安易に考えるのである。

なぜならその異を唱える人たちが厄介な人たちだからである。

しつこい、うるさい、うっとおしい。
反論しにくい言葉を使いながらネチネチと人を変え所を変え
訴えてくる日常に辟易する体験を沖縄県民なら、
見聞きしているのが通常だ。

それ以上に暴力的な行動や嫌がらせの類の話も
例に困らないくらいに多く見聞きしているのである。

毎日のように報道されている辺野古や基地周辺の嫌がらせの
反基地運動であっても、どんなに法を犯しても
ほとんど逮捕されない事実を見せられると
一般市民としては逆らうだけ無駄であり、
厄介な事だと思ってしまうのである。

沖縄のマスコミの下劣さをどんなに叫んだところで
行政がしっかりとした法治社会の現実を見せてくれない限り
沖縄の政治体制は変わらないのである。

つまりは、違反者はどんどん逮捕し罰金をさせるべきであり、
法治国家がどのようなものかを反基地運動家たちに知らしめる
事が大切であるという事である。

簡単に言えば、しっかりとした法治国家でないからこそ
法治国家になれないという事なのかもしれない。

民主主義の立場を利用して日本を批難する沖縄知事のその
頼る先の中国は、民主主義ではない共産主義国家であることの
不思議さに誰も口を出さないことからも、
沖縄の問題が理論で片付く問題で無い事を理解してもらいたい。

話し合いではない。十分に話し合っている。
法の下での実効あるのみである。
躊躇いや優しさは、十分話し合った後では必要のない行為
であることを理解しなければならないのである。


沖縄県民は天皇制を十分許容し、天皇陛下を恨んだりは
していないという事なのである。

天皇陛下に「好感」87% 沖縄県民、30年で大幅に変わった意識
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190430-00415062-okinawat-oki

大きな任務から解き放たれた上皇様・上皇后様の
穏やかな顔がとても美しい。

上皇ご夫妻が初の外出 思い出のテニスクラブ訪問



天皇陛下位の即位を祝う一般参賀に14万人超の人が
訪れた。ここ数日の『令和』の年号や上皇・天皇陛下
の話題は尋常ではなく日本を明るくしている。

年号や天皇制に反対している者たちがいかに反日であるかは
喜ぶ日本国民の顔を見れば一目瞭然である。

この行事だけでこれほどまでに日本の気分を高揚させえるのは
どれだけ天皇陛下が日本国民の心の支えになっているかを
改めて痛感するものである。

新時代最初の一般参賀で14万1130人の来場者が話題



女系天皇のことなどの議論が再燃し始めているようだが
誰も言わない一つの事実を伝えておきたいと思う。

天皇は日本と日本国民のために祈ることを第一の仕事としている。
つまり、それ故に外国の皇族とは全く違ったものである。
ただ単に国民に向かって手を振ってさえいれば
笑顔を見せてさえいればいいというものではない。

「その祭祀の内容は秘儀とされ誰も目にしたことがないという
ことですが元旦の極寒の中、宮中三殿には冷暖房などはなく
古式装束をまとって行う祭祀は高齢お体にはかなりの負担に
なるはずです。」

皇室宝塚見聞録
https://powerspot.xyz/%E5%B9%B4%E9%96%93%E3%81%AE%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%9B%E4%B8%8B%E3%81%AE%E3%81%8A%E4%BB%95%E4%BA%8B%E5%86%85%E5%AE%B9/

つまり極寒の中薄着で行う祭祀を女性にさせることを由とせず、
悪しきモノと戦う事を女性にさせることを由としなかったのでは
無いだろうか?

簡単に言えば、他国の皇族のように華やかな誰もが羨む暮らしを
している訳ではないという事であり、女性が天皇になれない
なんて不公平だというような地位ではないという事だ。

間違った思い込みをみんなしたままのこの話が
進んでいくことに大きな違和感をもつのであるが、
汚れた一般人の私などからすれば、
大金をもらっても辞退したい位厳しいものであるが、
実際にもらっている天皇の費用は怖ろしく少ないのである。

他国の皇族のように自由放題にブランド品を買い漁ったり、
豪遊することは無い事を知ってからの議論として欲しい。


公開憲法フオーラムでウクライナ出身のアンドリー氏の
スピーチがあり、日本に似た考えを持っていたウクライナが
なぜ今のように国が分断され、力なく他国に翻弄された時代を
送っているのかを現在の日本の姿になぞらえて訴えた。

ウクライナ出身でクリミア侵攻を体験した方の、
憲法改正についてのスピーチが話題



野党や護憲派たちの説得は無理であることは
ここ数年の動きだけでも理解できるだろうし、
彼らはただ単に時間を引き延ばして、
永遠に改憲できないようにしたいと考えているだけである。

改憲を望まない人たちの目的は、
中韓北並びに他国に協力する者・つまりスパイ(スパイと
自覚してなくてもスパイの様な者達)であり、
それ故に同じ者たちが「スパイ防止法」に反対し
重要情報を他国に流すことを罪とすることを拒んでいるのである。

さてもう遅いくらいの時になって来ているが
憲法改正あるいは新憲法施行への道を進みだそうじゃないか。

【櫻LIVE】第341回 - 櫻井よしこ × 百地章・憲法学者 ×
 百田尚樹・作家 × 有本香・ジャーナリスト × 
花田紀凱(プレビュー版)




まずは新しい御代『令和』おめでとうございます。

忙しく世直しの時代になる事を予想しながら
頑張って楽しく生きましょう。

新天皇が即位 時代は「平成」から「令和」に(19/05/01)




大きく『平成』と言う時代を見た時に
一番感じることは、人間が動物のカテゴリーから外れ
地球の君臨者となったという事である。
人間が地球の生死を握ったという事である。

確かでは無い事であろうとも、一部の人たちが
正しい事だと示したことについては、何事にも優先することで
世界や宇宙のためになっていると大義を唱えることで
すべてを正当化し、議論を許さないのである。

最大の生物の重大事である男女性(オスメス性)を無視し、
その特性を発揮することを差別とした。

様々な個性を生み出してきた民族を認めるように見せかけた
同一化主義には違和感を感じることを許さない。

それがグローバル化であり、
グローバル化は心の狭さの現れである。
すべてを受け入れて、人間の持つ本来の裁量心の中で
許し認める問題を法制化することで対立化させている。

グローバリズムってなんなの?
幸福の科学の説明が一番わかりやすい。



その目的はさらに恐ろしく、国と言う概念を破壊し、
一部の人たちが世界を牛耳るシステムづくりであることが
判明しだすと、さらに力を持つ者たちがあまりにも強引に
世界の世論をねじ伏せ、隠そうとしている。

これだけ人権や平等を訴えながらも、
中国のウイグル・チベット・モンゴル問題や北朝鮮の人民
の奴隷的人権損害には目を向けず、また、台湾問題の
中国の台湾に向けた武力威嚇を世界は知らんふりをしている。

国連、中国政府がウイグル人100万人拘束と批判



事がとうとう人身売買や臓器移植のための代替用人間としての
拉致であることが判明しても、非難どころか調査さえ行おうと
しないのは、いかに歪んだ世界が蔓延しているのかを
理解することが出来る。

『平成』は戦争の無い緩やかな平和の時代であったように
表向きは見えているが、次世代への大きな課題を幾つも
残した時代でもある。

言い換えれば、『平成』の時代に多くの現実を
多くに人たちが知ることが出来た時代であったことを思うと
今世代の『令和』は知り得た事実と本当の素晴らしい世界の
ために前進する時代であるべきだろうと思う。

まずはこの人から処分するべきだろう。
民意を聞けと言いながら、沖縄県民の民意を聞くことなく
中国に沖縄を中国の一部にしてくれと訴えた
沖縄県知事・玉城デニー氏の処分である。

(玉城デニー知事)訪中して日本政府の方針を無視した
とんでもない進言をしてしまう 早大(非民主主義)



どうぞ沖縄の土地を中国の思うように自由に使い
沖縄県民をウイグル人のように、臓器移植の代替民族として
どうぞ使ってくださいと進言したのである。

『外患誘致罪』を適用しても何らおかしくないように思うが
そのような事を次々と許しているうちに
とうとう日本社会は、世界に日本が奪われてしまうことを
厭わないというイメージを与えているのである。


沖縄・日本の大きな誤りは政府が優しすぎるところに問題がある。
法に則ってさっさと物事を進めておきさえすれば
今起きている問題の多くはすでに解決されているのだろうが、
マスコミを敵にしては戦えなかった政府の弱さが問題であり
それを解決するのはマスコミと官僚制の解体が必要になる。

日本の大小問わず組織と言われるものすべては、
官僚やマスコミによって言論を封殺されているのだが、
その事に大きな罪悪感や後ろめたさを感じない程に
当然の行いとなってしまっているために
一定以上の数字を超えて、正しい方向に向かうことが
今の日本では難しいのである。

時代が変わり、空気が変わり、希望の光を見ようとする
人たちが起こす力によって、変えていくしかないのであるが、
意外とその時期は今なのかもしれないと感じている。

そしてやはり今年もそのキーワードを握っているのは
トランプ大統領であるのではないか。

【DHC】2019/5/1(水) 井上和彦×藤井厳喜×居島一平
【虎ノ門ニュース】

1989年1月8日、私はタイのパンガン島にいた。
島の唯一の掘っ立て小屋の両替屋でその頃まだ赤かった
日本のパスポートを提示した時にその事実を聞かされた。

「HIROHITO,DEAD.」
甲高いタイ人の英語は何を言っているのか分からなかった。
「HIROHITO,DEAD.」
まだきょとんとしている私にタイ人は言葉を継いだ。
「JAPANESE EMPEROR HIROHITO,
DEAD」

数日後、バンコクに戻り店頭に置かれた英字新聞に写る
小渕さんが持つ額の文字を見てはじめて
私の『平成』が始まったことを知った。


驚くことに、ついさっきまでそのように信じていたし、
記憶していたのだが、この文章を書くにあたり
確認してみるとどうしてもそのような日程にはならない。

この1月8日の前日私はフィリピンからバンコクに渡り、
1月8日には確かに両替に出かけているのだが、
それはバンコクであり、その帰り道に英字新聞の
『平成』の文字を見ているのである。

私の記憶の島の掘っ立て小屋の両替屋はどうなってるのかを
妻も記憶を拾いながら解説してくれた。

1988年10月頃タイのサムイ島の両替屋で
「HIROHITO,SICK」
と言われ、皇居周りで天皇陛下の御体を安じひざまずく
日本国民の写真入りの新聞を見せられたというのだ。

その記憶とフィリピンから戻り、バンコクの両替屋で
「HIROHITO,DEAD.」と言われた記憶が
混ざってしまったのではないか、と言うのである。

まさにスケジュールを確認すると、妻の推測の方が
正しくその通りだと納得するしかないのだが、
私は長く自分の記憶を信じ、自分の行動を信じていた。

信じ切っていたため、多くの人に嘘を言ってきたかもしれない
事をここにお詫びし訂正いたします。

また平成の内に間違いをたださえたことにホッとしている。

自分のことながら記憶は信用できないモノだと痛感し
また間違った記憶や間違った思い込みで
成立してしまっていることの多いだろうことも痛感する。

正しくない記憶や正しくない思い込みで我々は
大きな間違いを犯してはいないかを
しっかりと確認しなければならない。

そんな時代の変わり目であるのかもしれない。

いろいろあったが今となっては楽しい想い出ばかりだ
『平成』よありがとう。
『平成天皇陛下』ありがとうございます。

そして『令和』よ よろしく!


こんなに慕われる天皇を天皇制を
無きモノにしようと画策する者たちを
反日と言わずして何と言おうか?

感動の万歳三唱!天覧相撲 
Unexpected spontaneous Banzai to the Emperor and Empress



日本は国際社会で議論しても勝てないと言われる。
それは、嘘や曖昧な事を言えないからである。

簡単に例えると、中国や韓国などを見て見ると
もともと歴史や考え方から、真実を伝えることを
正義だと思っていない。

つまりはその場の議論に勝つことで
その時の優位を保ちその時の決定に有利に導くことで
自らの立場を良きモノにするのである。

逆に日本は、事実を中心に物事を考えるために
嘘や捏造、曖昧な事は公の場では話さないようにするのだ。

何かの議題の時、知らないことは黙っている日本に対して
知らなくても自分たちの都合の良いような事実を
作り上げることでその場での優位を作ることが
まさに国益であり、事実ばかりを言っても
それが国にとって不利になるのなら意味の無い事である。
と考えるのが、日本とわずかな国以外の正義である。

【須田慎一郎】門田隆将の強烈な一言! 
日韓関係を邪魔しているのは日韓議連だ! 
利権だけ・・・!



話し合とは、お互い主張し合い、妥協し合い、
せめぎ合い、脅し合うことで、ある種の決定を
もたらそうとする行動である。

もともと話し合いの中には、武力や暴力、金の力は
当然あるものとしての前提に存在し、だからこそ
結論を導けるのである。

話し合いだけで決めることが出来ると考えるのは
家族親族の中だけの事で、実社会でも多くの場合
財力や権力、武力の違いや差によって
それぞれの結論を生むことが一般的である。

この違いは、左翼と右翼にも同様な事が言われ、
事実と現実的な対処法を提示しようとする右翼に比べ、
事実でなくても、理想の世界を見出そうかとしているような
一見正しそうな理論と、間違っていても心打つ言葉で
正義を握っているのはどちらかという議論に持ち込む
事が得意な左翼であるのだ。

日本や世界の多くのマスコミは、理念的な正義を好むため
現実的でなくても、心打ち見栄えの良い意見にくみするため
事実を表明しないことを選択し、物事の本質を消す役割を
果たすのである。

最近驚かされるのが、
廻りまわって在日の不正生活保護費が問題となっているが
その問題は在特会が登場した理由であるし、
普天間代替基地に海上フローティング施設の提案を取り上げる
記事を見るが、散々話あわれ却下された問題であることを
正しく伝えないマスコミにこそ問題があるのである。

つまり、この20年はまわりまわって元の話題に戻ってしまい
空白の20年となり、ムダ金ばかりが使われたばかりではなく
その金を懐に入れて笑っている人たちがいることを
忘れてはならないのである。

最近に見る驚いた意見の中に、
消費税を10%にしなければ、国の借金を無視していいのか?
と言う意見があるが、これも国民はマスコミに騙されている。

仮に国に借金があったとしても、
なぜ消費税で払わなければならないのか?
中韓に向けられる助成金などを見直したり、10兆近くに
跳ねあがっている「男女均等問題に関する費用」などを
見直せば、かつて1%2兆円と言われていた4兆円の費用は
割と簡単に支出できるはずなのである。

我々が誰に騙されているのかをしっかり見据えて
考えを持たなければ、いつまでたっても搾取されるばかりの
立場で苦笑いしているしかないのである。

沖縄のラジオ局”オキラジ”から生放送をお届け!
コメントOKです



久しぶりに笑ったニュース。
結果的には26人の当選者を出した
「NHKから国民を守る党」凄い事である。

NHKから国民を守る党21名が当選が話題



沖縄で言えば、
「琉球新報・沖縄タイムスから県民を守る党」
「沖縄サヨクから県民を守る党」
「沖縄県政から沖縄県民を守る党」
「デニー玉城から沖縄県民を守る党」
「中国から沖縄県民を守る党」
いろいろでてきそうだ。

これでNHKが討論から逃げられなくなるのは必至
であることを思えば、この湯な手法を使えば
マスコミが故意に隠そうとする事実を
表に持ち出すことは意外と簡単に出来そうであり
マスコミも逃げ出すことは難しそうである。

今までの固定概念を捨てて新たな手法で
新たな戦いを挑む方が意外と結果は早く
得られるかもしれないと思う。

それと同時に今回の沖縄選挙の投票率の低さを見れば
一つの事でしっかりとした対立軸を提示する事こそが
有権者にはわかりやすいという事なのかもしれない。

「マスコミ左翼から天皇制を守る党」
「日本国民から自衛隊を守る党」
「グローバル化から人類を守る党」
「地球温暖化は嘘だと思う党」
「習近平から世界を守る党」
「鳩山ポッポからパスポートを奪う党」

などなどいろいろ考えられそうだ。
ただ現実は法に触れてしまう名前もあるだろうが、
「NHKから国民を守る党」が議席を獲得したという事は大きく、
公けの立場でNHKは批判されなければならないと
思っている民意が証明されたことになる。

報道の世界でNHKはどのように彼らに対峙するのかも
見どころの一つかもしれない。

NHK解体しろ三宅博議員が給与とスクランブル放送を
論破の国会神回



言論の自由を叫ぶ人は相手の言論の自由を守るべきで
これまで当たり前のこととされてきたのであるが、
どうも「自らの都合の良い言論の自由」であることを
前提に言論の自由を叫んでいる者が多すぎる。

撮れたてピチピチしばき隊違法カウンター映像を見てみよう



自らの意見を聞かない者たちには、人権や権利を主張する
資格は無いのだと思っているのだ。
まるで共産思想であり、間違っていると思われる思想のものには
危害を加えても構わないとした革命思想の根本理念である。

つまりは、自由主義の理念の中で彼らは共産思想を運営し
自由思想を利用して自由思想を粉砕しようとしているのである。

必要となるのは民意ではなくしっかりとした判断であることは
分かりきっていることであるにもかかわらず
判断できないのが自由主義社会であることを
共産主義者たちは理解し利用しているのである。

なぜなら民意はその時々で異なり、
例えば十年後の未来と明日の希望は必ずしも一致しない。
その設問を変えるだけで、人の気持ちを作用することが出来る
のである。

簡単に言えば、
今沖縄や日本で幸せそうに旅行している中国人と
沖縄を奪おうとしている中国と
人身売買をしている中国人と中国と
多くの国に迷惑をかけている中国と中国人を
実は分けて考えられないことに私たちは気付きながらも
同じように論じてはならない違和感を持つ。

その事が人権などと絡み合えばなおさら
人権の保障されない国の人間が、人権を貴ぶ国々の法律の中で
好き放題に振る舞い、問題がおくれば自国の論理を持ち出し
そのかたい殻の中に逃げ込むことをしようとする。

それを利用しているのが、中国であり、
その中国手法を利用しようとしているのが
グローバリストであり、国を主としない世界企業である。

人身売買や生きた人間から抜き取る臓器移植で
大きな利益を得ているのは誰であるかを考える時
それは単に中国人という訳ではなく
それは一般人の我々でもなく、大金持ちや
その事を何とも思わない人たちであることは理解しやすい。

産業化した臓器狩り ターゲットは中国から国際社会へ
【禁聞】| 臓器移植 | 新唐人|時事報道 | 海外



その事はまた違った意味での勝ち組と負け組を象徴する。
残酷な世界の幕開けは、人権を利用して
人の命を勝手にやり取りしようとする一方的な力の世界の
幕開けであり、実は中国を舞台にした世界の悪魔の様な者たちの
君臨を許した世界秩序の崩壊なのである。

沖縄3区の選挙結果は惨敗そのものであり、
どんな候補を立てようと、マスコミや行政・「オール沖縄」
がたてた候補が勝つ仕組みはすでの完全に構築されており、
聞く耳を持たない市民を育て上げることに彼らは成功もしている。

それを許したのは法の執行を躊躇ったことであり、
それによって法を曖昧化し、理念的にする事で
「正義」の位置をずらしてしまったことにある。

もう、沖縄の民意なんて気にすることなく、
国益のために突き進んでいくことが大事になってきたように
思えてならないのであるが、言い過ぎなのだろうか?

いや、そうすべき所を、民意に躊躇したことによって起きている
問題であることを考えれば、やはり押し通すべきであるというのが、
結論であるべきだろう。

【DHC】2019/4/16(火) 百田尚樹×田北真樹子×居島一平
【虎ノ門ニュース】



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