実のならない椰子の木

当ブログはアイカツマイキャラストーリーと日々の由無し言を呟くところです。

scene.3


帰宅して居間に入ると、奥から香ばしい匂いが漂ってきた。

「ただいま~」

「おかえりなさい、木実」

台所から顔を出したのは、一番上の兄・加賀李(かがり)だった。エプロン姿が今日もイマイチ似合っているのか似合ってないのかよくわからない。

「夏梅(なつめ)は?」

「部活だって。と言っても今日はお父さんたちよりは早く帰ってくるらしいよ」

「ふーん、そっか」

通学鞄をソファに置いて、自分も一緒にもたれかかる。ふぅ~、と長い息が漏れた。

私には2人兄がいる。上の兄が、いま料理をしているハーフフレームの眼鏡をかけた長身で頭がよくて優しくて頼りがいのある加賀李兄ぃ。そして、下の兄が(加賀李兄ぃに比べて)チビで(加賀李兄ぃに比べて)バカで短気で無神経な夏梅って人だ。兄と呼ぶのもおぞましい。

「木実、いい加減に夏梅のこと呼び捨てにするのやめたほうがいいよ?」

「いいの。夏梅は夏梅なんだから。それ以外に何て呼べばいいのよ」

何と優しいことに、あんな奴に気を使って加賀李兄ぃはことある事にこうして諭してくれてるのだけれど、いくら親愛する加賀李兄ぃの言葉だからといってこればかりはどうしようもなかった。あいつを兄なんて呼んだらアレルギーか何かで死に至る可能性もある。

「もしかして、恥ずかしいの?」

「まさか。ただ、あいつを兄として認めてしまったら人としての尊厳を失ってしまうと思うから」

「相変わらず夏梅には辛口だね」

苦笑いする加賀李兄ぃ。というか、何で夏梅の話なんかしているんだろう。幸せな時間が台無しになってしまうではないか。

「それより加賀李兄ぃ、お昼ご飯はなぁに?」

「炒飯だよ。シーフードの」

リビングと隔てる台から身を乗り出してキッチンを覗き込む。丁度、お皿に盛り付けるところだった。

と、そこで「ぐぅ~~......」と尻すぼみの間抜けな音がどこかから聞こえてきた。

......うん、どこかから。

決して、私ではなくて、いや、でも加賀李兄ぃだって言いたいわけでもーーー


ぐぅ~~~~~~~.........


.........

......食べよっか」

加賀李兄ぃの優しい笑顔が痛い。

美味しそうな炒飯を目にして、もう我慢できないとばかりに私の腹の虫が鳴り始めてしまったのだった。

「わ、私、コップとか準備するね」

「ありがとう、お願い」

「おやすいごようだよ、わっはは......

気まずくなってしまったので(私がひとりで気まずくなってるだけなんだろうけど......)配膳の手伝いをして誤魔化す。私と同じで間の悪い腹の虫だ。

ついでにテレビの電源を点ける。ニュースでも何でも、点いてないよりはマシだ。図らずも、聞こえてきたのは馴染みのある女性の声だった。

『プリパラパンポーン! プリパラTVをご覧の皆様! めが姉ぇが午後1時をお知らせしまぁーす!』

底抜けに明るい声。赤いメガネが目印の、プリパラのスタッフガール。めが姉ぇは今日もめが姉ぇだった。

けれどそれが、今の私には何だか不気味なものに思えてくる。

『さて、今日はもうすぐ始まる、プリパラ史上初のビッグイベントの情報を特別にちょこっとだけ紹介したいのですがぁ~......

めが姉ぇの声が頭に響く。スプーンを持つ手を、強く握る。気を抜けば力が入らなくなりそうな両足で、確かめるようにフローリングの床を踏みしめる。

大丈夫だ。今朝みたいなことにはならない。まだ、音が聴こえている。視界はクリアで、息も出来る。でも、ちょっと口の中が渇く。

『何と今回は、お招きしたスペシャルゲストの方にお願いしたいと思いまーす! どうぞ~!』

辛うじて動く眼球で、横目にテレビの画面を見やる。

そこには、


『ご機嫌よう、プリパラアイドルの皆さん』


まるで貴族か何かみたいに、左右に都合3つずつ拵えられた縦ロール。形造る頭髪は純金の如く眩く輝きを放っていて。

病的なまでに白い肌膚と、星空をそのまま閉じ込めたんじゃないかってくらい、深く、暗く、儚く、美しい......何て言葉じゃ足りないくらい、深遠さを秘めた双眸。蠱惑的な薄桃色の唇からは、僅かに白い歯が覗いている。

彼女は、確か。


「金森(かなもり)ビオラだったかな」

「え?」

意外な人間からの言葉に、思わず顔を上げる。軽い違和感は、知らぬ間に消えていた。

「あれ、違った?」

首を傾げる加賀李兄ぃ。さっき言った通り、画面のテロップは「人気沸騰中! 金森ビオラ」と表示していた。

「う、ううん、違わないけど。よく知ってるね」

「木実が行ってたからってのもあるけど、最近ますます人気になってるって話だからね。嫌でも耳につくんだよ」

「へぇ......

そう言いながら、私と加賀李兄ぃ、それぞれの定位置に盛り付けたお皿を並べると、ヤカンからコップに麦茶を注ぐ。私もすぐにスプーンを並べて、椅子に座った。

「って言っても、それくらいしか知らないかな。やっぱり、みんなあんなことがあった後だとプリパラに行きづらいだろうしね」

「そうだね......

机の端に置いてあるリモコンを手に取って、適当にチャンネルを変える。面白くもつまらなくもないワイドショーだった。

「いいの? プリパラTV?」

口に運ぼうとしたコップを一旦置いて、加賀李兄ぃが不思議そうに尋ねる。

「いいの。私にはもう関係ないことだから」



太陽が沈んで、夜が来て、明日もたぶん太陽が昇る。そしたら新しい1日が始まって、少なくとも今日じゃないけど、ほぼ相似形の退屈な『今日』になる。街灯りで掻き消されて不機嫌な星空が、私にそう告げた。

晩御飯も入浴も済ませて、宿題もなくて、明日は土曜日で、とりわけ熱中する趣味もなくて、話し相手になる友人もいなくて、兄は忙しくて、両親は眠っていて。

かと言って自分は眠る気にもなれなくて。

錠が外れた出窓の隙間から唸るような音を立てて吹き込む夜の冷気を肌に感じながら、右の掌で、古めかしい鍵を弄ぶ。



クローゼットの一番奥。

銀色の宝箱に封じ込めたもうひとりの私。

深い深い眠りの底、やがて風化する記憶。

時は進めど、しかし進むほどに、それは。

きっとだから、どうしようもないから、こうするしかない。

どうしたって意味などないけれど。

酔っているよりはずっといいと。


そうやって、私は私に麻酔をかける。













夜道に揺れ動く影がある。

身なりは貧相で、ボロっちい布のようで。

時折、壁や電柱にぶつかりながらふらふらと歩く姿を、野良猫たちが不審そうに見つめている。

.........あ痛ぁ!? ちょっと何すんのよ! バカ! 電柱のバカ!」

どうやら女の子のようだが、やっていることは完全に酔っ払いのそれである。もちろん、電柱はうんともすんとも答えない。それが気に障ったのか、女の子は力任せに蹴りを入れるが、直後「ぎぃぇっ!」と奇声を上げてのたうち回るのだった。

「いだいぃ......うぅ......くらくらする ......寒い......おなかすいた......... どうしてプリパラは24時間じゃないの......というか風呂入りたい」

黄色いプリチケバッグを抱えながら、ぶつぶつと怨念のように不満をこぼしている。髪はボサボサ、目は虚ろで、こころなしか痩せこけているようにも見える。

そこに、近くの交番にいたおまわりさんが駆けつけてくる。

「お嬢ちゃん、こんな時間に何してるの!」

「あぁ......ダメだこりゃ......もう ......

そのままふらりと倒れる女の子、おまわりさんが慌てて抱きとめる。

「ちょっ、お嬢ちゃん!? 大丈夫かい!?」

「あ、れ.......... めが、み .........

「女神...... いや、本官は男で .........ってお嬢ちゃん!? お嬢ちゃんーーー!?」

ぐったりと項垂れて意識を失う女の子。

しかしすぐに規則的な、すうすうという寝息が聴こえてくる。

「一体なんなんだ.........

.........ライブ.........しな .......きゃ......

眠っていてもプリチケバッグを放さない女の子。幸せそうな顔で寝言を漏らしている。


scene.4に続く



scene.2













何か目的があったわけではない。

けれど、意味がなくなった。それだけだった。

私は、八篠木実(やしのこのみ)は、プリパラを辞めた。


中学2年生にもなると、いくら私の通うパプリカ学園が幼小中高一貫だとは言え、それなりに勉学に力を入れ始めてもいい頃合だ。授業の内容も段々と難しくなって、気を抜けばあっという間に周囲と差がついて置いていかれてしまう。だから、プリパラを辞めたのはいい機会だったのかもしれない。その主たる原因が違ったにしろ、どの道いつかは卒業しなければならない。

『お遊び』では、食べていけない。親から耳にタコができるほど言い聞かされていた。変にのめり込む前だったからだろう、私は特に煩わしいとも感じることなく、ただの学生に戻った。

そうあるのが普通だと、教科書に描かれた落書きを消すみたいに。



「ーーーですので、中等部、高等部の生徒は高学年として小学部の規範となる行動を心掛けると同時に、学生としての自覚をもって、勉学に励むように」

始業式。校長先生の堅苦しい挨拶が壇上から降ってくる。この声を聞くと、休みが明けたんだなぁと改めて実感させられるから少しブルーな気分になる。鼻のあたりでわだかまる欠伸を噛み殺し、舞台の一文字幕あたりを睨みつけてやり過ごす。朝というのはどうも、身体は重いくせに頭は妙に軽くて、頭だけ胴体から離れてどこかに飛んでいってしまいそうだなぁ、とか他愛のない空想を広げていたら、いつの間にやら校長先生の話は終わっていた。

校長が降壇し、入れ替わりに壇上に現生徒会長が登壇してくる。そんなのまだあったなぁ、めんどくさいなぁ、と心中でぼやきながら、今度は会長の背後のホリゾント幕をぼんやりと眺める。

チラッと会長に視線を移すと、真っ黒の絹糸みたいな長髪をさらりと流した、大和撫子然とした、割と美人の部類に入る女生徒だった。彼女はやはり聴くに麗しい声で、

「おはようございます、新生徒会長の一宗流(にのまえそうりゅう)です。遅くなりましたが、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。そして全生徒の皆さん、ご進級おめでとうございます。ここ、パプリカ学園は幼小中高一貫。ここで12年間、この学舎で同じ時、同じ青春を過ごしていくことになります。新入生の方は期待と不安でいっぱいでしょう。ですが、それは新入生みんなが同じこと。貴方たちは仲間がいます。そして私達や、先生方がいます。手とに手をとって、これから始まる学園生活を私達と一緒に作り上げていきましょう」

そこまで一気に読み上げると、「それと」と笑顔を作って、

「最近、プリパラの入場者数が右肩下がりだそうです。新しくプリチケが届いた生徒も含め、現役の皆さんも、勉学に差し障りない程度にアイドル活動に励んでくださいね。それでは」

とだけ付け加えると、行く先に草花でも生えてきそうなくらい優雅な足取りで下手側の脇幕へと姿を消した。

(あの制服、高等部の先輩だ......

同じ学園に生徒でもあまり興味を示さない私だったけれど、今の人は少し目を引くものがあった。それに、何だか変わった名前だ。宗流なんて、女の子につける名前とは思えないけれど、不思議と彼女には違和感を感じなかった。何故なのかは、わからないけれど。わからないから興味が湧いたのだろう、と適当に結論を出す。とにかくその場限りは、私は彼女のとりこだった。

等と一人思慮にふけっていた私だけれど、周囲のざわめきはいちいち私が考えていたようなことに気は留めないらしい。あるワードが出た瞬間から、一つの話題に持ち切りだった。

いや、本当は私も脳裏を過ぎらなかったわけではない。むしろ、思い出して然るべきだ。

「えぇ......でもさぁ」「だよね......」「でも今はなんともないって ......」「そんなのわかんないっしょ」「どうする.......?」「そんなこと言われてもね...... 」「だってさ」「怖い」「怖いよね?」「怖くない?」「怖い」「怖いよ」

一人の言葉がきっかけになって、堰を切ったように気持ちが溢れ出して、周りにいる子たちをあっという間に呑み込んでいく。

気付けば私は渦の中だった。目を逸らしたって、耳を塞いだって、私の隙間からするりと這入ってきて、否応なしに頭の中があの事でいっぱいになる。

それは私につきまとう影で。

つまりはプリパラのことで。


3ヶ月前の事故のことだった。



始業式で半ドン(これはもう死語だろうけれど...)だったので、帰りのホームルームが終わるや否や教室を飛び出す。クラスメイトが何やらこちらに話しかけていたような気もするけれど、とにかくあれから気分が悪い。さっさと家に帰って昼食を摂りたかった。急いてるからか、少し小走りになる。

......そういえば、こういう時に限って彼女がーーー。

「ちょっと、あなた」

ゲッ、と思った時にはもう遅かった。背後から覚えのある生徒の声が聞こえてくる。

「な、何でしょうか、南委員長......

恐る恐る振り返ると、やはりそこには予想通りの人物がきちっとした姿勢で立っていた。

間違えるわけもない。切り揃えた前髪にポニーテール。黒縁眼鏡と、その奥でギラリとこちらに刺すような眼光を向ける鋭い目。

彼女こそ、警察官も真っ青な違反検挙率を誇るパプリカ学園風紀委員長、南みれぃ先輩。

「あら、自覚がないのかしら。なら教えてあげるわ」

くいっと眼鏡を持ち上げると、次の瞬間、目にも止まらぬ早業で私の額にお馴染みの『違反チケット』が貼り付けられる。

「私立パプリカ学園校則第3243条!『廊下を走ってはならない』!」

「うぐっ!」

やっと帰れると思った矢先にこれだった。ますますブルーな気分に拍車がかかる。違反チケットを剥がして確認すると、どうやら通算45回目のようだった。

「運が悪い......

「あなたがいつも廊下を歩いていればいいことよ。反省なさい」

それだけ言うと、委員長は次の獲物ーーー違反者を取り締まるため、いずこへと去って行った。

......いや、行こうとしたが、途中でピタリと歩みを止めた。

「そういえばあなた、いつも一緒にいたーーーあら?」



私はと言うと、もうこれ以上は相手をしていられなかったので、隙を見て離脱していた。昇降口でローファーに履き替えると、一直線に校門へと駆け出す。

あの人は神出鬼没な節がある。毎度のこと実に間が悪いタイミングで現れるので、委員長と顔を合わせる時は大体違反チケットも一緒だ。最初ほどではないけれど、ちょっとトラウマになっているくらい。

「もう流石に追ってこないよね......

校門を抜けて、階段を駆け下りる。学園の敷地内から抜ければ大丈夫だろう。とりあえず一安心、と思いたいけれど、何があるかわからないので、念のために後ろを確認しておく。

ーーーそれがよくなかった。

「あたっ!」

「きゃっ!」

正面にやや強い衝撃。私は歩いていたので、恐らく相手方が走っていたのだろう、反動に押されて尻餅をつく。

幸い舗道に目立った汚れはなかったものの、お尻に鈍痛がはしる。

それから、胸にも。

「いたたたた......

「も、もも申し訳ないです! 大丈夫ですか?」

慌てた様子で先に起き上がった相手方が近寄ってくる。何となく間の抜けたような声だ。

「い、いえいえ、こちらこそ前も見ないで申し訳......

応じながら相手方の姿を確認すると、人物の背丈の半分くらいの年端も行かない女の子だった。小学4~6年生といったところだろうか。

通りで胸も痛いわけだ。彼女の頭が丁度、私の胸のあたりにぶつかったのだろう。......私にも衝撃を吸収するクッション的なものが胸についていればいいんだけれど。

いいんだけれど......

「どうかされましたか? もしかして、どこか痛みますか!?」

「な、なんでもないなんでもない!」

まさか年頃の憂いに沈んでいたとは言えまい。ぶんぶんと手を振って適当に誤魔化す。

それにしても、妙なことがひとつ。

......ヘッドフォン?)

女の子の両耳は、まるでそこから"生えている"みたいにぴったりとくっついたヘッドフォンに覆われていた。角のようにも見えるそれには溝があり、絶えずその溝を淡い青色の光が循環している。

加えて、その光と同じ色をした両の瞳は、見詰めあっていると呑み込まれてしまいそうなほど透き通っていて、神秘的で。

そして、非人間的だった。

(まさかね)

私はおかしな妄想を振り払うと、自分が大丈夫であることをアピールするために立ち上がって、くるくると回ってみたいステップを踏んだりする。

「ほら、ヘーキヘーキ! 安心して!」

「よかったです......でもすみませんでした」

「いやいや! それよりあなた、急いでたんじゃない?」

言われて思い出した! とばかりに、さっきまでの安堵の表情が一変して真っ青になる。

「そ、そそそそうでした!」

忙しなく手足をばたつかせて、落っことした黒いトランクを拾い上げると、また何か思い出したように小さなメモに何やら走り書きして、

「こ、これ! また何かありましたらここに一報いただけると! それでは!」

「あっ、ちょっと!」

私の手にそれを握らせると、引き止める間もなく女の子は大急ぎで去ってしまう。後ろ姿はすでに豆粒よりも小さくなっていた。

「何をそんなに急いでたんだろ......

自分には関係ないんだけれど、と心の中で呟いて、手渡されたメモを開く。


『モモツキ ミズポ


TERU 090-XXXXXX-PPPPP


TERUってのはTEL、電話番号のことだろう。番号からして携帯だ。まぁ、それはいい。

「モモツキミズ""って」

変な名前だ。こっちもきっと『ミズ""』の間違いだろう。

くすっ、と堪え切れなくなって笑みが零れる。最近は忘れかけていたものだった。

何だか微笑ましい気持ちになった私は、さっきまでのブルーな気持ちも嘘みたいに晴れてしまい、その後は鼻歌混じりの帰り道になったのだった。


scene.3に続く

scene.1












冬のある日。あたしはそこから逃げ出した。

その日だった事に特に意味はなくて、むしろもっと計画的であるべきだったのかもしれない。

けれど、そうだ、飽きたんだ。あたし。

変わりゃいい。例え失敗しても。

「ーーーテェエエエエエエエエエエエ!!!!!!

とはいえ。

ちょっと、分が悪い賭けだった、かなぁ。

なーんて。

「待て言われて待つのはアホだけやっての!」

「あほんだら!!! 今まさにアホしでかしとる奴に言われたないわ!!!

「パパなんてこんなクソ寒い冬に半袖半ズボンのクセに!!!

「走ればぬくなるやろが!!!

「アホやん!!!

「理にかなっとるやろが!!! それにーーーお前とっ捕まえなあかんしなぁ!!!!!

「ヒィイイイ!!!!!

まだ余力があったのか、背後の金髪猿が更に加速して迫ってくる。

時刻は草木も眠る丑三つ時。

然れど眠らぬこの街を、あたしはあたし史上ないくらい必死の形相で駆け抜ける。

「おらおらどないしたァ!!! 足だけは自信あるんとちゃうんかァ! ?」

「大人げない! 大人げないわパパ!」

大のオトナが全力疾走して厚着の女の子を追い回すとか尋常な神経じゃできっこない。少しでも恩情を期待したあたしの落ち度だ。

でも、いくら分が悪いからと言って、諦めるわけにはいかない。

「も、もしもーし、なっぴー、きこえるー?」

ポケットからトランシーバーを取り出して、今回の唯一の協力者を呼び出す。走りながらなので息も絶え絶えといった感じだ。それで逆に声が小さくなって、パパに聞き取られづらくなってるからいいんだけれども。

『あ、はーい。なっぴーでーす』

「そろそろ、目標のポイントに到達するから、お、お願いしまーす」

『なんかエロいなぁ。はぁはぁしないで』

「無茶、言わんといて......

流石に疲れきって怒る気力も湧かない。しかしそれもあと少しの辛抱だ。道行く人を盾にしながら、何とかパツキンゴリラから逃げおおせた。

あたしは直後、雑居ビルといかがわしい店の隙間にある路地裏へと駆け込むと、目標ポイントまでのラストスパートをかける。

「ちょこまか逃げよって.........!」

パツキンゴリラはまんまとひっかかってあたしの後を追ってくる。バカめ......ここがあんたの墓場になるとも知らずに。

「堪忍せぇや......!」

「そうはいくか! ーーー今や、なっぴー!!!」

「なに!?」

「バカ!!!! 私の名前呼ぶなって言ったでしょうが!!!!」

合図と同時に、今度はトランシーバーからではなく、肉声のなっぴーボイスが頭上から降ってくる。

そして、降ってくるのは声だけではない。

「おりゃあああああああ!!!!」

なっぴーの叫び声。

ぶぅん、と風切る音と共に落ちてきたのは、

「消火器爆弾じゃ!!!!」

このゴリラに単純な力技で敵うはずはない。なんせ殺しても死なないようなゴリラだ。殺すつもりでかかるのは妥当、いや、まだ甘くさえある。

街のそこら中をまわってパク......譲ってもらった老朽化した消火器、都合2 つを雑居ビルの3階、およそ10mから落下させるという、芸のない作戦ではあるけれど。

さて、どうしたもんーーーー


ガシャアンッッッッッッッッッッ!!!!


......ガシャン?」

凄まじい音に思わず立ち止まる。

いや、まさか......おそるおそる、背後を振り返る。

「ーーーテメェ」

ゾッとするくらい低く、重い声。

パパは、当然だけれど、生きていた。

パパからゆっくり視線を右にスライドさせる。そこは丁度、いかがわしいお店の窓ガラスがある場所で。......窓ガラスは木っ端微塵で。

消火器の白塵でおしろいをしたみたくなってる半裸の男性と女性が、ポカンとした顔をしているのが見えた。多分、リフレの店だ。

そして、なぜこんなことになっているのか。それは、パパの真っ赤な左腕が雄弁に物語っていた。

「う、嘘やろ......!?」

「何が嘘やろ、じゃ」

ズゥンと、そんな重厚な効果音が聞こえてきそうなくらいの気迫で、パパがあたしに近付いてくる。

「こんなもんでオレを止められると思っとったんやったら......随分ナメられたもんやな」

「ひっ」

思わず引きつった声が漏れる。パパから放たれるオーラで、ただでさえ底冷えする真冬の空気が更に23 下がった気がした。逃げ出そうと思っても、足がすくんで動けない。

パパの射殺すような眼光が、あたしの身体をその場に縛り付けているようだった。

......ええか。中途半端な気持ちで人を殺そうやなんて、甘ったれたこと2 度とするんやないぞ」

寒さからなのか、それとも恐怖からなのか。足の震えが止まらなくなって、その場にへたり込む。

........失敗だ。

やっぱり、こういうことは思いつきでするもんじゃないなぁ、って。真っ白な溜息を見て、思った。

パパも溜息を吐いて、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「いっつつ......ったく、オレかて人間なんやから、こんな真似して痛いどころで済むわけないやろが。折れとるぞこれ、どないしてくれんねん ......

「あっはは、パパでも怪我するんやね...

「当たり前じゃ! 治療費はお前...... いや、お前らが稼いだ分からしょっぴくで覚悟しとけや」

「そんなアホな......!」

「そんなもこんなもあるか、ゼロやないだけ感謝せんかい。だいたいお前、最近は趣味にかまけてーーー」

「てぇやぁあああああ!!!!」

『がふっ!!! な、なんじゃ! ?』

話の途中で突然、パパの顔に麻布が覆い被さる。それは、あたしも予想していないことだった。

「なっぴー!」

「早く、今のうちに逃げて!!

「で、でも」

「早く!!!! あんた、行きたいところがあるんでしょ! ? 行ける場所があるんでしょ!? だったら、早く行きなさい!!!

.........ありがとう」

「礼はいいから!!!

「うん! じゃあね、ナツヒ!」

顔に麻布を被せられながら関節技をキメられるパパと顔に麻布を被せながら関節技をキメるナツヒを後に、あたしは路地裏を駆け出す。


目的地は、女の子の憧れが詰まったテーマパーク、『プリパラ』。

歌と、ダンスと、おしゃれなコーデ。

夢にまで見たアイドルデビュー。


あたしの心のジュエルが、叫ぶんだ!

プリパラが、あたしを待ってるって!


「めが兄ぃふぅーーーーーー!!!!!





「はぁ......バカじゃないのあいつ」

『お、おい、いい加減、ぐぅあ、わ、技を』

......まぁ、万事OK 、かなぁ」

『おぐぁああああああああシメるなシメるな関節がぁああああああああ!!!!!!!

「じゃあね......ヤスミ」


scene.2に続く





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