「こんなところ、あったんだ......


みずぽちゃんの後を追ってやってきたのは、プリパラのちょうど裏手にひっそりと佇む見知らぬ建物の前だった。

入口と思しき扉の真上に取り付けられた電飾看板は真新しく、オシャレなフォントで『PRIZM SCHOOL OF MUSIC ART』と書かれていた。聞いたことのない名前。


「さぁ、入ってください」

「あ、うん......


戸惑いながらも、言われるがままにみずぽちゃんの後について建物の中に入っていく。電気の点いていない屋内は薄暗くて、信じられないくらい肌寒い。春の陽気が締め出されてしまったみたいだ。それに、ちょっと不気味。


「ねぇ、ここはーーー」


ガチャリ、と。

まるで私の言葉を遮るように、背後で物音がした。


「なにっ!?」


慌てて振り返ると、そこには私がさっき入ってきた入口があって。

そして、


入口から先には、真っ黒に塗りつぶされた闇が、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、どこまでも、続いていた。


「ひぃっ!?」

動揺して足がもつれて、そのまま情けない声をあげて尻餅をついてしまう。背負っていたイッキューちゃんが床に放り出されてしまったが、それどころではなかった。


「み、みずぽちゃん、どうなって」


キャトルミューティレーション成功、です


「え......?」


固まった身体を無理やり動かして、振り返る。そこにはみずぽちゃんがいるはずで。

いるはずなのに。

どうしてなんだろう。


私を見下ろす少女の顔が、化物に見えるのは。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」













おいおいあんまりおどかすんじゃない、みずぽ」

私が何故か開かないドアを必死にこじ開けて逃げようとしていると、奥からみずぽとは違う声が聞こえてきた。

男の人の声だ。

「おどかすつもりはありませんでした。あれはワタクシの笑顔です」

「って本人もこう言ってるし。良いんじゃないかしら、そういうとこも含めてこの子なんだから」

「けどけど、わたしの印象が悪くなっちゃうのは嫌だなぁ......

......あれ? あと 2人いる?

「それを言うなら、あなたもそのおどおどした態度とはっきりしない物言いを治せないのですか。ヒトに言う前に自分のことをどうにかしたらどうなんですか。黙ってないで何か言ったらどうです」

「まぁまぁ、落ち着けって。まずはそこにいるお客さんに言うことがあるんじゃないか」

「もう、ふたりに任せたらなかなか話が進まないわね。ねぇ、そこのアナタ」

.........あ、ひゃ、ひゃいっ!」

数秒遅れて自分のことだと理解して(思い切り私に指をさしていたので私以外ありえないんだけど)、慌てて返事したために変な声が出てしまう。みずぽちゃん(?)はふふっと笑って、

「大丈夫よ。もうおどかしたりしないから」

「あ、あの。これはいったい......

「ーーーワタクシが説明します」

みずぽちゃんの雰囲気が"また" 変わる。


「要求はひとつ。ワタクシたちと、チームを組んでください


「チーム?」

「はい。プリパラで、アナタたちふたりとチームを組みたい、ということです。ですです。ーーーーやしのきさん、イッキューさん」

「な、なんで私のこと......!?」

イッキューちゃんはともかく、私はプリパラの外と中では姿が違う。スタイルも、髪型も、名前も違うのに、いったいどうやって......

「ふむ、そうですね。強いて言うなら」

「強いて言うなら......?」


宇宙パワー、です」


「宇宙、パワー」

.......

さっぱりわからない。

「すまんね、ちょっとヘンな子なんだ」

怪訝な顔の私を見兼ねてか、奥から現れた男の人が割って入ってくる。

「あなたは......?」

「おっと、自己紹介がまだだったな」

そう言って、しゃがみ込んだ私に手を伸ばしてくる男の人は、

何か、色々とヘンだった。


「オルェの名前はロッQ。ここ『PRIZM SCHOOL OF MUSIC ART 』のオーナーにしてルォックとフリィードゥムを愛するミストェリアスドゥァンディだ......シャケナベイベ」


「は、はぁ......

ヘンだ。

もちろん、ヘンなのは喋り方だけじゃない。

ロッQと名乗るおじさんの顔には、目元と耳元をすっぽり覆い隠すヘッドマウントディスプレイのようなものが装着されていた。耳元はちょうどみずぽちゃんがしているような先の尖ったヘッドフォンのような形をしているようだ。そしてそこから、得体のしれないコードのようなものが胸元あたりまで伸びている。

触った怪我をしそうなくらいトゲトゲの赤髪に、焦茶色に焼けた肌、伸びっぱなしの髭、そこそこに鍛えられた身体。そして胡散臭い笑顔。

全てから不審者のオーラが滲み出ていた。

(このおじさんにヒトのことヘンとか言う資格あるんだろうか......

おじさんはいつの間にやらいびきをかいて寝ているイッキューちゃんにブランケットを掛けていた。......おじさんの顔が印刷されたブランケットだ。

「ロッQ、やしのきさんが引いてます。ドン引いてます」

「おいおいみずぽ、誰だって初対面はこんなもんだろう」

「それはアナタだけだと思います」

みずぽちゃんも同じようなカンジだからそれはどうだろう.......と口を挟みたくなったけれど、これ以上ややこしくしたくなかったのでやめた。

今はとにかく話を切り上げてこの場を抜け出さないと。

「あ、あの、私」

「はい、チーム結成を了承していただけると」

「あ、いやそうじゃなくて」

「では何です?」

ぐいっとみずぽちゃんの顔が迫る。無表情なのが余計に威圧感を生み出していた。

「落ち着けみずぽ、まだ時間はある。答えを急ぐことはないだろう。な、やしのきちゃん」

.......はい」

「むぅ、仕方ないですね」

「少し、考える時間が欲しくて。それに私、またプリパラに行くかどうかもまだハッキリ決めてないんです」

"また" ?」

あ、ちょっと口が滑ったかな。

でも、詳しい内容を話さなけりゃ別にいいか。

「一時期、プリパラをやめてたんです。それで、今日はこのイッキューちゃんにプリチケバッグを届けにきただけだったんですけど.......いつの間にかライブすることになっちゃって」

「ほぅ、そうだったのか。ブランクがあったとは思えないな」

「そんな全然! 私なんか、イッキューちゃんに助けられただけというか」

「全くその通りです」

「うわっ!」

またスレスレまで近付いていたみずぽちゃんの顔に驚いて仰け反る。

にしても、全くその通りとまで言われると、何かちょっとムッとする。

「とにかく、なるべく早めにご返事お願いします。早いに越したことはありませんので」

「と、みずぽは言ってるが気にしなくていいぜ。ただ、これはキミたちレィディにしか頼めないことなんだ」

「私たちにしか?」

「あぁ、だからよく考えてくれ」

私たちにか頼めないこと。

そんなものが果たしてあるのか、疑わしいものだけれど。


ーーーー素直になればいいじゃん。

ーーーー待ってるね、コノミ。


これがきっかけになるなら、考えてみる価値は十分にある、はずだ。

......わかりました」

「よし、じゃあ交渉は保留ってことで」

「あの! あんまり、期待しないでくださいね」

「ハッハッハ! なにを言っているんだいーーーーー期待するに決まってるだろう?」

「えっ」

ヘンなおじさんーーーロッQさんはニヤリと笑って、


「信じているから、期待するのさ。例え裏切られることになったとしてもね」


「信じてるから.......

その言葉は私の胸でつっかえて、息苦しい。

この人は、どうして初めて会った私にこんなことが言えるのだろう。

「キミたちはオルェたちを信じなくていい。ただそうだな、これ以上のことは返事を聞いてからの方がよさそうだ。とりあえず、今日は帰りな」

.......はい」

ヘンな人だけど、悪い人ではなさそうだ。

みずぽちゃんも、最初の印象とはちょっと違うような気がするけど......悪い子ではない。と信じたい。

(にしても、ますますヘンな事になってきたなぁ)

何だかわからないことばかりで......って今日の私ずっとこんな感じなんだけど。

結局、私の今日はどうなってしまうのだろうか。


「あ! これどうやって出るの!?」

「それはただのイリュージョンです。はい」(ヘッドフォンみたいなのに手を当てて何か操作している)

「あ、黒いの消えた。鍵もあいてる」

「宇宙パワー、です」

「何なのそれ」

「チームでもないアナタに教える義理はありません」

「ムカッ! ほらいくよイッキューちゃん!」

「んぁっ? あれ? ここどこ?」

「もう! 私が大変だったっていうのにノンキに寝ちゃって! 寝惚けてないで、ほら!」

「あ! このブランケット可愛い!」

「どこが!?」



建物から出てくる木実とイッキューを木陰から窺うふたりの少女がいた。どちらも着物姿で、片や黒髪ロング、片やカナリアイエローのセミロング......そう、プリパラ内にもいた、そして現在のプリパラにおいて最も名の通った二人組ユニット。

彼女たちはPUREANIMA (ぴゅあにま)

姉・宗流(そうりゅう)妹・純(じゅん)の姉妹ユニット。プリパラでは"そうる ""ぴゅあ" として、事故後のプリパラでも精力的に活動を続けてきたプリパラ古参アイドルである。

そんな彼女たちは今、どういうわけか、ある指示を受けて追跡調査をしていた。


「まさか匂いの主が、お姫様から指示のあったターゲットやったなんてなぁ」

「ホントじゃな! すごく" 光って"おる」

カナリアイエローの妹・純には何か見えているようで、尻尾が生えていたらぴょこぴょこ動いていそうなくらい嬉しそうに身体を揺らしていた。

黒髪の姉・宗流には何かがにおうようで、鼻をひくひくさせながら、しかし妹とは違い複雑な表情をしている。

(確かにあの子がターゲットで間違いないやろ......けど、もう片方もなんや不吉な予感がする)

それは宗流が自分の持つその力と長く付き合ってきたが故の直感のようなものだった。

ともすれば見落としてしまいそうなくらい瑣末な兆し。

(あの子は確か、パプリカ学園中等部二年生......八篠木実)

確かめてみる価値はありそうや。

宗流は不敵な笑みを浮かべて、これからのことを頭の中で思い描き始めたのだった。


scene.5に続く