ーーーそんなこと、自分でもよくわかってる。

ーーーあの時だって、だからいつもみたいに何とかなるって信じてた。

ーーーまさに、一点の曇りもなく。


チカゴ

「なれるわよ、それくらい! なってやろうじゃないの!」


ーーーいったいどういう構造(つくり)をしているのか、底の見えない私の過信は、いつだってあたしのあずかり知らぬうちに口をついて溢れ出してくるのだ。

ーーーハリボテのプライドに必死にしがみつきながら。

ーーーそれでも足りぬとばかりに。


チカゴ

「あたしはね、こんなトコにいる器じゃないんだから! すぐにでもあっちに行ってやるわよ!」


ーーーブレーキなんてものは初めからない。

ーーーこの情動を繰るためのハンドルはない。

ーーーあたしは酔っていた。だから、もしかしたらどっちもあったのかも、しれない。


ーーーもしもあの時、震えながら奥歯が砕けるんじゃないかってくらい歯を喰い縛って、アイツらの言葉を耐え忍んでいたらばどうなっていたかなんて、今では全く見当がつかないけれど。


チカゴ

「行ってやるわよ! アイドル科に!!!」


ーーーでも、今になっても言える。


チカゴ

「有名になっても、サインなんかあげないんだから!!!!!」


ーーー絶対に、耐えるなんてことだけはしなかったろう、って。


♣︎


◆スターハーモニー学園 エントランス

普通科とアイドル科の分岐路となるエントランスホールに、ニヤリと小生意気そうな笑みを浮かべ、腕を組んで仁王立ちする女の子がいる。制服からアイドル科の生徒のようだ。前髪を切り揃えたパッツンヘアに、ウサギのヘアゴムで2つにまとめたおさげ髪の少女。


チカゴ

「待ちに待った......いや、待たせたわね。スターハーモニー学園アイドル科」


ぶつぶつ呟く怪しい少女を避けるようにして、生徒たちが各々の学舎の入口に吸い込まれていく。


チカゴ

「さぁ行くわよ、べヘモス16世。今日こそ、あたしの華々しいアイドルデビュー!!!」


やる気に満ちた表情(かお)でアイドル科の入口に向かう少女。


♣︎


◆スターハーモニー学園アイドル科マネージャールーム。

マネージャー用の執務机には、熊と見まごう巨躯の男が座っている。そのせいか、やけに部屋が狭苦しく感じる。

真正面で起立する少女は、先程までの勢いはどこへやら、笑みの1つも窺えない真顔である。


マネージャーの熊男

「えー......桟手杉千籃(さですぎ ちかご)、さん。だね?」

チカゴ

「あっ、はい。そです」

マネージャーの熊男

「私はマネージャーの強羅山治(こうら やまじ)。よろしく」

チカゴ

「はい、これはご丁寧に......


強羅から差し出された名刺を受け取る千籃。頭の右上あたりにふわふわとクエスチョンマークが浮かんでいるようなはっきりしない顔だった。


強羅 

「確か、アイドル科に在学してる朱薮みとれさんからの推薦だったね。アイドル科に移籍しようと思ったのは、みとれさんに推されたからってことでいいのかな」

チカゴ

「あ、いや、その。あたし自身、興味があったので。みとれさんには無理言って推薦もらったと言いますか......

強羅

「へぇ、みとれさんとはお友達なのかい?」

チカゴ

「はい。昔から親ぐるみの付き合いでして」

強羅

「なるほどなるほど......お家がカフェ。確か、みとれさんのご自宅もカフェだったもんね。いや、不思議な縁もあるものだな......あ、こっちの話」

チカゴ

「はぁ......

強羅

「ともあれ、ようこそアイドル科へ。歓迎するよ、桟手杉千籃さん。私の事は、まぁ、自由に呼んでくれて構わないよ」

チカゴ

「じゃあ、コーラさん」

強羅

「なんだい?」

チカゴ

「あたしのことは苗字でお願いします」

強羅

「あ、うん......。わかったよ、桟手杉さん。今日のところはこんなところで、最後にこれを」


執務机の下からアタッシュケースを取り出す強羅。強羅の人相が人相なだけに、妙な威圧的を感じる千籃。


強羅

「アイカツパス。これから始まるアイカツの必須アイテムだ。スケジュール管理やオーディションのチェックなどはこいつを使ってもらう。それから、学園支給のスクールドレスも」

チカゴ

「ありがとうございます!」

強羅

「うん、今日はこれで以上だ」

チカゴ

「え?」

強羅

「この後はアイドル科の校舎を一通り見て回るといい。普通科とは勝手の違うところばかりだからね。明日から早速レッスンが始まるから、覚悟しておいてくれよ」

チカゴ

「あ、はい」

強羅

「もっと大きな声で!!!!!!」

チカゴ

「は、はい!!!!!!!」

強羅

「よろしい。......ところで。君の、その......頭の上に乗っかってるのはなんだい?」

チカゴ

「アンゴラウサギのべべモス16世です!!!!!!!」

強羅

「そこは大声で言わなくてもよかったかなぁ......

チカゴ

「そうですか......

強羅

「あ、いや、ごめん! 落ち込ませるつもりなかったんだ! 元気なのはいいことだよ、うん。それで、えと、君のペット、ということだね?」

チカゴ

「はい。ペットというか友達ですけど」

強羅

「友達......つまり君のフレンズというわけだ」

チカゴ

「フレンズ......ベヘモス16世とフレンズ結成ってワケには」

強羅

「ハハハッ! 確かに面白いけど、ウサギには歌もダンスも出来ないだろうしね。ん、どうなんだろう。教え込んだらできたりするんだろうか......

チカゴ

「はは......どうなんですかね」


♣︎


◆学園渡り廊下

 

チカゴ

(なんか、思ってた展開とちょっと違うけど。てっきり、今日からすぐにデビュー......ってことはないにしても、レッスンが始まって、最初のお仕事のためにアイカツに打ち込むものとばかり......まぁでも、明日からは始まるわけだし)


強羅

『確かに面白いけど、ウサギには歌もダンスも出来ないだろうしね』


チカゴ

「はぁ......」


強羅の言葉に悶々としながら歩いていると、ちょうど敷地内にある森の中へ入っていく女の子の後ろ姿を目撃する千籃。


チカゴ

「なんだろ......あっ、べべモス16世!」


べべモス16世を追って森の中に入る千籃。何か隠れた施設があるのだろうかと考え、バレないように一緒に女の子の後ろをつける。


女の子はまるで妖精か何かを追いかけているみたいにフラフラと蛇行しながら森の奥へ奥へと吸い込まれていく。

するとやがて、大きく開けた空間が目の前に広がる。


そこは、自然が作り出した、大きな緑のベッドだった。


チカゴ

「すごい......

???

......だれ?」


思わずこぼれた感嘆の声に、女の子が反応する。慌てて口元を抑える千籃だが、既に遅い。

振り返った女の子は、西洋人形のような異国情緒溢れる顔立ちで、ブロンドの髪が陽の光を浴びて煌めく様が美しい。

千籃は数秒の間、見蕩れて声が出なかった。

が、女の子の声に現実へと引き戻される。


女の子

「うわっ、なにこの生き物......


べべモス16世が女の子の足にちょこちょことまとわりつく。好奇心旺盛な様は、飼い主、もとい友達の千籃にそっくりだ。


チカゴ

「あっ、ごめん」

女の子

「別に。もしかして、あんたもサボり?」

チカゴ

「は? サボり?」

女の子

「ま、どっちでもいいけど。おやすみ」

チカゴ

「え、ちょっと! あんた""って、あなた、もしかしなくてもサボり!?」

女の子

「そうだけど」

チカゴ

「ダメじゃんちゃんとレッスンしなきゃ!」

女の子

「なんで?」

チカゴ

「な、なんでって...... あなた、アイドルでしょ? その制服」

女の子

「うん」

チカゴ

「だったら!」

女の子

「だったらあんたがやってよ、レッスン。私の分もさ」

チカゴ

「は、はぁ~~~!? ふざけないでーーー」

女の子

「あんたは何でアイドルになろうと思ったの?」

チカゴ

「そ、それは.......な、なんであなたに言わなきゃいけないの!?」

女の子

「ふ~ん。あっそ。じゃ、私もあんたに言う筋合いなんてない」

チカゴ

「~~~ッ! こ、このッ......!!!」

女の子

「なに? 答える気にでもなったの?」

チカゴ

「だ、誰が!!!」

女の子

「じゃあ帰って。ここで一緒に日光浴するんなら別だけど、ね?」


ヒートアップする千籃とは正反対に、べべモス16世も女の子の横で同じように昼寝を始める。やっぱり、そんなに似ていないのかもしれない。


♣︎


◆桟手杉宅。千籃の部屋。ベッドに寝転んで電話している千籃。


チカゴ

「ってありえなくない!?」

みとれ

『あ~......たぶんその子、柚巴ちゃんだな~。雲母柚巴(うんも ゆうは)ちゃん』

チカゴ

「うんも......変な名前。なんかアレみたい」

みとれ

『それ言ったら絶対に怒られるから言っちゃダメだよ~』

チカゴ

「それで? 何なのあの子」

みとれ

『えっと、チカゴちゃんと同じ1年生なんだけど、幼い頃からモデルの仕事はしてたみたい』

チカゴ

「へぇ~」

みとれ

『お母さんがモデルさんだったからね~。キラ・モモカって名前の~。知らない~?』

チカゴ

「知らない」

みとれ

『そっか~。それでね、理由はわからないんだけど、スターハーモニー学園に入学してからはぱったりお仕事しなくなっちゃったみたいでね。レッスンもサボりがちで、このままだと退学させられるかも~って話にもなってるんだ~』

チカゴ

「だろうね~。レッスン抜け出して日光浴してるようじゃ、せっかくアイドル科に入ったのに意味ないじゃん。わっかんないあたし」

みとれ

『う~ん。でも、もしね。またユウハちゃんと話す機会があって、悩んでるみたいだったら、話、聞いてあげてくれないかな~?』

チカゴ

「えぇ~? なんであたしが」

みとれ

『お願いチカゴちゃん。チカゴちゃんにしか頼めないの』

チカゴ

「あたしだけにしか...... ん、ん~。まぁ、そういうことなら仕方ないかなぁ」

みとれ

『ありがとうチカゴちゃん。よろしくお願いね~』

チカゴ

「うむ、任された」

みとれ

『おやすみなさい~』

チカゴ

「おやすみ!」


通話を切り、部屋の灯りを消して布団にもぐる千籃。


チカゴ

(ウンモユウハ、か.........


ユウハ

『あんたは何でアイドルになろうと思ったの?』


チカゴ

(勢いで......なんて言ったら笑われそう。マネージャーには「興味があったから」なんて言っちゃったケド)


その晩、千籃は次同じ質問をされた時になんて答えるべきか、ベッドの上でうんうん唸りながら考え続けたのだった。


♣︎


◆翌日。マネージャールームにて。

扉を開けた部屋に入った千籃を待っていたのは、マネージャーの強羅と......


チカゴ

「う、うんもゆうは......

強羅

「おはよう桟手杉さん。ちょうどよかった、紹介するよ。私がマネージャーを務めるもう1人のアイドルのーーー」

ユウハ

1年の、雲母柚巴。......よろしく、桟手杉千籃(さですぎ ちかご)さん」


引き攣り笑いの千籃に対し、柚巴はまるで昨日のことなどなかったような余裕の笑み。


チカゴ

(う、嘘でしょ......


千籃の、みとれとの約束は、思いの外はやく果たせそうだった。


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