August 16, 2018

平成最後の終戦の日(8月15日)(下)平成最後の戦没者追悼式、天皇、皇后両陛下ご臨席

2018.8.15 平成最後の戦没者追悼式、天皇、皇后両陛下ご臨席

https://www.sankei.com/life/news/180815/lif1808150018-n1.html

73回目の終戦の日を迎えた15日、平成では最後となる政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれた天皇、皇后両陛下のご臨席のもと追悼式には安倍晋三首相や全国各地の遺族ら約6千人(付き添い含む)が参列し戦争の犠牲となった軍人・軍属約230万人、一般国民約80万人の計約310万人の冥福を祈り平和への誓いを新たにした。ー厚生労働省によると、今年の参列予定遺族は2歳から102歳までの5457人。また、全国各地でも追悼式が開かれ、約3万7千人の参列が見込まれている。式典では、安倍首相が「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。歴史と謙虚に向き合い、どのような世にあっても、この決然たる誓いを貫いて参ります」と式辞を述べた。その後、参列者らが起立し、正午の時報を合図に1分間黙祷した


来年4月末の譲位を控え、最後の式典臨席となった天皇陛下は「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」との表現を新たに加えた上で、この3年と同様、「深い反省」との言葉を用い「全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べられた



2018.8.15 戦没者追悼式での天皇陛下のお言葉全文

https://www.sankei.com/life/news/180815/lif1808150024-n1.html


 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に七十三年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。


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2018.8.3 【正論】大戦の検証通じ日本の姿考える 学習院大学学長・井上寿一

https://www.sankei.com/column/news/180803/clm1808030005-n1.html

8月15日は先の大戦の戦没者を慰霊する日である戦没者数およそ310万人、そのなかで未帰還遺骨の概数は100万柱以上に上る戦禍がもたらした犠牲に言葉を失うなぜ開戦は回避できなかったのか。回避できなかったとしてもなぜ早期に戦争を終結しなかったのか。犠牲者数を最小限にとどめることはできなかったのか。以下では日米開戦から戦争終結までの時期を対象として、これらの疑問を考える。


 ≪「万一の僥倖」に賭けた陸軍≫

日米開戦は回避可能だったのか。戦後の日本外交史研究は、この疑問を解く目的で出発したと言っても言いすぎではない。1960年代初めには日本国際政治学会・太平洋戦争原因研究部が研究プロジェクトの成果を発表している。それ以来、今日までの膨大な研究の蓄積によって、日米開戦外交の全体像が明らかになっている。そこへ今年、研究の新たな画期となるような著作、牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦』が現れた


開戦の前年、陸軍の秋丸次朗中佐の下に集まった経済学者たちが、戦争経済に関する報告書をまとめる。同書はこの秋丸機関の「幻の報告書」を読み解く。「確実な敗北」と「万一の僥倖」の両論併記の報告書に対して、陸軍は「万一の僥倖」の方に賭けた


陸軍の選択はそうだったのかもしれない。しかし実際の日米交渉は違った。日本側が最後の外交カードとした「乙案」(南部仏印から北部仏印への移駐と引き換えに石油供給を再開して開戦を回避する案)は、「確実な敗北」の回避策だったからである。「乙案」をめぐって暫定協定が成立すれば、東南アジアは雨期に入る。状況は膠着する。ヨーロッパでは対ソ連戦争でドイツが劣勢に陥る。外交史研究が指摘するように、こうなればあらためて開戦を決定することはむずかしくなる。


早期終結の戦略はなかった≫

ところが暫定協定案に対するアメリカの返答はハル・ノートだった。アメリカにとってハル・ノートは最後通告ではなかった。交渉の余地は残されていたものの、日本は11月末までに外交交渉でまとまらなければ、12月初旬の武力発動を決めていたここに日本は対米開戦に踏み切った


真珠湾の奇襲攻撃は成功する。問題はそこからだった。陸軍省戦備課長の岡田菊三郎大佐(当時)は戦後、次のように指摘している。「初めからハワイを奇襲したついでに、なぜハワイを取ってしまわなかったのか」。ハワイを占領すれば、それをてこに戦争終結をめざすことができた。岡田は重ねて言う。「あのとき一挙にハワイをすぱっと取ったら、だいぶ異なった情勢が生まれたのではないか」。しかし実際には予防戦争としての早期終結の戦略はなかった。


真珠湾攻撃から約半年後、日本はミッドウェー海戦で敗北する2カ月後から始まったガダルカナル島攻略作戦では壊滅的な打撃を受けた。それでも日本は戦争を続ける。どこかで決戦を挑み、戦果を上げて和平に持ち込まなければならなかったしかし陸海軍の戦略の統合が進まず、決戦の天王山は移動した


先の大戦で最大の犠牲者が出たのは、戦争の最後の年である。前年までに戦争が終結していれば、東京大空襲沖縄戦広島・長崎の原爆投下ソ連の対日参戦もなかった。しかし和平構想を持たずに戦争を始めた日本は、1944(昭和19)年までに戦争を終結することができなかった。


反実仮想し歴史の教訓を学べ≫

「万一の僥倖」に賭けた結果は日本の国家的な破局だった

その代わり、戦後は平和と民主主義の時代が訪れる。しかし開戦直前の武藤(章)陸軍省軍務局長のように、「国体変革」に至るまで敗北しても、日本民族は「再び伸びる」と予測できたのは、きわめて例外的だっただろう。対する「臥薪嘗胆」による戦争回避は310万人を救うことができた。その代わり日本が先進民主主義国になるには、実際よりもはるかに長い年月を要しただろう


大政翼賛会から政党内閣の復活への転換に限っても、その過程は曲折が予想される。アジア諸国の独立も遅れたにちがいない。欧州諸国がアジアの植民地を手放す意思はなかったからである。他方で第二次欧州大戦が独伊の敗北に終わる。ほどなくして米ソ冷戦が始まる。1920年代の日米協調関係が冷戦状況のなかで復活する。そうなれば現実の戦後日本と同様の日本が形成される。


8月15日は国民一人一人がこのような反実仮想による戦争の検証作業をとおして歴史の教訓に学びながら、戦没者を慰霊する日となることを願う。



togyo2009 at 17:51|PermalinkComments(0) 大東亜戦争を超えて 

〈【長州「正論」懇話会設立5周年記念】安倍首相講演詳報〉

2018.8.13【長州「正論」懇話会設立5周年記念】安倍首相講演詳報(1)「『安倍1強』と言われているが、私は極めて宥和的な人間」

https://www.sankei.com/politics/news/180813/plt1808130017-n1.html

安倍晋三首相(自民党総裁)は12日、地元・山口県下関市内で開かれた長州「正論」懇話会の設立5周年記念講演会で講演し、ー。講演の詳報は次の通り。


「長州といえば先日、(NHKの)大河ドラマ『西郷どん』禁門の変と長州出兵が取り上げられていました。あの頃が長州にとっては一番厳しい時代だったわけですが、あれは明治維新のわずか4年前の出来事なんです。逆を言えば、長州の人々はあのどん底から、たった4年で大逆転を果たし、維新の大業を成し遂げた。いわんや、5年もあれば、長州人にとっては何かを成し遂げるのに十分な時間だと思います。その意味で、5周年を迎えられたこの長州『正論』懇話会は全国13の懇話会のうち、11番目にできた比較的歴史の若い方ですが、もはや正論路線全体の一翼を担う、隆々たる懇話会へと発展している、そう確信しています。もっとも『正論』懇話会のもう1つの裏の目的である、産経新聞の売り上げアップにどれだけ貢献しているかどうかは定かではありませんが」


「昨日(11日)、東京から戻ってまいりました。明日(13日)は関門海峡花火大会もありますが、やっぱり古里はいいですね。
『江山は秀麗にして仙郷に似たり』明治24年、久しぶりに長州・萩に戻ってきた伊藤博文が指月山で詠んだ詩の一節です当時は2度目の総理大臣になる数カ月前、枢密院議長だったころですが、常に緊張を強いられる東京を離れ、古里の美しい山や川を目にすると、難しい政治の話をひととき忘れて、心からリフレッシュできたのではないかと思います」


半年にわたった今年の通常国会も、半月ほど前に終了しました。この国会中、決裁文書の改竄など、行政をめぐるさまざまな問題が相次ぎ、国民の皆様の信頼を損ない、また古里の皆さまにも大変なご心配をおかけしましたことをまず深くおわび申し上げたいと思います。行政文書とは本来、国の営みの歴史を正確に刻むものそして国民と行政とをつなぐ最も基礎となるインフラです。決裁文書の改竄など絶対にあってはならないのです。政府を挙げて再発防止に取り組んでまいります」


森友学園への国有地売却(加計学園の)獣医学部の新設をめぐっても、昨年に続き、大きな議論となりました。行政プロセスの問題、私自身の関与の問題について、いろいろと厳しいご指摘、ご批判をいただきました行政プロセスが公平、適正に行われてきたことについて、私自身も繰り返し国会で真摯に説明を繰り返してまいりました。今後とも指摘があれば丁寧に説明責任を果たしていかねばならない。この思いにもちろん、変わりはありません」

同時に今、強く思っておりますのは、国民の皆さんの目線に立てば、私の妻や長年の友人が関わっていたのであれば、そこに疑念の目が向けられることは当然であって、その点への意識が必ずしも十分ではなかったということであります国家、国民のために何をなすべきかその大義のもとで、行政を公平につかさどるこれは総理大臣として当たり前の責務ですそれでもなお、総理大臣という立場が周囲に与えうる影響を常に意識する必要がある。そのことをしっかりと胸に刻みながら、今後、慎重な上にも慎重に、政権運営に当たらなければならない、そう考えています


「そもそも、今の政権運営の礎は12年前、第1次内閣のときの経験、わずか1年で総理の職を辞めざるを得なかった、あのときの深い反省です。国民の皆さまに大変なご迷惑をおかけしました。マスコミからも厳しく批判され、率直に申し上げて、『政治家としてはもう終わりかな』と思い悩んでおりました。しかし、そうした私を温かく迎えてくれたのはまさに、ここ古里でした。本当にたくさんの方々から温かい言葉をかけていただいたことは、今も決して忘れません。地元の皆さんからの大きな励ましにより、私は『もう一度、一からがんばろう』と立ち直ることができました。まさにその時、もう一度政治家としての命を、魂を吹き込んでいただいたのが、皆さま、古里の皆さまであります。この場をお借りいたしまして、改めて厚くお礼を申し上げたいと思います」

「1度目はまだ私も50代の若さでありましたから、やっぱり肩に力が入っていました。もっと大きかったのは国政選挙で、国民の審判を受けて総理大臣になったわけではなかったという点です。6年前は幸運にも党の総裁になってすぐ、(衆院)解散・総選挙がありました国民の皆さまに、直接政策を訴え、選挙に勝った上で総理大臣になった。これが、その後のさまざまな改革を進める大きな力になったと感じています

「今、『安倍1強』とか言われておりますが、私は古里の皆さんが一番分かってくださっている通り、私は極めて宥和的な人間であります。まあ、この辺の皆さん、しっかり、うなずいていただいたと思います。あの平和安全法制のときも党内で徹底的に議論してもらい、その結果をベースに進めてきました。これが私のスタイルです。強権的なやり方なんて、いずれにせよ長続きはしません。逆に、大きな改革であればあるほど、まずしっかりと国政選挙で問う。そして国民の皆さんの支持を得て、それを実行に移していきます。民主主義の基本に立ち返るしかないんです」

この通常国会では、長時間労働の是正や同一労働同一賃金など、働き方改革関連法が成立しました育児や介護など、さまざまな事情を持つ皆さんが多様な働き方を選択できる『1億総活躍』の新しい時代に向かって大きな扉を開くことができたと考えています。国会でさまざまな議論もありましたが、労働基準法の制定以来、実に70年ぶりの大改革が実現できたのは、先の総選挙で、国民の皆さんから支持をいただいた結果です」


「正直申し上げて、選挙は肉体的にも精神的にも大変ですが、この5年余り、衆参あわせて5回の選挙で、私たちの政策に国民の皆さんから支持を受けることができました。そのことによって、さまざまな改革に次々とチャレンジすることができました。そうした成果が一つ一つ実を結びつつある。前回、年明けに帰郷した際、そう実感できるある出来事がありました」

「(山口)宇部空港で、1人の若者が私を待っていてくれました。県内の児童養護施設で育ったその若者は、この春から青山学院大学の理工学部に進学が決まった。そのことを私に報告してくれました。昨年から私たちは、卒業してからも返済不要の給付型の奨学金制度をスタートしました経済的に厳しい状況にある子供たちには、大学の授業料を減免する取り組みも5年かけて拡充してきました。こうした学費免除と給付型の奨学金を得ることで大学への進学がかなったと、うれしそうに語ってくれました。そして『卒業後は、エンジニアになって、自動車の完全自動運転を実現させたい』。こう将来の夢を力強く語ってくれたんです。『春からは初めての土地で頼るものもいない不安もありますが、皆さんにいただいたこのチャンスを生かし、夢に向かって全力を尽くしていく』。彼がくれた手紙には支えてくれた人たちへの深い感謝と、だからこそ、そうした人たちを裏切ることがないよう、夢に向かって頑張るという強い決意がつづられていました。私も背筋が伸びるような思いがしました。子供たちの誰もが分け隔てなく、夢に向かって頑張ることができる。そうした社会をつくることが、私たち大人の責任ではないでしょうか


150年前、明治日本がなぜ、あれだけ急速な近代化を行うことができたのか。それは人材の力だと思います『邑に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん』。身分や貧富の差に関係なく、どんな家庭に生まれた子供でも教育を受けられる。そして、一生懸命、勉学に励めば、政治家にだって、学者にだってなれる。そうやってあらゆる国民の力を結集することで、独立を守りぬくことができたと思います」

人づくりこそ国づくりであります。長州はずっとその先頭に立ってきました吉田松陰先生の松下村塾で学んだ若者たちが、明治国家建設の大きな原動力になりました『今や、独り、山河草木のみ 旧時に異ならざるあり』維新後、多くの人材が東京に移ったことを嘆いた最後の(長州)藩主、毛利元徳は、毛利家の資産を投じて明治17年、私立防長教育会を設立しました。当時、貧しさにあえいでいた士族の子供たちの教育に力を注ぐためです。私の祖父、岸信介や大叔父の佐藤栄作が通った旧制の県立山口中学校も一時、この私立防長教育会によって運営され、その後、山口県に寄付されたものです。一貫して子供たちへの投資を惜しまなかった。そのことによって長州は、戦前戦後を通じて、各界で活躍する人材を輩出することができたのではないかと思います」=(2)に続く


018.8.13【長州「正論」懇話会設立5周年記念】安倍首相講演詳報(2)「5年前の重く暗い空気は、アベノミクスによって完全に一掃できた」

https://www.sankei.com/politics/news/180813/plt1808130018-n1.html

「今も厳しい環境にある子供たちがたくさんいます。両親の離婚や失業などで家庭の経済状況が悪化し、勉強したくてもできない子供たちがいます。親の虐待により、命すら危険にさらされている子供たちもいます。しかし、子供たちは親を選ぶことはできない。生まれた家庭の事情によって、子供たちの未来が左右されるようなことはあってはなりません。その強い思いのもとに、この5年間、安倍内閣は全力で取り組んでまいりました」

政権交代前、8割台にとどまっていた生活保護世帯の子供たちの高校進学率は、初めて90%を超え、直近では93%までアップしています1人親家庭では、大学への進学率が24%から42%まで上昇しました。いわゆる子供の貧困率も低下しています景気が低迷するなか、1999(平成11)年の調査開始以来、ずっと上昇してきました。最初は9・2(%)、そしてその5年後には9・7。そしてさらにその後の5年後には9・9。ずっと、子供の相対的貧困率は悪化してきたんです。ですから、よく予算委員会では『自民党政権が進めてきた経済政策によって、ずっと子供の貧困率は悪化しているではないか』。こう批判されました。おそらく『安倍政権ではもっと悪化しているんじゃないか』と、こう批判されていました。でもまだ、安倍政権では、この調査はしていなかったんです」

安倍政権になってこの調査を初めて行いました。果たしてどうだったか。9・2、9・7、9・9。一貫して悪化してきた子供の相対貧困率は9・9から一気に2%低下して7・9になったのであります。だいぶ皆さんのイメージとは違うんだろうと思います。実際に安倍政権で格差が拡大しているということはない、ということはこうした数字が物語っています。もちろん、どんな世の中でも格差はある。でも、そういう格差を、固定化させてはならない」

若い子供たちが、青年たちが、自分たちの努力や情熱で未来を切り開いていくことができる家庭の経済状況ですべてが決まることがない、という世界を、日本を作っていく常にその努力をしていかなければならない。もちろんこれで十分だとは私も思っておりません。すべての子供たちが希望する教育を受けることができる。それだけなく、一度チャンスを失っても、またいつでも教育を受けられる。頑張れば、自分の力で何度でも未来をつかみ取ることができる。そうした社会に向かって、日本は今、大きな変化を遂げようとしています」


「皆さん、やればできるんです。下関国際高校もやってくれました。10年前、部員はたったの5人で、地方大会すら出られなかった。チームは2年連続で甲子園に出場し、悲願の初勝利を成し遂げました。リードされても追いつき、前田(晋太郎)市長も応援に行ったそうでありますが、多少、その応援も効いたのではないのかなと思いますが、9回の土壇場で追いついて、そして延長10回、見事な逆転勝利を得ました。最後の最後まで諦めなかったからこそ、つかみ取ることができた勝利だと思います。もちろん、私は日本国の総理大臣でありますから、地元のチームだけを応援しているわけではありませんが、そうはいっても、頑張って勝ってもらいたいなと思います。どんなに高い壁も必ず打ち破ることができる。すべては私たちの意志にかかっています」


6年前、『人口が減少する日本はもう成長なんかできない』。いや、『もう成長しなくても良いんだ』。民主党政権の下、『諦め』という名の高い壁が皆さん日本を覆っていたんです。行きすぎた円高で、企業はどんどん海外へ出ていった。中小事業者の皆さんは一緒について行くことができませんから、工場やお店を閉じるしかなかったんです。『連鎖倒産』という言葉が日本を覆っていました。若い人たちも、どんなに努力しても就職先を見つけることができない、本当に厳しい時代でした

「その大きな危機感に背中を押され、私たちは政権交代を成し遂げ、経済最優先を掲げ、三本の矢を力強く放ってきました『過去20年間、日本を見てきたが、アベノミクスの4年半ほど、日本でスピード感のある改革が進んだことなかった』。昨年9月、世界の金融の中心地・ニューヨークで講演を行った際、ある外国人投資家がこう語ってくれましたそして、国際的な評価の高さが、現在の株価にもつながっています

「『株なんかあがっても、持っていないから関係ない』という方がおられると思います。しかし、持っていない方もですね、ぜひ聞いていただきたいと思うんですが、皆さんの大切な年金は、株で運用しています。年金資産はこの5年半で、53・6兆円も増加しました。つまり、株が高くなったことで年金の財政は強固なものとなったのです人口が減少するなかで、名目GDPは11・8%成長し、58兆円増加し、過去最高を記録しました。人口が減少する中で私たちは、経済を成長させ、過去最高を記録することができたんです中小企業の倒産は、政権交代前から3割減少し、この27年間で、最も少なくなっている

正社員の有効求人倍率も統計開始以来、過去最高です。私たちが政権を取る前、正社員になりたい人100人に対して、たった50人分しか正規の仕事はなかった。しかし今、2倍以上、100人の正規雇用を望んでいる求職者に対して、113人分の正社員の仕事がある状態です就業地別で見ると、山口県では最も高くて131人分もあるんです。まさに、1人の『正社員になりたい』という求職者に対して、それ以上の正規の雇用があるという、まっとうな社会を私たちは作り上げることができたと思います。『まっとうな政治』ということをスローガンにされている某政党があるようですが、『まっとうな政治』とは、このよう社会をつくることではないでしょうか」

この春、高校大学を卒業した若者たちの就業率は過去最高水準となりました。山口県でも6月から、来春卒業する高校生の求人受付が始まりましたが、1カ月で5千人を超える求人がありました。これは過去最高、政権交代前のなんと5倍の勢いであります。5年連続、今世紀で最も高い水準の賃上げが実現しています。4年前、山口銀行の頭取から『ベースアップをしようとしたら、あまりに何年も行っていなかったので、給与システムが対応していなかった』という話をうかがいました。おそらくその後も、ベースアップを行ってくださっているなら、あのシステム投資は無駄にはならなかったはずであります。そうですね?」

「本年は、経団連の幹部企業への調査で、4分の3以上の企業が年収ベースで3%以上の賃上げを行いました。これは大企業だけではありません。連合の調査では、中小企業の賃上げ率は、過去20年で最高になっています。山口県でも平均の賃上げ率が、調査開始以来初めて2%を超えました政権交代選挙で『失われた国民総所得50兆円』を取り戻すとお約束をしました。『そんなことはできるはずがない』との批判の嵐でありましたが、私たちは実現しました。5年余りで、50兆円どころか、65兆円以上増えています。皆さん、まさに、日本人はやればできるということを証明したと思います

5年前に日本を覆っていた重く暗い空気は、アベノミクスによって完全に一掃することができた20年近く続いたデフレからの完全脱却に向け、今日本は確実に前進しています経済が成長すれば、税収も増えます。この5年間で、国、地方あわせ、24兆円増えました。昨年度の国の税収は、58・8兆円。過去最高の60・1兆円も視野に入ってきました

地方の税収はどうか。かつて、バブル経済のときにはほとんどまさに東京、大阪、そういう大都市だけが、税収が増えていましたが、今やそうではありません。地方の税収は40・9兆円で過去最高になりました。今日は福岡の市長も来ておられますが、福岡県も5年連続、税収が大きく増えている。そういうお話であります。下関も当然増えておられます。アベノミクスの果実を使って、安倍内閣は、民主党政権時代の2・5倍のペースで、5年間で59万人分の保育の受け皿を整備しました。その結果、女性就業者は200万人増加し、今や25歳以上の全ての世代で女性の就業率は、あのアメリカを上回っています」=(3)に続く 


2018.8.13【長州「正論」懇話会設立5周年記念】安倍首相講演詳報(3)「拉致問題は私自身が金正恩氏と直接向き合い、わが国が主体的に解決」

https://www.sankei.com/politics/news/180813/plt1808130019-n1.html

本年4月、私は『日本経済を蘇生させた人』として、アメリカの雑誌『タイム』が選ぶ『世界で最も影響力のある100人』に選ばれました。実は4年前にも選ばれていたんです。おそらくみなさん、全くご存じないんだろうと思います。私もよく覚えてません。そのことを、いかにも自慢したいような感じでありますが、自慢したいわけでは全くありません。選ばれると誰かが、その人物について文章を書くのですが、今回はオーストラリアのターンブル首相が寄稿してくれました。その中で『米国が抜けた後、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が息を吹き返したのは、日本の力だ』と高く評価してくれたのですわが国がTPPのような多くの国が参加する協定づくりを主導したのは、戦後70年以上の歴史でおそらく、初めてではないでしょうか

「これは産経新聞が私を褒めているのではなくて、『タイム』が褒めているところであります。米国の離脱後、空中分解の恐れもありましたが、『世界的に保護主義の懸念が高まる中で、自由で公正なルールに基づく貿易の重要性を世界に向けて発信すべきだ』。こうしたわが国の考えに他の国々から賛同を得て、わずか1年で署名にたどりつくことができましたEU(欧州連合)との経済連携協定(EPA)も5年の交渉を経て、先月、署名に至りました人口6億人、世界経済の3割を占める大きな市場に、自由で公正なルールに基づく経済圏が誕生する。日本と欧州の関係がここまで緊密になったことも、かつてなかったと思いますわが国はこれからも自由貿易の旗手として、新しい時代の経済、秩序づくりを主導していく決意です

「通商交渉ですから、当然、国益と国益がぶつかりあい、決裂寸前の厳しい局面も訪れます。最後は首脳同士がどれだけ相手を信用できるか。決め手は『信頼』だと思います。2カ月ほど前、カナダで開かれたG7サミット(先進7カ国首脳会議)では貿易をめぐり激論となりました。全ての行事が終わった後の夜遅く、急遽、ラウンジに7人の首脳が集まり、ひざ詰めで本音をぶつけあいました。白熱した議論の最中、突然、トランプ大統領が『シンゾーはどう思うんだ。私はシンゾーの意見を聞きたい』。こう言ってきたんですね。私もちょっとびっくりしました。私は即座に『G7として、自由で公正なルールに基づく貿易システムを発展させるため、努力する、との立場を確認すべきだ』と申し上げました。最終的に、このラインでG7の首脳宣言が作成されました。誰にとっても、100%満足な文章ではなかったかもしれませんが、でも『これでいい』と飲み込んでもらいました。これまでトランプ大統領とも、ヨーロッパの首脳たちとも何度も会談を重ねてきたが、その信頼関係のなせる技だったと思います」

日本は、アジアで唯一のG7メンバーです同時に長年、東南アジア、インド、中東諸国など太平洋からインド洋へ至る、地域の国々と、深い信頼関係を築いてきました戦後、焼け野原から、世界第3位の経済大国を築きひたすらに平和国家としての道を歩んできました日本こそが、世界を平和と繁栄へ導く架け橋となる。その決意の下、わが国は今後も不断の努力を重ね、世界から信頼される国、尊敬される国とならなければいけないと考えています


トランプ大統領とはわずか1年半の間に、7回の首脳会談、20回を超える電話会談、さらには3回のゴルフを重ねました。かつて私の祖父、岸信介と、ゴルフをプレイしたアイゼンハワー大統領は、こう語ったといいます。『大統領になると嫌なやつとも、笑いながらテーブルを囲まなければならないが、ゴルフだけは好きな相手とでなければできない』。実際、交渉の会談は長くても1時間程度ですが、ゴルフとなれば世界で最も忙しいアメリカ大統領と4時間近くもともにできる。毎回、本音のやり取りができる貴重な機会になっています」

アメリカは、日本が攻撃されたとき、共に戦ってくれる唯一の同盟国です。どの大統領ともしっかり信頼関係を築くことは、日本の総理大臣の最も重要な責務の一つです。幸い、トランプ大統領とは今、お互いに何でも話し合える関係を築くことができていると思っています」

「これには3年前、平和安全法制が成立したことが大きい。互いに助け合えることができる同盟は当然その絆を強くします。昨年、北朝鮮が相次いでミサイル発射などを強行していたころ、この法制に基づき米艦防護も実施しました。自衛隊がアメリカの艦隊を守る。現場レベルでの連携や相互の信頼関係を含め、日米同盟はかつてなく強固なものとなっている。そのことは自信をもって申し上げることができます」

「それにしても、これだけ連日、日本のマスコミで取り上げられる米国大統領もかつてなかったと思います。大胆な内容のツイッターには世界中が驚かされる毎日です。昨年の秋、大統領が来日した際、宿泊しているホテルから夕食会まで、大統領の車両にご一緒させていただきました。沿道から手を振る人たちを見て、大統領がこう言いました。『あの人たちは、シンゾーに手を振っているのか? それとも私に手を振っているのか?』。私はこう言いました。『これは大統領車ですから、星条旗がたなびいていますよね。当然、大統領に手を振っているんですよ』。そしたら大変喜んで、うれしそうに自分の姿が外から見えるように突然、車の電気を付けたんです」

「大統領車というは(窓に)強いスモークがかかっていますから、夜はほとんど中は見えない。ですから、自分たちがあちらから手を振っているんだから、中の電気を付けてみえるようにしようと。ー大統領といえばセキュリティーが世界一厳しい。どの車に乗っているか。大統領車は2台あり、どっちに乗っているか分からないようになっている。でも、ライトをつければ、どっちに乗っているか明確になってしまう。もうシークレットサービスが大変焦って、こういう(×のジェスチャー)サインを送りました。おそらく電気を消してくれという意味ですね。しかし、大統領は無視して、ずっと手を沿道に振り続けていました」

「そういう意味においては、大変サービス精神にあふれている大統領といってもいいんではないかと思います。トランプ大統領には、これまでの常識なんて通用しません。しかし、だからこそ、前例にとらわれず、大胆な決断ができるリーダーでもあると思います6月には歴史的な米朝首脳会談が行われました。米国大統領と朝鮮労働党委員長という2人の首脳がサインをして、文書を発出したこの意義は大変大きいと考えています北朝鮮はこれまで、1994年の米朝枠組み合意2005年の6者共同声明にかかわらず、国際社会の努力をことごとく裏切ってきました

「しかし、これらはトップレベルの合意ではありませんでした。だから破ってよいわけではもちろんありません。首脳間の合意でなかったゆえに簡単にほごにされてきた面があります。他方、日朝平壌宣言は当時の小泉(純一郎)総理、金正日(キム・ジョンイル)国防委員長がサインをした文書であり、北朝鮮もこれをなかったことにはできない。日朝の交渉を始める際、間違いなくその土台となる文書であります。ですから、私は4月の日米首脳会談の際に、トランプ大統領に『サインをする文書を残してください』と話したんです。今回の共同宣言は北朝鮮の完全な非核化に向けて、大きな土台を作ったと考えています

「ここに至るまで、北朝鮮がミサイル発射や核実験を強行する中で、トランプ大統領も異例の空母3隻を日本海に展開させるなど、その軍事力を北朝鮮に見せつけています最強の軍事力を持つ、米国の大統領がサインをした。その重みは相当なものがあると思います。そうした前提の上にトランプ大統領は相互不信の殻を打ち破り、相互の信頼を醸成することで共に問題を解決するという新しいアプローチを取ったということだと思います」


「そこで、わが国にとって最も重要な拉致問題についてですが、先般、(拉致被害者の)有本恵子さんのご両親からお手紙をいただきました。お年を重ねられる中で切実な思いがつづられていました。(横田めぐみさんの父の)横田滋さんのお見舞いにもうかがい、早紀江さん、拓也さん、哲也さんからもお話をうかがい、ご家族の皆さまがご高齢になられながら、いまだ問題が解決できないということは私にとって痛恨の極みです」

「しかし、私は安倍政権でこの問題を必ず解決するという強い決意で臨んでいるんです米朝会談でトランプ大統領から私の考えは明確に金正恩(ジョンウン)朝鮮労働党委員長に伝えていただきましたが、最後は私自身が金正恩委員長と直接向き合い、わが国が主体的に解決しなければならない。そう考えています

北朝鮮には豊富な資源、勤勉な労働力があります。正しい道を歩めば、明るい未来を描くことができる。その前提が、拉致、核、ミサイルの諸問題の解決ですわが国として不幸な過去を清算し、国交正常化を目指すとの方針は揺らぎませんその上で、共に北東アジアの平和と繁栄を築き上げていきたい私もまた、相互不信の殻を打ち破り、問題の解決を目指す決意でありますそのためにも米韓両国との一層緊密な協力に加え、中国、ロシアをはじめ国際社会との連携も欠かせません」=(4)に続く  


2018.8.13【長州「正論」懇話会設立5周年記念】安倍首相講演詳報(4)「今こそ『戦後日本外交の総決算』を成し遂げるときだ」

https://www.sankei.com/politics/news/180813/plt1808130020-n1.html

日中関係は昨年11月、習近平国家主席とベトナムのダナンで首脳会談を行い、まさに新しいスタートを切りました。5月に李克強首相が8年ぶりにわが国を公式訪問し、10年来の懸案だった海空連絡メカニズムに合意するなど、多くの成果を得ました。首脳間の往来を通じ、日中関係を新しい段階へと押し上げていきたいと考えています」

太平洋からインド洋にいたる広大な地域を、自由で、誰でもオープンなものとして、私が掲げた『自由で開かれたインド太平洋戦略』を今、米国をはじめ多くの国が強く支持してくれています。日本の外交安全保障戦略を米国が取り入れるようなことは初めてではないかと思います

冷戦終結後も北東アジアにおいては北朝鮮問題をはじめ、戦後の枠組みが長年、そのままになってきました日本がリードして、この自由で開かれたインド太平洋戦略の下、新しい時代の北東アジアの平和と繁栄の礎を築かなければならない今こそ『戦後日本外交の総決算』を成し遂げるときだと考えています」  
最大の課題の一つが日露の平和条約交渉です一昨年、私のふるさと長門にプーチン大統領をお招きました。合計5時間、そのうち95分はたった2人だけで踏み込んだ議論を行いました。そして、長門の地で平和条約問題の解決に向けた真摯な決意を共有しました。あのとき合意した、元(北方四島)島民の皆さんの飛行機を利用したお墓参りも今年で2年目になります。四島での共同経済活動も新しい段階に入ろうとしている。長門合意を一つ一つ着実に実現に移すことで、領土問題を解決し、戦後70年以上解決されないままの平和条約の締結を目指したい。そして、ロシアとは世界のさまざまな課題の解決に共に協力する関係を築き上げていく。日露の新時代を切り開いていきたいと考えています」

「長門では、プーチン大統領が、山口県のお酒『東洋美人』を大変気に入っていただき、記者会見で『ぜひ、お勧めします』とまでおっしゃいました。そうすると、売り切れ続出という事態が発生したそうであります。長門の湯本温泉にも最近、ロシアからの観光客が訪れるようになったそうであります
 

日本を訪れる外国人観光客は、政権交代前、年間800万人ほどで頭打ちでした。しかし、安倍内閣は観光立国に力を入れ、5年連続で過去最高を更新しました。今年は上半期だけで、すでに1600万人に迫り、いよいよ3000万人時代に突入しました今、旅行ニーズは、その場でしか経験できない体験型に変わりつつあります。おいしい地酒に、美しい自然。それぞれの特色を持つ地方にとっては大きなチャンスです

「地元の油谷町には元乃隅稲成神社という123基の赤い鳥居が海に向かってずっと続いていく神社があります。実は私、今日初めて、この神社の中に入りました。何回も紹介させていただいているんですが、告白しますと、入ったのは私初めてであります。その前は何回も通ったことはありますが。以前は年間数百人、多くても数千人の参拝客しか訪れなかった場所が、3年前にCNNで紹介されたところ、『インスタ映えする』と評判になり、昨年はなんと皆さん、100万人が訪問したそうであります。さい銭箱には、そう、さい銭箱はずいぶん高いところにあるんですね。入れるのが難しいんです。ーそのさい銭箱には25カ国のコインが入っていて、神主さんも大変びっくりしたそうであります」

「近所の道の駅も、地元の農産物がよく売れるようになりました。店で働くお年寄りは今、スマホの翻訳アプリを使おうと奮闘しておられるそうです。方言がきついと、さすがの人工知能も対応不能かもしれませんが、観光客の増加で地域全体の活力を生み出している観光を地方創生の大きな起爆剤とする2020年、4000万人の大台を目指してさらに施策を強化してまいります


おいしくて安全な日本の農林水産物も外国人には大人気です萩特産の千石台大根は、3年前から香港に輸出されるようになりました。甘みがあり、煮崩れしにくい。煮崩れというのは荷物が崩れるんではなくて、煮ても崩れない。煮崩れしにくいダイコンは香港で1本400円。国内の倍の値段で売れているそうであります。自動洗浄機も導入し、白さを増すことでさらに付加価値を高めています。農家の収入は3割増えましたそうした中で最近、若者が5人もUターンしてきた。ブランド化など、新しい取り組みにもチャレンジし、いい環境が生まれています

農業は国の基であります。農家のみなさんの手はごつごつしている。それは大地と触れ合い、厳しい自然と立ち向かってきたからであります。山を保ち、水を勧誘し、美しい伝統、田園風景、伝統ある故郷を守ってきたのが農業です。しかし今、農家の平均年齢は66歳を超えています。未来に向かって農業を守り抜くためにこそ、今、改革しなければならないその思いの下に60年ぶりの農協改革、農地バンクの創設、減反政策の廃止など、戦後以来の大改革に取り組んでおります

先の国会では、林業改革に向けた法律も成立し、次は水産業改革にも挑戦する考えですそして今、農林水産物の輸出は、5年連続で過去最高を更新し、昨年は8000億円を超えました。生産農業所得は3・8兆円となり、この18年間で最高となっています。日本のおいしい米は国内では、1俵2万5000円ほどですが、中国に持っていけば9万円前後で売れます。もちろん、日本では1万円台のものもあるんですが、中国に持っていけば9万円前後で売れる。消費量も中国だけで年間1億6000万トン。日本の生産量の20倍を消費している。日本人が食べているお米の量はせいぜい700万トンか800万トン。いかに大きな消費量かということがご理解いただけると思います。世界に目を向ければ、農家の手取りをもっともっと増やすことができるはずです。先般の李克強首相の訪日の際に、中国向けの精米輸出に使用できる施設について、精米工場2施設、くん蒸倉庫を5施設を新たに追加することで合意し、政府としても輸出量の増大に取り組んでいます

「最もうれしかったのは、先日、最新データが出ましたが、40代以下の若手新規就農者が調査開始以来初めて4年連続で2万人を超えたことであります。若者が夢や希望を持って飛び込んでいくことができるような、若いみなさんが、自分たちの人生、未来を、農業にかけることができる。そういう農業へと改革を進めていく決意であります。未来と世界に目をこらしながら、農林水産新時代を切り開いていきたいと考えています」


地域経済を支える中小・小規模事業者のみなさんは、深刻な人手不足に直面しています。それにもしっかりと手を打ってまいります。生産性を向上するために新しい機械設備を導入する。そういうみなさんには固定資産税をゼロにする、かつてない制度を導入しましたものづくりの補助金や持続化補助金による支援を力強く進めていきます同時に一定の専門性、技能を有し、即戦力となる優秀な外国人材を幅広く受け入れる、新しい在留資格を来年4月を目指し創設する考えですこれはいわゆる移民政策ではありません。そのことははっきりと申しあげたいと思います。在留期間の上限を設定し、家族の帯同は認めないなど前提条件を設ける考えです。法務省の組織体制を抜本的に見直し、在留管理を適切に実施します。さらには、日本人と少なくとも同等の給料を支払うこととします

「先日、ベトナムのクアン国家主席が来日され、群馬県のある中小企業で働いているベトナム人を激励されました。そのときの様子を私に話してくれたのですが、ベトナムの青年が日本人と同じ給料をもらっていることに大変驚いたそうです。そして『彼はそのことを誇りにして頑張っている。日本は本当に素晴らしい』とおっしゃっていました。これは日本にとっての誇りではないでしょうか。日本にきて働いた外国人の皆さんが、日本にきて働いてよかったと思い、母国で活躍する。これはわが国にとっても、大きな資産になると思います」


先般の平成30年7月豪雨では、たくさんの方がお亡くなりになりました改めてご冥福をお祈りします被災地を視察し、河川の氾濫や土砂崩れの現場を目の当たりにし、自然災害の脅威を実感しました。前の政権の時代、『コンクリートから人へ』といったスローガンが叫ばれた。河川の改修や治水事業、砂防ダムの建設、ため池の維持改修など、まるで公共事業全てが悪いように批判されていました。実際、これらの予算は大幅に削られてしまいました。もちろん無駄遣いは決してあってはなりません。しかし国民の命を守る、防災や減災に必要なインフラまで削ってはならない。安倍内閣は国土強靱化に取り組んできましたため池の維持、補修などにも活用できる土地改良予算も、民主党政権で大きく削られましたが、以前の規模まで回復してきました

熱中症が相次ぐほどに、猛暑になったかと思えば激しい雨が降る。集中豪雨の量とスピードは従来とはまったく違う次元です。地球規模で温暖化が大きな問題となっていますが、こうした気象の変化にしっかりと対応していかなければならない減災・防災の観点から、河川の浚渫なども含めて、安心な暮らしを確保するための対策を全国的に早急に講じる必要があると考えます」=(5)に続く


2018.8.13【長州「正論」懇話会設立5周年記念】安倍首相講演詳報(5)「自民党としての憲法改正案を次の国会に提出できるよう、取りまとめを加速すべき」

https://www.sankei.com/politics/news/180813/plt1808130021-n1.html

西日本豪雨の発災以来、最大で3万1000人を超える自衛隊の諸君が、行方不明の捜索、大量に流れ込んだ土砂やがれきの撤去、炊き出しや入浴などの被災者支援に当たってきました今も連日猛暑が続く過酷な現場で、被災者の皆さんのため、黙々と献身的に任務を全うする彼らは日本国民の誇りです

「毎年、防衛大学校の卒業式に出席し、服務宣誓を受けますが、最高指揮官、内閣総理大臣として、真新しい制服に袖を通したばかりの自衛官たちから『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える』との重い宣誓を受けます。そうです。まさに彼らは国民を守るために、その命を懸けるんです」

「しかし、近年でも『自衛隊を合憲』と言い切る憲法学者はわずか2割で、違憲論争が存在しています。その結果、多くの教科書に自衛隊の合憲性に議論があるとの記述があり、自衛官の子供たちも、その教科書で勉強しなければなりません。ある自衛官は息子さんから『お父さん、憲法違反なの?』と尋ねられたそうです。そのとき息子さんは、目に涙を浮かべていたと言います」

「皆さん、このままでいいんでしょうか。こんな状況に終止符を打つ。全ての自衛官が誇りを持って任務を全うできる環境を整えることは、今を生きる私たち政治家の責任であります憲法の中にわが国の独立と平和を守ること、そして自衛隊をしっかりと明記することで、私はその責任を果たしていく決意であります


「こうした思いの下に昨年の総選挙でわが自民党は初めて、選挙公約の柱、主要項目の1つとして憲法改正を位置づけ、自衛隊の明記など4項目を具体的に掲げました教育の無償化もその1つです。先ほども申し上げましたが、明治の近代化、さらには戦後の焼け野原からの復興日本はこれまで数々の困難に直面しながらも、そのたびにそれらを見事に乗り越えてきたすべては日本人の力であります人づくりこそ、国づくりです

戦後憲法に普通教育の無償化が明記され、そこから小中学校9年間、義務教育制度がスタートしました。しかし、70年以上が経過し、経済も社会も大きく変化しています。子供たちがそれぞれの未来を、それぞれの夢を追いかけるためには、高等教育もまた、全ての国民に真に開かれたものでなければなりません。そうした思いの下に昨年の総選挙で、大半を借金返しに使うことになっていた消費税の使い道を大きく見直すことを訴え、幼児教育の無償化と合わせ、真に必要な子供たちの高等教育の無償化に踏み出すこととしましたこれは未来を見据えた、まさに国家百年の計でありますだからこそ、国の形、理想の姿を示す。憲法の中にしっかりと書き込んでいくべきであると、私はそう考えています。約束したことは必ず守る。実行に移すのが自民党であります」

本年の党大会では党の運動方針として、公約に掲げた4項目の議論を重ね、憲法改正案を示し憲法改正の実現を目指すその方針を決定しました。そして、これに従って意見集約に向けた党内議論が精力的に行われてきました。私の初当選は25年前、宮沢喜一総理・党総裁の下、自民党が初めて下野した選挙です。政治人生のスタートは野党からでありました。しかし、自民党は長年、日本の背骨を担ってきた責任政党として、常に政策を磨き上げ、どんなに苦しくとも責任を持って結論を出し、そして果断に実行することで結果を出す。その矜持があったからこそ、2度の野党時代を経験しても大きな分裂もなく、乗り越えてくることができました」

「いつまでも議論だけを続けるわけにはいきません。これまでの活発な党内議論の上に、自民党としての憲法改正案を次の国会に提出できるよう、取りまとめを加速すべきであると考えています

来月には総裁選がありますが、憲法改正は立党以来の党是であり、全ての党員の悲願でもあります。そして、昨年の総選挙での公約実現を目指すことは、自民党としての責任でもあります。誰が総裁になろうとも、その責任を果たしていかなければなりません」

憲法改正には衆参両院で3分の2を得て発議し、国民投票において過半数の賛成を得るという極めて高いハードルを乗り越える必要があります。政治は結果であり、どのように幅広い同意を得て憲法改正を実現するか。来る総裁選が党員の間で、しっかりと議論を深め、一致団結して前に進むきっかけとなることを期待しています」


「さて、9カ月後には天皇陛下のご退位、皇太子殿下のご即位、皇位継承という歴史の大きな節目を迎えます国民の皆さんが、わが国と皇室の長い伝統と歴史に思いをはせ、こぞって寿ぐことができるよう、そして世界の方々から祝福されるよう、政府として万全の準備を進めていく考えです

その直前にはG20(20カ国・地域)サミットを開催し、トランプ大統領、プーチン大統領、習近平国家主席をはじめ、世界中の主要なリーダーたちを日本にお迎えします国際社会が直面するさまざまな問題の解決について話し合い、新しい時代に向かって共に歩み出す。そうしたサミットにしたいと考えていますさらにラグビーワールドカップ、そして、2020年の(東京)五輪・パラリンピック。世界中の注目が日本に集まる。まさに、時代の転換点を迎えようとしています

平成の時代が幕を開けたころ、日本の高齢化率は11・6%でした。あの『失われた20年』長引くデフレで景気が低迷を続け、自民党が初めて下野した。あの総選挙以来、さまざまな政党が生まれては離合集散を繰り返し、不安定な政治の下で本格的な改革はずっと先送りされてきました。そして今や高齢化率は27・7%。この30年弱の間に、16%以上アップしました子供の出生数も年間100万人を下回り、30万人減少手をこまねいているうちに少子高齢化が一気に進みましたしかし、この5年間の改革によって、日本経済は今、着実な回復軌道を進み、5回の国政選挙によって、自公政権は国民の皆さんから安定的な政治基盤を託していただきました。あの『失われた20年』は、もはや過去のものになりました。小手先の対応はもう不要です。未来を見据えた、改革を進める準備は整いました。平成のその先の時代に向かって、今こそ動き出すべきときです

社会保障を全世代型へと改革していかなければなりません。未来を担う子供たちに大胆に投資する。そして高齢者の皆さんも力強く応援していく。半世紀前、65歳以上の高齢者の就業率は33%を超えていました。しかし、今、足下で上昇しているものの、23%になっています。今日も、元気あふれる先輩方がたくさんいらっしゃっていただいています。今の65歳は50年前で言えば50代、いや40代ぐらいの若さではないでしょうか。ですが私は63歳ですから、まあ53歳から45歳くらいだと思っています」

「その観点からいえば、この会場はだいたい30代、40代の皆さんしかいない。そんな感じがします。働く意欲のある皆さんには、いくつになっても元気で生涯現役。そんな社会をつくっていくことも必要です。子供たちから子育て世代、そして高齢者の皆さんまで、すべての世代が安心できる社会保障制度を構築していきます若者が、夢や希望をもって飛び込むことができる地方を創り上げてまいります

少子高齢化を踏まえ、地方の行政体制、財政、税制のあり方も考える必要があります防災・減災によって強靱な地方をつくり上げることも喫緊の課題です美しいふるさとを守り抜き、次の世代へとしっかり引き渡してまいりますさらには、戦後の日本外交の総決算を行う自由で開かれたインド太平洋を永遠に守りながら、新しい時代の東アジアの平和を繁栄の礎を築きあげたいと考えています

「やればできる。そう信じ、いかなる困難に直面してもチャレンジを続けてきた先人たちの志を私たちはしっかりと受け継ぎながら、今こそ、平成のその先の時代を切り開くときだ。私はこう考えています。明治維新胎動の地である、この長州の「正論」懇話会の皆さんにも、どうかその大きな原動力になってもらいたい。そのことを最後にお願い申し上げて、私の講演を締めくりたいと思います。長い講演でありましたが、ご静聴まことにありがとうございました」=終わり



togyo2009 at 13:26|PermalinkComments(0) 進め!安倍内閣 

平成最後の終戦の日(8月15日)(上)英霊を追悼し我が国の恒久の安寧を願って黙祷を捧ぐ

終戦の日 超党派議連50人が靖国参拝 【村尾哲、木下訓明】毎日新聞2018年8月15日 
https://mainichi.jp/articles/20180816/k00/00m/010/058000c
超党派の議員連盟「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・尾辻秀久元参院副議長)は終戦の日の15日、東京・九段北の靖国神社を参拝した。昨年より13人少ない50人の衆参両院議員が参加した。ー政党別の内訳は自民党48人、日本維新の会、希望の党が各1人。

同会とは別に、自民党からは萩生田光一幹事長代行や小泉進次郎筆頭副幹事長、さらに保守系議員による「伝統と創造の会」会長の稲田朋美元防衛相らもそれぞれ参拝した。

2018.8.15【終戦の日】安倍晋三首相が靖国神社に玉串料 終戦の日に6年連続 小泉進次郎氏らは参拝
http://www.sankei.com/politics/news/180815/plt1808150016-n1.html
安倍晋三首相は終戦の日の15日、東京・九段北の靖国神社に自民党総裁として私費で玉串料を奉納した。首相は参拝せず、柴山昌彦総裁特別補佐が神社を訪れ、代わりに納めた。平成25年の終戦の日から6年連続で同様の対応となった。柴山氏は記者団に、首相から「先人たちの御霊にしっかりとお参りをしてください。参拝に行けず、申し訳ない」と指示があったことを明らかにした。


今年も暑い夏が舞い込む東京・九段、平成最後の終戦の日、靖国参拝は果たせませんが遠く地方から、英霊を追悼し、そして我が国の恒久の安寧を願い、12時正午より1分間の黙祷を捧げました。

20090411_靖国神社01.jpg

来年は日本国にとって新しい時代が来るのですから、現役の身として一層の努力と日本国への献身がひつようであり、英霊の方々も見守っていてくださることと存じます。
命を賭して国を守るため、その生き様を捧げていただいた、その献身に答えるためにも。


2018.8.10【正論・戦後73年に思う】歴史の是正を世界に宣揚せよ 東京大学名誉教授・小堀桂一郎
http://www.sankei.com/column/news/180810/clm1808100004-n1.html
昭和21年から算へて73回目の「終戦の詔書奉戴記念日」が近づいてゐる。本年の記念日が平成の元号を以て呼ばれる時代の最終回になる事に多分に感慨を覚える。

 ≪靖国御親拝の環境整えよ≫
感慨の所以は幾つかあるが、その一は、国民の悲願である今上天皇の靖国神社御親拝に最も相応しい日がこの記念日なのであるが、私共の熱望は遂に叶へられる事無きままに平成の御代は過ぎ去りゆくのではないか、との危惧の念に発する憂愁の思ひである。

今上天皇は平成28年8月8日、御自身の譲位の御意向に対し国民の理解を求める御諚の中で、御即位以来「国民統合の象徴」としての新憲法下での天皇の在るべき様について種々の模索を重ねてきたと仰せられてゐる。それは第一に国民の安寧と幸せを祈る事であり、同時に各地での国民との直接の触合ひ、殊に大災害時にはどんな遠隔の僻地や離島にも慰問と激励の旅に赴く事が天皇の象徴としての行為として重要だつたとの認識をお述べになつてゐる。

直接の御言及はなかつたが、
硫黄島、沖縄をはじめ、サイパン、パラオ、フィリピン等国外の戦蹟地にも皇后とお揃ひで戦歿者慰霊の巡礼を果たされた御事蹟に国民は深い感銘を心に刻んでゐる

それは又、先帝陛下が戦争終結を命ぜられた詔書の字眼をなしてゐる一節〈朕ハ…堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス〉に籠められた大御心を御自身の治世の代に承け継がれ、実際の行動を以て体現された、洵に尊いお気持の表れである事を国民はよく理解してゐた。それだけに、さうした〈戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル〉臣民への鎮魂の儀礼の文字通りの象徴となるべき靖国神社への御親拝が、御即位以来未だに実現してゐない事は、国民にとつて解き難い不審の一事であつた。おそらくは、先帝陛下が昭和50年11月に、御微行の如き控へ目な靖国神社行幸を果たされた際の、異様な政治問題化が今上陛下の御親拝未済の最大の原因であらう。

この問題を政治の面で解決し、両陛下の靖国神社への行幸啓に何の支障もない環境を用意し奉るのが政府の責任だが、爾来歴代の内閣はこの重大な責務を怠り続けた。宮内庁の如き弱体な官庁の責任は敢へて問ふ気にならない。罪は政府中枢の懈怠にあり、又対日戦争で痛めつけられた旧敵国の怨恨と悪意を毅然として遮断する策を執れなかつた外務省の怯懦と不見識にある。政府や外務省の弱腰の究極の原因は所詮70年間我が国の知識人の心性を毒し続けた東京裁判史観による責罪意識である

 ≪「日本断罪史観」脱却の動き≫
然しこれは近年の安倍晋三首相の国際政治の舞台での成功とその存在感の効果による事なのだが、旧連合国を中心とする国際社会での日本断罪史観の暗い翳は明らかにその影響力を減殺してゐる。その圧力に対し我が国の思想界の一劃から発する強い反撥は、従来歴史修正主義といふ貶斥的な呼称を以て片付けられてしまふのが通例であつたが、昨今ではむしろ修正を要求する側の正当性が承認される傾向が顕著になつてきてゐる。例へば「史実を世界に発信する会」の英文の送信にアメリカ合衆国の歴史家から肯定的な反応が戻つてきたり、大東亜戦争は日本の自衛戦争であつたといふマッカーサーの上院証言同じ趣旨のフーバー回顧録が想起され、改めて関心を惹くといつた現象もある。

今や日本国民は全世界に向けて歴史修正の要求を高らかに宣言すべきであるその昂然たる態度表明こそが、自由主義が主導する形での世界秩序の再編成と永続的安定への出発点となる。行動の具体的方策を言ふとすれば、日本国民が請願法に基く請願権を行使して天皇陛下に、そして内閣総理大臣に、例大祭の期間中でもよく、終戦記念日ならば更によいが、靖国神社への参拝を励行して頂く事である。それが実現すれば、国民統合の象徴としての天皇の御親拝は即ち日本国民の統一せる意志の発露として、国家国民の守護神である靖国の神霊達への崇敬を国の内外に表明したことになる。

 ≪万世の為に太平開く決意を≫
それは国民の祖霊信仰一般と共通する所の多い守護神信仰の民俗的宗教的現実を証示するにすぎないとの見方もあらう。だが靖国神社は、その本質に照らしてむしろ遺憾ながらといふべきであるが、民俗的次元を超えて濃い国際政治的意味を帯びてしまつてゐる国家的宗教的施設である。我々は不本意ながら靖国神社の政治的意味を活用する事が可能である。即ち天皇陛下の御親拝を国民が挙つて請願する事を通じ、我々は神社御創建以来の我が国の現代史の履歴を信念を籠めて肯定し認承する事になる。戦後の誤れる風潮によつて奪はれてゐた歴史を再び我手に取り戻し、その意味を誇りを以て世界に向けて宣揚する事、それが万世の為に太平を開かむとの決意の表明になるであらう


togyo2009 at 11:08|PermalinkComments(0) 今が旬の企画もの