April 2011

April 30, 2011

〈問われる日本のエネルギー将来像〉

問われる日本のエネルギー将来像 / 野尻哲也のアントレプレナー・アイ
東日本大震災が発生して、早くも1カ月余りがたつ。日本の現代史に深く刻まれたこの悲劇は、さらに不幸なことに福島原発の壊滅的な事故を伴った。この原発事故は国民に大きな衝撃を与えたばかりか、燃料資源の乏しい我が国のエネルギー問題となって重くのしかかることになる。しかしながら、希望を捨ててはいけない。今こそ日本のエネルギーについて国民的議論を深め、その将来像を描く大きな転機とすべきである。

現実と向き合い、未来に投資する

原子力発電のリスクを国民が目の当たりにした今、原子炉の更なる増設を語ることは容易ではない。また事故だけではなく、放射性廃棄物やウランの輸入依存といった難題が原子力発電には付きまとう。しかし電力の安定供給という実利は大きく、原子力発電を「今すぐ全て撤廃するか」、「更に推進するか」という単純な二項対立は生産的とは言えない。その上で個人的な考えを述べるなら、「既存の原子炉の安全性を極力高めつつも、それらへ依存するのではなく、段階的に原子炉を減らせるよう代替手段の開発と省エネに時間をかけて注力する」という方向へ、エネルギー政策を転換することが望ましいように思う。

それでは原子力を代替し得る電力をどのように作るのか。

まず当面の現実的な電力供給に関しては、火力発電がこれまで同様に大きな役割を果たすと見られる。日本は火力発電に関して先端的な技術を有しており、発電効率の向上や有害ガスの除去などの更なる高度化を期待したい。また資源価格が高騰した結果ではあるが、シェールガスやオイルサンドなど新世代の化石燃料の採掘も進んでいる。ただし、いずれも枯渇資源には変わりないため、やはり中長期的にこれらに依存するのはリスクが大きい。

そこで新たな選択肢となる、持続可能な自然エネルギーについて考える。今や自然エネルギーは、驚くほどのスピードで進化している。とはいえ本格的な普及に向けてはなお発展途上であり、火力や原子力など既に成熟した電源と比較すると、いまだ効率面で見劣りするのも事実。しかしこれは大人と子供を比べるようなもので、自然エネルギーに関してはポテンシャルを見極め、未来に向けて育てていく発想が重要だ。

例えば日本の太陽光発電は、住宅用のみで75万件ほどが設置済みとみられる。1件当たりの平均設置容量は約3.7kWであるため、最大出力ではおよそ270万kWの発電を見込むことが出来る。出力だけを単純比較すると、これは原子炉2.5基分に相当する。もちろん全ての太陽光パネルが常に好条件で発電できるわけではなく、設備の経年劣化なども考慮しなければならないため、実際の発電量はもっと少ない(ピーク時で60〜70%程度)。だが普及率は持ち家一戸建てのわずか2.5%に過ぎず、ポテンシャルは相当に大きいと言えるのではないか(※1)。しかもこの数値には、共同住宅や公共施設、工場・商用施設・遊休地などへの設置は含まれていない。ただし、太陽光発電は夜間や悪天候時には十分に発電できないため、通年での発電量は原子力や火力に大きく劣る。それでも特に電力需要の強まるピークタイム(夏季の日中)では太陽光の発電効率も高まるため、電力供給において大きな役割を果たすことが可能だ。

※1 太陽光パネルの設置件数・平均設置容量は経産省補助金事業の申請件数および平成20年住宅・土地統計調査(総務省)より筆者が算出した。

風力発電のポテンシャルも大きい。風力発電といえば、総電力の10%を風力で満たすドイツが世界的に有名だ。またスペインも風力発電大国で、好条件が重なった結果とはいえ、過去には総電力の40%(約1000万kWh・原子炉10基分)を風力が供給したこともある。最近ではアメリカや中国も急速に風力発電を推進し、特に昨年の中国は容量比で日本の75倍もの風力発電を建設した。風力発電は自然エネルギーの中でも比較的発電コストが安いため、世界中で急速に普及が進んでいる。その一方で、近年の日本の風力発電は停滞気味だ。以前は地方自治体を中心に積極的に試されたものの、当時は技術的に未熟で環境アセスメントも無かったことから、故障や騒音などの問題が多発してしまった。故障した風車の姿は実に痛々しいこともあって、そのトラウマからなかなか抜け出せないでいる。しかし近年では設備の高度化はもとより、公害や生態系への影響に配慮した設置ガイドラインが整備され、問題は解決され続けている。また、より安定した風を得られ、設置場所の制約も少ない洋上風力発電も欧米で実用化された。

アイスランドの20%の電力を補う地熱発電も、同様に火山地盤にある日本で期待できる。現在日本には18か所の地熱発電所があり、合計で原子炉0.5基分ほどの電力を安定供給している。地熱発電は事故リスクが小さいため、無人で運営される発電所も存在するほどで、風力と同じく発電コストは安価だ。

水力発電に関しては立地制限や生物多様性の観点から、日本で新たに大規模発電所を建設するハードルは高い。他方、小型水力という新たな選択肢が登場しており、小さな河川でも数kWを安定的に発電することが可能となった。また、生ゴミや木質ゴミが無尽蔵に廃棄される日本では、バイオマスも大いに期待できる。なお、地熱、水力、バイオマスは太陽光と風力に比べ、はるかに安定的に発電することが可能だ。

日本の資源は「人」にあり

自然エネルギーはこのように大きなポテンシャルを有するものの、現時点では普及への課題も多い。とりわけ「電力供給の安定性の低さ」、「発電量の少なさ」、「経済性の低さ」が大きなハードルだ。しかし難問に屈することなく、知恵をもって制する姿勢こそが日本の未来を創ることになる。

課題解決にあたっては、まず技術的進化への更なる注力が必要なのは言うまでもない。しかしそれと同時に、少数の電源に依存するのではなく、様々な自然エネルギーと既存電力が互いに補完し合うベストミックスを構築することが重要だ。特に太陽光や風力は発電の安定性に欠けるため、他の電源で機動的にサポートする仕組みが必要とされる。

加えて電力を効率的に得るためには、自然エネルギーを適材適所で利用することも大きなポイントとなる。風通しが良く土地の豊かな北海道では風力、建物と人口が密集する東京では太陽光とバイオマスといった形で、地域ごとの環境適性をベストミックスに反映することが好ましい。エネルギーの地産地消サイクルとも呼ばれるが、福島原発に見られるような、都市部の電力供給の負担を地方に押し付けるという構造を可能な限り解消したいものだ。

このように自然エネルギーには課題が存在するが、だからと言って思考停止してはいけない。実際、日本の電力を自然エネルギーに託すことついて、「そんなことできない」と冷笑する人も少なくない。しかし実現可能性が高まる一方で、このような後ろ向きの精神性がなお存在するのは非常に残念だ。そもそも私たち日本人は困難に挑戦してきたからこそ、小国ながら大きな繁栄を築き上げてきたのではないだろうか。多くの方が口にするように、私もまた「日本の資源は人にある」と考える。従ってその人的資源を最大限に活用し、持続可能な自然エネルギーの開発と普及に国を挙げて努めてみてはどうだろうか。


自然エネルギーで経済構造を変える

実際、日本は自然エネルギー分野において多くの先端的な技術を有している。例えばアイスランドの地熱発電は世界的に有名であるが、そのタービンは日本製である。自然エネルギーに関しては、日本はその技術も資源(太陽や風)も自給自足し、更には輸出することまで出来るのだ。今後、自然エネルギーが世界規模での成長産業となる可能性は極めて高い。太陽光などの分散型発電は十分な送電網を持たない地域でも導入できるため、プラント型発電に比べ市場のすそ野も広い。先進国・新興国含めてエネルギー需要が高まる一方で、自然エネルギーの供給が飽和しているマーケットなどどこにも存在しない。このような市場環境の中で、日本が国を挙げて純国産の自然エネルギーに取り組むことは大きな意義がある。つまり、巨大な成長市場に競争力を持って参入し、同時に自国経済や雇用を大いに活性化しうるのだ。エネルギー自給率も向上するため、エネルギーセキュリティ上のメリットを得られることになる。しかし現実には皮肉にも、世界的な競争力を持つ日本の技術が国内ですら十分に活かされていないという事態に陥っている。
そして少なくとも現時点では、日本は自然エネルギーの技術面においてアドバンテージを有している。しかしこのままこれらを活かすことができなければ、間もなく他国に追い抜かれ、手遅れになることだろう。そうなってしまう前に、今回の原発事故を日本のエネルギー経済にとっての大きな転機として考えるべきではないだろうか。

「不便・不経済」としない省エネ

日本のエネルギーの未来については、その供給面だけではなく、どのように消費するべきかという問いも重要だ。計画停電において、全体の3割くらいの節電(総電力に対して原子力が占める割合)なら何とかできそうだ、と感じた方もいらっしゃると思う。まさにその通り!ではあるが、残念ながら今回は多くの火力発電も停止したため、電力不足が危ぶまれることになった。節電や省エネが大きな力となることは間違いない。しかしここで気をつけたいのは、無駄なエネルギー消費を省くことが必須である一方で、「無理や我慢のある省エネは、なかなか続かない」ということだ。ちなみにスウェーデンの環境政策のコンセプトは、「経済性・利便性・持続可能性」の全てを同時に実現させることにある。
その他方で生活や経済活動に無くてはならない電気については、身を削るような無理な節電を行うべきではない。節電は大切だが、そのために利便性や健康を損なったり、景気が悪化したりすることは避ける必要がある。従ってこれらについては、世界最先端を誇る日本の省エネ技術を上手く活用し、その性能を落とすことなく節電できるようにしたい。代表的なものとしては屋内照明で、1世帯あたり1個の白熱電球を電球型蛍光灯やLED電球に変えるだけで、東京電力管轄内において約100万kWの節電となる(なお1世帯平均5個利用している)。また、古い冷蔵庫をいまだに使っている方は要注意だ。最新の冷蔵庫の消費電力は、10年前の製品の2分の1、15年前の製品の4分の1にまで低下している。これらによって多くの電力を節約できるが、生活や経済に支障をきたすことはない。要するに気持ちよく経済的に省エネを持続するためには、消費する電力の大きさと必要性を考慮して、戦略的に節電することが望ましい。

ビークカットはオフィスや店舗が率先すべき

省エネでは電気消費の総量を削減する発想になりがちであるが、それだけはなく電力消費のピークカット(もしくはピークシフト)も大きな効果をもたらす。通常、電力会社は電力の「最大需要時(ピーク)」を満たせるように発電所を建設する。そのため電力需要のピークとオフピーク時の差があまりに大きいと、オフピーク時には発電所の稼働率が急低下し、全体としては効率の悪い発電所運営を行うことになってしまう。つまり電力需要の時間・季節が平準化すれば、仮に電力需要の総量が変わらなくても、発電所の数を減らせるのである。日本の電力需要のピークは、概ね「夏場の14時〜15時」あたりとなっている。仮にこのまま東京電力の供給不足が続くとなると、ピークカットのための計画停電が必要となり、関東圏の人々は実に憂鬱な夏を迎えることになる。ところでこの電力ピークは主に誰が生み出しているのだろエネルギー白書2010から部門ごとの電力消費を算出すると、製造業を中心とした産業部門が電気需要全体の33%、サービス業やオフィスなどの業務部門が35.8%、家庭部門は28.7%、旅客運輸1.8%と推測される。そのうち家庭部門の電力ピークは「朝7時と夜18時〜21時」であり、逆に14時の電力消費は少ない傾向にあるとされる。これは朝食・夕食という炊事時間帯が家庭の電力ピークと一致し、また昼間は不在が多いということで説明がつく。これに電気需要全体における家庭部門のシェアを勘案すると、ピーク時の家庭の電力消費は相対的に小さいものと推測される。よってピークカットにおいては家庭以外、すなわち産業・業務部門の節電努力こそが鍵を握ると考えられる。

「ホリスティック・アプローチ」―エネルギーの課題に統合的に取り組む

こういった電気の使い方に加えて、私たちの住む建物やインフラを見直すことでも不便なく省エネを実現することが可能だ。特に家庭やオフィスの電力消費において大きな比率を占める冷暖房に関しては、大きな節電効果を見込むことができる。例えば建造物を高気密・高断熱とすれば、冷暖房の空調効率が格段に向上する。とりわけ開口部(窓)は熱や冷気を逃しやすいが、筆者の知るところでは開口部を壁面積の15%以下に抑えることで高い気密性を保つことができる。また窓のサッシュによく用いられるアルミは熱伝導性が非常に高く、室内温度の保持に適さない。従ってサッシュを木製にし、更にガラスをペアガラスとすれば、開口部の断熱性は飛躍的に高まる。スウェーデンにはこの仕組みで、マイナス20度の真冬でも「人の体温と調理時の熱」だけで部屋を暖められる家がある。

このようにしてエネルギー供給と消費の方法、そのベースとなる建造物や社会インフラ、更には教育までをも含むあらゆる全てを投じてエネルギー対策に取り組むことを「ホリスティック(全体的)・アプローチ」と呼ぶ。何かひとつの方法で、電力や省エネの諸問題をクリアすることなどあり得ない。小さなしずくが無数に落ちてやがて大河を生むように、1つの目標に向かって多様な取り組みを計画的に行うことが今、求められている。

日本は資源が乏しいにも関わらず、その経済規模は極めて大きい。このような環境下で、絶対的なまでに安定した電力供給を要求される電力会社・政策当事者のプレッシャーは計り知れないものがあるだろう。これらの方々の使命感と努力無しには、戦後の高度成長を成し遂げられなかったかもしれない。そして今日に至り、私たちは不自由なく電気を使うことができる。

この誇るべき功績の陰で、行政によって「護送船団」化された組織は、やがて制度疲労を引き起こしていく。電力の安定供給と引き換えに担保された巨大な資金と権限は、いつしか国民のためではなく、既得権益として自己目的化する。そしてこれらを守ろうとする当事者たちの姿勢が、時代の変化への適応能力を大きく損なわせることになる。過去には国鉄、日本航空といった公益企業が時代の変化に適応できず、最終的に大きな改革を受け入れることとなった。電力も、また然り。日本の未来のエネルギーを真剣に築こうとするのなら、行政と産業の構造を根本から見直す必要がある。

エネルギー行政・産業の仕組みを変える

日本の電力会社には、制度上、2つの大きな特徴が存在する。それは総括原価方式という特殊な会計方式と、電力事業の地域独占である。総括原価方式とは、事業にかかった総費用に対して一定比率で利益を計上し、これを電力料金として反映できるという仕組みだ。これにより電力会社は費用が増えれば増えるほど、利益金額が増えることになる。高度成長期にはこれがインセンティブとなって電力会社は積極的に発電所を建設し、また都市部以外の地域への送電・配電を行うようになった。その結果、見事な電力インフラが日本に構築された。
一方で総括原価方式は、経営効率化の足かせともなり得る。仮に電力会社が経営努力によってコストを削減すると、電気代は値下がりし、結果として自社の利益額も減少することになるからだ。このため、現在のように時代が大きく変わったとしても、電力会社は原子力のような重厚長大型のハコモノ投資を優先し、他方では太陽光など小型で利益にならない投資に消極的になる。これと共に政府からの補助金も同様で、原子力であれば巨額の補助金を電力会社が一手に受けられるが、例えば太陽光ではその電力供給者、つまり多くの場合は一般消費者が補助金を受けることになる。この構造では電力会社が原子力発電をほぼ絶対的な選択肢とするのは必然で、彼らにとって自然エネルギーは「リスクだけ高い、全く旨みの無い話」ともいえる。その上で、電力事業の実質的な独占性である。総括原価方式そのものは電力だけではなく、水道や鉄道、バス、タクシー業界などにも適用されている。しかし総括原価方式だからといって、例えばタクシー業界がその費用と利益に応じて料金を値上げし過ぎると、消費者は電車やバスなど他の代替手段を求めるようになり、結果的に利益を減らす可能性が高くなる。つまり代替的な競争が存在するため、経営努力へのインセンティブはそれなりに働く。翻って電力会社に関しては、大口需要家向けの電力小売りが自由化されたものの、家庭向けを中心に依然として実質的な独占状態となっている。そのため、利用者は電気代が値上がりしても節電するのが精一杯で、電気契約を解約することは不可能に等しい。この結果、電力会社は電気を供給さえしていれば、巨大な資金と権限を手に入れられるようになる。一般的に言って、このような組織に経営努力を求めたり、環境変化への柔軟な適応を期待したりするのは、困難である。

今こそ電力の自由化促進を

こうして「何があっても倒産しない」という神話にたとえられるように、電力会社は肥大化した。しかし衆知の通り、福島原発の事故によってその根幹が大きく揺らいでいる。事故対応費や賠償金の総額は東京電力の総資産を超える可能性すらあり、経営陣は何らかの形で事故への責任を取らされることになるだろう。だがそれだけでは、根本的な問題は解決しない。
そもそもこういった構造を生み出したのは、エネルギー政策をつかさどる行政に他ならない。そして監督省庁から電力会社への天下りが繰り返された過去は、周知の事実である。この結果、行政による電力会社へのチェックアンドレビューは機能不全に陥った。

この現状に対し、事態の収束後には政府と国民の手によって新たなエネルギー政策が描かれることを期待したい。そこで何よりも重要なのは、この硬直化した電力産業と行政の構造をひも解くことにある。そのために最もパワフルな手段は、電力の自由化促進である。

電力には発電・送電・配電という3つの機能があり、現在は電力会社によって実質的にほぼ独占されている。このうち「送電(網)」は交通や物流でいう「道路」と同じであり、最も重要なインフラだ。仮に発電事業に新規参入しようとも、送電網を電力会社が独占している限り、自由に顧客に電力を届けることが出来ない。従ってこれを機に送電網を国有化し、発電事業者に対して安価に貸し出すことが出来れば、多様な発電手段を持った新規参入者が拡大することになるだろう。

また自由化に加え、国家予算の配分も見直しが必要だ。エネルギーのような公益事業は、やはり軌道に乗るまでは国・地域が支援しなければならない。例えば原子力発電にはこれまで数十兆円規模の補助金や電力会社の資金が投じられてきた。その中には完成が18回も延期されている青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場や、いまだ実用化されていない高速増殖炉もんじゅが含まれている。プルサーマル関連のこの2施設は、既に国と電力会社で4兆円以上も投資してきたが、現在でもほとんど稼働していない。仮にこの資金を太陽光発電の補助金としていたら、4kWパネルの設置に50万円を補助するとして、800万件(年間発電量で320億kWh)の太陽光を設置できたことになる。もちろん太陽光だけではなく、風力や地熱、バイオマスでも構わないが、おそらく原子炉数基分の電力を自然エネルギーで十分にまかなえたことだろう。

子供たちへの責任「問題はいま解決し、次の世代に先送りしない」

日本はその歴史において無数の国難に遭った。しかし危機に屈することなく、むしろそれを繁栄の糧とすることが出来たのは、「維新」と呼ばれるように社会の大転換を成し遂げたからである。そして現在の震災と原発事故、更には停滞する経済・政治・国際情勢も含め、日本は大きな転換期を迎えているように思う。

本コラムに記した内容を全て実現するとしたら、きっと多くの困難が待ち受けており、長い時間がかかるだろう。しかし今もっとも大切なことは、理想を持って現実の問題を解決し、未来を創るという姿勢だと考える。また場合によっては、既存の仕組みを根幹からさっぱり切り変えてしまうほどの柔軟な発想も必要だ。

福島原発の事故・廃炉処理は、その後、長期にわたると言われている。それらの費用や放射能に汚染された自然は、確実に未来の子供たちへのツケとなっていく。次の世代の子供たちが生まれ育った時、私たちが残した放射性廃棄物や廃止された原子炉を見て、彼らは一体何を思うだろうか。少なくとも私たちの世代は、このようなことを再び繰り返してはならない。そして残念なことに、これに限らず現代の日本は財政赤字や年金問題など多くの問題を先送りし続けている。しかしそれをいつまでも許していては、いよいよ国がもたない。「問題はいま解決し、次の世代に先送りしない」という強い決意で現実に臨むことこそ、未来の子供たちに対して私たちが果たすべき責任ではないだろうか。


togyo2009 at 03:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 資源なき国に生きる 

April 28, 2011

福島原発事故放射能漏れ(13)民主党の思惑(下)

細野補佐官「東電は大きな判断やりにくい会社」(2011年4月26日読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110425-OYT1T01022.htm
統合本部事務局長の細野豪志首相補佐官は、福島第一原発1号機で3月12日に行われた放射性物質を含む蒸気を放出するベントを巡り、「政府としては11日夜にはベント実施の腹を決めたが(東電が)なかなか実施しなかったので、午前6時50分に命令に切り替えた」と説明。「電力供給という(日々あまり変化がない)ルーチンワークに慣れた会社なので、何か大きな判断が若干、やりにくい会社なのかなと感じていた」と、東電の動きが鈍かったことを指摘した。

補佐官、初期対応の悪さ認める 国と東電が初の共同会見(2011/04/25共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011042501001100.html
東京電力福島第1原発の事故で、細野豪志首相補佐官と東京電力、経済産業省原子力安全・保安院などは25日、共同記者会見を開いた。細野補佐官は「(放射性物質を含む蒸気を外部に放出する)ベントのやり方で、政府と東電で十分なコミュニケーションが取れなかった」と、初動時に関係者間の意思疎通に問題があったことを認め、初期の事故対応について検証する意向を表明した。また補佐官は「津波に対する備えや、電源装置の備えは全く十分でなかった。すべてが検証対象に入り、当然改める部分が出てくる」と述べた。

政府・東電統合本部が初の会見 細野氏「情報すべて公開」(2011/4/25)
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E0E7E2E1958DE0E7E2E6E0E2E3E38297EAE2E2E2;at=ALL
事務局長の細野豪志首相補佐官は「原則としてすべての情報を公開する」と訴えた。原子炉建屋の水素爆発について「水素が建屋内に出ることを想定していなかった」と事故当初の状況を振り返り、徹底検証する考えも明らかにした。

細野氏は共同会見の狙いを「これまで個別に記者会見し、情報に重複があったり、齟齬があったりした」と説明。事故の検証については「津波や電源喪失に対する備えが十分ではなかった。政府と東電が十分なコミュニケーションをとれなかった」と話した。

事故調査委に関しては「議論する場を設ける。菅直人首相と海江田万里経済産業相の判断を待ちたい」と述べた。検証を始める時期を巡っては「高度な政治判断」としながら、「依然として事態は安定したと必ずしもいえないが、様々なことを振り返る時期になってきた」との認識を示した。

民主党政権は原発事故の初動のミスを東電に擦り付けたようです。

放射能拡散情報公表が遅れた背景に「政府の初動ミス隠し」(2011.04.26)
http://www.news-postseven.com/archives/20110426_18500.html
政府には、原発事故発生の際に稼働する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(通称“SPEEDI”)」がある。SPEEDIには、全国の原子力施設の炉型や周辺地形などがデータとして組み込まれている。原発事故が発生して放射性物質が放出されると、気象庁のアメダスと連動して、風向や風速、気温などから放射性物質の拡散を計算して図形化し、最大79時間後までの飛散を予測する能力を持つ。SPEEDIは事故直後の3月11日17時から動き始めたものの、最初に拡散予測図が公表されたのは3月23日、その後4月11日に2枚目が公表されたにとどまっている。その背景を追跡してみた。

東京電力は地震発生翌日の3月12日に1号機と3号機で炉内の圧力を下げるために放射能を帯びた水蒸気などを建屋外に放出する「ベント」に踏み切り、13日には2号機でも実施。さらに、15日にはフィルターを通さない緊急措置である「ドライベント」も行なった。

このタイミングで大量の放射性物質が飛散したことは間違いない。それはモニタリングのデータもはっきり示している。だが、枝野幸男・官房長官は1号機のベント後に、「放出はただちに健康に影響を及ぼすものではない」(12日)と発言し、20km圏のみの避難指示を変更しなかった。センターの証言によれば、枝野氏はSPEEDIのデータを知っていたはずだ。SPEEDIを担当する文科省科学技術・学術政策局内部から重大証言を得た。「官邸幹部から、SPEEDI情報は公表するなと命じられていた。さらに、2号機でベントが行なわれた翌日(16日)には、官邸の指示でSPEEDIの担当が文科省から内閣府の原子力安全委に移された」名指しされた官邸幹部は「そうした事実はない」と大慌てで否定したが、政府が“口止め”した疑いは強い。なぜなら関連自治体も同様に証言するからだ。

システム通り、福島県庁にもSPEEDIの試算図は当初から送られていたが、県は周辺市町村や県民に警報を出していない。その理由を福島県災害対策本部原子力班はこう説明した。「原子力安全委が公表するかどうか判断するので、県が勝手に公表してはならないと釘を刺されました」福島県は、玄葉光一郎・国家戦略相や渡部恒三・民主党最高顧問という菅政権幹部の地元だ。玄葉氏は原子力行政を推進する立場の科学技術政策担当相を兼務しており、渡部氏は自民党時代に福島への原発誘致に関わった政治家である。この経緯は、国会で徹底的に解明されなければならない。

「政府が情報を隠して国民を被曝させた」とすれば、チェルノブイリ事故を隠して大量の被曝者を出した旧ソビエト政府と全く同じ歴史的大罪である。しかも、その後も「安全だ」と言い続けた経緯を考えると、その動機は「政府の初動ミスを隠すため」だったと考えるのが妥当だろう。※週刊ポスト2011年5月6日・13日号

原発事故は、その大惨事を予測すれば、一寸を惜しみません。
しかし、民主党政権は、見事に初動を遅らせました。
原発事故は人災となり、多くの国民を苦しめています。
情報の一元化をはじめ、民主党政府に権限が集中することに、これからの危惧を来します。
この現実でも菅首相にとっては最小不幸社会なのでしょうか。

菅首相の外国人献金の責任はどこへ?(2011.04.10)
http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=1731
菅直人首相の資金管理団体「草志会」が韓国籍の男性から献金を受けていた問題で、先月14日付けで献金計104万円を返却していたことが、8日分かった。

首相の代理人は、返却理由を「(男性が)韓国籍であることを公的な書面によって確認した」としている。政治資金収支報告書によると、「草志会」は在日韓国人系金融機関の元理事の男性から2006年に100万円、2009年に4万円の献金を受けていた。菅首相は、東日本大震災が発生した3月11日の衆院決算委員会で、「日本国籍と思い、外国籍とはまったく承知していなかった」と述べ、献金受領を認めた。

東北大震災があった3月11日の3日後、菅首相は献金の返還手続きをしました。
大震災に原発事故、国民が一刻を争う大惨事に見舞われている最中のことです。
震災対策国民救済は遅遅として進まなくとも、首相の保身は素早いものでした。



togyo2009 at 16:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 資源なき国に生きる 

東北関東大震災(27)天皇皇后両陛下巡幸 宮城編

大川小の被害「かわいそう」=ヘリ上空から視察の両陛下−宮城(2011/04/27)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011042701029
東日本大震災の被災者を見舞うため、宮城県南三陸町と仙台市を訪問した天皇、皇后両陛下は27日、移動の際にヘリで上空から県内の被災地を視察された。

天皇陛下は、多くの児童が犠牲になった石巻市の大川小学校の近くを通った際、「かわいそうだったですね」と感想を語ったという。
 
同行した宮城県の村井嘉浩知事によると、両陛下は被害の大きさに驚いていた様子で、機内では一カ所一カ所指を差し、「あれは何」と質問を繰り返し、「ひどいですね」「時間がかかるかもしれませんね」と述べていた。特に水産業と農業を心配しており、水産業では養殖施設や漁船の転覆を見た際、「あれは元に戻るのでしょうか」「どれくらい時間がかかるのでしょうか」と話し、仙台平野では塩、海水を抜くのにどれくらい時間がかかるか質問されたという。

宮城県に到着した際、「心よりお見舞い申し上げます。ぜひ県民で力を合わせて」と両陛下から声を掛けられたといい、村井知事は「頑張ってくださいという強いメッセージになった」と話した。

東日本大震災:街見つめ黙礼 両陛下、宮城に(毎日新聞2011年4月28日)
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110428ddm001040067000c.html
天皇、皇后両陛下は27日、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県の南三陸町と仙台市を訪れ、被災状況を視察し、避難所を慰問した。来月2日に岩手県、11日に福島県を日帰りで訪問する。

両陛下は27日午前、東京・羽田空港から自衛隊機で航空自衛隊松島基地(宮城県東松島市)に到着後、ヘリコプターで南三陸町立伊里前小へ。同町は住民約1万7600人のうち、死者・行方不明者が26日現在で1152人に及んでおり、両陛下は高台の校庭から壊滅状態となった町を見つめて黙礼した。

「感激」「復興へ励み」 涙ぐむ避難者の姿も 両陛下宮城入り(2011年04月28日)
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110428t13035.htm
「感激の極み」「今後への励みになる」―。東日本大震災の被災者お見舞いで天皇、皇后両陛下が宮城県に入られた27日、訪問先の南三陸町と仙台市の避難所で感謝の声が広がった。被災者に対し、天皇陛下は「本当にお気の毒。どうかお大事に」と優しく案じられ、涙ぐむ人の姿も多く見られた。

両陛下は薄いグレーの質素な装いで被災地に入った。約200人が身を寄せる南三陸町歌津中体育館では、被災者の元に歩み寄り、畳の上にひざをついて気遣いの言葉を掛けた。

避難者の千葉みよ子さん(64)は、行方不明となっている孫ゆうちゃん(3)の写真を天皇陛下に見せ、「毎日がれきの中を捜し回っています」と説明。陛下は「早く見つかるといいですね」とねぎらった。千葉さんは「感謝でいっぱい。これを励みに前を向いて頑張りたい」と涙をぬぐった。

お見舞いは予定時間より10分以上延び、30分を超えた。帰り際に両陛下が振り返って手を振ると、体育館は大きな拍手に包まれた。

町の被災状況を両陛下に説明した佐藤仁町長は「ご訪問は感激の極み。避難住民も大いに勇気づけられた」と話した。

約260人が身を寄せる仙台市宮城野区の宮城野体育館では、避難者の佐藤美紀子さん(64)が黄色のスイセンを皇后陛下に贈った。津波で流された自宅跡に咲いたという。

両陛下が小さな子をいたわる場面もみられ、「強かったね。えらいこと」などと声を掛けた。

避難所運営委員長の片桐勝二さん(60)は「自立した生活に向け、心強い励みになった」と語った。避難所を案内した奥山恵美子仙台市長は「(天皇陛下は)一人一人に丁寧に声を掛けられ、多くの被災者が癒やされた。ありがたい」と述べた。

両陛下がれき残る町並みに黙礼(2011年4月28日)
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20110428-767579.html
被災地お見舞いで宮城県を訪れた天皇、皇后両陛下は27日、ヘリコプターで南三陸町に入られた。ヘリを降りると、がれきが大量に残る町並みに黙礼。町立歌津中学校の体育館で生活する避難住民たちに激励の言葉を掛けた。不明者捜索や復興作業に当たる自衛隊や警察、消防などの関係者もねぎらった。

夕方には仙台市宮城野区の避難所、宮城野体育館に立ち寄り、航空自衛隊松島基地(東松島市)から自衛隊のジェット機で帰京した。



togyo2009 at 15:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 震災列島に生きる