October 2014

October 28, 2014

〈2011.04.24 青山繁晴 時事インタビュー(with 田母神俊雄 一色正春 西村真悟)〉







togyo2009 at 04:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 資源なき国に生きる 

October 27, 2014

〈【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点】〉上

【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(1)前半】河野談話ヒアリング対象者に虚偽証言者 「奴隷狩り」吉田氏、「従軍」広めた千田氏 2014.5.20
http://www.sankei.com/politics/news/140520/plt1405200018-n1.html
慰安婦募集の強制性を認めた平成5年8月の河野洋平官房長官談話の作成過程にあたる同年1月から5月にかけ、内閣外政審議室が実施したヒアリング(聞き取り)の対象者の全容が、産経新聞が入手した政府文書で明らかになった。対象者には、韓国で慰安婦の「奴隷狩り」を行ったと告白したものの、後に全くの虚偽だと発覚した吉田清治と、軍属を連想させる造語「従軍慰安婦」を実際に使われていたかのように広めた作家の千田夏光=いずれも故人=が含まれていた

史実や事実関係に基づかない「強制連行説」の原点となった2人の証言に政府が影響を受け、河野談話の強制性認定につながった可能性も否定できない。


ヒアリング対象者は(1)旧軍関係者12人(2)元朝鮮総督府関係者5人(元経済警察課長、元慶尚北道知事官房主事ら)(3)元慰安所経営者1人(4)元厚生省(現厚生労働省)関係者2人(5)大学教授、研究者3人(6)書物執筆者3人−の計26人。このうち(5)の大学教授については、慰安婦性奴隷説を唱える中央大教授、吉見義明とそれを否定する拓殖大教授、秦郁彦の双方から話を聞いており、バランスはとれているところが(6)に関しては千田、吉田と『慰安婦たちの太平洋戦争』などの著書がある山田盟子の3人で全員が強制説に立つ作家となっている

元毎日新聞記者である千田は昭和48年の著書『従軍慰安婦』で、慰安婦を従軍看護婦や従軍記者のように直接軍の管理下にあるよう印象づけたノンフィクションの形をとりながら「女性の大半は朝鮮半島から強制動員した」「慰安婦の総数は昭和13年から同20年まで8万人とも10万人とも言うが、その大半は朝鮮人女性」などと何ら出典も根拠も示さず書いた実際は、秦の推計では慰安婦の総数は2万〜2万数千人であり、そのうち日本人が4割、朝鮮人は2割程度だった

産経新聞はヒアリング内容と評価、見解について内閣府に情報公開請求したが「公にすると今後、任意で協力を要請する調査で、公開を前提とした回答しか得られなくなる」との理由で拒否された。河野談話は日本国内にとどまらず海外にも弊害をもたらしている米カリフォルニア州グレンデール市にある「慰安婦」像の撤去を求める訴訟を起こしている目良浩一は19日の記者会見でこう訴えた。「訴訟で中国系団体の介入を招いたのも、真実でないにもかかわらず河野談話があるからだ。日本政府には客観的な事実を広報していただきたい」


吉田、千田の創作した小説が韓国語や英語に翻訳されなど、史実と異なる強制連行説や性奴隷説が拡大再生産されていった

「歴史戦」第2部は「慰安婦問題」を広めた人たちに焦点をあてる。(敬称略、肩書は当時)



【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(1)後半】軍医論文ヒントに「完全な創作」世界に増殖 誤りに謝罪しながら訂正せず
2014.5.20
http://www.sankei.com/politics/news/140520/plt1405200005-n1.html
「千田夏光という作家に父が慰安婦制度の考案者のように嘘を書かれ、大変な目に遭った。平成3年ごろから、私の診察室にまで内外からいろんな人が押しかけ『民族のうらみをはらす』とか『謝れ』などといわれ罪人扱いされました」こう振り返るのは福岡市在住の産婦人科医、天児都(79)だ。天児によると、千田の著書『従軍慰安婦』には、戦時勤労動員制度の女子挺身隊と慰安婦を同一視するなど63カ所に及ぶ問題記述があるという。天児の父でやはり産婦人科医だった麻生徹男は戦時中、陸軍軍医少尉として中国各地を転々とした。昭和13年1月に上海で慰安婦約100人の検診をした経験から、14年6月に「花柳病(性病)の積極的予防法」という論文をまとめ上官に提出した。麻生はこの中で、検診では「(朝鮮)半島人の内、花柳病の疑いある者は極めて少数なりし」と記し、その理由として日本人慰安婦より若年者が多かったことを挙げている。ただ、軍の命令で行った検診結果の一例を書いただけだが、千田はそれを論理を飛躍させてこうこじつけた。「レポートの結果として軍の目は当然のようにそこへ向けられていく。それは同時に、朝鮮人女性の怖るべき恐怖のはじまりでもあった。朝鮮半島が若くて健康、つまり理想的慰安婦の草刈場として、認識されていくことになるのだった」

千田は別のページにも同様の記述をし、麻生の論文が朝鮮人強制連行のきっかけのように書いてが、同書にはこれに関する実証的な裏付けも何もない。匿名の元経理将校が関連がありそうに証言をしている部分はあるが、この将校が語っているのは13年のエピソードであり、麻生の論文と時期が合わない。むしろ麻生は論文で「娼楼にあらざる軍用娯楽所の設立も希望す」「これに代わるものとして、より高尚なる娯楽施設を必要とす。音楽、活動写真、図書あるいは運動が良い」と提言しているのである

「千田は自分の都合のいいところだけ拾い読みし、初めから結論ありきで書いている。完全にフィクション(創作)だ」こう憤った天児が千田に抗議し、訂正を申し入れたところ、平成8年4月にこんな謝罪の手紙が届いた。「朝鮮人女性の比率が高くなったのは麻生論文のためではないということで、ご指摘の通り論文を発表されたのが年のかわってからであったことも明確です。私の記述が誤解をまねき、ご迷惑をかけているとすれば罪は私にあります」ところが、作者自身がこれほど明確に著書の根幹部分での間違いを認めたにもかかわらず、結局、それらの部分を訂正した改訂版は出版されず、従軍慰安婦』の誤った記述が改められることはなかった

そして、錯誤の連鎖はこれにとどまらず、千田が事実として書いた嘘が増殖していった」(天児)のだ。例えば、慰安婦を強制連行された「性奴隷」と認定した1996(平成8)年2月の「クマラスワミ報告書」には、オーストラリア人ジャーナリスト、ジョージ・ヒックスの著書『慰安婦』が引用されているが、天児によると「索引には参考文献がたくさん並んでいて立派な学術書のようだが、千田の本とそれを孫引きした著者のものばかり」だという。吉田清治の名前もある

この本には7カ所「ドクター・アソウ」の名が出てくが、千田の著書を引用する形で「最も健康な慰安婦供給源への基礎をおくのに手助けした」と書いたり、「上海の慰安所の主唱者」と記したり、およそデタラメな記述が多かったさらに『慰安婦』には、麻生が撮った写真が無断掲載されいたため、天児はヒックスに「著作権侵害だ」と手紙を出したが、なしのつぶてだった天児は法的手段に訴えることも考えたが、弁護士は「日本弁護士連合会はあなたと立場が違うから弁護できない」と断られた日弁連は、慰安婦は「軍事的性奴隷」であり、「軍の強制は明白」との立場を取っているからだ。



【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(2)前半】講義で「日本の蛮行」訴える韓国映画上映 広島大准教授の一方的「性奴隷」主張に学生から批判

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140521/plc14052108180007-n1.htm
「いつから日本の大学は韓国の政治的主張の発信基地に成り下がってしまったのか」 広島大学で韓国籍の男性准教授の講義を受けた男子学生(19)は、ため息交じりに語った。一般教養科目の「演劇と映画」と題された講義。428日、約200人の学生がスクリーンに投影された映像を見せられていた。「日本刀で焼きごてをあてられた」「日本人が『朝鮮女性を強制連行したことはない』というから腹が立ってたまらないのよ」インタビューを受ける高齢女性は何度も「日本の蛮行」を訴える。韓国映画「終わらない戦争」。元「慰安婦」の証言をもとに構成された60分のドキュメンタリー映画だ。

「突然、2人の日本軍人が私を小さな部屋に押し込んだ。私が声を上げると、刀を抜いて鼻を刺した」衝撃的な証言が次々と登場する。−映画には、慰安婦性奴隷説を唱える中央大教授、吉見義明や、慰安婦問題をめぐり米国内で日本非難の先頭に立ってきた日系下院議員、マイク・ホンダらも登場する

准教授は上映前、こうした河野談話の問題点を説明することもなく、学生に「人間はありのままに語ることはできない。だが、物語の力、虚構によって、より真実を鋭く伝えることも可能だ」と話し、映画が「真実を伝えている」と強調した。上映が終わると、「今日の授業は以上です」と告げ、すぐに講義を切り上げた。「強制連行」の証言だけを示し、学生には議論の余地も与えなかった

男子学生は国立大学の授業として、慰安婦募集の強制性があたかも「真実」として伝えられたことに疑問を呈し、「何の説明もなしに、あの映画を流すのは乱暴だ」と指摘する。広島大学は「現在、事実関係を確認している。事実がはっきりしない段階ではコメントできない」としている。准教授の講義の狙いはどこにあったのか。「学生に議論の余地を与えなかったのではなく、講義の時間が足りなかった取材に対し、准教授は釈明する一方でこう続けた。「従軍慰安婦、性奴隷はあった。事実だ。私は優れたドキュメンタリー映画の例として、『終わらない戦争』 を学生に見てもらった」


【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(2)後半】「吉田証言」重用でウソ拡散、いつの間にか内容を否定していた朝日2014.5.21
http://www.sankei.com/politics/news/140521/plt1405210013-n1.html
「そもそも朝日新聞の誤報と、吉田清治という詐欺師のような男がつくった本(『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』)が、まるで事実のように日本中に伝わっていったことで、この問題がどんどん大きくなった第2次安倍政権発足の約1カ月前にあたる平成24年11月30日。日本記者クラブ主催の党首討論会で、自民党総裁の安倍晋三は慰安婦問題について問われてこう指摘した首相就任前から慰安婦問題に熱心に取り組んできた安倍が朝日と吉田を名指ししたのには理由がある。吉田のデタラメな「韓国での奴隷狩り」証言を裏付けも取らないまま熱心に繰り返し取り上げたのも、事実と異なる慰安婦報道で問題を複雑化させたのも朝日だからだ。吉田証言は共産党の機関紙、赤旗なども報じているが、朝日は突出している

アヘン密輸にからみ入獄したこともある吉田を「職業的詐話師」と呼ぶ現代史家の秦郁彦が吉田と朝日の関係を調べたところ、朝日は慰安婦問題が注目されるようになった3年半ばからの1年間に、吉田を4回も紙面に登場させている。もちろん、それ以前にも何度か取り上げた上での話だ。例えば3年10月10日付の記事(大阪版)では、吉田が「慰安婦には人妻が多く、しがみつく子供を引きはがして連行」などと語るインタビュー記事を載せている。だが、貧しく慰安婦のなり手に事欠かなかった時代に、わざわざ子持ちの人妻を連行する必要性があったというのか。

朝日の前主筆、若宮啓文は昨年9月に出版した著書『新聞記者 現代史を記録する』の中で次のように振り返っている。「朝日新聞もこれ(慰安婦問題)を熱心に報じた時期があった。中には力ずくの『慰安婦狩り』を実際に行ったという日本の元軍人の話を信じて、確認のとれぬまま記事にするような勇み足もあった」今回、産経新聞が若宮に取材を申し込んだところ、多忙などを理由に「お受けできかねる」と拒まれた。朝日新聞広報部に「一連の吉田氏を取り上げた記事について訂正する考えはあるか」と問い合わせると、書面で回答があり、前述の9年3月31日付の慰安婦問題の特集を挙げたうえで、こう続けた。「吉田清治氏の証言について、弊社は特集ページで、証言の真偽が確認できないことを詳細に報じ、証言内容を否定する報道を行っています。歴史に関する証言報道は、その検証などによって新しい事実が判明した場合、その事実を伝えることが重要だと考え、そう努めています」


【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(3)前半】元朝日ソウル特派員「日本人が無理やり娘をさらったら暴動が起きましたよ」2014.5.23
http://www.sankei.com/politics/news/140523/plt1405230030-n1.html
慰安婦問題が過熱した1990年代初め、朝日新聞ソウル特派員として前川惠司(現在は退社しジャーナリスト)は、韓国内で元慰安婦らに取材した。−本紙の取材に−前川は、元韓国人慰安婦にインタビューし、「女子挺身隊」の名で慰安婦が戦場に連行されたと、事実をねじ曲げて伝えた朝日新聞平成3年8月11日付朝刊(大阪版)の植村隆(今年3月退社、大学講師)の署名記事についても首をひねる。「『勘違いしているな』と直感し、すぐに訂正がでるだろうと思った」挺身隊が慰安婦と異なるのは、少しでも戦時下の日本について調べればすぐ分かる常識だったからだ。


前川はこの4月、ソウル時代に元慰安婦を取材したエピソードを「戦場の慰安婦哀譚昨今」(亜細亜大学アジア研究所所報第154号)と題したエッセーにつづったそこから浮かび上がるのは、元慰安婦の女性らが支援団体らの主義主張に「利用」されているという一面だ。エッセーには、前川のこんな忘れられない光景が記されている。93年11月、当時の首相、細川護煕と韓国大統領、金泳三による首脳会談が韓国の慶州で行われたときのことだ。元慰安婦を支援する韓国の団体が、元慰安婦ら十数人を中心としたデモを展開した。厳しい寒さの中、元慰安婦らは、薄い生地の白いチマジョゴリで、傘もささず雨の中を歩かされていた。時折、デモの指導者のかけ声に合わせ、「日本は補償しろ」と叫んいたものの、顔面は蒼白だった。前川が「おばあさんたちが風邪をひいてしまう」と案じていると、その目の前で1人が倒れてしまった。


取材に対し、こう振り返る前川は、少女の慰安婦像まで用いて「元慰安婦イコール性奴隷」との表現が盛んになされている現状に大きな違和感を抱いている。そこまで朝鮮半島の女性を侮辱する言葉が、李朝時代を含めてあっただろうか。自分たちの民族の女性が公然と『性奴隷』と貶められて、侮辱を感じないのだろうか」前川は疑問を投げかけ、エッセーをこう結んだ。あちこちに従軍慰安婦像を建てようとしている人たちが、本当に貶めているのは誰なのか、気になってならない(敬称略)



togyo2009 at 06:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 捏造の慰安婦問題 

October 20, 2014

〈【朝日の大罪】〉(9)門田隆将氏、藤岡信勝氏、佐伯啓思氏、佐瀬昌盛氏

門田隆将氏、朝日の歴史的大誤報を糾弾「独善に鉄槌、生き残りは厳しい」 2014.09.12
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140912/dms1409121830020-n1.htm
朝日新聞は慰安婦問題の大誤報に続き、東京電力福島第1原発の吉田昌郎元所長の証言をまとめた「吉田調書」でも誤報を認め、謝罪に追い込まれた。−生前の吉田氏にインタビューし、朝日の「虚報」を早くから指摘していたジャーナリストの門田隆将氏(56)は「いわれなき事実を広めた罪は重い」と怒りが収まらない。「社長辞任でも幕引きはできない」と、朝日が抱える組織的な病巣を徹底糾弾する

朝日の独善的な体質が大衆に気づかれてしまった。今後、メディアとして生き残るのは厳しいだろう」12日朝、門田氏は夕刊フジの取材にこう語った。吉田調書の誤報について「今回の問題は、私がブログに書いたことが契機となった。そこからどんどん波及して大きな問題に発展したインターネットなどのニューメディアの登場が朝日をはじめ大メディアが情報を独占する構図を打ち崩したメディア史の中に刻まれる大きなターニングポイントだ。大衆によって、朝日という大メディアのおごりに鉄槌が下された」と振り返る

朝日は5月20日付朝刊で掲載した「所長命令に違反 原発撤退」と題した記事で、東日本大震災から4日後の2011年3月15日、福島第1原発の所員約650人が吉田氏の待機命令に違反して第2原発に撤退したと報じたが、門田氏は当初からその欺瞞に気づいていた。「読んだ瞬間にわかった。これは誤報だ、と。イデオロギーや主張に基づき事実をねじ曲げる。『いつものことをやってきた』と思った門田氏が疑問視したのは、朝日の記事で指摘された吉田氏の「命令」の有無だった。朝日の記事では、「吉田調書」中の吉田氏の「2Fに行けとは言っていない」との発言を引用して「命令」としていたが、そこには意図的な印象操作があったという。「前後の文脈を読めば、命令ではなく、伝言が伝わっていなかったのだとわかる。朝日は意図的に重要な部分を削っている。言葉尻を捉えているだけで大事なファクトが抜けている。そのことに幹部の誰も気がつかなかったのか。彼らのジャーナリストの能力の欠如に驚きを禁じ得ない

門田氏は、震災翌年の12年に吉田氏に長時間にわたるインタビューを行い、『死の淵を見た男−吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)を出版している。何度も現場を取材し、吉田氏の人柄や考えも熟知しているからこそ覚えた憤りもあるという。「そもそも11年3月15日は(原発の)2号機から衝撃音がして圧力抑制室の圧力がゼロになるという、最も危機的な状況にあっときだ。朝日の記事通りの命令があったら、吉田氏は2Fに避難した人たちに死ねと言ったようなものだ。あの人がそんな命令をするはずがない。大誤報であるだけでなく、温かみのない新聞だと思った

「吉田調書」を元にした朝日の記事には、現場作業員や関係者の証言が登場しない。この点についても、門田氏は疑問を投げかける。「現場に出て関係者を1人でも取材すれば真実はすぐにわかる。これだけのキャンペーンを張ったのに、現場取材はきちんとやったのか」朝日は12日朝刊での検証記事で「所員側への取材ができていないなど必要な取材が欠けていた」と自白している朝日は事実を突き詰めることをしなかった。ジャーナリストとしてやってはいけないことだ」門田氏は、自らのブログのほか、週刊誌や新聞などでも朝日の「吉田調書」報道に関して繰り返し疑問を呈してきた
その門田氏に対して朝日は2度に渡って抗議書を送りつけた。「法的措置をちらつかせて恫喝するというのは圧力団体の手法だ。そのことに対して言論機関として何の痛痒も感じていない。言論の自由に対してこれほどの軽さしか持ち合わせていなのか」と門田氏はあきれた。


11日の記者会見で木村社長は、8月5日付朝刊で訂正した慰安婦に関する報道にも言及し、「誤った記事を掲載し、訂正が遅きに失したことをおわびする」と陳謝した。門田氏はこの件についても「火のないところに火をつけて、いわれなき事実を広めた。今回の『吉田調書』報道と同じだ。日本と日本人の名誉を徹底的におとしめた罪は重い」と手厳しい。
「クオリティーペーパー」を自認しながら、歴史的誤報を連発して世界に恥をさらした朝日。報道機関としての信用を著しく失墜させた今、待ち受けるのはいばらの道だ。「社長が辞めて幕引きされる話ではない。そこから本当の追及と問題解明が始まる。まさにこれから『朝日問題』が勃発するのだ。言論機関として存立すべきかどうか。私は廃刊すべきだと思っている」と門田氏。



巧妙で悪質な会見慰安婦問題の温存図る 拓大客員教授・藤岡信勝氏 2014.09.14
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140914/dms1409140830005-n1.htm
朝日新聞の木村伊量社長らによる記者会見(11日)に対する私の評価は、ひと言で言うと、原発事故絡みの誤報謝罪を隠れみのにして慰安婦問題の温存をはかった、巧妙で悪質な会見であった、というものである。


5月20日付の朝刊1面に「原発所員、命令違反し撤退」という大見出しを掲げて、吉田昌郎元所長の調書の内容に反する誹謗記事を書いたことは、言うまでもなく許しがたい。このニュースは海外にも発信されて、東日本大震災時の日本人の立派な振る舞いに感動した世界の人々の、日本人の評価に水をぶっかけた。記事を撤回して謝罪するのは当然である。しかし、吉田調書の誤報は発生から4カ月もたっていない。

これに対し、慰安婦奴隷狩りの吉田清治証言は、朝日が報道してから32年も訂正されなかったのだ。それによって、今や戦前の日本は「性奴隷国家」だったと糾弾されている。慰安婦問題の方がはるかに深刻である。ところが、どちらの方が重いか」と直裁に問われた木村社長は「最大のテーマである吉田調書をめぐるおわびが中心であることは間違いない」と言ってのけた。吉田清治証言を、吉田調書の陰に隠し、添え物にするホンネをあけすけに語ったのである。編集担当の杉浦信之取締役は解任されたが、吉田調書の報道の責任を取ったもので、慰安婦報道には関係がないという。すると、慰安婦報道については誰も責任を取らないつもりらしい。こんなバカなことがあるか


慰安婦問題で新たな進展は、(1)初めての謝罪(2)第三者委員会による検証記事の検証(3)社長辞任の示唆、の3点であるだが、8月5、6日の検証記事に自信を持っている、とし、強制連行は明確に否定したものの、慰安所における「広い意味の強制性」があったとして日本糾弾の論調を続けることを宣告した朝日が反日宣伝機関としての役割を放棄する可能性は最終的になくなった
私が記者なら木村社長に質問したい。「米国ですでに、8基以上の慰安婦の碑や像が設置されている。これは良いことなのか、悪いことなのか。良いことだとしたら、あと何基くらい設置されれば日本の悪行に釣り合うと考えるか。悪いことだとしたら、朝日新聞は廃刊して謝罪すべきではないか」国際社会に慰安婦問題が虚構であることを説明するには、虚構を流した新聞社は廃刊になったと言うのが最も分かりやすいのである。


【日の蔭りの中で】京都大学教授・佐伯啓思 歴史観の欺瞞示す朝日虚報 2014.09.16
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140916/dms1409161140001-n1.htm
私が学生のころ−もう40年ほど前のことだが、朝日新聞は圧倒的な権威をもっていた。いわゆるサヨク全盛の時代である。とりわけ学生にとっては新聞といえば朝日であった。その朝日新聞が「炎上」している。例の「従軍慰安婦」に関する報道の一部の誤りを認めたためである。一部といっても、慰安婦の軍による強制」の根拠になった吉田清治なる人物の証言の虚偽性を認めたのだから、この30年におよぶ朝日の一連の慰安婦に関する報道が虚偽であったというに等しい。今日の日韓関係の出口のない行き詰まりをみれば、この誤報もしくは虚報が与えた負の影響ははかりしれない。今頃になって記事を取り消しても、大罪」は取り返しのつくものではない

さてここで私が気になるのは次のようなことである。戦後日本は大東亜戦争を、日本のアジア進出が引き起こした侵略戦争とし、その反省に立って戦後の民主主義、平和主義国家へ転換を果たしたことになっている。戦争を引き起こしたのは世界制覇を意図した軍国主義的な勢力であるとするポツダム宣言を受け入れ、その下でアメリカの占領を認めたのであるこの歴史観を受け入れる限り、戦後の日本はアジア諸国に対して加害者となる。かくて戦後の日本人はアジア諸国に対するある種の負い目を感じてきた。とりわけ中国、韓国に対してはそうである。

このような心理的な負い目を背景として、慰安婦問題を執拗に取り上げたのが朝日であった韓国女性という被害者を持ち出せば、加害者である日本をいくらでも批判できる。しかもこの場合、より特定すれば、加害者は日本政府である。つまり「国」である。だから、慰安婦は「国」による強制でなければならなかった。侵略戦争をはじめたのも「国」であり、現在、アジアへの謝罪に消極的なのも「国」である。こうして、韓国女性の慰安婦という被害者の側に立つことで「国」を批判したのがいわゆる進歩派知識人であり、その代表が朝日新聞であった。こうなると、彼らは被害者に寄り添うことでいわば免罪される。悪いのは「国」であり、権力をもった政府である、ということになる。戦後民主主義とは、国民の名の下に権力者である「国」(政府)を批判するイデオロギーとなった。慰安婦は、戦後民主主義者にとって、「国」を攻撃する格好の材料となったのである

こういうやり方はいかにもズルイ。いや、欺瞞的といってもよい。しかしこの欺瞞を生み出したものは、あの戦争を、日本の「国」による侵略戦争であったとする連合国の歴史観であり、それを受け入れた戦後日本そのものともいえる。だから、進歩派知識人とは、この歴史観から出発した戦後日本の優等生であり、いわばアメリカの占領政策の産物でもあった。とすれば朝日の虚報問題とは、実は、アメリカ的歴史観、戦争観を受容して恥じない戦後日本の欺瞞を暴きだすものといわねばならない。



【正論】「兵力逐次投入」で失敗した朝日 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 2014.09.17
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140917/dms1409171956016-n1.htm
朝日新聞が傷口をますます深めている。8月5、6日付で慰安婦問題で大記事を掲げ、吉田清治関連で過去の報道を「取り消し」、9月11日には木村伊量社長が福島第1原発事故の吉田昌郎所長「聴取結果書」(調書)をめぐる誤報を認め、またもや記事を取り消したうえ謝罪する事態となった。何の謝罪もなかった8月から9月には態度が変わった。もっとも謝罪には2種類あり、1つは吉田調書問題、もう1つは吉田清治問題に関わる。後者は8月には謝罪なしの記事撤回だけだったから今回、遅ればせのゴメンナサイが加わったわけだ。何ともややこしい。

慰安婦虚報謝罪が先のはず
2種の謝罪をもう一度整理しよう。今回の社長記者会見は吉田調書問題での謝罪が主目的であり、慰安婦問題でのゴメンナサイは従、つまり、付け足しである。前者だけでは済みそうになく、後者もほじくられるだろう。ならばこの際、虚報の「撤回遅れ」も序でに謝ってしまえ、と計算されたようだ。しかし、性質のまるで違う重大な2問題を単一の記者会見で扱うのは、本来は無理だ。どうしても1回でと望むのなら、時間順に従ってまず、吉田清治虚言問題で謝り、次に原発事故調査問題で謝罪すべきだったろう。朝日社長はその逆をやってしまった。


2つの謝罪の持つ意味の違いも問題である。朝日新聞にとっては両方ともに不名誉なことだろう。だが、国際的見地からすれば、吉田調書問題と慰安婦問題とでは意味合いが大きく違う。前者では誤報の謝罪によるマイナス影響を被るのは朝日ブランドだけである。ところが後者ではそうではない。朝日ブランドも日本の評価ともに深刻に揺さ振られる朝日の長年のキャンペーンで性奴隷許容国家説が国際的にかなり行き渡ってしまったからだ。国連のクマラスワミ報告一つをとってみても、それは明瞭だ。だから吉田調書誤報よりも慰安婦虚報の謝罪にこそ、朝日はより真剣になるべきだった。が、この点でも逆だった。


大胆な「戦略的後退」こそ
要するに、朝日の謝罪作戦は行き当たりばったりなのだ。慰安婦問題では吉田清治の作り話は30年以上も昔のことなのに、今年8月以降の朝日の対応は望遠的でなく近視眼的だった。長い時間の経過で問題がこじれにこじれたことへの配慮が欠けていた

だから「兵力の逐次投入」が試みられた。この軍事作戦用語は、戦況思わしからずとなるとその都度、ちびちびと投入兵力を増やす戦法を言う。多くの場合、局面は好転するどころか、逆に悪化する。朝日は今、この状態にある。必要なのは大局的に事態を見直し、ちびちびの弥縫策をやめて大胆な「戦略的後退」に転じることだろう。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ逆は「溺れる者、藁をもつかむ」だ。どちらがよいかは明らかである。決断の時だ。


30年ほど前、ソ連指導者ゴルバチョフはペレストロイカに着手した。つまり「立て直し」である。それまで共産主義イデオロギーを錦の御旗に、歴代のソ連共産党書記長たちは自国経済の動脈硬化を「兵力の逐次投入」的手法で凌ごうとした。ゴルビーはこの弥縫策をやめ、共産主義の教義にも疑問符をつけた。大胆であった。が、悲しいことに着手が遅すぎ、ソ連は蘇らなかった。教訓的である。朝日にもペレストロイカが必要だ。−ただ、忘れてはなるまい。ソ連のゴルビー登場は時機を失した憾みがあった。西側は彼の手法に目を丸くしたが、「立て直し」路線は道半ばで途切れた。朝日に必須のペレストロイカも同じ運命に見舞われるかもしれない。けれども、だからといって、躊躇するようなら血路が開かれるはずはない。決断の時は今を措いてあるまい。

胸に手当て綱領を再読せよ
もう1点、私見を述べる。8月5日以降、朝日は袋叩きである。身から出た錆だろう。朝日は萎縮するかもしれない。−日本のプレスはやはり多彩でなければならない。われわれは全体主義国家に住もうとは思わない。複数主義的民主主義(プルーラリスティック・デモクラシー)にとり、多様性は断念不能である。ゴム印を押し続けているような全体主義的プレスは真っ平御免。新聞にはそれぞれの個性と独自色が不可欠である。どの新聞を読んでも論調が同じというのであってはなるまい。−朝日新聞綱領は1952年に制定された。若い記者諸公は熟読すべきだ。立派な内容である。第1項は「不偏不党」を謳い、第3項に「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を」とある。この誓いは神棚に祀ったまま年来無視されてきた嫌いがあるが、今胸に手を当てて再読すべだろう。朝日よ反省せよ。



togyo2009 at 00:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 捏造の慰安婦問題