June 2015

June 29, 2015

【日本洗脳 工作の真実 WGIPの全貌に迫る】■高橋史朗(下)

(3) GHQの「精神的武装解除」構想を決定づけたハル元国務長官 2015.06.18
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150618/dms1506181550010-n1.htm
GHQ(連合国軍総司令部)が意図したのは、古来日本人の中に育まれてきた、美しい伝統的精神と価値体系の徹底的な組み換え、すなわち「日本人の再教育、再方向づけ」であった
バーンズ米国務長官は1945(昭和20)年9月2日、これを「精神的武装解除」と声明で明示したこの「再教育、再方向づけ」という「精神的武装解除」構想が、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)として結実した経緯を、在米占領文書に基づき、たどってみたい。

この「精神的武装解除」構想を決定づけたのは、米国の最後通告といわれる「ハル・ノート」で知られるハル国務長官で、44年の国務省文書「米国の戦後目的」の究極的目標を修正した。彼は「日本の軍国主義は国民の伝統に基づいているという点において、ドイツやイタリアとは異なる」と指摘。ドイツのナチズムや、イタリアのファシズムとは異なる日本精神の病的特性を強調し、「再教育、再方向づけ」によって積極的に介入して心理的誘導をしなければ、日本国民の伝統的精神の本質に根付いた軍国主義を排除することはできないと考えた。

そして、神道と日本の伝統文化、軍国主義などを混同していた米国の神道学者、D・C・ホルトム氏が登場する。ホルトム氏の間違った認識や先入観が、米戦時情報局(OWI)に所属し、日本兵捕虜の情報を主な根拠として対日心理文化戦略論文を書いた、米文化人類学者のルース・ベネディクト氏(=『菊と刀』を執筆)と、英社会人類学者のジェフリー・ゴーラー氏に影響を与えた。このことは、英サセックス大学所蔵の『ゴーラー文書』に記されている。さらに、日本人の国民精神や日本文化の特性を「伝統的攻撃性」(=侵略性)、すなわち、日本人の「本性に根差す伝統的軍国主義」だと、誤ってとらえる見方が広がった。これが、OWIの「日本人の再教育・再方向づけ」プログラムとなり、GHQのWGIPへと発展していったのである。

ハル国務長官の基本認識に立脚して、国務省の戦後計画委員会(PWC)文書が作成された。新聞やラジオ、映画、学校を通じて民主的考えを広め、自由主義的勢力を育成することが「占領軍の任務」であるとして、そのために労働組合(=日教組を含む)が奨励された。「再教育・再方向づけ」が国務省の方針として、OWIから受け継がれた背景には、『イタリアとドイツでの失敗の分析』という報告書があった。それによると、「積極的で統合されたプログラムの事前の準備の欠如」が、独伊両国の戦後の統治が失敗した原因と分析されていた。その教訓から、「再教育・再方向づけ」の積極的で統合されたプログラム(WGIP)が必要と認識されるに至ったのである。

(4) 日本人は「病的」「幼稚」「集団的神経症」 荒唐無稽な暴論が基盤となったWGIP 2015.06.19
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150619/dms1506191140008-n1.htm
日本人に戦争についての罪悪感を植えつけるための情報宣伝計画「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)の源流は、米戦時情報局(OWI)の「日本人の再教育・再方向付け」という対日心理・文化戦略にあった。
1941(昭和16)年12月の開戦から翌年6月にかけて、米政府による対日心理戦略をまとめた日本打倒プラン「日本計画」が準備された。この計画の基盤となったのは、英社会人類学者のジェフリー・ゴーラー氏の論文『日本人の性格構造とプロパガンダ』だった

英サセックス大学所蔵の『ゴーラー文書』によれば、ゴーラー氏は、日本の侵略戦争を「性差別の社会化」と捉えた。幼児期のトイレット・トレーニング(=用便のしつけ)などで強制された「男性優位と女性の受動性、従属のパターン」が、「成人に達した日本人によって民族国家の世界にまでも拡大」されるという。「型にはまった規範によって閉じ込められていた欲求不満と憤怒が、海外の敵に対してすさまじい凶暴性を帯びて爆発したものである」と、早期の家庭教育と侵略戦争を関連づけたのだ。これは荒唐無稽で的外れの、とんでもない暴論である。

ゴーラー氏と、『菊と刀』を執筆したルース・ベネディクト氏と並んで、WGIPに大きな思想的影響を与えた2人の人物がいる。米政治学者のハロルド・ラスウェル氏と、コロンビア大学教授のマーガレット・ミード氏だ。ミード氏は44年12月、ニューヨークで開催された太平洋問題調査会の「日本人の性格構造分析会議」でまとめ役を務めた。2人は英タヴィストック研究所で深くつながっていた。−ちなみに、ミード氏はジェンダー・フリーの教祖的存在として、戦後日本に大きな思想的影響を与えた

ラスウェル氏には『世界大戦におけるプロパガンダ・テクニック』などの多くの著書があり、第1次世界大戦以後の米国の心理作戦の理論的基礎を構築したミード氏は、日本人の国民性は「病的」で「幼稚」で「未熟」な劣等感に基づく「集団的神経症」であるという結論をまとめた。つまり、侵略戦争は日本人の伝統的な国民性と価値体系に由来するという、とんでもない幻想が共通認識として広がり、WGIPの思想的基盤となったのである。

米太平洋陸軍に44(19)年6月、心理戦部(PWB)が新設され、米戦略諜報局(OSS)の対日心理作戦を先導してきたボナ・フェラーズ氏(軍情報宣伝部心理作戦課長)が部長に就任した。フェラーズ氏は、対日心理作戦のプロたちを、民間情報教育局(CIE)の幹部に登用した。前身の米情報調整局(COI)から、OSS、OWIとつながり、国務省の戦後計画委員会(PWC)と、国務・陸・海軍3省調整委員会(SWNCC)という対日占領政策の最高決定機関を経て、この対日文化・心理戦略がCIEに継承され、WGIPとして結実したのである

(5)目的は東京裁判の正当化 反日団体を支援し内的自己崩壊を狙う 2015.06.20
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150620/dms1506201530001-n1.htm
「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)の目的は、東京裁判が「倫理的に正当」であり、侵略戦争という「戦争犯罪」の責任が日本国民にあると流布することで、贖罪意識を植え付けることにあった
その目的を達成するために、WGIPは東京裁判の「開廷前」「開廷中」「判決まで」の三段階に分けて実行されたWGIPはまず、中国・南京と、フィリピン・マニラにおける日本軍の残虐行為を強調する『太平洋戦争史』を、学校の教材としての使用を強要することから始まった

今日への影響という点で注目されるのは、GHQ(連合国軍総司令部)は日本進駐前に「友好的な日本人」というリストを作成し、占領政策に協力を求める共産主義者らをあらかじめ調査していたことである。進駐開始と同時に、歴史研究の学術団体と頻繁に協議して、ラジオ番組『日本人民の歴史』(未放送)を共同でつくり、教育者組織の設立にも関わった

民間情報教育局(CIE)の指導の下、学術団体が協力して、「太平洋戦争史観」と「マルクス主義史観」(コミンテルン=国際共産主義運動組織=史観)が癒着した戦後の歴史教育の土台が築かれた。今日の日本政府に対する日米の歴史学会の声明を見ると、70年前の占領初期の蜜月時代に逆戻りした感がある占領軍がいなくなった後、占領政策を継承し、拡大再生産させるために、反日学者・教育者や団体を支援し、WGIPが目指した「内的自己崩壊」の土台を構築した後に、占領を解除したのである。70年前に「言論の自由」を抑圧した占領軍によって育てられ、支援、奨励されてきた団体・組織が、「言論の自由」「学問の自由」への侵害を告発する声明を出すというのは、何という歴史の皮肉であろうか。

WGIPの陣頭指揮を執った、CIEのブラッドフォード・スミス氏が1942年に発表した論文『日本−美と獣』(=神様がわが子の首を打ち落とす古事記が南京虐殺の起源と捉えた)が、次の一文でしめくくられていることは、極めて示唆的である。今は世を忍んでいる自由主義的な指導者たちに、過去の原始的な怪獣が決して再び台頭しないよう建設する機会を保障するため、私たちは何ができるのであろうか」(東中野修道訳)このWGIPの原点ともいうべきスミス氏の論文が、コミンテルンの外郭団体の月刊誌に掲載されていことは、WGIPが「反日親中」の日本人のルーツであることを示唆している。今日の慰安婦問題のルーツも同根である。− =おわり



togyo2009 at 05:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 教育の心をまもる 

【日本洗脳 工作の真実 WGIPの全貌に迫る】■高橋史朗(上)

(1)GHQ対日占領教育改革の中に戦争の罪悪感植えつける情報宣伝計画 2015.06.16
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150616/dms1506161550002-n1.htm
筆者は1980(昭和55)年3月から3年間、米国に留学し、GHQの(連合国軍総司令部)による、対日占領教育改革を実行した民間情報教育局(CIE)文書の研究に没頭した。−240万ページに及ぶ同文書は、ワシントン郊外にある国立公文書館別館に保存されていた。その中から、日本人に戦争についての罪悪感を植えつけるための情報宣伝計画「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)を発見し、拙著『検証戦後教育』(廣池学園出版部)と、『歴史の喪失』(総合法令出版)で詳述した。

この史料を最初に発見したのは、戦後日本の著名な文芸評論家である江藤淳氏である。私が大学院に留学していたワシントン郊外のメリーランド州立大学に保管されていたプランゲ文庫(=米歴史学者、ゴードン・W・プランゲ氏が収集した、占領下の日本で検閲された出版物のコレクション)などの研究をともにし、整理作業を手伝った。その後、私はスタンフォード大学フーバー研究所に移り、GHQでマッカーサー元帥の政治顧問付補佐官を務めたジョン・エマーソン氏と頻繁に会話し、対日心理作戦に関する話を聞いた。

2012年、私はライフワークである「占領教育史研究」という初心に戻る決意をし−。WGIPの源流ともいうべき文書を研究した。ブラック・プロパガンダ」という、情報が非公然で偽のメッセージを敵国に宣伝する米戦略諜報局(OSS)と、ホワイト・プロパガンダ」という情報源が明らかな広報的宣伝を担当した米戦時情報局(OWI)の文書だ。このOSSとOWIが協力した、中国共産党支配下の日本人共産主義者らが、中国での日本兵捕虜の「洗脳」に成功した

エマーソン氏は戦中、中国・延安で中国共産党首脳の毛沢東、周恩来両氏、のちに日本共産党議長となる野坂参三氏らと密接に接触したという。ここで、日本兵捕虜が「洗脳」によって「反日」思想に見事に改造されていく対日心理作戦に注目し、分析リポートをワシントンに送った。これが米国の対日心理作戦(=心理戦争と呼ばれる戦時プロパガンダ作戦)に大きな影響を与え、トルーマン米大統領の「降伏後における米国の初期対日政策」に色濃く反映された。

象徴天皇による天皇制の存続は、OSSやOWIの日本兵捕虜尋問の分析結果の反映であり、米文化人類学者、ルース・ベネディクト氏の名著『菊と刀』は、日本兵捕虜尋問に基づく対日心理・文化戦略論文であることが、米ヴァッサー大学所蔵の「ベネディクト文書」によって明らかになった。ベネディクト氏はOWIの外国戦意分析課の主任分析者であり、OWI海外情報局の文化研究基礎分析の責任者も兼任していのだ。


(2) 米軍の批判記事がGHQの逆鱗に触れ、朝日新聞の論調が一変 2015.06.17
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150617/dms1506171550005-n1.htm

文芸評論家の江藤淳氏は『閉ざされた言語空間』(文藝春秋)で、占領軍検閲によって戦後の日本人は自分の生きた目をえぐり取られて「占領軍の目」という義眼をはめ込まれと指摘している。この義眼が戦後70年たった今もなお、日本のジャーナリズム、言論界、教育界を動かし、「慰安婦」と「南京虐殺」をめぐる対日非難の国際的包囲網の中で、日本国民と日本政府をおびえさせている。

戦後の朝日新聞の変節が、見事にそのことを示している。


終戦の日、1945(昭和20)年8月15日の朝日新聞は「玉砂利握りしめつつ宮殿を拝しただ涙」(一記者謹記)と題する記事で、天皇を「大君」「聖上」と表現し、「英霊よ許せ」「天皇陛下に申し訳ありません」と強調した。翌日も「一記者謹記」として、皇居前広場の光景をこう伝えた。「広場の柵をつかまえ泣き叫んでいる少女があった。日本人である。みんな日本人である。大御心を奉戴し、苦難の生活に突進せんとする民草の声である。日本民族は敗れはしなかった」

朝日新聞の論調が一変したのは、米国の原爆投下は「国際法違反、戦争犯罪である」と批判した鳩山一郎氏(=後の首相)の談話(同年9月15日)と、米兵の犯罪を批判した解説記事(同17日)が、GHQ(連合国軍総司令部)の逆鱗に触れて、発行停止処分を受けたからである。GHQはすぐ、連合国や連合国軍への批判」「ナショナリズムの宣伝」など、30項目の禁止事項を厳格に列記した「プレス・コード」を通達し、露骨な言論統制を始めた。その背景には、日本人に戦争についての罪悪感を植えつけるための情報宣伝計画「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(WGIP)があった

朝日新聞社の出版局長が48(昭和23)年9月の社報で、部下に警告した次の文章には「自己検閲」という言葉が2回使われている。「事後検閲は形式的に無検閲のように見えるが、実質的には自己検閲ということになったわけだ。自分の心に自分の呼び鈴をつけて、いつの世にも個人の自由に一定の限度のある事実を明記する必要があろう各自の心に検閲制度を設けることを忘れるならば、人災は忽ちにして至るであろう。事後検閲は考えようによれば、自己検閲に他ならぬわけである」WGIPによってはめ込まれた義眼が、戦後の日本人に深く浸透し、いまなお拘束し続けているのである



togyo2009 at 05:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 歴史に挑む 

June 26, 2015

安保法制議論(6)憲法学者の壁(上)

2015.6.4 与党参考人が安保法案「違憲」 “人選ミス”で異例の事態 野党「痛快」 憲法審査会
http://www.sankei.com/politics/news/150604/plt1506040018-n1.html
衆院憲法審査会は4日、憲法学の専門家3人を招いて参考人質疑を行った。
憲法解釈変更による集団的自衛権の行使を含む新たな安全保障関連法案について、与党が推薦した参考人をはじめ全員が「憲法違反だ」と批判した。−自民党や公明党などが推薦した早稲田大の長谷部恭男教授は審査会で、安保法案について「憲法違反だ。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」と明言した。これに対し、法案作りに関わった公明党の北側一雄副代表は「憲法9条の下でどこまで自衛措置が許されるのか突き詰めて議論した」と理解を求めた。だが、長谷部氏は「どこまで武力行使が新たに許容されるのかはっきりしていない」と批判を続けた。−与党が呼んだ参考人が政府の法案を否定するという異例の事態となり、人選ミスで墓穴を掘った。

これがマスコミをはじめとした世論の目と耳に焼き付いてしまったのです。

関係者によると、自民党は参考人の人選を衆院法制局に一任したという。ただ、長谷部氏は安保法案に反対する有識者の団体で活動しているだけに調整ミスは明らか。「長谷部氏でゴーサインを出した党の責任だ。明らかな人選ミスだ」(自民党幹部)との批判が高まっている。審査会幹事の船田元自民党憲法改正推進本部長は、長谷部氏らの発言について、記者団に「ちょっと予想を超えた」と釈明。船田氏はその後、佐藤勉国対委員長から「自分たちが呼んだ参考人の発言だから影響は大きい。安保法制の議論に十分配慮してほしい」と注意を受けた。一方、野党は衆院平和安全法制特別委員会で「政府・与党の矛盾」を追及する構えだ。審査会で長谷部氏の発言を引き出した民主党の中川正春元文部科学相は党代議士会で「憲法審査会で久しぶりに痛快な思いをした」と満足げに語った。

単純に言えば憲法改正が必要なのですが、戦後70年にして未だその峠を越えることは困難を極め、現実に直面した安保法制を成立させるべく国会論戦が続いているのです。

2015.6.10 【正論】安保法案は日本存立の切り札だ 京都大学名誉教授・中西輝政
http://www.sankei.com/column/news/150610/clm1506100001-n1.html
現在、国会で審議中のいわゆる安全保障関連法案の一日も早い成立が望まれる。
これは間違いなく日本にとって、またアジアと世界の平和にとって、きわめて重要な意義を持つものだからである。

「護憲派」の的外れな批判
−同法案は5月26日に衆院特別委員会で審議入りし、目下、序盤戦とも言える段階で与野党の論戦は早くも熱を帯び始めている。例によってと言うべきか、「この法案が通れば日本が戦争に巻き込まれる」とか「徴兵制に道を開くことになる」あるいは何だかよくわからないが「とにかく違憲だ」といった声がまたぞろ出始めている。−また、6月4日の衆院憲法審査会で自民推薦の参考人がこの法案を「憲法違反」と断じたことが波紋を引き起こした。

限定的集団的自衛権に余地
この参考人は「(同法案は)従来の政府見解の基本的論理では説明できないし、法的安定性を大きく揺るがす」とするが、これはまさに昨年7月の閣議決定の際の論議の蒸し返しである。この法案では、いわゆる集団的自衛権の行使には「新三要件」として、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」など、きわめて厳しい限定条件が付されている

これは1959年の最高裁判所の出した「砂川判決」がつとに認めた、主権国家としての「固有の自衛権」(個別的自衛権ではない)に収まるものである。また60年3月に当時の岸信介首相が参議院予算委員会で答弁しているように「一切の集団的自衛権を(憲法上)持たないというのは言い過ぎ」で、集団的自衛権というのは「他国にまで出かけていって(その国を)守る、ということに尽きるものではない」として、現憲法の枠内での限定的な集団的自衛権の成立する余地を認めてきたのである。この法理は、もとより安倍首相が岸元首相の孫にあたるということとは何の関係もない普遍的なものである。

また昨年5月15日に出された安保法制懇(第2次)の最終報告書が言う通り、一般に集団的自衛権の行使を禁じたとされる内閣法制局の見解に対しては、我が国の存立と国民の生命を守る上で不可欠な必要最小限の自衛権とは必ずしも個別的自衛権のみを意味するとはかぎらない、という論点にも再度注意を払う必要があろう。

急速に悪化する国際情勢
そしてこの「必要最小限」について具体的に考えるとき、現下の国際情勢とりわけ日本を取り巻く安全保障環境の激変というか、その急速な悪化にこそ目が向けられるべきだろう。もちろん理想的には憲法の改正によって議論の余地ない体制を整えてやるのがよに決まっている。しかし憲法の改正に必要な発議を行う当の国会の憲法審査会の開催を長年阻んできたのは、まさに現在この法案に反対している人々だったのである。とすれば、今日の急迫する東シナ海や南シナ海をめぐる情勢と中国の軍事的脅威の増大、進行する米軍の抑止力の低下傾向を見たとき、この法案はまさに法治国家としての国是を踏まえ、ギリギリで折り合いをつけた日本存立のための「切り札」と言わなければならないのである。

今や尖閣諸島の安全が日々、脅かされている状態が続いており、この4月27日には日米間でようやく新ガイドライン(防衛協力のための指針)が調印され、日米同盟による対中抑止力は格段に高まろうとしている。しかし、それにはこの安保法案の成立が大前提になっているのである。南シナ海の情勢は一層緊迫の度を増している。この法案にアジアと世界の平和がかかっているといっても決して大げさではない。

衆議院憲法審査会による憲法学者の意見はあくまで会議の中での参考意見に過ぎず、国会論戦が安保法制を取りまとめるものです。
極論で言えば学者は研究者であって、国の運命を左右する国政を取り仕切るものではありません。
これについては、ノーベル賞受賞の科学者しかりではありませんか。

2015.6.4 違憲指摘「全く当たらない」 菅氏、衆院憲法審査会参考人質疑に反論
http://www.sankei.com/politics/news/150604/plt1506040017-n1.html
菅義偉官房長官は4日の会見で、同日開かれた衆院憲法審査会の参考人質疑で、3人の参考人全員が審議中の安全保障関連法案について「憲法違反」としたことに関し、「法的安定性や論理的整合性は確保されている。
全く違憲との指摘はあたらない」と述べた。−自民党などが参考人として推薦した早稲田大の長谷部恭男教授が憲法違反だと指摘した点に関しては「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べ、今後の法案審議への影響は限定的との見方を示した。

菅氏は、昨年7月に閣議決定した安保関連法案の基本方針に触れ「憲法前文、憲法第13条の趣旨をふまえれば、自国の平和を維持し、その存立を全うするために必要な自衛措置を禁じられていない」と指摘。「そのための必要最小限の武力の行使は許容されるという、以前の政府見解の基本的な論理の枠内で合理的に導き出すことができる」と話した。

それでは、憲法学者の意見にしっかり耳を傾けましょう。

2015.6.16 【正論】集団的自衛権の行使に問題なし 日本大学教授・百地章
http://www.sankei.com/column/news/150616/clm1506160001-n1.html
6月4日の衆院憲法審査会で、自民党推薦の長谷部恭男早大教授ら3人の参考人全員が集団的自衛権の行使は憲法違反としたため、国会の混乱が続いている。

長谷部氏の違憲理由に疑義
まず、長谷部参考人の「違憲」発言について考えてみよう。氏は「集団的自衛権の行使は憲法違反である」旨述べているが、その理由については疑問がある。同参考人は違憲の理由として、集団的自衛権の行使は許されないとしてきた「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつきませんし、法的な安定性を大きく揺るがす」と説明しているだけだからである。このうち、後者の「法的安定性」は当否の問題に過ぎず、違憲理由とはならないから省略する。 問題は前者だが、氏は集団的自衛権の行使が「従来の政府見解の枠を超えるから違憲」としただけであって、「憲法9条の枠を超えるから憲法違反」としたわけではない。それゆえ、違憲というためには、それが「憲法の枠」を超えることを説明する必要があった。つまり、たとえ「従来の政府見解の枠」を超えた解釈でも、「憲法の条文の枠内」であれば、憲法違反とはならないのだから、氏の違憲論には疑義がある。

混乱収拾のため6月9日に発表された政府見解は、もっぱら「従前の憲法解釈」と集団的自衛権の限定的行使を認めた「新見解」との整合性を説明したもので、それ自体に異論はない。しかし、国民に対してより説得力を持たせるためには、改めて国際法と憲法9条に照らして、集団的自衛権の行使は問題ないこと、つまり新見解は「憲法9条の枠内」での変更にとどまることを明らかにすべきであった。まず、集団的自衛権は国際法上の権利であって、国連憲章51条及びサンフランシスコ平和条約5条cは、わが国に対し無条件でこの権利を認めた。ということは国際法から見て「集団的自衛権は保持するが行使できない」などといった解釈の生ずる余地はない。

政府の新見解は憲法9条の枠内
他方、憲法9条1項2項は、どこを見ても集団的自衛権の「保持」はもちろん「行使」も禁止していない。とすれば、国際法上全ての主権国家に認められた「固有の権利」(国連憲章51条)である集団的自衛権を、わが国が保有し行使しうることは当然である(大石眞京大教授も「私は、憲法に明確な禁止規定がないにもかかわらず集団的自衛権を当然に否認する議論にはくみしない」として集団的自衛権の行使を容認している=『ジュリスト』07・10・15)。つまり、わが国が主権国家として集団的自衛権を行使できることは明らかだ。ただ、憲法上の制約が一切ないかといえば異論もありえよう9条2項が「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を定めている以上、それに伴う制約がある、と。そこで政府は集団的自衛権行使を「限定的に容認」することになったと思われる。この新見解が「憲法9条の枠内」にとどまることはいうまでもなかろう。

参考人についていえば、学者の見解はあくまで「私的解釈」であって、国会を拘束しない。国家機関を法的に拘束するのは政府見解、国会決議さらに最高裁判例などの「有権解釈」(公定解釈)であり、決定的な意味をもつのが最高裁判例である。なぜなら、憲法について最終的な解釈権を有するのは、最高裁判所だからである(憲法81条)。−幸い憲法9条については、砂川事件最高裁判決(昭和34年12月16日)が存在する。そこで、これをもとに集団的自衛権の合憲性を考えてみよう。

最高裁判決も行使を容認
同判決は、自衛権について以下のように述べている。憲法9条は「わが国が主権国として持つ固有の自衛権」を「何ら否定」していない。「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない」これについて、判決は「自衛権」としか述べておらず、「集団的自衛権には言及していない」とする解釈もある。

しかし、同事件で問題とされたのは米駐留軍と旧安保条約の合憲性であった。同条約は「すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認し」たうえ、日本国が「これらの権利の行使として」米軍の国内駐留を「希望する」(前文)としている。つまり、旧安保条約締結当時(昭和26年)、わが国政府は「集団的自衛権の行使」を認め、国会も承認したわけである。だから同判決は集団的自衛権を射程に入れた判断であって、判決のいう「自衛権」の中には当然「個別的自衛権と集団的自衛権」が含まれる国際法と憲法さらに最高裁判例に照らして疑義がない以上、政府与党は自信をもって安全保障関連法案を推進すべきである。


togyo2009 at 00:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 政治経済NEWS