August 2016

August 30, 2016

習近平と李克強の対立

現代中共の最高指導者・習近平(漢族、1953’ -)は、2012年より中国共産党中央委員会総書記、中国共産党中央軍事委員会主席であり、2013年より中華人民共和国主席、中華人民共和国中央軍事委員会主席であり、中共の最高の地位にありますにある。太子党の出身です。


李克強(漢族、1955’ -)は、国務院総理(首相)、中国共産党中央政治局常務委員であり、中共での序列は習近平に次ぐ位です。中国共産主義青年団(共青団)の出身です。


習近平と李克強の対立が今の中共内で起きています。


2015.12.14【国際情勢分析】習近平主席の譜代大名が続々と出世 「之江新軍」の名も 外様の李克強首相ら苦しい立場に(上海 河崎真澄)

http://www.sankei.com/premium/news/151214/prm1512140002-n1.html

2007年8月に浙江人民出版社から刊行された「之江新語」という書籍が中国でロングセラーになっている。ーすでに180万部が売れたという。著者は習近平氏(62)。中国共産党総書記、中国国家主席であるその人が50代前半に、浙江省トップの党委書記などを務めた03〜07年に地元紙、浙江日報に寄稿したコラムから232本を選んだ1冊だ。


政権の中核「之江新軍」


「腐敗が多発する分野で予防策を強化せよ」「人の上に立てば立つほど自ら清廉に律せねばならない」など、現在の腐敗摘発キャンペーンの片鱗を示すようなコラムのタイトルが多く並ぶ。習氏の基本的な発想が詰まっていると考える関係者も少なくない。


地元紙のコラム名でもあった「之江新語」の「之江」は浙江省を流れる銭塘江の別名で、浙江省そのものをイメージして名付けたのだろう。その名をもじって「之江新軍」と呼ばれるようになった党幹部や政府高官の一群が注目を集めている。浙江省時代に加え、河北省(1982〜85年)、福建省(85〜2002年)、上海市(07年)と習氏が地方勤務を続けた25年間に、習氏に忠誠を誓った同志や部下らが続々と出世を果たした皇帝として君臨するに至った習氏の臣下による習軍団の中核的な存在になったからだ。


苦楽を共にした縁を重視


習氏が河北省正定県で幹部についた1980年代前半、省内の近隣県で書記を務めていた栗戦書氏(65)=河北省出身。習氏の出身地、陝西省の党委副書記などを経て、習氏の側近中の側近ともいえる党中央弁公庁主任まで出世している。台湾の対岸、福建省で習氏がアモイ市や福州市の要職から省長まで上り詰めた1985年から2002年まで習氏に仕え、さらに習氏について浙江省に移った蔡奇氏(59)=福建省出身。福建省副省長を経て、現在はテロ対策など治安維持の要でもある国家安全委員会弁公室の副主任だ。習氏が浙江日報にコラムを執筆した当時、省党委でプロパガンダの旗振り役を務める宣伝部長だった陳敏爾氏(55)=江蘇省出身。現在は貴州省党委書記だ。2年後の党大会で最高指導部、政治局常務委員会入りが噂される。ー短期間ながら習氏が上海市党書記を務めた07年に仕えた徐麟氏(52)=上海市出身。情報統制の中心、国家インターネット情報弁公室の副主任だ。さらに「之江新軍」の上で目を光らせるのは、腐敗摘発キャンペーンの元締めで党中央規律検査委員会書記の王岐山氏(67)=山西省出身。毛沢東が発動した文化大革命で、10代から20代にかけて陝西省の貧しい農村に「下放」された習氏。近隣の村に下放されていた先輩格の王氏と苦楽を共にした話はよく知られる。


いわば「譜代大名」


習氏が実際、どこまで過去のつながりを重視して「之江新軍」を構築したのか確証はないが、日本の江戸時代、徳川家と大名家の関係になぞらえる観点が分かりやすい。


一方で、習氏が北京の中央政界に移った2007年以降の同志で、現在は首相の李克強氏(60)=安徽省出身=はさしずめ「外様大名」だろう。李氏は習氏の前任者、胡錦濤氏(72)=安徽省出身=と同じく、党青年組織で中国のエリート集団ともいえる共産主義青年団(共青団)出身党の高級幹部を父親に持つ親の七光の「太子党」に属する習氏とは、政策運営で意見が異なる場面も散見される。ただ、「之江新軍」には浙江省時代の部下で、現在は浙江省党常務委の趙一徳氏(50)=浙江省出身=ら共青団の出身者も少なくなく、必ずしも習氏が李氏ら共青団の勢力と対立関係にあるとはいえない。


日米欧に新興国を加えた20カ国・地域(G20)首脳会議は来年、中国が初めてホスト国となるが、議長を務める習氏は開催地を、風光明媚で思い出も深い浙江省杭州に決めた。


2016.7.31【矢板明夫のチャイナ監視台】共産党ツートップがここまで対立するのは近年珍しい 習近平vs李克強 中国行政の現場が混乱している(北京)

http://www.sankei.com/premium/news/160730/prm1607300010-n1.html

「南院と北院の争いに巻き込まれて大変だ」。7月中旬、久々に会った中国共産党の中堅幹部がこう漏らした。北京市中心部の政治の中枢、中南海地区には、南側に党中央の建物、北側に国務院(政府)の建物がある。党幹部らは最近、習近平総書記(国家主席)と李克強首相の経済政策などをめぐる対立について、冒頭のような隠語で表現しているという。国有企業を保護し、経済に対する共産党の主導を強化したい習氏と、規制緩和を進めて民間企業を育てたい李克強氏の間で、以前からすきま風が吹いていたが、最近になって対立が本格化したとの見方がある。江沢民氏の時代は首相の朱鎔基氏、胡錦濤氏の時代は首相の温家宝氏が経済運営を主導したように、トップの党総書記が党務と外交、首相が経済を担当する役割分担は以前からはっきりしていた。しかし最近、権力掌握を進めたい習近平氏が経済分野に積極的に介入するようになったことで、誰が経済政策を主導しているのか見えにくい状態になったという。


党機関紙、人民日報が5月9日付で掲載したあるインタビュー記事が大きな波紋を呼んだ。「権威者」を名乗る匿名の人物が、「今年前期の景気は良好」とする李首相の見解を真っ向から否定し、「(このままなら)中国経済は『V字回復』も『U字回復』もなく『L字型』が続く」と主張し、痛烈に批判した。共産党最高指導部内で序列2位の李首相をここまで否定できるのは序列1位の習主席しかいないとの観測が広がり、「習主席本人がインタビューを受けたのではないか」との見方も一時浮上した。複数の共産党幹部に確認したところ、「権威者」は習主席の側近、劉鶴・党財経指導小組事務局長であることはのちに明らかになった。しかし、インタビューの内容は習氏の考えであることはいうまでもない。最近の株価の下落や景気低迷の原因は、李首相の経済運営の失敗によるものだと考えている習主席は、周辺に李首相への不満を頻繁に漏らしているという。


習主席は7月8日、北京で「経済情勢についての専門家座談会」を主催した。経済学者らを集め、自らが提唱した新しいスローガン「サプライサイド(供給側)重視の構造改革」について談話を発表した。李首相はこの日、北京にいたが会議に参加しなかった。共産党幹部は「李首相外しはここまで来たのか」と驚いたという。


その3日後の11日、今度は李首相が「経済情勢についての専門家・企業家座談会」というほとんど同じ名前の座談会を主催した。自らの持論である「規制緩和の重要性」などについて基調講演を行った。李首相周辺に近い党関係者によると、李首相は習主席に大きな不満を持っており、自分が主導する経済改革がうまくいっていないのは、習氏による介入が原因だと考えているという。


共産党のツートップがここまで対立することは近年では珍しい。「天の声」が2つあることで、行政の現場で大きな混乱が生じているという。


2016.8.29 習近平氏と李克強氏、人事で激しい攻防 習氏「経済主導権」との情報も 共青団の排除鮮明に【北京=西見由章】

http://www.sankei.com/world/news/160829/wor1608290030-n1.html

中国共産党の次期最高指導部を選ぶ来年秋の党大会をにらみ、習近平国家主席と李克強首相周辺との間で省トップ級の人事をめぐる激しい攻防が繰り広げられている20カ国・地域(G20)首脳会議の開催を目前に、路線対立が表面化していた経済政策に関し、習主席が主導権を握ることが決定したとの情報も出ている。


中国国営新華社通信は29日、チベット自治区トップの陳全国・党委書記を新疆ウイグル自治区の党委書記に栄転させる人事を発表した。陳氏は李首相が河南省長時代に副省長を務めたこともある元部下だ。新疆ウイグル自治区トップは最高指導部の政治局常務委員(7人)に次ぐ政治局員(25人)への任命が約束された重要ポストで、李首相に有利な展開といえる。ただ、28日発表の人事では、首相の出身母体である党青年組織「共産主義青年団(共青団)」派の有力者、李源潮国家副主席の元部下だった徐守盛・湖南省党委書記を追い出す形で、習主席の上海市トップ時代の部下である杜家毫氏が送り込まれた。6月末には李副主席の側近や共青団派が次々と省トップから外れる人事が発表され、全体的に共青団派は苦境にある


党中央弁公庁は8月初旬、全国に約8700万人の団員を抱える共青団の「改革計画」を発表中央の機構と定員を減らし、エリート化を避けるために地方幹部との人事交流を推進するなど、共青団の弱体化にもつながる内容で、習主席の攻勢を裏付けた8月に河北省の避暑地で開かれた党の重要会合、北戴河会議で、「習主席が経済政策の主導権を握ることが決まった」(米国の中国語ニュースサイト「博訊」)との情報も流れる省レベルの人事は来年秋の党大会での政治局常務委員選出をめぐる動きと密接に関連する。習主席側が現在の勢いを生かし、反腐敗闘争を率いてきた王岐山・党中央規律検査委員会書記の定年延長を図ろうとする可能性もある。実現すれば、党内部でささやかれる習主席の党総書記としての任期延長の実現にも道を開くものとなる。



togyo2009 at 17:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 中共との戦い 

August 28, 2016

〈【正論】戦後71年に思う〉(下)安倍談話が日本の政策の柔軟性を高める

2016.8.16【正論】戦後71年に思う 憲法の平和主義と軍の保持が「並存」するのは世界の常識だ 自衛隊を憲法に明記する発議を 東京基督教大学教授・西岡力 

http://www.sankei.com/column/news/160816/clm1608160008-n1.html

≪国連憲章に通底する平和主義≫


戦後日本の平和と安全を守っているのは自衛隊と日米安保条約による抑止力だと、大多数の国民は考えているしかし、憲法9条の改正には反対がいまだに多い。−産経新聞などが参議院選挙後に実施した世論調査では、憲法改正に「賛成」は42・3%、「反対」は41・7%だったが、「反対」と答えた人に「9条を残す条件での憲法改正」について聞くと、ほぼ3分の2の64・5%が「賛成」と答え、「反対」はわずか24・5%にとどまっていた

 

憲法9条の平和主義規定は、実は日本国憲法だけの特徴ではなく、国連憲章や世界の多くの国の憲法と共通するという事実があまりにも知られていない−。9条は1項で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定している。これが憲法の平和主義だ。この規定は、1928年の不戦条約第1条の「締約国は、国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし、且つその相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する」を源流とし、国連憲章2条3項の「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」と通底する

 

≪軍との並存が世界の常識≫

 

比較憲法学の権威である西修氏によると世界の189の憲法典のうち159(84%)に9条1項のような平和主義規定がおかれているという。たとえばイタリア憲法第11条には「イタリアは、他国民の自由に対する攻撃の手段としての、および国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し」とあり、フィリピン憲法第2条は「(2)フィリピンは国家政策の手段としての戦争を放棄(renounce)し」と規定している。

 

しかし、世界の憲法は同時に自衛のための軍の存在を明記している。前掲イタリア憲法は第52条で「(1)祖国の防衛は、市民の神聖な義務である(2)兵役は、法の定める制限および限度内において、義務的である(3)軍隊の編成は、共和国の民主的精神に従う」と定めている。フィリピン憲法第2条も「(3)フィリピンの軍隊は人民と国の防御者である。その目標は国家の主権と国家の領域の統合にある」と軍の存在を明記し、ドイツ基本法や韓国憲法では侵略戦争禁止規定と軍の保持規定が並存している。

 

つまり、日本国憲法9条1項の平和主義と軍の保持は矛盾しないどころか、その並存が世界の常識なのだところが、ほぼ唯一、日本だけが9条2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という戦力不保持規定を持ち、自衛のための最小限の実力組織である自衛隊について、憲法に明文規定を持たない特殊な国となっている

 

≪隊員の任務に名誉の付与を≫

 

日本人の大多数は自衛隊を認めているのだから、世界の常識である9条1項の平和主義は変えず、2項を変更して自衛隊の存在を明記するか、3項に「前項の規定にかかわらず自衛のために自衛隊を持つ」などと書き加えることは、おおかたの国民の常識に沿うものといえるのではないか。

 

自衛隊員は現在、南スーダンや尖閣諸島付近などで命がけで任務を遂行している。隊員は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」という宣誓をしている。彼らに報いる道は名誉を付与することだ。

 


2016.8.19
【正論】戦後71年に思う 「軍事力」によらず近隣諸国との信頼醸成図る稲田朋美防衛相 「規範」重視のアジア秩序確立を 学習院大学学長・井上寿一

http://www.sankei.com/column/news/160819/clm1608190005-n1.html

戦後71年の夏、歴史問題をめぐる国際・国内対立は小康状態を保持している。対立の解消には程遠い。実際のところ、内閣府「外交に関する世論調査」(本年1月調査)によれば「現在の日本と中国の関係」は「良好だと思わない」が85・7%、「現在の日本と韓国の関係」も「良好だと思わない」が73・1%に達している。それにもかかわらず、なぜ近隣諸国との外交関係は小康状態が続いているのか。昨年の戦後70年首相談話の意味と関連づけながら考える。

 

≪日本の政策の柔軟性を高める≫

 

先の内閣改造で安倍晋三首相は防衛相に稲田朋美自民党政調会長を起用した。8月4日のインタビューにおける質問「日中戦争から第二次世界大戦に至るまでの戦争は、侵略戦争か、自衛のための戦争か、アジア解放のための戦争か」に答えて、稲田防衛相は「私は昨年、安倍晋三首相が出した談話が政府の見解だと思う」と述べている。関連質問に対しても答えは同様で、戦後70年首相談話が根拠になっている。他方で稲田防衛相は「中国や韓国と協力的関係を築いていくことが不可欠だ」と語り、中国との「海空連絡メカニズム」の運用や韓国との軍事情報包括保護協定の早期締結への意思を明らかにした。−この点に関連して、ジョセフ・S・ナイ・ジュニア『国際紛争』の一節が概略、次のように述べている。同書によれば、国際政治の手段は変化している。かつて真に意味のある手段は軍事力だけだったしかし今は違う。「軍事力と何事かを達成する度合いの関係はかなり緩いものになってしまった」。稲田防衛相が軍事力増強の一点張りではなく、近隣諸国との信頼醸成に前向きなのは、日本の安保政策の柔軟性を高めることになるだろう。

 

≪日韓合意の前提にある首相談話≫

 

もう一度、戦後70年首相談話の重要性を確認する発表当時の世論の反応は、歴史問題をめぐる国内対立を反映していた。たとえば「評価する」が57・3%と他の世論調査の結果と比較してもっとも高かった産経・FNN世論調査でも、「評価しない」が31・1%に上った。共同通信は「評価する」44・2%、「評価しない」37・0%、読売新聞社の調査結果はそれぞれ48%、34%だった。このように世論の評価が割れたにもかかわらず、戦後70年首相談話が歴史問題をめぐる小康状態をもたらしたのは、談話が談話として終わったのではなかったからである。

 

昨年12月28日の日韓外相会談はいわゆる慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的に解決」することで合意した。この合意の基本的な前提が戦後70年首相談話の認識枠組みであることは明らかである。韓国国内で反対が強くなるようなことがあっても、日韓の政府間合意の重さは変わらない。両国政府による合意の履行は、歴史問題をめぐる対立の小康状態の保持に資するだろう。

 

関連してアメリカのオバマ大統領の広島訪問に言及する。戦後50年の1995年、アメリカのスミソニアン航空宇宙博物館は原爆を投下したB29爆撃機「エノラ・ゲイ」を中心とする特別展を企画した。このことをきっかけとして原爆投下の正当性をめぐる議論がアメリカ国内で起こり、日本にも波及していき、戦争観をめぐる対立が顕在化することになった。その相手国の大統領が今年5月27日、広島を訪問し「核兵器なき世界」への決意を訴えたことの歴史的な意義は大きい。歴史問題をめぐる日米対立は小康状態から解消へ向かう可能性が生まれた。

 

≪国際法は全ての国の利益に適う≫

 

この可能性は8月6日の広島における安倍首相のスピーチによって補強される。注目すべきは、非核三原則への言及だけでなく、「核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持及び強化の重要性」を訴えていることである〈力〉よりも〈規範〉を強調していることに注目したい現実主義学派の国際政治学者ハンス・モーゲンソーによれば、「実際の強制力がないにもかかわらず」、国際法規が一般に順守されているのは、「すべての関係諸国の利益に適っているからである」という

 

〈規範〉の重要性は7月の南シナ海をめぐる仲裁裁判所の裁定に注意を喚起する。5月の伊勢志摩サミットでは海洋安全保障をめぐる国際法に基づく紛争の平和的解決が掲げられた。中国に対する東南アジア諸国の共同歩調は乱れがちである。このような状況のなかで国際〈規範〉こそが共同歩調と日本との連携を促すだろう。〈力〉と〈規範〉による東アジア安保秩序が確立すれば、歴史問題をめぐる対立は、小康状態から非争点化へ向かう。その時、歴史問題は問題ではなくなるだろう。




togyo2009 at 03:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 進め!安倍内閣 

August 24, 2016

リオオリンピック閉幕

2016.8.22【リオ五輪】メダル獲得数で日本は7位 金12、銀8、銅21の計41個で過去最多 最多は柔道の12 競泳&レスリングは7(五輪速報班)
http://www.sankei.com/rio2016/news/160822/rio1608220023-n1.html
今大会、日本が獲得したメダル数は41個(金12、銀8、銅21)で、前回ロンドン大会の38個を上回って過去最高となった。各国のメダル獲得数ランキングでは、米国(121)、中国(70)、英国(67)、ロシア(56)、ドイツ(42)、フランス(42)に次ぐ7位。

最も多くメダルを獲得したのは柔道で12。競泳とレスリングが7で続き、日本の“お家芸”が存在感を示した。

個人では、体操男子の団体総合と個人総合で優勝し、2個の金メダルに輝いた内村航平(コナミスポーツ)、競泳男子で400メートル個人メドレーで金、200メートル個人メドレーで銀、800メートルリレーで銅と3つのメダルを獲得した萩野公介(東洋大)の活躍が目立った。

バドミントン女子ダブルスの高橋礼華、松友美佐紀組(日本ユニシス)は、バドミントンで日本勢初の金メダルを獲得した。卓球は男子団体で銀、女子団体で銅メダルを手にし、さらに男子シングルスの水谷隼(ビーコン・ラボ)は卓球個人種目で日本勢初メダルとなる銅メダルに輝いた。

テニス男子でも錦織圭(日清食品)がシングルスで3位となり、日本勢としては96年ぶりのメダルを獲得。カヌー・スラローム男子カナディアンシングルに出場した羽根田卓也(ミキハウス)はカヌー競技で初となる銅メダルに輝くなど快挙が相次いだ。

陸上男子400メートルリレーでは、山県亮太(セイコーホールディングス)飯塚翔太(ミズノ)桐生祥秀(東洋大)ケンブリッジ飛鳥(ドーム)で臨んだ日本は銀メダルを獲得。海外勢が圧倒的な強さを誇っている陸上界で、日本の力を世界に見せつけた。

2016.8.22【リオ五輪】戦士が紡いだ魂の言葉 「(君が代)声裏返るまで歌ってやろう」「(亡くなった)お父さんに怒られる」…4年後「東京」へ
http://www.sankei.com/west/news/160822/wst1608220014-n1.html
新たな歴史

体操男子の個人総合で連覇を達成し、団体ではアテネ五輪以来の金メダル獲得に貢献した内村航平(27)は「もう何も出ないところまで出し切った」。団体での表彰台で君が代を「声が裏返るまで歌ってやろう」と笑顔をみせた

日の丸が一番高いところに揚がっているのを見て、五輪で一番になったと実感できた」。バドミントン女子ダブルスで悲願の金に輝いた高橋礼華(26)、松友美佐紀(24)組は表彰式でそろって目頭を押さえた

卓球男子も史上初のメダルにわいた。団体では王者中国相手に惜しくも敗れて銀だったが、シングルス銅メダリストでもある水谷隼(27)は表彰台を「富士山より高かった」と表現。「東京五輪での(団体)金メダルも明確にみえた」とも言い切った。

「歴史を作った」と誇らしい表情を見せたのは、陸上トラック種目で88年ぶりの銀メダルを勝ち取った陸上男子400メートルリレーの山県亮太(24)。飯塚翔太(25)、ケンブリッジ飛鳥(23)、桐生祥秀(20)とともに日本スプリント界に新たな歴史を刻んだ。

お家芸復活

日本の“お家芸”も復活を告げる活躍が相次いだ。柔道男子73キロ級で金メダルを獲得した大野将平(24)は「柔道の素晴らしさ、強さ、美しさを伝えられた」。柔道男子は、7階級制となった1988年ソウル五輪以降で初めて全階級でメダルを獲得。男女で金3個を含むメダル計12個を勝ち取った。

84年ロサンゼルス五輪から続いたメダルが前回途絶えたシンクロナイズドスイミング。84〜2004年まで6大会で代表の指導に携わった井村雅代監督(66)のもと、デュエットが2大会ぶりとなる銅、チームも3大会ぶりの銅を獲得した。

日の丸を背負うのは楽しかった」。テニス男子シングルス銅メダルの錦織圭(26)は、96年ぶりとなるメダルをもたらした

世界に衝撃

「(亡くなった)お父さんに怒られる」。五輪で初めて敗れ、4連覇を逃したレスリング女子53キロ級の吉田沙保里(33)は、泣きじゃくった。五輪と世界選手権をあわせて16連覇し、「霊長類最強女子」といわれた吉田の敗戦は、日本だけでなく世界に衝撃を与えた。

同58キロ級の伊調馨(32)は、残り3秒からの逆転劇で4連覇。女子個人種目では五輪史上初の快挙を達成したが、「初めて(五輪で)戦うのが怖かった」。頂点に立ち続けることの重圧をのぞかせた。

東京五輪へ

東京五輪での活躍が期待される選手も目立った。体操男子団体総合で金、種目別の跳馬で銅メダルを獲得した白井健三(19)は「今は(内村)航平さんに頼り切り。僕たちが引っ張っていかないといけない」と、後継者の自覚を示した。

日本人初の9秒台に注目が集まる陸上男子100メートル。ケンブリッジ飛鳥は、銀を勝ち取った400メートルリレー後に「今までで一番あっという間の100メートルだった」。4年後は、個人種目での決勝進出を狙う。

4大会にわたり日本女子卓球の重圧を背負ってきた福原愛(27)は、団体銅メダルを獲得後、「とても苦しい4年間でした。もう一回やりたいとは思わないが本当に早かった」。涙ながらにそう語ったが、その思いは、若い世代へと引き継がれる。「五輪でのメダルってこんなに重いのだな、と」。福原のチームメートで、五輪卓球史上最年少メダリストとなった伊藤美誠(15)は、東京五輪での活躍を見据えた

 


togyo2009 at 20:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 今が旬の企画もの