June 2018

June 16, 2018

〈【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】〉(1)憲法前文に日本統治抹殺の思いを込めた国だけに…

2018.1.14【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(1)日本ほど「お人よし」の統治者はいない
http://www.sankei.com/premium/news/180114/prm1801140027-n1.html
他民族の統治において、日本ほど、お人よしで、おせっかいで、一生懸命にがんばった国はない。かつての朝鮮、台湾の統治、あるいは日本が強い影響力を行使した満州(現中国東北部)の経営。当時の日本の国力からすれば、過重な負担に耐えて莫大な資本を投入し、近代化を助けた資源や労働力を極限まで搾り取ったり現地人にロクな教育を与えない愚民化政策も行ったりしなかった鉄道や道路を敷き、鉱工業を興し、商業、農業、林業を活性化させ生活を富ませた学校や病院を建て、近代教育制度、衛生環境を著しく向上させたことは疑いようがない。

日本が朝鮮統治時代につくった鉱工業施設や発電所の多くは現在の北朝鮮地域にある日本が残した資産は現価で8兆円以上戦後、北朝鮮は、それを「居抜き・タダ」でもらったおかげで1970年代初めまで経済面で韓国より優位に立つことができた

外地初の帝国大学として大正13(1924)年=予科開設、学部は2年後、現在の韓国ソウルに創設された京城帝国大学は、東京帝大や京都帝大よりは遅いが、大阪帝大や名古屋帝大よりも早くつくられている。高等教育を受けた卒業生は戦後、韓国の政、官、財界リーダーとして活躍した。韓国軍草創期の将官も日本の陸軍士官学校や満州国軍軍官学校出身者が多い。

朝鮮総督府が同15年につくった公的な唱歌集「普通学校(小学校)補充唱歌集」には朝鮮語(ハングル表記)の歌がたくさん収録されている。主に公募によってつくられたオリジナル歌詞は朝鮮の偉人や名所旧跡、景勝地を歌ったものが多い。ー学校で唱歌を教えられた朝鮮の子供たちは「僕たちの先人にはこんな立派な人たちがいた。自然や歴史的遺産もたくさんあるんだ」と感じたに違いない。現地言語をつかったオリジナルの学校唱歌は、親日的な台湾や、満州でも例がなく、朝鮮だけだ。ー南北を問わず朝鮮民族にとって最も親しみを感じる歌「アリラン」が同じ、大正15年に公開された同名の映画の主題歌が元になっていることを現代人は知っているのだろうか。しかも、映画の内容は、「日本の威を借りた悪徳地主に抵抗して処刑とされる男」が主人公。それが検閲をパスし堂々と現地で公開されているのだ。唱歌も映画も、緩い文化政治という時代の出来事とはいえ、やはり、日本の統治は“お人よし”と言わざるを得ない。

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もちろん、統治者と被統治者が同じ歴史観を共有することなどあり得ない韓国は、この時代を日帝時代と呼び教科書には数々の“悪行”を言葉を極めて罵り「民族抹殺」と書いて子供たちに教えた。ー華夷秩序の中華思想(小中華)が染みついた民族である。儒教文化的に劣っている連中だ、と「上から目線」で見ていた日本人に支配されてしまったのだから怒りは倍加する、ー揚げ句、「日帝」に関わったというだけで子々孫々まで指弾され、財産も取り上げられた慰安婦問題徴用工問題など、国同士で約束したことを平気でホゴにし、世界中に日本の悪口を言いふらし続ける…。

確かに日本が必要以上に“がんばった”のは単なる善意ではなく当時の為政者が「日本の国益にかなう」と判断したからだろう。他民族を統治する上では強圧的な行為や差別がなかったとは言わない。つらい目に遭ったり、屈辱を感じたりした人も多かったと思う。だが、すべてを「ゼロ」、あるいは「マイナス」としてバッサリ斬り捨ててしまうのは、ー未来志向でもない。

日本統治時代、飛躍的に豊かになった朝鮮の人口は倍増した。海峡を越えて、日本へやってきた朝鮮人には、戦後のスーパースターのひとりに数えられるプロレスラーの力道山、紅白歌合戦にも出場した歌手の小畑実、日本一の美声とうたわれたテノールの永田絃次郎ら文化・スポーツ関係者も多い。反対に、情熱と志を胸に抱いて海を渡り、朝鮮の近代化に尽くした日本の民間人も数知れない。亡くなった後に、祖国から名誉を傷つけられ、親族が身を縮めている姿を見るのは切ないし、タブー視して功績がなかったことにされてしまうのはしのびない。

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本欄は、証言と史料によって、こうした人たちの生涯や出来事を追い「真実」に近づきたいと思っている。


2018.1.21【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(2)創氏改名は「強制ではない」 是々非々貫いた朝鮮人検事
http://www.sankei.com/column/news/180121/clm1801210008-n1.html
朝鮮で近代的司法制度を整えたのは日本である高等法院(京城=現・韓国ソウル)−覆審法院(京城・平壌・大邱)−地方法院の三審制、それぞれに対応する検事局が設けられた。起訴や捜査、法務行政を握る検事が強大な権力を持っていたのは日本統治下の朝鮮でも変わりはない。

検事の中で朝鮮人として出世頭のポジションにあったのが、大和田元一(朝鮮名・李炳●(=王へんに穴かんむりに合の一を取る=)1905〜92年)である。九州帝国大学を出て昭和9年の高等試験司法科(現在の司法試験に相当)に合格。30代で朝鮮人としては異例の平壌覆審法院検事局検事(現在の高検検事に相当、ランクは高等官四等)に出世した。19年1月の司法部職員録を見れば、京城覆審法院検事局の朝鮮人検事として大和田より上位(高等官三等)に閔丙晟の名前がある。ただ、明治23年生まれの閔はこのとき50代。京城専修学校出身の“たたき上げ”であり、「キャリア組」の大和田が朝鮮人検事のリーダー格だったと言って差し支えないだろう。

大和田の前半生は日本の朝鮮統治と重なっている。出身は、朝鮮半島南東部の慶尚北道・金泉の名家(両班(ヤンバン))、父親は日韓併合前の大韓帝国時代、郡守(首長)を務めていた。生後5年で日韓併合(明治43年)となり、朝鮮の教育環境は日本によって急ピッチで整備が進む。

開かれた高等教育
当時、朝鮮人の初等教育は、寺子屋にたとえられる書堂(ソダン)が主だった。日韓併合直後の明治44年の統計によれば、朝鮮人が通う普通学校(小学校)が173校(児童数2万121人)に対し書堂は1万6540校(同14万1604人)。それが昭和8年には普通学校2100校(同56万1920人)▽書堂8630校(同14万2668人)と児童数で逆転している法律や医学の高等教育機関である専門学校は明治44年に5校(学生数409人)だったが、昭和8年には15校(同3785人)へと急増。1校もなかった大学は京城帝大が創設(大正13年予科)された

大和田は、地元の普通学校→京城の高等普通学校(中学)→官立の京城法学専門学校と進み、京城帝大はまだ開設されていなかったため(学部は大正15年設置)、朝鮮から最も近い帝国大学である九州帝大法文学部法律学科へ進学した。高等試験司法科に合格した大和田は、検事の道を選び、ー順調に出世の階段を上る。朝鮮人の司法職員数も、明治44年・364人→昭和8年・1232人へと増加した。朝鮮人に高等教育の機会が開かれ、法を司る検事や判事(裁判官)のポストに就くことができたことは注目すべきであろう。

親日派として指弾
だが、大和田の輝かしい経歴も戦後の韓国ではマイナスとなった。日本統治時代の“協力者”をリストアップし、韓国で2009年に出版された『親日人名辞典』の大和田の項では、「創氏改名」(昭和15年実施)の記述に大きなスペースを割き、大和田が当時の新聞や雑誌に発表した見解を紹介した上で、同制度を積極的に支持したと書いている。確かに《栄光的な大日本帝国の兵站基地としての2300万の(朝鮮)半島民衆》などと刺激的な記述はあるものの、《古代的氏族の代名詞である「姓」を止揚(※古い物は保存し、より高い段階で生かすという意味)させ、それに代わって創氏制度が新たに制定される》と法律家らしく明快に説明しており、どこが問題なのか分からない。

創氏改名ほど誤解が多い政策もないだろう。大和田の言う通り、これは朝鮮伝統の金、朴、李などの「姓」(儒教文化的男系一族の象徴)は戸籍に残したまま、日本風の山田、田中といった家族的な「氏」を新たに創設する制度だ。朝鮮人の「姓」は数が少なく混乱の原因になる上、女性は結婚後もその姓には加われない。古代→近代、一族→家族化を図り「内鮮一体」の同化も進めましょう…というのが目的だった。

本貫と呼ばれる出身地と併せて「姓」を一族の誇りにしてきた名家には、いらぬ“おせっかい”だったかもしれないが、日本人と同等になれる、差別がなくなる…と歓迎した朝鮮人も多い一方、日本には朝鮮人の犯罪抑止を理由に反対する意見もあったのである重要なのは強制でなかったことであろう日本風の氏を創設したのは約8割期間中に届け出なければ、金や朴など従来の「姓」をそのまま「氏」として使うことができた。陸軍中将になった洪思翊や世界的なダンサー崔承喜も、前述の検事、閔も日本風創氏をしていない。もとより「改名」は任意(申請制)である。

日本に阿ることなく
大和田の家族は「(大和田は)日本の統治に対して『良い物は良い、悪い物は悪い』という是々非々の態度を毅然と貫いた。そもそも『創氏改名』は強制ではなかったし、同姓同名による混乱を避けるために考慮すべきだという意見だった」と話す。大和田は、保身のために日本に阿るような朝鮮人ではなかった。家族の記憶には、民族衣装を着た母親を日本の官憲に侮辱され、敢然と怒鳴り返した姿が鮮明に残っている。大和田は、韓国誕生後の1948年11月、大田地方検察庁検事正に就任するも翌年には退職を余儀なくされてしまう。まだ44歳。大和田のような優秀な法律家こそ、戦後の新国家建設に生かすべきでなかったか。=敬称略(文化部編集委員 喜多由浩)

2015.9.14【久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ】憲法前文に日本統治抹殺の思いを込めた国だけに…(産経新聞編集局編集委員)
https://www.sankei.com/premium/news/150912/prm1509120023-n1.html
韓国にとって日本はどういう存在なのか。10年前、小泉純一郎首相の靖国参拝に反発した盧武鉉政権が「新対日ドクトリン」という物々しい外交原則を発表したことがあるが、そこにはこうある。「日韓関係は日本の謝罪と反省が基礎である」

韓国は憲法の前文で「悠久の歴史と伝統に輝くわが大韓国民は、3・1独立運動(1919年、朝鮮全土で人々が決起し運動家が独立を宣言)により建設された大韓民国臨時政府の法統を継承する」と明記している。この一文には、日本統治を歴史から抹殺したいという想いが詰まっている。少なくとも日本時代は日本に不法、違法に占拠されていたのであって、『我々はこれを認めない!』とする立場が示されている。

「臨時政府」(1919−45年)は、李承晩や呂運亨ら独立活動家によって上海(のちに重慶)に設立されただが連合国、枢軸国の双方から認められず、米軍に解体された。しかし韓国は、いまも「幻の政府」の正統性を国史の根幹としている。世界史的からみると、虚構を生きていることになる。だから、日本統治は「不法」で当時を「日帝強占期」と呼ぶ。力によって強制的に占領されたと位置付ける歴史観のみが韓国にとって「正しい歴史認識」なのである。

しかし、日韓併合の合法・不法論争は、実はとっくに学術的な決着がついている。不法論を国際認知させようと考えた韓国は、2001年に「韓国併合再検討国際会議」という国際会議を主催した。日韓のほか欧米からも歴史学者らが参加しハワイ、東京、ワシントンで開かれた会議で、韓国側は併合の不法性を全面展開した彼らが特に根拠としたのが「第二次日韓協約」(1905年)での強制性で、不法な強制(脅迫)により外交権を奪っての日韓併合は「不法であり無効」との持論を主張した。しかし日本側は皇帝(高宗)の日記などを分析して高宗が協約に賛成していたことを実証した。また英国の学者などから、当時、米英など列強が日韓併合を認めた以上「違法・無効論」は成り立たないとの見解が相次いで、韓国はこれに反論はできず論争には終止符が打たれた。

これで怯む韓国ではない。その後、今度は「反省と謝罪」の要求の矛先を日韓基本条約(1965年)に変え、これにチャレンジ(挑戦)を開始した。キーワードは「人権」である。女性の人権(慰安婦問題)、個人の賠償権(徴用工問題)である盧武鉉政権が慰安婦問題で「(基本条約の)請求権協定で解決したとみることはできず、日本の法的責任は残っている」との初めての政府見解を出したその後、慰安婦問題は2011年、憲法裁判所が「慰安婦が(日本から)賠償請求を得られるように(韓国)政府が行動しないのは憲法違反」との賠償請求権判決を出した徴用工問題でも、韓国大法院(最高裁に相当)が2012年、「個人の請求権は消滅していない」と判断し、これに依拠して日本企業がいまも続々と訴えられている

併合不法論も請求権の蒸し返しも、国家のアイデンティティーとは別に、もうひとつの政治性を帯びている。つまり併合したのは現在の韓国だけではなく、北方の北朝鮮があり、未来の日朝国交正常化交渉の重要なテーマとなるからだ。韓国の併合不法論者慰安婦・徴用工支援勢力の核心部には親北派が見え隠れしている。もちろん韓国では、「安倍談話村山談話小泉談話から一歩も後退してはならない」「日本は植民地侵略慰安婦動員に対する責任を認める謝罪を」とする声は保守、進歩を問わずにあるから、「過去」をめぐる日韓論争のなかに北朝鮮勢力の思惑を見極めるのには、それなりの眼力がいる。『和解のためにはまず侵略を認め、植民地支配に反省と謝罪を』とする日本の贖罪派の、何と平和で情緒的であることか。


togyo2009 at 17:00|PermalinkComments(0) 捏造の慰安婦問題 

June 11, 2018

西尾幹二氏の提言(06)戦後日本人と日本国家の安全保障

「日本人はなぜ国家を直視しないか」『明日への選択』 (通号200) 2002.九月号
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西尾――国家というものを見ない日本人の欠点は、やはりアメリカの占領政策とそれへの無警戒さから来ている。われわれはその根源をよく見極めないといけないと思うのです。ただ、こう言いますと、占領政策に日本人は騙されて今のような亡国状態になったと言っているように思われるかもしれませんが、そうではないのです。保守派の中にはそういうことだけを言う人が最近は時々いますが、私はそれでは「日帝三十六年」をいまだに批判している韓国の「反日」と同じではないかと思います。重要なのは、日本人がいかに自分で背筋を立てるのかということであり、その意味で、むしろ悪いのは六十年近くも自分を変えることができない日本人なのです。だから、アメリカのせいにするのはやめよう、しかし、アメリカのやった占領政策の悪質さはもっとよく認識しよう、と言いたいのです。同時に、戦争の直後ならまだしも六十年経った今も、日本人が国家というものを直視できないでいるのは何故か、ということのもつ微妙な心理を考えてほしいのです。

私は、国家ということを考えようとすると、われわれはどうしてもアメリカ依存ということに帰着せざるを得ない宿命があるということが漠然とみんな分っていて、それ故に日本人は国家を直視しない、むしろ直視したくない――こういう深層心理があるのではないかと思うのです。その理由は簡単で、現実の力関係から言って、力の源泉はアメリカだからです。特に保守派は国家を強く考えるわけで、そうすると自然とアメリカと一体化した国家というものを頭から否定することができない。力の源泉がアメリカだから、国家を考えれば、どうしてもわれわれの国家とアメリカとが一体になってしまう面がある。それで、アメリカの行動に引きずられていって国家を考えたくないという思いになる。この点は、どうすればわれわれが日本を中心にした国家というものを考えることができるかということを求めていく上で重要なことであり、保守派に反省と自覚を促したいのです。

――では、アメリカと一体ではない、主体的な日本人の国家意識というものはどのようにして可能だとお考えでしょうか。

西尾――そうした意味で、課題はアメリカとの関係をいかに克服するのかということになると思うのですが、一つの例として、歴史認識の問題は中国・韓国に対する問題だけではなく、むしろ一番の問題は対米なのだと考えています。というのは、さきに言いました占領政策も、日本には衝撃だったけれども、アメリカとしてはいわば普段通りのことをやっただけなのです日本だけでなく、フィリピンでもプエルトリコでも例外なくやっていることです韓国も戦争直後は米軍の軍政下におかれ、同じようなことが起こっています。最近、話題になっている『親日派のための弁明』を書いた金完燮という人は、韓国における反日教育の原点もアメリカの占領政策にあると言っています

しかし、アジアにはアジアの美学があり倫理がある。そして歴史認識がある。戦争観がある。向こうの戦争観が基準では困るし、日本には言い分がある。これは当然のことであり、このことを日本は友好国としてアメリカにはっきりと主張しなければならない。実は、ワシントン体制以来、アメリカが日本を圧迫し、日本が追い込まれていったということを理解するアメリカの歴史学者は少なくないのです。戦争をしようとする意志があったのはアメリカであり、日本にはまったくなかったこれは紛れもない歴史的事実です。そうしたアメリカのアジアへの膨張をアメリカの側から問い直してもらう。また、こちらもそうしたアジア人軽視の傲った意識に焦点を当てた批判と分析を重ねて、アメリカに歴史の見直しを迫っていく。それに同調する学者は必ずいます。ーアメリカ、イギリス、フランスなど西欧先進国は意外と大国の襟度というものを持っている。そして何より一元的ではない。ですから、われわれは総力を挙げて戦争観と歴史観の是正を対米、そして対英、対仏――特にイギリスはいい学者がいます。ただしドイツは駄目です――でやっていく

むろん、アメリカの戦争認識を変えることは簡単なことではないことは承知しています。彼らは今でもあの戦争は正義だと思っているのですから。けれども、例えば朝鮮政策などに関しては英米は理性的です。だから、日本の朝鮮半島統治も理解できる人がいるのです。例えば、産経新聞の黒田勝弘記者によれば、昨年11月にハーバード大学で開かれた国際学術会議で、国際法専門のJ・クロフォードというイギリスのケンブリッジ大学の教授は「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は国際法上は不法なものではなかった」と併合合法論を堂々と述べています。こうした英米の議論は中韓にも大きな影響があります。そうした意味でもアメリカの歴史認識の修正努力は中韓の偏見を正すことにもつながると思うのです。

――それは、例えば、日本人の歴史認識とか戦没者に対する感情とかを、アメリカに対して主張していくということにもなるわけですね。

西尾――ええ。さらに言えば、アメリカに対する日本人の感情とか、日本人の持っている要求とか不満などもそのなかに入るでしょう。実は新しい歴史教科書をつくる会は、既にそうした役割を果たしていると言えるかもしれません。つくる会に対して、アメリカの中にものすごく関心が起こっていて、もちろん「日本のリビジョニスト(歴史修正主義者)」というふうな捉え方だろうと思うのですが、それでも「NOと言っている日本人たち」の声がニュースになるということはとても大事なことです。本も何冊も出ているそうです。その中の何パーセントかでも、この「NOと言っている日本人たち」は一体何を主張しているのだろうかと考えてくれたら、日本への認識が修正される可能性があるわけですから。あの教科書は英訳してほしいと思います。

いまアメリカの話をしましたが、これは一つの政策であって、もちろん日本でばかげたことを言っている謝罪派知識人を叩くことも大事ですむしろ、日本が変わればアメリカも変わるというところもありますから、日本の方が先かもしれない。しかし、日本人がなぜ国家を直視しないのかという問題から考えれば、どうしてもアメリカに対する主張というものが必要だとも思うのです。
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『犯したアメリカ 愛した日本』三浦朱門・西尾幹二対談本 KKベストセラーズ刊(2002/09発売)まえがきより
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日本が足かけ五年にわたって戦った日米戦争は、国民の経済力、技術力、教育、学問、道徳、宗教、その他すべてを挙げて戦った「総力戦」で、これはアメリカの側においても同様であった近代世界になって「総力戦」を戦って敗れた国は日本とドイツしかない。それ以前にも以後にも例がない。「総力戦」では敗者は国民の末端にいたるまで道徳的責任が問われるが、例えば日露戦争で敗北者のロシア国民の道徳的欠陥が裁かれたという話はきかない逆に朝鮮戦争中東戦争ベトナム戦争湾岸戦争などの二十世紀後半の戦争は、勝者なき終結であり、どちらか片方が首都を占領し、指導者を処刑し、憲法を変え、教育制度を勝者のつごうに合わせて一新した、というような日本に起こった規模の事例はひとつもない第二次大戦はその前にも、後にも起こらなかった巨大スケールの近代戦争であり、敗戦であったのだ。
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戦争は双方に戦意がなければ決して起こらないアメリカには対日戦争をしかける長い戦意の歴史があった。しかし自分からは手を出さず、日本に先手を打たせようとした。日本はまんまとその罠に嵌ったといえる。したがって日本人は「自分が仕掛けた戦争だから、原爆まで落とされても仕方がないのだ」とはなから思いこまされてしまった
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アメリカへの敵意喪失にはたしかに見かけよりも数多くの複雑な理由がいろいろ絡んでいるように思える。ー戦後、経済的にもアメリカ市場に頼らなければやっていけなかった日本経済は、生きていくためにはいきがかりを捨て、たちまち従順にならざるを得なかった。これはいちばん分かり易い理由であろう。しかしもっと直接的な次の理由もある。日本人は空襲と原爆が代表する破壊に打ちのめされたということだ。

十七,八世紀以来アジア各国はすでに起ちあがれないほどの侮辱を受けてきたが、日本は明治以来必死に抵抗し、西力東漸の難を免れ、したがって白人文明に自分の高いプライド、自尊心を傷つけられたというだけの理由で、アジア各国のできないような戦争をする気力を保持し得ていた。しかし欧米はそれをもついに許さなかった唯一の抵抗者である日本を叩き潰さなくては、西から東へ押し寄せた暴力のエネルギーは止まるところを知らなかった日本が戦後無力となったのは「武」による「侮辱」の帰結である。否、そうではない。戦後の敵意喪失の理由はもっとはるかに簡単なことだ、とそういう考え方もあるだろう。日本人はもともとアメリカを憎んでなんかいなかった。戦前アメリカ人を自分の眼で見た日本人さえ少なかった。憎悪とか敵意とかいう具体的感情から戦争に起ち上がったのではない。アメリカが真の敵ではなかった。むしろアメリカこそ日本を叩くチャンス到来とばかりに過剰反応したのではないか。日本人は理不尽な経済包囲で追い込まれ、堪忍袋の緒が切れて、浅野内匠頭のように松の廊下の刀傷に及んでしまったにすぎないのではないか。日本人の戦争は抽象的理念的な性格のものであった本土で地上戦が行われなかったことも、この性格に拍車をかけた空襲は空から降ってくる巨大な自然災害のようなものだった。国民はあの戦争をまるで暴風雨に耐えるようにして耐えたのではないか―。
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『日本人はなぜ戦後たちまち米国への敵意を失ったか』路の会 徳間書店刊 2002.8 まえがきより
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日本とアメリカの関係はいま政治、外交、軍事、経済のあらゆる局面の深部に及んでいる。それは対等なパートナーという呼び名から、属国という最悪の蔑称にいたるまで、そのときどきの状況に応じいろいろに変形して使われている戦勝国と敗戦国との歴史の爪跡がここに影響を与えないはずはない。ことにソ連の脅威がなくなり、日本がアメリカに恩を売れるカードを一枚失って、さらに中国と朝鮮半島がいくら叫んでも日本から言葉の届かない、扱い難い、不可解な「謎の大陸」となって以来、日本は薄氷を踏む思いの歩みを強いられている。ー中国と朝鮮半島の関係がむかしと違って日本にとり「脅威」として意識されるようになって以来、ますますアメリカは日本をうまく操れる手段を幾つも手に入れたことになろう。またそのことへの日本側の警戒心も、この国の行動を複雑にするだろう。しかも、中国と朝鮮半島との関係はいわゆる「歴史認識」の問題、大東亜戦争の解釈の問題と切り離せない太平洋を挟んでアメリカと大戦争をした日本としては、対中国、対韓国とだけでなく、対アメリカとの間でも「歴史認識」の問題を回復させ、創造的に解決しなくては、中国や韓国との関係も理性的に清算されないことがやがて認識されるだろう。
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先の大戦で八〇万の日本の民間人がアメリカの無差別爆撃、原爆投下で殺害された「大量殺戮(ジェノサイド)」とさえ言ってもいいしかし、戦争が終わるとたちまち日本人はこの事実から目を背けた。そして日本中が国をあげて当時もそして今も、アメリカ一色、アメリカに学べ式の一方的思想、たえずアメリカを意識する以上にはいかなる他の国をも意識しない一方的な過剰関心を示しつづけてきたし、今も示しつづけている。ー世界各地の過剰な反米運動とくらべてみても、とても不思議な、謎めいた光景である。
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togyo2009 at 18:38|PermalinkComments(0) 大東亜戦争を超えて 

June 10, 2018

文明の衝突(転)新書より本題を探る

文明の衝突と21世紀の日本 (集英社新書)/発売日: 2000/01/18

作者: サミュエル・P.ハンチントン

 

21世紀における日本の選択 − 世界政治の再編成

 

パワーの構造

 

一〇〇年足らずの間に起こった三つの大きな戦争で戦ったあと,ドイツフランスは協力的な関係を築きあげ,それによって西欧にリーダーシップと安定と豊かさがもたらされた中国日本のあいだでこれと匹敵する関係を実現することは,ずっと難しいだろう。文化の違いと相互不信は,ドイツとフランスのそれよりもはるかに大きい。

 

フランスロシア中国は、アメリカの覇権に対抗するという点では利害が一致しているかもしれないが、文化が大きく異なるために、有効な連帯を形成するのは困難だと思われる。

 

文化および文明的観点から見た孤立国家・日本の特徴

 

一〇三〇年代と一九四〇年代に犯した行為に対して,日本がどこまで,どのような謝罪をすべきかをめぐってなおも論争がつづいている事実が,そのことを端的に示している。二国が完全に和解するには,中国側には寛容が,日本側には歩み寄りが,さらにはアメリカによる後押しが必要だろう東アジアの将来の平和と幸福は,日本と中国がともに生き,ともに進む道を見つけることにかかっているのである

 

孤独な超大国 − パワーの新たな展開

 

パワーをめぐる国際関係

 

北朝鮮韓国が戦う可能性はあるが、それは大きくはない。中国台湾が戦う可能性のほうが高いが、それでも台湾が中国としてのアイデンティティを捨てて独立した台湾共和国を正式に設立しようとさえしなければ、危険は少ない。‐二つの朝鮮と二つの中国のあいだに暴力行為が起きる可能性はあるが、同じ文化を共有している以上、時間がたつにつれその可能性は薄れるだろう。

 

孤独な保安官

 

多極体制が出現するにつれ,アメリカは世界の保安官という役割をはたすかわりに地域の治安維持につとめるのが妥当であり,それぞれの地域における秩序の維持には,その地域の大国が第一に責任を負うようにすべきだ。‐地域の大国による秩序の維持が可能ならば,アメリカが責任を負う必要はないのである。

 

地理と文化は完全に一致するわけではないが,地域と文明はかなり重なりあう。私が『文明の衝突』で指摘した理由から,一つの文明における中核国は,その文明圏の国々の秩序を,文明圏外の国がするよりもうまく維持できる。‐アメリカにとっては,多極体制の世界における大国の一つとなるほうが,唯一の超大国であったときよりも要求されるものは少なく,論争も減り,得るものは大きくなるだろう。

 

文明の衝突 − 多極・多文明的な世界

 

多極化・多文明化する世界

 

この新しい世界において,地域の政治は民族中心の政治に,また世界政治は文明を中心とする政治になる超大国同士の抗争にとってかわって,文明の衝突が起きるのだ

 

だが,ボスニア・ヘルツェゴビナで文明が激しく衝突すれば,カフカース山脈地方や中央アジアあるいはカシミール地方を巻き込む大規模な戦争に発展する恐れがある。旧ユーゴスラヴィアにおける紛争では,ロシアがセルビア人に外交上の支援をし,サウジアラビア,トルコ,イラン,リビアはボスニア人に資金と兵器を提供したが,それはイデオロギーや武装外交,あるいは経済的な利益のためではなく,文化的な血縁意識のためであった。

 

文明の性質

 

文明には明確な境界もないし、正確な始まりと終わりがあるものでもない人びとは自分のアイデンティティを定義しなおすことができるし、実際に定義しなおした結果、文明の構成とかたちは時間の経過とともに変化している。民族の文化は相互に作用し、部分的に重なりあう。文明を構成する文化がたがいにどの程度似ていて、どの程度異なるかもさまざまである。

 

現代の主要な文明

 

多文化的なアメリカはありえない。というのも、非西欧的なアメリカはアメリカではないからだ。世界帝国がありえない以上、世界が多文化からなることは避けられない。アメリカと西欧を保持していくには、西欧のアイデンティティを一新する必要がある。

 

最も重要な孤立国は,日本である日本の独特な文化を共有する国はなく,他国に移民した日本人はその国で重要な意味をもつほどの人口に達することもなく,また移民先の国に同化してしまう(たとえば日系アメリカ人がそうだ)。

 

日本の孤立の度がさらに高まるのは,日本文化は高度に排他的で,広く支持される可能性のある宗教(キリスト教やイスラム教)やイデオロギー(自由主義や共産主義)をともなわないという事実からであり,そのような宗教やイデオロギーをもたないために,他の社会にそれを伝えてその社会の人びとと文化的な関係を築くことができないのである。

 

中核国家と文明の断層線での紛争

 

世界の主要文明の中核国家を巻き込む世界戦争は起こりそうもないが、ありえないわけではない。そのような戦争は異なる文明を背景にした集団同士のフォルト・ライン(断層線)戦争がエスカレートすることから起こりとくに一方のイスラム教徒と他方の非イスラム教徒がかかわる場合が問題になるエスカレートしがちなのは、大望をいだくイスラムの中核国家が、他文明の国家と交戦中のイスラム国に、競って支援を提供する場合であるエスカレートしにくいのは、第二次あるいは第三次レベルの同族の諸国にとって戦争に深くかかわらないほうが利益が得られそうな場合であるグローバルな異文明間戦争を招くものとしてより危険な原因は、文明およびその中核国家の勢力バランスが変わることであるその変化がつづけば、中国が台頭し、「人類の歴史上最大の立役者」というこの国の主張がますます強硬になって、21世紀初めの国際情勢の安定にすさまじい緊張を強いるだろう中国が東アジアおよび東南アジアの支配的な勢力として浮上することは、歴史的に解釈されてきたような意味でのアメリカの利益に反することになるだろう。

 

転機となる戦争、アフガン戦争と湾岸戦争

 

湾岸戦争は,冷戦後に初めて起こった,自然資源をめぐる二つの文明間の戦争だったどちらが世界最大の埋蔵原油を支配するのかが,この戦争にかかっていた自国の安全保障を西欧の軍事力に依存しているサウジアラビアアラブ首長国連邦政府が支配権を握るか,それとも原油を西欧にたいする武器として使用でき,また実際に使用すると思われる独立した反西欧政権が支配権を握るかの争いだった

 

文明の共通した特性

 

世界の主要宗教‐によって人類がどれほど分裂しているにせよ、これらの宗教もまた重要な価値観を共有している。‐そこで,不干渉ルールと共同調停ルールに加えて,多文明世界の平和のための第三のルールは共通性のルールであるあらゆる文明の住民は他の文明の住民と共通してもっている価値観や制度,生活習慣を模索し,それらを拡大しようとつとめるべきなのである



togyo2009 at 19:08|PermalinkComments(0) 本を読む