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September 24, 2018

櫻井よしこ女史書籍〈異形の大国 中国〉(1)異形の大国の脅威

異形の大国 中国―彼らに心を許してはならない― 新潮社

櫻井よしこ/著

 

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はじめに――異形の大国の脅威

 

第一章 歴史を捏造する国

「歴史歪曲」今こそ中国は詫びよ/靖国参拝、首相よ、二度と揺らぐな/靖国で天皇も政治利用するのか/認識せよ、東京裁判の日本憎悪/日本も没収したい、中国の教科書/アジアの“嫌われ者”は中国だった/東シナ海は対中従属外交の産物だ/東シナ海の石油資源は自衛隊で守れ!/首相よ、衣を整え闘いに臨め/アジアに示せ、日本の覚悟

 

第二章 止まらぬ領土拡大の野望

反日反靖国、王毅中国大使の嘘/上海領事自殺で再び中国の嘘/中国で噴出する自由への渇望/自覚せよ、外交は冷徹な計算だ/論外の中国案、ガス田共同開発/何があっても守れ、日本の立場/『マオ』が伝える中国の巨悪/中国が日本に軍事侵攻する日/靖国妥協外交で日本は守れない/愛国心なき日本再生はあり得ない/中国の陰謀、カナダの反日教育

 

第三章 国益をかけ外交に勝利せよ

北朝鮮制裁は中国を念頭に置け/外交の勝利は堂々たる主張から/富田メモの危うい政治利用/富田メモ、今や必要な全面公開/国益を賭けて果たせ、15日参拝/小泉参拝、日中外交の基礎とせよ/権力闘争でも不変、対日要求/中韓の影響、米国の日本批判/日本のために真の“智者”となれ/中国に芽生える新しい歴史認識/警戒せよ、情勢大変化の予兆

 

第四章 この国に心を許してはならない

悪夢のような中国進出の実例「日本支配」を目指す中国の野望/「大軍拡」中国の微笑外交に操られる人たち/集団的自衛権なくして日米同盟なし/同盟国ゆえ、敢えて米国に問う/国際的反日情報戦に立ち向かえ/暴力的な中国・ロシアの「文明への挑戦」/外国特派員団に南京事件否定論/三権分立を放棄するのか最高裁/誰が日本国の名誉を守るのか/李登輝氏に見る旧き佳き日本

 

第五章 虚構の大国の行く末

中国の空母建造戦略とその狙い/汚染大国・中国を放置するな/異形の国、中ロ両国の脅威に備えよ/失敗に学び克服せよ、日本外交/軍事最優先、不変の中国戦略/やはり試掘だ、東シナ海ガス田/ならず者国家が横行する世界/技術大国・日本は「中国の下請け」になる/福田外交で損なわれる日本の国益/中国が喜んだ台湾立法委員選挙

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はじめに‐異形の大国の脅威

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隣に中国という国が存在することは、天が日本に与え給うた永遠の艱難である。1949年以来中国共産党が一党支配を続ける現代中国は、本書で詳しく論じるように、異形の国家である。この異形の大国とつき合いながら、その脅威をどう抑制していくかは、日本が如何に賢く、勁くなっていくかいう課題と同義語なのだ。日本の対処の仕方が21世紀の日本の運命を決定づけるのであり、同様の問題は、日本だけでなく、世界全体が直面するものである。

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中国という艱難を乗り越える第一歩は、日本にとっても世界にとっても、まず中国の真の姿を認識することから始まる。中国は一体どんな国なのか、この問いへの答えを、直近の毒入り餃子事件の展開から探ってみよう。−結論から言えば、同事件は何よりもまず。日中両国の国柄の違いを際立たせた。中国人の涙や微笑、そして言葉が意味するものを極めて分かり易い形で日本国民に見せてくれた。

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被害者である日本側を犯人に仕立て上げるという狡猾な主張で乗り切れると判断した理由は、一体何か。『 産経新聞』中国総局長の伊藤正氏は、そこには『日本人の飽きっぽさ』があると分析する。確かに餃子事件の後、イージス艦『あたご』と漁船の衝突事故が起こった。ロス疑惑の三浦和義氏もサイパンで身柄を拘束された。ワイドショーの関心はもはやそちらに移っている‐。この移り気と忘れっぱさこそが日本人の性格であり、日本の国柄だと見てとった彼らは、タカをくくる、開き直りの外交を選択した可能性が高い。−中国世論は毒要り餃子の犯人は日本人だとして盛り上がる。だが、中国人は騙されても、国際社会は騙されない中国が輸出した毒要りペットフードで米国のペット多数が死んだのは記憶に新しい。−3月1日には、イタリアが輸入した中国製のステンレス鋼材から、人体に有害な放射性物質コバルト60が検出され、鋼材役30トンを押収したと、イタリア捜査当局が発表した。−2002年のSARS(新型肺炎、重症急性呼吸器症候群)発生のとき、中国政府はまず、中国での発生を徹底的に隠蔽し、他国に責任を転嫁した05年春の反日暴動で、日本大使館には石とともに夥しい数のビンやペットボトルが投げられ、日本側は多大な損害を受けた。中国の官憲は日本大使館への抗議を見守るだけで阻止しなかった。国際法違反の暴力・破壊行動について、今日に至るまで中国政府の謝罪はない。どんなに明らかな証拠があって、彼らは決して認めないし謝らない。事実の歪曲は、中国共産党政権の性格そのもので、中国の歴史を貫く太い柱だ

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一例はチベット侵略である。独立国のチベットを中国は軍事侵略で領有し、「平和解放」だと主張して現在に至る南シナ海の西沙諸島と南沙諸島の島々は、ベトナムやフィリピンなどが何世紀にもわたって領有し活用してきたが、中国は突然、70年代から自国領だと主張し始め、両諸島を力尽くで奪い、実効支配中である日本の領土の尖閣諸島も東シナ海も、中国のものだといって譲らない異形の大国・中国に、日本は強い覚悟で臨まなければならない。国際政治の専門家、田久保忠衛は、世界はいまや、米国を唯一の超大国とするパックス・アメリカーナの時代から、中国が席巻するパックス・シニカの時代に入りつつあると指摘する。偽りを得手とする異形の大国は、満を持して中華大帝国の再現へと歩を進めつつあるのだ。

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中国は、1971年10月に台湾の中華民国に替わって国連に席を得て以来、自国の領有する空間を陸に限定することなく、宇宙と海洋に向かって拡大してきた。彼らの拡大政策を支えるのは「戦略的境界」という考え方だ。国境線は固定化されているのではなく、軍事力、経済力、政治力、社会や文化の力、国民の意思の力などを合わせた国家の総合力によって変化するという考えだ。総合力が高まれば、戦略的境界は外へと膨らみ、中国の領有する陸も海も空も増えていく、反対の結果は、中国の領有する陸地、海洋、空間を狭めていくと彼らは考える。総合力の最重要の要は、軍事力である。中国が海軍力の増強と宇宙開発に努めてきたのは、まさにこうした考え方による彼らは貧しかった時も、国家の総合力の礎としての軍事力増強路線を忽にすることはなかった。国民が飢えに苦しもうが、中国全土に内戦の嵐が吹き荒れ幾千万の人命が失われようが、中国共産党は軍事力を増強し続けた。折しも08年34日、中国の国防予算が前年度比17.6%増となることが正式に発表された1989年以来、二桁の伸び率が20年も続いているのである。

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2004年10月14日、ロシアのプーチン大統領が中国を訪問し、胡錦濤国家主席とともに、突然、中露国境問題は完全に解決したと発表した両国間に残されていた最後の領有権問題未解決の島、大ダマンスキー島を共同利用とすることで、中露国境問題は解決されたのである。歴史上、両国は国境地帯で多くの紛争と虐殺を繰り返してきた。中国にとってのソ連(ロシア)は友好国でもあり得るが、敵対国ともなり得る国だ。両国の長い歴史は、むしろ、敵対勢力としてのソ連の凄まじい脅威を中国に身に沁みて認識された。60年代、ソ連は中国国境地帯に「100万の大軍」を配備し、核攻撃すると恫喝した1970年、日本が大阪万博に熱狂した年、中国は戦略ミサイルの開発に成功し、戦略核兵器の開発に弾みをつけた、当時ソ連は、中国抑制の意図から、米国に共同で中国攻撃の可能性を打診したという。だが、米国はむしろソ連を最大の敵ととらえ、中ソ分断によって米国の優位を確立する戦略を考えていた。同戦略に沿って、ニクソン大統領がキッシンジャーを訪中させて水面下での米中接近に踏み切ったのは1971年である。したがって米国がソ連と組んで対中包囲網を形成することはなかったが、中国はソ連により核攻撃を現実の脅威として認識し、非常に恐れた。恐れゆえに、中国は米国及び日本への急速な接近を図ったといえる中国が恐れるこの北方の脅威を04年の国境問題の「完全なる解決」が取り除いたのみならず、その後両国は、異形の大国として相互協力関係を築きつつある。たとえば両国は05年818日から8日間、陸海空三軍、参加人員はほぼ1万人の大規模軍事演習を行った。同演習は中国が強く働きかけて実現したが、日本周辺海域でこれほどの規模の合同軍事演習は戦後初めてだ。翌06年には、中露両国が主軸となって構成する上海協力機構が上海で首脳会議を開いた。彼らは「政治体制、価値観などの違いを口実とする他国からの内政干渉に反対する」と明記した共同宣言を採択した。名指しこそしていないが、明らかに米国に対する牽制である。米国と同一路線をとる日本への警告でもあろう同会議に参加したのは中国、ロシアに加えて、カザフスタン、キルギス、ウズバキスタン、タジキスタンの6加盟国だ。また、モンゴル、イラン、インド、パキスタンがオブザーバー国として、アフガニスタンがゲスト国として参加したイランのアフマディネジャド大統領は他国、つまり米国の脅威に対する対抗軸として、上海協力機構を強化せよと訴えた。米国への対抗軸構築という点で、中露両国の利害は完全に一致したのだ両国が上海協力機構を軸にユーラシア大陸諸国の結束を固め、協力体制の構築に踏み出したことを強烈に国際社会に知らしめたのである。

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こうした背後と足下を固めた中国は、いよいよ安心して何進し、台湾問題に取り組める状況にある。いまや台湾問題の焦点は、いつ、中国が台湾併合を実現させるかに移っている。中国は如何にして台湾を奪うのか、彼らは日本に対するのと同じく、台湾に対しても微笑外交に転じて今日に至る。1996年の総統選挙のとき、独立派の李登輝の当選を妨げようとして台湾海峡にミサイルを射ち込んだように、強行策を直前に打ち出した。軍事力で脅せば、台湾の有権者は中国の軍事介入を恐れて台湾独立に傾く李登輝を当選させることはないと見たのだ。だが、結果は反対に、李登輝の圧勝だった。中国共産党はその体験から学び、以降の総統選挙では平静を装ってきた。むしろ、台湾の対中投資や輸出に便宜を図り、優遇し、中台友好を印象づけた。中国の南下政策は台湾併合にとどまるわけではない。オーストラリアの真上まで勢力範囲を広げようとする中国にとって好都合なのは、07年12月に誕生したケビン・ラッド豪州労働党政権によって、オーストラリアが中国の手を煩わせることなく、自ら中国陣営に倒れ込みつつあることだ。ラッド氏は大学で中国語と中国史を学んだ。長女の夫は中国人、長男は上海の復旦大学に留学した。07年9月にシドニーを訪問した胡錦濤の前でラッドは中国語でスピーチをし、自分と家族が如何に中国と中国文化を愛しているかを「軽率」と評されるほど喜々として語ったことで知られている。ラッドもその家族も、顕著な親中派なのである。中国共産党政権の政略目標は、台湾を併合して、アジアの盟主となり、米国の介入を許さず、日本をも支配することだそこに到達するためなら、事実の捏造歪曲も、開き直りも責任転嫁も、彼等は手段を選らばない中国流伝統芸を二国間外交のみならず、国際社会全般において貫き通す力こそ、彼等の政治力である。それはまた、彼らの文化力、文明力といってもよいだろうそのような中国共産党の対外政策は、中国国民の不満の捌け口となり、強い支持を集める。そこに強力な国民の意志力が形成される。中国共産党の政治の歪みは、中国の文化、文明を歪め、国民の考え方までをも歪めているのだ。そのように歪んだ彼らが、20年来築き上げてきた強大な軍事力を持っているのである

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まさに異形の大国である。彼らは今、ロシアに接近し、中央アジア諸国を包含し、豪州を引きつけ、米国をも牽制しつつある。米国の優位は用意には崩れないとしても、米国が親中国路線に傾く可能性もある。パックス・シニカの時代に突入するかに見える21世紀、日本がなすべきことは明らかである。自らの力をつけるしかないのだ。日本が中国にも米国にも物言えないのは、安全保障を米国に頼り、ついでに外交の意向を忖度しながら後追いすることを、長年、続けてきたからだ。安全保障も外交も他国に大きく依存する国が、他国と対等に対峙し、まともなわたり合うことは出来ない真の意味の独立国ではない国家は、どの国にも相手にされないのである

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であれば、日本は真の意味の独立国にならなければならない。−まともな日本人になることだ。戦後の私たち日本人は、余りにも祖国日本についての知識や理解を欠いてきた祖国の歴史や価値観に背を向ける教育のなかで、まともな日本人が育まれるはずがない日本の歴史を学び、日本文明を育んだ価値観を識ったとき、初めて、私たちは日本人としての自覚を持つことが出来る戦後、長きにわたって国家ではなかった日本に国家としての意識が生まれるとき、初めて、日本の再生が可能になる。再生を果たした日本の前にどんな問題が出来しようとも、日本と日本人は自らの力で問題を解決することが出来るのである。異形の大国の脅威にも、同盟国の方針転換にも動じる必要のない、賢く勁い国家になれるのである。だからこそ、今、日本人が日本人となり、日本国が国家となることが重要である。

 

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September 17, 2018

世界が羨む「日本の力」(1)「世界に教える日本」に〜鈴木孝夫氏著「日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論」

世界が羨む「日本の力」『歴史通』 2015年1月号 渡部昇一(上智大学名誉教授)鈴木孝夫(慶應大学名誉教授)

「世界に教える日本」に
鈴木 私は、まさにいまこそ日本的な文明を世界に広め、世界の危機を救うべきときだと思っているのですが、日本人自身にその自覚がない。それどころか、日本は“世界の辺境”だからという自虐的な史観がはびこっている。ーしかし、世界中どこへ行ったって、自分は世界の辺境の国民だなんて言う人は1人もいない
渡部 いわゆる“自虐史観”ですな。日本は歴史的に2回卑屈になった時代がある。国民すべてがそうだったわけではないけれど、明治維新のときと、今回の敗戦でね

鈴木 歴史というのは、結果が大事だと思います。どんなに善意でしたことであろうと、相手がそれによって傷ついたり不幸になったりしたのであれば、それは悪かったということになる。しかし、一方で多くの人が利益を得たという結果もある。大東亜戦争では日本が大敗したから、愚かで無意味な侵略戦争だったと批判する声が日本人のなかにも多いけれど、その評価を下す前に、あの戦争の結果として、世界の様相が客観的な事実として具体的にどう変わったかを知らなければなりません。たとえば、ーマレーシアの首相だったマハティール・ビン・モハマド氏などは「もし日本が戦っていなければヨーロッパの世界支配は永遠に続いただろう」と言っているし、「過去のことを謝り続けるのではなく、将来に向かって進むべきだ」とー諭しています

渡部 日露戦争も、それ以前400年続いていた白人至上主義の時代に終止符を打った世界史上の大事件でした。
鈴木 エジプトのガリ国連事務総長(第6代)は、日本に来るたびどんなに忙しくても必ず東郷神社にお参りしました。東郷平八郎元帥がロシアのバルチック艦隊を打ち破ったことが西洋主導の植民地主義の風向きを変えたんだと言ってね

鈴木 それからもう一つ、それぞれの民族とか国民、個人の立場によって歴史の解釈のしかたは無数にある。裁判だって、白黒つければ原告と被告のどちらかに必ず不満は残ります。どの国も満足するような客観的な解釈なんてものがあるわけがない。たとえば韓国の立場になればそれは言い分もあるだろうけれど、日本の立場だってある。相手の立場を認めないで一方的に全面否定する態度はそもそも常識がない。客観的にどちらが間違っているという議論は不毛ですよ。にもかかわらず、日本の高校の先生が生徒を韓国に連れて行って土下座して謝罪させるとか、非常識きわまりないことが行われている。

鈴木 私はNHKにもまだ韓国語の講座がないうちに、『朝鮮語のすすめ 日本語からの視点』(81年)という本を韓国語の先生と一緒にいち早く出しています。NHKは韓国と北朝鮮の両方に気を使って「韓国語講座」とするか「朝鮮語講座」とするか悩んでいたので講座がつくれなかった。あげくの果てに「ハングル語」なんてあり得ない言葉をつくり出しました。日本語を「かな語」というようなもので、意味をなさない。ー私が『朝鮮語のすすめ』を出したのは、かつては植民地だったかもしれないけれど、いまは対等の隣国なんだし、地政学的にも大切だから日本人も重要な外国語の一つとして学ぶべきだという考えでしたから、私は韓国にシンパシーを感じていたんです。だけど日本海を「東海」と呼べなんて、バカも休み休み言えですよ。だって彼らから見れば東でも、日本からみれば西でしょう日本にしたら使えないようなものをいまさら新しい地名として提案するのはあまりにも非常識だし、相手の立場に対する思いやりがなさすぎる。ー
渡部 大修館の『月刊言語』編集部でもえらく悩んでいました。それで、ぼくは「コリア語」というのを勧めた。
鈴木 それならいいですね。中国もシナと言ってはいけないのならチャイナと言えばいい。ぼくは「古代中国」という言葉を聞くたびにドキッとする。だって古代に中国はないわけですから。中国というのは65年しか歴史のない若い国です。その前は清であり明であり漢であり秦であって、中国という国はない「古代中国」というのは常識で考えておかしいというのが冷静な感覚でしょう。

 
渡部 ぼくは韓国について「植民地」という言葉を使うのは反対でね、「コロナイゼーション(colonization)」というのは植民地から収奪することです日本は逆に韓国に資金を出して支援しただから「合邦」、つまり「アネクセーション(annexation)」なんです
鈴木 たしかに、ヨーロッパ人は侵略した国の王家を徹底的に潰します。いちばんいい例がイギリスはビルマ王家を根絶やしにして男は殺し、女は売り払ったところが日本は韓国を併合して李王家に対して準皇族として丁重に扱った
渡部 李王の世子、李垠殿下には皇室から奥方を出していますしね。さすがに英語の文献では日韓併合には「アネクセーション」という言葉を使っていますイギリスのスコットランドとイングランドがアネクセーションであるのと同じですね。
鈴木 だから、歴史というのはなるべく異なった見解から多数書かれるべきで、自分はどこの国の人間で宗教はこうだから、こういう立場から書くと明確にしなければならない。日本人もそろそろ、「われかくのごとくに世界を見たり」という世界史を書いたほうがいい。かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代は日本の余った金でアメリカが買えるなんてつまらない話ばかりだったけれど、いまは世界を日本の目で見なければならない文明の転換期です。つまり「世界から学ぶ日本」が「世界に教える日本」に変わらなければならない。そのことを今度出した本(『日本の感性が世界を変える』)に書いたのです。日本のインテリにはまだ欧米志向、西洋を絶対的な基準としてものごとすべてを見る癖が根強いのですが。


日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論 鈴木孝夫/著 新潮社(新潮選書) 2014年9月
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十六世紀に始まる大航海時代以後現在まで、世界はあらゆる意味で西欧文明の主導する時代でした。ところがその時代が今まさに終わりを告げようとしています。それはこの人間中心主義(または人間至上主義)に裏打ちされた、理性と論理を極端に重視する西欧文明が、いろいろな点で行き詰まりを見せているからです。(p9)
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ハンチントンは、この日本文明には他の文明にはない際立った特徴があると言うのです。その特徴とは、日本文明だけが他のどの文明とも互いに共通する重要な文明の構成要素、すなわち宗教、言語、文化、民族、そして領域をもたず、こらら総ての点で日本がまとまっていることだと述べています。つまり日本文明は大きな文明ではあるが、孤立した文明だというのです。(p10)
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日本は長らく孤立していたがために、近代になって圧倒的な西欧文明の影響を受けたにもかかわらず、本来の古代文明の要素をも完全には失うことなく基層文化として残している、言ってみれば二枚腰の二重構造を持っている唯一の、しかも強力な文明なのです。この古代的な、人間と自然を対立した上下関係にあるとは考えない世界観の今日的な見直しを、私たち日本人が音頭を取ってどこまで世界に広めることができるかに、人類のこれ以上の暴走を食い止め、少しでも破局の到来を先送りできるかどうかがかかっていると私は考えているのです。(p12)
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その一つの回答がこれまで様々な文明の恩恵を受け、今や世界も羨む平和で豊かな先進国家となった日本、古代的な生き方の伝統がまだ残っている私たちの日本こそが、ものごとすべてを国と言う極めて人工的な単位、しかも人類の歴史から見てもごく短い伝統しかない考え方を絶対とする立場がいかに危険な誤れるものかを、世界に向かって堂々と公的に表明し、問題の解決を模索する道を先頭に立って切り開く努力をあらゆる面で少しずつでも始めることである。このような誰が見ても不可能に近い新しい生き方は、それに気付いた者が、その人のできる範囲で、倦まず弛まず声を大にして主張することから始めるほかはないと思う。私のこの小さな本は、すべての人はこれから単なる地球人ではなく地救人になるべきだという私の年来の考えを、言語生態学的な文明論のかたちで改めて世に問うものである。(p261)
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【目次】
序章 世界の主導文明の交代劇が今、幕を開けようとしている
第1章 全生態系の崩壊を早める成長拡大路線はもはや不可能
第2章 日本の感性が世界を変える―日本語のタタミゼ効果を知っていますか
第3章 鎖国の江戸時代は今後人類が進むべき道を先取りしている
第4章 今の美しい地球をどうしたら長期に安定して持続させられるか
第5章 自虐的な自国史観からの脱却が必要
第6章 日本語があったから日本は欧米に追いつき成功した
第7章 日本語は世界で唯一のテレビ型言語だ
第8章 なぜ世界には現在六千種もの異なった言語があるのだろうか


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July 04, 2018

中西輝政氏著〈 「ハンチントン理論」の衝撃〉

京都大学教授 中西輝政 「ハンチントン理論」の衝撃

 

明晰な分析で見通した「時代の直感」

 

サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」論が、1993の夏、初めて世界の論壇に登場したときの衝撃は、今でも忘れることはできない。個人的には、私自身が冷戦後の世界秩序のあり方について、似たような方向で考えを進めており、‐それをともかく一冊の本にまとめようとしていた矢先のことであった点も大きかった。

 

「文明の衝突」が衝撃的であったのは、その内容と議論の鋭角的な輪郭がもつインパクトであった21世紀の世界は、当時支配的な見方であった「グローバルな国際社会の一体化が進む」という方向ではなく、むしろ数多くの文明の単位に分裂してゆき、それらが相互に対立・衝突する流れが新しい世界秩序の基調となる、という彼の議論を雑誌『フォーリン・アフェアーズ』(93年夏号)で初めて目にしたとき、私は自分がそれまで考えてきた21世紀の世界像を、はるかに明晰かつ強烈に展開している「ハンチントン理論」の衝撃力に、"目まい"に似た感覚すら覚えたものであった。実際、正直いってそれは、「やられた」という気持ちであった。

 

まだ80年代の「国際化」とバブル気分の余韻が残っていたこの時期の日本では、「ベルリンの壁」の崩壊と冷戦の終焉は、市場経済と民主主義がのっぺらぼうに世界をおおい文字通り「一つの世界」が現出する時代が来た、という"新株序"イメージを人々が素朴に信じていた時代だった。しかし、現実にあらわれつつあった世界は、民族や宗教の違いに根ざす、かつてのイデオロギー対立よりもはるかに鋭く根深い対立が多くの地域紛争を引き起こしつつある世界であった。しかし実は、この調和と安定を強調する「イメージ」と、他方で目の前に現われつつあった「新しい現実」との狭間ですでに人々は当惑し始めていたのだが、そのことを明確に説明してくれる体系だった議論は、当時世界を見わたしてもほとんどない状況であった

 

本来、学者というものは、一つの理論を提示するとき、何らかのインスピレーションを内に秘めつつも、数多くの事実やデータをつき合わせ長期にわたる自己検証を経て、しかるのちにそれを世に問うものである。また、そのときでさえ、自分が提起しようとする理論が、世の中の一般的な見方、既存の価値観や評価の基準に照らして、果してどう位置づけられるのか、といった「俗事」にとらわれやすい。日本の学者や評論家にはとくにこの後者の傾向が強い。「文明の衝突」論も、駆け出しの、あるいは新進気鋭の学者によって唱えられていたら、その衝撃力も限られたものであったろう。しかし、多くの人々が内心で「もしかしたら、今後の世界はこれまで鳴りもの入りで言われてきたバラ色の"新株序"ではなく、何かもっと深いマグマが噴き上げてくるようなものになるのではないか」と思い始めていた丁度そのときに、アメリカを代表する国際政治学者として、あのキッシンジャーと並び称されてきたハーバードの代表的知性の一人、サミュエル・ハンチントンがまさにズバリとこの間隙を突いたのが、「文明衝突」論であった。93年夏という時点で、人々の何とはなしに感じ始めていたこうした「時代の直感」を、余すところなく、おそらくは120パーセントの明晰さと踏み切りの良さでもって、世界に問うたのが先の『フォーリン・アフェアーズ』論文だったのである。

 

「ピルグリム・ファーザーズ」=アメリカを体現する理論家

 

ハンチントン教授が、なぜ世界に先がけてあれほど体系だった形で文明衝突論を唱えることができたのか。それは国際政治学者としての卓越した洞察力とキャリアもさることながら、すでに冷戦終焉にはるかに先立つ時期から、世界秩序の底流に見え始めていた「新しい現実」にいちはやく目を向ける大きな視野の研究に教授が携わってきたことが大きかったように思われる。70年代末から彼は、世界における民主化の趨勢の実態とそれが世界秩序に対してもつ意義について、各地域・各国、あるいは各個人の中に生じている現実の価値観や精神構造の変容を具体的に追う作業に従事していた。

 

80年代半ば、いまだベルリンの壁が厳然として存在していた頃、アメリカ留学中だった私は、米国の国際政治学者や思想家の中でも、とくに洞察力に秀れた深い学識をもつ人々は、すでに冷戦を超えて21世紀を見通すような視野をもって、マクロ的な世界秩序の変容の方向を探り始めていることを知り驚かされたものである。実は、日本人の多くのように、「冷戦が終わってから、冷戦後の世界を考え始める」のでは、すでに認識上の"敗者"となることが運命づけられていた。いわんや、「冷戦後の世界は、平和と協調の時代となり、軍事力や国家というものがその意義を失う時代となる」、といった戦後日本的な"ユートピアニズム"が改めて唱えられていたわが国の知的風土ではとても歯が立つわけはなく、この10年余り21世紀の世界像について、くりかえし日本の認識と対応が混乱を重ねてきたのも必然といえた。

 

しかし「ハンチントンの衝撃」が世界的にもあれほど大きかったのは、彼が戦後のアメリカを代表するような国際政治学者の一人であると共に、アメリカの知的社会においても「主流中の主流」と見られてきた、いわば"大御所"的な権威を帯びた知識人であったところが大きい。実際、彼は17世紀初頭、東部イングランドからマサチューセッツヘ初めて移民した「ピルグリム・ファーザーズ」と呼ばれる人々の中に直系の先祖をもつ、いわば「アメリカ」を体現するような家系の出身でもある若くしてハーバードの俊秀として将来を嘱望される学者としてのスタートを切り、朝群戦争・ベトナム戦争を現地で体験し、またケネディ政権とカーター政権においてはホワイトハウスで外交・安全保障の政策立案に携わった経歴をもつ、いわばアメリカの「国家戦略」を生涯のキャリアとしてきた人物でもある。当然、多くの著作を刊行してきたが、若い時期に出した『軍人と国家』(1964)は、民主主義において政治家が軍部をどう動かしてゆくべきか、いわゆるシビリアン・コントロールについて考えるときの古典的書物の筆頭につねに挙げられてきた

 

皮肉な結論 − F・フクヤマ理論を超えて

 

このような、名実ともにアメリカ国家と社会の"主流中の主流"に属するハンチントン教授が、21世紀の世界は、民主主義によって一つの世界が生まれるのではなく、数多くの文明間の違いに起因する、分断された世界になろうという、およそ「非アメリカ的」な世界像を、しかもあれほど突出した形で切り込むように世界に提起したことに、欧米世界では多くの人々が驚いた。


あの『歴史の終わり』を著わし、ベルリンの壁の崩壊に先立って、冷戦後の世界のあり方をいちはやく世に問うた、同じくアメリカの国際政治学者で思想家のフランシス・フクヤマを知る人々はわが国にも多いだろう。フクヤマは、21世紀の世界は、グローバルに民主主義と市場経済秩序が定着し、もはやイデオロギーなどの大きな歴史的対立がなくなる"歴史の終わり"という時代となろう、と予言したが、この世界ヴィジョンこそ、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」が世界を覆うという、典型的な「アメリカ的世界像」を描くものであった。

 

つまり、大変皮肉なことに、日系三世のフクヤマがもっとも「アメリカ的」な世界像を唱え、ピルグリム・ファーザーズ直系のニュー・イングランド人(典型的アメリカ人)のハンチントンがもっとも「非アメリカ的」な世界像をそれぞれ世界に提起したわけである。一体、この「皮肉」は何に由来しているのであろうか。私の見るところ、これは決して個人的な次元に帰し得ない、21世紀のアメリカと世界に関わる本質的な問題を内包するもののように思われる。少なくとも、ハンチントンの「文明の衝突」理論を読み解くもっとも重要なカギの一つが、ここに潜んでいるように思われるのである。

 

「文化多元主義」とハンチントンの視点

 

本書の最後の部分にある「文明の共通した特性」(邦訳書『文明の衝突』集英社刊では、第5部第12)の個所に出てくる次の部分は、このことを考える上で大変、示唆的である。

「アメリカには国内で多文化主義(アメリカは西欧文化の国と考えるべきではない、という主張。以下カッコ内は中西注)を奨励する人もいれば、海外での西欧文化の普遍性を説く人もあり、両方を主張する人もいる。国内での多文化主義はアメリカと西欧をおびやかし、海外での普遍主義は西欧と世界をおびやかす。両者とも西欧文化の独特な特性を否定している。世界的な単一文化を唱える人びとは世界をアメリカのようにしたいと思い、国内の多文化主義者はアメリカを世界のようにしたいと思うのだ。(しかし、)多文化的なアメリカはありえない。というのも、非西欧的なアメリカはアメリカではないからだ。(また)世界帝国がありえない以上、世界が多文化からなることは避けられない。アメリカと西欧(の覇権)を保持していくには、西欧のアイデンティティを一新する必要がある。世界の安全を守るには世界の多文化性を認めなくてはならない。」

 

ここから読み取れることは次の二つである。第一は、アメリカを多文化社会にしてはならない、ということ。第二に、アメリカと西欧は、世界を多文化的な存在(つまり多くの文明から成るということ)として認め、決して単一文化(つまり西欧的文化)に染め上げようとしてはならない。もしそうすれば、今後も保持してゆかねばならない欧米の、あるいはアメリカの世界におけるリーダーシップ(ないしは優越した地位)が、むしろ早期に覆される危険が生じる、ということである。

 

今日、アメリカで言われる「文化多元主義(マルチ・カルチュラリズム)」あるいは「多文化社会」論というのは、アメリカという国の文化は、決して単一の西欧(あるいは白人)文化に限定されてはならず、黒人、ネイティブ・アメリカン、ラテン系アメリカ人、アジア系(あるいはユダヤ系)その他の、非西欧文化もそれぞれ西欧文化と対等の存在としての地位を認められねばならず、言語や歴史、その他社会全般に関わる認識や教育、公共政策の方向もそれを助長させるものでなければならない、という主張である。

 

この主張の影響力は日本にいるとわからないが、アメリカでは近年ことのほか強まっており、大学や知識人社会ではもはやそれに疑問をさし挟むことさえ難しいほどの、知的・社会的拘束力をもつものとなっている。それゆえ、本来の意味で良心的な学者は、たとえばアメリカの歴史が、学校ではコロンブスのアメリカ発見ではなく、ネイティブ・アメリカンのアメリカ大陸定住から延々と説き起こす形で教えられ、「白人の侵略」といった言葉や、「英語以外にも国語の制定を」といった運動が市民レベルでも大手を振ってまかり通る、という現状に不満と懸念を深めてきたのである。なぜなら、それはアメリカの社会を分裂と混乱に向わせ、アイデンティティの一大喪失を招くことが、洞察力のある人なら誰の目にも明らかだからである。

 

この点についてはすでにわが国でも話題となったアラン・ブルームの『アメリカン・マインドの終焉』(みすず書房)や、本書の中でハンチントンも度々引用している、アーサー・シュレジンジャー・Jr.の『アメリカの分裂』(岩波書店)などが、危機感をもって取り上げてきたところである。実際、現代アメリカのどんな事象を観察する際にも、この「文化多元主義」vs.「西欧アイデンティティ論」という対立軸をつねに意識して見てゆく必要がある、といっても過言ではないほど、この「軸」がアメリカ人の意識を強く拘束している。

 

 

「日本の選択」と「ハンチントン理論」

 

国家戦略論としての「文明の衝突」理論

 

このように見てくると、ハンチントンが「文明の衝突」理論を唱えた真の動機が明らかとなる。

 

その第一は、アメリカと西ヨーロッパを単一の文明共同体として強調し、それが世界で他の文明と対峙し、衝突の危険さえ潜在していると説くことによって、米国内における「西欧アイデンティティ」論の大切さに目を向けさせ、大きな視野から文化多元主義に対抗する拠点を人々に提供するという狙いである。

 

第二に、世界には西欧文明とは根本的に異なる多くの文明が互いに分立・対峙している姿を説くことにより、アメリカ人に対し、世界の中で現在の西欧が依然として保持している相対的な優位と覇権(ないしリーダーシップ)を守るためには、西欧文明を「普遍」と思い込んで世界に押しつけていってはならないと訴えるのである。なぜなら、その場合、「西欧」は世界中を敵に回し、本来ならもっと長続きしたはずの「西欧の優位」を早期に失うことになる、と考えるからである。

 

そこでの「西欧」の、世界に対するあるべき対し方は、非西欧世界の中に根深く存在する諸文明間の分裂と対立を視野に入れ、「西欧vs.非西欧」の対立軸を避けつつ、いわば非西欧世界を「分割統治」しうる、という可能性をつねに模索するようアメリカ人に訴えるもの、といってよいかもしれない。このようにして「西欧の優位」という一点において、上述の第一と第二の点が見事に収斂してくるのである。まことに見事な国家戦略論と言う他はない。

 

日本人とハンチントン理論の価値

 

このように見てくると、もしかすると、非西欧世界の一員でもある我々日本人としての立場からは、一体どのようにハンチントン理論をとらえ、評価したらよいのか、という新たな戸惑いが生じるかもしれない。しかし、私自身の立場はきわめて明瞭である。それは、我々はハンチントン理論を、知的業績として高く評価しうるし、全体としてその訴えるところに深く耳を傾けるだけの価値をもつものであると同時に、現代の日本人にとって、きわめて重要な意義を有するもの、という評価である。

 

まず何をおいても、本書で、あるいは彼が自らの理論を最も広汎に論じ尽した『文明の衝突と世界秩序の再編』(邦訳『文明の衝突』集英社刊)において取り上げ、論証しているところが大筋において学問的に適格かつ公平であり、同時にしばしば深い知的洞察に溢れたものであるからである。さすがは世界一流の政治学者、文明論者、として頷かされる個所に随所で出会う。

 

第二に、これだけの権威が、これほどの素直さで欧米から見た「世界の実相」を語る書物は近年珍しく、とかく日本国内で建前的な議論や非現実的な世界観しか与えられない日本人の読者にとって、「世界の実相」、とくに欧米の主要なリーダーが本音に近い部分で世界をどう見ているかを知る上で、本書は誠に貴重な一作であるといえよう。おそらく上述のように、アメリカ国内に残存する奇妙な理想主義者の陣営に論争を挑み、「アメリカのアイデンティティと大きな国益を守らねば」、というハンチントンの使命感と危機感が、このような例外的に率直な叙述を引き出したのであろう。また、エコノミストの発言力が強い日本の知的社会では、経済人を中心にバランスを失した「グローバリズム」論によって歪んだ世界観に陥っている日本人が多い現状を考えれば、「文明の衝突」論は、きわめて健全なバランス効果をもつはずである。

 

第三に、ハンチントンは、トインビー、シュペングラーといった文明史の代表的論者が繰り返し強調してきた、日本文明の独自性に関する議論を踏まえて、日本の文明的アイデンティティがきわめてはっきりとしたものとしてあり、それは中国文明(本書では中華文明)を始めとする他のアジア文明とは全く異質の、それ自体独立した一個の大文明(西欧、イスラム、中華など他の諸文明と並立するという意味で)である、という見方をしている点である。これは一日本人として私自身がこれまで研究してきた結論と一致している。

 

戦後の日本人にとっては、「日本独自の文明など、果してあるのだろうか」という疑問が先に立つほど、我々は「日本」についてネガティブな感覚に浸ってきたところがある。また、「戦前の日本で唱えられたような危険な"一人よがり"につながるのでは……」といった非歴史的な決まり文句もつぶやかれるかもしれない。しかし、この見方はハンチントンだけでなく、西欧の文明史論者がつねに言ってきたところなのである。「日の丸・君が代」の論争の中でも見られたように、戦前や戦争中に存在したものは全て軍国主義につながるもの、といった極端な自己否定、アイデンティティ否定は、本来、人間性から見てきわめて不自然なものであっただけでなく、知的・学問的に見てもきわめて不正確なものであったと言わなければならない。おそらく、戦後世代が作り出した現代日本をめぐる倫理的・精神的混乱や教育の荒廃の根源は、ここにあったのかもしれない。‐今日、新たな歴史資料の発掘から、戦後のアメリカの占領政策に対して、日本の文化的伝統を余りにもドラスティックに破壊し過ぎるとして、これを「不当」とする見方を堅持していたアメリカの知識人が思いのほか多かったことがわかってきた。その意味で、これは「ダグラス・マッカーサーが犯した誤ちを、サミュエル・ハンチントンが正している」という見方すらできよう。

 

第四に、ハンチントン理論が日本人にとってもつ意義は、21世紀の日本が、アジアと世界において、とるべき重要な指針を我々に示唆している点である。それはひとえに中国をどのように見て、これとどう対すべきか、という点に収斂する。

 

「日本の選択」としての「文明の衝突」論の意義

 

私自身とハンチントンとは、中・長期的な中国の将来像については大きく見方を異にする。‐ハンチントンは全体として中国は今後も安定して経済の急速な成長を続ける、という見方に傾いているが、私は長期的に見て中国という社会は大きな変動に直面し、「21世紀の超大国」の座を現実のものとする可能性はまずないであろうと考えている。この点についてもここで詳細に展開できないのは残念だが、21世紀に入ると時間が経つにつれ「分裂する中国」という文明史的特質が浮上してくるはずである。

 

しかしそれまでの間、日本と世界は「膨張志向」が強く残っている現在の中国に対処する必要、という現実的課題に直面しつづけることもたしかである。とりわけ近年の中国が、経済の発展が減速し始める中で突出した軍事増強路線を続けており共産党の独裁体制が続く限り、どうしても性急なナショナリズムやアジアの覇権に手を伸ばそうとする志向はなくならないことがはっきりしてきた日本にとっては、同じ"覇権主義"であっても、このような未成熟で「粗野」な「覇権」よりも、アメリカの成熟し経験済みの「覇権」の方が、誰が見ても相対的には好ましいはずである。しかし、そのとき、「日本はアジアの友を見捨て、西欧の味方をするのか」という、元来誤ってはいるが、どうしても"直き心"あるいは「実直なる日本人」(司馬遼太郎氏の表現)の心の琴線に触れる問いかけが起るかもしれない。しかしこれに対しても、日本人が自信をもって返答でき、文明のアイデンティティと大きな国益が両立する「日本の選択」のあり方を示唆している点で、ハンチントンの示す道は、21世紀に入っても当面、日本人にとり大きな意義をもつものであることは間違いないであろう。



togyo2009 at 01:56|PermalinkComments(0)