民主党政権

April 30, 2018

【国家基本問題研究所】直言(2)「自民惨敗、民主圧勝」の後にくるもの 遠藤浩一 2009.08.31

「自民惨敗、民主圧勝」の後にくるもの 遠藤浩一 2009.08.31

https://jinf.jp/weekly/archives/1313


民主党は圧勝し、自民党は壊滅的敗北を喫した
。わが国は、かつて経験したことのな
い政権交代劇に直面することとなる。それも、有権者自身の意思によつて。 −今回の自民党惨敗も、言つてみれば、「現職」に対する不信任である。実績の否定であり、その実績を前提として引き続き政権を委ねることへの拒否である。

 

●「実績」否定、「未知」を選択

高度成長期の日本は、冷戦構造といふ国際環境の中で、安全保障については米国に依存して専ら経済成長にエネルギーを集中でき、そこで得た富の再分配を政治の基本的な仕事としてきた政治はしだいに弛緩し、対立と馴れ合ひを組み合はせた国対政治が定着する一方で、官僚主導システムも形骸化していつたもちろん評価すべき点もあつたが、冷戦構造が崩れ、国際環境が激変したことによつて従来のやり方では対応しきれなくなり、それらの是正は回避できない課題となつた。要するに構造改革が求められたのだが、それは経済社会や地方分権にとどまるものではなく、国防・安全保障や教育も含めた、国家の再生を実現する包括的なものでなければならなかつた

 

ところが自民党はこれを矮小化して「小泉改革」なるものを進めた必ずしも日本発ではない経済金融危機にも見舞はれた結果として「痛み」が拡大し、国民は自信を喪失し、その目には自民党の「実績」が色褪せて映るやうになつた。そこで有権者は民主党の胡乱な政策については目を瞑つむり、‐政権交代を実現させることにした。過去の実績のうちに国家再建の可能性を見出せなかつたので、新奇なものに縋がつたといふのが、今回有権者が取つた行動である。‐今回の有権者の選択の是非は歴史の評価を待たなければなら ない。

 

●民主人気はバブル

政権交代を意義あるものにするには、民主党は自民党を超えた理念と政策を提示しなければならない。しかし、民主党が示してゐるのは、歪な「成長無き再分配」政策等でしかないし、国家再生への構想力を決定的に欠いてゐる。彼らはただ、自民党ではな いといふ一点――「反自民」に存在理由を求めてきた。といふことは、今回自民党が崩れたことによつて、民主党は、これまで頼つてきた支へ棒を失つたのである。バブルが はじけるのは、時間の問題だらう。(了)

 

 

2014.1.3【正論】年頭にあたり 「観念的戦後」に風穴開けた参拝 □拓殖大学大学院教授・遠藤浩一

https://www.sankei.com/politics/news/140103/plt1401030009-n1.html

旧臘、テレビの報道番組で民主党の前原誠司元代表が妙なことを口走っていた(12月9日放送のNHKニュースウオッチ9)。‐曰く、安倍晋三内閣は観念的保守で自分は現実的保守だ、政界再編は観念的保守の自民党と現実に根ざした保守勢力を対立軸にしていくべきだ、云々)。失笑した。‐

 

 ≪前原氏の「色分け」に失笑≫

日本維新の会や結いの党との連携を睨んで、安倍政権との違いを際立たせたいがための発言なのだろうが、言葉は正しく使ってほしい。‐いうまでもなく、政治とは現実との格闘である筆者の見るところ、安倍内閣及び自民党はひとつひとつの政策を現実的に、かつ慎重に進めている。‐そもそも保守という立場について「観念的」とか「現実的」と形容して分類すること自体、観念の遊戯に淫しているといわなければならない。

 

おそらく集団的自衛権行使やその先に待っている憲法改正など、これまでの自民党政権やそれを小粒化した民主党政権が成し得ず、提起することさえしなかった、(前原氏から見れば)現実的とは思われないような課題を目標に据えている点をとらえて、「観念的」と揶揄してみたのだろう。‐してみれば氏の掲げる現実主義とは、現実を修正不可能なものとし、その歪みや欠陥を是正するなどもってのほか、長いものには巻かれろという立場のようである。仮にそうであるならば、「現実に根ざした保守」は彼にとって自己否定のスローガンとなる。外交安全保障について、氏は「自立と協調」「アメリカを中心に他国と協調。ただし、自分の国は自分で守る」(同氏HP)としているが、政治家としてこうした観念を政策として実現するには現実の歪みを是正する意思と行動が求められる。

 

 ≪憲法改正は今や現実的課題≫

米国と協調し日米同盟をより強固なものにするにあたって集団的自衛権行使は避けられないし、自立し自分の国を自分で守るようにするには、現行憲法の見直しは必須の現実的課題となる。一方、外国の顔色を窺って英霊を蔑ろにするようでは自立どころか、自壊を待つのみだろう。今でこそ首相が先頭に立って憲法改正の必要性を主張するようになったが、しばらく前までは閣僚が憲法の欠陥や改正の必要性を口にすれば馘首される時代が続いた。

 

昭和55年、奥野誠亮法相が憲法改正に言及して鈴木善幸首相に更迭されるということがあった。この時、現実主義を標榜する某国際政治学者は、政治家は向後10年間、憲法論議を棚上げにすべきだ、不愉快でも沈黙し、なすべきことをなすのが政治家の倫理である、と託宣した。憲法の改正は国会で発議することになっているのに、国会議員が議論を禁じられたら、誰がその職責を果たすのか、それこそ政治倫理にもとるではないかと、学生の身でも疑問に思ったものだ。この時、福田恆存は痛烈に批判した。政治学者はどうしたらいいのか、批評家はどうしたらいいのか、いくら御用学者となろうとも、言うべきことは、はっきり言わねばならない、と。

 

 ≪現状肯定の罠に嵌まるな≫

そのさらに十数年前の昭和42年福田と三島由紀夫が対談で、この問題について論じている。三島が「現実主義と現実肯定主義はすぐくっついちゃう」と指摘すれば、福田は「現状肯定、現状維持の現実主義者というのも、実は一種の観念論なんだよ」と返す。「現状のままで自衛隊合憲説を唱えていると、はじめのうちは嘘と意識していても、そのうちに本当にそんな気になってしまう」(『文武両道と死の哲学』)との福田の発言には、今日も重みがある。とすると、世の中は変わってはいないということになる。

 

いや、世の中は変わったのに、ちっぽけな現状肯定主義に取り憑かれた前原氏らが取り残されているだけなのかもしれない。変化に追いつけない連中が連合しようが新党を作ろうが、そんなものは放っておいて現実の政治が粛々と進んでいくのなら、それでいい。民主党政権という悪夢のような現実を清算し、安倍政権が誕生て1年。堅実かつ大胆な運営で相当の成果を上げているが、安倍首相の真の目標は憲法を正して「戦後」に終止符を打つことにある筈このすぐれて現実的な目標を達成するには、粘り強さと周到さが求められる。そして現実主義と現実肯定主義を峻別し、後者の罠に嵌まらぬよう注意することだ。

その意味で、首相の靖国神社参拝は観念化した「戦後」から脱却するための大きな一歩といえる。



大道無門・遠藤浩一氏、h240407放送分・
Buster21

2012/04/08 に公開

主権回復60周年記念の年を迎えて、世の中の無関心さに不気味な静けさを痛切に感ずる。

隠されてる歴史の真実 日本文化チャンネル桜 大道無門 渡部昇一先生 元民主党遠藤浩一氏 サンフランシスコ講和条約 日本社会党 密入国者 武装大ギャング 日本共産党 朝鮮人 韓国人 朝鮮進駐軍 占領軍 朝鮮人連盟 韓国居留民団 戦後三大騒乱事件 略奪 強姦 不法占拠 ヤミ商売 不法利益 敗戦利得 国賊売国奴 スパイ 工作員



togyo2009 at 02:19|PermalinkComments(0)

April 08, 2018

【討論!】表現者スペシャル「戦後保守の意味を問う」[桜H23/10/15]







2011/10/14 に公開

表現者スペシャル「戦後保守の意味を問う」

パネリスト:
 正津勉(詩人)
 杉原志啓(音楽評論家・学習院女子大学講師)
 富岡幸一郎(文芸評論家・関東学院大学教授)
 西部邁(評論家)
 松原好之(小説家・神奈川歯科大学客員教授)
 三浦小太郎(評論家)
 安岡直(秀明大学准教授)
司会:水島総

※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。
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togyo2009 at 11:06|PermalinkComments(0)

January 28, 2018

西部邁氏に学ぶ(1)生まじめな戯れ 価値相対主義との闘い〈【討論!】 表現者SP 「危機を乗り越えるための智恵」〉

西部氏著「生まじめな戯れ―価値相対主義との闘い (1984)は、週刊『エコノミスト』誌に19834月から1年間連載された「西部邁のスクエアガーデン」を収録したエッセイ集のようなものであり、第6回(1984年)サントリー学芸賞・社会・風俗部門受賞を受賞しています。

 

このスクエアーという表現には,イギリス的なコンペンション(習慣)とトラディション(伝統)を重視する姿勢が込められている。さらにスクエアーということには,言語の四次元という氏の分析視角があらわされいる。つまり生者と死者の二次元的様相を組み合わせたものとして,生者は意味・価値を“表現”し、“伝達”し、死者はそれを“貯蔵”し“尺度”している(西部邁氏著「大衆の病理」日本放送出版協会 1987, 178~181)

 

相対するものの場(庭)から「生まじめな戯れ」として、そして「価値相対主義」として相対するそれぞれに言葉を伝えているのです。

ここが「朝まで生テレビ」で30年前から氏の言論を存じている者として、私の拙い知能では吸収しにくい所でもあったのですが・・英語と日本語の相対、または先人(多くは欧米の思想家)の言葉の解釈にこそ、西部氏の言論の術があったのかもしれません。

また、日本と米国という相対に目が行き届くからこその反米姿勢とみれば、西部氏の保守の立場(真髄)がしっかりと伝わってきます。

 

2018123 追悼 西部邁さん 価値の相対主義と一元化に抗し続けた人 三浦小太郎(評論家)

https://www.yamatopress.com/social-issues/28879/

西部邁氏が自ら命を絶った。「戦後」と生涯をかけて戦い続けた人だった。単に左翼とだけではない。西欧近代が生み出した世界の一元化と、それと同時に生じた価値相対主義(この二つは矛盾しているようで表裏一体のものなのだ)、この二つに、おそらく少年時より本能的に反発を感じ、この潮流は、人間が「文明」として作り出してきた伝統と歴史をすべて破壊してしまうことを絶望と共に受け止めていた人だった。

 

【目次】

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蟻の実学

ヘルメスの導き

驕れる世論

5割の性悪

日本主義

相関社会科学

反語的精神

技術ぎらい

民衆の支配

誘拐の論理〔ほか〕

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ひとつひとつの文章の表題に至るまで、相対の在る言語として伝わってきませんか?

そうなると「生まじめな戯れ」「価値相対主義との闘い」という表紙の言葉がより一層の重みを増してきます。

ます、西部氏は言葉をとても大切にしている、もっと言えば保守(革新保守)として日本語を愛でているのではないでしょうか。

30年前、「朝まで生テレビ」で日本人だったか日本民族だったかの範疇を問われ、「日本語を話す(愛でる)者たちである」と答えたことを今も覚えています。

 

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あなたの専門はなんですか、とよく聞かれる。ここ五年ばかりは専門知の退潮いちじるしいものがあるので、さすが、他人の専門をせんさくするものは少なくなったが、それでも、専門不明の人間は周囲にいくばくかの不安を与えずにはすまないようである。私は、厭味にきこえるだろうことを覚悟のうえで、専門をなくすのが私の専門です、と答えることにしている。

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手段的な効果よりもむしろ目的に関する解釈や創造に積極的に関わるのが知識人である。したがって知識人の無能力は、手段面において技術者に遅れをとっているという点に求められてはならない。目的つまり価値の問題を有効に提起し得ないからこそ、知識人は今や侮蔑の対象となってしまっているのではないか。

 

知識人は祭と政とからの自律性を獲得するために、価値相対主義の立場に立たなければならなかった。教会と国家による価値絶対主義は、ひとたび自由に目覚めた知識人にとって、許容しうるものではなかったのである。

 

知識人は相対主義を奉じ、科学や思想の名において自己を極大化してきたが、それに応じて価値の世界が狭くなってきたのではないか。「人間は自分自身を疑ってしかるべきだった。しかし、真実を疑うべきではないはずだった(チェスタトン)」という文句は知識人にまっすぐ向けられている。

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【討論!】 表現者SP 「危機を乗り越えるための智恵」 [桜 H21/3/5] 

SakuraSoTV



togyo2009 at 15:31|PermalinkComments(0)