1974-2199 宇宙戦艦ヤマト とはず語り

宇宙戦艦ヤマトにまつわるよしなしごとをそこはかとなく書き綴っています。

あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。今年はもうちょっとまじめに更新したいと思います・・・。がんばります。


今年の年賀絵はこちら。 

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戌年ということで、わんわん・・・。

そんなわけで、今年もよろしくお願いいたします。 

早いものでもう年末。明日は冬コミ一日目なんですね~。一年なんてあっという間。ほとんど更新しないうちに2017年が終ってしまおうとしています。

個人的には今年もいろいろありました・・・。
いや、今年を振り返ってる場合じゃない。コミケですよ、冬コミ。

今回も大和川はmegarさんのご好意でサークルFreeSentenceにてペーパーを配っていただくことになりました。

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          FreeSentense 12/30(土)東E28a にて配布です!

今回はSS書きました。山本と篠原の短いお話。よかったら読んでやってくださいませ。

もうひとつ、ヤマトとは関係ないのですが、いつもお声をかけてくださるKIYOさんのサークルKIYO CLUBの新刊横山光輝本に寄稿させていただいております。

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        KIYO CLUB12/30(土) 東と11a さんの新刊にお邪魔しております。


なぜ、私にお呼びがかかるのかまったく謎の企画本なのですが、私以外は豪華な執筆陣ですので、気になる方はぜひお立ち寄りくださいませ。

さて、大掃除とお節作りが終ったら、年賀イラストでも描きますかね!(ネタは決まった)

もしかしたら年内最後の更新になるかもしれないので、いちおうご挨拶を。

皆さん、よいお年を!



「宇宙戦艦ヤマト」のSF設定にかかわった作家の豊田有恒さんがヤマト制作にまつわる暴露話を本にまとめている、という話は、私の記憶違いでなければ、かれこれ10年以上前から聞こえていたように思う。その出版がいつのことになるのか、何の音沙汰もなく半ば忘れかけていたころ、祥伝社新書より刊行されたことを、SNSで知った。松本零士先生のイラストの入った帯に惹かれたこともあり、購入を決意。読み始めると、あっという間に読み終えてしまった。


 

「宇宙戦艦ヤマト」といえば、アニメファンでその名を知らない人はいないであろう、国民的アニメである。1974年(昭和49年)に放送が始まったいわゆる「旧作ヤマト」の本編を見たことがなくとも、主題歌のメロディーくらいは誰しも聞き覚えがあるはずだ。甲子園では高校野球の応援曲として毎年のようにどこかの学校が演奏し、小学校では器楽合奏を講堂で発表したことがあるという人もいるかもしれない。2012年からは装いも新たに生まれ変わったリメイク版のシリーズ「宇宙戦艦ヤマト2199」の成功も記憶に新しい。「ヤマトがなければガンダムもエヴァンゲリオンもなかった」と言われるが、その言葉が決して大袈裟なものではないことが、本書を読めばわかる。ヤマト誕生から深く企画に携わった豊田さんにしか言えないこと、見えないことがたくさん詰まっている。
 ヤマトのファンとして、最初の放送時以来40年を超す年月にわたってその浮沈を見守り続け、手元に資料を集め続けた古株ファンの私でも知らなかったことが書かれていて、それだけでも興味深かった。もちろん、「ここに書かれていたことはなんら目新しいことはない」といったディープなファンもいることだろう。だが、本書は「ヤマトについて目新しい事実に出会うこと」よりも、「ヤマト」という作品が、ほぼほぼ奇跡のようなタイミングで世に出たのち、低視聴率にも拘らず再放送を機にファンの熱烈なラブコールに押されて70年代アニメブームの牽引役として社会現象を引き起こすまでに至る経緯を、現場の中心にいた当事者でなければわからないリアリティでもって、語りつくされていることに目を見張るべきだ。そして、「柳の下の泥鰌」を追い続けたが故の凋落。権利関係をめぐるいざこざ。それは、稀代の怪物プロデューサー西崎義展氏の存在抜きにしては語ることはできないし、彼の人物的評価とヤマトの作品的価値がほぼシンクロしているというファンとしてはあまり喜べない事実と向き合うことでもある。
 豊田さんにしてみれば、西崎義展という人物との出会いはほぼ「人災」と言ってもいいようなものだったかもしれない。人たらしで身勝手で、儲けた金はぜんぶ俺のもの、趣味と女と実りのない企画に費やしたと豊田さんは語っておられるが、ヤマトのファンに対する面目の施し方も並ではなかった。現在当たり前のように行われているアニメのキャンペーンやイベントの数々は、70年代のヤマトブームの際、西崎氏が先鞭をつけたといっていい。ファンの気を殺がないための先行投資といってはそれまでだが、採算を度外視したファンサービスはほとんど魔法のようにファンを魅了した。アニメのプロデューサーとして、あれほど真正面からファンに向き合った人はいるだろうか、と私は今でも思う。
 ヤマトを語ることは、西崎氏について語ることと、80%くらいは同じではないかと思う。好むと好まざるとに関わらず、それは仕方がないことだ。西崎氏の気まぐれと横暴に振り回されながらも、「今度のヤマトを 手伝って欲しい」と電話が入ると、ついつい断れない豊田さんに、なにか微笑ましいものを感じてしまう。なんだかんだいって、豊田さんはヤマトがかわいくて仕方がないのだ。目鼻が付く前からの、「ヤマト」という名前が付く前からの『ヤマト』に深く関わった豊田さんなればこそ、ヤマトに対する深い愛情がひしひしと伝わってくる。
 思えば、西崎氏自身がいちばん「ヤマト」に翻弄された人間ではなかったか。
 多くの人間を巻き込み、輝かしい一時代を築いたかと思うと、転落と汚辱にまみれながらもたびたび復活を遂げる不屈の艦(ふね)。
 つくづく「ヤマト」というのは魔性の艦だと思う。
 西崎氏の「クリエイターをないがしろにする」といった姿勢も、もしかしたら、自らが「クリエイター」たりえないことを知りながら焼け付くような憧れを持っていた裏返しだったのでは、と思えてくる。クリエイターとは創造主、すなわち「神」である。ヤマトには西崎氏と松本先生、として豊田さんという三人の「神」がいた。西崎氏がヤマト以外の企画にたびたび手を染めてはみるものの、どれもうまくいかなかった。それは「ヤマト」が自分の力だけではここまで成功しえなかったことを 、心の中ではわかっていたからではないかと、勝手ながら想像する。とはいえ、西崎氏がヤマトの生みの親の一人であることは間違いない。だが、それはクリエイターとしての仕事ではなかった。そうなりたかったという渇望だけが、彼を突き動かしていたのではないだろうか。
「ヤマト」という魔性の艦が導いていったその先には、なにがあったのだろうか。
 松本零士先生と西崎氏の権利関係を巡るいざこざでは、豊田さんは結果的に松本先生側に立たれた。それは西崎氏の「クリエーター軽視」の姿勢に対する異議申し立てであった。ヤマトを作ったのは誰か。豊田さんは「おおよそ松本零士原作といい続けて」おられる。(「おおよそ」に傍点)。 なにしろ戦艦大和から造形とネーミングを、登場人物では沖田艦長や古代進、森雪といった魅力的なキャラクターを造形し、「ヤマト」を目に見える形に作り上げた最大の功労者なのだから、考えるまでもなくヤマトという作品の大部分は松本先生に帰属する・・・。とはいえ、その企画の原点は西崎氏が温めていたものだ。法の判断が下され最終的に西崎側に権利が確定したわけだが、ファンとしては生みの親たちが争う姿を見るのは胸が痛んだ。さながら「大岡越前」の生みの親と育ての親が幼子の両手を引っ張る評定のようなものだ。どちらが「生みの親」で「育ての親」なのか、判断は人それぞれだろうが、果たして法の判断は正しかったのだろうか?
 豊田さんはまえがきで書いておられる。
――『宇宙戦艦ヤマト』は(中略)反戦アニメだと思う人がいてもいいし、好戦的だと感じる人がいても、いっこうにかまわない。(中略)あの大新聞から、統一的な解釈を強要されるような性質の作品ではない。
「あの大新聞」というのがどの新聞社をさすのか、だいたいの目星は付いているがそれを公言するのは野暮というものだろう。まあ、70年代のヤマトが社会現象と呼ばれたムーブメントを起こしたときに「戦争礼賛」とさんざん叩いてくれたあの新聞社であろうことは想像に難くない。豊田さんは、ヤマトというひとつのアニメ作品、「もともとただただアニメ好きという人が集まって創り出したサブカルチャーに過ぎない」ものに対して、自分たちの都合のいいレッテル貼りを、さも自分たちは正しいことをしているのだから事実を捻じ曲げるのは当たり前、といったことを平気な顔でやってのける巨大メディアの傲慢ぶりに怒りをおぼえておられるのだ。それは、巻末での「作品」を「コンテンツ」というモノ扱いする広告代理店的な発想に違和感を覚える、というような発言にもつながっている。それはまた、ヤマトというアニメの娯楽作品にイデオロギーや政治的主張をこじつけることがいかにそぐわないことであり、ばかばかしいことであるか、まえがきで懇切丁寧に語っておられることと根はいっしょであろう。
「作品」は「作品」として、「受け取る側の自由」に解釈されていい。
その自由さえ、メディアは奪おうというのか。
クリエイターの自由な発想と権利は「作品」を「コンテンツ」と言い換えたときから失われた。
 豊田さんの叫びが聞こえるようだ。
 最後に、2012年から始まった『宇宙戦艦ヤマト2199』が成功した理由が、ここにあったかと膝を打つ事実が記されていたことは『2199』を応援していた身にとってこの上なく喜ばしいことであった。出渕裕総監督の先人を尊ぶ誠実なお人柄と、ヤマトに対する真摯な姿勢が『2199』という作品全編を貫いていたと思うと胸が熱くなる。この一文を読んだだけで、本書を読む価値があったと思う次第である。

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