2016年05月19日

10年

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自分の10年を振り返ってみて、


なんだかおれの人生はとても楽しいんじゃないかと思った。





近頃若い奴の服装を見て、それをそのまま自分が着たらと想像すると、


なんかプッとなる。


似合わないのももちろんだけど、似合いたくねえなという気持ちが強い。


そんなことを考えてたら、なんだかいよいよ若者じゃなくなったって実感した。





まあ、俗っぽい意味での若者なんてはやく終わりたかったし、


ほんとの人生の始まりって気分もあるが、また同時に、


もう決定的に取り戻せない何かについて自覚するのも確かなんだ。



そんなタイミングで、数少ない友達と古い写真の応酬になり、


わざわざ、外付けHDとか引っ張りだしてディグってたら、



ああ、なんかおれいい人生だなってしみじみ思って、



なんかおれ、なーんもないというか、音楽とか表現でしか人とつながって来なかったから、


いつも友達ともコンペの中にいる感じで勝手に緊張してたんだけど、


なーんも利害関係のない友達ってすげえ存在なんだなって初めて思った。


恋愛とかでもなくて人生の重要人物っているんだよね。


きっと女の子のほうがそういうやさしさが強いからずっとおれを見守ってくれるんだけど、


これもしかしておれが勝手に肩肘張ってるだけで、値踏みしてるだけで、


男にもそういう友達もいるんじゃないかって思ったりして、



すごいな。


まったく肩書のない自分を面白がってくれる人、とてもだいじだ。



なんておれはアタマが悪いんだろう、なんて他人のやさしさに鈍感なんだろって思ったけど、



これからの10年は、ちょっとそういうふうにリラックスしてみようかなと思えた。









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すてきな思い出たちよ、ありがとう。


これからもよろしく。ででんのでん!

tohgo1982530 at 03:57|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

じんせ

tohgo1982530 at 01:20|PermalinkComments(0) Share on Tumblr

2006

tohgo1982530 at 01:18|PermalinkComments(0) Share on Tumblr

たのしかた

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人生

tohgo1982530 at 01:12|PermalinkComments(0) Share on Tumblr

2016年05月14日

ホメ殺しラップバトル



よく見るとラップ以外のしゃべりが全カットになってる、、、笑


HIPHOP界の石坂浩二こと大袈裟太郎である。


ででん

tohgo1982530 at 21:22|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年05月11日

おおげさ昭和探訪 第1回 東中野ルーブル「郷愁のミルクセーキ」

かけずり回ったGWも終わって、脚もピロピロ。


タイミングを図ったように雨降りの月曜というわけで、休日。




東中野ポレポレに「マンガをはみ出した男ー赤塚不二夫」を見に行く。


久しぶりに降りる東中野、

東中野、東中野、東中野、、、、


そう言えば最近なんか事件あったような、、、


モヤモヤしながら改札を出ると左側を見て、



あ!


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先ごろの中学生監禁事件の解決のきっかけとなった公衆電話、、、




なんだろう、こういう場所に宿る重み、、、


不謹慎ながら心惹かれてしまう。どきどきしてしまう。



心奥底にある一片のジャーナリスト精神が、どうしてもおれを立ち止まらせる。



看過できない、念のようなものがそこに宿っているように感じた。


少女は、この公衆電話までどんな気持ちで辿り着いたのだろうか、


どんな勢いで駅の階段を駆け上がったのだろうか、


そして、こんなありふれた日常の光景のなかに、

凶悪事件とぼくらをつなぐ異界の入り口のような場所があること、



神妙な気持ちになる。


狂気は、きっと隣り合わせなのだ。


だからこそ、正気を保ち、穏やかに暮らしたいものだ。




手を合わせ、念ずるような気分で駅を後にする。










東中野の駅は、ものすごくいい意味で未開発なままだ。


古ぼけ雑然とした簡素な駅舎に、線路をフェンスで隔てただけなので、


ホームの様子も道路から同じ目線で丸見えで、そこが舞台で皆が役者かのように妄想するのもたのしい。



なんとも近頃、都内では見かけないスタイルの風情ある駅である。





上映までまだ間があるので、評判のパスタ屋モーゼに向かったが、


あいにく3時過ぎの休憩、いわゆるデスタイムである。


我々のような勤め人以外の人間を泣かせるデスタイム。


まあ、そこは渡世人のつらいところ、変な時間に腹を空かすのにも慣れっこなので、


ぶらっと界隈をふらつき、メシ屋を探す。


この時に大切なのは、チェーン店を避ける。スマフォを極力使わないこと。



時間の有り余る休みの日に、知らない街でチェーン店に入るような人間になったら、

正直、終わりだと思っている、笑


そこまで遊び心とアイディアとチャレンジ精神をなくしたら、それはもう大袈裟太郎ではないし、


ここを読んでいる読者諸兄もきっと、そういう類の、

ある種のやんわりとしたパンクスピリッツのなかに暮らしていてほしい、笑



スマフォを見ず、嗅覚だけで歩く。


めくらめっぽう歩く、


ある瞬間、ふと、街の輪郭が見える。


その瞬間が楽しい。最高に楽しい。




ムーンロードというスナック街があった。昼なので一軒も開いていないが、


マンガで読んだような、ママの名前がそのまま店名になっているスナックばかりで、


路地の看板がそのまま名簿のようで、いとしかった。


またこんど、夜にも訪れたいと思った。











都内とは思えないような、中野区と新宿区の切れ端のようなところを歩くと、すぐにその店はあった。


「ルーブル洋菓子店」


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ピンときた。パン屋であるのか洋菓子店であるのかわからないが、

古ぼけた食品サンプルのナポリタンがたまらない。



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ましてや、

サンプルさえ無く書きなぐられた、右端の「セレナーデ」と左端の「スノーワールド」がたまらない、笑



入ると、手作りと覚しきコロッケパンなどの惣菜パンや、

昭和の昔からかれこれ50年製法が変わらないだろうとワクワクするようなイナタイ洋菓子たち。



これは期待できるぞと昭和センサーが高鳴り、奥の喫茶室へ。もちろんデスタイムなど無い。


時間が止まったような店内。

空調や照明、絵画の雰囲気から60年代後半から70年代にできた店だと想像がつく。

ピカピカというほどではないが、清潔感ある店内が現役感を感じさせる。






メニューを見る。

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ソーダスイ、ミルクセーキ、生メロンジュース、自家製プリン、ホットサンド、セレナーデ、スノーワールド、



平成の世じゃ忘れかけていたメニューの並びに興奮する。





ミートソースと、チキンのホットサンドをオーダー。







ただ、店内にはぼくらしかいないのが気がかりだ、、、

(中途半端な時間のせいだといいんだが、こういう店は当たり外れが激しいのも正直なところだ、穏やかそうな店主を信じて待つ)



熱すぎるおしぼりが出てきた。


熱々、おどろくほど熱い。


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厨房には骨董品と化したUCCの缶。

こういう内装の喫茶店がおれは大好きだ。


82年生まれのおれのぎりぎり子供の頃にはまだ一般的だっただろうこの内装。



そして店内に流れるのはもちろん有線のイージーリスニング!!


ポール・モーリアからの久石譲、たまらない!!!!


おれはJPOPが大嫌いだった20歳の頃、働いていた弁当屋を思い出した。

その弁当屋は元々喫茶店だったそのままの店内で弁当を詰めていた。


インベーダーゲームのテーブルの上でおれたちは海老の殻を死ぬほど剥いた、そんな青春。


あの弁当屋でイージーリスニングが流れていたのでおれはくつろいでバイトができた。


当時、尖ったパンク少年だったおれはJPOPの流れるなかじゃイライラして働けなかったのだ。


あれがもう15年前、、、もちろんあの店はもうない。






この懐かしさ。もう、まずくてもかまわない。この昭和の風情をおれは無形文化財に指定したい。





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ミートソースがきた。



見てほしい。これぞ昭和のtheミートソースだ。


もちろん、タバスコと粉チーズは皆さんの想像通りのあの二本だ!!



見かけは、theミートソース、まるで給食のようだなんて思ったが一口食って黙った。



うまいのだ。しっかりと確実にうまいのだ。


ひき肉の味が濃く、またミートソースも奥行きのある味でマスターの修練を感じさせた。



さらにはパスタも炒めてある事に気づいた。


粉チーズの雪を降らせる。うまい。


美味しさとともに押し寄せる懐かしさ。


しかし懐かしさを抜きにしてもうまいのだ。じゅうぶんにうまい。


しあわせな気分になるほどうまい。



じんわりとありがたい気分でゆっくりとフォークを回す。



パスタじゃなくスパゲッティである。


パスタはスパゲッティの上位概念じゃないのだ。


パスタはパスタ、スパゲッティはスパゲッティなのだと、胸を張りたくなる。


誇り高き喫茶店洋食の代表なのだ!!!



熱くなりすぎた、、、、笑





ごろごろとしたひき肉を満面の笑みで味わっていると、チキンホットサンドが来た。



これがまた、なんだろう。


ここ20年ずーっと食ったことなかった味。子どもの頃一度か二度だけ食べた味。


洒落たところのひとつもない、いなたい味。だけどもちろんやはりうまい。


ガッツポーズするぐらいうまかった。




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そして、すべて平らげ、多幸感のなかでおれが注文したのが、


「ミルクセーキ」だ。



皆さんはミルクセーキの存在って知っていますか?



たぶん20代以下の人はよく知らないんじゃないかな?

平成生まれの人の生活の中には一度も登場してないんじゃないかな?


ちなみに一緒に行った20代女子もよく知らないと言っていた。



ただ今年34歳のおれにはぎりぎり記憶の片隅に埋まっていて、

埋めたことも忘れたタイムカプセルのように、その後一回も思い出されてもいなかったんだ。


なんだろう、その名の通りミルクシェイクがなまってミルクセーキになってるんだけど、


正直、今、マックで100円でミルクシェイク飲めるじゃない、



だから、そのミルクシェイクにすら到達してない、

ミルクシェイクの間違った模造品であるミルクセーキになんて、世の中的に役割終えてるわけですよ。


だから誰も省みることもない、スポットライトを当てる必要もないそんな存在のミルクセーキ。


だからこそ、ここで出会えたんだから飲みたかった。


ここでひっそり生きてきたんだ。


隠れキリシタンみたいに生きてきたミルクセーキを、おれが愛でてあげなきゃと思った。


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一口飲んだ。

やさしい味だった。郷愁の味がした。



子供の頃、4歳か5歳の頃、まだ冷蔵庫が抹茶みたいな色していた昭和の夏。


大正生まれのばあちゃんとふたりで、料理本を見ながらアイスクリームを作ろうとして、


けっこうがんばったんだけど、なんか一味足りなかったあの白くてかたいカタマリ。


あの味を思い出した。



「ミルクセーキ」


それを飲んでいる時間。おれはあの子供の頃の夏から今日までを、


もう一度やさしく反芻するような時間だった。










同行者が頼んだプリンも、イマドキのゆるいプリンとは一線を画す硬いプリンでうまかった。





会計時、お店はいつからやってるんですか?と聞くと、


不器用そうなマスターが「昭和24年からで、このビルになったのがオリンピックのとき」


と言っていってまた驚いた。


もちろん前のオリンピックだから1964年からある建物で、マスターは二代目だそうだ。


おいしかったです。末永く続けてください!


と、伝えるとマスターは照れ笑いした。


世間擦れしていない純朴な瞳がきれいだった。






ミルクセーキ。

また、きっと飲みたくなったら東中野に行こう。


時代から取り残されたあの味。

あなたも一度お試しあれ。

東中野「ルーブル洋菓子店」





ででん!

tohgo1982530 at 00:16|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 昭和 

2016年05月02日

GW

tohgo1982530 at 16:17|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年04月20日

人間は爆発しない。

自律神経泣かせの時勢ですね、いかがお過ごしですか?


余震と呼ぶには余りある揺れで、九州はいまだ落ち着かないようです。



そっから派生する情報の取捨選択で、こちらも少々参っています。



ネットの時代の緩やかな狂気というか、


道具に人が振り回される感覚、日々痛感しています。


便所の落書きのような非道いサイトから、高名な学者の見解まで、



フラットになってしまった現状では、選びとるこちらの自意識がいつも踏み絵のように試されていて、


まあ、あんまり本気になったらいけません。


ほどほどで、どうでもいい、という気分を大切にしないと脳がキャパオーバーしちゃいますね。



悲しいのはたとえば人力車に乗ってくれた高校生の女の子が、


ぼくのTwitterをフォローしてくれて、ぼくもフォローしかえしたりするんですが、


そのアカウントから、朝鮮人が被災地で強盗をしているなんてリツイートが回ってきたりして、、、



なんとも、頭を抱えてしまいます。



大人になった今だから、ようやく分別もつきますが、子どもたちがそういうデマ情報に触れてしまい、


経験不足から変に感化されてしまうこと、


なんとも悲しくなりますし、


ぼくら大人たち、先輩たちが、伝える責任を甘く考えていると、この国は滅びてしまうんじゃないかなんて、


悩ましく思ったりします。


せめて自分に子どもができたら、そういうものから身を守り、正確な情報にたどり着く術を、


知恵を学ばせてやらねばと意を決するのが精一杯です。


深く呼吸して、深い思考を、多角的な思考を、



暴力的なもの以外の多様な価値観を、認め合える世の中を、



望むばかりですが、


ありふれた常識自体が人間を暴力的に制限する今の社会を見るにつけ、


悲しみがこみあげ、眠れなくなります。



まあ、茶でもすすって、音楽でも聴いてレイドバック。


近頃は情動を抑える心得として、呼吸法を実践しています。






原発が爆発しても、人間は爆発しません。


爆発していいのは芸術ぐらいのもんです。




そう祈るばかりです。



ででん








tohgo1982530 at 02:48|PermalinkComments(2) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年04月12日

33回めの春

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春ぞ、皆の衆、春ぞ。


古舘のいない春ぞ。小堺さんがサイコロを投げない春ぞ。


大沢悠里のゆうゆうワイドを伊集院さんが引き継いだ春ぞ。



毒蝮さんにジェーン・スーさんが呼びかけるようになった春ぞ。




小林悠アナのいない春ぞ。


今年は桜が長いこと咲いていた。



おれは茶をすする習慣ができた。






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こないだこだまさんに会った。久しぶりに会った。

うれしかった。



今日はこないだマツコの番組に出てバズりまくってる、えれのあが人力車乗りに来た。






想えば今日は、久しぶりに車夫どおしの喧嘩を止めた。


なんか懐かしかったし、あいかわらずの喧嘩止めるスキルを誰かほめてほしい。


面倒くさいのにがんばったので、できれば誰かに抱きしめてほしい。


(古谷実のサルチネスより、抜粋  サルチネス、おもろいよ、泣くよ)








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縁あってシナリオを書いている。


案外書けるし、自分の過去と向き合うのが、なかなかオツなもんだ。


うまく仕事になるといいな。








縁あって、言葉のまったく通じないアリーと新宿線で40分。


ひたすらはにかみ合うだけ40分。



春だね。




33回めの春。



33回分の反省と感謝を踏まえて、



濃いい茶をすすりながら、



どうにかこうにか楽しく暮らしている。






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ででん!




tohgo1982530 at 21:45|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年04月02日

新曲です。



tohgo1982530 at 15:36|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年03月19日

一歩一歩HIPHOP

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TVの収録。

ケーダブさんの偉大さ感じた。


カメラがいっぱいあってどこ見ていいかわかんなくて、


おれはずっと変顔してた。

ラップはたのしかった。




AKBのひととも初共演した。


握手はしなかったがすごくいい人だった。




「握手券なんかいらない」って曲を歌ってるおれが、



AKBと共演することになるとは、


人生の不思議を感じたよ、笑









タケタリーノ山口さんと、収録の反省点をLINEでやり取りする。


なんでテレビ収録では自分の面白さの半分も出せないのかについて、、、





いろいろとクリアに見えてくる。




きっともっと高い緊張感に慣れてしまえば、


そこそこの緊張感のなかでも、自然に振る舞えるのではないか?


だからもっと、自分から進んで高いプレッシャーのなかに身を投じる経験しかないんじゃないか?


経験を、買ってでも無理矢理積み上げるんだ。



なんて話してた。


芸人さんはさすがだな。






一歩一歩、意識することだよな。



ジャンプとかワープはないんだよな。

一歩づつきて、今、自分がいる場所には良かれ悪しかれ理由がある。






あたりまえの一歩一歩。


それを踏みしめてくしかないんだよな。



自信や余裕はきっとその先にしかないんだよな。


なんてね。


ででん



※番組の情報公開はまた!



tohgo1982530 at 01:21|PermalinkComments(0) Share on Tumblr

2016年03月12日

smoke

※smokeくんが決勝で読んだ詩です。
掲載の許可もらったので載せてみます。


誰のことかな?笑




こんなこと書くのは最初で最後
見てもうたらもう生まれてもうた

「Do the right thing」で感じたことは
力に力をかぶせる虚しさ

朝方あの人をTwitterで見てた
誰かが あの人を攻撃してた

昔の話やろうから
蒸し返すのもどうかと思った

でもでもでもでも
あんまり酷くて目が離せへん
あんまり怖くて直視できへん

学校で習ったやったあかんこと
よってたかってされとった

あの人 気丈に振る舞ってるけど
傷ついてると思うねん
見てるだけでも心痛いで

それを
一番知ってる
筈やのに
なんでなん?

どこぞの頭のいい人たちが
アホやのカスやの死ねやの言うてた
どこぞの良いことしてる人たちが
アホやのカスやの死ねやの言うてた

例のスピーチは反対やのに
そんなこと言うてもええんですか?
聞いたらアホには言うしかないと
お前はガキとか傲慢やとか

ぼくはアホやからようわからんけど
あの人そんなにおかしんかな?
途中からちょっと見ただけやけど
そこまで言われなあかんのかな?

言葉で傷つく人を守る人たちが
言い過ぎちゃうかと思った

謝ってほしいんとちゃうと思うねん
仲良くするにはどうしたらええねん

どこぞの頭のいい人たちが
アホやのカスやの死ねやの言うてた
どこぞの良いことしてる人たちが
アホやのカスやの死ねやの言うてた

あれだけ見てたらみんな怖いて
いきなり死ねとかどうかしてるで

メディアを先導 みんな見てるぞ
政治が連動 点が取れるぞ

ワールドピースとか幻想やけど
大義名分に触れたら火傷

普通の人ならもう泣いてるで
家から出んのも嫌んなるで

せやのにあの人 今日も走ってる
「話せば分かる」と詩を書いてる

見てたら
涙が
流れてた
けど朝方
あくびのせいやろ多分

どこぞの頭のいい人たちが
アホやのカスやの死ねやの言うてた
どこぞの良いことしてる人たちが
アホやのカスやの死ねやの言うてた

間違えてフォローのボタン押したけど
大会前やからフォロー外した
仲良くなるのは終わってからや
期待してます ヒトカドの人間

そこまで言うたら ちょっと大袈裟か?
それでもええわ
愛が好きやから











tohgo1982530 at 23:36|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年03月09日

暴走族を久しぶりに見た【ポエトリースラムジャパン回想】

今夜、暴走族を久しぶりに見た。


いや正確には、国道の上の首都高を通っているらしく、その音だけ聞いた。


大集団ではなく、15人前後であろうことが想像できた。



子供の頃、80年代の終わり頃は、毎晩のようにかれらの轟音に悩まされたものだが、


今や、懐かしく、うっとりとした郷愁のようなものを感じた、かれらの轟音に





ポエトリースラムジャパン2016。

あれからおれは、曜日感覚を失った。


今夜が火曜だと気づいたのは、

駅前のガールズバーのティッシュ配りの女の子が火曜日にしかいないあのコだったからだ。


あれから2日間は、ちょっと書いたら皆さんの心象を悪くするような過ごし方をしたので、

ここには書かないが、あれから2日たったのかどうかも正直怪しいところだ。





今になって、ようやく浄化された気分で、世界を見渡せるようになったが、

兎に角、この世の不満という不満を体中に溜め込んだような状態で、

辞めたはずの煙草などをふかしていた。



まったくもって不満だらけなのだが、それを誰かのせいにするのはつまらないと思い始めた。





自分のなかでは大袈裟さんが優勝です。



そんな言葉を贈ってくれた人たちのことをおれは素直に愛してみようと思った。


かれらを信じて、おれは調子に乗って生きようと思った。




採点システムがどうだとか、運営がどうだとか、シーンがどうだとか、あれは詩じゃないとか、



この2日間だけ、ぶつぶつ言ったが、


そんな子どもじみた弱さをご容赦いただきたい。



ついでに謝るなら、決勝後のスネた態度や、優勝した大島さんをTwitterでディスったことも、

子どもじみていてばかで、恥ずかしい限りだ。




今、振り返れば思い出たちは学園ドラマのようにきらきらしていた、


スネるなよ大袈裟。という岡野さんからの言葉。

それはもうおれの人生に対して投げかけられた言葉のように思えた。




スモークが決勝で、おれについての詩を読んでいたことに、気づいたひとは気づいていて、

あの瞬間、訳知りの人らだけがおれに目配せして、非常にむずがゆく、

おれは遠回しに告られたような気分で、どぎまぎしていた。



(そんなスモークの一回戦を見て、
岡野さんに、あいつはほんとに伊集院すきなんすか?と皮肉を言ったおれ、

見立ての甘さ、人を見る目のなさ、早合点さ、やばい恥ずかしい。)






ゴメスくんとおれの友達が変な出会いをしたために起こった一悶着も、今になれば笑い話だし、

実直さが伝わるいい話だ。


もりの一本目の詩がダサくてやばかったけど、二本目は良かったから、来年に期待してる。


マノさんの息子と相撲をとったのも楽しかった。



ういさんは詩を通して、存在が変化して行っているのがわかる、

人間の変容についての可能性を体現している。

再来年あたりにはとても素晴らしい存在になっているやもしれない。



八和詩さんに飴をもらった。

怖い顔で決勝に備えているおれに、飴をくれるなんて大変な度胸と、やさしさだと感じた。

彼女のおかげで即興詩というものを学び、舞台ではやらなかったが実は練習したりしていた。






決勝に行ってつらいのはみんなと仲良くできないことだ。



いや、おれの余裕の無さなのか、


でも、本気で勝ちをめざしてない奴を見てるのは、おれが客だったら嫌なので、それで良いのだ。




ただ、本当は仲良くしたい。


岩村さんがどんな気分で詩を書くのかとか、


泥酔侍さんがどんな日常を暮らしているのかとか、ホントは知りたいんだ。笑






正直、来年はどうしようかまだわからない。



あの阿片窟みたいな東京大会の長丁場とか、


自分が負けたら全国大会見に来ないようなダセエ詩人きどりたちの振る舞いに触れることとか、
(ステージ降りると偉そうで、なあなあな空気出してる連中)



正直、リスクが大きいし、

予選は友達呼んだら嫌われそうで怖くて呼べないイベントなのも確かなんだ。




あとラップで呼ばれてギャラもらえてる自分が、


なんでわざわざエントリー料払って詩を読んでるのかって謎もあるし、



どれだけ、このイベントに貢献しても自分が出てるDVDさえも、もらえずに買わなきゃならないという、


人権意識の低い、ブラック体質もほんとに嫌で加担したくないと思ったりもするけどね。





しかし、このイベントがなければ生まれなかった作品ってのがやっぱりあったり、


あとは、人の縁、これに尽きるなあと思う。



できれば、決勝進出者たちだけでコントとかやりたいんだよなあ。





まあ、みなさんお元気で、



どうやら明日は雨予報なので、

わたくしは、泥のように寝ます。




お疲れ様でした。

おやすみなさい。




ででん


































tohgo1982530 at 02:25|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺 

2016年03月08日

「ブルース・リーになれなかった誰かのために」

※ポエトリースラムジャパン全国大会の決勝戦でやったやつです。


ブルース・リーは言った、「考えるな、感じろ」
あさってのことも考えられないおれだけど、
ほんとに感じるだけでいいんですか?
武術を極めた経験はないし、2メーターの大男と闘う勇気もない、
つーか考えないで感じたらおれもあなたみたいに腹筋6つに割れますか?



チェゲバラは言った、「人間はダイヤモンドだ。ダイヤモンドを磨くことができるのはダイヤモンドしかない。人間を磨くにも人間とコミュニケーションをとるしかないんだ」
ゲバラさん、そりゃあ、あんたはダイアモンドみたいにきらきらしてただろうけど、おれはダイアモンドみたいな人間にぶつかったら、心えぐられてしまって、二三日寝込んでしまうかも。もしかするとおれは磨いてもダイアモンドじゃないかも、ガラスのビー玉かも。



矢沢は言った、「ok、よろしく」
あ、はい、、、


スティーブ・ジョブズは言った。「空腹であれ、ばかであれ、」
腹が減った、おれはハンバーグが食べたい!今すぐどうしてもハンバーグが食べたい、
チェダーチーズのとろけたハンバーグがたべたい。
そして満腹になった後のうっとりした充実感を味わいたい、
ばかなのは得意、すごく得意。



ジョンレノンは言った。「心を開いて「Yes」って言ってごらん。
すべてを肯定してみると  答えがみつかるもんだよ」

よー、Mr.レノン
あなたは自分が殺されたことさえも本当に肯定しているのですか?
おれは、自分が殺されて、とてもYESだなんて言えません。
おれはまだ生きたい、まだまだ生きたい。
もし自分を殺しに向かってくる誰かがいたら、
全力で抵抗して相手を殺してしまうかもしれません。
愚かだけれど、そう思っています。




矢沢になれなかったやつのために、チェゲバラになれなかったきみのために、
スティーブ・ジョブズにもブルース・リーにもなれなかったあんたのために




銅像になれなくてもいい。名言を残せなくてもいい。
伝説を残せなくても、歴史に残らなくたって構わない。
弱くても、ばかでも構わない。答えなど出なくていい。
ゆか磨きで、皿洗いで終わった人生だって、
ちっとも恥じることはない、胸をはってくれよ



おれらまだ始まってもねえよと、
照れ笑いしながら過ぎていった人生をおれは肯定したい。
ただ、そこにあっただけの、野ざらしの雨ざらしの人間の強さが、儚さが、
おれはいとしい。



自分の価値など自分で決めてしまえばいい。
流行りや常識なんて、
あんたの人生に比べたら、吹けば飛ぶぐらい軽いもんだ。



誰にも気づかれなくても、誰にも評価されなくても、
輝いた人生が在ることをおれは、知ってるし信じている。



ありふれた物語の外で笑っている、
あんたの名もなき人生をおれは全力で肯定しよう。
祝杯をあげよう。
おれは、あんたのために歌うよ、おれの言葉はあんたにずっと寄り添う。


矢沢になれなかったやつのために、チェゲバラになれなかったきみのために、
スティーブ・ジョブズにもブルース・リーにもなれなかったあんたのために



あんたは唯一無二のあんたになっただろう。
おれはおれになったよ。
おれは大袈裟太郎になったよ。
ありがとう。


tohgo1982530 at 00:48|PermalinkComments(0) Share on Tumblr 裏祥寺