ろくなことがない。第一、自分を深く考える時間がない。話すことは、会話の中で相手を見たり、自分の位置を決めたりすること。沈黙はだれと比較するのでもなく、自分はどうなのか、どうするのかを考える。他人の静寂も侵さない。素晴らしい教育でした。

読売新聞の「時代の証言者」で曽野綾子さんが書いています。
修道院が経営する聖心女子学院に幼稚園から入れられた曽野さんは、外国人のシスター達に指導されます。

そのシスターが黒い修道服に前掛けをして、暇さえあればトイレ掃除をしていた。身分や受けた教育に関係なく、人は床にひざまずいて掃除をするものだということを習いました。
トイレで子どもたちがおしゃべりをすると、シスターから「シーッ!」と怒られる。目的のある所で目的以外のことはするな。トイレはおしゃべりする所じゃないと言われた。
私たちは沈黙を教えられました。廊下を歩くときも沈黙。廊下は歩くところでしゃべるところではない。電車も沈黙。大きな声で騒いだり走ったりするな。…

自分半生を顧みると、赤面の至り、その反省を込めて、せっせとトイレを掃除をしています。シスターのように暇さえあれば、とはいきませんが。
幼稚園時代から上のような教育を受けると現在の骨太の作家の生き方になるのですね。毎週、多治見のT先生から送られて来る産経新聞の曽野さんオピニオンを読んでいると、強く感じます。

長かった夏休みも後わずかになりました。講習の仕上げはテスト対策です。ワーク、プリント、問題集、そして誤答のまとめ、再テスト。
静かな教室で鉛筆の音だけがしています。

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