上田浩司さんを偲ぶ会〜MORIOKA第一画廊「展」9月5日〜9月17日

亭主の師匠であり、岩手県盛岡で半世紀にわたり現代美術の画廊を経営されたMORIOKA第一画廊の上田浩司さんが去る6月25日に亡くなられたことは先日、このブログでお伝えしました。

上田さんは亡くなられましたが画廊は存続します。
その志を伝える展示が上田さんを愛する人たちによって企画されています。

MORIOKA第一画廊「展」 9月5日〜9月17日
会場:MORIOKA第一画廊・舷
  〒020-0023 岩手県盛岡市内丸2-10-1 TV岩手1階
Tel&Fax. 019-622-7935
E-mail. daiichi-gen@gol.com

案内状の画面をクリックしてください(拡大されます)。
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上田浩司さん

在りし日の上田浩司さん。彫刻は照井榮さんの作品。
於:MORIOKA第一画廊 撮影:梅田裕一

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1991年10月「小野隆生展」 上田浩司さん(左)と亭主(右)
於:MORIOKA第一画廊・舷   撮影:梅田裕一

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1992年5月「難波田龍起展」
右から松井裕子さん(直利庵女将)、上田浩司さん、難波田龍起先生ご夫妻
於:MORIOKA第一画廊・舷

20160902_ueda_4上田浩司さんと社長
於:直利庵

20160902_ueda_31994年2月「ミケランジェロのピエタ像4体のすべてを観るローマ、フィレンツェ、ミラノの旅
右から、上田浩司さん、松井裕子さん、社長(車の屋根に隠れて顔半分)、戸村茂樹さん
於:ローマの街角

初めて上田さんに会ったのは忘れもしない1974年3月30日の夜でした。
現代版画センター(このときはまだ正式名称が決まっておらず<全国版画コレクターの会(仮称)準備会>の名で全国に呼びかけました)の明日が旗揚げオークションという日でした。友人の画商さんに誘われ盛岡からわざわざ激励に駆けつけてくれたのでした。
上田さん:ワタヌキさんは何をしたいのですか。
亭主:若い人たちに池田満寿夫の版画を安く売りたいと思っています。
上田さん:池田さんは既に有名作家であなたより上の世代だよ。あなたがもし本気で版画の普及運動をしたいのなら、池田さんのような人気作家を追いかけるのではなく、あなたと同じ世代の作家と共に歩みなさい

右も左もわからず、版画=池田満寿夫と思い込んでいた亭主は上田さんの言葉にノックアウトされました。
「同じ世代の作家と共に歩みなさい」と言われなかったら、関根伸夫にめぐり会うこともなかったでしょうし、現代版画センターのその後の展開もなかったでしょう。

1,000万円の絵を買えない者が1,000万円の絵を売ってはいけない。」
画商は一番良い作品を客に売るべきだよ。良い作品は売らずに隠しておくなんて画商の風上にも置けない。」
盛岡で、東京で、旅先で、たくさんのことを教えていただきました。

9月7日(水)夕方からの「偲ぶ会」には、亭主と社長も石田了一さんたちと参加します。

●今日のお勧め作品は松本竣介です。
松本竣介松本竣介
《自画像》
1940年  ペン、コンテ
Image size: 25.0x25.0cm
Sheet size: 26.1x26.8cm
Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」を開催します。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
201609artdeco

1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細はコチラをお読みください。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。

森本悟郎のエッセイ「その後」第29回

森本悟郎のエッセイ その後・第29回

第29回 赤瀬川原平とライカ同盟(9) 沖縄、名古屋再訪


2003年の「ラ・徘徊《東京編》」展は会場が赤瀬川さん、秋山さんの母校・武蔵野美術大学(当時は武蔵野美術学校)だった。その武蔵美展が終了した翌8月に二つの仕事が舞いこむ。一つは雑誌『東京人』からで、4月に開業した六本木ヒルズを撮影するというもの。広報担当者の案内で見学し、施設内やその周辺から撮影した。そういえばこのブログで紹介した木村恒久さんの仕事場だったアパート「小春荘」は、六本木ヒルズのどのあたりだったのだろう。

20六本木ヒルズ取材 ルイーズ・ブルジョワの巨大蜘蛛『ママン(MAMAN)』の前で集合
2003.8.20


もう一つは沖縄の撮影とワークショップである。那覇のNPO法人前島アートセンター(2011年活動終了)が関わった企画で、撮影時はそのスタッフや沖縄県立芸大の学生らがアシストしてくれた。現代美術家の山城知佳子さんもその一人だった。このとき撮影した作品は11月、前島アートセンター主宰の〈wanakio2003〉で「ラ・徘徊─沖縄編」として展示された。
「シンプル・アイ/チャンプル・アイ」と称するワークショップは2日にわたって行われた。1日目は参加者が赤瀬川組・秋山組・高梨組の3班に分かれて、午前は同盟員と一緒に那覇の街歩きをしながらの撮影。午後、ライカ同盟は同行せず自由撮影(撮影はスライドフィルムを使い、夕刻ラボに出して翌朝納品という次第)。夜はライカ同盟の「公開反省会」(但しアルコール抜き)。ここでライカ同盟の特性を発揮したのはタイトルの大切さ、つまり写真に言葉を添えることで作品世界をよりゆたかに伝えることができるということを、実例で示したことだった。沖縄で撮影した作品を解説付きで映写。2日目午前中は自由撮影の報告会と大阪ビジュアルアーツ校長(当時)百々俊二氏による講義。午後、現像を終えたフィルムから作品を選び「講評会」。講評会には写真評論家の飯沢耕太郎さんも参加した。

30街歩きワークショップ(赤瀬川組)
2003.8.30


30公開反省会
2003.8.30


31公開講評会 2003.8.31


沖縄に到着したその日に、ライカ同盟は雑誌(誌名は失念)の取材を受けた。そのときの同行カメラマンが北野謙さんだったことを、ずいぶん後になってから当人に聞かされ、初めて知ったのだった。

26雑誌の取材を受ける(右が北野謙さん)
2003.8.26



2004年の《ヱ都セトラ》展以後も断続的には東京や東京周辺の撮影散歩が続いていたが、「何だか今日は箸が進まないねえ」ということばが同盟員から出るようになっていた。風景の均質化が進むとともに、シャッターを切る意欲が萎えつつあったのかもしれない。
家元の「日本中がツルピカになっちゃったらどうする?」との問いに、赤瀬川さんは真顔で「マクロで撮るかなぁ」。
写真の魅力、冗談交じりの街歩き、酒を酌み交わしながらの反省会、それらがライカ同盟を支えるモチベーションとなっていたのだが、戦果の乏しい出動が続くとつい出掛けるのが間遠になってしまう。そこで「初心に帰れ」ではないが、もう一度名古屋を撮ってみようということになった。しかし東京同様、名古屋もライカ同盟が初めて撮影に訪れた10年前とはずいぶん様変わりしていたことが、ロケハンでよくわかった。市内だけでは心許ないと、撮影範囲を尾張地域にまで広げてみた。このプランは3同盟員にとっていい気分転換になったようで、精力的に歩き、箸も進んだようだった。展覧会は2006年9月、C・スクエア第76回企画「ライカ同盟展 エンドレス名古屋」と題して開催。トークイベントのゲストは名古屋に隣接する清須市在住の評論家・呉智英さん。タイトルは尾張(終わり)と永遠(エンドレス)を掛けたものなのだが、皮肉なことにこれがC・スクエアでの最後(エンド)の展覧会となってしまった。

「エンドレス名古屋」展ポスター「エンドレス名古屋」展ポスター


「エンドレス名古屋」展トークイベント「エンドレス名古屋」展トークイベント


もりもと ごろう

森本悟郎 Goro MORIMOTO
1948年愛知県に生まれる。1971年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒業。1972年同専攻科修了。小学校から大学までの教職を経て、1994年から2014年3月末日まで中京大学アートギャラリーキュレーター。展評、作品解説、作家論など多数。

●今日のお勧め作品は、チェ・ヨンです。
作家と作品については、こちらのブログをご覧ください。
20160828_choi_01チェ・ヨン
「Picture of two eye - Never seen」
2015年
油彩
90.0×72.7cm(30号)
サインあり


20160828_choi_02_2チェ・ヨン
「Picture of two eye - My right hand」
2015年
油彩
90.0×72.7cm(30号)
サインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・新連載・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は毎月30日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
休み中のお問合せ等への返信は直ぐにはできませんので、ご了承ください。

◆ときの忘れものの次回企画は「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」です。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
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1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細はコチラをお読みください。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。

百瀬恒彦写真展「祝・列・聖」

百瀬恒彦写真展「祝・列・聖」

ときの忘れものからもそう遠くないプロモ・アルテギャラリー百瀬恒彦先生の個展が開催されます。
百瀬先生からのメッセージを再録させていただきます。
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(画面をクリックしてください、拡大されます)

 昨年暮に、マザー・テレサが聖人に列聖される事が決まったというバチカンからのニュースが世界中を駆け巡りました。列聖式はこの9月4日だそうです。亡くなってから、聖人に列聖されるには時に数百年かかると聞いていました。マザー・テレサが亡くなったのは1997年(87歳でした)。20年も経っていません。まさか僕が生きている間に!
 昨今、眼にまた耳にするニュースはあまりにも殺伐、血なまぐさい出来事ばかり、人がひととして人に対してどうして? あまりに色々な出来事があって、どんどんと記憶の片隅に押し込まれてしまっていますが、今一度マザー・テレサを思い起こして、愛・優しさ・思いやりの心、考えてみたいと思います。
                               
 今回の写真展は一昨年世界遺産に決まった和紙を使ったものです。高知県いの町の手漉きの和紙です。今、写真というとまずデジタル写真しか思い浮かびません。つい最近までは、写真というとフィルムを使っての撮影、暗室の中でのプリントでした。その印画紙を、和紙を使って自分で作って、何か表現できたらと思いました。すべて暗室での作業です。薄暗く赤い電球の下で、まず和紙にモノクロ感光用の乳剤を塗ります。その乳剤も去年には生産中止になってしまいました。残りわずかの乳剤、大切に刷毛を使ってムラなく塗ります。刷毛も、硬いもの、柔らかいもの、4種類くらいを手元に、プリントする写真の絵柄によって使い分けます。塗り終わったら、薄暗い赤い電球の中、ドライヤーを使って乾燥! 水分をたっぷり含んでいるので結構な時間がかかります。そり曲がってしまった印画紙をプレス機で75度位の熱を加えながらプレスします。これで和紙の印画紙の出来上がりですが、とにかく暗室の中、出来上がりはまったく予想もつきません。神のみぞ知る!
 やっとプリントを始められます。引き伸ばし機にフィルムをセット、ピントを合わせて、出来上がった和紙の印画紙に露光します。もっと白く、もっと黒く、露光時間を長くしたり短くしたり、部分的に光を加えたり減らしたり、絵柄によってのイメージ作業です。現像液をつけるまで全くどうなるのかわかりません。普通は感光させた印画紙全体を現像液につけるのですが、僕は刷毛を使ってイメージする所だけに現像液を塗布していきます。真っ白な和紙の印画紙に像がジワーっと浮かび上がってきます。この手法では同じものは二つと出来ません。文字どおりの一点物です。そのあと停止液、定着液に漬け、定着させます。ここまでが暗室の中での作業です。一時間流水での水洗、そして丸一日かけて自然乾燥、やっと出来上がりました!

百瀬恒彦
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百瀬先生は、1947年長野県に生まれ、武蔵野美術大学商業デザイン科を卒業。在学中から現在に至るまで世界各地を旅行し、風景でありながら人間、生活に重きを置いた写真を撮り続けています。
マザー・テレサなど各界著名人の肖像写真(ポートレート)にも優れた実績があり、和紙にモノクロプリントして日本画の顔料で着彩した作品を制作するなど、独自の写真表現を追求しています。

案内状にもあるとおり、今年もギャラリー内が臨時写真館になって百瀬先生が来場者のポートレート撮影をしてくれます。亭主と社長も撮っていただき、葬式のときはこれを使うと決めております。
やっぱりプロが撮ってくれる写真は違いますね。ぜひ皆さんもどうぞ。

文筆家の鳥取絹子さんに一年にわたりブログで連載していただいたエッセイ「百瀬恒彦の百夜一夜」も合わせてお読みください。

●今日のお勧めは百瀬恒彦です。  
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百瀬恒彦ポートフォリオ
『無色有情』

限定12部(1/12〜12/12)
・たとう箱入オリジナルプリント10点組
・各作品に限定番号と作家サイン入り
テキスト:谷川俊太郎/百瀬恒彦
技法:ゼラチンシルバープリント
用紙:バライタ紙
撮影:1990年
シートサイズ:203×254mm(六つ切り)

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中藤毅彦さんのfacebookから、もうひとつ写真展のご案内です。
<少し先になりますが、トップミュージアムこと東京都写真美術館で11月23日より来年1月29日まで開催される、総合開館20周年記念「東京•TOKYO日本の新進作家vol13」に6人の展示作家の1人として参加します。
12月10日には、尊敬する写真家である田原桂一さんとのトークショーも開催します。
同時に展示するのは、元田敬三さん、野村恵子さん、佐藤信太郎さん、小島康敬さん、田代一倫さんのいずれ劣らぬ実力者の方々です。(新進とは言えない様な‥?)全く異なる6人の捉えた「東京」によって、展示空間でどんな東京の姿が立ち上がるのか今から楽しみです。
東京都写真美術館は2年間の改装を終えて来月の杉本博司展よりリニューアルオープンし、20周年記念の企画が続きます。
思えば、学生時代に、今の建物が出来る前の仮屋の頃から様々な一級の展示を見て刺激を受け学んだ場であるので、今回展示出来る運びとなったのは大変光栄で嬉しい限りです。
図録の作成の関係もあり、既に作品構成は出来上がりましたが、6年の撮影期間をかけた自分なりの渾身の東京曼荼羅になりました。ご期待下さい。
また、今回の6人の作品によるグラビアと東京と写真美術館のリニューアルに関する記事が、発売中のアサヒカメラ誌9月号に掲載されております。是非ご覧下さい。
(中藤毅彦さんのfacebookより)>
                       
●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
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会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
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◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
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スタッフSの海外ネットサーフィン No.42「V&AにArt Decoを学ぶ」

スタッフSの海外ネットサーフィン No.42「V&AにArt Decoを学ぶ」

読者の皆様こんにちわ。連日雨が降り続くも、ちっとも涼しくない日々が続く中、いかがお過ごしでしょうか? 帰りに度々雨に降られて濡れ鼠となり、家に帰り着いた後はシャワーを浴びてからエアコンをガンガンに効かせた部屋で白湯を飲むという贅沢を日々楽しんでおります、スタッフSこと新澤です。

毎回自分や画廊に縁のある地域や作家の海外アートイベントを紹介しているこの連載ですが、今回は少々趣を変えてお送りします。

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ときの忘れものは、来月の1日より10日まで、「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」を開催します。
このブログを定期的に読まれている方には今更な話ですが、「アール・デコ(Art Deco)」とは1800年代後半から1900年代初頭に流行した「アール・ヌーボー(Art Nouveau)」(産業革命以降、粗悪になった実用品に芸術性を取り戻す事を目的としたデザイン様式。うねる曲線を多用して組み合わせたデザインが特徴)により複雑化しすぎた実用品のデザインを、幾何学的な線とパターン化された模様を用いることにより、デザイン性を維持したまま簡潔さと合理性を目指して1920年代から1930年代にかけて展開された芸術革新のムーブメントです。「アール・ヌーボー」、「アール・デコ」共にフランスが発祥ですが、「アール・デコ」はアメリカに渡ると爆発的に普及し、ニューヨークの摩天楼などに代表されるデザインとなりました。日本でも、朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)等が、アール・デコ様式を取り入れた内装で知られています。

今回のときの忘れもののアール・デコ展では平面作品しか出品していませんが、その影響下にあるデザインは印刷物以外にも建築、内装、工業デザイン、ファッション、テクスタイルなど多岐に渡ります。そんな広大な分野の作品群を紹介してくれるのがV&A、以前もこの連載で紹介した、英国ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート博物館です。

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By Diliff (Own work) [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], via Wikimedia Commons

イギリスの工芸品やインダストリアルデザインの質を高め、工業の振興を図るための博物館として構想されただけあり、その所蔵品は絵画、彫刻、写真、ガラス工芸品、金属製品、陶磁器、宝石・貴金属、建築関連、アジア美術、衣装、アンティーク家具、中世から近代の武器、本、おもちゃ、テディベア、古い電化製品まで含み、その数は400万点を超えています。公式ホームページでは所蔵品の検索が可能ですが、「Art deco」と検索するだけで実に988点もの関連作品を確認することができ、過去の記事検索でも44のアール・デコに関する記事を読むことが可能です(流石に英文のみですが)。

この機会にアール・デコがどのようなものか見てみたい方、企画展に先駆けて予習されたい方は以下のリンクをご覧になってみてください。V&Aのアール・ヌーボーコレクションのリストも合わせて掲載しておきますので、ご興味のある方は互いのデザインラインの違いを比較してみるのも面白いかもしれません。

V&Aアール・デココレクションリスト
V&Aアール・ヌーボーコレクションリスト
V&Aアール・デコ関連記事一覧
V&A 公式サイト

(しんざわ ゆう)

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1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

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小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第7回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第7回

写真集『森花 夢の世界』

01(図1)
『森花 夢の世界』
石川真生×吉山森花
(未来社 2014)


今回紹介するのは写真集『森花 夢の世界』です。タイトルに示されている通り、一連の写真は、沖縄の写真家、石川真生(1953-)がアーティストの吉山森花(1989-)が語った「奇妙で、過激で、セクシー」な夢の内容に触発され、吉山が夢の場面を演じ、それを石川が撮影するという共同作業で作り出されました。
それぞれの写真に添えられた説明文には、夢の内容にとどまらず、吉山の感情が綴られており、写真集の所々で挿入される吉山の手によるイラストは、刻みつけられたり、引き裂かれたり、増殖したり、ほかの生物と合体したような身体(図2)や、分裂したような顔(図3)が、紙面全体を覆うような線で描かれています。恐怖や不安に取り憑かれ、強迫観念を抱く心情がそのまま視覚化されたようなイラストと、吉山がカメラの前で演じた場面の写真、説明文の言葉が相互に混じり合い、「夢の世界」が複合的に描き出されています。

02(図2)
吉山森花のイラストレーション


03(図3)
吉山森花のイラストレーション


後書きの中で吉山が述べているように、彼女が「奇妙で、過激で、セクシー」な夢を見る背景として、幼い頃から抱いていたという「世の中に存在していることに対する罪の意識」や、「常に誰かに監視されていて、人を殺してしまう映像が頭の中に流れた」という強迫観念、「恐怖を感じずに自分を殺すにはどうしたらよいのか」とつねに考え自傷を繰り返していたという経緯があります。このような鬱屈した想念が色濃く投影された夢の世界を、実際に演じて写真に撮られることで、吉山は「生きている実感がする」ようになったとも述べています。石川との共同作業による作品制作を通して、吉山は自身の内面を解放し、自身を客観視する視点を得ることができたのかもしれません。
この作品のなかで用いられている「演じる」という要素は、石川の他の作品にも取り入れられています。たとえば、さまざまな背景や思想信条を持つ人たちが日本国旗を用いてその人自身、日本人、日本という国を表現するパフォーマンスを行って撮影した『日の丸を視る目』や、琉球国から現在にいたるまで大国に翻弄されてきた沖縄の歴史を、様々な場面ごとに友人や知人が演じて「再現」して撮影した写真をつなぎあわせた「大琉球写真絵巻」(現在進行中のプロジェクト)があげられます。石川は、「演じる」という要素を取り入れることで、写される人それぞれに具わる想像力や表現力を解き放ち、写真の中にそれを受けとめることによって、人と社会との関係を浮かび上がらせるような作品世界を生み出しています。
このような「演じる」ことを取り入れた石川の作品のなかでも、『森花 夢の世界』は、吉山森花に焦点をあわせて生み出されたものであるだけに、曝け出された彼女の身体性や感情が作品の要になっています。ポーズや衣装、とくに独特なメイクによって強調された目の表情――時には睨みつけ、見開き、挑発し、恐怖や苦しみを訴えるような――は、強烈な印象を残します。また、撮影された室内の空間や屋外の景色は、それぞれの場面での彼女の心境を反映し、沖縄という土地と彼女の関係を映し出したものとして読み解くことができます。

04(図4)
表紙の作品


05(図5)
ハンガー
ハンガーのアンテナをつけて情報を集める狂った女。


表紙(図1)の装丁にも使用されている作品(図4)では、取り壊されたバスルームでバスタブの中で寝そべりながら、瓦礫やスプレー缶、壁に書き散らされたグラフィティに囲まれ、瓦礫を貪り口から血を流しており、苦しみや混乱、攻撃性がないまぜになった心理が場面全体に表出しています。(図4)と同様に閉塞的な室内空間の中で心理状態が表現された作品として、「ハンガー」(図5)があります。頭にラップをまきつけ、ワイヤー製のハンガーを填め、階段の踊り場で這い回るようなポーズをしています。「ハンガー」(図5)のように、身のまわりにあるものや環境に衝動的に反応するようにして、自分の内面を曝け出すような吉山の身体表現は、「ポール」(図6)においても際立っています。学校の制服(社会からの抑圧や強制を表わすものとして、作品の中で頻繁に登場する要素)を着て、海辺のポールによじ登り、右手に煙草を持って、誘うような視線をカメラに向けながらポールを舐める姿は、エロティックで挑発的です。

06(図6)
ポール
高校生の女の子がポールのかっこよさに惚れてしまい、毎日学校帰りに港に立ち寄っては愛しあっている。


07(図7)
食卓
私を食べている日本人、特に東京の人。私はたくさん食べられて苦しかった。


08(図8)
米兵
戦争中にアメリカ兵に助けられた日本人の女の子


内側に潜む狂気や暴力性、性的な欲望などを、吉山一人で演じた作品に加えて、他の登場人物と共演して作り出された場面の中では、夢の内容は人間関係や家族、政治、歴史など社会的な側面に関わって、より具体的に描き出されています。「食卓」(図7)では、家族が食事をする食卓の上に裸で横たわり、お腹から内臓が引きずり出されるような状態になっている様子は、グロテスクで、ブラックユーモアを帯びながら、沖縄の視点から見た日本に対する批判的なメッセージに充ちています。
「米兵」(図8)では、裸で顔にガスマスクを装着した状態で、海の浅瀬に立つ男性に抱きかかえられており、「戦争中にアメリカ兵に助けられた日本人の女の子」という説明文と相まって、第二次世界大戦や、沖縄と米軍にまつわるさまざまな問題、米兵による暴行事件などを連想させ、背景に広がる青い海や空の下に横たわる歴史や現代の差し迫った問題が暗示されています。「食卓」(図7)と同様に、吉山が裸で演じることによって、夢の中の出来事にとどまらず、現実に差し迫った問題のありようが鮮明に浮き彫りにされていると言えるでしょう。

09(図9)
両親
両親にとって私は足かせであり、両親は私にとって何も見てくれないうえに、私を縛りつける人間だった。


10(図10)
妊婦
母体の中に入って母親に守ってもらいたい私の願望。


海辺は、吉山が生まれ育った場所、ルーツとしての沖縄を象徴するような場所であり、彼女が抱える根源的な欲求や問題を表わす舞台になっています。「両親」(図9)は、砂浜で男性と女性が足にロープを括り付け、それぞれ別の方向に向かって歩いている後ろ姿と、そのロープを首に巻きついて、二人と背中合わせになって苦しげな表情を浮かべる制服姿の吉山が、抜けるような青空と強い光の元に写し取られており、親子関係の葛藤が文字通り白日の下に晒されています。このような葛藤を抱えながらも、「妊婦」(図10)では、「守ってほしい母体」として、海を背景に佇む妊婦のお腹にすがりつく姿には、吉山が抱く、家族や生まれ育った土地、沖縄への複雑な感情が重なり合わされているようにも思われます。
『森花 夢の世界』は、「夢の世界」という極めて個人的、主観的なヴィジョンや感情を出発点としながらも、沖縄という土地の固有性のみならず、人がそれぞれに生まれ育ち、生きる社会の複雑さを提示していることに、石川と吉山二人の表現力が発揮されているのではないでしょうか。

11
9月21日から25日の会期で、「石川真生 大琉球写真絵巻」展が名護市民会館中ホールで開催されます。展覧会の開催に向けて制作費・会場費のカンパも募集しています。詳細は石川真生のブログ及びFacebookページをご覧下さい。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、エドワード・スタイケンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第32回をご覧ください。
20160825_steichen_21_Brancusiエドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・新連載・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は毎月30日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
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 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
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◆ときの忘れものの次回企画は「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」です。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
201609artdeco

1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細はコチラをお読みください。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。

建築家のドローイング 第10回 ヘルマン・フィンステルリン

リレー連載
建築家のドローイング 第10回
ヘルマン・フィンステルリン(Hermann Finsterlin)〔1887−1973〕

八束はじめ


 ドイツにおける表現主義建築の運動は、第一次大戦後の絶望と混迷、更にその裏返しとしての強い再建への希望のもとに、一つの精神革命を志向した共同体としての体裁をとるに至った。もちろんこの熱病は間もなく引き去っていき、幾人かの残存者を残してもっと冷厳な合理主義の波にのみこまれていったのだが。この短期間の運動を主導したのはブルーノ・タウトに率いられた「芸術労働評議会」である。強いユートピア主義的色彩に染っていたこのグループは1919年にベルリンで「無名建築家」展を開催した。無名建築家ばかりでなく、建築への門外漢である美術家やはては素人までもが参加を呼びかけられた。混迷の中ではプロフェッショナルな技術の蓄積は問題にならず、ヴィジョンだけが肝要であった。参加作品の質は、当然のことながら一定の水準を示すものではなかったが、その中でとりわけ異彩を放ったのだがヘルマン・フィンステルリンの玩具とも彫刻とも建築ともつかぬ奇妙な有機的フォルムを示すドローイングであった。生物形態的なアナロジーは表現主義者の造形には多かれ少なかれ見られるものだったし、それに先行するアール・ヌーボーの主導的モチーフの一つ(といってもこの場合は植物的なモチーフが優勢だったが)であったから、必ずしもフィンステルリンの専売特許というわけではない。しかし彼の造形の特異さは一目でそれと知れる類のものであった。彼は500枚を超すドローイングを残したが、それらは様々なプログラム(例えば湖畔のヴィラ、衛生博物館といった)を与えられ、どれをとっても同じ形をしたものはなかったが、にも拘らず、どれをとっても同じ手になるものであることが歴然としていたのである。
 フィンステルリンはプロの建築家ではなかった。医学、物理、化学を学び、次いで哲学と画の修業を行ったが、建築のトレーニングは受けていないし、実際にそのドローイングが建設されることはなかった。文字通り、机上の空想に留まったわけだ。他の同志たちが表現主義のロマン的な恣意性を捨て、合理主義に転じた後もフィンステルリンはそれに同乗することなく、20年代の半ばからは建築から身を引き、50年後に没するまで画と著述に専念した。73年に彼の死亡記事が新聞に載った時、建築の世界から見れば半世紀も前に過去の人となった人物がそれまで生きていたという事実に奇妙な衡撃を受けたことを筆者は未だに覚えている。

湖畔の別荘
ヘルマン・フィンステルリン Hermann Finsterlin
「湖畔の別荘」


 フィンステルリンが転身を行わなかった理由の一つが彼がプロフェッショナルなトレーニングを受けていなかったことにあるのは疑いを容れない。合理主義建築は近代技術から導かれた造形を第一にしたからである。しかし、それが決定的な理由とはいえない。信頼のおける協力者さえ介在すれば、例えばデオ・ファン・デースブルクのような美術家が実作をつくっている例はあるし、家具デザイナーであったリートフェルトは近代建築史上のメルクマールとなったシュレーダー邸を建て、以後プロの建築家として身を立てている。そもそも近代合理主義建築自体が、いわれるほどに高度なテクノロジーを駆使したものであったかも疑ってみる余地がある。フィンステルリンの造形的傾向(趣味)が合理主義のザッハリヒなそれと合致しなかったからという理由はもとより真実であろう。彼は後に人類が「プロメテウスの熱帯よりはミース・ファン・デル・ローエの砂漠を選んだ」ことを遺憾とする、という発言を行っている。プロメテウスは表現主義者の「ガラスの鎖」グループにおける彼自身の偽名(このグループは各々が偽名で名のることを旨としていた。)である。しかし、それは単なる恣意的な造形上の好みにとどまるものでなかった。他の建築家たちの転身の理由は、合理主義が「時代精神」を具現化するものだという信念に求められるが、フィンステルリンには、このテクノロジーに主導された進歩主義的なモダニズムのイデオロギーに対抗する思想があった。それはフォルムの自律的な発展、進化の途の上に自らの造形を位置づけるという思想で、ことばをかえていえば建築形態のダーウィニズムとでもいうべきものである。若い頃に医学を学んだフィンステルリンは建築におけるダーウィンをもって自認したのである。

博物館
ヘルマン・フィンステルリン Hermann Finsterlin
「博物館」


 「ものの形態のABC、および形態の三重性の控えめな結合は、今日に至る迄、人間の建築の、不明確な語彙であった。」原形、つまり球の三つの同素的体状態とは、次の通りだ―球は、円錐形をめざして動いていく、そして絶えることなく棒状へと進み、ついには頂点や稜の多面体の抵抗作用があらわれることになる。こうした原形の二、三の特性は、融合したり、浸透したり、あるいは分かれたりしながら、互いに形態の雌雄が結び合って最初の雑種をつくりだした。だがこの雑種は、数千年を通じて不毛であつた。多種多様な、常に豊かに分かれていく立体の絶え間ない結合による〈形態自体〉の無限の変種への決意がなされなかったのだ。建築は、今日に至るまで、形態の崩壊であった。」「カサ・ノーヴァ」(新しい家)と題された1924年の論文でフィンステルリンはこう書いている。建築形態の「種の淘汰」をめざすフィンステルリン。彼はまたこうも書く。「不十分なものと満ちたりたものとが、すべてふるい分けられていくように、汝らのふるいをその最高の意志に合わせて調節せよ、それらは受胎にむくいるものではないのだ。汝ら、立体を知るものよ、球と面とで満足するな。それは人間の遺産に対する忘恩というものだ。」
 フィンステルリンの建築のドローイングがそれが置かれるべき周囲のコンテクストを一切示していないのは注意しておいてよいかもしれない。表現主義は本質的に都市的な芸術現象である。それへの反発が強い田園志向として結晶しているとしても、それは両義的なものであった。だが。フィンステルリンの場合は、周囲は都市どころか田園ですらない。むしろ建物と地盤との境界すら定かではない。土地の形すら芸術的なファンタジーの領域に編入されている。「カーサ・ノヴァ・テラ・ノヴァ」(新しい家、新しい大地)。それはあたかも遊星の上に築かれた異星人の住み家のようですらある。
 フィンステルリンの造形は彼の活躍した時代の技術に合致するものではなかった。しかし、その後の技術、空気膜構造やシェル構造などの発展からすれば、それらは将来とも実現不可能な形態ではなくなりつつある。実際、ミュンヘン・オリンピックのスタジアムの屋根などで特異な形態の追求を合理的に行っているフライ・オットーはデザイナーではなく構造技術者である。それはまだフィンステルリンのイメージには追いついていないが、時代は再び彼のものとなるかもしれない。それは本当に異星の上につくられることになるかもしれないのだ。「カーサ・ノヴァ」の最後に彼はこう書いている。「この世のものとも思われぬこの建築について、その技術上の可能性、この世の手段をお尋ねになるのですか?意欲のあるところ、そこには道があるのです。」

技術高等学校
ヘルマン・フィンステルリン Hermann Finsterlin
「科学技術高等学校」


アトリエ
ヘルマン・フィンステルリン Hermann Finsterlin
「アトリエ」


やつか はじめ

*現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.97』(1983年12月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
「湖畔の別荘」
http://www.flickriver.com/photos/quadralectics/8279863197/
「博物館」
現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.99』より
「科学技術高等学校」
http://lizgroth.tumblr.com/post/58177497632/archiveofaffinities-hermann-finsterlin-glass
「アトリエ」
https://www.flickr.com/photos/quadralectics/82798626

八束 はじめ Hajime Yatsuka
建築家・建築批評家
1948年山形県生れ。72年東京大学工学部都市工学科卒業、78年同博士課程中退。
磯崎新アトリエを経て、I983年(株)UPM設立。2003年から芝浦工業大学教授。2014年退職、同名誉教授。
代表作に白石市情報センターATHENS,
主要著書に『思想としての日本近代建築』。
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●今日のお勧め作品はマイケル・グレイヴスです。
DSCF4989 のコピー
1989
紙に鉛筆、色鉛筆
Image size:13.0x81.0cm
Signed
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J.ローゼンクイストとメル・ラモス

菅井汲展@ときの忘れもの(2016/08/19)
今日の夕方はときの忘れものに。開催中だったのは菅井汲展。今回展示されているのは1970〜80年代の版画で、幾何学的な抽象図形の作品が並ぶ。
菅井汲の作品は日本の戦後美術を扱う展示の中で何度も見たことがあるが、彼の作品だけをまとめて見るのは初めて。とても理知的な、クールな印象のある作品たちなんだけど、それぞれの作品を見比べることで、作家が作品ごとに色彩や形状、余白の使い方をどのように考え、選んできたのかがなんとなく伝わってくる気がした。作品を色々な環境で見るって、新しい視点をくれるものなんだな。

Luv Pop TYO (Pop U NYC跡地)より>

毎回、私どもの企画展にいらっしゃってくださる林光一郎さんが菅井汲展についてコメントしてくださいました。
夏の暑い時期だったのであまり期待していなかったのですが、なぜか連日海外の方たちが来廊されました。菅井さんの画集やレゾネ(いずれも英文併記)を一時間もかけて読みながら作品を鑑賞されていった女性もいました。最終日にいらしたフランス人に聞くと、何とかという英文のサイトで紹介されたらしい。
閉店間際にお買い上げになった最後の客もタイのバンコクの人で、支払いはカード、即壁から作品を外してお持ち帰りになりました。

偶然ですが夕方には一年ぶりにロスから関根伸夫先生が来廊され、スタッフやゲストの皆さんとにぎやかに会食しました。
8月4日のブログで書いたとおり、そもそも亭主が菅井汲先生を口説いて多数のエディションをつくることができたのは関根先生の助言によってでした。

ときの忘れものは29日(月)まで夏休みをいただいております。
このブログは年中無休なので、休み中、幾日かは亭主が書かねばならない日があり、休み前にはない知恵を絞ってブログの画面を埋める作業に没頭しておりました。

さて本日は画廊コレクションからアメリカポップアートを代表するジェームス・ローゼンクイストとメル・ラモスの作品をご紹介しましょう。

第二次世界大戦後、アメリカに代表される大量生産・大量消費社会をテーマとするポップアート(pop art)が世界を席捲します。1950年代にイギリスで誕生し、1960年代にアメリカでロイ・リキテンスタインアンディ・ウォーホルたちが従来のオリジナル信仰をひっくりかえし、雑誌や広告、漫画、報道写真などそのまま素材として描き、一躍スターとなります。それを擁護する新しい画商やコレクターたちの出現がそれを支えたことは間違いありません。
20世紀の美術はさまざまな潮流を生みましたが、なかでもポップアートの広がり、次々と現われる作家群、すでに半世紀を経ても衰えることのないパワーは他の潮流を圧倒しています。

ジェームス・ローゼンクイスト(James Rosenquist,1933年〜 )
Hot Lake《Hot Lake》
1978年  銅版
イメージサイズ:44.6×90.0cm
シートサイズ:57.9×101.8cm
Ed.78 Signed

この作品は銅版画としてはかなりのサイズです。もともとローゼンクイストは若い頃は看板画家として生計を立てていたくらいだから、そのテクニックを巧みに応用した巨大サイズの作品をつくり一躍名をあげます。版画でも同様で、1992年作の『Time Dust』にいたっては2.1m x 10.6mの特大サイズ。10メートルの版画なんてときの忘れものでは展示はおろかドアからも入らない(笑)。

メル・ラモス(Mel RAMOS, 1935年〜 )
ramos_01_woman-bird《女と鳥》
1969年
シルクスクリーン
65.0x50.6cm
Ed.100 Signed

ウォーホル、リキテンスタインなどNYなどを拠点とした作家たちと一線を画して、独自の道を歩んだのが西海岸を代表するポップ・アーティスト、メル・ラモス。裸のピンナップ・ガールと日用雑貨、たとえば、タバコやワイン、ゴルフボールといった身の回りのありふれた商品を組み合わせたスタイルは彼の真骨頂です。

もはや古典ともいえるポップアートの市場的価値はますます高騰していますが、盛者必衰は世のならい、果たして次の時代は。
尊敬する某コレクター氏によれば、具体やもの派などの再評価のうねりを考えると、次の時代を牽引するのはマルセル・デュシャンに始まりローレンス・ウェイナー、河原温、松澤宥、ブルース・ナウマン等にいたるコンセプチュアル・アートの流れではないか、とのこと。
日本は作家たちが高く評価されるのに反比例して画商やコレクター、美術館の世界への影響力は残念ながらとても低い。忸怩たる思いがありますが、世界の潮流をリードする存在にはなっていません。若い世代に期待しましょう。

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201609artdeco

1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

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藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第12回

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第12回

 誰の目にもその貢献が明らかなのに、いざそれを具体的に証明しようとすると難しい、そんな存在があります。建築家アルヴァ・アアルトの妻であったアイノ・アアルトは、そのような存在だったと言っていいかもしれません。そのアイノについての展覧会が、ギャラリーエークワッドで開かれています。
 アイノはフィンランドで女性に教育を受ける権利が与えられるようになってほどなく1913年にヘルシンキ工科大学に入学し、建築を学びます。1920年に卒業した後、いくつかの建築事務所勤務を経て1924年にアルヴァの事務所で働き始め、その半年後にはアルヴァと結婚します。それから1949年に亡くなるまでの25年間、アルヴァの公私にわたるパートナーとして、主に家具やインテリアの仕事で活躍しました。アルヴァはアイノの没後も1976年に亡くなるまで多くの素晴らしい仕事を完成させましたから、アイノの名前があまり語られなくなったのも仕方ないことだったのかもしれません。しかし、近年になってアイノについての研究が進んできたようです。
 二人の名前が記されたプロジェクトは数多くありますが、どこまでがアイノのデザインでどこからがアルヴァのものか、その功績を腑分けして解明しようと思っても、アイノの研究者が既に述べているように、それを完全に明らかにすることは不可能でしょう。そして、それはあまり意味のあることとも思えません。アイノが亡くなるまで作品には二人がサインし、展覧会は二人の名前で発表されていたように、まさにそれは二人の構想の結実であったと考えてよいでしょう。二人の関係は、アイノあってのアルヴァ、アルヴァあってのアイノだったと言えます。交友関係においても、二人がそれぞれに友人たちからの刺激を仕事に反映させた様子がうかがえます。1930年代初頭に二人は、バウハウスで教鞭をとっていた芸術家のモホリ・ナギと懇意になっています。ナギと知り合った後にアイノが撮った写真作品からは、明らかにナギの手法に倣おうとしていたことが見てとれます。この時期は、モダニズムを標榜してアアルト夫妻がグリクセン夫妻らとインテリア・デザインの会社アルテックを立ち上げる直前です。ちょうどアルヴァがCIAM(近代建築国際会議)に参加し始めた頃で、二人が多岐にわたる芸術分野からモダニズムの薫陶を受けたことが想像されます。アルヴァとアイノは、問題意識と関心を共有し続けたからこそ、共同で作品をつくっていけたのでしょう。

DSC02867リーヒティのアアルト邸ダイニング・キッチン、2014年、筆者撮影
アイノがデザインした正面の戸棚は、手前のダイニングと奥にあるキッチンの両側から開けることができます。


 エークワッドの展示には、アイノが関わった作品が一通り紹介されていますが、その足跡を詳しく知るためには、展覧会に合わせて翻訳・刊行された『アイノ・アールト』(TOTO出版)に目を通すことをお勧めします。
 また、アイノの仕事をより理解するには、アイノがデザインにおいて力量を発揮したアルテックの軌跡を辿る必要がありそうです。現在、アルテックとアアルト夫妻に焦点をあてた展覧会 Artek and the Aaltos: Creating a Modern World がニューヨークの Bard Graduate Center Gallery で開かれています。この展示には、アイノの学生の頃のスケッチブックや、近年発見されたアルテック設立直前の旅日記を含む、これまで展示されたことのない作品が多く出展されているとのことです。ニューヨーク旅行の際には是非お立ち寄りを。
 
AINO AALTO Architect and Designer 展(2016.8.12-10.31、GALLERY A4)開催中↓
http://www.a-quad.jp/exhibition/exhibition.html

『アイノ・アールト』(TOTO出版)
http://www.toto.co.jp/publishing/detail/A0359.htm

Artek and the Aaltos: Creating a Modern World 展(2016.4.22-9.25、Bard Graduate Center Gallery)こちらも開催中↓
http://www.bgc.bard.edu/gallery/gallery-at-bgc/artek-and-aaltos.html
ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、磯崎新です。
20160822_FOLLY-SOAN2磯崎新
「FOLLY-SOAN 2」
1984年
木版
イメージサイズ:30.0×37.2cm
シートサイズ:57.0×76.0cm
Ed.50
サインあり


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●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
休み中のお問合せ等への返信は直ぐにはできませんので、ご了承ください。

◆ときの忘れものの次回企画は「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」です。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
201609artdeco

1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細はコチラをお読みください。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。

津田青楓『盲亀半生記』

本日からときの忘れものは夏休みです。
ブログは年中無休
で、豪華執筆陣の皆様のおかげで発信し続けますのでご愛読ください(休み前に予約投稿しなければならないので、担当の秋葉は執筆者の皆さんに早めの原稿を懇願しまくり、てんやわんやでありました)。
スタッフにとっては正味9日間の休みですが、以前は2週間ほど休みにしていました。
だんだんスタッフが増え(仕事もも増え)、毎月の企画展のほかに海外へのアートフェア出展が頻繁になるとなかなか会社を長く休むことができなくなりました。
もちろんスタッフには年休制度があるので、留守中の代打さえきめておいてくれれば、社長も亭主も長期休暇にはモロ大賛成であります。

さて亭主と社長の夏休みは、
先ずリハビリのための病院通いが二日あります。
懸案となっていた補聴器と老眼鏡の購入にも行かねばなりません。
大事なお客様への納品がひとつ入っています。
社長はたまっていた家事の片付けに二日ほどとられるでしょう。
となると9日マイナス6日=3日が純粋の夏休みでしょうか。
例年、都内某所にこもり、美術館と映画でリフレッシュするのですが、今年はその某所がなくなってしまった、どうしよう・・・・

●臨時ニュース
シンガポール在住の森迫さんという方が、先日開催された「ART STAGE JAKARTA 2016」についてアートローグというサイトにレポートを執筆されています。インドネシアのアート事情はもちろん、ときの忘れものの出品作品についても丁寧にご紹介していただきました。ぜひご一読ください。
モンドリアン本棚
今年の前半を振り返ると、新しいシリーズ企画として「アートブック・ラウンジ」を始めたのがちょっとした出来事でした。
もともとは広い(はずの)倉庫を埋め尽くしている書籍(ダンボール箱)のやま、ヤマ、山を何とかせねばというはなはだ不純な動機から始まった企画でした。亭主の好きなモンドリアンをデザインした特注の本棚(請求書のゼロが5つ)を仙台の職人Kさんにわざわざつくってもらい、第1回を3月に、第2回を6月に開催しました。

「第2回アートブック・ラウンジ〜画廊のしごと(南画廊のカタログ)」では、いまや伝説の画廊となった志水楠男さんの南画廊が1956年から79年に開催した199回の展覧会からフォートリエ展はじめ、ヤング・セブン展、加納光於展、中西夏之展、サム・フランシス展、山口長男展、オノサト・トシノブ展、菅井汲展などのカタログを展示頒布しました。
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ご来場された方のうち、上掲の本棚の一隅に小さな本が展示してあったのをお気づきになった人はいたでしょうか。
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津田青楓喜寿祝賀出版とサブタイトルのある『盲亀半生記』

津田青楓(つだ せいふう、1880年9月13日 - 1978年8月31日)は京都出身の画家、書家、随筆家、歌人としても活躍しました。
本名は津田亀治郎(旧姓は西川)。
華道の去風流家元の西川一葉の息子として京都市中京区押小路に生まれます。生家はお花やさんでもありました。兄の西川一草亭が家を継ぎ、去風流家元となります。
青楓は母方の津田家の養子となります。
はじめ四条派の升川友広に日本画を師事し、1897年京都市立染織学校に入学。傍ら、谷口香嶠に日本画を師事。同校卒業後、同校の助手を務める。1899年関西美術院に入学し、浅井忠と鹿子木孟郎に日本画と洋画を師事する。1904年には兄の西川一草亭らと共に小美術会を結成。
日露戦争には衛生兵として従軍、乃木将軍指揮の旅順攻撃に加わり悲惨きわまりない激戦を体験します。
1907年から農商務省海外実業実習生として安井曾太郎と共にパリに留学し、アカデミー・ジュリアンにてジャン=ポール・ローランスに師事。アールヌーヴォーの影響を受けます。1909年に帰朝。1913年に文展を脱退し、1914年の二科会創立に参加します。
1929年京都で津田洋画塾を開き多くの若い画家たちを指導しますが、のちに友人河上肇の影響でプロレタリア運動に加わり、1931年第18回二科展に、立派に聳え立つ国会議事堂と粗末な庶民の家屋群を対比させた「ブルジョワ議会と民衆の生活」を出品しますが警察当局の圧力により「新議会」と改題させられます。
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津田青楓「犠牲者」
1933年、油彩


戦前の代表作ともいうべき「犠牲者」は、1933年(昭和8年)の小説家小林多喜二(1903−1933)の虐殺に触発されて描かれたものですが、官憲のプロレタリア芸術運動への弾圧が激しさを増す中、津田自身も家宅捜索され、一時拘留されました。このとき《ブルジョア議会と民衆生活》は押収されましたが、「犠牲者」は幸いにも隠し通すことができ、いまでは東京国立近代美術館に収蔵されています。
この絵のモデルをつとめたのが津田洋画塾に学んでいたオノサト・トシノブです。
転向して二科会から脱退し、洋画から日本画に転じた青楓は良寛研究に打込みます。

02目次より
(クリックしてください)

03目次より
(クリックしてください)

04目次より
(クリックしてください)

目次からもおわかりのように波乱の多かった半生を生き生きとした筆致で回顧しています。晩年の剛直な性格を反映した墨彩作品は、新文人画ともいうべき自由な画風で、独特の情趣を示しています。

ながながと青楓の生涯を辿りましたが、この小さな本の奥付こそが、本日の主題であります
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奥付
(クリックしてください)

発行人は当時30歳だった南画廊の志水楠男さんです。
発行年月日は志水さんが南画廊をオープンして間もない1956(昭和31年)9月7日です。

いったいどういう因縁で志水さんがこの本を刊行したのでしょうか。南画廊史である 『志水楠男と南画廊』には一言の言及もありません。
ご存知の方がいたらぜひご教示ください。

●今日のお勧めは、ともに南画廊を発表の場としたオノサト・トシノブ菅井汲です。
オノサト65-Aオノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-A"
1965年  リトグラフ
イメージサイズ:17.0×24.0cm
Ed.120  Signed
※レゾネ(アートスペース 1989年)No.15。レゾネにはEd.150とあるが誤記、正しくはEd.120。

オノサト65-Bオノサト・トシノブ Toshinobu ONOSATO
"65-B"
1965年  リトグラフ
30.0×40.0cm
Ed.120  Signed
※レゾネNo.16

onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 Signed
*レゾネNo.20

onosato "Silk-7"
1967年
シルクスクリーン
50.2×50.2cm
Ed.150 Signed
*レゾネNo.27

Onosato "F-8"
1984年
シルクスクリーン
60.5×72.5cm
Ed.100 Signed
*レゾネNo.201

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菅井汲_SIGNAL B菅井汲
《SIGNAL B》
1976年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 31.3×23.0cm
Sheet size: 40.5×28.6cm
Ed.150  Signed
*レゾネNo.250(阿部出版)

sugai060814菅井汲
SIGNAL C
1976年
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size: 33.0×19.0cm
Ed.150  Signed
*レゾネNo.251(阿部出版)

sugai060815菅井汲
SIGNAL D
1976
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
Image size:
31.5×22.0cm
Ed.150  Signed
*レゾネNo.252(阿部出版)

sugai_GUEST2菅井汲
GUEST II
1980
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
57.5×44.0cm
Ed.150  Signed
※レゾネNo299(阿部出版)

sugai_GROUP4B菅井汲
GROUP 4-B
1980
シルクスクリーン(刷り:石田了一)
58.5×43.0cm
Ed.150  Signed
※レゾネNo.307(阿部出版)

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
本日から8月29日(月)までは夏休みにつき、お問合せへの返信は少々遅くなりますので、ご了承ください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できません。

●ときの忘れものは、ただいま夏季休廊中です(2016年8月21日[日]〜8月29日[月])。
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◆ときの忘れものの次回企画は「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」です。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
201609artdeco

1910年代半ばから1930年代にかけてヨーロッパおよびアメリカを中心に一世を風靡したアール・デコ(仏: Art Déco)を代表する4人の作品約15点をご覧いただきます。

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
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沢木耕太郎『流星ひとつ』新潮文庫〜宮脇愛子

今日は宮脇愛子先生の命日です。
2014年8月20日に亡くなられる直前まで、ときの忘れもので油彩による次の新作展を開きたいと絵筆を握っておられました。

先日、新潮文庫から刊行された沢木耕太郎さんの『流星ひとつ』の表紙カバーには宮脇愛子先生のドローイングが使われています。
沢木耕太郎「流星ひとつ」_2 のコピー沢木耕太郎「流星ひとつ」 のコピー

2013年8月22日に衝撃的な投身自殺を遂げた歌手の藤圭子さん。
沢木さんのノンフィクション『流星ひとつ』は30年以上前、彼女が28歳で芸能界を引退する際、数回にわたって行われたロングインタビューをもとに構成され、原稿は完成していたのですが沢木さん自身の考えで当時刊行はされませんでした。それが藤圭子さんの自殺を契機にようやく陽の目をみたのですが、単行本が出版されたとき沢木ファンの亭主は直ぐに買って読みました。

藤圭子さんが亡くなってから3年、祥月である8月に新潮文庫となるに際して、著者沢木耕太郎さんの強い希望で表紙には同じ8月に亡くなられた宮脇愛子先生のドローイングが使われました。
この作品は、2013年12月にときの忘れもので開催された「宮脇愛子新作展2013」で発表されたものですが、なぜ沢木さんが宮脇作品を希望されたかは、『深夜特急』(1〜6,新潮文庫)の愛読者ならおわかりになるでしょう。
miyawaki_13
宮脇愛子
"Work" (13)
2013年 紙に銀ペン
イメージサイズ:30.7×25.0cm
シートサイズ :42.2×29.8cm
サインと年記あり

さあ、たんとお上がりなさいね」(『深夜特急4』新潮文庫129ページ)

1979年6月5日_東大美博 (59)1979年6月5日
沢木耕太郎さん(左)と、宮脇愛子先生(右)
於:東京駒場・東京大学教養学部美術博物館
磯崎新展オープニング


表紙『宮脇愛子新作展2013』図録
2013年12月
16ページ
25.7x18.3cm
図版:16点
※現代版画センター刊『PRINT COMMUNICATION No.84』(1982年9月)に収録された宮脇愛子と植田実の対談を再録
価格:800円(税別)、送料:250円

ときの忘れものでは幾度か宮脇先生の個展を開催してきましたが、生前最後となった「愛子新作展2013」のレセプションの様子をご覧ください。

最後に私事になりますが、今日20日は11年前に亭主の次男が台北で亡くなった日でもあります。暑い夏の日、台湾に迎えに行ったときのことが昨日のことのように思い出されます。


●今日のお勧め作品は、宮脇愛子です。
06宮脇愛子
"Work" (3)
2013年
ミクスドメディア
イメージサイズ:45.5×43.5cm
シートサイズ :56.3×43.5cm
サインと年記あり

miyawaki_05宮脇愛子
"Work" (5)
2013年
紙に銀ペン
イメージサイズ:23.2×28.5cm
シートサイズ :29.8×42.0cm
サインと年記あり

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

ときの忘れものは明日から夏休みに入ります。8月21日[日]〜8月29日[月]は夏季休廊です。

◆休み明けの次回企画は「アール・デコの作家〜バルビエ、エルテ、ラブルール、カッサンドル展」です。
会期:2016年9月1日[木]〜9月10日[土]*日曜、月曜、祝日休廊

◆「ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート第3回 独奏チェロによるJ.S.バッハと20世紀の音楽」を9月17日(土)夕方4時(16時)より開催します。いつもより早い開演時間です。
プロデュース:大野幸、チェロ:富田牧子によるプログラムの詳細は8月18日にこのブログで発表します。
要予約、会費:1,000円。メールにてお申し込みください。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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