駒込Las Casasより、湯村光「四角柱」

先日は失礼ました。
たしかに壁面展示するのが通常のギャラリーのやり方だと思うのですが、ある種のヴューイングルーム的な方法で運営されるのもあるのではと感じました。
ヴァーチャルな展示をPC内で行います。そのうえで予約して望みの作品現物を見にきます。廊下はその際にかけておくスペースに使います。または、支持体が紙の場合にはファイルにしておき、みてもらうような展示もありだと思います。
資料も同時に見て、作家の理解を深めながら作品も見ることができれば、と思います。
ご検討お願いします。

(Nさんのメールより)>

今度の空間には壁が少なく、平面作品の展示に悩んでいるとこのブログでも再三愚痴ったら、ご意見番(40年来のお客様です)のNさんからガツンとやられました。
阿部先生の建築があまりにも素晴らしいので、私たち自身がこの空間に振り回されてしまい、ネットの時代における肝心の美術作品の魅力の伝え方に頭が行きませんでした。
21世紀に生きる私たち画商は否応なく、ネットでの発信、受信によって商売をせざるを得ません。
青山時代(何だか大昔みたいですね)、ネット発信に賭けた私たちが言っていたのは「リアルとバーチャル」ということでした。
青山に現実の画廊空間を持つときの忘れものが、ネットで作品情報を世界に発信する、二つがあるからこそ、顧客は安心し、信用して作品を買ってくださるのだと。
貧乏画廊が望み得る最高の空間を手に入れたのですから、初心に戻り、Nさんの言う「ヴァーチャルな展示をPC内」で行う工夫をしましょう。
少し勇気が湧いてきたぞ。

〜〜〜

黒御影石の磨き上げられた断面はそれだけでも美しい。
湯村光は、その石が持っている特徴から華美な装飾をそぎ落とし、研磨面と被断面の対比に焦点を当てた立体作品を作り続けています。

阿部勤先生の設計によるLas Casasはル・コルビュジエの流れをくむコンクリート打ち放しの豪快な壁面と、一階から二階にかけての床のタイル、三階の木の床面が絶妙なバランスを持つ快適な住宅建築ですが、そこに黒御影石による石彫を置きたいと思いました。
湯村光の作品がぴったりでした。

湯村光湯村光
「四角柱」 2010年頃
御影石  H29×W10×D10cm

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

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左は常松大純


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右壁面は光嶋裕介

■湯村光 Hikaru YUMURA(1948-)
1948年、鳥取生まれ。1971年、東京芸術大学彫刻科卒業。同年、国立パリ美術学校に1年間留学。華美な装飾をそぎ落とし、研磨面と被断面の対比に焦点を当てた黒御影石による石彫を主に制作している。国内外での発表を重ねる他、京都国立近代美術館、神奈川県立近代美術館、埼玉県立近代美術館などの美術館や、公共空間へのパブリック・アート設置の実績も多い。第4回ヘンリー・ムーア大賞展優秀賞(1985年)、第24回中原悌二郎賞優秀賞(1993年)受賞。

●今日(日曜)と明日(月曜)休廊です。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome
出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第23回

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第23回

 約2年にわたり、建築資料に関わる様々な事柄について書かせていただきてきましたが、この連載も残すところあと2回となりました。連載の締めとして、私がここ3年間一貫して携わってきた大眄疑融駑舛鯲磴法建築アーカイブ整理の流れをまとめたいと思います。
 大眄疑融駑膳欧蓮旧制浦和高等学校在籍中から前川國男建築設計事務所を経て独立するまで(1937年頃-1962年)の、主に建築活動に関わる大眄疑邑朕融駑舛函大盞築設計事務所(1962-2010年)が行った建築・都市計画業務に関する事務所資料からなります。個人資料にはメモやスケッチ、日記等、事務所資料には建築設計図面のみならず、大判の地図複製に描き込んだ都市計画図や1,000冊に及ぶ報告書、写真アルバムや文書資料等が含まれています。事務所の資料をほぼ丸ごと寄贈していただいたため、資料の搬出は数回に及び、その量も膨大なものとなりました。建築家の資料にどのような種類のものが含まれるかを知るには、恰好の資料群です。
 建築資料は建築家個人や設計事務所が保管していることが多く、本人の逝去や事務所閉鎖等をきっかけに、資料館のような公的な場に移管されます。資料移管についての相談を受けた場合、まずは総量と状況の調査に赴きます。資料の状態は様々で、所員によって綺麗に整理されている場合もあれば、全くの混沌状態もあります。その概要をざっと把握し、何を受入対象とするかを検討します。受入方針は機関や対象資料によって様々で、特定のプロジェクトに関する図面だけを選んで受け入れる選択をする場合もあります。しかし基本的には、アーカイブとして一体的に資料を受け入れることが望まれます。図面資料だけでは分からない設計の過程や建築家の思想が、スケッチや写真、文書記録といった資料からみえてくるのです。資料の有機的なつながりを読み解いていくことこそ、アーカイブ資料を使った研究の醍醐味といえるでしょう。
 いざ資料移動となったら、保管されていた状況が分かるように記録をとります。大盪駑舛両豺腓蓮∧欖匹気譴討い燭泙泙両態で図面筒等に番号をつけ、それをそのまま整理番号として使用しています。しかし、搬出時の保管状態が資料作成時の意図を反映しているとは限りません。度重なる移動で、あるべき並び方が変わってしまっている場合も多くあります。現状にとらわれすぎると、資料整理が却って複雑になってしまうこともあるため、来歴をよく確認し、適度な記録を心がけ、資料整理の方針を立てることが大切です。
 資料館では、譲り受ける資料は、保管庫に入れる前に燻蒸することにしています。資料は温湿度の管理もない場所に長年置きっぱなしの場合が多く、害虫やカビが発生していることもあります。そのような場合は他の資料に悪影響を及ぼす上、整理担当者の健康を害する危険もあります。しかし、筆者が海外で見てきた組織では、燻蒸をしている話は一度も聞きませんでした。「資料整理は虫との闘い」なんていう言葉も聞きました。燻蒸ができるに越したことはないですが、予算がない組織では、そこまで費用をかけらないという現実もあります。非常によい状態で保管されていて、燻蒸が必要ない場合もあるでしょう。燻蒸にも、カビも殺せる薬剤燻蒸と虫対策用の炭酸ガス燻蒸があります。資料の状態をよく確認し、予算や用意する保管庫の状態を考慮に入れながら決めるのがよいでしょう。

DSC06082_s炭酸ガス燻蒸の様子
(2017年筆者撮影、以下同じ)


 資料を整理できる状態が整ったら、総量と種類を把握して、整理の見通しを立てる必要があります。整理には場所と人員、それに時間もかかります。種類によって整理・保管方法も異なります。整理に使える場所はどのくらいか、何人くらいでどれくらい時間をかけて整理するのか、そしてどのような場所にどうやって保管するのか。あらかじめこれを考えておかなければ、やがて作業は破綻してしまいます。米国議会図書館では、資料整理の最初に、手順や必要な保管容器の概算等を計画書としてまとめていました。資料館では、担当が変わったり展覧会の予定が入ったりと、なかなか安定して資料整理のみを進めることができていませんが、整理途中であっても、誰が見ても状況が分かるようにしておくのは大切なことです。
 建築資料で大きな割合と重要度を占めるのは、やはり設計図面です。図面は通常の文書資料とは違い、A2からA0、場合によってはそれ以上と、サイズが大きいことから、扱いには工夫が必要です。建築事務所では図面を筒に入れて保管していることが多く、長年丸められていた資料を整理するために平らに伸ばすのに、また骨が折れます。湿気を加えて伸ばしやすくする方法もありますが、資料館では単純に重しを乗せて数日から数週間置いています。紙の質によっては巻き癖はなかなかとれませんが、それでも1週間ほどで扱いやすくなります。

DSC05875_s図面資料フラットニングの様子


 図面には製図印が押されており、その中に建築物名や図面名称、日付、図面番号、製図者等が書かれていることが多く、主にこの情報を目録にとります。目録を整える際には、最終的にどのように情報を提供するべきかを考えて記述を行う必要があります。検索する人が欲しい資料に到達できること、そして他機関とも情報共有ができること、が目標です。資料館では、国際公文書館評議会(ICA)が定めた記述方式ISAD(G)に準拠することを考え、ISAD(G)の項目と資料館で定めた目録項目のマッピングを行っています。語句の統一も検討する必要があります。建築物の名前や建築に関わる専門用語等をどのように整理していくのかは、これからの課題です。ゲティ財団や米国議会図書館は、美術・建築分野のシソーラスを作成しています。日本語でもこのような取り組みが必要となるでしょう。
ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、斎藤義重です。
20170722_saito_05_beaupin-g-red斎藤義重
《ボーパンG―赤》
1973年
合成樹脂、アルミ板
73×61cm
Ed.100
サインあり
裏面に斎藤義重自筆サイン・シール、東京画廊シールあり


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移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

北澤敏彦さん死去〜真当に息吹き込みて泡銭

訃報です。
ときの忘れものの創業以来、いやそれ以前の亭主の編集者時代からのほとんどの印刷物、制作物のデザインを担当してくれた北澤敏彦さんが7月18日午前9時過ぎ、入院先の調布の病院で亡くなられました。
亭主にとっては30年来の盟友ともいうべき大切な友人でした。

kitazawa北澤敏彦 Kitazawa Toshihiko
1946年 長野県生まれ。
1968年 桑沢デザイン研究所グラフィクデザイン研究科卒業。
1969年 東京グラフィックデザイナーズ入社。
1974年 株式会社ディス・ハウス設立。
2017年7月18日 死去。

受賞
東京アートディレクターズクラブ賞(書籍)
NAAC展・東京アートディレクターズクラブ推薦技術賞(ポスター)
ポスタートリエンナーレトヤマ入選(ポスター)2回
ワルシャワポスタービエンナーレ入選(ポスター)
毎日広告デザイン賞 5回入選
雑誌広告賞 金・銀・銅賞 他
個展
1979年「肖像」西瓜糖
1995年「またたび」 ギャラリー&カンパニー
2017年「北澤敏彦展」バツ・アート・ギャラリー 

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景気が怪しくなってきて、デザイン料といういわば無形の能力が極端に軽視されはじめた頃、2008年の北澤さんからの年賀状に「真当に息吹き込みて泡銭」とありました。
そのときのことは2008年1月5日のブログに少し書きました。

亭主が北澤さんと知り合ったのは、1980年代の末、ようやく倒産の始末が一段落し、虎ノ門にあった日本アドヴィザーという会社に勤めたときでした。
フランス人ボスの信頼するデザイナーとして紹介され、以来、うまがあうというか、北澤さんが亭主のわがままに付き合える度量の持ち主だったというべきか、長い付き合いになりました。
デザイナーというよりは、私たちにとっては頼りがいのある編集協力者であり、伴走者でした。
おもいつくままに、北澤さんと亭主でつくった作物を紹介します。

●1988年
アンディ・ウォーホル『ポップ・アートの神話 アンディ・ウォーホル展』図録
1988年
発行:日本アドヴィザー
デザイン:北澤敏彦
30.0x30.0cm
56ページ
図版:114点収録


●1989年
ラブルール版画展『ジャン=エミール・ラブルール版画展』図録
1989年 
ギャラリーアバンギャルド 発行
86ページ 29.7x22.0cm
日仏併記
執筆:海野弘
デザイン:北澤敏彦+株式会社ディス・ハウス


01『エッフェル塔 100年のメッセージ【建築・ファッション・絵画】』図録
1989年
313ページ 30.0x22.0cm
エッフェル塔100周年記念実行委員会
うめだ阪急百貨店・群馬県立近代美術館・松菱・東京ステーションギャラリー・岩手県民会館で巡回開催
会期:1989年9月〜12月
監修:中山公男
デザイン:北澤敏彦+ディスハウス
日仏併記


●1991年
02『没後15年 銅版画の詩人 駒井哲郎回顧展』図録
1991年
資生堂 発行
63ページ 26.0x18.0cm
収録図版:85点(油彩、水彩、銅版、木版、モノタイプ)
執筆:中林忠良、野見山暁治、駒井美子、福原義春、中村稔、河合晴生、
解題:綿貫不二夫
企画・編集:資生堂企業文化部、アルスマーレ企画室
デザイン:ディスハウス(北澤敏彦)
*シリーズ企画<資生堂ギャラリーとそのアーティスト達>の第1回展図録


●1995年
03『資生堂ギャラリー七十五年史 1919〜1994』
1995年
資生堂 発行
736ページ 30.5x23.0cm
監修:富山秀男
編纂委員:阿部公正、飯沢耕太郎、海野弘、五十殿利治、田中日佐夫、富山秀男、横山勝彦、
執筆:赤木里香子、秋山正、阿部公正、飯沢耕太郎、石川毅、海上雅臣、海野弘、大井健地、大泉博一郎、大河内菊雄、大谷省吾、大屋美那、五十殿利治、金子賢治、河田明久、菊屋吉生、北川太一、栗原敦、小池智子、佐々木繁美、島田康寛、清水勲、清水久夫、白石和己、菅原教夫、巣山健、田中日佐夫、富山秀男、中村圭介、中村誠、野地耕一郎、林洋子、福原義春、藤森照信、藤谷陽悦、増野恵子、松永伍一、六岡康光、村上公司、諸山正則、矢口國夫、柳沢秀行、山本武夫、横山勝彦、吉田漱、綿貫不二夫
デザイン:北澤敏彦


●1997年
04『久保貞次郎を語る』
1997年
文化書房博文社 発行
268ページ 21.0x15.0cm
執筆:久保佳世子、久保翠、周郷博、武谷三男、今泉篤男、綿貫不二夫、磯辺行久、岡部徳三、小野忠重、桂ゆき、北川民次、木村利三郎、細江英公、他
デザイン:北澤敏彦


05『瑛九作品集』
1997年
日本経済新聞社 発行
204ページ 32.0x26.0cm
監修:本間正義
執筆:五十殿利治、横山勝彦
デザイン:北澤敏彦
編集:三上豊、綿貫不二夫
制作:有限会社ワタヌキ
作品図版:237点(油彩130点、コラ−ジュ・フォトデッサン45点、銅版画39点、リトグラフ23点、他に参考図版68点)


●1998年
vol2磯崎新
連刊画文集『栖十二』より
第二信ル・コルビュジェ[母の小さい家]

ときのも忘れもの 発行
1998年8月15日付書簡(書き下ろしエッセイ)と銅版画1点が挿入された。
限定:35部
パッケージデザイン:北澤敏彦


06『安藤忠雄 Prints 1998』
1998年
ときの忘れもの 発行
36ページ A4判
執筆:飯島洋一(多摩美術大学助教授)
デザイン:北澤敏彦


●1999年
07版画掌誌『ときの忘れもの』第01号
1999年
ときの忘れもの 発行
24ページ 32.0x26.0cm
表紙シルクスクリーン刷り、無綴じ
デザイン:北澤敏彦
特集1/小野隆生(1950〜 )
 詩:高橋睦郎
特集2/三上誠(1919〜1972) パンリアル美術協会を創立し日本画の革新に挑んだ
 執筆:松永伍一 松本育子


●2000年
08版画掌誌『ときの忘れもの』第02号
2000年
ときの忘れもの 発行
28ページ 32.3x26.2cm
表紙シルクスクリーン刷り、無綴じ
デザイン:北澤敏彦
特集1/磯崎新
 執筆:植田実
特集2/山名文夫
 執筆:山口昌男(文化人類学者)、西村美香(日本近代デザイン史研究者)、渡部豁(陶芸家)


09版画掌誌『ときの忘れもの』第03号
2000年
ときの忘れもの 発行
24ページ 32.3x26.2cm
表紙シルクスクリーン刷り、無綴じ
デザイン:北澤敏彦
特集1/草間彌生
 執筆:小泉晋弥
特集2/パーヴェル・V・リュバルスキー
 執筆:五十殿利治


●2001年
10版画掌誌『ときの忘れもの』第04号
2001年
ときの忘れもの 発行
24ページ 32.0x26.0cm
表紙シルクスクリーン刷り、無綴じ
デザイン:北澤敏彦
特集1/北郷悟 テラコッタによる人物表現で現代の具象彫刻を先導
 インタビュー:三上豊
特集2/内間安王星 伝統木版にモダンな色彩感覚を吹き込む
 執筆:水沢勉


●2003年
22磯崎新・連刊画文集『百二十の見えない都市』第一期たとう
デザイン:北澤敏彦

23第一期 2001年7月 漏斗都市
版画+書き下ろしエッセイ:磯崎新
本文デザイン:北澤敏彦

24第一期 2001年8月 地中都市


25第一期 2001年9月 垂直都市


26第一期 2001年10月 方城都市


●2004年
20170718 (3)

2004年4月10日 表参道の街角にて、北澤さん(左端)の事務所は直ぐそばでした。

●2005年
11版画掌誌『ときの忘れもの』第05号
2005年
ときの忘れもの 発行
32.0x26.0cm
表紙シルクスクリーン刷り、無綴じ
デザイン:北澤敏彦
特集1/ジョナス・メカス フローズン・フィルム・フレームズ(静止した映画)と呼ぶ写真作品を紹介
 執筆:ジョナス・メカス、ランズベルギス
 翻訳:木下哲夫
特集2/日和崎尊夫 1992年50歳の若さで死去した日和崎尊夫の遺した木口木版画の秀作を紹介
 執筆:谷川渥、日和崎尊夫


12『日和崎尊夫句集』
2005年
ときの忘れもの 発行
112ページ 18.8x18.8cm
俳句・短詩50、挿画50点、略歴
執筆:日和崎雅代
オリジナル木口木版画『鋼鉄の花』1点を挿入
限定300部
デザイン:北澤敏彦


●2006年
003『トリシャ・ブラウン―思考というモーション』
2006年
ときの忘れもの 発行
112ページ A5判
執筆:トリシャ・ブラウン、岡崎乾二郎、スティーヴ・パクストン、マース・カニングハム、ウィリアム・フォーサイス、ジョナス・メカス、中谷芙ニ子、石井達朗、黒沢美香、岡田利規
翻訳:木下哲夫、中井悠
編集:ぱくみょんみ、尾立麗子、綿貫不二夫
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)


トリシャブラウン編集会議

2006年2月8日 青山・ときの忘れもの 『トリシャ・ブラウン』編集会議
左から時計周りに、ぱくきょんみ、中谷芙二子、岡崎乾二郎、三上豊、北澤敏彦、綿貫不二夫、尾立麗子


●2008年
13『描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動30年』図録
2008年
池田20世紀美術館 発行
76ページ A4判
和英併記
執筆:瀬木慎一、大野正勝、樋口昌樹
対談:小野隆生・河合哲夫
編集:尾立麗子
デザイン:北澤敏彦


●2009年
14『磯崎新版画展 宮脇愛子展』図録
2009年
中津万象園保勝会 発行
27ページ A4判
執筆:林道郎、植田実、磯崎新、宮脇愛子
デザイン:北澤敏彦


15柳田冨美子『緑蔭小舎と作家たち』
2009年
ときの忘れもの 発行
編集:尾立麗子、秋葉恵美、綿貫不二夫
デザイン:北澤敏彦・森田茂(ディスハウス)
表紙絵:北澤敏彦
159ページ
26.3x19.0cm
限定500部


●2011年
poster_A_600「第21回瑛九展 46の光のかけら/フォトデッサン型紙」瑛九展ポスター(表)
デザイン:北澤敏彦+DIX-HOUSE
サイズ:84.1x59.4cm(A1)
限定200部(番号入り)

poster_B_600瑛九展ポスター(裏)


●2012年
16『松本竣介展』図録
2012年
ときの忘れもの 発行
15ページ 25.6x18.1cm
執筆:植田実
デザイン:株式会社ディスハウス


●2014年
表紙『瀧口修造展 I』図録
2014年
ときの忘れもの 発行
76ページ 21.5x15.2cm
執筆:土渕信彦
再録:瀧口修造
ハードカバー、英文併記
デザイン:北澤敏彦(株式会社DIX-HOUSE)


●2015年
カタログ表紙『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録
2015年1月3日
発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
編集:ときの忘れもの(尾立麗子、秋葉恵美)
デザイン:北澤敏彦、高橋千瑛(DIX-HOUSE)
96ページ 25.7x18.3cm
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫(ときの忘れもの)


●2016年
17『山口長男とM氏コレクション展』図録
2016年
ときの忘れもの 発行
20ページ 25.7x18.2cm
執筆:三上豊(和光大学)
和英併記
出品作家:津田青楓、仙波均平、山口長男、緑川廣太郎、オノサト・トシノブ、桂ゆき、古茂田守介、駒井哲郎、高橋秀、加納光於
デザイン:北澤敏彦+DIX-HOUSE

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2016年12月28日 ときの忘れもの忘年会
後列中央が北澤さん(その左が亭主)
19
左から北澤敏彦、加畑美純、水戸野孝宣


●2017年
21『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ 25.7x18.2cm
図版:33点(モノクロ作品14点、カラー作品19点)
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦、高橋千瑛(DIX-HOUSE)


ときの忘れものの全仕事は、北澤さんという稀有な才能を持ったデザイナーによって支えられてきました。
ときの忘れものの移転通知の案内状も北澤さんによるものです。
最後まで現役を貫いた北澤さん、ありがとうございました。どうか安らかにおやすみください。
                 合掌

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第5回

清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第5回

 瀧口綾子夫人の連絡先は自由が丘画廊の実川さんに教えていただいたが、あの書斎のあった新宿西落合の家を出られてから何度目かの転居の後に神奈川県足柄上郡大井町にある実弟の鈴木陽さんの家の近くのアパートに住まわれていた。お手紙によれば「絵画等は郷里の富山県立(近代)美術館に寄託、蔵書は多摩美大図書館に寄贈しました。」とあり、身辺にあって大切に保管していた瀧口の作品や原稿類などの整理にようやく手を付け始めたばかりとの事で、弁護士に相談をしているが著書の出版さえままならないと嘆いておられる状態だった。そうした中で1985年7月に佐谷画廊が第5回オマージュ展として瀧口修造の絵画作品の展示を行った。ドローイング、水彩、バーントドローイング、デカルコマニー、ロト・デッサンなど160点余りが展示されたが残念ながら見に行くことができなかった。

01「第5回オマージュ瀧口修造展」カタログ


02同上カタログより


 だが、購入可能な作品もあるということを聞き、天童さんに依頼してその中から1点のデカルコマニーを選んでもらうことにした。カタログにも掲載されているが、サインは無く1960年代に制作されたモノクロームの作品である。それまでは瀧口の絵画作品が一般に売りに出されるような機会はほとんどなかったのではないだろうか。

03デカルコマニー作品(1960年代)


 翌年の2月には京橋のM.ギャラリーでも「画家としての瀧口修造展」が開かれることになり、綾子夫人から案内状が届いた。初日には間に合わなかったが所用で上京した折に見に行ったところ、すでにほとんどが売約済みとなっていた。後日、記名帖を見られた綾子夫人からお礼の手紙と共にこのカタログが贈られてきたのには恐縮してしまった。

04「画家としての瀧口修造展」案内状


05同上カタログ


06同上カタログより


 土渕さんに初めてお会いしたのは1987年7月1日、佐谷画廊の第7回オマージュ瀧口修造展「マルセル・デュシャンと瀧口修造」の折ではなかったかと記憶している。この展覧会は一画廊の企画としては充実した内容で、デュシャン夫人と綾子夫人から借りてきた作品に加え、「大ガラス」東京版レプリカ制作のために瀧口が遺していた「シガー・ボックス」と呼ばれるメモなどが入った箱とガラスの試作品「チョコレート磨砕器」などが展示されていた。この日、美術評論家の東野芳明さんが画廊の入口に突然現われ、ガラスのドアを一瞬開閉するやいなや立ち去って行ったのを目撃した。酔っているようにも見えたが、東野さんならではのパフォーマンスではないかと私は思った。

07「第7回オマージュ瀧口修造展」カタログ


08同上カタログより


09同上カタログより


 その晩には有楽町のレバンテという会場で瀧口修造を偲ぶ「橄欖忌」が催され、佐谷画廊の手配で私にもその案内状が届いていた。実験工房のメンバーで作曲家の秋山邦晴さんが世話人代表となり、瀧口綾子夫人、武満徹、吉岡実夫妻、漆原英子、北代省三、池田龍雄、岡崎和郎、篠原佳尾、岡田隆彦、吉増剛造、阿部良雄、海藤日出男さんなど、これまで写真でしか見たことがない錚々たる顔ぶれの集まりであった。私は佐谷さんや土渕さんの他に知る人もなく、場違いな所へ来たと感じながら来場者を眺めているしかなかった。武満徹さんが入ってきたときは、まるで武術の達人のように見えたし、当時私が最も傾倒していた詩人吉岡実さんにも近寄ることすらできなかった。吉増剛造さんは懇談に加わらず、独り椅子に座ってカタログを見ていた。綾子夫人にもこの時初めてお会いしたのだが、土渕さんの紹介でご挨拶するだけが精一杯だった。

10橄欖忌案内状


11瀧口綾子夫人(中央)


12左より北代省三、武満徹、海藤日出男


13左より池田龍雄、漆原英子、吉岡実夫妻、篠原佳尾


14左より松澤宥、漆原英子、池田龍雄、岡崎和郎


15左より山口勝弘、吉増剛造


 翌日は竹芝桟橋の近くにある雅陶堂ギャラリーの「ジョゼフ・コーネル展」を見に行った。
「Crystal Cage(水晶の鳥籠)[ portrait of Berenice ](ベレニスの肖像)」というテーマで、コーネルにとって重要な作品とされているものである。
 
16ジョゼフ・コーネル展案内状


17ジョゼフ・コーネル展会場


 ベレニスは永遠の若さの象徴としての架空の少女の名前で、このカタログに寄せてサンドラ・L・スター女史は「コーネルが愛してやまなかった物語の主人公たちをもとにし、事実とフィクションを織り混ぜて作り上げられた夢の子供なのだ。」と解説している。それは一つの作品として顕在しているのではなく、「一個のトランクの中に閉じこめたさまざまな素材の風変わりなアッサンブラージュ(集積)として表現した。」ものなのである。さらに、コーネルとデュシャンの関係に触れて、デュシャンの「大ガラス」のための制作メモを収めた「グリーン・ボックス」などから着想を得たのではないかとも述べている。

18「ベレニスの肖像」(ジョゼフ・コーネル展」1992年・神奈川県立近代美術館カタログより


19グリーン・ボックス(「マルセル・デュシャンと20世紀美術展」2004年国立国際美術館カタログより)


 コーネルの作品を見たのは初めてで、他に箱の作品5点とコラージュ作品4点が展示されていた。コーネルの箱を見ると、小学生の頃に夏休みの図画工作の課題で海藻や珊瑚の絵を背景に糸で釣られた色んな魚たちが泳いでいる紙箱で作った水族館や昆虫の標本箱の記憶が蘇る。巧緻を極めた美しいコーネルの作品は童心を呼び覚まし、ノスタルジーを掻き立てる。

20第3回ジョゼフ・コーネル展カタログ


21同上カタログより


 雅陶堂ギャラリー(現・横田茂ギャラリー)は海岸に面した倉庫の4階の一角をギャラリーに転用し、その広い空間を活かした展示と取り扱う作家に特徴があり、画廊主の横田茂さんは古美術商としての経験と現代美術への造詣を併せ持ち、長く残る本物の美術しか扱わないというポリシーを持った方である。

22鈴江第3倉庫・4階に横田茂ギャラリー


23横田茂ギャラリー


 1978年に日本で初めてコーネルの展覧会を行い、そのときのカタログ制作には瀧口も全面的に協力し、序詩と七つの作品に寄せた断片的な詩を発表していて一冊の詩画集のような趣をもたらしている。1982年に第2回展を行い、この時が3回目にあたるが、それを実現した横田さんの功績は賞賛されねばならないだろう。

24第1回「ジョゼフ・コーネル展」カタログ


25同上カタログより


26同上カタログより


 この東京でデュシャンとコーネルの展覧会がほぼ同時期に開催され、いずれも瀧口修造へのオマージュとして企画されていたのも不思議な巡り会わせであった。
せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20170720_takiguchi2014_I_11瀧口修造
"I-11"
インク、紙
イメージサイズ:30.5×22.0cm
シートサイズ :35.4×27.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

12

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

駒込Las Casasより、葉栗剛「現代神将」

異常気象というほかはありません。
20170719_hyo_02

昨日18日午後、駒込は突然の雹の嵐に見舞われました。大きいものは直径3cmほどもあり、道を挟んだ向かいのマンションの網戸などズタズタにされてしまっており、傘などさして歩こうものなら蜂の巣にされてしまうのではないかというもの凄い勢いでした。救いはごくごく僅かな時間しか降らなかったことですが、その短時間にLAS CASASの庭は植木の花も葉も軒並み打ち落されて地面もタイルも見えない有様となってしまいました。片付けを思うと気が重いです。

20170719_hyo_09玄関の角に出来た氷溜まり。
雹の一つが2〜3cm程の大きさがあります。

20170719_hyo_08玄関から見た風景。
既に溶けてなくなってしまいましたが、5〜10分で排水溝が雹と葉っぱで詰まってしまい、通りがあっという間に川のようになってしまっていました。

20170719_hyo_03横殴りの風と雹に吹き散らかされ、目隠しになっていた植木は隙間だらけに。

20170719_hyo_06庭の角に積み上げった雹の山。
スタッフ曰く「製氷トレイをひっくりかえしたみたい」。
スタッフの一人が手配した花の鉢も今回で全滅。退避させようとした時には、既に雹の勢いは外に出るのが危険なくらいでした。

20170719_hyo_113階のテラスにも氷だまりが。
気温のせいで見る間に溶けて行きましたが、多少気温が下がったとはいえ、湿度の上がりを考えると素直に喜べません。

(しんざわ ゆう)

~~~~~~~~~~
*本日19日は、小林紀晴さんのエッセイ「山の記憶」の更新日なのですが、筆者の都合により休載いたします
来月は通常通り8月19日に掲載します。

きのうは、久しぶりに伺うことができて、楽しい時間を過ごすことができました。
個人住宅ということもあり、駒込の駅から歩いて行き、中で美術作品を見ると、知人のうちで美術品を見せてもらっている感覚になりますね。住宅もセンスあり、また機能的になっていて、画廊とオフィスが、空間で調和がとれていると思います。

(Kさんのメールより)>

先日は新しいギャラリーを拝見させていただき、ありがとうございました。
阿部勤さんの設計された住宅は素晴らしいですね。アパートの部分は友人の若い建築家が住んでいたので、何度か訪れたことがあるのですが、こちらの住宅部分は初めてで。。
とても贅沢な空間ですね。
個人住宅を展示スペースにするのはいろいろメリットがあると思いました。
ゆっくりできますし。サロンコンサートも開けそうですね。
自宅も仕事場も近いので、これから時々お邪魔したいと思います。

(Mさんのメールより)>

七夕のお披露目展に、文京区向丘の和菓子店・一炉庵の夜雨最中10個入りをぶら下げて出掛けたのは、この私です。
私は現在、足立区在住ですが、その前は文京区根津、旧町名でいうと、根津宮本町に8年、根津宮永町に10年住んでおりました。ときの忘れもの様が今回、本駒込にお引っ越しをされるとのお知らせに、根津と本駒込は隣の街みたいな気分で、とても嬉しく思い、私の大好物の夜雨最中を持参したという訳です。
東京の観光地の1つ、谷中根津千駄木周辺には上野からの流れで、ギャラリーなどが大小様々あります。新店舗そばを通る本郷通りを本郷まで下れば、ギャラリーなどがありますが、本駒込はアート関係が不毛なエリアだと思います。
(中略)
本駒込はかつてお屋敷町として、お金持ちが多く暮らす地域でした。今は大きな敷地も税金対策で切り売りされている状況かもしれませんが、ときの忘れもの様としては、本駒込エリアのアート文化を盛り上げていって頂きたいという気持ちでいっぱいです。

(Sさんのメールより)>

駒込の新しい根拠地、コンクリート打ち放しの空間に日本伝統の木彫作品をどこに置くか。
意外にすんなりと決まりました。
題材がぴったりだったからでしょうか。

22


23


現代神将_H105cm
葉栗剛  「現代神将」
2013年   木彫 楠木、彩色  H107cm  サインあり
*撮影:二塚一徹

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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

葉栗剛 Takeshi HAGURI(1957-)
1957年名古屋市に生まれる。1982年に愛知県立芸術大学彫刻科を卒業し、1984年に愛知県立芸術大学大学院を修了。卒業後は木彫を主に制作しているが、野外作品はアルミニウム素材を使用する。主な個展は1996年・1998年 村松画廊(東京)、2006年 中京大学 C・スクエア(名古屋)、2009年千葉県アンデルセン公園こども美術館など多数。主なグループ展は1996年 神戸具象彫刻大賞展、2000年 フォクトランド国際彫刻シンポジウム(ドイツ)、2001年 富獄ビエンナーレ展(静岡県立美術館)、2013年 第16回岡本太郎現代 芸術賞」展 ほか。
愛知県立日進西高等学校、ふれあい公園(静岡県春野町)、伊自良村総合運動公園(岐阜県)、愛知県立西春高等学校 愛西市立佐屋小学校(愛知県)、長久手町立北小学校(愛知県) に作品が設置されている。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第2回

石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」─2

『鏡の前のリチャード』

展覧会 キュレトリアル・スタディズ(12)
    泉/Fountain 1917─2017
    京都国立近代美術館4階コレクション・ギャラリー
    2017年4月19日(水)〜2018年3月11日(日)

Case-2 He CHOSE it.
    キュレーション 藤本由紀夫(美術家)
    2017年6月14日(水)〜8月6日(日)
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MR2-1会場のiPad画面 タイトル部分を黄色で表示


MR2-2リチャード・マット事件(多田羅珠希訳)


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 藤本由紀夫さんの作品と初めて接したのは、大阪江戸堀の児玉画廊での個展だった。ずいぶん昔の事である。最近では京都四条大宮のクマグスクで移住空間的に遭遇。音への耐性を持たない身には、視覚と聴覚とのコラボで新しい感覚を幾つか頂戴した。わたしの場合には「眼」が先行していると思うが、今回の『泉/Fountain 1917-2017』年間企画での、氏によるマルセル・デュシャン解釈が、どの辺りにあるのか、現代の美術家にとって、避けて通れないデュシャンの呪縛が、どう消化されているのか、そんな事に興味を持ちながら、拝見させていただいた。
 京都国立近代美術館4階奥の展示室「D」は中央の壁によって観客の素通りから展示を守っているようで、入り口の位置関係からか、わたしの場合は日本画などを観ながら右回りで入室する事が多い。今回は大きな箱と暗幕が張られた先にカメラが置かれた暗い部屋になっていて、見世物小屋の期待感が漂う。そして、カメラの背後に立つと鏡の世界が広がって思わず吸い込まれてしまった。視覚移動は奥から始まり手前のファインダーに繋がる仕掛。『泉』が背中越しに4つの表情を見せ、物質感を消して視覚だけに訴えかける様子。藤本さんは眼の位置を何処へ誘導しようとしているのだろう。ぼんやりとピントグラスに逆さの像が浮かび上がっている。
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MR2-3


MR2-4


MR2-5


 「左右は逆なのに上下はそのままに視える」鏡の不思議が鏡面との距離を反映した結果と知ったのは最近であるが、「普通の眼」しか持たない者にとって、この世界が四次元の影であるとしたら、合わせ鏡が投影する世界は光速の中にあり「影」を自明にする装置は時間と共にあるだろう。マン・レイは運動を色彩によって現そうとしたが、デュシャンは分割写真の並置による残像で解決しようとした。『階段を降りる裸体 No.2』(1912年)の後に現れた便器についての解釈は、さまざまあるが、時間の問題を取り込み、便器の後ろ姿の「カッコ良さ」に着目した藤本さんが、レンズを挟んで像の上下を逆にし、イメージが飛び去るのを防いでいるように思えた。ルーペを使ってピント面を確認したいところだけど美術館の展示室では許されないね----次回はギャラリースコープを持参しなくちゃ。
 暗い部屋の入り口付近に置かれた研究書の頁では、デュシャンが写る20世紀初頭に流行した合わせ鏡による肖像写真が紹介されている。便器を持ち込んだ同じ年の秋、ブロードウェイの写真館で撮らせたと云う。

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MR2-6キャロライン・エヴァンス著『機械的微笑 フランスとアメリカにおけるモダニズムと初期ファッションショー 1900-1929』(イェール大学出版、2013年刊) 48-49頁


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MR2-7


MR2-8ウォルター・ホップス、ウルフ・リンデ、アルトゥーロ・シュワルツ編著『マルセル・デュシャン: レディメイドなど』(テラン・ヴァーグ、1964年刊)


MR2-9マルセル・デュシャン『不定法にて(ホワイト・ボックス)』シート「次のようなものの間の類似」(1966年刊)


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 6月23日(金)の夕方、美術館1階講堂で藤本由紀夫さんの講演会が開かれた。各座席に『ザ・ブラインドマン』のコピーが置かれているので、驚き、今回の年間企画に対する関係者の熱意に恐れ入った。資料コピーの扱いじゃなくて、全16頁の冊子仕様。聴講者が溢れている。展覧会タイトルの「彼はそれを選んだのだ。」の「彼」はご自身の訳だから、話題は興味深い。デュシャンの発言から「作品を見る者にも、作品をつくる者と同じだけの重要性をあたえるのです。」や「芸術は選ぶことになる。」などを紹介しながら、友人から土産品として貰ったデュシャン展(メニル・コレクション、1987年)のカタログの裏面に飾られた「便器の後ろ姿」の美しさに気づいた体験を語られ、効果確認の為の紙製便器が肉付きされ、しだいに、デュシャンに成りきる作家の日常が面白い。合わせ鏡に便器を鎮座させるアイデアでの展示は、『泉』100年を祝福する世界中のどこかの美術館で採用される恐れがあるので、5期に別れた年間企画の早いタイミングでの展示をお願いしたと藤本さんは告白されていた。尚、前回の平芳幸治氏と同様、講演の内容は後日、文字起こしされると聞いた。紙モノが、どんどん生み出される展覧会、これは、すごい、そして、嬉しい。

MR2-10藤本由紀夫『VEXATION』(2017年、作家蔵)


MR2-11藤本由紀夫『passage(la vierge/la Mariée)』(2014年、作家蔵)


MR2-12藤本由紀夫『here & there』(2010年、作家蔵)


MR2-13藤本由紀夫『ECHO (A RIGHT ANGLED) ver.2』 (2001年、西宮市大谷記念美術館蔵)


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 新作の『VEXATION』は壁に向かって開かれ、後ろ姿を意識させるものの、キャサリン・ドライヤーに繋がる「いまいましさ」へは、『Tu m'』の解釈を聞かないとたどり着けない。今回、藤本さんが選んだ作品(?)たちは、鏡に関するもので、音速から遠く離れ、視覚のズレと脳による再構成でなっている。眼の学習が必要な面持ちで、それぞれの視点を探した。像を結ぶと云うけれど、裏返された像は何処にあるのだろう? ヘリコイドを回す代わりに身体を移動させてしまった。
 暗い部屋に戻って暗幕と便器の間で「自分」の見え方を観察。『泉』に仮託したデュシャンは五人だけど、鏡を写すわたしの像は四人。世界の果ては後頭部にあると若い時に聞いたけど、わたしも又、どこに行こうとしているのだろう。藤本さんが用意した観客の立ち位置は、セットされたカメラの背後であるかと思う。スティーグリッツの肩越しにピント面を覗き込むリチャード・マット氏の身振りも想定された事だろう。

MR2-14R.Mutt氏になった気持ちの筆者が四人


MR2-15京近美の玄関から見上げた平安神宮大鳥居など 


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 マン・レイの写真集(カイエ・ダール、1934年刊)に寄せたデュシャンのエッセイ『鏡の前の男たち』は、文学的レディメイドとして知られているが、最終段には「鏡は彼らを眺める。彼らは気を取り直す。入念に、まるでネクタイを結ぶように、格好をつくる。図々しく、まじめくさって、自分の顔付を意識しながら、あたりを見廻し、さて世の中に対面するのである。」(『マルセル・デュシャン語録』(1968年刊)収録『鏡の前の男たち』(瀧口修造訳)、78-80頁。以下引用も同じ)とある。

 講演会が終わり、近くの古書店で雑談した。「便器の後ろ姿と云うけれど、実用では見上げるんだよね、とばっちりが来そう」などと続けると品がないけど、先のエッセイの書き手はデュシャンを意識して「およそ美男というものは恋にふさわしくない。」と文中で述べた後、「だが恋に向いているのは偉大な醜さなのであって」とマン・レイを連想させ「偉大な無口男たちは沈黙のかげに豊かなものを持っているか、何も持っていない。」と段落を終えている。「何も持っていない。」無口男は夜更けに大鳥居を見上げ、改めてリチャードには近づいちゃいけないと思うのだった。

続く 

いしはら てるお

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「キュレトリアル・スタディズ12:泉/Fountain 1917−2017」
会期:2017年4月19日[水]〜2018年3月11日[日]
会場:京都国立近代美術館 4F コレクション・ギャラリー内
時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
   ※毎週金曜・土曜9:30〜20:00(入館は19:30まで)
休館:月曜(月曜日が休日に当たる場合は、翌日が休館)、及び年末・年始
   ※展示替期間:2017年6月13日(火)、8月8日(火)、10月24日(火)
企画:平芳幸浩(京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授)、牧口千夏(当館主任研究員)

1917年にマルセル・デュシャンによって「制作」されたレディメイド作品《泉》は、20世紀美術にもっとも影響を与えた作品として知られています。また1960年代のコンセプチュアル・アート以降、デュシャンの《泉》を解釈・解読すること自体が創作行為にもなっています。2017年4月に《泉》が100周年を迎えるにあたって企画されたこのプログラムでは、当館の所蔵作品だけでなく現代の美術家によるデュシャン解読の作例を加え、各回展示替えをしながら本作品の再制作版(1964)を1年間展示するとともに、さまざまなゲストを迎えて《泉》およびデュシャンをめぐるレクチャーシリーズを開催します。

●Case 2: He CHOSE it.
2017年6月13日(水)〜8月6日(日)
キュレーション:藤本由紀夫(美術家)
レクチャー:6月23日(金) 午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

●Case 3: 誰が《泉》を捨てたのか
2017年8月9日(水)〜10月22日(日)
キュレーション・講師: 河本信治(元・当館学芸課長)
レクチャー:9月2日(土)午後6時〜7時30分
会場:京都国立近代美術館 1階講堂
※先着100名、聴講無料、要観覧券、当日午後5時より1階インフォメーションにて整理券を配布します。

下記は、詳細が決まり次第当ページにてお知らせします。
●Case 4 
2017年10月25日(水)〜12月24日(日)

●Case 5
2018年1月5日(金)〜3月11日(日)
(京都国立近代美術館HPより転載)

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●今日のお勧めは、『マルセル・デュシャン語録』特装版です。
takiguchi2015_selected_words
『マルセル・デュシャン語録』
1968年
本、版画とマルティプル
外箱サイズ:36.7×29.8×5.0cm
本サイズ:33.1×26.0cm
サインあり
A版(限定部数50部)
1968年7月28日
東京ローズ・セラヴィ 発行
販売:南画廊


duchamp_03マルセル・デュシャン
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《プロフィールの自画像》
A版所載の印刷版複製
1968年
29.4×23.0cm
マルセル・デュシャンと著者の自筆サインあり


takiguchi2015_roseselavyportrait瀧口修造
マルセル・デュシャン
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《ウィルソン・リンカーン・システムによるローズ・セラヴィ》
1968年
サインあり


takiguchi2015_roseselavyportrait2角度によって見え方が変化します


johns_02ジャスパー・ジョーンズ
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《夏の批評家》
1968年
レリーフ版画
サインあり


tinguely_02ジャン・ティンゲリー
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《コラージュ・デッサン》
c.1967年
シルクスクリーン
サインあり


arakawa_02荒川修作
〈マルセル・デュシャン語録〉より
《Still Life》
1967年
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

◆ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」 第6回

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」

第6回 透明な砦 ナンジュセール・エ・コリ通りのアパート(ポルト・モリトーの集合住宅)


倉方俊輔(建築史家/大阪市立大学准教授)


画:光嶋裕介(建築家)
原画

 1917年にパリに出てきて10年あまり、故郷のラ・ショー=ド=フォンとシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリという本名を捨て、再スタートしたル・コルビュジエの勝利の証が1934年に完成した。ナンジュセール・エ・コリ通りのアパートである。
 何といっても、保守的なパリ市内に、機械時代の「新精神」に基づく集合住宅を打ち立てたのである。構造は工場のように合理的だ。正面の中央に独立して立つ打ち放しコンクリートの柱が、空間を構成しているのが積まれた壁ではないことを誇示している。荷重を支持しなくてよくなった外壁を、もはや重々しく仕立てる必要はない。ファサードは一面のガラスブロックと板ガラスという素材そのもので、なぜこの工業の時代にあって、人々は歴史の垢を引きずった様式的な形態にしがみついているのかと問いかける。大ぶりなガラスが使われている。サッシだけでなくバルコニーも金属で製作されている。道路に面した東西面のデザインは同一で、どこからどこまでが一戸なのかをうかがい知れない。単に光をできるだけ取り入れるという即物的な機能だけであれば、ここまでデザインする必要はない。ファサードが即物的に機能を果たす一機械としての住まいの表現であるのは明らかだ。工業製品は薄汚れもしないし、味も出ない。その代わりに交換可能なのだから、純粋に暮らしに奉仕することができる。人間が主人なのだ。
 過去のヒューマニズムの抜け殻を人文主義的だと捉えて未来を窒息させることと、これまで「非人間的」とされていたものの中に新しい精神を見出して踏み出すことと、どちらが人間を尊重しているだろうか。パリに出てきてからのコルビュジエは、鋭くそれを問うた。誰がつくったのかではなく物言わぬ工場や民家に、物言わせた。
 住まいを最重視したことも、従来の多数派とは違った行き方だった。住居が人間を形づくる基盤だと考えたからである。彼が思う「人間」をつくるための。1929年、2年前にパリからニューヨークまでの大西洋無着陸横断飛行を試みて消息不明になった第一次世界大戦で43機のドイツ機を撃墜したシャルル・ナンジュセールとフランソワ・コリという2人のフランスの英雄から命名されたナンジュセール・エ・コリ通りがパリ市内に辛うじて含まれる市境の道路だったとしても、当初は48m×24mの敷地全体にかかわる野望を抱きながら結局は北側のアール・デコ・スタイルの建物と南側のボザール・スタイルの建物と3分割して開発された残りの26m×13mの敷地しか設計できなかったとしても(※1)、文化的な都市の景観規制が自由気ままな壁面線を禁じて出窓やバルコニーの大きさも規定したとしても、これは第一次世界大戦後の建築におけるヒューマニズムの前衛戦を勝ち抜いた証だと言える。
 しかも、最上階がコルビュジエの住まいなのだ。1931年に設計が始まった時から8階と9階に加えて屋根の建設費も負担することを開発業者に提案して建物の共同所有者となり、1930年、フランス国籍を取得した年に結婚したモナコ出身の快活な女性イヴォンヌ・ガリスとともに大都会の眺望と屋上庭園の中で暮らした。ここは公私ともにサクセスストーリーに乗った、パリの建築家の橋頭堡(きょうとうほ)である。

*****

 今風に言えば、デザインは新しい貨幣価値を生じさせる。従来の常識を疑い、組み替えることによって潜在していた価値を顕在化させ、投下した資本に対してリターンをもたらす。コルビュジエはそんな才覚を持っていた。従来の勾配屋根をフラットルーフに置き換えることで、それまでは狭くて暗い使用人の屋根裏部屋でしかなかった最上部をリッチな空間に変貌させたのだ。実際にはこれを開発した業者は1935年に破産し、彼は資金回収のために建物を売却するという融資元の銀行との間で、自らの所有権を主張する長い裁判に巻き込まれただけだったが、やがてその発明は20世紀の資本主義社会の中で大いに模倣されるだろう。
 屋根裏部屋を追い出された使用人たちはどこに行ったか。半数はメインエントランスから最も遠い1階の裏手に向かった。慈悲深くも作品集にはこう記されている。「使用人たちの部屋は地上階に設けられることで、大抵はおぞましい屋根裏部屋に追い込まれる使用人たちを解放する(※2)」。もう半数は車庫や倉庫と一緒に地下へ。建築家は「西からの太陽がいっぱいの使用人たちの部屋は緑の植えられたイギリス風小庭に面している」と掲載図面に書き添えることを忘れていない。
 建物の平面は、横に長いH型だ。横棒に当たる部分が、エレベーターや階段や貨物用リフトといった垂直動線と、各住戸への入り口に当たる。1つの階に2戸または3戸が収まり、2つの中庭から各室に光を取り入れている。中央の1本だけ一直線からずれた5本の丸柱を配した平面は巧みで、それと隣家と接した壁面だけで支持されているため、改変可能な「自由な平面」であるのも特徴だ。天井高を法規で許される下限の2.5mまで詰めたことが、天井が高くて流動する1階の共有空間に寄与している。
 さあ、コルビュジエの家に急ごう。エレベーターは7階までしか止まらないため、8階の玄関までは階段を上がることになるが、おかげで大きなエレベーター機械が9階の屋上庭園に割り込むことはないし、心躍らせる移動の快楽はすでに始まっている。9階の内部空間は小さな日光浴室と来客用の部屋だけで、主な居住部分は8階にある。東側のアトリエ空間から西側のダイニングスペースの間の仕切りは、大きな回転扉が2つ。回転させれば、西と東の絶景を一度に味わえる。
 地上から離れ、光に満ち、数々の機器が人間の一挙一動の意味を高める。伸びやかなアトリエ空間と好対照なのが、機器がぎっしりと詰まった寝室だ。ダイニングスペースとの間を隔てる回転扉には衣装棚が付属し、ベッドの脚は83cmもあってテラスの欄干を越えて景色が目に入り、曲面で構成されたシャワールームは移動する船舶のそれを連想させる。
 重力を抜け出して空間は流動し、細部のデザインは人間の行動とともに楽しまれている。新しい精神に基づいた都市を、建築を、インテリアを、絵画を、コルビュジエは1920年代から旺盛に語っていた。今やそのすべてを手に入れたかのようだ。

6_1
ナンジュセール・エ・コリ通りのアパート(ポルト・モリトーの集合住宅)
竣工年│1934年
所在地│24, rue Nungesser et Coli_75016 Paris ,France
(撮影:倉方俊輔)
ナンジュセール・エ・コリ通り側の外観。コルビュジエの住居部分はル・コルビュジエ財団によって管理されているが、現在は修復工事のために見学不可。工事終了は2018年2月27日が予定されている。

*****

 不吉なものもある。ダイニングスペースの長い大理石テーブルをコルビュジエは、イヴォンヌの言葉によれば、 霊安室の解剖台から発想したという。
 この作品の3年前に、コルビュジエはシャンゼリゼ通りに面したパリの一等地の建物を手がけている。億万長者のシャルル・ド・ベイステギ氏からの純粋な遊びとしての屋上改修の依頼に(※3)、ロートレアモン伯爵が1869年に記し、1920年代のシュルレアリスム運動の中で再評価された有名な一句「ミシンと蝙蝠傘との解剖台の上での偶然の出会い」の美しさで応えた。いつものように緑を幾何学に従属させる屋上庭園。まるで新時代のフランス式庭園だ。ここではそれに加えて、周囲の風景を切り取る生垣も大きなガラス窓もモーターで上下に動作させた。機械時代の空間の変容のデモンストレーションである。絨毯のような芝生と純白な壁が接するところには、偽物のロココ調の暖炉を取り付けた。文脈から浮遊した新精神は応用の幅を拡げ、爛熟している。
 2つの屋上庭園には、建築家が狂騒の1920年代の中で手にした成功とマニエラが集約されている。不吉ではないか。最上階で残されている行為は、そこから落下することだけだから。

*****

 前回の連載で語ったサヴォア邸は、一つのピリオドをなす傑作だった。その後に設計されたナンジュセール・エ・コリ通りのアパートは、第二次世界大戦後のコルビュジエの作風を予告するとされる。8・9階の自邸の部分のみ隣家と接した壁面を粗石積みでこしらえ、切り捨てたはずの素材性を導入しているからだ。また、ヴォールトの天井を支持するV字柱を積極的に構造表現として用いていることも挙げられる。しかし、それもこの時点では機械的なものと、コントラストをなすものを取り合わせるという、ほんの遊びだったかもしれない。当時、彼が描いていた絵画はシュルレアリスムの傾向を見せている。天に浮いているのに大地のようで、ツルツルのガラスにザラザラな原始感といった異化作用はそれに通じる。
 コルビュジエは1965年に没するまで、このアトリエで絵を描き、社会を眼下に収め、イヴォンヌを愛し、通常は午後に仕事場に向かった。
 建築は社会の中で建つ。しかし、大事なのは社会から切り離されること。それがモダニズムの根幹の一つではなかったか。社会から切り離され、自己と対話することが必要だ。社会には現在しかない。したがって自己との対話とは、過去の自分のつくったもの、思考した結果に向き合うことにほかならない。そのとき、「過去」と「未来」は同時につくられる。誰に頼まれたのでもなく、たった一人で。
 1920年代の成功をもとに、社会から立て籠もる砦をコルビュジエは築いた。誰にも邪魔されずに絵画を描き、それを眺めた。自分が設計したデザインに向き合い、その意味も次第に発見されていっただろう。彼の名声は、この作品を頂点として失墜し…といったことは起こらなかった。自己と対話するこの透明な砦が、新たな出発を育んだからだ。

※1…以下の経緯は基本的に次の文献に従った。
Jacques Sbriglio『Apartment Block 24 N. C. and LeCorbusier’s Home』(Springer Science & Business Media, 1996)
※2…ウィリ・ボジガー編、吉阪隆正訳『ル・コルビュジエ全作品集 第2巻』(A.D.A.EDITA Tokyo、1978)p.126
※3…ウイリアム J.R. カーティス、中村研一訳『ル・コルビュジエ̶理念と形態』(鹿島出版会、1992)pp.143-145

くらかた しゅんすけ

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

表紙
『建築ジャーナル』
今年の『建築ジャーナル』誌の1月〜12月号の表紙を光嶋裕介さんが担当することになりました。
テーマはル・コルビュジエ。
一年間にわたり、倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」と光嶋裕介さんのドローイング「コルビュジエのある幻想都市風景」が同誌に掲載されます。ときの忘れものが企画のお手伝いをしました。
月遅れになりますが、気鋭のお二人のエッセイとドローイングをこのブログにも再録掲載します。毎月17日が掲載日です。どうぞご愛読ください。

●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
20170717_02
光嶋裕介 "幻想都市風景2016-02"
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm   Signed
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●明日のブログは、石原輝雄のエッセイ「マルセル、きみは寂しそうだ。」第2回です。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
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 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
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 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
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 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
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土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
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駒込Las Casasより、小林泰彦「No.148」

オープンハウスの日はお客様の多さに些か気圧されて早々にお暇しましたが、日を改めてゆっくりお伺いしたいと思います。
壁面展示は難しそうですが気持ちのいい空間ですから、いろいろと試行を重ねるうちに展示に最適な解が得られるのではないでしょうか。

(Mさんのメールより)>

先日は盛大なお披露目に伺い、素晴らしい新居に感心しました。
屋上や庭などは簡単なパーティーができそうですね。
静かな環境の中で、人の集まる場を作ってください。私は一年に数回、はるばる横浜の一番奥から、小石川高校やその少し先の千石2丁目のキリスト教会に来ておりますので、(2時間はかかりますが)距離感は感じません。
人の精神はおかしなもので、一旦距離感を心の中に感じてしまうと、たとえ物理的に近くても足が遠のいてしまうものです。
では今後の御活躍を期待しております。

(Kさんのメールより)>

お披露目にいらした皆さんが空間の面白さを褒めてくださるのですが、平面作品の展示の難しさはこれからも頭を悩ませそうです。
それでも緑豊かな青山を去り、駒込に移ることを決断した理由の一つに庭と緑の存在がありました。

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風がわたり、木々の緑が揺らぐ庭、阿部勤先生とオーナーの心のこもった庭。
ドアを開ければ内部ともつながり、パーティにももってこいの空間です。

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この素晴らしい外部空間にさて何を展示するか。
議論の末に選んだのが多くのパブリック・アートで知られる小林泰彦のステンレス彫刻「No.148」でした。

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小林泰彦 「No.148」
ステンレス   H121.0xW37.0xD11.0cm

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■小林泰彦 Yasuhiko KOBAYASHI(1947-)
1947年東京に生まれる。1972年東京芸術大学美術学部卒業。1974年東京芸術大学大学院鍛金専攻科修了。2007年〜2013年東北芸術工科大学教授。現在、日本現代彫刻作家連盟同人。
主な個展:1977年ギャラリー・アメリア(東京)、1985年佐谷画廊(東京)、2001年山梨県立美術館(山梨)、2006年Galleryエクリュの森(静岡)、2014年天王洲セントラルタワーアートホール(東京)。

本日(日曜)と明日(月曜)は休廊です
18日(火曜)からは平面作品の一部を展示換えして、引き続き「移転記念コレクション展」を開催します。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第36回

野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第36回

不思議なご縁と叔父の事

いつもお世話になっているときの忘れものさんが移転される事を知った時はびっくりしました。
新たなギャラリーは東京の駒込にある建築家の阿部勤さんが設計されたLAS CASAS、元々は個人住宅だった建物で、窓が多く自然光がたくさん入る素晴らしい場所のようで、以前綿貫さんが僕のメールを転載してくださったので、読まれた方もおられるかもと思いますが、改めて不思議なご縁のお話を書こうと思います。
移転の話がギャラリーブログに載った時、両親にも知らせるとびっくりした様子で、実はそのLAS CASASを設計をされた阿部勤さんは、父の兄、野口潔が坂倉準三建築研究所に勤めていた時の先輩で、当時日芸の写真学科の学生だった父は、アルバイトでよく坂倉さんの所で建築模型の撮影をしていたので、阿部さんの事もよく知っているとの事でした。
残念ながら叔父の野口潔は3年前に癌で亡くなってしまったのですが、不思議なご縁だなと思いました。

叔父は坂倉準三建築研究所での最後の仕事で徳島の大塚国際美術館を設計し、退社後にODA(開発途上地域の開発を主たる目的とする政府及び政府関係機関による国際協力活動)でベトナムやケニヤに行き、設計、責任者兼現場監督で学校を建て、その後東京の建築事務所で働いていました。
生きていてくれたならもっと色んな話を聞いてみたかった尊敬する叔父です。

2001ハノイ2001年ハノイにて
叔父(左)と父


2002ケニア・ナイロビ2002年ケニア・ナイロビにて


2002ケニア・ナイロビ2


2002ケニア・ナイロビ3


画像、叔父と父が二人で写っているのが2001年ハノイへ父と二人で叔父の現場を訪ねに行った時に僕が撮影したもので、この時はブルドーザーやクレーン車の運転操縦の訓練学校の建設をしていました。
他3枚が2002年ナイロビで父が撮ったもので、この時はジョモケニアッタ大学の校舎を建設中でした。

子供の頃から時々京都へ帰ってきた叔父の印象は、短気で気性の激しい僕の父と正反対で、いつも穏やかで、きっと声を荒げることなんて無いのではと思っていました。でも後に聞いた話では、仕事の現場では信念を曲げない頑固な人で、声を荒げる事もよくあったそうなので、やはり仕事の場では頑固な血筋なのかなと思います。
いつか大塚国際美術館に行ってから、また改めて叔父の事も書きたいと思います。

新たなときの忘れものさんでは来年個展を開催させて頂く予定なので、自然光の多く入る美しいギャラリーで展示できるのが楽しみです。


あと、関係無いですが最近あった嬉しい出来事、なんとファンレターが届きました。

ファンレターファンレター


こんな手書きのファンレターをもらえる事なんて滅多になくて、それもまだ中学生の男の子、なんだかもの凄く嬉しくて元気が出ました。
◯◯君ありがとう、花火の作品もまた作りますね。
画集もいつか必ず作るので、待っていてください、これからもがんばります。
のぐち たくろう

野口琢郎 Takuro NOGUCHI(1975-)
1975年京都府生まれ。1997年京都造形芸術大学洋画科卒業。2000年長崎市にて写真家・東松照明の助手に就く。2001年京都西陣の生家に戻り、家業である箔屋野口の五代目を継ぐため修行に入る。その後も精力的に創作活動を続け、2004年の初個展以来毎年個展を開催している。

●今日のお勧め作品は野口琢郎です。
20170715_noguchi_24_LS-32野口琢郎
"Landscape#32"
2014年
箔画(木パネル、漆、金・銀・プラチナ箔、石炭、樹脂、透明アクリル絵具)
227.3×145.5cm
サインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

駒込Las Casasより、柳原義達の「風の中の鴉」

先日は、御招き頂きありがとうございました。
新しいスペースは、打ちっ放しの壁と、吹き抜けの空間が印象的でした。
あえて展示スペースを仕切らず、住宅空間にアートが展示されている状況を見て、ベルギーのヤン・フートの「シャンブルダミ」を思いました。
この個性的なスペースを活かした、また新たなる活動を期待しています。

(Nさんのメールより)>

先日は連絡もせずに突然お邪魔して失礼いたしました。
フェイスブックなどで画像は拝見していましたが、実際に足を運んで本当に驚きました。
堂々とした素晴らしい建築に名品の数々が気持ちよさそうでした。
お伺いさせていただくのが益々楽しみになりました。

(Oさんのメールより)>

新しいときの忘れものの本拠は阿部勤設計によるコンクリート造三階建ての個人住宅です。
三階にはテラスがあり、そこに何を展示するか、さんざん悩みましたが、空間を支配する強さにおいて柳原義達先生の彫刻に勝るものはないと思い、重い重いブロンズをえっちらこっちら三階まで運びました。

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20170707_abe15撮影:阿部勤


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柳原義達 「風の中の鴉」
1981年 ブロンズ
H56.0×W101.0×D34.0cm

三階テラスからは五世紀の古墳跡といわれる駒込富士神社の緑が望めます。
庭の木々を渡る風、強い夏の日差し、ときには雨も。
柳原先生の道標シリーズには鳩や鴉がモチーフになっていますが、それは作家の「自画像」としての鳥であり、自然のなかで、孤独に、さまざまな力に向かって生きている存在としての、彫刻家自身の姿を表しています。
まさに「風の中に立つ」作品です。

■柳原義達 Yoshitatsu YANAGIHARA(1910-2004)
1910年兵庫県神戸市生まれ。1936年東京美術学校彫刻科卒。朝倉文夫に師事、文展入選、国画会受賞、1937年国画会同人。1939年新制作派協会彫刻部創立に参加する。戦後、1952年から5年間ヨーロッパに滞在する。1956年高村光太郎賞、1974年中原悌二郎賞大賞など受賞、1970年日本大学芸術学部主任教授。1996年文化功労者。2004年死去。

移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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