小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第13回

アフリカ系アメリカ人写真家の伝記絵本『ゴードン・パークス』

01(図1)
『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)表紙


今回紹介するのは、伝記絵本『ゴードン・パークス』(光村教育図書、2016)です。ゴードン・パークス(Gordon Parks、1912−2006)はアフリカ系アメリカ人の写真家で、1940年代初頭からフォトジャーナリズム、ファッション写真などの分野で活躍し、『ライフ』誌でアフリカ系アメリカ人初の専属写真家兼記者として活躍し、公民権運動、貧困問題に関するフォトエッセイを発表したことで知られています。また、写真家としてのみならず、小説や詩、作曲、映画の制作も手がけ、映画『黒いジャガー』(1971)の監督としても知られています。絵本の著者、キャロル・ボストン・ウェザーフォードも、アフリカ系アメリカ人の著述家で、歴史や芸術家に関するテーマで児童文学作品を手がけており、最近では、写真家ドロシア・ラングの伝記絵本『Dorothea Lange The Photographer Who Found the Faces of the Depression』(2017)を発表しました。絵はイラストレーターのジェイミー・クリストが手がけており、登場人物の表情とともに、20世紀前半のアメリカの街の光景を情感豊かに描いています。
絵本では、黒人に対する差別が厳しかった時代にカンザス州の貧しい家庭に生まれたゴードン・パークスがさまざまな仕事をしながら生計を立て、25歳の時に中古のカメラを7ドル50セントで買い求め、写真家としての才能を開花させて、人生を切り拓いていった過程が描かれています。物語の中では、ゴードン・パークス自身の記憶や、彼の眼に捉えられた光景、心情を表す文章として、当時の黒人に対する差別の厳しさが語られています。(図2、3、4)

02(図2)
(少年時代)「ところが、黒人ばかりのクラスで、白人の先生が言いはなった。「あなたたち黒人は、どうせ荷物運びか、ウェイターになるしかないのよ。」 どうしてそんなことがわかるんだろう。」


03(図3)
(写真家になり、ワシントンD.C.に移住)「さらに歩くと、建国の精神を伝える大理石の像や記念碑がたくさんあった。白人たちをたたえるものばかりだ。 そんなものを撮った写真は、めずらしくもなんともないだろう。」


04(図4)
(ワシントンD.C.の街中)「あちこちの店の窓に「白人専用!」の看板が出ている。あんな看板がない場所でも、どうせ黒人はまともにあつかってもらえるはずがない。「白人専用!」


05(図5)
ゴードン・パークス「アメリカン・ゴシック」(1942)


06(図6)
グラント・ウッド「アメリカン・ゴシック」(1930)


07(図7)
(「アメリカン・ゴシック」を撮影する場面)「しかし、いちばん有名な作品といえば、「アメリカン・ゴシック」だろう。新聞にのったその写真は、人種差別のきびしさをアメリカじゅうに訴えた。 星条旗の前に、エラ・ワトソンが立っている。手にしたほうきは、エラの日常を、そして、孫たちの未来を物語ってもいる。」


物語の終盤のハイライトになっているのが、ゴードン・パークスの代表作「アメリカン・ゴシック」(1942)(図5)にまつわるエピソードを描いた部分です。この写真は、ゴードン・パークスがFSA(Farm Security Administration 農業保障局:世界恐後のアメリカの農村の惨状およびその復興を記録するプロジェクトを行った政府機関)からの奨学金を得て、人種差別の状況を写真に撮ろうと考え、FSAの事務所のあるビルで掃除婦として働く黒人女性エラ・ワトソンを何週間にも渡って撮り続けたものの中の一点です。タイトルの「アメリカン・ゴシック」は、グラント・ウッドによる同名の絵画作品(図6)に由来します。ウッドの作品では、アメリカの農村部に見られるゴシック様式の一軒家の前に、ピッチフォークを右手に持つ年老いた農夫のような男性と、その脇に佇む妻か娘と思しき女性の姿が描かれており、二人の険しく神妙な表情と視線が謎めいた印象を残します。ゴードン・パークスは、FSAの事務所内に掲げられた星条旗を背景に、右手に帚を持って立つエラ・ワトソンの姿を捉えています。(星条旗にはモップのようなものが立てかけられています)家の前に立つ白人の男女の姿を、アメリカの家族や社会の価値観を映し出すものとして描いたのであろう「アメリカン・ゴシック」を参照しつつ、家族を養うために低賃金で身を粉にして働く黒人の女性を星条旗の前で捉えることで、社会の中での黒人が置かれている立場を明るみに出しています。絵本の中では、なぜこの写真が「アメリカン・ゴシック」というタイトルで発表されたのか、グラント・ウッドの「アメリカン・ゴシック」との関連性は説明されていませんが(アメリカでは、この絵画作品が説明を要することのないほど有名なものだということもありますが)、一点の写真が何故どのように撮影されたのか、その写真がどのような反響を巻き起こしたのかを、丁寧に描き出しています。ゴードン・パークスがエラ・ワトソンを撮影する場面(図7)は、彼女の右側の窓から光が差し込む室内の空間を下から見上げるような角度で描かれており、読者が撮影の現場に立ち会っているかのような臨場感が作り出されています。

本書の原書は、「Gordon Parks: How the Photographer Captured Black and White America(ゴードン・パークス:写真家がいかにして黒人と白人のアメリカをとらえたのか)」という題名で2015年に刊行されました。近年、近年、写真家、美術家の伝記絵本が欧米の出版社から相次いで出版されており、この本はその流れに位置づけられるものでもあります。世界規模の政治的な動乱が続き、移民排斥や人種差別の問題がクローズアップされている状況で、そういった問題の歴史的な背景を、子どもたちや若い世代にどのように伝えるのか、ということが大きな課題になっていることの証左と言えるでしょう。
人種差別や公民権運動など社会的問題を伝える上で、芸術家や写真家がどのような役割を果たしてきたのかということを、子どもたちに視覚的に伝える手段として絵本の果たす役割は大きいのではないでしょうか。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural
Councilの招聘、及び Patterson Fellow
としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、ヘルベルト・バイヤーです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回をご覧ください。
20170325_bayer_untitledヘルベルト・バイヤー
「Untitled」
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆「小野隆生コレクション展」は本日最終日です。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。
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小野隆生《夏の終わる日》
2008年  テンペラ・画布  80.0×220.0cm  サインあり

●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]〜4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00〜19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。
horio-ishiyama_DM

堀尾貞治(1939〜)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944〜)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

小野隆生の版画作品

外苑前 ときの忘れもの 小野隆生展(〜3/25) 画廊のコレクション展で旧作のみだが油彩・テンペラ・ドローイングと大作もあり懐かしい展示だった。小野は油彩のコレクションの原点と言える作家で懐かしい。裸婦は初期に数点描いていてそれを買ったのが版画から油彩なども買う様になったきっかけ
(小泉清さんのtwitterより)

昨日行った、ときの忘れものの小野隆生さんのコレクション展。
初めてこちらを訪れたのは大学4年の時、教わっていた福田毅先生が「僕の親しい画家が個展やってるから見に行ったらいいよ」と、小野隆生さんの個展DMをくれたのがきっかけでした。

(寺林武洋さんのtwitterより)

3月7日から画廊で開催してきた「小野隆生コレクション展」ですが、明日で終了です。
久しぶりのコレクション展なので、この機会にと小野作品を時代別、技法別にご紹介してきました。

3月12日「小野隆生のテンペラによる大作」

3月13日「小野隆生の初期1970〜80年代の作品」

3月14日「小野隆生のテンペラ作品」

3月16日「小野隆生の切り抜き作品」

3月18日「小野隆生の素描作品」

最後となる今日は、小野隆生の版画作品をご紹介します。

●版画掌誌『ときの忘れもの 第1号 小野隆生/三上誠』
版画掌誌1
版画掌誌『ときの忘れもの 第1号 小野隆生/三上誠』
1999年
ときの忘れもの 発行
24ページ
32.0x26.0cm
A版(限定28部):小野隆生のリトグラフ2点・三上誠の銅版後刷り2点 計4点挿入
B版(限定100部):小野隆生のリトグラフ1点挿入


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版画集『小野隆生 銅版画集1995』
銅版画4点組
ono53《いちごを見つけた日に》
版画集『小野隆生 銅版画集1995』より
1995年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 36.8x26.5cm
Ed. 35
サインあり


ono54《解読できない手紙》
版画集『小野隆生 銅版画集1995』より
1995年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 36.8x26.5cm
Ed. 35
サインあり


ono55《6月5日の断片》
版画集『小野隆生 銅版画集1995』より
1995年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 36.8x26.5cm
Ed. 35
サインあり


ono56《真夜中の訪問者》
版画集『小野隆生 銅版画集1995』より
1995年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 36.8x26.5cm
Ed. 35
サインあり

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版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』
銅版画8点組
ono57《小像 96-1》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35サインあり


ono58《小像 96-2》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり


ono59《小像 96-3》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり


ono60《小像 96-4》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり


ono61《窓ガラスに反射した肖像 1》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり


ono62《窓ガラスに反射した肖像 2》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり


ono63《今日もレコードの雑音だけが聞こえる》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり


ono64《小像 96-5》
版画集『小野隆生 銅版画集1996 今日もレコードの雑音だけが聞こえる』より
1996年
銅版画
Image size:19.5x14.5cm
Sheet size: 50.5x34.8cm
Ed. 35
サインあり

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版画集『小野隆生 版画集 壱千九百九拾九年』
リトグラフ4点組
ono65《砂が降る朝》
版画集『小野隆生 版画集 壱千九百九拾九年』より
1999年
リトグラフ
50.0x65.0cm
Ed. 35
サインあり


ono66《赤い風の吹いた方角》
版画集『小野隆生 版画集 壱千九百九拾九年』より
1999年
リトグラフ
50.0x65.0cm
Ed. 35
サインあり


ono67《壱千九百九拾九年》
版画集『小野隆生 版画集 壱千九百九拾九年』より
1999年
リトグラフ
50.0x65.0cm
Ed. 35
サインあり


ono68《解読された暗号》
版画集『小野隆生 版画集 壱千九百九拾九年』より
1999年
リトグラフ
50.0x65.0cm
Ed. 35
サインあり

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●「小野隆生の絵を銀座の資生堂ギャラリーで見たのは、もう10年ほども前だろうか。覚えているのは絵を目にした瞬間に私の足が、すこし震えたことである。」
(大倉宏『「貴種」に正対する目』より)

●「オブジェと人物。私はある時、小野作品に対して、この双方に同じような眼差しを向けていたことに気付かされたのです。たしかに、人物を描いたものは、肖像画の体裁を成しています。でも、ある特定の人物の姿をとらえた、いわゆる肖像画とはちがってモデルがなく、その人物の性格や感情が見る側に直接的に伝わることはありません。そのためか、画家の頭の中で静かに熟成された人物像は、どこか凛とした佇まいの静物画(オブジェ)を思わせるのです。」
池上ちかこのエッセイより、2009年05月09日)

●「小野作品には、キャンバス作品にも何処か未完成な感じがあるが、この未完成さが日本絵画の伝統を継承する最大の特徴ではないかと思う。」
小泉清のエッセイより)

●「久しぶりにコレクションの肖像画を並べてみた。ふと、これから「小野隆生はどこへ行くのだろうか?」との想いがよぎった。イタリアの片田舎のゆったりとした時間のなかで描き続けられる肖像画が、グローバル経済の中で揺れ、少子高齢化社会を迎え閉塞感のある日本とどのように関わるのか?また、日本のアイデンティティが問われ、日本にとって文化こそ最後の砦になるかもしれない時代にどのように関わるのか?・・・私にとって興味津々だ。コレクターの一人として、こらからも小野隆生という風に吹かれて、今という時代を一緒にゆっくり歩いていこうと思う。」
荒井由泰のエッセイより、2007年4月26日)

小泉清さんはじめ、コレクターの皆さんには心より御礼申し上げます。

◆「小野隆生コレクション展」は明日までです。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。

●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]〜4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00〜19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。
horio-ishiyama_DM

堀尾貞治(1939〜)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944〜)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。

淡野弓子「2017ギャラリーコンサートのプログラムについて」

ときの忘れもの・拾遺
ギャラリーコンサート2017 春・秋・冬


淡野 弓子


 「ときの忘れもの」のギャラリーコンサート・シリーズの2年目となる今年、第5、6、7回を担当させて頂くこととなり、弾む心のままに「鳥」をテーマとした各回のプログラムを考えました。春には<夜鶯>、秋に<カラス>、そして冬には<大鴉>に登場願い、彼らの語るところを時に物語、詩なども交えて歌いたいと思っています。

第5回 春<夜鶯>
日時:2017年5月23日(火)午後6時〜

メゾ・ソプラノ:淡野弓子 夜鶯の歌〜中世からロマン派へ
スクエア・ピアノ:武久源造
リコーダー:淡野太郎

 高校時代から親しんだドイツリートの世界、なんといっても出現頻度の高い単語、それは Nachtigall 夜鶯でした。ナハティガルの現れかたはさまざまです。
 「ナイチンゲールよ、恋人が眠っています。起こさないでね。」
 「彼方の霧の谷からは僕を追ってナハティガルが愛らしく歌い・・・」
 「小夜啼鳥が叫んだ、『彼女はお前のもの!』と。」
 「春の風が吹くころ、夜鶯は地下牢から想いのたけを響かせる。」
 
 かと思うと「お前の鳴き声は骨に髄に食い込むようだ。止めておくれ!」などというものもあって、首を傾げていました。それにしてもドイツのNachtigallは一体どんな声で鳴くのでしょう。ホーホケキョではないと思っていましたが、どうしても確かめたいものだとの念いは募るばかりでした。
 僥倖に恵まれ私が教会音楽を学ぶためドイツに渡ったのは1964年の秋でした。着くとすぐに、Nachtigall の声が聴きたいことを寮生の一人に伝えました。
初夏の湿った夜半でないと鳴かないとのこと、9月から5月までの長かったこと! ついにその日が来ました! 寄宿舎の裏手に灌木の茂みがあり、そこに面した部屋の同級生が「今夜、私の部屋に来て! Nachtigall が啼くかも。」と誘ってくれたのです。部屋を暗くして窓を半分ほど開け、息をひそめて待ちました。「あっ、啼いた!」「エッ?」それから始まった鳴き声はおよそ鳥とは思えぬ奇妙なものでした。クヴィ、クヴィ、チチチ、ギャッとそれはうるさく
メロディもありません。これが優れた詩人の描く麗しいNachtigall の歌?
 この体験から四半世紀ほどのち、私は中世の吟遊詩人たちの歌謡に出会いました。オズワルド・フォン・ヴォルケンシュタイン(1376-1445)の《麗しの5月》という歌の最後に「チディヴィク、チディヴィク、チディヴィク、チフィ、チゴ、チフィ、チゴ、チフィ、チゴ と歌うはナハティガル」とあり、これがほぼ私の1960年代に聴いたドイツのNachtigallと同じ鳴き声のようです。
 というわけで、5月23日はこの歌から始め、ゲーテ、ハイネといったドイツの詩人たちが詠ったNachtigallをシューベルト、シューマン、ブラームス、ヴォルフらの音楽でお届け致します。スクエア・ピアノ(シューベルト時代の鍵盤楽器)の水晶を思わせる透明な響き、リコーダーによる《天使のナイチンゲール》(J.v.アイク)ほかもお楽しみください。

〜〜

第6回 秋<カラス>
日時:2017年10月3日(火)午後6時〜

朗読:坂本長利 やしま たろう『からす たろう』
メゾ・ソプラノ:淡野弓子 日本の童謡と歌曲
 
 やしま たろうの文絵になる『からす たろう』という絵本があります。絵も文も内容も人のこころに、静かに、しかしそれは強く、また深く入り込んで来る、なかなかに珍しい作品です。私はこの作品を題材にした、人形と人間が同時に演ずる、それはユニークな舞台をアメリカのミネアポリスで観たのでした。そして自分でもこの絵本を元に小さな舞台を創ってみたくなり、俳優の坂本長利さんに『からす たろう』を朗読していただけないか、とお願いしたのです。嬉しいことに坂本さんも『からす たろう』を大変気に入ってくださり、今回の計画が動き出しました。
 『からす たろう』主人公は「ちび」と呼ばれ、だれからも相手にされず、クラスのしっぽにくっついていた少年です。私は坂本さんの朗読によって伝わる場面の様子や気配に融け込むような日本の歌を歌いたいと思っています。
 1933年2月21日、築地署で惨殺された小林多喜二のデスマスクを鉛筆で描いた 八島太郎、1939年3月、アメリカに向かう貨物船に身を潜め日本に別れを告げた八島太郎について、ここに詳しく書くことは出来ませんが、このような思想的背景も、この『からす たろう』の上演に欠けてはならぬと考えています。

〜〜

第7回 冬<大鴉>
日時:2017年12月26日(火)午後6時〜

朗読:坂本長利 エドガー・アラン・ポー『大鴉』
メゾ・ソプラノ:淡野弓子 フランツ・シューベルト《冬の旅》より
スクエア・ピアノ:武久源造

 エドガー・アラン・ポーの詩『大鴉』は原名を『The Raven』といい『Crow Boy からす たろう』とは種類の違う鴉です。『からす たろう』の方は、カラスのいろいろな鳴き声を一人の少年が見事に真似をする話ですが、『大鴉』では鴉が人間の言葉を喋るのです。それもただ一語「Nevermore」と。
 大鴉が舞い込んだのは恋人を失った青年が嘆き悲しむ部屋のなかです。青年と鴉の間に不思議な絆が生まれ、青年は鴉に問いかけます。が、鴉はなにを訊かれても「Nevermore」を繰り返すのみ。青年の心は少しずつ歯車が狂い出し、ついに床に広がる大鴉の影に魂が流れ出てゆき、2度とそこから抜け出すことはない・・最後の nevermore! は誰が言ったのか分からぬまま詩は終ります。 
 この詩を読むうちにシューベルトの「鴉」「鬼火」といった《冬の旅》のなかのリードがいくつも胸に浮かんできました。よく考えれば《冬の旅》と『大鴉』の話の流れはほとんど同じなのです。そうだ、この詩のなかに《冬の旅》の歌を織り込んでみよう、と思い立ち、この朗読も坂本さんにお願いし、武久さんのスクエア・ピアノ・・このピアノの音色はポーの世界にぴったりです・・とともに歌います。
 どの回も一風変わった趣向ですが、酉年の企画、お心に留めていただければ幸せに存じます。
                     
2017年3月(たんのゆみこ

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*画廊亭主敬白
二年目を迎える<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート2017>に出演していただく淡野弓子さんにプログラムに寄せる思いを書いていただきました。
プロデュースは建築家の大野幸さんです。
淡野弓子さんが歌い、武久源造さんがスクエア・ピアノで伴奏という夢のようなコンサートが実現します。
開催日は現時点での予定です。定員は13名と極く少数なので、第5回(5月23日)申込み受付は4月12日から開始します。
どうぞお楽しみに。
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2016年12月22日(木)●ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークの無伴奏チェロ作品」

出演:富田牧子(チェロ)、木田いずみ(歌)
プロデュース:大野幸

大野さんは磯崎新アトリエのOBですが、同僚だった稲川直樹さん(中部大学教授)はビオラを演奏し、東京アマデウス管弦楽団で活躍されています。
IMG_78562017年3月20日(月)
ミューザ川崎シンフォニーホールにてマスク姿の亭主と社長
東京アマデウス管弦楽団第85回定演にお招きを受けました。
二階席からの撮影はやはり磯崎新アトリエOBの玄・ベルトー・進来さんの奥様典子さんです。
アートフェア東京の疲れを癒し、オットー・ニコライ、リヒャルト・シュトラウス、ブラームスを楽しみました。


●本日のお勧め作品はオノサト・トシノブの初期リトグラフです。
CIMG1703_600オノサト・トシノブ
「64-G」
1964年  リトグラフ
Image size: 24.0x24.0cm
Sheet size: 49.0x32.0cm
Ed.120   Signed
※レゾネNo.14

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。
ono35
小野隆生《夏の終わる日》
2008年  テンペラ・画布  80.0×220.0cm  サインあり

●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]〜4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00〜19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。
horio-ishiyama_DM

堀尾貞治(1939〜)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944〜)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第19回

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第19回

 先月まで開催していた大眄疑妖犬離瓮ぅ鵐織ぅ肇襪蓮峽築と社会を結ぶ」でしたが、「建築」の領域を、建築単体のデザインを超えて、より具体的に社会と繋げて考えようとしている建築家は増えているのではないでしょうか。大眦鹸慙▲ぅ戰鵐箸謀价鼎靴討ださった方々も、多かれ少なかれそのような活動をされていました。90年代にはレム・コールハースが研究組織AMOを立ち上げていますが、大發里茲Δ坊築家の責務を突き詰めて考えていくと、建築家が都市や社会的領域に切り込んでいくのは、必然のことであるように思われます。
 2月10日から26日の間、東京都写真美術館で行われていた恵比寿映像祭に出展していたグループ”Forensic Architecture(フォレンジック・アーキテクチュア、以下FA)”の活動は、より具体的に直接的に、現実と関わっている事例です。FAは、国際検察団体や人権団体のために、建築及びメディアリサーチを行っている、ロンドン大学ゴールドスミス校を拠点とする調査機関です。近年の都市部における武力衝突と非戦闘員の犠牲者の増加を受け、FAは、ソーシャルメディア上を含むあらゆる記録を収集し、紛争地域を建築的な視点から調査・分析しています。今回展示されていたのは、”The Black Friday report”、2014年のガザ侵攻の際の、停戦中であったはずの期間を含む8月1日から4日にかけてラファフにおいて行われた、200人を超える市民の犠牲者を出したとも言われる攻撃についての分析です。被害者・目撃者の証言やイスラエル・パレスチナ両者の公的見解を再検討し、ソーシャルメディア上であらゆる画像や動画を集めて分析した過程と結果が示されていました。爆撃による煙の形や日の陰りを手掛かりに、爆撃を記録した複数の動画や画像から位置を特定したり、衛星写真からイスラエル軍の行動を明らかにしたりすることにより、イスラエル軍が無差別に攻撃を行ったことの動かぬ証拠を白日の下に晒しています。

01_収集した映像やCGを使っての分析。爆弾の型まで特定できる。Forensic Architectureウェブサイト上の動画より。
http://www.forensic-architecture.org/case/rafah-black-friday/


 “forensic”という形容詞は、「法廷の、法廷で用いる」といった意味があり、forensic science=犯罪科学、すなわち犯罪立証のために応用された科学、というような使い方をされます。そう考えると、”forensic architecture”というのは、犯罪立証のための建築学、とでも言えばよいのでしょうか。”forensic”にはまた、「弁論術」という意味もあります。FAの代表であるエイヤル・ワイズマンは、この言葉の語源であるラテン語の”forensis”にまで立ち戻り、元々この言葉が法的な領域に限られていたのではなく、forum=政治・法・経済などを含んだ多面的な公共空間に付帯する言葉であったことを再認識し、この言葉の現在の意味を拡張しようと試みます。国際法の存在そのものについての合意がとれなくなっている現状を踏まえ、現行の国際法の枠組みのみに縛られない、批評的な領域の創出を想定しているのです。
 情報網の急速な拡大は、物理的な流通・可動域の限界を超え、都市の輪郭を曖昧にしていく、といった方向から語られることが多かったように思います。情報の取得・拡散がさらに容易になり、その解像度がどんどんあがった挙句に、膨大なデータの蓄積が都市を可視化していく。このような捉え方は、あまりされてこなかったのではないでしょうか。解像度があがり、物理的なモノの輪郭がはっきりする。それによって、恣意的な主張では覆せないような、明白な事実として都市が浮かび上がってくるわけです。
 アーカイブという手法が現代芸術の分野で多く使われていながら、ドキュメンタリーの解説的な役割以上のことができている作品があまりみられない状況の中で、手法の明快さ、プレゼンテーションの鮮やかさ、そして現実にもたらす作用において、FAは明らかに他の作品群とは一線を画しています。
 この活動は、建築に関するアーカイブの活用、という意味で、著者の携わる領域から遠いところにあるわけではありません。とはいえ、自分の仕事に引き付けて考えると、その即効性を目の当たりにし、遅々として進まぬ資料整理と活用の状態を鑑みて、忸怩たる思いを感じずにはいられませんが・・・。

●リンク
Forensic Architectureウェブサイト(英語のみ)
http://www.forensic-architecture.org

FORENSIS The Architecture of Public Truth(Sternberg Press, 2014)
http://www.sternberg-press.com/?pageId=1488

Forensic Architecture: Violence at the Threshold of Detactability (Eyal Weizman, The MIT Press, 2017.4刊行予定)
https://mitpress.mit.edu/books/forensic-architecture

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●本日のお勧めは菅井汲です。
菅井赤い太陽菅井汲
《赤い太陽》
1976年
マルチプル(アクリル+シルクスクリーン)
(刷り:石田了一)
10.0×7.0×2.0cm
Ed.150 ケースに自筆サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。
ono35
小野隆生《夏の終わる日》
2008年  テンペラ・画布  80.0×220.0cm  サインあり

●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]〜4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00〜19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。
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堀尾貞治(1939〜)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944〜)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

光嶋裕介「Art on Paper」に参加して

光嶋裕介「Art on Paper」に参加して

「ご縁は向こうからやってくる〜アートフェア参戦記」


 関空発のユナイテッド34便でサンフランシスコに向かう機内で不覚にもあまり寝ることができず、『ラ・ラ・ランド』(デミアン・チャゼル監督作品、2016)と『ラブ・アゲイン』(グレン・フィカーラとジョン・レクア監督作品、2011)の二本の映画を見てしまったことを、深く後悔することとなる。続くサンフランシスコからニューアーク空港までのユナイテッド779便が深夜到着にもかかわらず、爆睡してしまったからだ。初めての海外アートフェア参戦で、興奮していたのだろうか、すっかり「時差ぼけ」状態の旅となってしまった。
 この二本の映画は、ともにライアン・ゴズリングとエマ・ストーンが主演しており、脂ののった名俳優たちの演技に惹かれてしまい、特に前者の方は、複数の現実がミュージカルのごとくリズミカルに描かれており、エコノミークラスの小さな画面を、つい見入ってしまったほどだ。

AOP-1


 二年半ぶりのニューヨークは、初日こそ春めいていたものの、二日目から連日の氷点下で、お気に入りのワインレッドのジャケットだけではいささか、寒過ぎた。強風の吹く日には、体感温度が氷点下十度の寒さとなり、洋服を貫通して、寒さが身にしみた。
 今回、僕は昨年、自ら福井県武生に行って漉いた越前和紙に描いた幻想都市風景のドローイングを五枚もって、”Art on Paper”というアートフェアに参加させてもらった。会場は、ローワー・イースト・マンハッタンに位置するPier36。イースト・リヴァーが目の前に流れる港の巨大倉庫の中に50近いギャラリーが世界中から集まって、「紙に施されたアート」というコンセプトで、綺麗に区画されたブースに渾身の作品たちが並べられた。

AOP-2

16_プレビュー風景17_プレビュー風景2

 木曜日のVIPオープニングから凄まじい数の来客があり、僕はギャラリー「ときの忘れもの」ブースで、「Architects Drawing(建築家のドローイング)」と題した壁の前で、自作を中心に接客することとなった。2012年より2年おきに計3度の個展をやらせてもらった経験とは、全く次元の違う体験となった。いうなれば、アートフェアは、世界のアート市場における「戦いの場」であり、容赦なく品定めされる目の肥えたお客さんたちと、作品、ただそれだけを頼りに関係を築いていく、ものすごくスリリングな体験であった。見るからに富裕層のようなファッションや佇まいの方から、自身も作品をつくるアーティスト、画廊関係者など、多種多様な人々が訪れた。引っ切り無しにしゃべることは、大変だが、とてもいい勉強になった。
 僕のことを知って、作品を見に来てくれる「個展」と違って、アートフェアは、繰り返しになるが、壁に掛けられた作品だけが勝負なのである。人を惹きつける魅力が作品にあるのか、いわば作品の「磁力」が問われるからこそ、戦いの場なのだ。

AOP-3


 結果から言うと、開場前は「五枚すべてのドローイングを売るぞ」と鼻息の荒かった僕は、日曜日までの4日間で、2枚の絵を売ることに成功した。和紙をどのようにしてつくったか、そこからどのようなペンで、何をどのようにして描いたか、繰り返し、繰り返し、説明した。そうした生身の対話の中での「買ってくれるかもしれないな」という手ごたえらしきを感じられるようにもなったが、それは、残念ながらすべて見当外れであった。というのも、実際に2枚の絵が売れたのは、驚くほど「あっさり」とその瞬間(とき)が来たからだ。
 それは、二日目金曜日の夕方のこと。白髪混じりのご夫妻が、展示した作品の中でも唯一、クライスラー・ビルディングや自由の女神など、実在する建築を交えて描いた《ニューヨーク》を気に入って、「キープ」したいと言ってくださった。要するに、まだフェア全体を見てないから、ぐるっと一周したら、また来るから、この作品を仮に押さえておいて欲しいと言われたのである。突然のことで、ドキドキした。胸の鼓動がはっきりと、感じられ、彼らが今一度来てくれるのか、首を長くして待っていた(もちろん、ほかのお客さんに自作の説明を繰り返しながら)。
 そして、ご夫妻が再度、ときの忘れものブースに来てくれて、作品をじっくり(穴があくほど)見たあとに「I’ll take this」と言ってくれたのだ。嬉しさがこみ上げてくるのをグッと我慢して、冷静に「Thank you, such a pleasure」という返答し、両手で硬い握手を交わした。

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 福井で紙を漉き、神戸で描いた僕のドローイングが、マンハッタン在住の素敵なご夫妻の自宅のリビングに飾られることを知り、嬉しくてたまらなかった。気を良くした僕は、さらに精力的に新しいお客さんたちに語りかけ、自作を説明した。すると、オーストラリア出身だというミュージシャンの若い青年が僕の絵をえらく気に入ってくれた。白と黒の和紙が表現する奥行きのある空間性と、緻密に描かれたペンのタッチのコントラスト(対比)が音楽的で、素晴らしい、と言っていただいた。僕も白紙の紙に絵を描くことをせず、自分では制御できない液体の混ざり合いによって紙そのものを制作することで、そもそも絵を描くための「スタートライン」とすることを熱く語った。つまり、建築家として「敷地」から建築を発想して設計をするように、絵を描くときもまた、紙に個性があることが大切だというコンセプトを伝えたら、深く共感してくれた。そして、彼もまた「あとで、また来るよ」と言って、ときの忘れものブースを後にした。ドキドキ、ドキドキ。
 二日目終了間近の午後6時45分ころ、彼は宣言通り、またブースに来てくれた。そして、あの合言葉「I’ll take this」と言って、僕の幻想都市風景を購入した。値段交渉もなく、プレートに定時された価格のままで。硬い握手とともに、僕は彼に「絵というものは、飾られた場所の空気を呼吸するもの。だから、この絵がどこに飾られるか、ぜひ教えて欲しい」と言ったら、「僕のスタジオに飾ろうと思ってる。きっと、毎日この絵を見ることで、いろんな発見があるだろうからね」と。僕は、続けて言った。「絵を描くときにキース・ジャレットやビル・エヴァンスのピアノをよく聴くけど、あなたの音楽も聴いてみたい」と。彼は「明後日フェアの最終日にこの絵を取りにまた来るから、そのときにでもCDあげるよ」と言ってくれた。

AOP-5


 その後、日曜日までの二日間、同じようにして何十人、何百人と作品を前にして話をした。喉が枯れそうなくらい。「また来るよ」とか、「ベストプライスはいくら?」と言った価格交渉まで行った人も少なからずいたが、あのマジックワード「I’ll take this」までは、至らなかった。しかし、これだけの作品が世界から集まり、たくさんの人の目に同時に晒されることで、売れるのと、売れないのとでは、大きな溝が存在することを実感した。決して安くない金額で、自分の作品を購入してもらうこと(コレクターとなってもらうこと)は、歴とした「共感を形で表した」ことになるからだ。
 ただ、売れなかったとしても、多くの人と、作品を通して対話を重ねられたことは、僕にとって大きな収穫となった。これから描くときに、背中を押してもらえるような、顔の見える人たちとの「言葉」が何より僕にとってかけがえのないものに思えたからだ。
 ”Art on Paper”と題されたアートフェアであるにもかかわらず、僕みたいに紙そのものから創作した作品が他になかったことで、僕は「オリジナリティー」を獲得できたことに、少なからず自信をもつこともできた。だから、これからも一枚一枚、しっかりと描いていこうと思えた。
 最後に、2枚目に僕の絵を買ってくれたミュージシャンの彼は、最終日の閉館間際に、やはり作品を取りに来た。そして、約束通り自身のCDを2枚いただいた。その後、「Would you like to come to my studio?」とブルックリンにあるスタジオに誘ってくれたが、二日後の朝に帰国するため、スケジュールが合わずに「Next time for sure」とだけ僕は言って、両手で硬い握手とともに、彼と別れたのである。そして、静かに戦いの日々は幕を下ろした。

AOP-6


 帰国して、衝撃の事実を知ることとなる。な、な、なんと、彼からもらったCDをかけると、聴き覚えのある曲が。”Somebody that I Used to Know”という曲が、それだ。僕の絵を買ってくれたのは、グラミー賞受賞者でもあるシンガーソングライターのGotye(ゴティエ)だったのだ。こんなことが、果たしてあるのだろうか。信じられないことが、人生には起きるようだ。まるで、夢のような、嘘のような本当の話である。僕のニューヨークでのアートフェア初参戦は、こうして人生で忘れることのできないご縁が結ばれた旅となった。
 思えば、行きの飛行機で見た『ラ・ラ・ランド』は、エマ・ストーン演じるミアが女優を目指してたくさんのオーディションを受け、スターダムへとのし上がるサクセス・ストーリーなのだが、僕にとっての”Art on Paper”もまた、そうした飛躍のチャンスを与えてくれるものとなるのかもしれない。

(こうしまゆうすけ 建築家)

●本日のお勧めは光嶋裕介です。
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光嶋裕介 「幻想都市風景2016-04」 2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm Signed
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◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。

●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]〜4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00〜19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。
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堀尾貞治(1939〜)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944〜)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。

新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第1回

新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」第1回

 先に土渕信彦さんが連載されたエッセイ「瀧口修造の箱舟」と「瀧口修造とマルセル・デュシャン」を私は共感と羨望の思いで読ませていただいた。土渕さんは瀧口修造研究をライフワークとし、これまで瀧口修造関連の展覧会や雑誌の特集などを通して緻密な研究の成果を発表している。特に平凡社の伝統ある雑誌「太陽」の特集として出た「瀧口修造のミクロコスモス」(1993年4月号)では、「彼岸のオブジェ」と題し瀧口の造形作品の解析を通してオブジェの問題に言及するという画期的な論考を発表するとともに、落合実・編と称して「瀧口修造事典」を作成したことはその後の瀧口研究に新たな一面をもたらしたのではないだろうか。また、文献・資料はもとより造形作品に至るまで個人としては屈指の瀧口コレクションを有し、その展覧会(「瀧口修造の光跡」展など)も何度か開催されている。それも単に顕彰や披露を意図したものではなく、瀧口修造の実像に迫ろうとする試みの一つであることを強調しておきたいと思う。土渕さんとは共に瀧口ファンとして知り合ってから30年以上の交流が続いているが、私は瀧口修造その人に出会った体験もなく、研究への取り組みやコレクションにおいても土渕さんの足元にも及ばない。いたずらに年を重ねてきただけの瀧口ファンの一人にすぎないことを最初にお断りしておかねばならない。

太陽特集号(1993年平凡社刊)太陽特集号(1993年平凡社刊)


土渕信彦 「彼岸のオブジェ」 土渕信彦「彼岸のオブジェ」


落合実・編「瀧口修造事典」落合実・編「瀧口修造事典」


2009年 森岡書店2009年 森岡書店


2010年 森岡書店2010年 森岡書店


2011年 千葉市美術館2011年 千葉市美術館


 土渕さんは、「瀧口修造の箱舟」のなかで西脇順三郎を通して瀧口修造に関心を持つようになった経緯を記されている。私の場合も文学方面から瀧口へ接近していったが、それまでに日本の近・現代小説を乱読していた時期があった。森鴎外や谷崎潤一郎によって小説の醍醐味を知ったが、現実逃避の孤独な慰みのための読書に過ぎなかった。次第に言葉で紡がれる虚構の世界に飽き足りなくなり、美術への関心も芽生えていたがアクチュアリティなものを渇望するようになっていた。同時代の文学への関心から朝日新聞の文芸時評を読んでいたが、1970年より作家の石川淳が担当してから、それまでの文芸誌の小説を中心とした論評を覆し、ジャンルにとらわれない独自な選択眼による時評を展開した。そのおかげで私は読書の幅が広がったが、石川淳の手法を受け継いだ英文学者で作家の吉田健一が1972年の夏に大岡信詩集「透視図法―夏のための」(書肆山田版)を取り上げた。「たからかな蒼空の瀧音に 恍惚となったいちまいの 葉っぱを見たのだ」という詩篇の一節などを紹介し、現代の数少ない詩人の一人として大岡信を高く評価していた。程なく松山市の古本屋で偶然見つけたこの詩集には言葉の調べとイメージが見事に一体となって思わず口ずさみたくなるようなフレーズが随所に見られ、私は初めて現代詩の世界へと誘われたような気がした。その中に「瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩」と題する作品があり、「熱狂もてしずかに輝く 水滴に化けた詩人よ」と称えられるこの謎めいた人物の名前を初めて脳裏に刻んだ。

大岡 信詩集 透視図法―夏のための 書肆山田版(刊行年記載無)大岡信詩集 透視図法―夏のための 書肆山田版(刊行年記載無)


瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩瀧口修造に捧げる1969年6月の短詩


 そして、1974年に「現代詩手帖」10月臨時増刊として出た瀧口修造特集が私の入門書であり座右の書となった。詩人・美術評論家・画家の三つの顔を持ち、シュルレアリスムの思想を実践している稀有な存在であることを知った。近作の夢と言語への執拗なこだわりと考察から生まれたインスピレーションともいうべき短章「寸秒夢、あとさき」と、迫真的な夢の記録である「夢三度」に加えて、不思議に美しいデカルコマニーや躍動する線描の作品はこれまで見たことのないものだった。また、「自筆年譜」は貴重な自伝・ドキュメントとして「執筆・著作年表」と共に瀧口修造を知るうえで欠かせない資料となった。その他詩人や画家、評論家たちが様々な角度から捉えた作品論と人物像も面白く、とりわけ西脇順三郎、花田清輝、澁澤龍彦の三者三様の讃辞が瀧口の偉大さを物語っているように思われた。

9現代詩手帖10月臨時増刊 瀧口修造 表紙(1974年 思潮社刊)


10現代詩手帖1974年10月臨時増刊 瀧口修造 収録「寸秒夢、あとさき」


11現代詩手帖1974年10月臨時増刊 瀧口修造「口絵」


 それから5年後の1979年7月1日に瀧口修造は76歳で亡くなった。10月に「現代詩手帖」が追悼の特集を組み、リバティ・パスポートや「余白に書く」(1966年みすず書房刊)以後に発表された文章など晩年の主要な活動の一端を紹介していたが、マルセル・デュシャンへの追悼文「急速な鎮魂曲」が特に印象に残った。同誌に載っていた「瀧口修造書誌」(鶴岡善久編)は、本の出版元や体裁などを簡略に纏めた便利な資料として、これをもとに著作の収集を始めることになった。「近代芸術」「点」「詩的実験(縮刷版)」「画家の沈黙の部分」「シュルレアリスムのために」などの再版本はまだ地方の大きな書店でも見かけたが、あとは古書店で探すしか手立てがなかった。だが、地方の田舎に住む者がたまに所用で都会に行ってわずかの時間に古書店を巡っても瀧口修造の本を見つけることはほとんどなかった。没後に私のように瀧口の本を求める人が増えたのも一因だったかもしれないが、特に戦前に出た本や少部数の限定本の入手は容易ではないと覚悟していた。しかし、何事も求めなければ出会いは望めないので少しずつだが手探りの収集活動が始まった。

現代詩手帖10月 特集瀧口修造(1979年 思潮社刊)現代詩手帖10月 特集瀧口修造(1979年 思潮社刊)


現代詩手帖10月特集瀧口修造 リバティ・パスポート現代詩手帖10月特集瀧口修造 リバティ・パスポート


新刊書店で買った瀧口の本新刊書店で買った瀧口の本


せいけ かつひさ

■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。

*画廊亭主敬白
3月16日[木]〜3月19日[日]の会期で開催された「アートフェア東京 2017」が昨日終了しました。たくさんのご来場をありがとうございました。
いつもでしたらスタッフSがレポートを書くのですが、今回は「NYのレポートもあるので、ボクは書けません」と拒否されてしまった。
困った・・・・(いずれにせよ近日中にご報告します)

さて京都の夜野悠さんのエッセイ「書斎の漂流物」が3月5日に惜しまれつつ終了しましたが、今日から四国・宇和島の清家克久さんの新しい連載が始まります。
土渕信彦さんからの推薦です。瀧口修造のコレクションについて書いていただきますが、京都の石原輝雄さん、夜野悠さんなど、コレクター同士のネットワークから次々と労作が誕生するのを亭主は深い感銘と驚きをもってみています。
身銭を切って集めたからこそ、研究者や学芸員とは異なる視点での作品探求がなされており、皆さんの連載をわくわくしながら読んでいます。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20170320_takiguchi2014_III_43瀧口修造
「III-43」
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.5×13.6cm
シートサイズ :17.5×13.6cm
※III-44と対


20170320_takiguchi2014_III_44瀧口修造
「III-44」
デカルコマニー、紙
イメージサイズ:17.3×13.6cm
シートサイズ :17.3×13.6cm
※III-43と対


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。
ono35
小野隆生《夏の終わる日》
2008年  テンペラ・画布  80.0×220.0cm  サインあり

●ときの忘れものの次回企画は「堀尾貞治・石山修武 二人展―あたりまえのこと、そうでもないこと―」です。
会期:2017年3月31日[金]〜4月15日[土] *日・月・祝日休廊
初日3月31日(金)17:00〜19:00お二人を迎えてオープニングを開催します。ぜひお出かけください。
horio-ishiyama_DM

堀尾貞治(1939〜)の未発表ドローイングと、建築家石山修武(1944〜)の新作銅版画及びドローイングをご覧いただきます。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・新連載・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第13回

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第13回

小正月 03

 どんど焼きの翌日、つまり早朝に雪に紛れたおひねりを拾った日の昼間、今度は子供がお獅子のなかに入って、約100軒の地区すべての家を回る。これは子供にとって大仕事でもある。
 どんど焼きのときと同じくリヤカーに太鼓を乗せて、それを叩きながら昔から決められたコースを一軒の抜けもなく巡らなくてはならない。
 いま考えれば、よく子供だけに任せたものだと思う。大人はそれだけ自分たちのことを信頼していたということになるのかもしれないが、とにかく大人は一切関与しない。6年生、5年生だけで遂行された。全員で6、7人くらいだ。
 お獅子のなかに入るのは二人で、交代しながらその役目を行う。どの家でもご祝儀をくれるのだが、平均は千円札一枚くらいだと記憶している。ときに5千円札が入っていたりして驚くのだが、それはきまって厄年の人がいる家で、さらにミカン箱付きだったりする。そんな大物を乗せるためにリヤカーは必需品なのだ。
「お獅子御免と〜悪魔っ払い〜!」
 御幣を持った先頭の者が玄関先で元気よく声を張り上げる。そして、なかば勝手にずかずかと家のなに入っていく。もちろん靴は脱ぐ。お獅子もそれに続く。
 先頭の者は「お祝いなして、お祝いなして、お祝いなして・・・・」と唱えるように御幣を振り回し口にしながら、適当に部屋から部屋を歩き、また玄関に戻ってくる。なにが「悪魔っ払い」でなにが「お祝い」なのか、口にしている本人たちにもまるでわかっていないけど、とにかく昔からそうときまっている。最後は玄関あたりに家の人が待ち構えていて、お獅子の口からご祝儀袋をいれてくれるのだ。
「ありがとう」
「ご苦労様」
 必ず声をかけてくれるので、なんだか本当に役に立っている気がして、うれしくないわけがない。
 お獅子役は順番でする。後足役より前足・頭役の方が断然楽しい。近所とはいえ、よその家に勝手に入っていくのだからかなり興奮する。なにより最後にご祝儀袋がお獅子の口のなか、眼前にやってくる感覚はたまらない。
 約100軒まわるのに夕方まで、丸一日かかる。どの家を回って、どの家を回っていないかは、もちろん記録する。次第にリヤカーはミカン箱で一杯になり重くなっていく。数人で引っ張らないと動かなくなる。道のほとんどは雪で覆われていて足場が悪いし、なにより夕方になると凍り出すので、滑りやすいのだ。
 正直、かなり疲れる。それでも誇らしい気持ちはかわらない。自分たちが、すべての家から本当に「悪魔っ払い」しているような気持ちになるからだ。すると、強靭で神聖な存在にも思えてもくる。

(次回に続く)
01小林紀晴
「Winter 11」
2015年撮影
ゼラチンシルバープリント
16x20inch
Ed.20


こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160719_kobayashi_07_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より1
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.6x27.9cm
Sheet size: 25.3x20.3cm
サインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。

◆ときの忘れものは「アートフェア東京 2017」に出展しています。
logo_600
会期:2017年3月16日[木]〜3月19日[日]
一般公開:3月17日(金)13:00〜20:00
一般公開:3月18日(土)11:00〜20:00
一般公開:3月19日(日)10:30〜17:00

会場:東京国際フォーラム 〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-5-1
ときの忘れものブースナンバー: N15
公式サイト: https://artfairtokyo.com/
出品作家:堀尾貞治六角鬼丈小野隆生秋葉シスイ松本竣介瑛九オノサト・トシノブ植田正治瀧口修造

●アートフェア東京の出品作品の一部をご紹介します
瑛九_フォトデッサン_2瑛九
《作品》
1950年
フォトデッサン
27.8x22.0cm
サインあり


02松本竣介
《作品》
紙に鉛筆
35.5x28.8cm


03瀧口修造
《V-10》
デカルコマニー、紙
13.5x10.0cm


04小野隆生
《剽窃断片図 (フェルメール)》
1976年
油彩、キャンバス
33.0x24.3cm
サインあり


05植田正治
《作品》
光沢印画紙にカラー焼き付け
Image size: 19.2x28.4cm
Sheet size: 25.5x30.5cm


06堀尾貞治
ドローイング集『あたりまえのこと』(10点組)より
ミクストメディア
38.0x27.0cm
それぞれにサインあり


07六角鬼丈
《奇想流転(奇合建築)》
2017年
シルクスクリーン
Image size: 41.5x69.0cm
Sheet size: 56.0x75.0cm
Ed.15
サインあり


08オノサト・トシノブ
《Silk-2》※レゾネNo.20
1966年
シルクスクリーン
32.0x40.0cm
Ed.120
サインあり


09秋葉シスイ
《次の嵐を用意している》(15)
2015年
油彩、キャンバス
91.0x73.0cm(F30号)
サインあり


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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

小野隆生の素描作品

ただいま開催中の「アートフェア東京 2017」にときの忘れものも出展していますが、一昨日16日夕方からのプレビューには、驚くほどのお客様が来場されました。
私たちが参加した国内のフェアでは今までで一番の賑わいでした。
aftokyo1開幕して間もない頃の通路、混んでます。
おかげさまで開場3分で、著名なコレクターTさんに植田正治のビンテージ・プリントをお買い上げいただきました。

aftokyo2
ときの忘れもののブースのある通り、いつもなら奥まで見通せるのに、今回のプレビューは大盛況。

昨日(一般公開)は平日(金曜)にもかかわらず、結構な人出でときの忘れもののお客さまたちー弘前のKさん、仙台のKさん、福岡のNさんetc.,ーも多数いらっしゃいました。
飲み物、お菓子など差し入れもたくさんいただきました。ほんとうにありがとうございます。
詳しくは後日スタッフSがご報告しますが、<アートフェア東京 2017>は今日と明日の二日間です。珍しく亭主の体調もよく、会場で終日店番しております。どうぞお出かけください。

画廊では「小野隆生コレクション展」を開催しています。画廊の店番は社長です。
今回のプレスリリースにはうっかり<油彩、テンペラ、ドローイングなど>と書いてしまいました。
小野さん自身は「素描」と言っています。

ono47《夏の日の影》
1990年
コンテ、紙
197.0×108.0cm
サインあり


日本にあまた画家はいても「素描作品」だけで堂々たる個展を開ける作家はそうはいないでしょう。
20160902_ueda_1
1991年10月MORIOKA第一画廊・舷における「小野隆生展」にて
画廊主の上田浩司さん(左)と亭主(右)
撮影:梅田裕一

上田さんは小野さんが帰国するたびに「絵が出来たらいつでもいいから送って、個展を開くから。」と言っていたらしいのですが、待てど暮らせど絵は来ない。
しびれを切らして(かどうかは定かではありませんが)上田さんが提案したのが、特大サイズの素描連作。サイズはご覧の写真の通りです。

ono52《そして北へ行く》
1995年
木炭・紙
100.0×70.0cm
サインあり


ono44《真夏の赤い雲 IV》
2008年
木炭・紙
108.5×76.5cm
サインあり


ono42《肖像 97-4》
1997年
木炭・紙
71.3x60.4cm
サインあり


ono43《肖像図 98-9》
1998年
木炭・紙
70.0×50.0cm
サインあり


ono48《肖像図 98-10》
1998年
木炭・紙
70.0×50.0cm
サインあり


ono45《真夏の赤い雲 VI》
2008年
木炭・紙
76.5×56.5cm
サインあり


ono46《真夏の赤い雲 VIII》
2008年
木炭・紙
76.5×56.5cm
サインあり


小野さんのコレクターである荒井由泰さんの「マイコレクション物語第5回」から少し引用してみましょう。
〜〜〜
(略)素晴らしいアーティストとの出会い(縁)があった。小野隆生である。彼は舟越の1歳年上で、舟越と同じく岩手県の出身である。彼は20代のはじめにイタリアに渡り、絵画の勉強をしている。その後絵画の修復も学び、修復の仕事もしていた。1976年に銀座の現代画廊で最初の個展を行い、80年代以降は銀座のギャラリー池田美術等で個展を開催してきた。私にとっては無名の作家であった。ときの忘れものの綿貫さんの強力な推薦があり、開催の運びとなったが、彼の描く不思議な雰囲気の存在感のある人物像は私を魅了した。アートフル勝山の会での最初の企画展は1995年で新作のコンテやテンペラとともに、ときの忘れもの・盛岡第一画廊・アートフル勝山の会で共同エディションして制作した版画集(4点セット、限定35部)も展示した。この版画集が小野隆生の最初の版画集でもあった。小野夫妻を囲む記念レセプションでは小野の追求するダンディズムも含め、彼の魅力的な人間性にも触れることができ、大フアンとなった。以後1997年、1998年、2003年と計4回の企画展を開催したが、それとともに私のコレクションも充実していくことになる。
(2012年8月21日ブログ 荒井由泰「マイコレクション物語第5回」より)
-7 95小野展11995
小野隆生新作展
左から綿貫令子、三上豊さん(現和光大学教授)、小野隆生夫妻、西田考作さん(奈良・西田画廊)、中上光雄・陽子さんご夫妻、荒井由泰さん

-7 95小野隆生新作展21995年
小野隆生新作展
中上邸イソザキホール


ono39《画像 6-2004》
2004年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり


ono40《画像 7-2004》
2004年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり


ono41《画像 8-2004》
2004年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり


ono49《画像 10-2004》
2004年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり


ono50《画像 11-2004》
2004年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり


ono51《画像 12-2004》
2004年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり


ono38《肖像 96-15》
1996年
木炭・紙
40.0×30.0cm
サインあり

今回の展覧会では会場の制約もあり、素描は1点しか展示していません。
(実際の展示の様子はコチラをご覧ください。)
ご希望の方は、事前にご連絡いただければ、大きな素描作品も倉庫から運びますので、遠慮なくお知らせください。

◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。

◆ときの忘れものは「アートフェア東京 2017」に出展します。
logo_600
会期:2017年3月16日[木]〜3月19日[日]
一般公開:3月17日(金)13:00〜20:00
一般公開:3月18日(土)11:00〜20:00
一般公開:3月19日(日)10:30〜17:00

会場:東京国際フォーラム 〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-5-1
ときの忘れものブースナンバー: N15
公式サイト: https://artfairtokyo.com/
出品作家:堀尾貞治六角鬼丈小野隆生秋葉シスイ松本竣介瑛九オノサト・トシノブ植田正治瀧口修造

●アートフェア東京の出品作品の一部をご紹介します
瑛九_フォトデッサン_2瑛九
《作品》
1950年
フォトデッサン
27.8x22.0cm
サインあり


02松本竣介
《作品》
紙に鉛筆
35.5x28.8cm


03瀧口修造
《V-10》
デカルコマニー、紙
13.5x10.0cm


04小野隆生
《剽窃断片図 (フェルメール)》
1976年
油彩、キャンバス
33.0x24.3cm
サインあり


05植田正治
《作品》
光沢印画紙にカラー焼き付け
Image size: 19.2x28.4cm
Sheet size: 25.5x30.5cm


06堀尾貞治
ドローイング集『あたりまえのこと』(10点組)より
ミクストメディア
38.0x27.0cm
それぞれにサインあり


07六角鬼丈
《奇想流転(奇合建築)》
2017年
シルクスクリーン
Image size: 41.5x69.0cm
Sheet size: 56.0x75.0cm
Ed.15
サインあり


08オノサト・トシノブ
《Silk-2》※レゾネNo.20
1966年
シルクスクリーン
32.0x40.0cm
Ed.120
サインあり


09秋葉シスイ
《次の嵐を用意している》(15)
2015年
油彩、キャンバス
91.0x73.0cm(F30号)
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
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倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」 第2回

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」

第2回「罪作りな延命 ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸」


倉方俊輔(建築史家/大阪市立大学准教授)


画:光嶋裕介(建築家)
原画

 建築が美術(アート)であることを示してしまったから、ル・コルビュジエは罪作りである。まあ、彼が生まれる以前から、建築が美術ではないかというおとりにおびき寄せられる者は数多くいて、将来有望な極東の青年も、危うく道を踏み外すところだった。
 「僕は又建築科を択んだ〈中略〉元来僕は美術的なことが好であるから実用と共に建築を美術的にして見ようと思った〈中略〉(同級生の米山がしきりに忠告することには:引用者注)君は建築をやると云うが、今の日本の有様では君の思って居る様な美術的の建築をして後代に遺すなどと云うことは迚とても不可能な話だ、それよりも文学をやれ、文学ならば勉強次第で幾百年幾千年の後に伝える可べき大作も出来るじゃないか。と(※1)」
 ただし、そう言われて文学科に進み、夏目漱石の名を20世紀に刻んだ夏目金之助は、彼のちょうど20歳年上だから、当時の建築における「美術的」というのは古来からの形式に則った様式的な技巧の修練によって獲得されるという考え方が支配的であって、それが打ち崩されるのは第一次世界大戦の終わりを待たなくてはならない。
 経験が蓄積されないアジア的専制や夢想的な革命ではなく、一歩一歩と深みを増していく理性的な修練の結果として、もはや野蛮な殺し合いなど遠い世界の出来事だと安心していた「先進国」の間で1914年7月に開かれた戦端は、双方の予想を裏切って拡大、長期化し、数千万人が無駄死にして1918年11月に終わった。構築されていたはずのバランスは失われ、ドイツ帝国もオーストリア=ハンガリー帝国もオスマン帝国もロシア帝国もなくなり、分析的な書物の中だけで存在していた社会主義なる政体が現実になった。ヨーロッパで「人間的」とされていた道徳や理性が信頼できる礎石ではなかったという衝撃が、ニーチェを再評価させ、ハイデガーを成立させ、シュルレアリスムや十二音技法を世に送り出したわけだが、コルビュジエもそんな時代から生まれた。
 1887年に生誕した彼のデビューは、1918年にアメデ・オザンファンとともに「ピュリスム」という新語を掲げた絵画展をパリの画廊で催し、『キュビスム以後(Après leCubisme)』という共著を同時に出版して自らを歴史に位置付けようとし、これまた目ざといタイトルを冠した雑誌『新精神(L'espritNouveau)』を1920年に創刊したことにある。これは「ル・コルビュジエ」の名が同誌で評論を執筆する時のペンネームとして始まったという修辞的な意味からではなく、本名シャルル・エドゥアール・ジャンヌレが故郷のラ・ショー=ド・フォンで設計したいくつかの建築も、これら1917年にパリに出てきて以降の出来事がなければ、誰も見向きもしなかっただろうからである。
 コルビュジエが生まれたのは、スイスの建築界ではなく、第一次世界大戦後のパリの美術界だった。かつて「人間的」とされていたものよりも、もっと根底から秩序立てられなければならない。そんな彼の主張は、主語を当初「絵画」に置いていた。オザンファンとともに宣言した「ピュリスム」がそれである。1907年からパリでパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが協働して展開したキュビスムは、ルネサンス以後のヨーロッパの絵画の礎となった一点透視図法による画面の構築から決別し、多視点からなる構成に向かうことで20世紀美術に多大な影響を与えたが、彼らはそこに規律がないと主張した。ニーチェの表題を借りるなら「人間的な、あまりに人間的な」というわけだ。キュビスムは「騒然とした時代の、騒然とした芸術」であって、ピュリスムはキュビスムを正統な結末へ、つまり協力的で建設的な秩序の時代へと導くだろうと二人は記した。
 言っていることは第一次世界大戦後における基盤の再構築という時代の欲求に合っているが、実際のピュリスムの絵画にポスト・キュビスムというほどの魅力を感じないから困ってしまうのだ。後世への影響力も、皆無ではないにしても、キュビスムと比べるべくもない。彼らの正確な言葉づかいの通りに、キュビスム「後(Après)」の一エピソードという位置付けが妥当だろう。肝心のコルビュジエについて言えば、オザンファンの絵画以上のものを制作しているわけでもなければ、理念を自覚させているわけでもない。ピカソに対するブラックの貢献の大きさとはほど遠い。画家としてだけだったら、その命運は尽きていただろう。

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ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸
竣工年│1925年
所在地│10, square du Docteur Blanche_75016 Paris
用途│住宅
現在、ラ・ロッシュ邸は一般公開され、ジャンヌレ邸はル・コルビュジエ財団の事務所として使われている
(撮影:倉方俊輔)

*****

 そして、コルビュジエは一人のクライアントを得た。若く、裕福で、現代美術を愛好する銀行家のラウール・ラ・ロッシュだった。彼とはスイスからの移住者のパーティで知り合い、『新精神』の後援者とピュリスムの絵画の購入者を手に入れた。コルビュジエとオザンファンはオークションで彼のために入札者を務め、ピカソやブラックの絵画を入手したりもした(※2)。
 世界文化遺産の「ル・コルビュジエの建築作品」を構成する17作品のひとつである「ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸」は、ロッシュのコレクションを展示するギャラリーを含む住まい、それにコルビュジエの兄であるアルベール・ジャンヌレと妻のための住居を、壁を共有して建設した鉄筋コンクリート造3階建ての建物だ。
 小道の奥に位置した周囲の住宅の裏手に囲まれた北向きの敷地は、コルビュジエがコーポラティブハウスのデベロッパーさながらに地主と銀行とクライアントを行ったり来たりして交渉し、当初の理想像からはだいぶ撤退して実現させた経緯を感じさせるものだが、現在、一般公開されているラ・ロッシュ邸の中に入ると、そんな苦労話は消え失せてしまう。
 無重力感に取り囲まれる。それはクライアントがフランスに根を持たず、独身者で、多くの要望を出さなかったことと見合っている。しかし、決してそうした与条件から自動的に導き出されはしない。つくり上げたのは、創造者としてのコルビュジエの意志だ。
 それは重力に抗した、あるいは物語性を持ったドラマとして構築されていない。どこから見始めても構わない面、色彩、立体の構成である。ここで言う立体とは実と虚(ヴォイド)の両方のこと。エントランスホールに突き出た階段が、吹き抜けというヴォイドへと貫入しているのに気づくだろう。2階の渡り廊下は透明な長方形をなし、ガラス越しに曲面の外壁が外部空間をへこませているのが分かる。その内部のスロープは上がっても下がってもいい。飾られている絵画がさまざまな見え方をしたのを思い出しはしないか。
 この空間で「図」と「地」は同時に規定されている。ある形状をカンバスに置いた際に残余の形も決まるのと同じだ。画期的なのは、建物の内外あるいは虚と実を別個に造形するのでもなく、かと言って、どちらかをどちらかの結果として従属させるのでもなく、等価で異なる図と地として扱ったことだ。外部からは大きな吹き抜けもスロープの存在も分からないが、それを知っていれば開口部も新たに感じられるだろう。
 内部の体験が外部の見え方を更新する。内部と外部に序列がないのと同じく、1階から3階までの関係も同等である。建築が社会に占める役割を反映した構成や装飾の物語もまとっていない。ピロティがあるからというだけではなく、これまでの大地から切り離されているのだ。構築物である建築が、ここまで無重力に、現代美術のタブローのように成り立つことをコルビュジエは示した。
 ただし、これは絵画のような建築ではない。絵画を超えた美術としての建築である。建築が建物だと思っている多くの設計者が順番の動線にこだわるところを、彼は絵画と同様に―構図によって誘導するものの―来訪者がどこから見始めてもいいようにつくる。1つ1つのシーンは時に来訪者の動きとともに次第に変化する。階段は単なる機能的な必要物ではなく、そのための重要な装置であるという認識がスロープを生んだ。時に内部と外部に代表されるように、だいぶ以前の光景と結びつくこともある。絵画は全体が一度に見渡せるが、建築はできない。その全体像は、経験した者の内面にだけ結ばれる。固定的でありながら、人間の身体と記憶にかかわって、何度も新しい。コルビュジエはピュリスム絵画では不可能だった意志を、絵画とは異なる建築の特性を用いて実現させたのだ。

*****

 コルビュジエは画家として二流だった。しかし、建築家としては一流になった。両者の関係は断絶してはいない。その後の建築家・コルビュジエにも、美術という生まれ故郷がしっかり刻まれている。ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸はそんな転生の秘密を良く内包している。コルビュジエはピュリスム絵画を通じて、マチエールに頼らず、幾何学に規則づけられ、日常的な対象でありながら、幾度となく別個の味わいを与えるものを求めていたと言える。それは建築というものに適した性格だったのである。
 〈経験〉の〈蓄積〉による〈構築〉が様式主義の建築が典範としていた、あるいは第一次世界大戦以前の社会が信頼していたものだが、ここでコルビュジエが目指し、成立させたのはそれとは違う〈体験〉の〈集積〉による〈構成〉である。冒頭に掲げた漱石の言葉の趣旨は、建築の美術性は「実用とともに」可能だということで、それが第一次世界大戦前の様式主義の常識だったが、こちらは「実用によって」むしろ可能になる。行為する人間が現出させる美術である点も新しい。
 それを、いわゆるモダニズム建築の時代に実用主義と見誤ったり、いわゆるポストモダニズム建築の時代に建築がアートになり得る先例だとみて後進たちが社会に害悪を与えたのは彼の責任ではないのだが、罪作りなのは確かであって、そんな建築家は、この上級な仕事ではっきりと生まれた。
くらかた しゅんすけ

※1…夏目漱石「落第」『筑摩全集類聚版 夏目漱石全集10』(筑摩書房、1972、初出1906)
※2…加藤道夫監訳『ル・コルビュジエ全作品ガイドブック』(丸善、2008)p.23

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』『これからの建築士』ほか

表紙2月
『建築ジャーナル』2017年2月号
今年の『建築ジャーナル』誌の1月〜12月号の表紙を光嶋裕介さんが担当することになりました。
テーマはル・コルビュジエ。
一年間にわたり、倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」と光嶋裕介さんのドローイング「コルビュジエのある幻想都市風景」が同誌に掲載されます。ときの忘れものが企画のお手伝いをしました。
月遅れになりますが、気鋭のお二人のエッセイとドローイングをこのブログにも再録掲載します。毎月17日が掲載日です。どうぞご愛読ください。

●今日のお勧め作品は、石山修武の新作エディションです。
石山修武_ (10)石山修武
「巨大な廃墟の山々を背に又歩き出す、そして、今、再び。何ともしぶとい足たちよ」
2016年 銅版
Image size: 15.0x15.0cm
Sheet size: 26.0x25.3cm
Ed.5 サインあり

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を制作をしています。2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。

◆ときの忘れものは東京・有楽町駅前の東京国際フォーラムで開催される「アートフェア東京 2017」に出展します。
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会期:2017年3月16日[木]〜3月19日[日]
会場:東京国際フォーラム
公式サイト:Art fair Tokyo 2017
出品:堀尾貞治六角鬼丈小野隆生秋葉シスイ松本竣介瑛九オノサト・トシノブ植田正治瀧口修造

小野男小野女

左)小野隆生《船が見える場所 I》
2008年 テンペラ・画布 170.0×60.0cm サインあり
右)小野隆生《船が見える場所 II》
2008年 テンペラ・画布 170.0×60.0cm サインあり

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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

小野隆生の切り抜き作品

本日夕刻より「アートフェア東京 2017」が始まります(プレビュー)。
一般公開は明日17日〜19日までです。

遠路上京される方や、海外からの方も多く、大阪のNさん、京都のOさん、山口のTさん、台湾からはKさんなどなど、皆さんアートフェア東京の前に画廊にも立ち寄ってくださいました。ありがとうございます。
今日からは、画廊(小野隆生コレクション展を開催中)には社長が、アートフェア東京の会場には亭主が詰めて皆様のご来場をお待ちしています。
幾度も宣言しておりますが、亭主は難聴で、もの静かなお客様のお話はほとんど聞き取れません。亭主がとんちんかんな受け答えをしたら、必ずそばに通訳がわりのスタッフがついておりますのでそちらにお声をかけてください。特に数字(金額)については亭主ではなく、スタッフにご確認くださいますようお願いいたします。

小野隆生の作品について時代や技法別にご紹介しています。
小野はキャンバスの平面作品と並行して立体的な切り抜き作品も制作しています。
実物よりはるかに巨大な肖像画であったり、これも実物よりはるかに大きい靴、帽子などの「断片」シリーズといわれる作品です。
05
この切抜き大作がどのくらい大きいかはこの作品が出品された2008年の池田20世紀美術館での展示をご覧ください。

小野は1971年にイタリアに渡り、一時ローマの国立美術学校で彫刻を学んでいます。
1976年の銀座・現代画廊(洲之内徹主宰)の初個展では油彩でしたが、その後はテンペラに移ります。1990年前後から、板を電導ノコで人型に切り抜き、それを画布で包みこむようにしたテンペラ作品を制作しました。その後、板に直接テンペラで描画する方法に移行します。
この「切り抜き」連作は岩手県立美術館や資生堂アートハウスに収蔵されていますが、今回展示する「発掘と調査の日に」は小野の肖像画連作の中でも最も重要な位置を占める作品です。

ono09小野隆生《夏の日の午前の断片》
1991年
テンペラ・板
17.0x54.0cm
サインあり


ono11小野隆生¥《発掘と調査の日に》
1998年
テンペラ・板
175.0x176.0cm
サインあり


ono10小野隆生《断片 98-XVII》
1998年
テンペラ・合板
48.0×81.0cm
サインあり


ono12小野隆生《隠された危険な関係》
1998年
テンペラ・板
37.0×73.3cm
サインあり

かつて小野が語った夢の一つに「教会まるごとをやりたい」というのがありました。
クリスチャンでもない小野はルネッサンス時代の巨匠たちの教会を埋め尽くす壁画、天井画に挑みたいに違いありません。

●「小野隆生の絵を銀座の資生堂ギャラリーで見たのは、もう10年ほども前だろうか。覚えているのは絵を目にした瞬間に私の足が、すこし震えたことである。」
(大倉宏『「貴種」に正対する目』より)

●「オブジェと人物。私はある時、小野作品に対して、この双方に同じような眼差しを向けていたことに気付かされたのです。たしかに、人物を描いたものは、肖像画の体裁を成しています。でも、ある特定の人物の姿をとらえた、いわゆる肖像画とはちがってモデルがなく、その人物の性格や感情が見る側に直接的に伝わることはありません。そのためか、画家の頭の中で静かに熟成された人物像は、どこか凛とした佇まいの静物画(オブジェ)を思わせるのです。」
池上ちかこのエッセイより、2009年05月09日)

●「小野作品には、キャンバス作品にも何処か未完成な感じがあるが、この未完成さが日本絵画の伝統を継承する最大の特徴ではないかと思う。」
小泉清のエッセイより)

●「久しぶりにコレクションの肖像画を並べてみた。ふと、これから「小野隆生はどこへ行くのだろうか?」との想いがよぎった。イタリアの片田舎のゆったりとした時間のなかで描き続けられる肖像画が、グローバル経済の中で揺れ、少子高齢化社会を迎え閉塞感のある日本とどのように関わるのか?また、日本のアイデンティティが問われ、日本にとって文化こそ最後の砦になるかもしれない時代にどのように関わるのか?・・・私にとって興味津々だ。コレクターの一人として、こらからも小野隆生という風に吹かれて、今という時代を一緒にゆっくり歩いていこうと思う。」
荒井由泰のエッセイより、2007年4月26日)

◆ときの忘れものは「小野隆生コレクション展」を開催しています。
会期:2017年3月7日[火]―3月25日[土] *日・月・祝日休廊
201703_ONO
岩手県に生まれた小野隆生は、1971年イタリアに渡ります。国立ローマ中央修復研究所絵画科を卒業し、1977〜1985年にイタリア各地の教会壁画や美術館収蔵作品の修復に携わり、ジョットやティツィアーノらの作品に直接触れ、古典技法を習得しました。1976年銀座・現代画廊で初個展開催。資生堂ギャラリー[椿会展]に出品。「ライバルは500年前のルネサンスの画家たち」との揺るぎない精神でテンペラ画による肖像画を描き続けています。
2008年には池田20世紀美術館で「描かれた影の記憶 小野隆生展 イタリアでの活動 30年」 を開催しました。
本展では、小野の1970年代の初期作品から2000年代の近作まで、油彩・テンペラ・素描など約15点をご覧いただきます。(実際の展示の様子はコチラをご覧ください。)

◆ときの忘れものは「アートフェア東京 2017」に出展します。
logo_600
会期:2017年3月16日[木]〜3月19日[日]
VIPプレビュー:3月16日(木)
一般公開:3月17日(金)13:00〜20:00
一般公開:3月18日(土)11:00〜20:00
一般公開:3月19日(日)10:30〜17:00

会場:東京国際フォーラム 〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-5-1
ときの忘れものブースナンバー: N15
公式サイト: https://artfairtokyo.com/
出品作家:堀尾貞治六角鬼丈小野隆生秋葉シスイ松本竣介瑛九オノサト・トシノブ植田正治瀧口修造

●アートフェア東京の出品作品の一部をご紹介します
瑛九_フォトデッサン_2瑛九
《作品》
1950年
フォトデッサン
27.8x22.0cm
サインあり


02松本竣介
《作品》
紙に鉛筆
35.5x28.8cm


03瀧口修造
《V-10》
デカルコマニー、紙
13.5x10.0cm


04小野隆生
《剽窃断片図 (フェルメール)》
1976年
油彩、キャンバス
33.0x24.3cm
サインあり


05植田正治
《作品》
光沢印画紙にカラー焼き付け
Image size: 19.2x28.4cm
Sheet size: 25.5x30.5cm


06堀尾貞治
ドローイング集『あたりまえのこと』(10点組)より
ミクストメディア
38.0x27.0cm
それぞれにサインあり


07六角鬼丈
《奇想流転(奇合建築)》
2017年
シルクスクリーン
Image size: 41.5x69.0cm
Sheet size: 56.0x75.0cm
Ed.15
サインあり


08オノサト・トシノブ
《Silk-2》※レゾネNo.20
1966年
シルクスクリーン
32.0x40.0cm
Ed.120
サインあり


09秋葉シスイ
《次の嵐を用意している》(15)
2015年
油彩、キャンバス
91.0x73.0cm(F30号)
サインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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