具体の元永定正<たらしこみ>「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part 掘米札)」より

青山の交差点で大きな事故があったとのこと。歩道でも病院の待ち合い室でも、車が突っ込んでくる世の中です。気を付けましょう。避ける自信はありませんが。
(Tさんからのメール)>
Tさん、メールをありがとう。
昨日朝、ときの忘れものから直ぐ傍の南青山三丁目交差点で、タクシーや乗用車など車3台とオートバイが絡む事故があり、一時は騒然としました。重傷を負われた方には心よりりお見舞い申しあげます。
毎朝通っている所であり、亭主の今春の事故を思い出し、ぞっとしました。

「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part S氏&Y氏コレクション(入札)」が始まりました。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏旧蔵の作品と、今春亡くなられたY氏旧蔵の作品群を出品しています。
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出品作品を順次ご紹介しています。

CIMG5252ロットNo.39 緑川俊一
(ドローイング)

1975年
ミクストメディア
55.0×40.5cm
サインあり

■緑川俊一 Shunichi MIDORIKAWA(1947-)
東京生まれ。一貫して人物と顔をモチーフにギャラリー川船など個展で発表を続けている。
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CIMG8525ロットNo.40 南桂子+浜口陽三
パリからの年賀状

1964年
エッチング
シートサイズ:11.0×18.0cm
Ed.100
サインあり
(南・浜口の二人サインあり)

南桂子と浜口陽三夫妻からのパリからの年賀状で、南桂子の銅版画と、片面には浜口陽三のサインも記されている珍品。
■南桂子 Keiko MINAMI(1911-2004)
富山県高岡市生まれ。1928年高岡の女学校卒業。 この頃から詩作と絵画に興味を持つ。1945年東京に移住し、小説家・佐多稲子の紹介で壷井栄に師事し童話を学ぶ。 1949年自由美術展に出品。以後1958年まで毎回出品。この頃油絵を習っていた森芳雄のアトリエで、後の夫となる 浜口陽三と出会い版画の面白さを知る。1954年渡仏、銅版画指導者・フリードランデルの研究所で2年学ぶ。 1961年神奈川県立近代美術館で「フリードランデル・浜口陽三・南桂子版画展」開催。 1982年にパリからサンフランシスコに移り、1996年に帰国。世界各地で個展を開くほか、本の挿画も数多く手掛けた。

■浜口陽三 Yozo HAMAGUCHI(1909-2000)
和歌山県生まれ。1927年東京美術学校塑像科に入学するが、梅原龍三郎の助言により1930年中退、渡仏し、途中2年間ニューヨークにも滞在するが、1939年までパリで油彩画と銅版画を独学する。1953年再び渡仏、1955年頃よりカラーメゾチントによる制作を始める。1957年第1回東京国際版画ビエンナーレで東京国立近代美術館賞を受賞、同年サンパウロ・ビエンナーレで日本人初の大賞を受賞。その後もリュブリアナ、クラコワの国際版画ビエンナーレで受賞。
1981年にサンフランシスコに移住、翌年には北カリフォルニア版画大賞展でグランプリを受賞、エンサイクロペディア・ブリタニカの「メゾチント」の項目で、「20世紀の半ばの最も名高い、孤高ともいえる主導者」、「カラーメゾチントの新しい技法を開拓した作家」と紹介される。その高度な技術から生まれる繊細で静謐な作風は、他の追随を許さず高く評価されており、今日、世界の代表的銅版画作家の一人として広くその名を知られています。1996年に帰国。
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元永定正_年賀8ロットNo.41 元永定正
年賀状

1962年 アクリル
シートサイズ:14.1×9.1cm
サインあり

具体を代表する作家として評価が急騰している元永が「たらしこみ」技法で描いた作品。
■元永定正 Sadamasa MOTONAGA(1922-2011)
三重県生まれ。1955年関西を拠点にする「具体美術協会」に参加、 吉原治良に師事する。絵具のたらし込みなど流動感ある絵画によって、折から世界を席巻したアンフォルメルの画家として一躍注目を浴びる。1964年現代日本美術展で受賞したのをはじめ、各種国際展などで活躍。1983年には日本芸術大賞を受賞し、名実共に日本を代表する抽象画家としての地位を確立した。2015年アメリカ・ダラス美術館で白髪一雄との二人展「Between Action and the Unknown: The Art of Kazuo Shiraga and Sadamasa Moto」が開催され大きな反響を呼んだ。
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yy32ロットNo.42 横尾忠則
美術館―富士とキリン

2005年
シルクスクリーン
28.0×42.0cm
Ed.200 サインあり
*池田20世紀美術館 開館30周年記念作品

■横尾忠則 Tadanori YOKOO(1936-)
兵庫県生まれ。池田満寿夫と並ぶ戦後60年代が生んだ文字通りスーパースターです。幼少のころから絵や文字に興味を持ち、小学校時代には既に《漫画少年》に投稿していた。高校のときに漫画家から挿絵画家へ志望を変え、通信教育を受ける。また、同じころ油絵の制作を始め、絵画展へ応募し、入賞を重ねた。太平洋画会会友に推挙されたが、高校生であるということで断る。高齢の両親のことを思い、美大へ進学せず就職するが半年で解雇される。1956年カットの投稿や公募展への出品などを重ねるうち、神戸新聞宣伝技術研究所の助手として入社、翌年には神戸新聞社事業部関係のポスターを一手に引き受けるようになった。
1959年ナショナル宣伝研究所へ移るが、翌年には念願の日本デザインセンターへ入社、その才能を存分に発揮し、存在が広く知られるようになる。1965年の初個展の会場で三島由紀夫と出会う。1967年寺山修司主宰の天井桟敷に参加、美術を担当する。このころから海外での個展など、その活躍の場が世界的なものになった。グラフィックアーティストとして第一線で活躍を続けていた1980年、ニューヨークで見たピカソ展に衝撃を受け、画家への転向を表明、油彩の制作を本格的に開始する。その後もさまざまなジャンルのアーティストとのコラボレーションを行うなど、いまなおその活動は注目を集める現在稀有な作家である。
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CIMG8577ロットNo.43 吉仲太造
(作品名不詳)

1974年
シルクスクリーン
50.5×36.5cm
Ed.50  サインあり

■吉仲太造 Taizo YOSHINAKA(1928-1985) 京都生まれ。早くから画家を志し、小学校卒業後に京都市立美術工芸学校を受験するが、小児麻痺により左足が不自由であったため不合格となる。1946年のちの行動美術京都研究所となる京都人文学園絵画部に入所し、画家としての第一歩を踏み出す。1952年に上京し岡本太郎の呼びかけで美術家の国際交流と連帯をめざしたアートクラブに参加。1955年には前衛作品を結集させ新たなう ねりを生み出そうとしていた岡本の招きにより、二科会第九室に出品。43歳でうつ病を発病して以後は、無彩色のキャンバスにシルクスクリーンを用いて静物などの映像を浮かび上がらせる作品や、無駄な要素をそぎ落として白い絵具を主とした作品へと移行していった。病により56歳で歿したが、1999年渋谷区立松濤美術館と京都市美術館で「戦後美術を読み直す 吉仲太造」が開催されるなど、再評価の声が高い。
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CIMG8995 のコピーロットNo.44 吉原治良
『季刊書の美』復刊19号 (1980年春・夏)

「吉原治良と書」
出版社:書の美研究会
1980年8月1日発行
雑誌(15頁)
21.5×15.0cm

■吉原治良 Jiro YOSHIHARA(1905-1972)
抽象画家、および実業家。吉原製油社長。大阪の北野中学校在学中に油絵をはじめる。関西学院高等商業学部卒業。渡仏後の1928年に初個展を開き公募展などにも絵画を出展した。当初は魚を題材に描き、敬愛する藤田嗣治に作品を見てもらう機会を得るが独自性のなさを指摘され、幾何学的な抽象絵画へと徐々に転換した。1938年には東郷青児主催の二科会の抽象画家らと「九室会」を結成。戦後は吉原製油社長としての実業のかたわら絵画・デザインの発表を再開し、やがて不定形の形を激しい筆致で描いた抽象画を描き始めた。
当時、最先端の流行でもあった海外オートクチュールメゾンのファッションショーの舞台装置をプロデュースするなど時代の波にも乗る。同時に、居住していた芦屋市で若い美術家らを集めて画塾などを行っており、そこから1954年に前衛的な美術を志向する「具体美術協会」を結成しリーダーとなった。1962年には中之島にあった自分の所有する土蔵を改造して具体美術協会の本拠となるギャラリー「グタイピナコテカ」を開き、会員たちの個展を開催した。1972年67歳で死去とともに「具体」は解散した。
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CIMG5631ロットNo.45 依田邦子

1971年 油彩・布
14.0×18.0cm
サインあり

■依田邦子 Kuniko YODA(1944-)
東京生まれ。能仲ヤツヲに師事。創元会会員。
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yy22ロットNo.46 K.Noriko
(作品名不詳)

オブジェ(ケース入り)
10.0×14.0×5.5cm
サインあり

K.Norikoとサインされているオブジェですが不勉強で詳細がわかりません。どなたかご教示ください。
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CIMG8905 のコピーロットNo.47
ジャン・ティンゲリー Jean TINGUELY
(ドローイング)

紙にインク
23.5×23.5cm
サインあり

■ジャン・ティンゲリー Jean TINGUELY(1925-1991)
スイスの画家、彫刻家。廃物を利用して機械のように動く彫刻を制作、キネティック・アートの代表的な作家である。ダダイスムの影響を濃く受け、第二次世界大戦後のフランスで誕生した美術運動、ヌーヴォー・レアリスムのメンバーでもあった。1950年代半ば以降はパリで活動し、イヴ・クラインやニキ・ド・サンファルらの美術家たちと知り合う。1960年にはヌーヴォー・レアリスムの結成に関わり、ニューヨーク近代美術館で開催された展覧会では不器用に動いて音を立て最後は自ら炎上して崩壊する巨大な機械『ニューヨーク賛歌』を出展した。
1971年にニキ・ド・サンファルと結婚。1977年にはバーゼルに『噴水の劇場』(ティンゲリーの噴水)を制作。1982年にはポンピドゥー・センターに隣接するストラヴィンスキー広場に、『自動人形の噴水』をニキ・ド・サンファルと共同制作した。1984年高輪美術館(後のセゾン現代美術館)から『地獄の首都 No.1』を制作依頼され、来日している。没後1996年にはバーゼルにマリオ・ボッタの設計で「ティンゲリー美術館」が開館した。
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CIMG8815ロットNo.48
ダリ Salvador y Domenech DALI
神曲より

布にシルクスクリーン
30.5×25.0cm
Ed.2  サインあり

■サルヴァドール・ダリ Salvador y Domenech DALI(1904-1989)
スペイン生まれ。1921年サンフェルナンド美術学校に入学、1925年マドリードのダルマウ画廊で初個展を開く。1927年パリに赴き、ピカソやアンドレ・ブルトンなどの面識を得る。1929年夏、詩人のポール・エニュアールが家族と共にダリの元を訪れたが、その妻であったガラとダリは強く惹かれ合い1932年に結婚、ガラはダリの永遠のミューズであり支配者でありマネージャーという存在になる。ガラと共に世界に進出したダリは独自の価値観を作品の中で展開し、時間・宗教・量子力学・遺伝子学などをモチーフにした作品を次々に制作。各地で開かれた個展や回顧展はいずれも成功をおさめる。フロリダのセントピーターズ・バーグには絵画では最大のコレクションを集めたダリ美術館がオープンした。1982年にガラが亡くなったことで拠りどころを失い、翌年の「燕の尾」が生涯最後の作品となる。1989年、歿。自分の出生地フィゲーラスに自ら計画したダリ劇場美術館内に埋葬されている。
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CIMG8512ロットNo.49
ピエール・アレシンスキー Pierre ALECHINSKY
(ドローイング)

1964年  水彩、ペン
21.5×27.5cm
サインあり

■ピエール・アレシンスキー Pierre ALECHINSKY (1927−)
ベルギーに生まれる。当初はキュビスムの影響下にあったが、アンソー ルの作品を知り表現主義的色彩を強める。「若きベルギー絵画」「コブラ」などの運動に参加。日本の書にも興味を持ち、森田子龍の「墨美」グループと交 流。1955年には来日して映画「日本の書」を制作。1960年代初頭にアメリカを訪問して以降は油彩を放棄し、アクリル画や版画を制作。渦巻くような独特の魅力的な線による、幻想的ヴィジョンに満ちたエネルギッシュな作風を得意とする。
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CIMG8571ロットNo.50
ロベルト・クリッパ Roberto CRIPPA
(コラージュ)

1962年
コラージュ、グワッシュ
63.0×48.0cm

■ロベルト・クリッパ Roberto CRIPPA (1921ー1972)
イタリア出身の画家・彫刻家。ミラノ・モンツァ生まれ。ミラノのブレラアカデミーで美術を学ぶ。短い抽象画作成の後、ルシオ・フォンタナと共にスペシャリズム運動に参加。1950〜53年のスペシャリズムマニフェストの署名者の一人となる。1949〜52年にかけて、イタリアのアクションペインティングの先駆者として活動。50年代半ばからは知人のシュルレアリスム作家達の影響からトーテム風の人物画の制作を開始。56年からはそれらを鉄で鋳造した立体の制作も始める。58年以降は木片や新聞など多彩な材料を用いたコラージュレリーフを制作。その色彩は年を経る毎に豊かになっていった。空中アクロバティックのチャンピオンでもあったが、1972年にミラノ・ブレッソにて飛行機事故により逝去。
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CIMG8913 のコピー (2)
ロットNo.51
マーク・トビー Mark TOBEY
(ドローイング)

1964年  水彩
3.8×40.0cm
裏面にサインあり

■マーク・トビー Mark TOBEY (1890ー1976)
アメリカ・ウィスコンシン生まれ。シカゴ・アート・インスティテュートなどで学び、コマーシャル美術の仕事を経て1918年にバハイ教に入信。1934年日本旅行の際に書道に接し、その影響からホワイト・ライティングと呼ばれる神秘的、宗教的抽象絵画を開発。跳ねるように錯綜する線の無限連続でイメージを捉えようとした作風は、
バハイ信仰と禅に由来しているものであり、ニューヨークの抽象表現主義の先駆的位置を占める存在となった。代表作に「ブロードウェイ」(1935年)があり、1958年にはベネチア国際ビエンナーレ美術展で国際大賞を受賞している。
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CIMG8843ロットNo.52
ゲラルド・シュネーデル Gerard SCHNEIDER
(ドローイング)

1964年  水彩
10.5×14.3cm
サインあり

■ゲラルド・シュネーデル Gerard Schneider(1896―1986)
フランスのアンフォルメル画家。スイスのサント・クロワに生まれ、フランスに帰化する。1916年にパリに出、18年まで装飾美術学校で、ついでエコール・デ・ボザール(国立美術学校)で学ぶ。一時帰国後、24年にパリに定住。後期印象派、キュビスム、シュルレアリスム、さらには表現主義と近代美術のあらゆる探究を試みたのち、44年ころから抽象に転じる。最初は一種の表現主義的な残像もあったが、まもなく真の抽象に向かった。
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CIMG5325ロットNo.53
ベアトリス・サンチェス Beatriz SANCHEZ
En su fiestade Azul
(彼の青の祝賀会)

1992年  油彩・布
69.5×94.5cm
サインあり

■ベアトリス・サンチェス Beatriz SANCHEZ 
メキシコの画家。2014年4月に"Paralelismo cultural. Tres miradas de Mexico en Japon"(プラザギャラリー・東京)、2015年10月に《Mexicoanidad メキシコチック》(創形美術学校・東京)など、日本でも幾度に渡って作品を発表している。

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CIMG8795ロットNo.54
ユージーン・ブランズ Eugene BRANDS
(作品名不詳)

1966年  ガッシュ
25.5×33.7cm
サインあり

■ユージーン・ブランズ Eugene BRANDS(1913−2002)
オランダの画家。COBRA美術運動の初期メンバー。1946年にアムステルダム市立美術館で開催された"Young Painters"展で、一室すべてを自分の作品で埋めた。1948年にはオランダの実験グループに加わり、1949年11月には国際実験美術展で作品を展示した。この間に彼が所属する実験グループはCOBRA運動の立役者の一つとなり、ブランズはグループの刊行していた雑誌「Reflex」においてグループステートメントの成立に貢献することとなったが、後に意見の相違や不合意などからグループを去り、以後ソロ活動を続けた。1950年代は、子供の絵から着想を得ていたと言われる。現在作品の多くはヤン・ファン・デル・トフトミュージアムに所蔵されている。
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CIMG9011 のコピーロットNo.55
吉原治良 他
『具体』4号

出版:具体編集委員会
1956年7月1日発行
機関紙(34頁)
24.2×26.0×0.3cm


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CIMG8999 のコピー

ロットNo.56
吉原治良 他
『具体』8号

出版:具体編集委員会
1957年9月29日発行
機関紙(88頁)
25.0×26.5×0.6cm

『具体』8号
『具体』8号奥付

『具体』8号
『具体』8号のケースと本体

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CIMG8993 のコピーロットNo.57
五人組写真集編集委員会

(池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)
『五人組写真集 REVOLUTION』
季刊第1号(1972年)
出版社:写真集編集委員会
1972年3月20日発行
写真集
29.0×21.0cm
55部限定

『五人組写真集 REVOLUTION』
『五人組写真集 REVOLUTION』奥付

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01ロットNo.58
磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明
「色彩と空間展」南画廊ポスター

1966年
オフセット
105.0×74.5cm


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CIMG8814ロットNo.59
荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一
「現代美術フェスティバル」ポスター

1970年
オフセット
72.0×47.5cm


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本日の瑛九情報!
〜〜〜
父は子のために祈り 子は父のために祈った
父は子の健康を祈り 子は父の無事を祈った
父は子を信愛し 子は父を敬愛した
父は貧苦のうちに学び子は裕福のうちに育った
父は子を遊学させ 子は父に報いむと努めた
父はその妻を亡くし 子はその健康を害した
父は再び良妻を得 子は再び健康を得た
同居五十年 同業三十年
父は子の父であり師であり友であった
幽明相隔つる今も父は子のうちに生きている


*杉田正臣『父』(1969年 杉田眼科内「根」発行 非売品)より〜〜〜
本日12月7日は瑛九の父杉田直(すぎた なお)の命日です。
1960年(昭和35)3月10日瑛九(本名杉田秀夫)が48歳で死去。その九ヵ月後、子どもたちを愛してやまなかった杉田直が92歳の生涯を終えました。
この父(杉田直)にしてこの子あり、
この兄(杉田正臣)にしてこの弟(瑛九)ありと思わずにはおられません。
宮崎きっての眼科医だった瑛九の父直については、今回の展覧会の主人公である山田光春さんの著書にもたびたび登場し、瑛九の画業をやさしく見守り支え続けました。長男正臣さんは父や弟について多くのことを書き残しています。少しづつ紹介しましょう。
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

201612
1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

中村宏<野獣の牙も糖化する女体 青内放射線>「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part 掘米札)」より31番〜38番

「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part S氏&Y氏コレクション(入札)」が始まりました。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏旧蔵の作品と、今春亡くなられたY氏旧蔵の作品群を出品しています。
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全59点をブログで順次ご紹介しています。
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ヨシダヨシエ (1)ロットNo.31 たべけんぞう+ヨシダ・ヨシエ
BOMBA MESKALINA(オブジェ)

1975年
ミクストメディア
ケースサイズ:46.0×21.9cm
Ed.210
サインあり

たべ・けんぞうとヨシダ・ヨシエの合作です。限定210とありますが、アクリルケースの中に種々おさめられたオブジェ類が散逸してしまったものも多く、完全な姿のものは希少です。
■たべ・けんぞう Kenzo TABE(1939-)
山口県生まれ。造形作家。幼いころを広島ですごす。核をテーマとする一連の作品・イベントにより、世界の終りまでを徹底して表現し、また鉄屑・廃材を素材とするオブジェ、キネティック・アートを制作して現在に至る。
​廃墟の灰の中から人類の埋もれた夢のかけらを拾い集めるようにして、鉄屑や壊れた機械のパーツを次から次へと繋ぎ合わせてゆくと、不思議なことに何ともあたたかい生命の息吹が胸の奥底に流れこんできた。ゆったりとした動き、かすかな音色、星くずのように散りばめられた光の海。この世で使命を終えたものたちが新しい世界を創造しようとする、それを手伝うのが私の仕事だ(作家自身のHPより)。
1969年第9回現代日本美術展に出品(20回も、21回・23回で佳作賞、22回で準大賞受賞)。1993年天理ビエンナーレ彫刻の部で部門賞(94・95年も)、ひろしまナイト美術大賞展で優秀賞(94・95年も同賞受賞)。URBANART#2優秀作家展で中原佑介賞(94年で佳作賞)、環境彫刻&ユーモアアート展で奨励賞(94年で優秀賞)、第32回北陸中日美術展で佳作賞。1994年 アジアひろしま芸術大賞展で大衆賞・佳作賞、被爆50周年特別企画展(広島市現代美術館)。1995年第5回東京野外現代彫刻展、第16回現代日本彫刻展(18回で兵庫県立近代美術館賞・市民賞)。1996年国際丹南アートフェスティバルで大賞。

■ヨシダ・ヨシエ Yoshie YOSHIDA(1929-2016)
東京生まれ。美術批評家、詩人。終戦後、鎌倉に住まう文学者や芸術家との交流を通じて美術に関心を持つようになり、その間に知り合った丸木位里、赤松俊子夫妻の《原爆の図》を抱え、1950年から1955年にかけて全国各地で同作の展覧会と講演を行った。詳細な調査をふまえて書かれた靉光論(1959年)や、最初の瀧口修造論の一つである「瀧口修造覚え書き」(1961年)が高く評価され、批評家として本格的に活動を始める。1960年代には、ハイレッド・センターらパフォーマンスの活動を積極的に紹介した。
著書:『異端の画家たち』(1965年、造形社、1983年、求龍堂・共著)、『流氓の解放区』(1977年、現代創美社)、『エロスと創造のあいだ』(1986 年、展転社)、『エロスと博物誌』(1987年、北宋社・共著)、『スネーク・ドリーム』(1989年、北宋社・共著樹芸書房)、『手探る・宇宙・美術家たち』(1989年、樹芸書房)、その他、詩画集など多数。
「アヴァンギャルドな青年、ヒッピーな中年、パンクな老人」(小沢節子さんの弔辞より)だったヨシダ先生が遺された貴重な書籍文献類はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(以下UCLA)の「ヨシダ・ヨシエ文庫」設立のために海を渡りました。詳しくは2016年10月4日ブログ<三上豊編・著『ヨシダ・ヨシエへの手がかり』>をお読みください。
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CIMG8515ロットNo.32 利根山光人
(作品名不詳)

1954年
リトグラフ(焼けあり)
24.5×23.0cm
サインあり

■利根山光人 Kojin TONEYAMA(1921-1994)
茨城県生まれ。早稲田大学を卒業し、召集・入隊を経て終戦を迎える。戦後、ストラヴィンスキーの音楽に触発された前衛絵画を油彩で制作する一方で、母校から払い下げられたリトグラフの印刷機をつかってリトグラフ(石版画)の制作を開始する。戦後の現代版画隆盛の立役者の一人である。1950年代末にメキシコを訪れ見たマヤ文明に衝撃を受け、その古代文明をモチーフとした制作を開始。それ以後も度々メキシコを訪れ、生涯に亘って古代文明からの示唆を現代社会や現代人への問いかけとして描き続ける。メキシコを題材とした情熱的な作品を数多く残し、太陽の画家と呼ばれた。
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SC535_土橋醇_トリミング_600ロットNo.33 土橋醇
コンポジション

1957年
グワッシュ
35.4×20.0cm
サインあり

■土橋醇 Jun DOBASHI(1910-1978)
東京生まれ。1938年東京美術学校油画科卒業後渡仏、アカデミー・ランソンに学んだ。1940年帰国しベトナム、カンボジア、ラオスへ外務省から派遣される。その後光風会展に出品、戦後1946年会員となり、1952年光風特賞を受賞したが、翌年再度渡仏し1973年に帰国するまでの20年間パリで制作を続け、主にサロン・ドートンヌ、サロン・ド・メ展に作品を発表した。 作品は東京国立近代美術館、パリ国立近代美術館等に収蔵されている。著書『南方の古代文化と芸術』、随筆集に『南へ還る』がある。
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yy50ロットNo.34 豊島弘尚
状況死頭部・このユートピア

1965年
油彩
32.0×32.0cm
サインあり

■豊島弘尚 Hironao TOYOSHIMA (1933-2013)
青森県生まれ。画家・版画家。1957年東京藝術大学美術学部油絵科(林武教室)卒業・安宅賞受賞。1974年文化庁在外芸術家派遣に選ばれNY・パリ・ストックホルムに滞在。1987年ノルウェイのボグネスで大オーロラに遭遇、以降オーロラ絵画の連作を制作する。1998年大館「塚ノ下」土偶に触発された大作《空に播く種子(父の星冠)》が東郷青児美術館大賞を受賞、同館で受賞特別展を開催。2002年八戸市美術館、2006年池田20世紀美術館で個展開催する。2014〜15年青森県立美術館「追悼・豊島弘尚 彼方からの凝視」展では八戸を故郷とする豊島の初期から晩年にいたる代表的な作品33点が展示され、北方の風景や極光 (オーロラ) に着想を得、青森や縄文の風土と深い関わりをもちながら制作を行った画家の軌跡がたどられた。
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CIMG5382ロットNo.35 中村宏
野獣の牙も糖化する女体 青内放射線

水彩
53.0×34.0cm
サインあり

あのセーラー服の中村宏? と絶句される方も少なくないでしょう。いかにもY氏好みの作品です。
■中村宏 Hiroshi NAKAMURA(1932-)
静岡県浜松市に生まれる。1951年日本大学芸術学部入学。1953年池田龍雄らの青年美術家連合に参加。ルポルタージュ絵画の運動に触れ、基地反対闘争に取材した《砂川五番》を1955年のニッポン展に出品して注目される。1960年には安保闘争に参加。映画のクローズアップの手法や、女学生、機関車、便器などのモチーフを介して権力や戦闘に関わる題材を多く描く。1950年代末に「タブロオは自己批判しない」と社会主義リアリズムの制作態度を批判、64年からは立石紘一と観光芸術研究所を設立し、観光芸術という主張によって、60年代の反芸術の風潮に対抗した。1969年神田の美學校の創設に参加して油画工房の担当となるほか、75年からは桑沢デザイン研究所で指導。針生の企画にはアンデパンダン’64展や1966年の第1回戦争展への出品がある。
(宮城県美術館『わが愛憎の画家たちー針生一郎と戦後美術』展図録より)

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CIMG5204ロットNo.36 古沢岩美
裸婦

1980年  水彩
32.0×50.5cm
サインあり

■古沢岩美 Iwami FURUSAWA(1912-2000)
佐賀県生まれ。久留米商業学校を中退し、朝鮮大邸に渡り、叔父の経営する練炭店で働きながら絵を描く。
1928年上京し岡田三郎助宅に寄食、光風会展、春台美術展に出品した。1934年岡田宅を出て、東京豊島区長崎町にあった「長崎アトリエ村」に移り、ここで画家たちとの交友をひろげるとともに、前衛美術を志向するようになった。1938年第8回独立美術展に、シュルレアリスムに学んだ「蒼暮」他を出品、一躍注目を浴びる。寺田政明、小牧源太郎、北脇昇、糸園和三郎、吉井忠らと創紀美術協会を創立。翌年には美術文化協会結成に参加した。同年、東京朝日新聞創立50周年記念に挿画コンクールに当選、懸賞小説「桜の園」の挿絵が人気を呼んだ。1943年応召、中国大陸に送られる。終戦後、1年間捕虜生活を送り、46年復員。翌47年日本アヴァンギャルド美術家クラブに参加。第1回モダン・アートクラブ展、第1回アンデパンダン展、第1回日本国際美術展、第2回現代日本美術展などに出品したシュールレアリスティックな画風と幻想的なエロスの表現は戦時中の体験と、戦後社会の混乱を告発する作品として注目された。75年山梨県上九一色村に古沢岩美美術館開館。1982年板橋区立美術館で回顧展が開催された。
著書:「月と黒子」「絵の放浪」など多数。
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YY88_三浦久美子ロットNo.37 三浦久美子+ヨシダ・ヨシエ
燐火と蛇

1994年
手書き文字にコラージュ(マッチなど)
29.0×39.0cm
サインありシール添付

ヨシダ・ヨシエの著書『修辞と飛翔』(1993年 北宋社)のブックデザインを担当した三浦久美子とヨシダの合作。
■三浦久美子 Kumiko MIURA
武蔵野美術大学短期大学デザイン科卒業。小学館、サンリオ、マガジンハウスなどでエディトリアルデザインを担当。1993年三浦久美子デザイン室を設立。
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YY56ロットNo.38 水谷勇夫
十界 反魂季

1982年  水彩
42.0×29.5cm
サインあり

■水谷勇夫 Isao MIZUTANI(1922-2005)
愛知県名古屋市に生まれる。1942年より中国戦線を体験、このときの人間存在への熟考が後の制作の源となる。1950年代は新制作協会、美術文化協会、匹亞会を出入りし、58年に初個展、59年からは読売アンデペンダン展で発表。瀧口修造により1964年の国立近代美術館「超現実主義の展開」展に推薦されるほか、針生企画の「これが日本画だ」展には第2回まで出品した。針生が議長で1977年結成した日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ美術家会議(JAALA)では副議長となり、JAALA主催の「第三世界とわれわれ展」に度々出品。1981年から从会に参加。和紙と顔料を使って人間の生々しい欲望や存在の不条理を暴き、自作を日本画ではなく膠絵と称して、前衛の立場を一貫させた。「なごや絵学校」の設立や、陶芸によるインスタレーション、書、パフォーマンス、舞台美術など多才に活動し、名古屋市芸術特賞を受賞。 
(宮城県美術館『わが愛憎の画家たちー針生一郎と戦後美術』展図録より)
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1番から11番は12月2日のブログを
12番から30番は12月4日のブログを、ご覧ください。
39番から59番までは、7日、8日、9日のブログで順次ご紹介します。

最低入札価格はHP及びブログには公開しません(あまりに廉価なので)。
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。

入札及び落札方法についてはHPに詳しく説明してありますので、ぜひご参加ください。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284.html

本日の瑛九情報!
〜〜〜
写真は光線の言葉だといわれます。私たちは毎日のようにグラフや映画に接して、この光線の世界語を読むのに慣れています。ところで、このすばらしい光の話し言葉で私たちの夢や詩を表現できないわけはないし、できれば実にすばらしいことなのです。
レンズのない写真はすでにモホリ・ナギーやマン・レイなどによつてフォート・グラムやレオグラフイとして開拓されていますが、瑛九氏はフォート・デッサンとしてこの方法をさらに自由に駆使して独自の世界を展開しています。

瀧口修造【瑛九のフォート・デッサン】日本橋・高島屋 1955年1月「瑛九 フォート・デッサン展目録」より)〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

201612
1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」第9回

夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」

第九回◇消えたスワンベリ―謎のコレクターK氏とディープな仙台の蛸壺文化

極北のエロティシズム―。スウェーデンの北方の小都市マルメのアトリエに閉じこもり、過剰とも思える装飾的な技法と奔放な造形で、太古の黄金時代にもつながるエロスを追求した画家スワンベリ(スワンベルクともいう)。描かれた作品のすべてが女性で、精神の深奥に眠る古代の女神たちがこの世に召喚される。この凍りついたエロスの燐光を放つ北方の不思議な絵師の魅力に取り憑かれて久しい。 
スウェーデンのマルメに生まれたスワンベリ(1912-1994)は、17歳のころ、ヴァイオリン職人を目指したがうまくいかず、映画の看板描きの仕事をしながら、夜は工芸学校に通った。22歳の時、ポリオにかかり、生涯このときの障害が残る。1940年、運命の女性グンニと結婚、絵のモチーフになるとともに、彼女はスワンベリを献身的に支えた。1953年、パリで開かれたグループ展に出品していたスワンベリの作品をシュルレアリスムの指導者アンドレ・ブルトンが見て惚れ込み、シュルレアリスムの機関紙「メディオム」(3号)で特集、表紙の絵を飾り、ブルトンが序文「スワンベリ頌」を寄せた。その後パリの「封印された星」画廊で個展。1958年、ランボーの詩『イリュミナシオン』の挿絵画集『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』をスウェーデンで出版、ブルトンに絶賛された。1960年、ニューヨークの国際シュルレアリスム展に出品し、多くのシュルレアリストらから評価を得た。

Photo1写真<1>
装飾的な技法と奔放な造形で極北のエロスを追求したスワンベリの絵(『空の薄青色の蘭とスターの十頭の欲望』<左>1969年と、『女の発光力のもとで』<右>1975年)


「おんなは虹いろの部屋に住むこの孤独なもの、その肌は蝶の群れの奇異な色とりどりの衣裳のしたに、またさまざまな出来事、匂い、朝の薔薇の指たち、澄んだ太陽たち、黄昏時の青い恋人たち、大きな眼をした夜の魚たち、といったもののしたに秘めているのだ」(スワンベリ『おんなに憑かれて』 瀧口修造訳)と喝破するスワンベリとシュルレアリスムの接近は必然であった。シュルレアリスムの魔術的手法「自動筆記」を発明したブルトンがスワンベリの描く世界に見たものは、エロスのオートマティスムであったのかもしれない。

Photo2写真<2>
シュルレアリスムの機関紙『メディオム』(1954年3号)でスワンベリが特集され、表紙の絵を飾った。


20年近く前だったろうか、東京の古書街・神保町のとある若手が始めた古書店で、1958年にスウェーデンで出版された『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』のサイン本を見つけ、大変高価であったが、スワンベリの署名本はめったになく躊躇なく即決した。家に帰って、仔細にチェックすると、なんと三か所にスワンベリのサインがあったのには驚いた。書物の精霊の粋な計らいか、はたまたフーリエの「情念引力」の手助けだろうか。

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アンドレ・ブルトンに絶賛されたランボーの詩『イリュミナシオン』の挿絵画集『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』(1958年)のサイン本。


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『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』(1958年)の扉の献呈署名。


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『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』(1958年)の巻末署名


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『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』(1958年)から。リトグラフ右下にスワンベリのサイン


ランボーの詩『イリュミナシオン』は難解といわれる。しかしスワンベリはイマジネールの力によってその詩境の高みに絵画の表現で、やすやすと到達している。ヘンリー・ミラーは『ランボー論』で、「墓の彼方で彼はいまなお『伝達』している」と述べているが、スワンベリは地下からの詩霊ランボーの言葉を、増殖する詩的エロスのイメージの現像として受信したのではないだろうか。

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『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』(1958年)から『大売出し』
「売り出しだ。大衆向きの無秩序、高価な愛好家向きのこたえられない満足、信者や恋人向きのむごたらしい死!」(『大売出し』−『ランボー全詩集』 青土社 中地義和訳 1994年)


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『Arthur Rimbaud ILLUMINATIONER』(1958年)から『夜明け』
「ぼくは夏の夜明けを抱いた。宮殿の正面ではまだ動くものはなかった。…ぼくは歩いた。すると宝石たちが目を凝らし、翼が音もなく舞い上がった。」(『夜明け』−同 中地義和訳)


スワンベリがランボーの詩を通して幻視したものはなんであっただろうか?ユイスマンスが『さかしま』で称揚した人工的なエロスの身振りか、はたまたエロスのマニエリスムか。瀧口修造は「詩に秘んでいる生殖力としての一種の行為乃至は身振りの要素に、画家は敢えて直面した」(『骰子7の目』別巻 河出書房新社 1976年−「水晶の腕に」)とランボーの構築した言葉の水晶宮にスワンベリが到達した美の道筋を明かす。

Photo9写真<9>
スワンベリのポートレート(スウェーデン・マルメ市のアトリエ)


アンドレ・ブルトンはスワンベリの描く女たちについて「ここにはまさしく、《いまだかつて見たことのないもの》のありとあらゆる矢にねらわれた、宇宙の中心をなす女がいる」(『骰子7の目』別巻 河出書房新社 1976年−『ヴァイキングの女』 巖谷國士訳)と述べている。北極光に貫かれ、凍えた美の楽園のルネサンスを謳歌するスワンベリの女たち。エロスの曼陀羅がそこにある。

Photo10写真<10>
スワンベリ関係の蔵書の一部


下の写真<11>のフランス装の一冊の本には苦い思い出がある。アンドレ・ブルトンらによる『FAROUCHE A QUATRE FEUILLES』(1954 édition Bernard Grasset)。だ。

Photo11写真<11>
ブルトンの『FAROUCHE A QUATRE FEUILLES』(1954)


シンプルなフランス装の装丁だが、この版は限定版で、スワンベリ、Simon Hantaï らシュルレアリストによる署名入りのオリジナル版画が四点入っている。この本を見つけたのは仙台に赴任していたころ、よく昼休みに足しげく通っていたカルトなレコードと古本の店「S」だ。ある日、訪ねてみると、店の入り口近くの壁に入ったばかりというこの本が飾られていた。まさかこんな稀少本がこんなところにと思って手に取りページを繰ったところ、四枚あるはずの版画のうち巻頭のスワンベリの版画だけがない。値段を聞くと市場価格の十分の一の「ウン万円」。コレクション本としては価値が落ちるがそれでも三枚の署名入りオリジナル版画がある。この本の出所はだいたい想像できたので、消えた一葉のスワンベリはいつかこの本の中に舞い戻るであろうと買い求めた。「S」の店主にこっそり聞くと、案の定、友人のコレクターK氏所有のもので、スワンベリ好きのK氏がスワンベリの版画だけを本から抜き取り、額装して寝室に飾っているとのことだった。あれから十数年、ことあるたびに消えたスワンベリの版画をK氏に譲ってほしいと言うのだが、いまだに巻頭のスワンベリはコピーのままだ。「不在」のものに対する愛惜ほどトラウマになるものはない。

Photo12写真<12>
ブルトンの『FAROUCHE A QUATRE FEUILLES』の切り取られた空白のページとオリジナル版画のコピー


この本の元所有者である謎のコレクターK氏との出会いはある取材で自宅を訪れた時のこと。なにかのきっかけで映画の話になり「ゴダールの映画では何が一番好きか」と問われ、マイナーな作品『男性・女性』と答えると、同じ映画が好きだったK氏とぐっと距離が縮まった。仙台は「よそ者」をちょっとやそっとのことでは受け入れてもらえない街と聞いてはいたが、まったくその通りで五年たってやっと懐に飛び込めた気がする。仙台は文化も表面的に際立ったものが目立ちにくいが、K氏や「S」の店主のように個人個人が「蛸壺的に」ばらばらに文化的にディープなものをそれぞれ抱え込んでいる。仙台を蛸壺文化の街と思う所以である。

Photo13写真<13>
謎のコレクターK氏。シュルレアリスムをはじめ、内外の前衛芸術のコレクションは素晴らしい。自身のコレクションを公開するため私設美術館を開いたこともある。


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K氏と打ち解けるきっかけとなったゴダールの映画『男性・女性』(1966年)のLD。歌手としても知られるシャンタル・ゴヤがアンニュイな時代に生きる女性を好演。


Photo15写真<15>
仙台にある魔窟のレコード屋「S」で蒐集したレアなレコードの一部。会社の昼休みに立ち寄ってはせっせと実験音楽などレアな盤を片っ端から聞かせてもらっていた。唐十郎劇中歌集『四角いジャングルで唄う』、フリージャズ奏者・阿部薫の『OVERHANG PARTY』『なしくずしの死』、山谷初男『はっぽん』『新宿』などなど。


スワンベリとともに、仙台在住時代に関心を寄せていたのが、不思議なイメージを小空間に閉じ込めた「箱の魔術師」ジョゼフ・コーネル(1903-1972)。コレクションした雑誌の切り抜きや骨董、古い写真など身近にあるものを箱の中に縮小したインスタレーションのようにして配置し、シュルレアリスティックで静謐なイメージの小宇宙を創り出した。

Photo16写真<16>
ジョゼフ・コーネルのポートレート(自宅の庭で)。コーネルは幼少時、父親の死とともに家計が苦しくなり職業を転々とした。コーネルは人見知りで引きこもりがちな性格だったと言われ、母親と小児脳性麻痺の弟と米国ニューヨーク州の小さな家でひっそりと暮らした。箱の作品のほか、コラージュ、実験映画も手掛けている


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ジョゼフ・コーネルの作品


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コーネルのアトリエに置かれたジャンヌ・モローのLPジャケット


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書斎に飾っている同じジャンヌ・モローのLPジャケット。奇しくもコーネルと趣向が一致していたのがうれしい。


スワンベリにせよコーネルにせよ、世の美術界の動向など頓着せず、ひたすらアトリエに籠り、日常から隔絶された創造のガラスの城から作品を生み出し続けた孤高の美の求道者であった。スワンベリとコーネル、彼らもまた美のイマジネールを駆使する幻視者に連なる人たちであろう。

Photo20写真<20>
ジョゼフ・コーネル関係の蔵書の一部


作成日: 2016年11月23日(水)
よるの ゆう

■夜野 悠 Yu YORUNO
通信社記者を50代前半で早期退職後、パリを中心にカナダ、ドイツ、モロッコなど海外を中心に滞在、シュルレアリスム関係を中心に稀少書や作品などを蒐集する。2015年5月に国際写真祭『KYOTO GRAPHIE』のサテライトイベント『KG+』で、モノクロの写真・映像、キューバの詩で構成した写真展『古巴(キューバ)−モノクロームの午後』を開催。同年12月には京都写真クラブ主催の『第16回京都写真展 記憶論掘戮如◆慄鳴鮮1987−消えゆく夢幻の風景』を展示。京都市在住。

●本日のお勧め作品は、ジョセフ・コーネルです。
20161205_cornell_01ジョセフ・コーネル
「アンドレ・ブルトン」
1960年頃
Collage by Joseph CORNELL on the photo by Man Ray
24.6x17.9cm
サインあり


マン・レイが撮影したブルトンの肖像のうちでもっとも著名なソラリゼーションによる写真に、コーネルがブルーの水彩で縁どりを施したもの。 裏面全体もブルーに塗られ、コーネルによるサインとタイトルが記されている。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

本日の瑛九情報!
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何事も平均化され、うやむやにされがちな現状にとって、山田光春氏の多年にわたる瑛九探求が『瑛九』として刊行されることはうれしい。瑛九の周辺に熱い友情と支持のサークルがあることも注目してよいことだが、本書はそうした地層の結実であるのみならず、ひとりの芸術家の生死についての記録の集成に異例な情熱を傾けてきた山田氏の瑛九論はおそらく世上の跳ね返った天才芸術論ではなく、私たちにはまだ身近な存在であり、決して鬼面人を驚かす謳い文句つきの画家に陥らぬものをもち、しかも彼を絶えず動かしつづけながら倒れた人間像の在りかを身近かに示してくれるはずである。ふたたび「やあ」といってふと訪ねてくれる瑛九を想うとき、少くとも私にはこの本からあらたに学びたい多くのものがあるはずである
瀧口修造【『瑛九』を待ちながら】山田光春著『瑛九』青龍洞内容見本1976年6月より)〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

201612
1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・新連載・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

河原温の印刷絵画〜「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part 掘米札)」より12番〜30番

昨日から「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part S氏&Y氏コレクション(入札)」が始まりました。
海外から河原温、桜井孝身、赤瀬川原平などについて問合せも多く、日本の前衛美術への関心の深さがうかがわれます。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏旧蔵の作品が中心となります。
さらに今回Part 靴任郎春亡くなられたY氏旧蔵の作品群が加わりました。
Y氏は50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家でした。
入札方法その他についてはHPをご覧ください。
全59点をブログで順次ご紹介します。
1番から11番は12月2日のブログをご覧ください。

河原温「印刷絵画」_01_全体ロットNo.12 河原温
印刷絵画 「いれずみ」

1959年以前
印刷(修復あり)
73.0×51.0cm
*『美術手帖』臨時増刊No.155(1959年3月)107Pに図版掲載

日本にいたときの50年代の「浴室」シリーズ、そして渡米後の1966年1月4日から始まる「日付絵画」(デイト・ペインティング)の間には驚くほどの乖離がありますが、二つの極の間に制作されたのが「印刷絵画」でした。
「印刷絵画」の名はご存知でも実物をご覧になった人はほとんどいないでしょう。そのくらい幻の希少作品であり、今回のセールの目玉のひとつです。
後年の河原は自らの作品については沈黙を守りましたが、「印刷絵画」の時代は実に饒舌で、離日直前の1959年に「印刷絵画」を手掛けた折には、その発想と技法について『美術手帖』誌155号(1959年臨時増刊号「絵画の技法と絵画のゆくえ」)に45ページにわたって詳細な解説文を掲載しています。
今回は実物作品とともに、その『美術手帖』誌も出品しています(ロットNo.13)。
■河原温 On KAWARA(1933-2014)
愛知県刈谷市生まれ。愛知県立八中学校(現愛知県立刈谷高等学校)卒業。1952年上京、新宿のコーヒー店「ブラック」で初個展を開催したが出品作品等の詳細は不明。翌年からアンデパンダン展に出品し、「浴室」「物置小屋」シリーズで時代の閉塞感を表わし注目される。後年の河原はインタビューや写真撮影に応じなくなり、自作について文章を書くこともなくなったが、1950年代には『美術手帖』『美術批評』などに寄稿し、座談会、アンケートなどにおいても盛んに発言していた。
離日直前の1959年に「印刷絵画」の制作を手掛けた。その発想と技法について『美術手帖』誌155号(1959年臨時増刊号「絵画の技法と絵画のゆくえ」)に45ページにわたって自ら解説した文章を載せている。同記事で確認できる限りでは「印刷絵画」は少なくとも3点制作されたが、あまり話題にならずに終わってしまった。今回出品する「印刷絵画」はY氏旧蔵の希少作品である。
その後、メキシコ、パリなどを経て、65年より活動の拠点をニューヨーク へと移し、1966年1月4日より「日付絵画」(デイト・ペインティング)の制作を開始する。時間、空間、意識、存在といっ たコンセプチュアルアートにおける第一人者として国際的にきわめて高い評価を受けている。後年の河原はインタビューや写真撮影に応じなくなり、自作について文章を書くこともなくなった。
渡米後の作品は、1950年代の具象的な作品群とは作風もコンセプトも全く異なるもので、「時間」や「存在」をテーマとした、観念的なものとなる。1966年から描き続けられている「日付絵画」("Today"シリーズ)は、リキテックス(画材の名称)で単一色に塗られたキャンバスに、その「絵」が制作された日の日付だけを、筆触を全く残さない職人技で丹念に「描いた」ものである。制作はその日の0時からキャンバスの下塗りを始め、起床後に黒色などで地を塗り、白で『年月日』を書き入れ、その日のうちに完成させる。完成後の保管は、その日の新聞を入れた箱におさめられている。またその日の24時までに描き終わらなければ廃棄される。
他に常に同じ"I am still alive."という文面の電報を世界各地から発信するシリーズ、過去と未来それぞれ百万年の年号をタイプした「One Million Years」、絵葉書にその日河原が起床した時刻だけを記して特定の相手に郵送する「I Got Up」など、いくつかのシリーズがある。画家本人は1966年以降、カタログ等にも一切経歴を明らかにせず、公式の場に姿を見せず、作品について自己の言葉で語らず、1966年以降の本人の写真やインタビューなども存在しないなど、その実像は謎に包まれている。
2002年、カッセルのドクメンタでは『One Million Years』が展示されるとともに、ブースに入ったアナウンサーが5分間『One Million Years』を朗読するパフォーマンスが行われた。没後2015年にはニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展が開催された。
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CIMG8992 のコピーロットNo.13  河原温
『美術手帖』臨時増刊No.155(1959年3月)

1959年3月発行
雑誌(126頁)
21.0×15.0×0.5cm
*河原温「印刷絵画 I・発想と提案 II・技術」収載
河原温についての重要文献です。

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CIMG8969 のコピーロットNo.14 絹谷幸二
(顔)

1999年
カタログの扉に色鉛筆デッサン
(カタログは岡崎画廊出版)
21.0×29.7cm  サインあり

■絹谷幸二 Koji KINUTANI(1943-)
1943年奈良県に生まれる。1966年東京藝術大学美術学部油絵専攻卒業。
1971年イタリアへ留学、ヴェネツィアでフレスコ古典画の技法を研究する。純然とした空の青を背景に、限定された形の中に明るく躍動的な色彩で描かれた人物などが特徴とされる。日本におけるフレスコ画の第一人者であり、フレスコ古典技法をもとに、独創的な制作を展開し続ける。
作品は油彩画、フレスコ画、水彩画、壁画、彫刻、立体、版画など多岐にわたる。
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CIMG5338ロットNo.15  俊寛
ピエロ

1975年
油彩・布
53.0×18.5cm
サインあり

■俊寛 Shunkan(1941-)
広島県生まれ、本名は久保俊寛(くぼとしひろ)。修道大学卒業、人人展の会員。第37回从会で「特別陳列久保俊寛, 纐纈敏郎」。2015年被爆70年の夏、若き日を過ごした広島のギャラリー並木で個展「鬼籍のヒロシマ伝」を開催。「原爆の図」を描いた丸木位里・俊夫妻。広島平和美術展を創設した柿手春三に増田勉、下村仁一、四国五郎。被爆体験を作品に込めた殿敷侃、入野忠芳、広島市街にあった画廊「梟(ふくろう)」のオーナー志條みよ子ら縁のあった物故画家や恩人ら13人の肖像を発表した。
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CIMG8576ロットNo.16 桑原盛行
(作品名不詳)

シルクスクリーン
52.3×53.0cm
Ed.50
サインあり

■桑原盛行 Moriyuki KUWABARA(1942-)
広島県沼隈郡内海町生まれ。1967年日本大学芸術学部美術学科造形専攻卒業。在学中から、正方格子の造形的可能性を群組織によって観察する試作を始め、卒業制作でそれをまとめた『変容』で日本大学芸術学会奨励賞を受賞。1968年第12回シェル美術賞展第一席受賞。サトウ画廊で初個展。1974年南画廊で個展(1977年も)。2009年池田20世紀美術館で個展開催、《点から円へ○格子図上の旅》のテーマで回顧的展示。
日大在学中より<正方格子の造形的可能性>を追求、やがてコンパスを用い無数の円を繰り返し描き重ねる『群の光景』シリーズなどを制作。その作品はおぴただしい円を描き重ねることで、豊かな空間を生み出そうと意図している。
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YY66ロットNo.17 小松省三
(作品名不詳)

1981年
エッチング、雁皮刷り
15.0×10.0cm
Ed.20  サインあり

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CIMG8580ロットNo.18 近藤竜男
(作品名不詳)

シルクスクリーン
シート50.3×65.5cm
Ed.45  サインあり

■近藤竜男 Tatsuo KONDO(1933-)
東京生まれ。1955年東京芸術大学油絵科卒業。1961年渡米。1963年からイサム・ノグチのアシスタントを務める('69年春まで)。2001年に帰国して日本に再定住するまでの40 年間、ニューヨークを拠点に制作。その間、最先端のアメリカ美術をアーティストとして目撃し続け、その記録をニューヨーク通信として美術雑誌等に掲載した。‘60 年代当時のアメリカは、抽象表現主義が全盛だったが、その流れとは一線を画し、明快な原色を多用し、独立した複数の色調を組み合わせたミニマルアートへの類似が見られる作品を制作、一貫して緊張感のあるクールな印象の作品を、南画廊、東京画廊、ギャルリー東京ユマニテなどでの個展で発表してきた。帰国後の2002 年に練馬区立美術館で大規模な回顧展「ニューヨーク⇔東京1955-2001」を開催。
著書に「ニューヨーク現代美術1960−1988」( 新潮社) 。
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CIMG8900ロットNo.19 斎藤義重
カット

紙に墨
シートサイズ:12.0×17.7cm
サインあり

斎藤義重 Yoshishige SAITO(1904-2001)
東京生まれ。造形作家。大正から昭和初期、当時さかんに移入された ヨーロッパの前衛美術、とりわけダダと構成主義を手がかりに自身の表現を模 索。二科展にレリーフ状の作品を出品しようとしたところ絵画部・彫刻部とも に受け付けられなかったというように、戦前から既成のジャンル分けではとらえきれない作品によって異彩をはなつ。戦後、国内外からの評価が高まり多摩美術大学の斎藤教室からは関根伸夫はじめ1970年前後に登場する「もの派」を筆頭に、すぐれた現代作家が輩出した。1960年代前半に集中して取り組んだ電動ドリルで合板に点や線 を刻み絵具を塗りこめる作品では、板面を刻む行為と、その痕跡としての傷が 主題となっている。晩年は黒色に塗布された板を連結した「複合体」シリーズへと進展し、独自の構成主義的作品を制作した。97歳の長寿を全うしたが、生前から東京国立近代美術館はじめ主要美術館で幾度も回顧展が開催されている。
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CIMG5637ロットNo.20 桜井孝身
宇宙の力

1990年  油彩・布
24.0×33.5cm(F4号)
裏面にサインあり

■桜井孝身 Takami SAKURAI (1928-2016)
福岡県生まれ。1957年に福岡を拠点とする前衛美術家集団「九州派」をオチ・オサム、菊畑茂久馬らと結成。
1950年代後半から福岡市を中心にゲリラ的に華々しい活動を展開した。地方における自律的な芸術活動の先駆的存在として注目をあつめた九州派だが、そのリーダーが桜井であった。初期はアンフォルメル絵画が主であったが、次第に反芸術的オブジェ、パフォーマンスへと展開。作品は身近な素材であったアスファルトやペンキ等を画材として使用、「生活者の視点」という九州派の理念を体現した。作品を残すことを潔しとしなっかったため作品は少ない。今年2016年2月15日死去、享年88。
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CIMG8933 のコピー (2)ロットNo.21 篠原有司男
ドローイング

2005年
スケッチブックにサインペン
シートサイズ:28.7×20.0cm
サインあり

篠原有司男 Ushio SHINOHARA(1932-)
東京生まれ。本名・牛男。愛称「ギューチャン」。1952年東京芸術大学美術学部油絵科に入学、林武に師事するが中退。1960年「読売アンデパンダン展」で活躍していた吉村益信、赤瀬川原平、荒川修作らとともに「ネオ・ダダイズム・ オルガナイザーズ」を結成。その後も「イミテーション・アート」や「花魁シ リーズ」などの作品を次々と発表。「ボクシング・ペインティング」は篠原の代名詞となるが、これはマスメディア向けのパフォーマンスであり、芸術のつ もりは毛頭なかったと、のちに赤瀬川との対談で明かしている。1969年、ロ ックフェラー三世基金の奨学金を受けて渡米し、以後ニューヨークに在住。2007年第48回毎日芸術賞を受賞。2012年、ニューヨーク州立大学ニューパルス校ドースキー美術館で初の回顧展を開催。2013年篠原有司男・乃り子夫妻の日常を綴ったドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』(監督:ザッカリー・ハインザーリング)が話題となった。
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白髪一雄_年賀6 (1)ロットNo.22 白髪一雄
暑中見舞い

1962年
葉書に水彩
14.2×10.2cm
サインあり

白髪一雄 Kazuo SHIRAGA(1924-2008)
尼崎市生まれ。1948年京都市立美術専門学校(現・京都市立芸術大学)日本画科卒業。のちに洋画に転向し、大阪市立美術研究所で油彩を学ぶ。1952年0会結成に参加。ゲンビを通じて吉原治良と出会い、1955年具体美術協会会員となる。以降、具体主要メンバーの一人として活動し、1972年の解散まで参加。1999年文部大臣から地域文化功労者表彰。1971年比叡山延暦寺で得度。文字通り「具体」を代表する作家として世界中の注目を集める。2008年没、享年83。
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CIMG8963 のコピーロットNo.23 勝呂忠
(作品)

墨、着彩
シートサイズ:31.7×40.8cm
サインあり

■勝呂忠 Tadashi SUGURO(1926-2010)
東京生まれ。1950年多摩造形芸術専門学校(現多摩美術大学)絵画科を卒業。同年、自由美術協会を退会した村井正誠、山口薫、小松義雄らによって結成されたモダンアート協会創立に参加。1961年イタリアに留学、油彩画のほかモザイク画を学ぶ。1963年帰国。渡欧前は対象を幾何学的な形の集合体として把握し、それらをいったん解体してから再構成する具象画を描いたが、渡欧後は抽象表現を試みるようになる。1973年再び渡欧。トルコ、ギリシャ、イタリア、フランス等を旅行する。1980年代初頭から様々な色調の黄土色を基調とする背景に、布で全身を覆った人物立像を想起させる幾何学的形態を平板な黒い色面で表した画風へ転じる。又、舞台美術や装幀も手がけ、 1954年から描いた早川書房刊行のポケット・ミステリーの表紙原画がある。以後、三田文学表紙(1956年〜1958年)、エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン(創刊号から1965年まで)などの表紙原画を手がけ、斬新洒脱な画風で注目を集めた。
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CIMG8573ロットNo.24 スズキシン一
マリリン

1976年
ペン、水彩
シートサイズ:55.0×39.7cm
サインあり

■スズキシン一 Shinichi SUZUKI(1932-2001)
山形県酒田生まれ、本名鈴木慎一。日本大学芸術学部美術科卒業。1958年酒田・本間美術館で初個展。グループ「濁」を結成。1960年自由美術協会会員となる。1971年地球堂ギャラリーで個展(マリリン・イメージ特集)。マリリン・モンローを生涯のテーマとして描き続けた。1991年酒田の本間美術館で「スズキシン一の世界 : マリリン・ラブソング」展開催。
平成2年の1月元旦より世界最大の手漉き和紙7.10mx4.35mに100万体のマリリン・モンローを描く「マリリン曼陀羅」の制作を開始してNHKTVや民報TVに度々取り上げられ話題を呼んだ。2001年8月に亡くなるまでに97万8000体のマリリンを描き続けた。
細かく描くためドイツ製のジロット・ペンを裏返しに使い0.01ミリの線をもってモンローを描いていたが、最後の和紙への作品では毛筆を使い、紙の表面を瑪瑙で磨きながら墨で描いた。
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CIMG5371ロットNo.25 ヌリート・マソン・関根
はいしドゥドゥ はいしダダ あるいは詩人はいかに生きるか

1985年
レントゲンフィルムにコラージュ、ドローイング
43.0×35.0cm
サインあり

■ヌリート・マソン・関根 Nourit Masson SEKINE
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CIMG5426ロットNo.26 多賀新
受難告知〈掘

1997年
エッチング、雁皮刷り
22.0×18.0cm
Ed.50 サインあり

■多賀新 Shin TAGA(1946-)
北海道生まれ。銅版画家。1973年版画グランプリ展賞受賞。1983年セントラル版画大賞展受賞。 1983〜84年文化庁在外研修派遣員に選ばれアメリカ、西ドイツに滞在。日本版画協会会員。从展などに参加、内外で個展を多数 開催している。代表作に銅版画・江戸川乱歩の世界、新十二神将合体図など。近年は鉛筆画の作品にも力を入れている。
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CIMG5418ロットNo.27 高山良策
古代の方へ(対話)

1980年  油彩
45.5×53.5cm(F10号)
サインあり

■高山良策 Ryosaku TAKAYAMA(1917-1982)
山梨県生まれ。兄は日本画家の高山無双。1931年に上京し製本工場に勤めながら独学で絵を学 ぶ。1938年陸軍に徴兵され、過酷な状況下でも軍隊での生活を題材に鉛筆や水彩によるスケッチを描いた。1940年シュルレアリスム絵画を描く福沢一郎の絵画研究所で学び影響を受ける。1943年戦争中は東宝航空研究資料室に入り、国策映画の特撮用のミニチュアを製作する。多くの美術家が集まっており、山下菊二、難波田龍起らを知る。1945年戦争末期の3月「池袋モンパルナス」のアトリエつき住宅に転居。1946年山下菊二、大塚睦らと「前衛美術会」を結成。1953年映画『ひろしま』のセットデザインをてがける。以後様々な映画のセット、ミニチュア、人形制作を行う。1967年『ウルトラマン』に続いて『ウルトラセブン』にも参加し、ほとんどの怪獣の造形を担当した。晩年はシュルレアリスムに立脚した土俗的な絵画作品を描く。
肝臓癌で死の床にあったとき輸血の提供に多くの高山怪獣のファンが名乗りをあげたというエピソードがあるとおり、『ウルトラマン』などの映画の「怪獣の父」として若い世代のファンも多い。没後の2001年練馬区立美術館で「高山良策の世界展」が開催された。
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CIMG8987 のコピーロットNo.28 田口雅巳
「富士の国」

オブジェ(書簡入り)
天保150年(1980年)
ミクストメディア
25.0×22.0×6.5cm
サインあり

■田口雅巳 Masami TAGUCHI(1936-2010)
東京生まれ。1945年、平塚、ついで鵠沼に疎開。鎌倉高校在学中より作品を発表。1960年の初個展以来、生涯で100回以上の個展を開催。グループ展や海外での展覧会も多かった。洋画、日本画、立体造形、版画などを74歳で亡くなるまで精力的に発表。併行して湘南風景も描き続け、1981年より江ノ電の走る沿線風景などによる展覧会が江ノ電百貨店(現・小田急百貨店藤沢店)を舞台に2010年の追悼展まで30年にわたり毎年開催され人気を呼んだ。2002年茅ヶ崎市美術館で「プティ・サロン ゲイジュツ・ギワク 田口雅巳の『美術・解体診書』」が開催される。2008年鎌倉高校同窓の真徳寺(藤沢市西富)・吉川晴彦住職より24枚48面の襖絵(障壁画)制作の依頼をうける。没後の2012年茅ヶ崎美術館で「アノ世とコノ世と湘南と 田口雅巳カイコテン」が開催された。
著書に『しょうなん素描』(江ノ電沿線新聞社)、『しょうなん電車の旅』(ICA企画)など多数。
木箱の中にさまざまな言葉と、それらを象徴するオブジェを詰め込んだ作品も多く残した。
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CIMG8562ロットNo.29 谷川晃一
(ドローイング)

1963年  水彩
38.2×27.0cm
サインあり

谷川晃一 Koichi TANIKAWA(1938-)
東京生まれ。画家、絵本作家、美術評論家。中学2年で画家を志す。攻玉社高等学校卒業。以来さまざまな副業につきながらも独学による制作を続ける。1956年20歳で自由美術展入選。1963年読売アンデパンダン展に出品。1964年内科画廊で初個展。1968年より旺盛な批評活動を開始。1988年に伊豆高原へ転居。伊豆高原では作品にも海や樹木や鳥などの要素を加えて、「陽光礼讃」への傾向を強める。さらに自身の芸術思想の実践として 「伊豆高原アートフェスティバル」を立ち上げ、以来20年を超えて各回動員数5万人を誇る文化イベントを成功させる。著書に『アール・ポップの時代』 『毒曜日のギャラリー』『これっていいね雑貨主義』など多数。夫人は画家、エッセイストとしても名高い宮迫千鶴(1947-2008)。神奈川県立近代美術館 葉山で2017年1月15日まで「陽光礼讃 谷川晃一・宮迫千鶴展」が開催されている。
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CIMG8548ロットNo.30  田渕安一
(作品)

1990年  エッチング
35.0×32.0cm
サインあり

■田淵安一 Yasukazu TABUCHI(1921-2009)
福岡県生まれ。学徒動員で入隊し終戦を迎える。東京帝国大学文学部美術史学科でドラクロワ以降のフランス絵画を研究しつつ、新制作派協会に出品を続け、卒業後の1951年に渡仏。以後60年もの間、フランスを拠点に創作活動を続けた。当初は具象的な画風だったが、当時ヨーロッパの美術界を席捲した抽象表現主義を吸収し、厚塗りのマチエールの作品を描くようになる。西欧と日本という、異国で制作する画家として根源的なテーマを自問し続け独自の絵画世界を生み出した。2014年神奈川県立近代美術館鎌倉にて「田淵安一 知られざる世界」が開催された。
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1番から11番は12月2日のブログをご覧ください。
31番から、59番までは、6日、7日、8日、9日のブログで順次ご紹介します。

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入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。

入札及び落札方法についてはHPに詳しく説明してありますので、ぜひご参加ください。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284.html

本日の瑛九情報!
〜〜〜
めずらしく油絵の近作をまとめた瑛九の個展(兜屋画廊 2・23−28)を見て、私はふしぎな感じを抱いたものである。「ある日天井を眺めていると、フト描けないから個展でもやってみたら……という考えがうかび」展覧会をひらいたと、カタログの片隅に小さく書かれてある。昨年十一月から慢性じん炎で病臥中だという。親友の小野里利信氏がひとり会場にいた。病状は一時危なかったが、東京の病院に移ってからは愁眉をひらいたという。しかし私はこの会場にいて、作者と作品とのあいだで、なにか取り残されたような感じをどうすることもできなかった。病臥中の作者が、作品をひとりで出してやり、自分は横臥しているという気持はよくわかるようで、同時に奇異な感じがする。だが、それも瑛九らしい、とその場をつくろう気持がなかったとはいえない。そしてそれが誤解の一因なのではないか。瀧口修造【ひとつの軌跡 瑛九をいたむ】『美術手帖』1960年5月号より)〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

201612
1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

お詫びと訂正=50番ロベルト・クリッパ

「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part S氏&Y氏コレクション(入札)」が始まりました。
既に希望者の方には出品リスト(入札最低価格入り)をお送りしていますが、リストの作品データに誤記がありました。

50番ロベルト・クリッパのコラージュ(1964年)には、サインはありません。

お詫びして訂正します。

frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第26回

「ルリユール 書物への偏愛ーテクストを変換するもの」展と

フラグマン・ドゥ・エムによるルリユールの企画展が11月8日から11月19日に開催されました。
 会期中には多くの方にお越しいただき、作品をご覧いただきながら直接お話をすることができて大変有意義な時間を持つことができました。ご来訪いただいた皆様、どうもありがとうございました。
 また、ルリユールの企画展という、日本では希少な企画展示の機会をくださった「ときの忘れもの」さんには改めて一同深く感謝しています。
 この原稿を書いている現在は、実はまだ会期中の中程なのですが、ご来客のみなさんにご感想や質問をいただき、展示会場には充実した時間が流れています。初めて革工芸のルリユール作品に接したという方も多く、熱心に質問してくださってとても嬉しく思います。中には技法について鋭い質問もあり、どきどきすることもありました。お話しながら日本ではまだまだ認知度が低いルリユールをまず知っていただくことが何よりも必要だと改めて感じています。
 また、最終日には、写真家の港千尋氏によるトーク・イベントも行われ、より充実した展覧会となることでしょう。

zu1


 港氏は、グローバルなフィールドワークによる写真と評論で広く知られた方ですが、その写真そして著書で何よりも印象的なのは対象物に注がれる眼差しの在り方です。
 『記憶ー「想像」と「想起」の力』で語られているー(人間の)記憶は、文字や数字や信号のように書き込まれ保存されているものではなく、われわれが生きているすべての瞬間に、刻々と変化しながら現出するーは、意識しているかどうかは別として、たぶん誰もがなんとなく実感している現象ではないでしょうか。
 写真にはまったく門外漢である私が港氏の写真集に初めて接したのは「文字の母たちーLe Voyage Typographique 」を通じてでした。当時、西洋古版本を学習し始めた所で、活字についてしっかり調べたいと資料を漁っている内になぜか遭遇しました。

zu2『文字の母たちーLe Voyage Typographique』
港千尋
インスクリプト 2007年


 2006年に(事実上はほぼ)閉鎖されたと言っていいフランス国立印刷所の内部と、縮小されたとはいえ現在も存在する活字彫刻師の姿と活字の群れを撮影したこの写真集は、「活字を撮した写真」という不思議さとともに、失われつつあるものへのノスタルジーは感じられるけれどもそれとは微妙に違う距離も感じられて、名状しがたい感銘を受けたのでした。
 日頃から書物が持つテクスト以外のマテリアルな側面、それは印刷、(刷られるところの)紙、活字、版面、版画、タイトル、そして製本と表紙(!)ーに強く引きつけられている自分としては、ガラモン活字が過去に実際に使われ多くの印刷が行われたこの印刷所の内部に潜入したかのような気になり幸福な気持ちもしたのでした。

zu3


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(文:市田 文子)
市田(大)のコピー


●作品紹介〜市田文子制作
市田7-1


市田7-2
Egarements chez Louis Medard
Lunel
 
2006年 限定150部のうち71番

・水牛革総革装
・綴じつけ製本
・スエード革見返し三重装 
・タイトル箔印刷
・210×300×22mm
・2013年制作

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


●本日のお勧め作品は、瀧口修造です。
20161203_takiguchi2014_I_34瀧口修造
「I-34」
水彩、インク、紙
イメージサイズ:34.2×23.6cm
シートサイズ :35.7×25.1cm


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

本日の瑛九情報!
〜〜〜
しばしば画家の出発は、秘かに孤独に始まり、孤独に終る……というのも、つい空語に陥りやすい自由というものを心に抱いての独り旅であるからではあるまいか。
瑛九はけっしていわゆる孤絶の人なぞではなかった。いつも社会にむかってひらかれた心を持ちつづけたといってよいだろう。ただわが国の画壇というものの体質にはついになじまず、反撥しつづけた。瑛九は五〇歳を待たず惜しくも世を去ったけれど、多くのみずみずしい仕事、しかも先駆的な仕事を残している。そしてつねに若く、汚れを好まぬ人々の共感をえつつある。瑛九は歩みつづけている。瑛九が瑛九らしくあることがいかに大切なことであるか、私はいよいよ痛感するばかりである。

瀧口修造【瑛九の訪れ】小田急グランドギャラリー『現代美術の父 瑛九展』図録1979年6月より)〜〜〜
瑛九の良き理解者であり「瑛九の会」呼びかけ人でもあった瀧口修造が書いた七つの文章をご紹介しています。
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

*出品作品の詳細は、12月2日(1〜11番)、4日、6日、7日のブログで順次ご紹介します。
2016121950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・新連載・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

荒木経惟 『センチメンタルな旅』1971年の オリジナル本〜「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part 掘米札)」より1番〜11番

明日から「戦後の前衛美術‘50〜‘70 Part S氏&Y氏コレクション(入札)」を開催します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏旧蔵の作品が中心となります。
さらに今回Part 靴任郎春亡くなられたY氏旧蔵の作品群が加わりました。
Y氏は50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家でしたが、残された現代美術の資料類は海を渡ってUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に収蔵公開されることになりました。私どもがご遺族から託された作品類はいずれも1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちのいかにもY氏好みの濃いコレクションです。
入札方法その他についてはHPをご覧ください。
全59点は、12月3日〜10日まで画廊に展示(日曜、月曜は休廊)しますので、ぜひご来廊ください。

出品作品の詳細は本日2日から、4日、6日、7日のブログで順次ご紹介します。

01_赤瀬川ロットNo.1 赤瀬川原平
「大日本零円札(本物)」

1967年
印刷
14.3×30.3cm

生前は美術より著作で名を上げた感がありますが、没後ハイレッド・センターの再評価とともに美術市場でも評価が高騰しています。まさか「模型千円札」や「大日本零円札(本物)」が額面どころか数十万円、ときには数百万円で売れるようになるとは赤瀬川さん想像していたかしら。
赤瀬川原平 Genpei AKASEGAWA(1937-2014)
横浜生まれ。本名、 赤瀬川克彦。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)油絵学科中退。純文学作家としては「尾辻克彦」と名乗る。直木賞作家の赤瀬川隼は実兄。1958年読売アンデパンダン展に出品、以後1964年の終了時まで出品する。1960年篠原有司男、吉村益信、荒川修作らと「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」の結成に参加。1963年には中西夏之、高松次郎と「ハイレッド・センター」の活動を開始し、「反芸術」を代表する作家となる。そのころ制作した一連の《模型千円札》が「通貨及証券模造取締法」違反で起訴された。この「千円札裁判」では瀧口修造らが特別弁護人として参加、芸術とは何かが法廷で争われた。前衛美術家、漫画家・イラストレーター、小説家・エッセイスト、写真家など多彩な顔をもち、1981年には芥川賞を受賞。「超芸術トマソン」「路上観察学会」「ライカ同盟」などの活動で、街中で発見した奇妙な物件を写真に記録・発表した。
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CIMG8997 のコピーロットNo.2 荒木経惟
『センチメンタルな旅』オリジナル本

1971年
写真集(109頁)
24.0×24.0×0.7cm
1000部限定

今回出品の写真集『センチメンタルな旅』は1971年に私家版として限定千部刊行された幻の写真集、市場に出ることはめったにありません。奥付もなく、表紙には「1000部限定 特価1000円」とあり、裏表紙には荒木経惟・陽子の当時の住所まで手書き文字で記載(印刷)されています。
荒木経惟 Nobuyoshi ARAKI(1940-)
1959年千葉大学写真印刷工学科に入学。1963年カメラマンとして電通に入社(72年退社)。1964年写真集「さっちん」にて第1回太陽賞受賞。1968年同じく電通に勤務していた青木陽子と出会い、1971年結婚。1981年有限会社アラーキー設立。1988年AaR Room設立。1990年妻・陽子が他界。翌年写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』を新潮社より出版。「アラーキー」の愛称とともに多彩な活躍を続け、『遺作 空2』『チロ愛死』『道』他、膨大な数の写真集を刊行。海外での評価も高く、90年代以降世界で最も注目を集めるアーティストの一人となる。
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CIMG5237ロットNo.3 池田龍雄
旅の中のもう一つの旅の中から(鳥取砂丘)

1976.2.27.PM6:00
砂+ミクストメディア
9.0×9.0cm
サインあり

■池田龍雄 Tatsuo IKEDA(1928-)
1928年に佐賀県に生まれる。1948年多摩美術学校に入学。翌年安部公房、岡本太郎らのアヴァンギャルド芸術運動に参加する。1950年第2回読売アンデパンダン展に出品以降、ほぼ毎年出品する。1950年代には、社会問題への関心を高め、絵画によるルポルタージュの可能性を探り、炭鉱、内灘・立川などの基地闘争、水爆実験、日本の再軍備などをテーマとした作品を次々と発表し注目を集める。シュルレアリスムを根底にした社会諷刺性の強い作風から、1960年代以降には政治的主題を離れ宇宙や時間など物理学的なテーマへ移行した。内的イメージの強い描写を深め、その後〈BRAHMAN〉シリーズなどの抽象的な平面作品や立体作品を制作する。1976年にはアメリカ・シカゴでのシュルレアリスム展に出品。いまや現代美術の最長老として風刺や諧謔を交えた作品を精力的に制作している。
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YY119_伊坂義夫_ポスターロットNo.4 伊坂義夫
JUNIER WONDERLAND

オフセット
103.0×73.0cm

■伊坂義夫 Yoshio ISAKA(1950-)
東京生まれ。本郷高校デザイン科を卒業後、1970年より作品発表をはじめ、10代を記念してギャラリーオカベで初個展「は〜い、駆け足で誘惑しちゃいなさい!」。1972年三島事件をヒントに日の丸シリーズを制作。1981岡本信治郎と「少年戦記」を合作。国内外で個展やグループ展を開催し、国際版画展などに出品。2002年切手博物館で個展。切手コラージュで人気を得、ヨシダ・ヨシエ、岡本信治郎などとの共作発表や、光学機器の制作、音楽活動など幅広い活動を展開している。
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CIMG9006 のコピーロットNo.5 石内都
『YOKOSUKA STORY』

出版社:写真通信社
1979年
写真集(106頁)
23.5×29.0×1.2cm

この写真集『YOKOSUKA STORY』(1979年)も荒木経惟『センチメンタルな旅』と同じく、今回の目玉作品。写真ファン垂涎のまと。石内さんが育った街の空気、気配、記憶をとらえた初期三部作のひとつで、石内写真の原点です。
■石内 都 Miyako ISHIUCHI(1947- )
群馬県生まれ。神奈川県横須賀市で育つ。多摩美術大学デザイン科織コース専攻中退。
1978年最初の写真集『絶唱・横須賀ストーリー』を刊行(写真通信社)。1979年写真集「APARTMENT」および写真展「アパート」にて第4回木村伊兵衛賞受賞。1999年第15回東川賞国内作家賞、第11回写真の会賞受賞。2006年日本写真協会賞作家賞受賞。2009年毎日芸術賞受賞。2013年紫綬褒章受章。
同じ年生まれの女性の手と足をクローズアップした『1・9・4・7』以降、身体の傷跡を撮ったシリーズを展開。2005年母の遺品を撮影した『Mother's 2000-2005 未来の刻印』で第51回ヴェネチア・ビエンナーレの日本代表に選出され世界的に注目を集める。2007年より現在まで続く、原爆で亡くなった人々の遺品を撮影した『ひろしま』も国際的に評価され、近年は国内外の美術館やギャラリーで個展を多数開催。2012年には、大正・昭和に流行した着物・銘仙を撮った『絹の夢』を発表、2014年には子どもの着物を撮り下ろした『幼き衣へ』を発表するなど、皮膚や衣類と時間とのかかわりをテーマにした写真を精力的に撮り続けている。2014年日本人としては濱谷浩、杉本博司に次いで3人目の「写真界のノーベル賞」と言われるハッセルブラッド国際写真賞受賞。2015年J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)の個展「Postwar Shadows」では『ひろしま』がアメリカの美術館で初公開され、大きな反響を呼んだ。
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CIMG5385ロットNo.6 猪瀬辰男
カオ

1984年
油彩・布
53.0×41.0cm
サインあり

■猪瀬辰男 Tatsuo INOSE(1938-)
栃木県那須郡大田原町生まれ。同郷の小山田二郎に師事。自由美術家協会・主体美術家協会展に出品。現在は「人人展」所属。ステンドグラスの作家としても活躍。古代箔やいろ紙をコラージュし、その上から独自な線で織り成す抽象画は美術評論家のヨシダヨシエが高く評価した。ヨシダとの詩画集「マヤ幻想」がある。 2011年栃木県大田原市那須与一伝承館にて「画家 いのせたつお展」開催。2015年第39回从会で「特別企画猪瀬辰男の世界」が開催された。
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CIMG6176ロットNo.7 入野忠芳
書簡付き 「蛇使い」

1989年
墨+着彩
13.5×13.5cm
サインあり

■入野忠芳 Tadayoshi IRINO(1939-)
広島市生まれ。1945年原爆投下により被爆。62年武蔵野美術大学卒業。75年現代日本美術展で「裂罅(れっか)」により大賞受賞。2002年文化庁特別派遣芸術家在外研修員。2006年広島文化賞受賞。2011年目黒区美術館の「原爆を視る」展に15才から30才までの油彩を出品する予定だったが、<大震災の惨状や原発事故による深刻な影響を受けている多くの方々の心情等に配慮>して同展は中止となった。登山家であり、旅のエッセイも手がけている。
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CIMG8805ロットNo.8 岩崎巴人
人間萬事酔如泥

和紙に水墨、着彩
108.0×42.4cm
サインあり

■岩崎巴人 Hajin IWASAKI(1917-2010)
東京生まれ。本名岩崎彌壽彦(やすひこ)。 中学校に通いながら川端画学校夜間部日本画科専攻で学び、1938年小林古徑に入門する。この年、日本美術院展第25回に「芝生」が入選。以後、数度の入選を経験するも、戦後1947年に日本美術院を退会し、筆墨のおもむくままに各地を放浪した。1954年から3年半にわたって茨城県に暮らし、牛久沼で河童の絵を研究。1966年に館山市西岬に移り住み、翌年、田村たけと結婚。1971年よりインド仏跡巡礼の旅に出て、1973年にはインドブダガヤの大乗院日本寺に壁画を描く。1977年妻たけと共に出家。館山市名誉市民、禅林寺派僧侶の異色日本画家として一家を成した。
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岡本太郎_作品ロットNo.9 岡本太郎
(太陽)

シルクスクリーン、手彩色
シート26.4×34.5cm
E.A.
サインあり

11月27日のブログで一足先にご紹介したとおり、岡本太郎の珍しい(新発掘)の版画(ユニーク)です。
岡本太郎 Taro OKAMOTO(1911-1996)
神奈川県生まれ。1930年から1940年までをフランスで過ごす。 1948年花田清輝らと「夜の会」を結成し前衛美術運動を始め、同年9月に「アヴァンギャルド芸術研究会」を結成。抽象美術運動やシュルレアリスム運動と 直接関わる。戦後、絵画や立体を精力的に制作するだけでなく、旺盛な執筆活動も行なった。1969年壁画《明日の神話》完成(メキシコ)。1970年万国博にて《太陽の塔》を制作する。没後青山の住居兼アトリエ跡に岡本太郎記念館が開館(1998年)。1999年には川崎市岡本太郎美術館が開館した。
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CIMG8991 のコピーロットNo.10 オノ・ヨーコ
Yoko ONO『Grapefruit』(1970年版)

書籍(275頁)
14.0×14.5×2.5cm

Yoko ONO『Grapefruit』
Yoko ONO『Grapefruit』Publisher's Note

■オノ・ヨーコ Yoko ONO(1933-)
銀行家小野英輔・磯子の長女として東京で生まれる。1952年、学習院大学哲学科に入学。翌年、アメリカに移住し、サラ・ローレンス大学で作曲と詩を学ぶ。1960年からニューヨークを拠点に、前衛芸術家として本格的な活動を開始。前衛芸術グループ「フルクサス」の活動に参加し、イベント、コンサート、作品展などを行なう。 66年9月には活動の拠点をロンドンに移し、同年11月に個展「未完成の絵画とオブジェ」を開催。その会場でビートルズのジョン・レノンと出会い、1969年結婚。ジョンとともに創作活動や平和活動を行う。1980年のジョンの死後も、創作活動や音楽活動などを通して「愛と平和」のメッセージを世界に向けて発信している。個展は1971年「THIS IS NOT HERE」エバーソン美術館(ニューヨーク)、1989年ホイットニー美術館(ニューヨーク)、1990年「踏み絵」草月美術館(東京)、1997年「HAVE YOU SEEN THE HORIZON LATETY?」オックスフォード近代美術館、2000年「YES YOKO ONO」ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)など多数開催。1993年ヴェネチア・ビエンナーレ、2001年横浜トリエンナーレに出品、2003〜2004年は日本において大規模な回顧展「YES オノ・ヨーコ展」が巡回開催された
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YY81_ロットNo.11 小山田チカエ
カラスはカラス タカになれない

1992年
水彩
38.0×28.0cm
裏面にサインあり

■小山田チカエ Chikae OYAMADA(1922-2012)
北海道常呂郡留辺蘂町(現在北東市)生まれ。終戦後札幌で動め、ロシア文学者の西尾章二夫妻と知り合う。次第に絵画の道に目覚め、1949年上京。日本食糧新聞編集部に勤めながら、夜絵画研究所に通う。1952年タケミヤ画廊で個展を開いていた小山田二郎と出会い、結婚。近所の針生とは、互いに行き来する仲であった。1954年針生の呼びかけによる新具象グループに参加し、新具象7人展や新具象グループ展などに出品。タケミヤ画廊での初個展以後もグループ展のほか、長女を育てながら、二郎との二人展や個展を開催し、プリミティヴでナイーヴな作風で人間の哀歓や夢を描いた作品を発表した。1966年には針生が企画した第1回戦争展や81年東京都美術館の「精神の幾何学」展にも出品。針生が議長をつとめた日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ美術家会議(JAALA)の展覧会にも参加した。ドストエフスキイの会会員でもあった。
(宮城県美術館『わが愛憎の画家たちー針生一郎と戦後美術』展図録より)
*因みに夫だった小山田二郎は、57歳の時にチカエのもとから失踪し以後小堀令子とひっそりと暮らした。公の場にはまったく姿を見せず、個展の会場にも現れることはなかった。
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最低入札価格はHP及びブログには公開しません(あまりに廉価なので)。
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。

入札及び落札方法についてはHPに詳しく説明してありますので、ぜひご参加ください。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284.html

本日の瑛九情報!
〜〜〜
瑛九という作家の名をはじめて知った頃、私はなんとなく中国人ではないかと思ったことがある。随分以前のことであるが、それが雅号であるのを知り、また彼自身を知ったあとでも、やはり一種のエグゾティックな印象は消えないでいる。瀧口修造【瑛九のエッチング】『美術手帖』No.74 1953年10月号より)〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

201612
1950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008

ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第47回

<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第47回

01
(画像をクリックすると拡大します)

羊飼いが牧草地でピクニックをしている。
草原に布を広げ、と書いてからよく見ると、布ではなくて上着のようだ。ジッパーがついているのでわかる。野外とはいえ、テーブルはなくてはならない。食べ物を置くため、というよりも祝祭的な気分を盛り上げるために。裏地のチェック模様がテーブルクロスっぽく、最適だ。

「テーブル」の上にはパンが載っている。ぶっといのがごろんと三本。加えて画面の端にぽつんともう一本。ソーセージかチーズがありそうだと探すが、見当たらない。代わりに見つかったのは缶詰である。くるくると巻き上げる蓋の中は何だろう、と思って見つめていると、そこから少し離れたテーブルの左うしろにチーズらしきものが顔を覗かせているのがわかる。あの丸い入れ物はカマンベールにちがいない。

祝祭気分は上々のようだ。すでにワインが2本空いており、3本目のボトルにハンチングの男の手がかかっている。右のセーターの男より彼のほうがずっと飲ん兵衛なのだ。すっかりでき上がった様子で寝転がっている。

セーターの男は用心深い性格で、もう一本開けて大丈夫かな、という表情でそれを見ている。上着を脱いで草の上に敷いたのも、この男だ。なかなか几帳面な人なのである。昼飯、いっしょに喰わないか?とハンチングに誘われ、悪くないな、と応じて、羊同伴でこの草原で落ち合うことと相成ったのだ。

背後にいる羊はふたりが共同で飼っているのだろうか、と考えていると、群れのなかにRFという焼き印が捺されているのが見つかった。どちらかの羊がRFなのだ。見分けがつくよう徴が要る。ごっちゃになるのはよくない。付けたのはセーターの方だ、という気がする。

羊はどのくらいいるのか、画面を外れたほうまで群れは広がっている。数えきれないほどたくさんだ。彼らは草を食むわけでなく、羊のようにおとなしいという形容どおりの静けさでその場に佇んでいる。

そのなかに一頭だけ男たちのほうを向いているのがいる。目の離れた淡い三角形の顔を正面に突き出し、テーブルをのぞき込んでいる。その表情はどう考えても「なに食べてんの?」と言っているとしか思えない。

と、たちまち羊と人間の立場が逆転して、この写真の主人公は彼らだ、という声がどこかから響いてきた。たしかに、数から言っても羊のほうがマジョリティーである。どんなに待たされても怒らないし、急かさない。寛容な心をもってご主人に交遊のときを許している。薄ぼんやりした顔が神々しく輝きだす。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
ロベール・ドアノー
〈移牧〉シリーズより「野営」
1958年
ゼラチン・シルバー・プリント
40.0×50.0cm
©Atelier Robert Doisneau/Contact

ロベール・ドアノー Robert DOISNEAU
1912年パリ郊外のジョンティイ生まれ。印刷会社でリトグラフの仕事を経験後、1931年写真家に転向。1934年ルノー自動車で広告、工業写真家として勤務し、1939年に独立するが、すぐに召集を受ける。パリ陥落後はレジスタンス活動に加わる。戦後は1946年にラフォ通信社に参加し、フリー写真家として「パリ・マッチ」などのフォトジャーナリズム分野で活躍。一方、1948年から1952年まではファッション誌の「ヴォーグ」の仕事も行う。
パリの庶民生活をエスプリを持って撮影し、もっともフランス的な写真家として根強い人気がある。1947年にコダック賞、1956年にニエペス賞を受賞。また、シカゴ美術館(1960年)、フランス国立図書館(1968年)、ジョージ・イーストマン・ハウス(1972年)をはじめ世界中の主要美術館で回顧展が開催されています。1994年、歿。

●展覧会のご案内
静岡県のベルナール・ビュフェ美術館で、「ロベール・ドアノーと時代の肖像 ―喜びは永遠に残る」が開催されています。

「ロベール・ドアノーと時代の肖像 ―喜びは永遠に残る」
会期:2016年9月15日[木]〜2017年1月17日[火]
会場:ベルナール・ビュフェ美術館
時間:10:00〜16:30(入館は閉館の30分前まで)
休館:水曜(祝日の場合は翌日休)、2016年12月26日[月]〜2017年1月6日[金]は休館

日常の小さなドラマを絶妙にとらえ、「イメージの釣り人」と評されるフランスの国民的写真家、ロベール・ドアノー(1912-1994)。ドアノーがとらえた、パリの恋人たちや子どもたちの豊かな表情、ユーモアや風刺の効いた街頭の一場面など、人間に対する無限の愛情と好奇心に満ちた写真は、時代を超えて世界中で愛され続けています。
写真家ロベール・ドアノーを語る上で欠かせない分野、それが「ポートレイト」です。鋭い洞察力と観察眼に裏打ちされたドアノーによる芸術家のポートレイト群は、ドアノー自身の「見る喜び」を見事に体現したものでもあります。
本展では、同時代を代表する人々を写したポートレイトを中心に、精選されたドアノーの代表作など、未発表作品を含む約140点を一堂に展示します。ロベール・ドアノーのまなざしを通して提示される同時代人たちの肖像は、写真の本質でもある「見る喜び」とともに、あらためて創造の喜びを私たちに伝えてくれるに違いありません。(ベルナール・ビュフェ美術館HPより転載
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●大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』のご案内
600600
大竹昭子ポートフォリオ『Gaze+Wonder NY1980』
発行日:2012年10月19日
発行:ときの忘れもの
限定8部
・たとう入り オリジナルプリント12点組
・写真集『NY1980』(赤々舎)挿入
テキスト:堀江敏幸、大竹昭子
技法:ゼラチンシルバープリント
撮影年:1980年〜1982年
プリント年:2012年
シートサイズ:20.3x25.4cm
各作品に限定番号と作者自筆サイン入り
価格:220,000(税別)
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●大竹昭子写真集『NY1980』(サイン本)のご案内
NY1980大竹昭子写真集『NY1980』サイン本
2012年
赤々舎 発行
109ページ
20.5x15.7cm
テキスト:大竹昭子(ときの忘れものWEB連載エッセイ「レンズ通り午前零時」に加筆・修正+書き下ろし)
デザイン:五十嵐哲夫
2,300円(税別) ※送料別途250円

「撮るわたし」と「書くわたし」を育んだ80年代のニューヨークへ!
鋼鉄のビルが落とす鋭い影、ストリートにあふれるグラフィティー。
30年前、混沌のニューヨークへ渡り、カメラを手に街へ、世界へと歩きだした。生のエネルギーを呼吸し、存在の謎と対峙する眼。
ジャンルを超えて活躍する著者が、写真と言葉の回路を解き明かした重要な一冊。
そこに通っているのは一本のレンズ通りである。虚構と現実をつなぐこの通りこそが、過去といまと未来を接続するラインなのであり、それをつかみとることに生のリアリティーがあるのを強く確信したのだった。(本文より)
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本日の瑛九情報!
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彼の魂は扉の向うとこちらにいる。
その居ずまいが存在理由
ふと差出された真昼の夢は
陰と陽の落し子

瀧口修造【瑛九へ「ノートから 1951」】より)〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

2016121950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、俊寛(久保俊寛)、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシン一、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008

ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・新連載・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

通りすぎるもの

台湾に出張してから、いまいちからだの調子がよくありません。画廊に出てきても午後になるとウツラウツラ・・・・
実務はほとんどスタッフに丸投げ状態なので、仕事は回って行くのですが、それでもどうしても外せない打合せもあるし、そもそも見ておかねばならない展覧会もたくさんある。

●11月27日掃除洗濯に忙しい社長を拝み倒して群馬県桐生の大川美術館に行ってまいりました。
いつもは浅草から東武線で向かっていたのですが、今回は初めて宇都宮線の小山経由のルートをとりました、がこれが大失敗。小山駅構内で湘南新宿ラインのホームの端から両毛線のホームまでが、はるか延々・・・・
階段をかけ下りた途端、電車がスーと出て行ってしまった。一時間に一本しか電車はない(トホホ)。
20161127_桐生大川美術館「松本竣介と野田英夫展」_01結局朝の11時に家を出て、大川美術館にたどり着いたのはもう薄暗くなった午後3時半でした。
今回の「松本竣介と野田英夫展」は私たちも少しお手伝いしたので、桐生の親戚にも連絡しようと思ったのですが展示を見ただけで帰路につきました。

20161127_桐生大川美術館「松本竣介と野田英夫展」_03小規模ですが期待にたがわずしみじみとしたいい展覧会でした。
昨日の喜夛孝臣さんのエッセイをぜひお読みください。
松本竣介の「街(1938)」はこの美術館の宝ですね。

20161127_桐生大川美術館「松本竣介と野田英夫展」_05夭折した野田英夫の作品が関東でまとまって見られるのはありがたい。
「ポキプシー(1937年頃)」(左)と、「風景」(右)

20161127_桐生大川美術館「松本竣介と野田英夫展」_06常設もなかなかよくて、難波田龍起ベン・ニコルソン瑛九の佳品にも満足。
左から池田満寿夫、瑛九、磯辺行久

桐生に行った前後、二つの会合があり、多くの建築家の皆さんにお目にかかりました。
ふたつとも故人を偲び、また故人を送る夕べでした。
●11月25日石山修武編著/毛綱毅曠著『異形建築巡礼』の出版記念パーティがありました。
20161125_国際文化会館・石山修武出版記念会_08会場の国際文化会館は、前川國男、坂倉準三、吉村順三の共同設計で国の登録有形文化財です。

20161125_国際文化会館・石山修武出版記念会_02<亡き盟友毛綱モン太(毅曠)と併走し、廃刊になった雑誌月刊「建築」に50年弱の昔に連載した「異形の建築」を、国書刊行会より初めて単行本化する運びとなりました。
今の時代は何処にも異形の影も形も見当たりませんが、それだからこそ再び世に問うのも意味ないことではあるまいとも考えました。(石山修武先生の挨拶文より)>
右下は石山友美さん

20161125_国際文化会館・石山修武出版記念会_06発起人を代表して安藤忠雄先生がスピーチ。ご病気のあと随分とおやつれになったのですが、この日は久しぶりに元気な安藤節を聞かせてくれました。
2001年に59歳で亡くなった毛綱毅曠さんを偲び、安藤忠雄、難波和彦、渡辺豊和、六角鬼丈、横河健、千葉学など多くの建築家が集まり石山先生との共著の出版を祝いました。

20161125_国際文化会館・石山修武出版記念会_07世田谷美術館館長の酒井忠康さんは、2008年に開催した「建築がみる夢―石山修武と12の物語」展のエピソードを。他の作家とはまったく違うやり方で世田谷美術館を石山アトリエ(研究室)に変えてしまったさまはまさに異形の展覧会でした。

20161125_国際文化会館・石山修武出版記念会_03左から、亭主、六角鬼丈先生、植田実先生

20161125_国際文化会館・石山修武出版記念会_05写真家の宮本隆司さん(左)と植田実先生。
初めて単行本になった『異形建築巡礼』については近々このブログで特集します。

●11月28日藤江秀一さんのお通夜に。
11月21日に亡くなられた藤江秀一さん(享年72)は、私たちが磯崎新先生の版画エディションに取り組んだ1970年代からずっと磯崎新アトリエのチーフとして磯崎先生を支え、多くのスタッフたちに慕われた方でした。川崎でのお通夜には磯崎新先生はじめ、六角鬼丈、坂茂、妹島和世、山本理顕、 渡辺真理、玄ベルトー進来、元倉眞琴らの多くの建築家がかけつけ、故人の冥福を祈りました。
磯崎新喜寿4磯崎2008年9月14日磯崎先生の喜寿のお祝い
伊香保のハラミュージアムにて、藤江秀一さん(左)と磯崎新先生(右)。

亭主と社長は皆さんにお世話になってきたので、二つの会に出席させていただきましたが、次々と周りの人たちが亡くなり、去って行くのはとてもさびしく辛いことです。

●昨日11月29に日は竹橋の東京国立近代美術館の瑛九展に。
20161129_東京国立近代美術館「瑛九展 1935-1937」_01瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす
張り切って朝一で切符売り場に並んだら「65歳以上は無料です」といわれました(笑)。
国立近代美術館で遂に実現した瑛九展、小規模ですが、さすが近美、見ごたえのある展示です。
カタログまとめ買いして宅急便で送ってもらいました。

20161129_東京国立近代美術館「瑛九展 1935-1937」_14今回の瑛九展については、下記のように毎日瑛九情報を発信し、スタッフはもちろん中村茉貴さんのレポートなど次々とご紹介しますので、ご期待ください。


本日の瑛九情報!
〜〜〜
私はけさ眼をさますと、ふと「通りすぎるもの」という言葉が頭のなかを去来しているのに気がついたのである。まだ半ば夢うつつのなかに浮かんだ単一の言葉なのだが、それが覚めてからなぜか第一に思いだした瑛九のイメージと結びついてしまったのである。(瀧口修造【通りすぎるもの……】より)〜〜〜
瑛九の良き理解者の一人が瀧口修造でした。瀧口が瑛九について書いた七つの文章を今日から12月6日まで順次ご紹介します。
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

2016121950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
http://www.tokinowasuremono.com/tenrankag/izen/tk1612/284/284_list.jpg
201612戦後の前衛〜_5000

リストはHPには公開しません
入札リスト(最低価格入り)をご希望の方は、こちらから、必ず「件名(入札リスト希望)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してお申込みください。希望者には郵送でもお送りします。
出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、久保俊寛、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシンイチ、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008

ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
詳細はコチラをお読みください。
*要予約=料金:1,000円
必ず、「件名(第4回ギャラリーコンサート予約)」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してメールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

喜夛孝臣 花束の如く美しく―「松本竣介と野田英夫―大川美術館収蔵品を中心に―」展を見て―

花束の如く美しく
―「松本竣介と野田英夫―大川美術館収蔵品を中心に―」展を見て―

喜夛孝臣
(練馬区立美術館学芸員)

 画家松本竣介野田英夫の二人展が群馬県桐生市にある大川美術館で開かれている。
 大川美術館は6000点以上におよぶコレクションを背景に常設展示を中心に運営してきた。これは、美術館の創設者大川栄二氏の「同じ絵を何度も観ないと真の味は分からない」 という考えを反映したものであり、こうした思いのもとにとりわけ大事にしてきた画家が、松本竣介と野田英夫である。コレクションもこの二人を軸に形成され、靉光や麻生三郎、国吉康雄舟越保武難波田龍起ら彼らと交流のあった画家たちの作品が数多く収蔵されている。
 一方で、大川美術館では、1989年の開館以来、自主企画の展覧会も継続して開催しており、今回の展覧会はちょうど100回目にあたる。この記念すべき節目を迎えるにあたって企画されたのが、コレクションの中核をなす松本竣介と野田英夫の展覧会であり、展示替えを行いながら、竣介と野田のほとんど全てのコレクションを展示するという。本展は、「絵は人格」であると考え、人と人とのつながりを重んじながらコレクションを形成してきたこの美術館の原点ともいえる展覧会である。
 会場に入って、まっさきに目に付いたのは、松本竣介の《街》(1938年)であった。
 アメリカ生まれの日本人画家である野田英夫は、1934年に一時帰国し、翌年にディエゴ・リベラに学んだモンタージュ風の手法によって都市生活の断面を描いた《帰路》(本展未出品、東京国立近代美術館蔵)を発表する。竣介は、この作品に影響を受けたといわれ、自身でも様々な人々や街並みの断片を重なり合わせて描くモンタージュの技法に取り組むことになった。竣介の《街》は、そうした取り組みの最初の作品であり、竣介と野田を同時に展観し、そこから見えてくるものを探ろうとする本展では欠かせない作品といえよう。

野田英夫 帰路野田英夫
《帰路》
1935年
油彩・カンヴァス
97.0×146.0cm
(東京国立近代美術館蔵)


3 松本竣介《街》松本竣介
《街》
1938年
油彩・合板
131.0×163.0
(大川美術館蔵)


 野田の《帰路》には、腕を組み深刻そうな面持ちの労働者が黙々と歩く姿が大きく描かれる。彼はおそらく失業者なのであろう。そこには移民の子である野田によるアメリカ社会の矛盾に対するまなざしや、切実なメッセージが託されているように思える。一方、竣介の《街》には、ワンピースを着た女性、靴磨きの青年や犬の散歩をする少年、労働者やソフト帽をかぶった紳士らが闊歩する街角の情景と、時計塔や煙突のある建物が立ち並ぶ幻想的な都市風景が描かれる。詩情溢れる作品であり、野田のような社会性は希薄である。
 竣介は、「人間風景」というエッセイの中で、次のように書いている。
 「名も知らないやうな路傍の人にさへ、自己の感情に対する以上の同感を感じることがある。それは純粋な精神の接触から生じる同感なのだと思ふ。純粋な状態に於てのみ僕達はどのやうな人とも手を握り合ふ心になれるのだ」(註1)
 竣介のこの絵には、名も知らない路傍の人たちに対する、「自己の感情に対する以上の同感」が基調としてあるのではないか。
 こうして自らの思想や感情を強く押し出すのではなく、他者に心を寄せて描いた竣介が、「今、沈黙する事は賢い、けれど今たゞ沈黙する事が凡てに於て正しい、のではないと信じる」と、あえて自らの言葉によって、戦時中に個人の制作を続けることの意義について発言した「生きてゐる画家」の重みについてあらためて考えさせられる(註2)。これは、陸軍省情報部の鈴木庫三少佐らによる「国防国家と美術」座談会に応答して書かれた一文であり(註3)、本展では、竣介が妻禎子と編集にあたった随筆の雑誌『雑記帳』などの資料とともに紹介されている。ここで竣介は、国策の為に筆を執れとする軍人たちの発言に対し、人間としての本源的な問題を追及する芸術家の仕事を擁護する見解を真っ向から提示している。自粛という言葉がはやる重苦しい空気の中であり、今以上に同調圧力が強かった時代である。その中で自己を賭して発言した竣介の言葉には、目先のことではなく、「ヒューマニティー」を重んじ、よりよき未来を模索する若者たちによる、この時代を代表する精神を見るような思いである。
 野田と竣介の二人の絶筆が近くにならべられており、同時にみることができたのも得がたい機会であった。野田の 《野尻の花》(1938年)は、ヒメジオンや鬼アザミなど妻のルース・ケルツが野尻湖辺で摘んできた野花を描いた作品である。野田は、妻を伴った避暑の一夏から体調に異変をきたし、その後、絵筆をとることもなく亡くなった。竣介の《建物(青)》(1948年)は、第2回美術団体連合展に出品するために描かれた作品の一つである。ペディメントと巨大な柱をもつ、神殿のように荘厳な建物が描かれている。竣介は本作を肺結核が進行した高熱のさなかに制作し、出品後まもなくに亡くなっている。野田は30才、竣介は36才という若さであった。彼らの絶筆は、あまりにもはやく訪れた二人の死をつきつけてくる。
 展覧会の中心を占めていたのは、彼らのドローイングやスケッチであった。むさぼるように読書に没頭する男性や、手紙を書く女性の姿をとらえた野田のスケッチには、どこか知性に対する素直な信頼のようなものが見えて明るい気持ちにさせられる。このように彼らのスケッチには、自らの手と頭で考えてきた彼らの視線がそのままに写し出されている。

野田 野尻の花野田英夫
《野尻の花》
1938年
油彩・ボード
33.0×24.0
(信濃デッサン館蔵)


12松本竣介建物松本竣介
《建物(青)》
1948年
油彩・カンヴァス
24.0×33.0
(大川美術館蔵)


 これらは、もともとは何冊かのスケッチ帖であったのだろう。彼らの死後にそれらは解体され、一枚一枚大事に額に納められ、一度に何枚も展示できるようにされたのだ。彼らはあまりに若くして亡くなった。そのため作品の数はそれほど多く残されていない。30才で亡くなった野田には、とりわけそれが顕著である。竣介と野田に親しく交わっていた人びと、彼らに敬意をもつ者たち、そうした竣介と野田の死後に残された者たちは少しでも作品に宿した彼らの精神が後世にのこるように、普通なら反故にしてしまいそうなものでさえも、慈しんできたのである。彼らのスケッチを一つ一つ丹念に眺めるうちに、そうした営みまでが想像されてくる。
 常設の特集展示コーナーでは、今回の企画展にあわせ「当館コレクションによるアメリカシーンの画家たち〜野田英夫と松本竣介の言葉とともに」も開催されている。ここでは野田と竣介の言葉とともに、彼らに影響を与えたジョージ・グロッスやジョン・スローンの絵などが展示されている。そのなかに絵画制作について語る野田の次の言葉が紹介されていた。
「我々が絵画するに当って我々は現象世界の一部を描写することだけに満足してはならない。絵画のもつ複雑な世界、それは、文学的内容、造形的骨格、詩的情操等が描かれなければならない。作家の世界観の深度が造形的知性と相まって、渾然として花束の如く美しく表現された時、我々は一つの絵画に何度も足を運ばずに居れないのである」(註4)
 竣介が絵だけではなく、野田の言葉にも影響を受けていたであろうという指摘がなされていた。確かにその通りであろう。野田の制作態度は、竣介の態度でもある。ともに彼らは社会に向き合いながら、「花束の如く美しく」、彼らの世界観を画面に固着させている。
 時代に対峙して瑞々しい精神を屹立させてきた二人の絵には、今、大きな時代の曲がり角を迎えようとする私たちひとりひとりのありようを振り返らせる力を持っているように思う。
きた たかおみ) 

註1:松本竣介「人間風景」『人間風景 新装増補版』中央公論美術出版、1990年(初出:『生命の藝術』3巻4号、1935年4月)
註2:松本竣介「生きてゐる画家」『みづゑ』437号、1941年4月
註3:「国防国家と美術」『みづゑ』434号、1941年1月
註4:野田英夫「ヒラノニマス・ボッシュ」『みづゑ』396号、1938年2月

「松本竣介と野田英夫―大川美術館収蔵品を中心に―」
会場:大川美術館
   〒376-0043 群馬県桐生市小曾根町3−69
   tel. 0277-46-3300
会期:2016年10月1日(土)〜12月18日(日)
HP: http://okawamuseum.jp/index.php
松本竣介と野田英夫 (1)

松本竣介と野田英夫 (2)

※画面をクリックしてください。

喜夛孝臣 Takaomi KITA
1978年生まれ。早稲田大学卒、同大学院博士課程満期退学。早稲田大学會津八一記念博物館助手、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館学芸員を経て、現在、練馬区立美術館学芸員。
担当した企画展は、「戦争画の相貌—花岡萬舟連作—」(09年)、「新耽奇会展—奇想天外コレクション」(13年)、「あしたのジョー、の時代」(14年)、「没後50年“日本のルソー”横井弘三の世界展」(16年)、「朝井閑右衛門—空想の饗宴」(16年)など。

●本日のお勧め作品は、松本竣介です。
松本俊介04松本竣介 Shunsuke MATSUMOTO
《作品》
紙にインク、墨
Image size:30.5x22.3cm
Sheet size:32.7x24.0cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

本日の瑛九情報!
先日ご紹介した通り、この秋は東京、鎌倉、桐生の各美術館で松本竣介が展示されています。上掲の大川美術館といえば竣介。瑛九より一つ年下の1912年生まれ。竣介36歳、瑛九48歳、ともに若死にですが遺された作品数は圧倒的に瑛九が多い。詳しくは亭主の駄文「松本竣介と瑛九」をお読みください。
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

戦後の前衛美術‘50-70 Part III S氏 & Y氏コレクション(入札)」
会期:2016年12月3日[土]―12月10日[土] *日曜、月曜、祝日休廊
入札締切り:12月10日[土] 17時必着

2016121950年代から「夜の会」など前衛美術運動に参加、国際的な視野にたって活躍したS氏と、同じく50年代から丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を携えて全国を巡回した反骨の評論家Y氏の旧蔵作品を入札方式で頒布します。
好評だったPart I及びPart IIに続き、1950〜70年代の前衛の時代を駆け抜けた作家たちの希少なコレクションです。
*下記の画像はクリックすると拡大しますが容量の関係で鮮明ではありません。より鮮明な作品画像は下記のURLにてご覧ください(クリックすると拡大します)。
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201612戦後の前衛〜_5000

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出品予定
赤瀬川原平「零円札」、荒木経惟『センチメンタルな旅』、池田龍雄、伊坂義夫、石内都『YOKOSUKA STORY』、猪瀬辰男、入野忠芳、岩崎巴人、岡本太郎、オノ・ヨーコ Yoko ONO『Grapefruit』、小山田チカエ、河原温「印刷絵画」、絹谷幸二、久保俊寛、桑原盛行、小松省三、近藤竜男、斎藤義重、桜井孝身、篠原有司男、白髪一雄、勝呂忠、スズキシンイチ、ヌリート・マソン・関根、多賀新、高山良策、田口雅巳、谷川晃一、田淵安一、たべけんぞう、利根山光人、土橋醇、豊島弘尚、中村宏、古沢岩美、三浦久美子、水谷勇夫、緑川俊一、南桂子+浜口陽三、元永定正、横尾忠則、ヨシダ・ヨシエ、吉仲太造、吉原治良、依田邦子、K Noriko(K・ノリコ)、Eugene BRANDS(ユージーン・ブランズ)、Beatriz SANCHEZ(ベアトリス・サンチェス)、Gerard Schneider(ゲラルド・シュネーデル)、Salvador y Domenech DALI (サルヴァドール・ダリ)、Mark TOBEY(マーク・トビー)、Roberto CRIPPA(ロベルト・クリッパ)、Pierre ALECHINSKY(ピエール・アレシンスキー)、Jean TINGUELY(ジャン・ティンゲリー)、
具体』機関誌4号・8号、
五人組写真集 REVOLUTION』季刊第1号(1972年 池田昇一、伊藤久、鈴木完侍、彦坂尚嘉、矢野直一)、
色彩と空間展」南画廊ポスター1966年(磯崎新、山口勝弘、アン・トルーイット、サム・フランシス、三木富雄、田中信太郎、湯原和夫、五東衛(清水九兵衛)、東野芳明)、
現代美術フェスティバル」ポスター1970年(荒川修作、岡本信次郎、馬場彬、三木富雄、元永定正、山口勝弘、吉仲太造、村上善男、伊藤隆道、野田哲也、高松次郎、柵山龍司、池田満寿夫、若尾和呂、瀬木愼一)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第4回「ガット弦で弾く、J.S.バッハとG.クルタークのチェロの無伴奏作品」

日時:2016年12月22日(木)18時
会場:ときの忘れもの
出演:富田牧子(チェロ)
プロデュース:大野幸
曲目:J.S.バッハ (1685-1750)/無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008

ジェルジュ・クルターク(1926- )/メッセージ −クリスチャン・ズッターへの慰め、他
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*要予約=料金:1,000円
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緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
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