「吉田克朗 LONDON 1975」8月24日(金)〜9月8日(土)

ときの忘れものは10日間の夏休みを終え、本日から秋の企画に(でもまだ暑い)突入します。
スタッフも全員リフレッシュして出勤してくるでしょう。

先ずは、24日から第302回企画◆吉田克朗 LONDON 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊

吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
DM777

吉田克朗 (1943-1999)
1943(昭和18)年9月23日 埼玉県深谷生まれ。1968年多摩美術大学絵画科卒。斎藤義重教室で学ぶ。 1968年から70年代にかけて、「もの派」の中心作家として《Cut-off》シリーズをはじめとする物性の強い立体作品を制作。1968年第8回現代日本美術展、69年「現代美術の動向」展、70年「現代美術の一断面」展、71年「パリ青年ビエンナーレ」などに出品した。 また、1969年から風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画の制作を始め、70年第1回ソウル国際版画ビエンナーレで大賞受賞。
以後、72年クラコウ国際版画ビエンナーレほか国内外の版画展に出品。1973年-74年文化庁芸術家在外研修員としてイギリスに滞在。さらに1980年代からは絵画の制作を始め、平面的な色彩の《かげろう》シリーズ、黒鉛と指を使った《蝕》シリーズほかを制作した。1982年鎌倉中央公民館の壁画を制作。1997年から武蔵野美術大学教授を務めた。
1999(平成11)年9月5日、鎌倉で死去。周囲から惜しまれた55歳の若すぎる死でした。
1978年7月10関根歓送会1978年7月10日青山ラミアにて
関根伸夫ヨーロッパ巡回展に向けての歓送会
左から、関根伸夫堀内正和、当日の司会役を勤めた吉田克朗


作家の言葉
「私が私自身の肉体をことさら強く意識してきたのは、幼い頃から病弱だったことによるのかも知れない。13歳の頃あやうく一命を落すところを救われ、また人生で最も多感な人格形成時の18歳からの2年間の闘病生活。このことが私の私以外のもの(人や物や風景や)を見る目を、ほんのちょっとずらしたのだと思える。幼い頃の臨死体験は肉体の脆さを自覚させたし、あの2年間に及ぶ病院生活が再度自分の肉体の脆さと、闘病に敗れて死んでゆく同じ棟の知人たちの葬儀に臨んだあのむなしさが、私の視覚を常に自分の肉体からしか他を見ざるを得ないような視覚に形作ったのだろうと思える。そんな所から私は作品を作っている。」
(吉田克朗「わたしのかたち」『版画年鑑1999』阿部出版より)

本展では、イギリス留学から帰国後の1975年に制作され、青画廊で発表された吉田克朗銅版画集『LONDON II』(たとう入りフォトエッチング12点組、限定20部)を中心に展示します。
『LONDON II』の12点はいずれもロンドンの街並みの写真を使い、写っている人物はグレーに切り取られています。

Regent StreetRegent Street

Eaton GateEaton Gate

Trafalgar SquareTrafalgar Square
Fleet StreetFleet Street

Fitzmaurice PlaceFitzmaurice Place

Wild StreetWild Street


Lower MarshLower Marsh

North End WayNorth End Way

Kensington Church StreetKensington Church Street

Lincoln's Inn Fields
Lincoln's Inn Fields

 Martin in the FieldsSt. Martin in the Fields

 Marlborough StreetGt. Marlborough Street


ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

名古屋ボストン美術館が10月で閉館

名古屋に居ながらにして、米国が世界に誇るボストン美術館のコレクションを鑑賞できる姉妹館名古屋ボストン美術館は、使命を全うして、10月8日(月・祝)をもって閉館することとなりました。
20年間、当館をお支えいただいた皆様に感謝を込めて、最終展として「ハピネス〜明日の幸せを求めて」を開催します。
美術の目指すところも究極的には人間の幸福感とは―、と問い返すところにあるように思います。この最終展をご覧いただき、その問い返しにそれぞれの思いを重ねていただける事を願っております。
これまで当館を愛し、ご支援いただいた皆様に心から熱くお礼申し上げます。どうぞ、名古屋ボストン美術館の最後の展覧会をお楽しみください。
   名古屋ボストン美術館館長 馬場駿吉


先日、「石神の丘美術館が25周年」と岩手の小さな町の美術館の健闘を称えたばかりですが、大都市名古屋の美術館が閉館となる残念なニュースです。

名古屋ボストン美術館には幾度か伺いましたが、亭主にとって一番印象の残る展覧会は、ボストンの名品ではなく、2008年に開催された館長の馬場駿吉先生のコレクション展でした。
CIMG8461
2017年2月「ART NAGOYA 2017」にて
馬場駿吉先生(左)

名古屋B駒井哲郎展表駒井哲郎展_名古屋B裏


駒井哲郎名古屋B美展図録馬場駿吉先生は人も知る駒井哲郎先生と親交厚かったコレクターです。
「一俳人のコレクションによる 駒井哲郎銅版画展〜イメージと言葉の共振〜」
会期:2008年4月26日〜9月28日
会場:名古屋ボストン美術館

 このときの名古屋ボストン美術館の案内には「名古屋在住の俳人で、芸術評論家としても活動している当館館長の馬場駿吉は、大学医学部の若き研究者だった1961年、市内の画廊が主催した個展で初めて駒井哲郎の作品を目にしました。そして、それまで味わったことのない衝動に駆られ、駒井の版画1点を購入します。それは馬場が生まれて初めて購入した美術品でした。その後、駒井自身とも知遇を得て、70点近くに及ぶ駒井作品のコレクションを築きました。馬場にとって彼の作品は現代美術への扉であると同時に、自らの俳句の源泉でもありま す。本展では、馬場の新旧の俳句を織り交ぜ、彼の目を通した駒井哲郎像、そして一俳人と銅版画家との領域を超えた響き合いを紹介します。」とあります。
 因みに上記の名古屋<市内の画廊>とあるのは、鈴木佐平が経営していた「サカエ画廊」のことですが、今でもサカエ画廊のシールがついた作品が市場に出ることがあります。名古屋では先駆的な画廊でした。鈴木佐平については、中村稔著『束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯』222ページには馬場駿吉先生の文章を引用して<名古屋市中区東田町にサカエ画廊を自営し、引き続き駒井作品を名古屋周辺へ熱心に紹介しつづけた慧眼の画商であったが、残念ながら経営上の破綻によってやがて画廊は閉ざされ、氏も消息を絶った>とあります。

 この展覧会は駒井追っかけの亭主としては見逃すわけには行かず、名古屋まで遠征して出品作品一点づつを克明に見て、その限定番号をメモし、このブログで二回にわたり報告しました。
2008年9月16日ブログ「馬場駿吉コレクション〜駒井哲郎を追いかけて第30回
2008年9月22日ブログ「馬場駿吉宛書簡〜駒井哲郎を追いかけて第31回

 1615年創業の名古屋の老舗百貨店・丸栄百貨店が6月30日に閉店したニュースにも驚きました。
駒井追っかけとしては、1958年(昭和33)4月に丸栄百貨店で開催された「駒井哲郎版画展」は忘れることのできない重要な展覧会でした。
65回で中断したままの「駒井哲郎を追いかけて」を再開し、丸栄百貨店のことも書かねばなりませんね。

●本日20日は柳正彦さんの連載エッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」の掲載日ですが、今月は休載です。

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中でしたが、明日21日(火)より通常通りの営業を再開します。

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
DM777


ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」第11回

小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」

第11回 Higashi-Nakano


Higashi-Nakano01

Higashi-Nakano02


都市は何をもって都市と呼ぶのか。
東京の街を、ささやかな植物の影を追いながら、そんなことを考える。
では、植物は都市の一部か。
一部だとしたら、どこまでをそう呼ぶのか。
境界は確実にあるはずだ。
風景に溶け込み、
錆びの一部だったり、
壁の一部に映るそれらは、すでに都市の領域か。

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小林紀晴
《Higashi-Nakano 01》
《Higashi-Nakano 02》
ともに2018年撮
ゼラチンシルバープリント
11×14inch
Ed.20

こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。現在、雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●本日のお勧め作品は、小林紀晴です。
おすすめkobayashi_07_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より1
1995年
ヴィンテージC-print
イメージサイズ:18.6x27.9cm
シートサイズ :25.3x30.3cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
DM777


ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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中谷芙二子先生が高松宮殿下記念世界文化賞を受賞

今年度の高松宮殿下記念世界文化賞を中谷芙二子先生が受賞されました。
おめでとうございます。


(*高松宮殿下記念世界文化賞は1988年に創設された文化賞。毎年、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門で文化芸術の発展に寄与した世界の芸術家に贈られる。建築ではこれまでに丹下健三や安藤忠雄、フランク・ゲーリー、オスカー・ニーマイヤーらが、絵画では杉本博司やダニエル・ビュレン、彫刻では三宅一生、アニッシュ・カプーアらが受賞してきた。)

銀座メゾンエルメスフォーラムで開催された『グリーンランド/中谷芙二子+宇吉郎展』は霧のアーティストとしての面目躍如、連日若い人たちで賑わいました(2017年12月22日〜2018年3月4日)。この展覧会で中谷先生のことを知った人たちも多かったのではないでしょうか。

私たちが中谷先生の存在を知ったのは1970年代に遡りますが、霧の彫刻家としての活動より(これは極く限られた場所で短期間の展示のため実際に見る機会は少なかった)、ビデオアートの先駆者であり、1980年に開始された実験的なギャラリー活動「ビデオギャラリーSCAN」(原宿にあった)にたいへん刺激されました。1983年には草間彌生先生の個展も開催され、そのときのポスターは今見てもパワーと品に満ちています。
プロセスアート」を設立し、SCANで国内外のビデオ作品の個展を開催し、多数のビデオアーティストを世界に送り出した功績はもっともっと評価されていいと思います。

またあまり知られていないことですが、アンディ・ウォーホルの友人として日本への紹介に尽力し、1974年の大丸のウォーホル展の影の功労者でもあります。
1983年現代版画センターが企画した「アンディ・ウォーホル全国展」にもご協力いただきました。

中谷芙二子「ウォーホル 東京の夜と朝

青山にときの忘れものをオープンして11年目に私たちの画廊の画期となる「トリシャ・ブラウン ドローイング展 思考というモーション」を開催したのですが(2006年3月22日〜4月8日)、自らのダンス・カンパニーを率いて18年ぶりの来日公演(彩の国さいたま芸術劇場)をしたトリシャ・ブラウンさんとの仲介をして下さったのも中谷先生でした。
DSCF6532トリシャブラウン展オープニング2006年3月22日中谷芙二子
2006年3月22日ときの忘れものにて
中谷芙二子先生(左)と、トリシャ・ブラウンさん(右)
トリシャ・ブラウン
『トリシャ・ブラウン―思考というモーション』
2006年  ときの忘れもの 発行
デザイン:北澤敏彦
編集:尾立麗子
執筆:トリシャ・ブラウン、岡崎乾二郎、スティーヴ・パクストン、マース・カニングハム、ウィリアム・フォーサイス、ジョナス・メカス、中谷芙ニ子、石井達朗、黒沢美香、岡田利規
112ページ  A5版
価格:2,571円*送料250円


今秋10月には水戸芸術館で初めての大規模な個展(10月27日〜 2019年1月20日[)が開かれるそうです。
ますますのご健康とご活躍を期待しています。
〜〜〜〜〜〜

今年の高松宮殿下記念世界文化賞には中谷先生のほかに、建築部門ではクリスチャン・ポルザンパルクが、絵画部門ではピエール・アレシンスキー、音楽部門はリッカルド・ムーティ、演劇・映像部門はカトリーヌ・ドヌーヴが受賞しました。
いずれも日本には馴染みの深い人たちですね。

●本日のお勧め作品は、ピエール・アレシンスキーの1960年の版画集です。
Alechinsky_1ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"

1960年
リトグラフ7点組
タトウサイズ:57.5×39.0cm
Ed.65

Alechinsky_2ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(1)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

Alechinsky_3ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(2)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

Alechinsky_4ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(3)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

Alechinsky_5ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(4)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

Alechinsky_6ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(5)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

Alechinsky_7ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(6)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

Alechinsky_8ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
"LA REINE DES MURS"(7)

1960年
リトグラフ
イメージサイズ:31.0×48.0cm
シートサイズ:38.0×56.5cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


ピエール・アレシンスキー Pierre Alechinsky
ベルギーのブリュッセルに生まれ、高校卒業後、市内の美術工芸学校で本の装丁の課程に入学。ここでは芸術家としての道を拓くことになる版画も学んだ。1948年結成の国際的な前衛美術集団「コブラ(CoBrA)」(1951年解散)で活躍。その後、パリに移住した。
京都の前衛書道家、森田子龍と交流を深め、1955年に初来日。『日本の書』という短編映画を製作した。書道の影響を受けた自由な筆さばきと、乾きやすいというアクリル絵具の特性を活かし、自身の内面を大胆に表現する。鮮やかな色彩と、複雑かつ有機的、躍動感と生命感にあふれた線描で、独自のスタイルを確立。1960年と1972年にはベルギー代表としてヴェネツィア・ビエンナーレに出品。2016−17年には日本初の大規模回顧展が日本・ベルギー国交関係樹立150年を記念して東京と大阪で開かれた。

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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鈴木素直「瑛九・鈔」第4回(再録)

鈴木素直「瑛九・鈔」

第4回 フォトデッサン


 フォトデッサンとは耳なれないことばかもしれない。瑛九の説明によれば、「カメラなしの写真は不可能かもしれないが、印画紙を使うデッサンは可能だ。カメラを使わず印画紙に直接、光を当ててつくるデッサンだ」ということになる。
 カメラなしの写真は、写真術の発見者のひとりであるタルボットが、一八三九年に自分 でつくった感光材料に花をおいて光を当てた作品をつくっている。一九二〇〜三〇年代には、マン・レイとモホリ・ナギーの実験(フォトグラム)が有名である。しかし光の当て方による変化が一通り実験されると限界が見えてきた。瑛九は、この全く新しい未踏の世界を追求しはじめ、一九三六年(昭和十一年)「瑛九」の名でフォトデッサン集「眠りの理由」を発表した。大胆で新鮮な映像は、豊かなイメージと柔軟なフォルムとあいまって、日本の前衛芸術の先駆となった。
 彼はフォトデッサンを印画紙と絵画的手法の結びついたものと考え、印画紙を新しい画用紙として見ていた。だから、最初の光自体で描くことから、自分で作った物体(紙や針金その他)を使う方法にかわってきている。それは印画紙の性質をふんだんに駆使し、何年何十年たっても今朝つくりあげられたという錯覚にとらわれる程の鮮かな魂のふるえ、喜び、驚き、華麗、夢幻の世界を見せてくれる。
 戦後のフォトデッサンは、一九四八年、宮崎市の丸島町住宅の小さな部屋から、更にすみきった暖い愛情にみちた全紙大のものとなってうまれた。「私は一晩で一冊(大きな印画紙の包み)を使う(消化し、創造する)から精神的、王者である」(カッコ内は筆者)と言われる時期である。彼が修得し、つくりあげていった写真の技術と知識には専門の写真家をはるかに出しぬいたものがあった。しかも使用した材料、道具が高価で特別なものではなかったことも忘れてはならぬだろう。暗室は起居に使用していた戦後のあの狭い市営住宅の部屋であり、材料は市販のもの、身近にあるものを自由に変化させ、自在につくったものばかりであった。それは、当時しょっちゅう訪ねていた一五、六歳の私たちを興奮させ、夢みるものと似た感じさえあった。 前日には机の上に転がっていたピン、ぜんまい、レース、切り紙などが翌日訪ねた時には一枚の白と黒の別の世界をつくっていた。それらはすでに物体ではなく、流れるようなリズム感、ぞくぞくするエロチシズム、 ユーモア、夢などになって息づいていた。カメラを使わずに写真ができあがるということだけでも驚き、一枚の印画紙にこんなに吸いこまれていく透明感があろうとは想像もしなかった。 「ぼくはフォトデッサンによって画家からはみだし、写真家からはみだした。というのはぼくは印画紙をつかってデッサンしたからだ。ぼくはただぼくの精神を表現したかっただけだ。ぼくは今までの概念にあてはまらないものを表現したい。根本は光をさえぎったり、光を強く当てたりするところをつくって、欲している画像を形成しようと精神を集中する絵画的な造形精神である」
 これは瑛九の言葉だが、技法と態度をよくあらわしている。人間としての自由さ、誠実さ、きびしさでもあった。
※於県立図書館75・5・26〜31
すずき すなお
*鈴木素直『瑛九・鈔』(1980年、鉱脈社)より転載。

鈴木素直
1930年5月25日台湾生まれ、1934年(昭和9年)父の故郷宮崎市に帰国、大淀川、一ツ瀬川下流域で育つ。戦後、新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、瑛九が埼玉県浦和に移った後も親交を続け、故郷宮崎にあって、瑛九の顕彰に尽力した。宮崎県内の盲学校、小中学校(主に障害児教育)に長く勤務し、日本野鳥の会会員としても活躍した。2018年4月5日死去。享年87。
瑛九については新聞や雑誌に寄稿され、1980年宮崎の鉱脈社から『瑛九・鈔』を刊行した。ご遺族のご了解を得て、毎月17日に『瑛九・鈔』から再録掲載します。
20180426151054_00001鈴木素直
『瑛九・鈔』
1980年
鉱脈社 発行
63ページ
9.2x13.1cm

目次:
・出会い
・瑛九への旅 東京・瑛九展を見て
・一枚の写真の現実 二十回忌に思う
・フォトデッサン
・版画に無限の楽しみ
・二人の関係 瑛九・池田満寿夫版画展
・“必死なる冒険”をすすめた画家後藤章
・瑛九―現代美術の父
〜〜〜〜

瑛九展『現代美術の父 瑛九展』図録(小田急)
1979年 瑛九展開催委員会発行
132ページ 24.0×25.0cm
同図録・銅版入り特装版(限定150部)

〜〜〜〜
20180426151147_00001鈴木素直
『詩集 夏日・一九四八ー一九七四』
1979年
鉱脈社 発行
102ページ
22.0x15.5cm

目次:
・鏡より
 鏡
 ことば
・夏に向ってより
 夏に向って
 その時小さいあなたへ
 春一番
 野鳥 I
 野鳥 II
 入江 I
 入江 II
 小さいカゴの中で
 病院にて
 孟蘭盆
 夏草 I
 夏草 II
 大いなる儀式
 ムラから
 来歴
・女たちより
 秋
 雨
 夜
 川
 鳥
・夏日より
 春
 いつも同じ石
 海
・詩集「夏日」によせて 金丸桝一
・覚書

〜〜〜〜

20180426151133_00001鈴木素直
『馬喰者(ばくろう)の話』
1999年
本多企画 発行
114ページ
18.5x14.1cm

目次:
・馬喰者の時間
・馬喰者の話
・馬喰者の煙管(きせる)
・馬喰者問答
・馬喰者の夢
・馬喰者の謎
・馬喰者の庭
・ふくろう
・青葉木莵異聞
・雲雀と鶉
・時鳥がうたう
・夕焼けの中の黒いカラス
・残暑見舞い
・眠っている男
・手術室にて
・残照記
・切り株
・八月の庭
・知念さんの地図

〜〜〜〜

20180426151116_00001鈴木素直
『鳥は人の心で鳴くか みやざき・野鳥民族誌』
2005年
本多企画 発行
265ページ
18.3x13.2cm

目次(抄):
・宮崎の野鳥・俗名考―消える方言とユニークな命名
・ツバメあれこれ
・方言さんぽ
・鳥十話
・日向の鳥ばなし
・宮崎県の鳥類
・自然に関わる伝承と農耕習俗―野鳥にまつわる俗信・俚言を中心に
・野鳥にまつわる民俗文化
・県北を歩く
・県南を歩く
・野鳥の方言・寸感
・後記
〜〜〜〜

宮崎瑛九展9鈴木素直さん鈴木素直さん(左)
鈴木素直さんは新制の大宮高校時代に瑛九からエスペラント語を習い、その後教師となります。瑛九と親交を続け、没後はその顕彰に大きな役割を果たし、詩人、日本野鳥の会会員としても幅広い活躍をなさってきました。

●今日のお勧め作品は、瑛九です。
qei17-027『眠りの理由』(10点組)より
from "Reason of Sleep"

フォトデッサン(フォトグラム)
26.7×21.1cm
1936年
Ed.40
※9点セット
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆鈴木素直のエッセイ「瑛九・鈔」(再録)は毎月17日の更新です。

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
DM777



●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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「高崎市のレーモンド建築ツアー」に参加して

高崎市のレーモンド建築ツアー

6月23日に群馬県高崎市で開催した「レーモンド建築ツアー」に参加してまいりました。
takasaki_raymond_05旧・井上房一郎邸(写真:塩野哲也)

この「レーモンド建築ツアー」は、文化のパトロンといわれた高崎の実業家・井上房一郎さんの生誕120年の記念すべき年ということもあり、ときの忘れものが主催、開催いたしました。ツアーでは旧井上房一郎邸(1952年竣工、麻布笄町のレーモンド自邸の写し)と群馬音楽センター(1961年竣工、レーモンド設計)の二つを、塚越潤さん(高崎市美術館長)と、井上さんと近しかった熊倉浩靖さん(高崎商科大学特任教授)のお二人に案内していただきました。
参加者は美術館の学芸員、大学教授、建築家、建築関係の編集者、銀座の画廊オーナー、アーティスト、企業の文化支援担当者など21名。私以外はいずれも建築にお詳しい方ばかりで、地元からも井上房一郎さんを直接知る方(高崎高校の卒業生)がお二人参加されました。

熊倉さんには以前ブログに「井上房一郎先生 生誕120年にあたって」を寄稿していただきましたので、合わせてお読みください。熊倉さんが井上房一郎とレーモンドの関係や歴史については詳しく書かれているので新米の私は建築に関して見聞きしてきたことをレポートしたいと思います。

まず、高崎駅から直ぐの高崎市美術館に附属する旧井上房一郎邸へ。
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講義をして下さるのは建築がご専門である館長の塚越潤さん。(写真:中村惠一)

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長く井上房一郎さんの助手を勤めた熊倉浩靖さん。(写真:中村惠一)
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晩年の井上房一郎さん(写真提供:熊倉浩靖)

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自邸を焼失してしまった高崎市の建設会社井上工業の社長・井上房一郎が、東京・麻布の笄町(こうがいちょう、現 港区西麻布)に建てられていたレーモンドの自邸兼事務所を再現しようとし、レーモンドの快諾、図面の提供を受けた後、井上工業の職員に建物を実測させ、1952年に建設したのがこの旧井上邸です。母屋との関係でレーモンドの自邸とは東西が反転しているのですが、レーモンドの建築の原型を伝える貴重な作品となっています。
奥に見える書は日本初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士。井上さんと親交がありました。(写真:塩野哲也)
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ここが居間です。柱や梁を2つに割った丸太で挟み込んだ「鋏状トラス」がしっかり屋根を支えるとともにその圧倒的存在感を見せつけています。こういった構造が堂々と人目に付く場所に存在しているという事がなんだか新鮮で不思議に思えました。杉板と断熱材と野地板で作られる軽い屋根ぶきは地震に強く実際震災に見舞われた時も損傷はなかったとのこと。そして壁のベニヤ板には真鍮釘がびっしり打ってあります。間柱にしっかりくっつけてありこちらも意匠と耐震を兼ねて作られています。また、南側の引き戸(ガラス戸と障子)は広く開放する事が出来、庭園と一体となった部屋のように感じます。当時から日本の風土を考え抜いた設計だった事がうかがえますね。(写真:塩野哲也)

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「ここに井上さんがくつろいでいた舞台(日本舞踊のための)があって」と少年時代の思い出を語る綿貫不二夫。(写真:塩野哲也)

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高崎高校時代から井上さんに親炙した熊倉さん(右)と綿貫不二夫(左)(写真:塩野哲也)

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ついつい話に力が入ってしまう・・・(写真:塩野哲也)

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熊倉さん(左)と塚越さん(右)は高崎高校の仲の良い同級生です。(写真:塩野哲也)

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(写真:中尾美穂)

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(写真:中尾美穂)

file10113この旧井上邸で火打梁があるのは居間だけでした。面白いのは隅にあるのではなく真ん中にあるという点でデザイン面も考えられています。暖炉も居間の中央付近に位置しています。ちなみに電気溶接の無い時代のガス溶接でつくられた形のよい暖炉です。
入り口付近の鴨居上には壁がなく廊下と居間が一体になった広々とした部屋でした。(写真:新澤悠)

次に寝室へ。
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file10173
奥の窓は芯が外れています。寝室だけでなく、居間、和室、台所でも同じような窓に出会いました。(写真上:吉川盛一、下:新澤悠)

file10243これは台所の窓ですがこちらも芯外し。窓と柱が分離していることで窓を開け放つことができより光を取り入れて明るい空間になります。(写真:新澤悠)

file10167手前のソファベッドは引き出し式。ここにあるテーブルはレーモンドの妻であったノエミ・レーモンドのデザイン。ここからもこの建築が井上房一郎とレーモンド夫妻の合作であったことがわかる、と熊倉浩靖さん。(写真:新澤悠)

和室に行きます。
IMG_3304まず入って目の前南開口部に一本面皮柱が和の雰囲気を醸し出しています。この窓が四角く切り取られることで外の紅葉が迫ってくるように見えます。秋に来たいですね。(写真:尾立麗子)

file10191垂木の間隔は一尺二寸ピッチで統一され、それに合わせて、壁が少しずれています。(写真:新澤悠)

file10207高さの無い床板は奥行き2尺。本床の奥行きが一般的な3尺ではありませんがその理由は台所に行って分かります。(写真:新澤悠)

file10216和室前のこの建具。画像だとふすま2枚が見えますが実際もっと広くてふすま2枚では閉まりません。なのに2枚しかないのは謎だそうです。(写真:新澤悠)

file10222丸太同士はほぞに突っ込んであります。別の場所で丸太を組んで確認してから運んできたそうです。屋根の勾配は3寸と比較的ゆるい傾斜のため木組みが大変難しかったとの事です。丸太で挟んだ部分はボルトをつけただけというシンプルな造り。(写真:新澤悠)

台所です。今回のツアーでは普段非公開の台所、浴室も研究目的のため特別に見学させていただきました。
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奥の窓、向かって一番左が少し小さくなって意匠的なバランスを合わせています。そしてご覧のとおりキッチンの奥行きが段違いになっていて収納スペースと作業台、水場がうまい具合に配置されています。この壁反対側がちょうど和室の本床で、奥行きをずらすことが各部屋の役割をうまく手助けしています。(写真上:中村惠一、下:新澤悠)

浴室です。
file10261この浴室は入り口から正面に風呂、その奥に大きな窓があります。実際のレーモンド邸は庭の先にプールがあったそうですが浴室が閉鎖的な空間であったり暗かったりしがちな日本家屋と対照的な印象です。ちなみに壁には空気の循環を助けるラジエーターがあります。ラジエーターは居間、寝室でも確認できます。(写真:新澤悠)

file10279ここで仏間や茶室へ向かうのですが、この建物は日本の建築に合わせて軒が長くなっており雨がきれいに落ちるようになっているのです。この日ちょうど雨が降っていました。雨の滴り落ちる光景は風情があります。(写真:新澤悠)

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元々焼失した母屋の一部と言われる仏間。(写真:新澤悠)

file10297一間の押入れがあり奥に仏壇、位牌が入る。(写真:新澤悠)

茶室に向かいます。
file10321茶室は約4畳ととても小さく入り口は大人がやっと出入りできるほどの大きさ。(写真:新澤悠)

旧井上房一郎邸は井上さんの死後、市民財団に買い取られ、「高崎哲学堂」と呼ばれ講演会を開催するなど市民に親しまれました。現在は高崎市の所有となり、隣接する高崎市美術館が管理しています。
大きな居間と寝室の間に開けたパティオ、玄関があったり芯外しの窓があったり、空間の内外をなるべく隔てないような建築、それでいて日本の伝統的な和室も設けられている。これがモダニズム建築かと思いつつ、外観だけでなく災害の多い日本の風土を考慮した造りに名建築の名建築たる必要条件を思い知らされた気がしました。

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最後に玄関からのパティオと庭園。
もともとのデザインではガラス屋根は無かったそう。(写真3枚とも:吉川盛一)

〜〜〜〜〜
その後は群馬音楽センターへ。
レーモンドの代表作であるこの建物については、昨秋ときの忘れものブログ「10月25日はアントニン・レーモンド没後40年」で画廊亭主がその歴史などを書いていますので、今回は内容がかぶらないように建築になどにより重点をおいて見てゆこうと思います。
file10477この特徴的な側面の折板構造(不整形折面架板構造)の壁は剛性が大きくなることのほかにコンクリートの使用量が少なく経済的であることからも採用されたようです。施工は井上工業。完成は1961年(昭和36年)、画廊亭主が高崎高校に入学した年です。(写真:新澤悠)

file10468側面。折板構造がよくわかります。屋根の厚さはわずか12cmととても薄いのですが、旧井上邸の屋根の軽さを思い出します。(写真:新澤悠)

file103391階ロビー。目の前はアントニン・レーモンドギャラリー。レーモンドの作品を見ることができるとともに群馬音楽センターや旧井上邸の模型も展示されています。(写真:新澤悠)

file10366群馬音楽センター第一案模型(写真:新澤悠)

file10360群馬音楽センター第二案模型(写真:新澤悠)

file10348群馬音楽センター最終案模型(写真:新澤悠)

IMG_9972模型の展示に夢中になる面々(写真:中尾美穂)

file10372音楽センター緞帳下絵(写真:新澤悠)

filew柱のない特徴的な階段が見えます。(写真:新澤悠)

file10423竣工当初は東洋一といわれた壁画(ホワイエ・フレスコ画)。(写真:新澤悠)

いよいよコンサートホール内へ
takasaki_raymond_06コンサートはもちろん、歌舞伎や能、オペラなども上演される、光の差し込むコンクリートのホール。折板がこのホールに特有の残響特性をもたらす。
当日夜に「高崎市民吹奏楽団」のコンサートが予定されていましたが、楽団のご好意で本番前の練習をお聴きすることができました。(写真:塩野哲也)

IMG_9988特別に舞台裏に入らせてもらいます。折板は裏側まで続いています。ここから音楽が生まれるのかと思うと興味深いです。(写真:中尾美穂)

file10453天井を見上げると旧井上邸を彷彿とさせる構造が見えます。(写真:新澤悠)

この建物は高崎市の文化的シンボルとして高崎市民に親しまれているとのこと。老朽化で取り壊しの話も出たようですが、レーモンドの意匠を凝らした壮大な建築空間を全面的になくしてしまうのはあまりに惜しいですね。保存だけでなく、市民の方が使えるような再生がされればいいなと思います。
夕食は画廊亭主の同級生が経営する高崎きっての名店「魚仲」でした。

今回、新米の私はスタッフとして参加しましたが、建築や美術関係者など、専門家の方が参加してくださいました。そのため着眼点が多様で思いもよらぬ質疑応答があったりと知識を深めることができました。
参加された塩野哲也さんが編集刊行した『WebマガジンColla:J』7月号(高崎特集)もぜひお読みください。
現在、森美術館において『建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの』が開催中で、レーモンド作品も出品されています。とてもタイムリーな展示なので私も行ってみようと思います。
レーモンド建築にご興味のある方は軽井沢タリアセン園内の『ペイネ美術館』もおすすめします。レーモンドが1933年(昭和8年)に建てた「軽井沢・夏の家」と呼ばれるアトリエ兼別荘を移築したものだそうです。
今回お写真を提供してくださった、コラージ・塩野哲也さん、ベクトル・吉川盛一さん、中村惠一さん、ペイネ美術館の中尾美穂さん(順不同)、ありがとうございました。
講師として貴重なお話を聞かせてくださった塚越潤さん、熊倉浩靖さん、拙い素人の文章を添削してくださった高崎市美術館の学芸員の方には、たいへんお世話になりました。群馬音楽センターの事務局の方、本番直前の見学を快く承諾してくださった高崎市民吹奏楽団の皆様ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

それでは最後に今回のツアー参加者からの感想の一部をご紹介しながらお別れしたいと思います。お読みいただきありがとうございました。
(いたみちはる)
file10483(写真:新澤悠)

●STさん
先日は高崎ツアーのアテンド頂き、心より感謝申し上げます
群馬県立美術館から少林山、音楽センター、井上邸と
素晴らしいエッセンスをまわらせて頂き、本当に勉強になりました
熊倉先生や塚越館長はじめ、県美の田中さんや少林山のご住職など、
色々な方のお話を伺い、房一郎さんやタウト、レーモンドの実像が
多角的に浮き彫りになってきた感じがします
なかでも、音楽センターの素晴らしさには感嘆しました
これはぜひ、沢山の方に訪ねていただきたいと思いますので、
コラージ誌面でも、力をいれてご案内したく存じます
頂いた資料も大変な労作と思いました
本当にありがとうございました

●INさん
先日は充実した見学会、ありがとうございました。
参加者の方々とも有意義な意見交換ができました。

●NMさん
過日はありがとうございます。あのような機会を作ってくださって、心から感謝いたします。最初に熊倉さんのご都合を聞いてくださっただけでも光栄でしたが、みるまに豪華なツアー企画になっていて、綿貫さんのお力をあらためて知る思いでした。
夏の家ではふすまや暖炉がかなり型破りな感じでわかりにくかったのですが、井上邸の洗練された佇まいに目をみはりました。熊倉さん、塚越館長の専門的で詳細な解説をはじめ、皆様のお話とともに初めての見学ができましたこと、心からありがたく思います。行き届いた管理も羨ましい限りです。
音楽センターのトラスと曲線の構造もモダンで、雨が落ちるのがきれいでした。おっしゃるように雨天で幸運でした! 皆様の青春時代のお話、楽しかったです。

●TMさん
土曜日は初対面にもかかわらず温かく迎えてくださり
ありがとうございました。
美術館やギャラリーでの展示もそうですが、建築もやはり説明があるのとないのでは
大違いで、しかも井上さんを知る皆さまから直接お話しをうかがえた大変貴重な会に
参加できとても有意義な時間を過ごさせていただきました。
昔のパトロンは自分のことよりも社会全体のことを考え、器が違うと改めて思いました。
いま、そういう人たちはどこへいってしまったのだろうかと思います。

●HIさん
本日は大変お世話様になり、ありがとうございました。
熊倉さま、塚越さま、綿貫さまの貴重なお話、ありがたかったです。
お蔭様で、井上邸や群馬音楽センターを、高崎を、
本当の意味で楽しませていただいた気がいたします。
引き続き宜しくお願いいたします。
梅雨の時期、どうぞ御身お大切になさってください。

●KRさん(facebookより)
ときの忘れもの 主催の 井上房一郎&アントニンレーモンド ゆかりの建築ツアーに参加しています。
旧井上房一郎邸。
麻布にあったレーモンド自邸を反転させたプラン。木トラスという珍しい構造のモダニズム平屋。細かなディテールでは、オリジナルの碍子に電線が流れ、今も生きて使われていました。驚き。
高崎駅前一等地、マンションが立つエリアにある広大な邸宅の建築保存。公売にかけられたところを市民団体が最初に落札するなど、随分と苦労があったようです。曲折を経て市民の財産を残す手法は、参考になりました。
そして… 群馬音楽センター。
圧巻のコンクリート&構造美。交響楽団がパワフルにキャンディード♪をゲネ中。バックヤードも見せてもらい、素晴らしい音響も愉しませていただきました。
全国のコンクリート文化会館建築が取り壊されつつある昨今、この建築は最後の砦として生き延びて欲しいものです。
昨日はありがとうございました。建築を愛する皆様とご一緒でき、刺激を頂くとともに、勉強させていただきました。若い世代の私達も耳を澄まして記憶を紡いでいく次第です。また宜しくお願いします!

●TMさん
本日はレイモンドツアー堪能いたしました、ありがとうございました。
塚越さま、熊倉さまの丁寧なご説明と、綿貫さんの青春時代の貴重なお話を伺うことができ、井上氏がどれだけ高崎市の人々に、また文化土壌に、影響を与えたかを垣間見ることができました。やはり現地で当事者にお話を聞くのはとても楽しいものです。
このような企画にお声をかけていただき誠にありがとうございました。
また機会があれば参加させていただきます。
〜〜〜〜

●今日のお勧め作品は、アントニン・レーモンドです。
raymond_01_workアントニン・レーモンド Antonin RAYMOND
「作品」

1957年
水彩・紙
21.0x27.5cm
サインあり

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
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会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第49回

野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第49回

制作をしていて思うこと

制作を通して感じた事を少し書こうと思います。
箔画と名付けた技法で作家活動を始めて17年程、初めの数年はこの技法で自分に何が作れるのか、作りたいか、とにかく試行錯誤の日々、形が少し見えてきてからも迷いは多かったですが、その中でLandscapeシリーズや海や空といった代表的な題材ができました。

初期のLandscape#1初期のLandscape#1


曲線の増えていた時期のLandscape#11曲線の増えていた時期のLandscape#11


始めて波をスクラッチで描いた海空の最近「Infinite#1」始めて波をスクラッチで描いた海空の最近「Infinite#1」


そして10年経ってやっと絵の具を使うように自然に箔を使えるようになったように思います。
ずっと続けているLandscapeシリーズは徐々に構成要素が増えたり、複雑になったり曲線が増えたり、そしてまた直線的に戻ったりと少しずつ変化していて、海や空の作品は細密になりつつ、空を一色だけで埋め尽くしたりシンプルになってきている所もあります。
ただ、やはりそれ以外にも何か真新しいものを作りたいとずっと思っているのですが、そんな簡単に思い付くものではなくて、日頃の制作の中で湧く欲求が単純に形になったものが凸凹や穴ボコ、ごちゃごちゃした系統の半立体作品です。
普段平面ばかり作っていると何か半立体的なものが作りたくなるもので、楽しいのですが、木工作業がなかなかの手間で大きな作品はまだ作れていないので、重くなりそうですが一度30号以上位の大きな作品も作ってみたいと思います。

凸凹半立体作品「conflict」凸凹半立体作品「conflict」

最近のLandscape#43最近のLandscape#43


あと、日頃のメンタル面も制作には大きく影響します。
辛い時には良いものができるとよく言いますが、それは確かで、昨年夏前頃プライベートでとても辛い出来事があって、しばらく落ち込んで行きつけのバーのカウンターで飲んで号泣するような(笑)日々だったのですが、その時期はやはり良くて強い作品はいくつかできました。
いわゆるネガティブエンジンというものですね、単純に作品に感情が籠もるからだろうと思うのですが、過去にもそういう辛い時期は数回あって、わかりやすくその時期は強い作品がよくできていました。
ま、ただ強ければ良いわけでもないのですが、最近はもう穏やかな日常は取り戻して平和に制作しています。
先日友人のフォトグラファーに会い、その友人はモデルさんや芸能人を使ったコマーシャルフォトなどの仕事を本業としつつ創作として自分の写真も撮っているのですが、最近スランプだというので話を聞いてみると、
「俺、今幸せ過ぎるねん、嫁さん大好きやし、子供3人の世話も楽しくて、、若い頃は色々なコンプレックスなんかをモチベーションにしてたけど、今、幸せで自分の写真を撮る気がせんのやわ」との事でした。
なるほどなと、僕も平和で幸せな時期に良い作品はできても何か強さが足りないという事はありました。
なのでその友人には、
「自分も経験があるからよく解るけど、きっとネガティブエンジンだけが作品に強さを与える要素では無いと思うし、幸せな時やからこそ作れるものもあると思うから、お互い大切なものを守っていく為にも、どんな時でももがいて作り続けような」と伝えました。

なんだかよくわからない文章になってしまいましたが、これからも制作がんばります。

9月20日〜9月29日開催のときの忘れものさんのでの個展の準備は、今カタログやDM制作を着々と進めて頂いている最中です。早いものでもう来月、皆様どうぞよろしくお願い致します。

波の表現がより細密になった「I wish」波の表現がより細密になった「I wish」
のぐち たくろう

野口琢郎 Takuro NOGUCHI(1975-)
1975年京都府生まれ。1997年京都造形芸術大学洋画科卒業。2000年長崎市にて写真家・東松照明の助手に就く。2001年京都西陣の生家に戻り、家業である箔屋野口の五代目を継ぐため修行に入る。その後も精力的に創作活動を続け、2004年の初個展以来毎年個展を開催している。
来月9月20日(木)〜9月29(土)にときの忘れもので新作個展を開催します(*会期中無休)。

●今日のお勧め作品は、野口琢郎です。
おすすめnoguchi_37_ls39野口琢郎 Takuro NOGUCHI
Landscape #39
2016年
箔画(木パネル、漆、金・銀・プラチナ箔、石炭、樹脂、アクリル絵具)
91.0×65.2cm
Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

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日時:2018年9月12日(水)18:00〜
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◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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内間安瑆・内間俊子展のご報告

先週末に終了した「内間安瑆・内間俊子展」のご報告もしないうちに、ときの忘れものは夏季休廊に突入しました。
例年通り8月11日〜20日まで、10日間の休みをスタッフたちはゆっくりのんびり過ごしている(に違いない)。
ブログは執筆陣の皆様にお願いしていつもより締切りを早めて予約投稿していますので、画廊は休みですが無休で更新しています。どうぞご愛読ください。

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内間安瑆作品

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内間俊子作品

今回の「内間安瑆・内間俊子展」は会期も7月17日〜8月10日と長めにとり、NY在住のご遺族をお迎えして私たちも張り切って開催したのですが、思いもかけない災害級の猛暑にぶつかってしまいました。
20180722内間家と会食2018年7月22日
東洋文庫カフェにて、内間家の皆さん、社長の跡見の後輩たちと会食

燃えるような暑さの中を4日間も在廊してお客様に対応して下さった内間家の皆様に感謝するととともに、会期の設定を間違ったことへの悔いが残ります。
きっと来たくても来られなかったお客様も多かったはず。
最後の週になってようやく普通の暑さ(それでも暑い!)に戻り、来廊者も増えました。

2014年9月12日付ブログ用画像_08
1982年の内間安瑆先生と俊子夫人
この写真を撮った僅か半年後、安瑆先生が病に倒れ、18年間に渡る長い闘病生活が続きます。
2000年に相次いで亡くなられた内間ご夫妻には私たちは言葉に尽くせぬほどお世話になりました。

これほどの優れた作家が忘れられ、貴重な作品が人々の目に触れられる機会が少ないのは残念でなりません。
今回二人展として展示したのは、美術史の空白ともなっている1950年代に活躍し、1960年代以降は太平洋をはさみ日米の架け橋ともなったお二人の活動を記録し、伝えてゆくことが私たちの務めと思っているからです。

幸い、多くの美術館学芸員にお二人の作品を見ていただくことができました。きっと遠くない将来に美術館レベルでの展示が実現するでしょう。

○神奈川県立近代美術館館長の水沢勉先生には、ご多忙の中、お二人について素晴らしい文章をご寄稿いただきました(8月4日ブログ「ふたりでひとり―内間安瑆と内間(青原)俊子」)。
20180720水沢勉先生と内間安樹さん
2018年7月20日ときの忘れものにて
内間安樹さん(左)と水沢勉先生

○水沢先生には版画掌誌「ときの忘れもの」第04号にもご執筆いただいています。
水沢勉版の音律―内間安瑆の世界
版画掌誌第4号には、安瑆先生の作品(後刷り)が挿入されており、ぜひご購読ください。

お元気ならば俊子先生が100歳、安瑆先生は97歳です。
日本に在住していた頃のお二人を良く知る方に再会できたことも、大きな収穫でした。
斎藤玲子さん20180810
2018年8月10日最終日に来廊された斎藤玲子さん(右)。
お二人の1950年代、青原俊子さんと安瑆先生を良く知るご友人です。


○7月21日ブログ「流政之と内間安瑆・内間俊子
○7月24日ブログ:内間安樹「My parents: A Reflection  追想:両親のこと
○7月25日ブログ「オリヴァー・スタットラーと内間安瑆〜名著『Modern Japanese Prints: An Art Reborn』
○7月28日ブログ「イサム・ノグチと内間安瑆〜東京オペラシティでイサム・ノグチ展
○7月30日ブログ「内間安瑆先生と早稲田の友人たち

内間安瑆先生については、以前ブログで紹介した下記の論文、インタビューもご参照いただければ幸いです。
永津禎三内間安瑆の絵画空間
内間安瑆インタビュー(1982年7月 NYにて)第1回第2回第3回

今回の展覧会の出品作品は7月14日ブログに掲載しましたので、ご覧ください。
展覧会が終了したので一部は倉庫に戻しますが、事前にご連絡いただければご用意しますので、どうぞご興味のある作品がありましたら、ご連絡ください。

『内間安瑆・内間俊子展』カタログ
2018年 ときの忘れもの 刊行
B5判 24ページ 図版:51点、略歴収録
テキスト:内間安樹(長男、美術専門弁護士/ニューヨーク州)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
編集:尾立麗子
編集協力:桑原規子
翻訳:味岡千晶、他
価格:税込800円 ※送料別途250円

表紙_表1_内間展_修正_0628_600表紙_表4_内間展_修正_0628_600

作品をお買い上げいただいたお客様、炎暑の中をお運びいただいた皆様、そしてNYから展覧会にかけつけてくださった内間家の皆様には心より御礼を申し上げます。
ほんとうにありがとうございました。


●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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光嶋裕介「幻想都市風景の正体」第4回

光嶋裕介のエッセイ「幻想都市風景の正体」

04-自然と都市
〜地球と建築〜


drawing-low最新作
※箔押しは、箔画家・野口琢郎氏とのコラボレーション

空間とは何か?
というすごくプリミティブであり、
難しい問いを設定してみると、
空間が存在するためには、
そもそも人間がいなければならない、
ということに気づく。
とても当たり前のことだ。
自然も都市も、
常に人間との関係においてしか
語り得ることができないのである。
そして、
その空間を構成するものが建築なのか、
はたまた自然なのか、考えてみると、
自然と建築のどちらであっても、
人間は、それぞれの身体感覚によって
目の前の空間、あるいは環境を
感じるのではないかと思うのである。
つまり、
人工的な都市と野生の自然という
対比のなかにあって、
人間が空間と対峙することに関して言えば、
自然も都市も差異がないのである。
共に、空間の響きを肌で感じることができる。

私は、幻想都市風景を描くときに、
この自然と都市をなるべく等価に扱うことを
意識するようにしている。
いかなる建築も宙に浮くことはできず、
地球(大地)の上に存在することを思えば、
この地球と建築の関係に思いを巡らせている。
あらゆる物体は、地球の中心に向かって
引っ張られる「重力」が働いている。
ガウディが行った「逆さ吊り実験」は、
この重力を放物線というアーチという
造形によって可視化したのである。

地球の一部がめくられたような建築、
地球から独立した柱で持ち上げられた建築、
地球の中に深く刺さったような建築、
すべての建築は、
こうして地球との関係性の中で
魅力的な空間を立ち上げている。
内部と外部の境界線についても、
また建築と地球の多様な関係ではないだろうか。

ドローイングを描いているとき、
建築単体だけのことを考えているのではない。
いつだって、建築の立ち上がり方、
地球との関係について考えながら
ペンを走らせている。
具体的には、建築を構成するいろんな素材の
組み合わせ方が問題となってくる。
硬い岩を描いたと思えば、
そこから鉄骨の柱が林立し、
レンガの壁が立ち上がる。
自然としての植物や
ラフな素材としての石や砂、氷もよく描く。
そうした組み合わせが互いに反応しながら
幻想都市風景は、描かれていく。
いつもいうように、
地球と建築のあり方において、
模範解答など存在しない。
そこには、大きな「自由」だけがある。
少しでも新しい可能性を切り開くべく、
今宵もまた、
ドローイングを描く旅を続けている。

こうしま ゆうすけ

光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA(1979-)
建築家。一級建築士。1979年米国ニュージャージー州生。1987年に日本に帰国。以降、カナダ(トロント)、イギリス(マンチェスター)、東京で育ち、最終的に早稲田大学大学院修士課程建築学を2004年に卒業。同年にザウアブルッフ・ハットン・アーキテクツ(ベルリン)に就職。2008年にドイツより帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を主宰。
神戸大学で客員准教授。早稲田大学などで非常勤講師。内田樹先生の凱風館を設計し、完成と同時に合気道入門(二段)。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの全国ツアーの舞台デザインを担当。著作に『幻想都市風景』、『みんなの家。』、『建築武者修行』、『これからの建築』など最新刊は『建築という対話』。
今秋11月ときの忘れもので新作個展を開催します。
公式サイト:http://www.ykas.jp/

●本日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
03

光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"幻想都市風景2016-03"
2016年  和紙にインク  45.0×90.0cm  Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆光嶋裕介のエッセイ「幻想都市風景の正体」は毎月13日の更新です。

●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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追悼 島州一先生

訃報です。
島州一先生が7月24日に亡くなられました。享年82。

例年にない酷暑の中、2018年7月24日、島 州一は急性骨髄性白血病の為亡くなりました。
僭越ですが、このblogについては、島 州一の作品画像に、妻である私がそばで見聞きしたことをコメントとして加えていきたいと思います。作品理解の一助になれば幸いです。
     2018年7月31日 島 今子

島 州一のフェイスダイアリー「とんだ災難カフカの日々」より>
島州一 1974年10月7日
1974年10月7日
銀座・ギャラリープラネートにて島州一先生
(現代版画センターの初めてのエディション展)
亭主が美術界に入ったのが1974年、もし60〜70年代を「版画の時代」と称するのなら島州一先生こそが現代版画の革命児でした。
針生一郎先生は当時の現代版画センター機関誌の連載で、端的にそのことを指摘されています。

一九六〇年代には、ビデオ・カセット、有線テレビ、コンピュータ、電子リコピー、電子計算機、レーザー光線、教育機器など、エレクトロニクス・メディアが多様化した一方、版画ではガリ版の原理にもとづくシルクスクリーン技術の発達によって、写真の転写がいちじるしく容易になった。マス・メディアの複製機能をそのまま模倣するポップアートが出現し、「メディア・イズ・メッセージ」というマクルーハン理論がもてはやされたのも、この時代である。デザイナー粟津潔は「複々製に進路をとれ」「ものみな複製ではじまる」とこの時代相を要約したが、そういう方向をもっとも典型的に体現した版画家としては、島州一があげられるだろう。
*針生一郎「現代日本版画家群像 第11回 島州一と野田哲也」より>

現代版画センターは1974年春、顧問に久保貞次郎先生を迎え、事務局長・尾崎正教という、世間的には久保一派といわれる人々が参加して創立されました。
しかし事務局の中枢を担ったのは版画にも美術にもまったく縁のなかった亭主はじめ20代の若者たちでした。その一人、橋本凌一さんに関しては先日7月31日のブログに書きました。
初年度のエディション作家は20人ですが、久保カラーだけではなかったことがわかるでしょう。

靉嘔オノサト・トシノブ、矢柳剛、木村光佑高柳裕木村利三郎、丹阿弥丹波子、小田襄、船坂芳助、竹田鎮三郎島州一森義利、小田まゆみ、古沢岩美金守世士夫木村茂吉原英雄、飯塚国男、ジミー鈴木、木村満志子

素人集団に過ぎなかった現代版画センターだからできた作品もありました。
1_p1_p3_p4
『版画センターニュースNo.1』(1975年2月20日発行)、島州一「」を巻頭で紹介、頒価:500円でした。制作の経緯については初期スタッフだった西岡文彦さんが「第2回 エディションの革新性」で詳述しています。

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左から、関根伸夫「落ちるリンゴ」、島州一「筒」、島州一「ジーンズ」、島州一「ゲバラ
於・埼玉県立近代美術館「版画の景色 現代版画センターの軌跡」より、撮影:タケミアートフォトス

島州一先生のエディションはコピーした画像を筒に巻きつけたものであったり、布であったり、従来の版画の概念をことごとく覆すものでした。
このような作品を右も左も分からない素人たちが売ろうとしたわけですから、売れるわけがない(笑)。
現代版画センターの今考えれば苦肉の策でもあったわけですが、作家を連れて全国巡回展を文字とおり全国津々浦々で展開し、作家のオーラとオークションなどの非日常的イベントに参加者を巻き込み、その勢いで売っていったわけです。

全国に先駆けて手を挙げて下さったのがMORIOKA第一画廊の上田浩司さんで、盛岡まで行商に付き合ってくれたのが森義利先生と島州一先生でした。
1974年7月盛岡第一画廊版画への招待展1974年7月盛岡第一画廊版画への招待展DM
全国縦断「版画への招待展」盛岡展とオークション
会期:1974年7月13日〜21日
会場:岩手県盛岡市・MORIOKA第一画廊
19740720全国縦断企画”版画への招待展”20171206114110_00003盛岡支部結成記念オークションにて。左から、「ゲバラ」を手にする綿貫不二夫、尾崎正教、島州一

1974年7月20日_盛岡第一画廊_版画への招待展_オークション_14
左から牛久保公典さん(版画収集家)、島州一先生、画廊主の上田浩司さんと長女のり土さん、右端で芳名簿に署名しているのは森義利先生

1974年7月20日_盛岡第一画廊_版画への招待展_オークション_16
当日の様子を中村光紀さん(当時岩手日報記者、現在は萬鉄五郎記念美術館館長)が『画譜』第2号(1974年9月1日発行)に寄稿されています。
クリックすると拡大します。

1974年7月20日_盛岡第一画廊_版画への招待展_オークション_17
クリックすると拡大します。

岡部徳三、石田了一ら優れた刷り師たちの協働を得て、現代版画センターのエディション活動は活発化します。
翌1975年には、一挙に新作エディションを制作し、全国数十箇所で「島州一・関根伸夫クロスカントリー7500km」展を同時開催しました。
1975年11月島・関根全国展・岐阜
1975年島・関根全国展共通DM
「島州一・関根伸夫クロスカントリー7500km」岐阜展
会期:1975年11月6日〜11月16日
会場:岐阜県岐阜市・画廊匠屋(纐纈君平)
19751106島州一・関根伸夫クロスカントリー画廊匠屋_00002関根伸夫先生
19751106島州一・関根伸夫クロスカントリー画廊匠屋_00003
ジーンズ」の前に立つ島州一先生、左端立っているのが画廊主の纐纈君平さん

『島州一・関根伸夫 版画目録』は1975年の現代版画センター企画・全国縦断「島州一・関根伸夫クロスカントリー7,500km展」のために制作されました(テキスト執筆:東野芳明)。展覧会は1975年10月31日〜11月30日の一ヶ月間、全国各地でほぼ同時に開催された。
版画のエディションの大きな特徴は、たとえば限定75部の版画を30種類、一挙に制作できれば、全国(全世界)で同時に75会場で、30点からなる展覧会を開催できるということにある。
1975年の「島州一・関根伸夫クロスカントリー7,500km展」はまさにそのことを実証した初めての全国同時展でした。
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島州一(しまくにいち)
1935年東京都に生まれる。2018年没する。1958年「集団・版」の結成に参加し、翌年多摩美術大学絵画科を卒業。「集団・版」のグループ展、現代日本美術展に発表を続け、1971年同美術展でコンクール賞、翌年ジャパン・アート・フェスティバルで大賞、以後もクラコウ国際版画ビエンナーレ展や、東京国際版画ビエンナーレ展など、国内外の版画展に多数出品し各賞を得る。1975年、関根伸夫と日本縦断展を全国30ヵ所で行う。1980年には文化庁在外研修生として欧米に1年間留学した。島の作品には、黄色に塗装した団地の外壁に黄色い布団を干したり、河原の石1万個に印刷し再び川に返す、また地面や新聞紙に泥の版画を刷るなど、日常的な物質による表現と物質そのものの関係を探るもの、映像の物質性や版画の可能性を探るものが多い。それによって、内面的な「個」と普遍性(世界)とのつながりを見出そうとした。
2018年7月24日死去。
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今春、現代版画センター(1974〜1985)の全活動の軌跡を追った展覧会が埼玉県立近代美術館で開催され、時代に先駆けた島州一先生の作品の斬新さに多くの若い人が注目してくれました。
北海道から九州まで全国の行商に伴走してくださり、多くの版画作品を制作してくださった島州一先生に深い感謝をささげ、ご冥福を祈る次第です。
ありがとうございました。

●本日のお勧め作品は島州一です。
DSCF2415_600島州一「
1974年
シルクスクリーン
30.0×28.0cm
Ed.100  サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


●ときの忘れのは8月11日(土)〜20日(月)まで夏季休廊中です。

ときの忘れもの・拾遺 第8回ギャラリーコンサートのご案内
日時:2018年9月12日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造、山川節子
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは第302回企画◆吉田克朗 LONDON II 1975を開催します。
会期:2018年8月24日[金]―9月8日[土] 11:00-19:00※日・月・祝日休廊
吉田克朗(1943-1999)は「もの派」の中心作家として物性の強い立体作品を制作する一方、風景や人物のスナップ写真を使ったシルクスクリーン(後にフォトエッチング)による版画を精力的に制作しました。本展では『LONDON II』シリーズなど1975年の作品をご紹介します。
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●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18〜24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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