倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」 第7回

倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」

第7回 停泊させられた船 イムーブル・クラルテ


倉方俊輔(建築史家/大阪市立大学准教授)


画:光嶋裕介(建築家)
原画

 船のメタファーに、彼はなぜこれほど執着したのだろうか。最小限であること、動くこと、組み立てられていること、共同体であること。あるいは、水に触れること、水平線から顔を出していること、国境から自由であること、規格化されながら一品生産であること。
 第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期、石炭から重油へと燃料が変わって大型化した客船はさまざまな建築家たちにイメージを提供した。中でもル・コルビュジエの関心はほかにない次元だった。表面に流線型を用いるといったような直喩ではなく、多義的に建築の本質を揺らがせる隠喩(メタファー)として、挑戦を推進する内燃機関の一つとなった。
 1932年、スイスのジュネーブに姿を見せたイムーブル・クラルテは、そのかつてない達成である。9階建ての中に50戸の住宅や店舗などを納めた建物は、彼が実現した最初の本格的な鉄骨構造だ。
 コルビュジエは従来の建築の「つくり」だけでなく、「つくりかた」も問題の俎上に載せていた。これまでの連載では前者、つまり建築の構成に光を当ててきた。だが、後者の構法も問うていたことは言うまでもない。1914年に考案されたドミノシステムが初期の代表的なものだ。鉄筋コンクリートで水平な床と柱をつくる。その概念図に階段は描かれているが、窓も壁もない。別に階段だって、この位置になくても良さそうなものだが、規則的な根太のピッチに合わせて提案している。構造から解き放たれた窓や壁はどんな形でも取れ、階段も建築的プロムナードを構成するといった自由な「つくり」よりも、ここでは「つくりかた」に関心がある。構造とそれ以外という順序立ての問題なのだ。ドミノシステムは第一次世界大戦が始まって数カ月で、戦後復興のために考案されたという。当初、戦いは数カ月でかたがつくと両陣営の大多数が考えていた。にもかかわらず、長期化し、甚大な犠牲を払った大戦の後、コルビュジエの関心は、体験の集積による構成という「つくり」の方に向かっていったように見える。
 機会に恵まれなかったということがある。1925年にパリで開かれた現代産業装飾芸術国際博覧会に出品されたヴォアザン計画は鉄骨造で構想された。ヴォアザンの名は、資金の一部を提供したガブリエル・ヴォアザンにちなんでいる。第一次世界大戦中に航空機製造で成功した人物であり、大戦後は自動車の製造に軸足を移した。
 19世紀後半から20世紀初頭にかけて、新しい「つくり」と「つくりかた」を展開してみせたのは鉄材だった。クリスタル・パレス(1851)やエッフェル塔(1889)が建ち、ヴィオレ=ル=デュクは鉄による構法が彼が信じるゴシック建築と同様に真実性の高い構成を可能にすることを著作を通じて流布させた。だが、第一次世界大戦中の鉄材の高騰は鉄骨造建築の可能性をゼロに近づけた(※1)。そんな中でもコルビュジエは鉄骨による乾式工法の研究に励んでいた。ヴォアザン計画もその一つだった。鉄筋コンクリートに対して、より規格化され、順序立てられた構法を視野に入れていたのだ。

*****

 イムーブル・クラルテは好機到来。クライアントであるエドモン・ヴァーネルは、ジュネーブの企業家で金属製造業を営んでいた。コルビュジエの規格化のアイデアに賛同し、この賃貸住宅の開発を手掛けただけでなく、彼自らが施工を受け持ち、技術的な実現を助けた。
 現在、訪れて目にした光景は楽しげだ。見た目の開放感は、多くの住戸がメゾネット形式であることにも由来している。東西方向に細長く、2層分のガラス窓が連続する中で、テラスの手すりは低く一直線に見える。いかにも鉄材であるように薄く、住戸間の仕切りも線による構成で、部材の集積でつくられている様子が強調されている。
 より根底的な開放感は「つくりかた」が目に見えていることによるだろう。窓の日よけが思い思いに開いて、生活の雰囲気が外に現れる。南側の1階部分にはガレージが並んでいて、鉄板を跳ね上げた奥に車が格納される。即物的な素材と即物的な行動が、全体の見た目をつくり出す。同じ船に乗る共同体としての意識が建築化されたのだ。鉄骨の接合は当時一般的なリベットではなく、溶接によって行われた。金属加工に通じたクライアントのおかげで、技術的にも船に追いつくという夢が実現した。
 階段も、もう一つのコルビュジエを見せている。平面としては東西方向に二分され、左右対称に2つ配置された共用階段かエレベーターで各住戸に入るようになっている。階段は単純な折り返しのつくりで、手すりもパイプを曲げたもの。変化に富んだ動線や手すりは、ここに導入されることはない。その代わりに最小限のスペースで連なり、積層の居住を可能にする理想の船の階段が設計されている。階段の脇に吹き抜けがあり、最上部に天窓が開く。階段も廊下も床がガラスブロックだ。上からの光がまばゆい。設計者は垂直の空間構成と明快な部材構成にスポットライトを当てている。1920年代を中心にコルビュジエが求めていた建築の無重力が、ここでは美学の助けを借りなくても、構法的な種明かしで達成されている。あっけらかんと、楽しげに。
 上がった先は広い屋上である。地平線からはるかに顔を出し、光を浴びて長椅子でくつろぐ女性の姿を作品集は捉えている。イムーブル・クラルテはコルビュジエの作品集第2巻の中で最も、人物が入った写真が多く掲載されている作品となっている。床から天井までのガラスからの光を受けて佇む子ども。テラスの椅子でくつろぐ父娘をサッシを開けた室内から見る母。装飾のない半透明のカーテンやテラスの庇が光線を調整している様子。鉄骨の柱は室内にむき出しになっている。コルビュジエは壁紙の色見本を用意し、住民が選択できるようにした。可動式間仕切りやつくり付け設備が準備され、コンパクトに暮らせるようにした。彼の常として水周りには特に配慮された。住まいを所有するのではなく、借りて選べることの自由が、物が配列された写真に現れている。同様の軽やかさが現在も感じられる。部材の構成も使われ方も透明で、大地に錨を下ろしていない感覚は、21世紀の今の社会のありようにいっそう共鳴しているのではないだろうか。
 とはいえ、現在の変わらず幸せであり続けているような姿は、困難を乗り越えたものである。新規の技術を用いたため、建物はすぐに大規模な修復を必要とした。1970年代初めには取り壊しの危機が生じ、当地の2人の建築家が建物を取得することで辛うじて救われた。1986年に歴史的記念物となり、2007年から2009年の本格的な復元工事を経て、今つくられたかのような軽快な姿を見せている。2016年、国境から自由であるというコルビュジエのインターナショナリズムを示す作品の一つとして世界文化遺産に登録された。

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イムーブル・クラルテ
竣工年│1932年
所在地│2 et 4, rue Saint-Laurent Genève,Suisse
(撮影:倉方俊輔)
店舗の部分は立ち入り可能。毎年9月の文化遺産の日の期間中は内部が公開される

*****

 だが、建築は動かない。イムーブル(Immeuble)は建物、不動産の意味。家具(meuble)とは違って、動かせない。その名を受け入れたコルビュジエだ。そんなことは分かっている。だから一層、船のメタファーが開花することも。
 どこでも可能なことと、ここでしかできないこと。イムーブル・クラルテは組み立てと着地とが互いの効果を高め合っている。2つの階段・エレベーターに対応して、2つのホールが1階に設けられている。高くくっきりと開いた北側のエントランスは打ち放しコンクリートで、反対側のガラスブロックに落ちる天窓からの明かりをのぞかせながら、この地面に接続する場所であることを明示している。先が行き止まりになった北側の小道はここに引き込まれ、意味が与えられる。店舗として用意された円形の張り出しも同様に、街路のいびつな交わり方を正当化する。浮いたような上部は、この1階部分でまちに停泊しているのである。そして、張り出しは上部に、船の甲板のようなテラスを生み出す。岸壁は船上でもあるかのように、メタファーに加担する。
 イムーブル・クラルテはどこにでも、あるいは、どこかで可能な漂泊する技術のサンプルである。同時に周辺の伝統的な建物にも増して、この都市のつくりに結び付けられた建築でもある。設計はいくぶん現実的なヴァーネルの意見も受け入れて進められた。そのことが良い建築を生んでいるのは確かだ。
 第一次世界大戦の勃発時にコルビュジエが夢見ていた技術的な新たな構築物は、現実に着地することができた。決して理想へと行き着けない運命は美学的に示され、なおさら感慨を呼ぶ。
 しかし、このような即物的ロマンティシズムは、いつまで可能なのだろうか。再びの大戦が迫っていた。コルビュジエももう若くはなかった。自らが悪を引き受けない、停泊させられた理想という悪いスタンスも、そのままではもう続けられないだろう。

※1…山名善之「ル・コルビュジエと鉄」『建築文化』1996年10月号、p.180-183

くらかた しゅんすけ

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

表紙
『建築ジャーナル』
今年の『建築ジャーナル』誌の1月〜12月号の表紙を光嶋裕介さんが担当することになりました。
テーマはル・コルビュジエ。
一年間にわたり、倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」と光嶋裕介さんのドローイング「コルビュジエのある幻想都市風景」が同誌に掲載されます。ときの忘れものが企画のお手伝いをしています。
月遅れになりますが、気鋭のお二人のエッセイとドローイングをこのブログにも再録掲載します。毎月17日が掲載日です。どうぞご愛読ください。

●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
20170817_03
光嶋裕介 "幻想都市風景2016-03"
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm   Signed
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会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_
白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


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柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
長年クリストとジャンヌ=クロードのスタッフをつとめてきた柳さんが、世界各地で実現された大規模なプロジェクトを紹介しながら、短期間しか存在しない作品を、アーティスト自身がいかに記録に纏めていったかを、参考映像を交えて語ります。
*要予約/参加費1,000円
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岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第5回

岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」

第5回
 一旦は帰国するパイクさんに、約束の金銭を準備しなければならない。その日が刻々と迫っていたそんなある日、こころ当たりの友人を頭に描きながら自宅への帰りすがら、行き付けの酒屋へ立ち寄り、コップ酒をあおっていた。ふと、銀行はなかなか金を貸さないねえ、などと世間話をしていたら、酒屋の主人が、どの位の金額か?と聞くではないか。渡りに船かなと邪まに思わぬでもない。200万位というと、主人は私が保証人になってあげるからと言う。この街にすむようになって数年、普段から付き合いがあるといって、彼にナムジュン・パイクという一度も耳にしたこともないアーチストに支払うのだ、と告げるにはやや抵抗があった。酒屋の主人の度量は、はるかにそれを越えるもので、さらに私を驚かせたのは、酒屋の主人は町の信用金庫の理事でもあったのだ。
 無事200万円を手にした私は、パイクさんと会うために東京のホテルのロビーで待ち会わせ、全額を渡した。パイクさんはその金を無造作に上着の外ポケットへ突っ込んだ。思わず「内ポケットへ入れた方がいいですよ」叫んでしまったが、彼は悠然と「そうね。でもね、お金は内ポケットの方が掏りにやられ易いよ」とまるで他人事なのであった。言われるまでもなく、パイクさんが札束を丁寧に内ポケットへしまう姿は、あまり似合いそうもない。私の工房では金銭の工面とは関係なく、終わりの局面に差し掛かっていた。全部4色分解で刷ることになり、シルクスクリーンでは普通敬遠される、100線という細かい網のものを使った。新聞紙上の網分解は60線ぐらいだから、それよりもはるかに密度が高いために、印刷も困難を極めることとなった。パイクさんの再来日(サイン入れのため)の日程にあわせて、工房では毎日が格闘技の連続であった。

2006年 5月(未完)
おかべ とくぞう

・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第1回
・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第2回
・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第3回
・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第4回

パイク002
ナム・ジュン・パイク
「墓椅子 ボイス」
1984年
シルクスクリーン 1版1色
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
52.5x41.5cm
アルシュ紙
Ed.75  サインあり

パイク022パイク017


パイク023パイク021
ナム・ジュン・パイク
「A TRIBUTE TO JHON CAGE」
1978年
シルクスクリーン各4版4色
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
任天堂カード 52枚セット
Ed.250  

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ナム・ジュン・パイク Nam June Paik 白南準(1932年7月20日 - 2006年1月29日)
1932年日本統治下の韓国京城(ソウル)に生まれる。1949年朝鮮戦争の戦禍を逃れて香港に移住、その後日本に渡り東京大学文学部美学美術史学科を卒業。西ドイツへ渡りミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。ジョン・ケージと知り合い大きな影響を受ける。1961年フルクサス運動の創始者ジョージ・マチューナスと出会い、以後、フルクサス運動の中心的存在として活動。1963年テレビ画面を磁石で操作した世界初のビデオ・アート作品を発表。
1964年アメリカに移住。パフォーマンス「ロボット・オペラ」をシャーロット・モーマンと共演する。1977年ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚する。1993年第45回ヴェネチア・ビエンナーレにドイツ館代表として参加、金獅子賞を受賞。1998年京都賞受賞。2000年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展開催。2006年マイアミの自宅で死去、享年73。

P01
秦野の岡部版画工房にて
パイク(右)と岡部徳三(左)

P02


P03


P4



岡部徳三(おかべ・とくぞう 1932〜2006)
版画刷り師。東京都出身。1964年岡部版画工房を設立。日本のシルクスクリーン版画刷り師の草分けとして、靉嘔オノサト・トシノブ草間彌生横尾忠則をはじめ、多くの現代作家たちの作品を手がけた。ジョン・ケージナム・ジュン・パイクジョナス・メカスなど版画に縁の無かった作家達にも積極的にアプローチして彼らの版画誕生に寄与し、美学校のシルクスクリーン教室の講師としても石田了一はじめ多くの英才を育てた。

*画廊亭主敬白
「おまえさんはもう少し落ち着いていなけりゃあ」
今でも亭主の性急さを諌める岡部さんの声が聞こえてくるようです。
岡部さんは刷り師としてはもちろん第一級の職人でしたが、自ら版元となり、多くの作家たちに版画をつくらせることを生涯の仕事としていました。
しかし、ジョン・ケージ、ナム・ジュン・パイクはもとより、あの草間彌生の版画でさえ、岡部さんの生前には売れなかった。蔵がたつどころか資金繰りに悪戦苦闘したあげく、パイクの後を追うように亡くなった直後から草間ブームに火がついたのは何とも皮肉でした。
今回、未完のエッセイの再録を許可してくれた岡部版画出版の牧嶋さんはじめ岡部さんの後を守ったスタッフの皆さんに心より御礼を申し上げます。
牧嶋さんからは、貴重な1978年のギャルリーワタリの案内状まで提供していただきました。
掲載された 靉嘔先生のメッセージも再録させていただきます。

20170816_ワタリ
「NAM JUNE PAIK A Tribute to John Cage」
案内状
1978年5月15日[月]〜5月30日[火]
ギャルリーワタリ

20170816_ワタリ裏


「隣人 Paik」 APR.17'78  靉嘔
1963年代初めNEW YORKのCANAL st.に住み始めた頃から、今では110 MERCER st. の5階がPaik 4階が私というように、Paikは今もずうっと私の隣人です。
しかもPaikは隣人以前、出合い以前からのFluxの仲間として、そのころからヨーロッパで世界中の若いアーチストから注目されていました。
昨年夏のNEW YORKでの夕涼みの会話でした。
Paikがぽっつりといいました。「《スターウォーズ》を見た?」。
そくざに私は答えました。「Paikのロボットの方がうんといいよ」と
アメリカかにやって来た最初から現在までも彼はコンセプトのみをもってニューヨークに切り込んで来ました。
あのころコンセプトのみによって作られたPaikのロボットはグリニッチビレイジの公園で10歩ほど歩くとばったりと倒れるという具合でした。
今や歴史家は歴史書に15年も前のこのPaikのロボットを写真入りで明記しなければならなくなったと思います。
それからPaikはTVの中に彼の全べてをのめり込ませて行ったのです。
何百台かのTVが彼によってこわされつづけました。
そしてそのたびに何百倍かの新しいTVが創造されつづけて来たのです。
ジョンケージが彼の微笑と共に私達に示した新らしい道にもおとらない新世界をPaikも示し始めたと私には思われます。
今年はヨーロッパでの数々の大展覧会が彼をまっているようです。
その様子を彼に聞けるのを楽しみにしています。
私はすばらしい隣人にめぐり会えて幸福です。
*「NAM JUNE PAIK A Tribute to John Cage」案内状(1978年、ギャルリーワタリ)より転載

1978年の時点で果敢にもパイクの展覧会を開いた和多利志津子さんの慧眼にはあらためて敬服します。


●今日のお勧め作品は、ル・コルビュジエです。
20170624_corbusier_30ル・コルビュジエ
《雄牛#6》
1964年
リトグラフ
イメージサイズ:60.0×52.0cm
シートサイズ:71.7×54.0cm
Ed.150
サインあり

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会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_
白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


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柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

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野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第37回

野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」 第37回

ときの忘れものさんの移転お披露目会、ART OSAKA

先月7日は、移転されたときの忘れものさんのお披露目会に行くために日帰りで東京へ、建築家の阿部勤さんの設計された素晴らしい建築で、階段を上りながら作品を観る感覚はギャラリーというより小さな美術館のようでとても新鮮でした。

DSC_5977ときの忘れもの移転お披露目会にて


DSC_5958


綿貫さん曰く、作品によってはコンクリートの壁面に負けてしまうから、何を展示するのかギリギリまで悩んで大変でしたとの事でしたが、僕の作品に関しては、コンクリート壁に箔画は負ける事無く相性は良いように思ったのと、自然光が多く入るこのスペースならば箔の画面はきっと美しく輝くはずなので、来年開催させて頂く予定の個展が楽しみになりました。

7月7〜9日に開催されたART OSAKAにNii Fine Artsさんの部屋から出展させて頂きました。
11月末に京都個展をひかえている関係で、今回は作品数は少なかったのですが、
いつもこのホテルグランヴィア大阪での展示は日中自然光で輝く作品を観て頂く事ができるので嬉しくて、シンプルでも存在感のある展示ができたのではと思っています。

ART OSAKA展示風景1ART OSAKA展示風景


ART OSAKA展示風景2


ART OSAKA展示風景3


ART OSAKA展示風景4


昨年に続き、今回もART OSAKA用に画家の稲田早紀さんとのコラボレーション作品を一点制作しましたが、二回目という事で二人共少し慣れ、前回よりもクオリティを上げられた良い作品を作る事ができました。

稲田早紀さんとのコラボ作品「ひかりのこ」稲田早紀さんとのコラボ作品「ひかりのこ」


普段自分の作品制作に精一杯なのと、元々コラボレーションというものにあまり興味が無く、今後もよほど作りたいと感じない限りは積極的にする気は無いのですが、いつもと違うきっかけで新しい表現に繋がるという事は今までも数年に一度はありました。

Infinite#1野口琢郎
「Infinite#1」
2009年
箔画
37.9×45.5


例えば画像の作品、2009年作の「Infinite#1」(37.9×45.5)です。
この作品はまだ個人のお客様からの受注制作をお受けできていた頃、とある方に詩集の表紙用に海を描いて欲しいという依頼で、その方は波の表現に強いこだわりをお持ちで、何とか野口さんなりの新しい海の表現を見つけて欲しいとの事でしたので、かなり悩みましたが、その中で初めて箔を針で引っ掻いて波を描く事を思いついた、今に繋がるきっかけになった大事な作品です。
はっと思いつき、水を得た魚のように勢い良く針を動かしたあの時の感覚は今でもはっきり覚えています。

普段の作品制作の中でも、常に何か新しいものをと毎日試行錯誤はしていますが、苦しんでも何も出ない事の方が多くて、自分の思い付く事には限界があるので、柔軟な頭で、色々な人や芸術作品、旅などから刺激を受けつつ進化していければと思います。

ただ、今年は後厄年でやっと無事に抜けられると思っていたら、日常生活の中で色々な事が起きて集中力が分散してしまう事が多いのですが、集中力って胡麻のような粒を一粒一粒拾い集め、蓄積していくもののような感覚があって、若い頃は日々の出来事の振動ですぐに手のひらから弾け飛んでしまっていたけど、少し歳をとったお陰で全部弾けずにある程度は握りしめられるようになったのかと思っています、まだまだ甘ちゃんですが、がんばります。
のぐち たくろう

野口琢郎 Takuro NOGUCHI(1975-)
1975年京都府生まれ。1997年京都造形芸術大学洋画科卒業。2000年長崎市にて写真家・東松照明の助手に就く。2001年京都西陣の生家に戻り、家業である箔屋野口の五代目を継ぐため修行に入る。その後も精力的に創作活動を続け、2004年の初個展以来毎年個展を開催している。

●今日のお勧め作品は野口琢郎です。
20170815_noguchi_23_HANABI-9野口琢郎
「HANABI #9」
2011年
箔画(木パネル、漆、金・銀・プラチナ箔、石炭、樹脂、透明アクリル絵具)
91×72.7 cm
サインあり

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◆「今週の特集展示:白南準(ナム・ジュン・パイク)と文承根(ムン・スングン)
会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_
白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


ギャラリートークのご案内
柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
長年クリストとジャンヌ=クロードのスタッフをつとめてきた柳さんが、世界各地で実現された大規模なプロジェクトを紹介しながら、短期間しか存在しない作品を、アーティスト自身がいかに記録に纏めていったかを、参考映像を交えて語ります。
*要予約/参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
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●同時に8月29(火)〜9月9日(土)「特集展示:クリストとジャンヌ=クロードを開催します。ご期待ください。

夏季休廊のお知らせ
ときの忘れものは8月20日(日)〜8月28日(月)まで夏季休廊となります。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第4回

岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」

第4回
 わたしたちスタッフは、少ない日程で最良の仕事を望んだ。打ち合わせをしたといってもイメージの交換をしただけだから仕事はむしろぶっつけ本番そのもの。渋谷にあったSONYのスタジオで、パイクさんとわれわれスタッフは、ジョン・ケージ、アレン・ギンズバーグ、マーシャル・マクルーハンなどといったビデオに登場する人たちの、シンセサイザーの画像をひたすら見た。誰かが締麗だという嘆息もらすと、テープを操作しているパイクさんの指が止まり、カメラの野村君が早いシャッターを押す。パイクさんはテープを操作しながら、マクルーハンをとうとうと喋りつつ、自分は朝が弱いから明日は午後からにしない?、とねじこむ。こうしてスタジオには二日通い、200枚位は撮っただろう。
 その後も何度か昼食を一緒にとりながら打ち合わせは執拗に続いた。昼食は彼の糖尿病もあって大抵すし屋で過ごす。彼の版画に対する関心と糖尿病と金欠の話は日ごとに高まっていくようだった。
 私は撮影したフィルムを製版所に持ち込み、なんとか安くならないかとかけあったが、勉強しましょうといわれた請求書の数字はなにも変わっていなかった。超ど級で差し迫った問題は、彼に対する契約料の支払いが差し迫っていることだ。契約は十種類の版画をつくること。一種類について1,000ドルを支払うという内容のもので、全部で10,000ドルになる。日本円で200万円渡すことになっていたから、当時は1ドル200円位のレートだったのだろう。当時こそ健全であった弊社の経営状態でも、銀行はなかなかうんと言わないのであった。
おかべ とくぞう

・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第1回
・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第2回
・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第3回

パイク018

ナム・ジュン・パイク
「ハート」
1978年
シルクスクリーン1版1色
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
21.3x51.5cm
MO紙
Ed.75  サインあり

パイク020
ナム・ジュン・パイク
「TVニュース」
1984年
リトグラフ 1版1色
23.1x29.0cm
オフセットリーブ紙
台紙へ貼付
Ed.75  サインあり

パイク_ポスター のコピー出品No.6)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《ポスター》
ポスター
84.0×57.0cm

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ナム・ジュン・パイク Nam June Paik 白南準(1932年7月20日 - 2006年1月29日)
1932年日本統治下の韓国京城(ソウル)に生まれる。1949年朝鮮戦争の戦禍を逃れて香港に移住、その後日本に渡り東京大学文学部美学美術史学科を卒業。西ドイツへ渡りミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。ジョン・ケージと知り合い大きな影響を受ける。1961年フルクサス運動の創始者ジョージ・マチューナスと出会い、以後、フルクサス運動の中心的存在として活動。1963年テレビ画面を磁石で操作した世界初のビデオ・アート作品を発表。
1964年アメリカに移住。パフォーマンス「ロボット・オペラ」をシャーロット・モーマンと共演する。1977年ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚する。1993年第45回ヴェネチア・ビエンナーレにドイツ館代表として参加、金獅子賞を受賞。1998年京都賞受賞。2000年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展開催。2006年マイアミの自宅で死去、享年73。

P05
渋谷のSONYのスタジオにて
モニターを見ながら機械を操作するパイク(中央)と岡部徳三(右)

P06


P07


岡部徳三(おかべ・とくぞう 1932〜2006)
版画刷り師。東京都出身。1964年岡部版画工房を設立。日本のシルクスクリーン版画刷り師の草分けとして、靉嘔オノサト・トシノブ草間彌生横尾忠則をはじめ、多くの現代作家たちの作品を手がけた。ジョン・ケージナム・ジュン・パイクジョナス・メカスなど版画に縁の無かった作家達にも積極的にアプローチして彼らの版画誕生に寄与し、美学校のシルクスクリーン教室の講師としても石田了一はじめ多くの英才を育てた。

◆「今週の特集展示:白南準(ナム・ジュン・パイク)と文承根(ムン・スングン)
会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_
白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


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オノサト・トシノブ「丸の分割」から「銀河」へ

オノサト・トシノブ先生が亡くなって30年余りが経ちました。
バブル崩壊の余波もあって長い間、市場での評価は低迷していました。
生前は山口長男とともに日本の抽象画を代表する作家として、また南画廊の作家として一目も二目も置かれていたのに、オノサトファンとしては悔しい日々が続いてきました。
ところが、ここ数年、市場での評価が復活高騰しています。

油彩小品、水彩、版画大作「銀河」などが入ってきたので、ご紹介します。

04オノサト・トシノブ
二つの丸 黒と赤
1958年
油彩、キャンバス
16.2x23.2cm
サイン・年記あり

昔から人気なのは50年代の「ベタ丸の時代」。
しかし「ベタ丸の時代」は僅か5年ほどで終わってしまいました。従って作品数も少ない。

オノサト・トシノブ_水彩1963_600オノサト・トシノブ
「作品」
1963年
紙に水彩
19.3×28.5cm
サイン、年記あり

1963年という時期は、「ベタ丸の時代」が終わり、60年代の「丸の分割の時代」に入り、大きな丸(円)の中を、精緻な正方形で分割する作品が頂点に達した年です。
その前年の1962年に久保貞次郎先生に南画廊の志水楠男さんを紹介され、同年3月南画廊で個展を開催します。
60年代は「丸の分割、曼荼羅」スタイルの時代であり、同時に南画廊の志水さんとの蜜月時代でした。
その絶頂が、1964年の第32回ベニス・ビエンナーレ、1966年第33回ベニス・ビエンナーレへの連続出品でした。志水さんとしても、世界の舞台に<南画廊のオノサト>をアピールする重要な機会でした。
この二度のベニス・ビエンナーレに出品されたのが「作品100−A」という大作(130×162cm)で現在はPL教団が所蔵していますが、画面いっぱいに描かれた大きな円の中を小さな正方形が埋め尽くすスタイルの最も良質な作品です。

上掲の水彩作品は、ベニス・ビエンナーレ出品作の制作に没頭していた時期のもので、絵の構成は「作品100−A」に共通しています。
水彩の透明感が強調され、油彩より一層「丸の分割」が鮮やかに見えてきます。

onosato "Silk-2"
1966年
シルクスクリーン
31.0×40.0cm
Ed.120 サインあり
*レゾネNo.20


002_オノサト・トシノブオノサト・トシノブ
「Silk-10」
1967年
シルクスクリーン
50.0x50.0cm
Ed.150
サインあり

オノサト絵画のコレクターとして有名だった藤岡時彦さんが2005年3月に桐生の大川美術館で開催された「オノサト・トシノブ展ーー織都・桐生に生きた抽象画家ーー」図録に<オノサト芸術の時代区分>として、その画業を六期に分けてそれぞれの時代の特徴を論じています。
(詳しくは同図録を参照してください)
第1期 戦前の模索時代(1931〜1942)
第2期 戦後の模索時代(1949〜1954)
第3期 ベタ丸の時代(1955〜1959)
第4期 丸の分割の時代(1960〜1968)
第5期 多様化の時代(1969〜1980)
第6期 総合の時代(1981〜1986)

ブログ7月24日_2_600
1978年3月15日
桐生のアトリエにて
オノサト・トシノブ先生


286オノサト・トシノブ
「波形の十二分割」
1980年
油彩、キャンバス
10.0x10.0cm
裏面にサインあり

丸の分割が行き着くところまで行き、1969年からは藤岡さんの言う「多様化の時代」が約10年続きました。南画廊の志水さんと袂を分かってからの失意と模索の時代といってもいいかも知れません。
亭主が初めてオノサト先生のアトリエを訪ねたのはこの時代でした。

最晩年となる「総合の時代(1981〜1986)」には、色彩は明度を取り戻し、華麗な画面に大転換します。
下にご紹介するシルクスクリーンによる「銀河」は亭主が手がたオノサト版画の中でも最も大判で、最晩年を飾るにふさわしい力作と自負しています。
20170806_オノサト
オノサト・トシノブ「Galaxy」
1981年  シルクスクリーン
イメージサイズ:43.7×100.0cm
シートサイズ:54.8×111.0cm
Ed.150   サインあり
※レゾネNo.174

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白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


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岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第3回

岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」

第3回
 彼は言葉を選ぶように、金大中(ノーベル平和賞の韓国元大統領)とKCIA(韓国情報部)とか朴正熙(時の大統領)など、断片的にしか聞こえないような話し方をした。いつもそうだが、わたしは彼が小声で喋るときの日本語を十分に聞き取れない。他の人はどうなんだろうか。およそ彼の言っていることを要約すると、韓国外交部は、外国から日本へ入国する政治、経済、文化の知識人をマークしているということらしい。金大中事件では、反目する元金大統領候補(当時)を日本で拉致して、本国に抑留中という社会背景を考えると、彼が怖れるのも無理はない。しかしです。それなら我々も隠密にやろうじやないですかと、しぶる彼からいま会いたい友人を何人かあげてもらったのである。
 おかしなもので、隠密にという言葉が身に浸みこむようになると、会場選びにも影響して、この店は明るすぎるとか、広すぎるとかで会場がなかなかきまらない。新しくスタッフに加わったビデオカメラマンの手塚君が、靖国通りと明治通りが交差する所に、半地下の紫煙がこもる古い店を見つけてきた。すくなくとも外国からの客を迎える場所としてはふさわしくないが、私たちはなぜか隠密にという、くすぐったいような感覚に煽られて、その店を予約したのであった。
 わたしはパーティを知らせるため電話を掛けまくった。相手は、誰もがびっくりしたようで「えっ、パイクさんだって?。いま日本にいる?それ本当?」から始まって、ところでいったいあなたはだれ?と詰問する人まで、さまざまな反応にこちらがびっくりしたものだ。パイクさんの歴史の一頁にいま立ち会っているのかと思うと。わたしまでが興奮するのであった。宴が無事に終わったのは言うまでもない。
おかべ とくぞう

・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第1回
・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第2回

パイク013パイク014
ナム・ジュン・パイク
「心」
1978年
シルクスクリーン各1版1色
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
色紙 27.2x24.2cm
2枚貼合
Ed.75  サインあり

パイク011パイク012
パイク007パイク008
パイク005パイク006
パイク003パイク015
パイク016
ナム・ジュン・パイク
「UNTITLED」
1978年
シルクスクリーン 5版5色
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
各30.0x39.3cm
9枚セット
BFK紙
Ed.75  サインあり
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ナム・ジュン・パイク Nam June Paik 白南準(1932年7月20日 - 2006年1月29日)
1932年日本統治下の韓国京城(ソウル)に生まれる。1949年朝鮮戦争の戦禍を逃れて香港に移住、その後日本に渡り東京大学文学部美学美術史学科を卒業。西ドイツへ渡りミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。ジョン・ケージと知り合い大きな影響を受ける。1961年フルクサス運動の創始者ジョージ・マチューナスと出会い、以後、フルクサス運動の中心的存在として活動。1963年テレビ画面を磁石で操作した世界初のビデオ・アート作品を発表。
1964年アメリカに移住。パフォーマンス「ロボット・オペラ」をシャーロット・モーマンと共演する。1977年ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚する。1993年第45回ヴェネチア・ビエンナーレにドイツ館代表として参加、金獅子賞を受賞。1998年京都賞受賞。2000年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展開催。2006年マイアミの自宅で死去、享年73。

P01
秦野の岡部版画工房にて
パイク(右)と岡部徳三(左)

P02


岡部徳三(おかべ・とくぞう 1932〜2006)
版画刷り師。東京都出身。1964年岡部版画工房を設立。日本のシルクスクリーン版画刷り師の草分けとして、靉嘔オノサト・トシノブ草間彌生横尾忠則をはじめ、多くの現代作家たちの作品を手がけた。ジョン・ケージナム・ジュン・パイクジョナス・メカスなど版画に縁の無かった作家達にも積極的にアプローチして彼らの版画誕生に寄与し、美学校のシルクスクリーン教室の講師としても石田了一はじめ多くの英才を育てた。

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朋有り、スイスより来る

このブログの一番人気は昨日10日更新の杉山幸一郎さんのエッセイですが、ピーター・ズントー事務所にも夏休みがあるらしく、スイスから杉山さんが帰国されました。

RIMG0698
37度という猛暑の日、杉山幸一郎さんを囲み、ブログ執筆者の皆さんと近くのレストランでランチ。
左から三人目、お洒落な柳正彦さんのシャツに注目!
イッセイ・ミヤケです。

RIMG0694
右から大野幸さん、柳正彦さん、三上豊さん、杉山幸一郎さん、社長、亭主、尾立麗子

久しぶりの方あり、この日が初対面の方あり、でもお互いブログを読んでいるので、話題は直ぐ核心に。
この日は、柳さんのクリストのプロジェクトについてと、大野さんのベイルートにたこ焼き屋をつくる話で盛り上がりました。

こう毎日暑いと、誰もいらっしゃらないのではとやきもきする駒込生活ですが、おかげさまでお披露目以来、来廊者ゼロの日はありません。
「今週の特集展示:白南準(ナム・ジュン・パイク)と文承根(ムン・スングン)」を開催中ですが、嬉しいことに最初に買ってくださったのはこの近所にお住まいの初めての方でした。

ときの忘れものが近年出品している海外のアートフェアにはほぼ毎回パイク作品を持って行っていますが、画廊でまとまった展示をするのは久しぶりです。連日の猛暑にも拘わらずお客様にお越しいただき、ありがとうございます。

●展示作品のご紹介
paik_11_board出品No.1)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《作品》
油彩、木
136.3x75.7cm
Signed


paik_01_makuruhan
出品No.2)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《マクルーハンの肖像》
1978年
シルクスクリーン(2枚組)
Image size: 53.5×128.0cm
Sheet size: 57.5×132.0cm
Ed.75
Signed
paik_04_Ginsberg出品No.3)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《ギンズバーグ》(裏にも作品あり)
シルクスクリーン
61.5x76.0cm
Ed.75
Signed


paik_ginsberg_ura(裏面)


paik_02_aren出品No.4)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《アレン・ギンズバーグの肖像》
シルクスクリーン
73.8×62.0cm
Ed.75
Signed


7 のコピー出品No.5)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《UNTITLLED No.7》
シルクスクリーン
Image size: 30.0×39.0cm
Frame size: 44.0×47.0cm
Ed.75
Signed


パイク_ポスター のコピー出品No.6)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《ポスター》
ポスター
84.0×57.0cm


paik_06_tshirts出品No.7)
白南準(ナム・ジュン・パイク)
《プリントTシャツ》
2001年
Tシャツ
Image size: 22.5x20.2cm
T-Shirt size:73.0x81.0cm
Signed


moon_17出品No.8)
文承根(ムン・スングン)
《無題》
1976年
オフセット
Image size: 46.9×69.9cm
Sheet size: 63.5×89.9cm
Ed.30  Signed

moon_16出品No.9)
文承根(ムン・スングン)
《無題》
1977年
水彩、オフセット
Image size: 49.9×70.3cm
Sheet size: 63.2×90.4cm
Ed.20  Signed

moon_19出品No.10)
文承根(ムン・スングン)
《無題》
1977年
オフセット
Image size: 50.1×70.2cm
Sheet size: 63.2×90.4cm
Ed.20  Signed

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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●上掲の二人以外の作品も展示しています
20170805_akiba_02
2階へ上がる階段には、秋葉シスイ《次の嵐を用意している》(23)

akiba_31秋葉シスイ
《次の嵐を用意している》(23)
2016年
カンバスに油彩
97.0×145.5cm(P80号)
サインあり


RIMG0661
左)ナム・ジュン・パイク《作品》
右)ナム・ジュン・パイク《アレン・ギンズバーグの肖像》

RIMG0662
手前から)
文承根《無題》1977年 オフセット
文承根《無題》1976年 オフセット
文承根《無題》1977年 水彩、オフセット

RIMG0664
図書室内
左)ナム・ジュン・パイク《ギンズバーグ》
右)ナム・ジュン・パイク《マクルーハンの肖像》

RIMG0663
階段には、ナム・ジュン・パイク《UNTITLLED No.7》

RIMG0665
3階に上がる階段には、ナム・ジュン・パイク《プリントTシャツ》

RIMG0666
3階部分
左)靉嘔《作品》
右)関根伸夫《三角の波のproject》

ayo_21_work靉嘔
《作品》
1958年
油彩
32.0×41.0cm
サインあり


sekine_14_nami関根伸夫
《三角の波のproject》
1982年
銅版
60.0×45.0cm
Ed. 50
サインあり


RIMG0668


RIMG0667
同じく3階に、ジョナス・メカス《John and Anthony, Montauk sunset, August 1972》

mekas_26_John_and_Anthony_Montauk_sunsetジョナス・メカス
《John and Anthony, Montauk sunset, August 1972》
2000年
Type-Cプリント
イメージサイズ:30.5x20.3cm
シートサイズ :30.5x20.3cm
Ed.10
サインあり

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◆「今週の特集展示:白南準(ナム・ジュン・パイク)と文承根(ムン・スングン)
会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_
白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


ギャラリートークのご案内
柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
長年クリストとジャンヌ=クロードのスタッフをつとめてきた柳さんが、世界各地で実現された大規模なプロジェクトを紹介しながら、短期間しか存在しない作品を、アーティスト自身がいかに記録に纏めていったかを、参考映像を交えて語ります。
*要予約/参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●同時に8月29(火)〜9月9日(土)「特集展示:クリストとジャンヌ=クロード」を開催します。ご期待ください。

夏季休廊のお知らせ
ときの忘れものは8月20日(日)〜8月28日(月)まで夏季休廊となります。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第17回

杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」

第17回 ドイツの家具工場


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今回はドイツのシュタインハイム・アン・デア・ムル(Steinheim an der Murr)にある家具工場について紹介しようと思います。

この家具製作工場ルーカス シュナイト(Lucas Schnaidt)は1890年の創業から創業者家族での経営が3代続いた後、つい最近になってスイス老舗の家具メーカーであるホルゲングラルス(Horgenglarus)を保有していた元オーナーが買い取って経営を再スタートさせました。先代のオーナーは定年退職していく熟練職人を補充するように新入社員を採ってこなかったために従業員数は年々減っていき、かつてこの地域では“家具作りを学んだらルーカス シュナイトへ行く“とまで言われた老舗工場でありながら、現在従業員はそれぞれの部門を合わせても数名程度。僕たちが訪れた時は夏の休暇中だったこともあり、遠い昔に何かを置き忘れてしまった時のように、敷地内は閑散としていました。


img05


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軽いミーティングと食事をした後、現オーナーに製作工場を案内してもらいました。僕は家具デザインのようなことをした経験はあっても、大きな家具製作工場へ赴いて、どんな機材を使ってどうやって家具(例えば椅子)のパーツを切り出していくのか、具体的な製作方法と工程については詳しく知りません。椅子の脚部や、曲げ合板でできた座部が高く積み上げられた光景、ただ数え切れない量のクランプ(締め金具)が整然と並ぶ様子は見応えがあり、それだけでアーティストが設えたインスタレーションのようにも見えて素直に感動してしまう自分がいました。

よく知られているようにズントーは木工職人として父親の仕事場で数年間働き学んでいた経験があるため、工場内部の光景を見ると、“自分が学び働いていた頃と機材が大して変わっていない。経営再建にはまずこれらの機材を刷新し、加えて高性能CNCマシンなど大型機械の導入だな“と意見します。ベーシックな家具の製作に関して言えば、今まで通り旧式の単純動作をする機械で用は足りる。それでもこうして最新の技術をどんどん取り入れようとする姿勢は“職人的建築家ピーターズントー“という文脈でレッテルを貼って彼を理解しようとすると、少し違和感が覚えるかもしれません。もしかしたら多くの人にとって意外なことかもしれませんが、彼は実用的なことに対してはいつもとても柔軟に振る舞うのです。


img03
敷地内には切り出した余りの木材を保管し、時期によっては暖房器具の燃料とするために大きなサイロ(写真の赤色建物)があります。工場はそれら一部を除いて基本的には平屋建てです。この建物がある周辺敷地一体は工場地帯で、周りには80年代に建てられたと思われる複層階の工場があります。この建物だけが白い外観を持ち低層であり、巧みな敷地内の配置計画であるために周りから際立っていました。


img02
工場の外観はいわゆるモダニズム建築と言ったところでしょうか。中に入って工具やら何やらがある一定の距離を持って整列・乱雑しているのを見ると、多くの職人たちが働いていた当時の面影を感じさせ、またいかにもドイツ製と見える重厚な仕様の機材が並ぶ光景と、工場自体の印象からノスタルジーを呼び起こすような雰囲気がありました。ありきたりな言葉で形容するなら、建物に入った瞬間、過去にタイムスリップしたような感覚が起こった、外でしとしと降る小雨のジメッとした臭いと周りの静寂とが、またその懐かしさを助長するのでした。

現オーナー曰く、この工場を獲得するにあたって最も考慮したことは、この地域の天気が良いことと、静かなことであったと言います。
(僕たちが訪れた当日は雨でしたし、静かであることは製造ラインがうまく働いていないことを意味するようにも思いましたが、そこは話の腰を折るところではないと判断して、もちろん黙っていました笑)

ともあれ、この工場に関わる様々なコンテクスト(工場敷地の環境、製作工場の状態、会社の歴史など)は新しく物事を始めるにあたって非常に魅力的で、僕自身も“こんな工場で自分のキャリアをスタートさせたいな“と心底思うほど心を踊らせるものでした。


img04
この工場のように空間に水平的な広さがあって天井がそれほど高くないと相対的に見て、上から圧迫されたような少し窮屈な印象になってしまいがちです。しかし、屋根天井に緩い勾配がついて少し高くなっているために、空間が膨らんだような緩やかな広がりをもたらしています。まず工場全体を走るメインの通路が二本あって、その窓側に作業スペースがある。こうした流動と停滞が隣り合わせになったような作業空間が何十メートルも続き生産ラインを形成しています。僕がとてもいいなと思ったのは、非常に合理的でありながら、合理的に計画したという意図を感じないところ。それはこの家具製作工場が、家具を量産するためにできた生産効率を第一の目的としたものではなく、“家具職人のアトリエ“の延長線上にあるからかもしれません。

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サンディングをして滑らかな手触りを完成させるところ。ここで最終的な肌触りが決定されます。

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ポルスター製作部門。型をもとにして切り出し、縫い付けがされていきます。

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ステイン各種。秤なしで経験から色を混ぜていくのでしょうか。


新しいオーナーは僕たちとの協働を皮切りにして、これからどのように会社を再建していくかに闘志を燃やしていました。次々と新しい事にチャレンジしていく面白い発想の人を間近に見ると、自然と自分にも力がみなぎってくる。それは一体なぜだろうと、いつもとても不思議に思ってしまいます。

実は今回ここに訪れた理由は、9月16日にブレゲンツ美術館でオープンする展覧会企画Dear to me- Peter Zumthor’s Weltのためにテーブルやソファといった家具をデザインしているからなのです。
その展覧会はブレゲンツ美術館20周年の節目に因んで依頼されたものですが、いわゆる建築家ピーターズントーをモノグラフィ的に振り返る“ドローイングと模型で構成された展覧会“ではありません。
地上階はバーを備え中央にステージがあり、そこではミュージシャンの演奏を聴きながらソファに座り、ゆっくりと時間を過ごすクラブ(日本でいう社交サロンのようなところ)。
一階は建築写真家として世界的に有名なヘレン ビネット(Hélène Binet)がギリシャ建築家Dimitris Pikionisによるランドスケープを撮影した写真と、作曲家オルガ ノイヴィルト(Olga Neuwirth)による約16mの帯からなるオルゴール。
二階はクールにある古書店のオーナーが所蔵する約4万冊の本を用いた図書館と読み聞かせの場所。小さな演奏会や講演会も行われます。そのための読書テーブルやスタンドランプも新調しています。
そして三階には日本でもよく知られているシュタイナー レンツリンガー(Steiner Lenzlinger )による展示。

この展覧会は、訪れる人がアートに出会い何かを感じ持ち帰るというよりは、そこで長い時間を過ごすことができ、毎日でも訪れたくなるような場所。日常の延長にあるような気軽さと、いや、いつもより少しだけおしゃれして出かけようと思わせるセミフォーマルさを合わせ持った、湖沿いの都市にある美術館イベントスペース。そんな場所になってほしいという思いが担当している僕にはあります。

近々、この展覧会のレポートもしていくつもりです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
〜〜〜〜
●本日のお勧め作品は、北郷悟です。
20170810_北郷悟
《野菊》
2008年
リフトグランドエッチング・ドライポイント・雁皮刷り
19.9×15.0cm
Ed.15
サインあり


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201708_
白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


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柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
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◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

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柳正彦〜「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間〜その1

「そこまでやるか、壮大なプロジェクト展」までの一年間


クリストとジャンヌ=クロード展示を担当して(Part-1)


柳 正彦

 ちょっと変わったタイトルの展覧会が、現在、六本木、東京ミッドタウン内の21_21 Design Sightで開かれている。クリストとジャンヌ=クロード、石上純也、淺井裕介、ダニ・カラヴァン、ジョルジュ・ルース、西野 達など、異なった分野で活躍する作家を集めたこの企画は、実は一冊の本がきっかで生まれたものだ。
 その本とは、クリストとジャンヌ=クロードの新プロジェクト、イタリア・ミラノ郊外のイゼオ湖を舞台にした『フローティング・ピアーズ』の準備活動を纏めた一冊。それが21_21のディレクターの一人、三宅一生さんの元に届けられたのは、昨年の5月末だった。
 数日後、私の「そこまでやるか」への関与が始まった。6月初旬に21_21のスタッフから、「送られてきた本を見た三宅が、新プロジェクトを 21_21 Design Sight で紹介したいと考え、まずは僕に連絡するようにと指示された」といった内容のメールが届いたのだった。ちなみに、クリスト、ジャンヌ=クロードとイッセイさんとは70年代からの親しい友人で、2009年のジャンヌ=クロードの死去の後、最初に追悼の展覧会を提案してくれたのもイッセイさんだった。

 具体化への第一歩は、6月7日だったと記憶している。イタリアでの『フローティング・ピアーズ』の完成、公開まで2週間を切り、私も数日後には現地へ向かうことになっていた時期だった。その場で伝えられたのは2つの私にとっての“難題”だった。一つは開催予定が2017年6月頃、つまり正味一年しか準備期間がないこと、もう一つは、やはり21_21で2010年に開催されたクリストとジャンヌ=クロードの展覧会とは、“異なった感じ”の展示としたい点だった。その時点で、私が答えられたのは、「私個人としては、できる限りの協力をするが、クリスト本人へ連絡し意向を確認するのは『ピアーズ』の展示期間が終わる7月中旬まで待って貰いたい。」程度のことだった。
 7月になり、クリストから、「21_21での再度の展覧会はとても嬉しいことだ。でも、『フローティング・ピアーズ』のドキュメント的な展覧会を17年の夏に開催するのは、時間的に無理がある。」といった返事が届いた。
 クリストからのこの回答、そして21_21が、個展ではなく、テーマを決め複数の作家を招いての展覧会を中心に行ってきていることもあり、今回もグループ展と決まったのは8月だったと思う。同時期に展覧会ディレクターとして、アートだけでなく、建築、デザインにも精通された、青野尚子さんが決まった。
 クリストとジャンヌ=クロード以外の作家の選定には、この頃までは私も参加させて貰った。当時名前が挙がったのは、イサム・ノグチ、安藤忠雄、ジェームズ・タレルなど物理的なスケールの面でクリスト達と共通点をもつ作家が中心だったと記憶している。その後、私自身は、9月末に水戸芸術館でスタートする「アンブレラ・ドキュメント展」の準備に没頭することになり、「そこまでやるか」の作家選定や、展覧会タイトルの検討などに係わることはなくなった。そのため、残念ながら今回のユニークな人選、そしてタイトルの決定がなされたかをお伝えすることはできない。

20170809_8-9-01フローティング・ピアーズ、イタリア・イゼオ湖、2014−2016
写真:ウルフガング・フォルツ(c) Christo, 2016


20170809_8-9-02フローティング・ピアーズ作業拠点でのクリストと柳正彦、2016年6月


 一方、クリストとジャンヌ=クロードの展示に関しては、私が、一人で100%担当させて貰うことになった。これは、クリストからのリクエストでもあった。そして一つの展示室をフルに使えること、また、ロビーの壁面を利用できることなどを、早い段階で決めて貰えた。その時点では他の出品内容が固まっていなかったからかもしれない。
21_21側からの「(ドローイング作品を中心にした)2010年とは異なった感じ」の展示というリクエストの元で、クリストとジャンヌ=クロードの仕事の流れを見せる。また、『フローティング・ピアーズ』を紹介するという、展覧会の発端も忘れることはできない。
 これらの条件を満たす展示とは?スタッフとの打ち合わせのなかで浮かんできたのは、3つの壁面を使ったプロジェクションだった。一つの理由は、この美術館での様々な展覧会で、壁面のプロジェクションが大きな効果を生み出していたからだろう。
 私自身が最初にイメージしたのは、床から天井までのスケールで、『フローティング・ピアーズ』を中心に、様々なプロジェクトの画像をプロジェクトするものだった。正直なところ、それだけではかなり退屈な展示になっていたと思う。助けとなったのは、21_21関係者からでた、クリストへのインタビュー映像のアイデアだった。多分、9月に水戸芸術館や原美術館で行われた講演会でのクリストのトークの面白さ、そして自作について語るクリストのエネルギッシュな表情が印象的だったからだろう。

 17年2月末に行われたニューヨークでのインタビューは、2時間を越えるものだった。ソーホーの自宅ビルの、レセプションのための部屋だけではなく、殆ど人を入れることのない、最上階のスタジオでの収録も行えた。
 また、当初は写真のプロジェクションを考えていた『フローティング・ピアーズ』は、記録映画のスタッフが撮影したドキュメント映像を提供して貰えることになった。しかも、ドローイングを仕上げるクリストの姿の映像というオマケまでついてきた。これらライブ感溢れる公式画像は、展示を格段に充実させてくれた。床から天井までの大きさに投影された、ゆっくりと揺れる『ピアーズ』のイメージは、実際のプロジェクトを体験した私にとっても、迫力満点のものとなった。
 2時間を越えるインタビュー映像と、『フローティング・ピアーズ』の公式ドキュメント映像、2時間半以上のマテリアルは、最終的には56分に纏めたが、編集、翻訳、字幕等の作業には3ヵ月半が必要だった。(続く)
やなぎ まさひこ

20161001_水戸クリスト展_61
2016年10月1日
於・水戸芸術館
クリスト(右)と柳正彦さん。


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柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
 企画に携わった者として、このような発言は良くないかもしれないが「そこまでやるか」というタイトルには未だに違和感をもっている。というか、クリストとジャンヌ=クロードの作品は言うに及ばず、21_21に並べられた作品を見て回っても、少なくとも私自身は、「そこまでやるか」と思うことはなかった。
30年以上にわたって、クリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトや展覧会に携わったせいで、感覚が鈍ってしまっているのかもしれないが・・・、少なくともアーティスト本人にとっては、「そこまでやる」のは当然なのではないだろうか。
 そのように思い、また展覧会に興味をもってくれた人にも、そのようなコメントをしてきた。だがつい最近になって、クリストとジャンヌ=クロードの仕事にも「そこまでやるか」と思わせるものがあることに気がついた。
 展覧会がオープンした後、インタビュー映像の使用しなかった部分に目を通していた時のことだった。クリストが数ヶ月をかけて編集、レイアウトをした、「オーバー・ザ・リバー」の記録集について語っているシーンを見た時、これこそ「そこまでやるか」ではないか、と気がついたのだ。
 プロジェクトが実現すると、クリストとジャンヌ=クロードは、3つの方法で、プロジェクトの記録を纏めてきている。記録映画、記録書籍、ドキュメント展覧会だ。そのなかでも、書籍と展覧会は、例えば1500ページになったり、400点以上の作品資料を並べたりと、ヘビー級の内容になっている。プロジェクトのファクシミリとも呼べる、書籍と展覧会だが、内容の選定からレイアウト細部まで、その作業の大半を外部のデザイナーやキュレイターに託すことなく、クリストとジャンヌ=クロード自身が手がけてきている。
 クリストとジャンヌの、この姿勢は、まさに「そこまでやるか」だろう。
9月2日のトークでは、クリストとジャンヌ=クロードが、いかに自作を記録してきたか、その姿勢と作業の実際について参考映像を交えてお伝えしたい。

*要予約/参加費1,000円
参加ご希望の方は、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
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8月29(火)〜9月9日(土)「特集展示:クリストとジャンヌ=クロード」を開催します。

■柳 正彦(やなぎ まさひこ)
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
昨年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

◆「今週の特集展示:白南準(ナム・ジュン・パイク)と文承根(ムン・スングン)」
会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


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岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第2回

岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」

第2回
 いちど打ち合わせに日本へきてくださいといったものの、そう簡単にはいかない。当時、円レートが360円であったことを考えればすぐに説明がつきましょう。なにしろ私どもは貧乏な工房でしたから。なんやかやと時を稼ぎながら、打ち合わせと版画制作を同時に進めるというアイデアを彼に了承してもらった。多少滞在期間が延びるにしても、打ち合わせと制作本番を一度にこなせる利点がある。しかし出来上がった版画に彼のサイン入れが必要なので、どうしてもあと一回、彼を日本に呼ばなければならない。鳴呼。
 1977年の夏、かれは日本へやってきた。再会は仕事のマネージャーをやってもらう事になった田中順君と、カメラマンの野村光俊君と、それにわたしの3人で、広尾にある彼の実兄の家に招かれたような気がする。なにしろ30年も前の話である。瀟洒な家の狭い部屋で、だいたいの版画の説明をしたあと、内容をどうするか等、あらましのことを、検討し合った。なかでもJhon Cageのビデオの映像をプレイカード(トランプ)の裏に刷る事や、裏から透かして見えるような版画の提案は、彼が淡々と喋るから余計に度肝を抜かれた。当時、日本にも写真からシルクスクリーン版画にする作家はいるが、パイクさんはビデオを正眼に据えて、ときにユーモアをたたえるアーチストであった。「ところでパイクさん、せっかく日本へきたのだから、あなたのお友達と一席設けますけど、どうですか」と尋ねた。すると彼は一瞬身を引くような態度をとったのをわたしは見逃さなかった。やがて「ぼくね、いまね、あまり派手に動きたくないの」という。わたしは日本における彼の友人をいっさい知らない。なにがどうしたのかまったく分からなかった。わたしたちは固睡を飲んで彼のつぎの言葉をまった。
おかべ とくぞう

・岡部徳三「ナムジュンパイクの版画制作始末記」第1回

●作品紹介
パイク019
ナム・ジュン・パイク
「ギンズバーグ I」
1978年
シルクスクリーン5版5色
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
62.0x53.8cm
BFK紙
Ed.75

パイク010パイク009
ナム・ジュン・パイク
「アレンギンズバーグ II」
1978年
シルクスクリーン 9版9色、両面刷り、クレヨン描き込み
刷り:岡部徳三・岡部版画工房
51.2x72.1cm
BFK紙
Ed.75
*画像提供:岡部版画出版
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ナム・ジュン・パイク Nam June Paik 白南準(1932年7月20日 - 2006年1月29日)
1932年日本統治下の韓国京城(ソウル)に生まれる。1949年朝鮮戦争の戦禍を逃れて香港に移住、その後日本に渡り東京大学文学部美学美術史学科を卒業。西ドイツへ渡りミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。ジョン・ケージと知り合い大きな影響を受ける。1961年フルクサス運動の創始者ジョージ・マチューナスと出会い、以後、フルクサス運動の中心的存在として活動。1963年テレビ画面を磁石で操作した世界初のビデオ・アート作品を発表。
1964年アメリカに移住。パフォーマンス「ロボット・オペラ」をシャーロット・モーマンと共演する。1977年ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚する。1993年第45回ヴェネチア・ビエンナーレにドイツ館代表として参加、金獅子賞を受賞。1998年京都賞受賞。2000年ニューヨーク、グッゲンハイム美術館で回顧展開催。2006年マイアミの自宅で死去、享年73。

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パイク(中央)と岡部徳三(右)

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パイク(左)と岡部徳三(右)

岡部徳三(おかべ・とくぞう 1932〜2006)
版画刷り師。東京都出身。1964年岡部版画工房を設立。日本のシルクスクリーン版画刷り師の草分けとして、靉嘔オノサト・トシノブ草間彌生横尾忠則をはじめ、多くの現代作家たちの作品を手がけた。ジョン・ケージナム・ジュン・パイクジョナス・メカスなど版画に縁の無かった作家達にも積極的にアプローチして彼らの版画誕生に寄与し、美学校のシルクスクリーン教室の講師としても石田了一はじめ多くの英才を育てた。

◆「今週の特集展示:白南準(ナム・ジュン・パイク)と文承根(ムン・スングン)」
会期=2017年8月8日[火]―8月19日[土] 11:00-18:00 ※日・月・祝日休廊
201708_白南準(ナム・ジュン・パイク)文承根(ムン・スングン)の作品約10点をご覧いただきます。


夏季休廊のお知らせ
ときの忘れものは8月20日(日)〜8月28日(月)まで夏季休廊となります。

ギャラリートークのご案内
柳正彦が語る<プロジェクトとその記録、クリストとジャンヌ=クロードの隠れたライフワーク>

日時:2017年9月2日(土)16時〜
長年クリストとジャンヌ=クロードのスタッフをつとめてきた柳さんが、世界各地で実現された大規模なプロジェクトを紹介しながら、短期間しか存在しない作品を、アーティスト自身がいかに記録に纏めていったかを、参考映像を交えて語ります。
*要予約/参加費1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

同時に8月29(火)〜9月9日(土)「特集展示:クリストとジャンヌ=クロード」を開催します。

●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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