小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第8回(最終回)

小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第8回(最終回)

写真歌謡論 Nightswimming / R.E.M.

rem-nightswimming

今回紹介するのは、アメリカのロックバンドR.E.M. (活動時期、1980年〜2011年)の「Nightswimming 」(1992年発表のアルバム、『Automatic For the People』の中に収録されています)です。この曲は、MVの映像にも捉えられているように、夜間に人のいないプールにこっそりと忍び込んで、一人の世界に浸り込んで内省するような体験のあり方を描き出しています。
昨今では、ライトアップされた夜のプールで泳ぐことが一種の華やかなレジャーのように取り上げられることもありますが、この歌の中では、「夜泳ぐこと」はあくまでも個人の密やかな、そして少し向こう見ずな行為として描かれています。

歌い出しはプールへと向かう車の中の情景を描くように、次のように始まります。

Nightswimming deserves a quiet night
The photograph on the dashboard
taken years ago,
turned around backwards so the windshield shows.
Every street light reveals a picture in reverse
Still it's so much clearer

夜泳ぐには 静寂の夜がふさわしい
ダッシュボードに置かれた写真は
もう何年も前に撮られたもので
それがフロントガラスに反転されて映し出され
街灯を通り過ぎるたび 浮かび上がる
今でも ずっと鮮明に


この歌の中で、「写真」という言葉が登場するのは冒頭のこの部分と、曲の最後のリフレインの部分です。暗い夜道を車を運転してプールに向かう道程の中で、時折通り過ぎる街灯の明かりに照らされてフロントガラスに一片の写真の図像が反射して見えるという視覚的な体験が丁寧に描出されています。「何年も前に撮られた写真」は、アルバムのような写真を収める器の中に収められているのではなく、ダッシュボードの上に、無造作に、いつから置かれているのかも定かではないかのようです。また、写真を手に取って眺めるのではなく、ガラスに反射する光が、写真のイメージを浮かび上がらせること、つまり自分が自発的に写真を見ようとするのではなく、イメージが視界の中に飛び込んで「鮮明に」見えていることが、この歌の中の視覚的な経験のありようを強く印象づけます。
運転する車が前へ前へと進む道中で、写真のイメージが視界の中でフラッシュバックするように立ち現れるということは、写真に捉えられたできごとが、イメージとして現れつつも、終わってしまったこととして、過去という手の届かない場所へと押し流されていくことに対峙する時の切なさが入り混じった感情を喚起します。

静かな夜に泳ぐ感覚は次のように語られています。

Nightswimming deserves a quiet night
I'm not sure all these people understand
It's not like years ago
The fear of getting caught
The recklessness in water
They cannot see me naked
These things they go away
Replaced by every day


夜泳ぐには 静寂の夜がふさわしい
みんなが理解してるのか 僕には分からないけれど
遠い昔のこととは思えない
つかまるかもしれない怖さを抱きながら
水の中では 向こう見ずで
誰も 裸の僕には気づかない
こういったものは消え去っていく
訪れる日々と引き換えに


夜のプールに裸で身を浸すこことは、つかまってしまうかもしれないという怖れを感じるような、スリルに満ちた向こう見ずな行為ではあるのですが、その高揚したような感覚も、日々が経過する中でいずれは忘れ、消え去ってしまうもの、として儚む気持ちが込められています。この歌詞の部分を、前述の写真について歌った部分に照らし合わせてみると、写真が「何年も前に撮られた」のに対して、夜泳ぐことが「遠い昔のこととは思えない」と、いずれも過去のことでありながら、現在との時間の距離を測るような視線で捉えられており、写真のイメージが街灯の光の通過とともに目の前に立ち現れることと、夜泳ぐという行為に伴う感覚が日々の経過とともに薄れていくこと、相対する関係にあるものとして位置づけられています。

「Nightswimming」を通して聴いていると、写真を通した過去への思いを交えつつ、「夜泳ぐこと」に象徴されているような、怖さを抱きつつも向こう見ずな行為に没頭することが、いずれは過ぎ去ったこととして思い返されること、たとえそれが写真という形では残されないとしても、イメージとしていつまでも歌い手と聞き手の中に蘇ることへの希望が託されているようにも思います。「訪れる日々と引き換えに消え去っていく」ことと「ダッシュボードの写真が鮮明に浮かび上がる」ことは、実際には表裏一体の関係にあるのかもしれません。


「写真歌謡論」は今回を持ちまして終回となりました。これまでご愛読いただきありがとうございました。
こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

*画廊亭主敬白
小林美香さんが私どものブログに初めて登場したのは2010年8月11日「ジョック・スタージス新作写真展に寄せて」でした。以来、該博な知識と膨大な写真作品を実際に見て研究されてきた成果を惜しげもなく公開、執筆してきてくださいました。古今の名作写真の背後に迫る論考は多くの写真ファンを魅了してきました。奇しくも今回で通算100回を迎えましたが、長い間のいくつもの連載執筆に心より感謝する次第です。ますますのご活躍を期待しています。

●本日のお勧め作品はソニア・ドローネです。
sakuhin2ソニア・ドローネ Sonia DELAUNAY
「作品」
リトグラフ
65.0x53.0cm
Ed. 75
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一の本(画面をクリックすると拡大します)
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。


◆ときの忘れものは<アートバーゼル香港2019>に出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。
------------------------------------
第28回カタログ表『第28回 瑛九展』(アートバーゼル香港)図録
2019年 ときの忘れもの
B5版 36頁 作品17点、参考図版27点掲載
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館)
編集:尾立麗子(ときの忘れもの)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
翻訳:Polly Barton、勝見美生(ときの忘れもの)
価格:800円 *送料250円

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
埼玉県立近代美術館では「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、「瑛九と光春―イメージの版/層」では山田光春の新収蔵作品とともに、40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示しています(4月14日まで)。
宮崎県立美術館でも<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示しています(4月7日まで)。

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回
大野コンサート
日時:2019年4月10日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
プログラム
《適正律鍵盤曲集》より
前奏曲とフーガ ハ長調(第1巻第1番)
同 ハ長調(第2巻第1番)
同 ニ長調(第1巻第5番) 他
《半音階的幻想曲とフーガ》ニ短調
《シャコンヌ》(武久源造 編曲)
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com


●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
駒込外観1TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。
*日・月・祝日は休廊。

西山純子のエッセイ「パリに生きた銅版画家 長谷川潔展 ーはるかなる精神の高みへー」

「パリに生きた銅版画家 長谷川潔展 ーはるかなる精神の高みへ ー」

西山純子


 4月7日(日)まで町田市立国際版画美術館で開かれている「パリに生きた銅版画家 長谷川潔展 ーはるかなる精神の高みへー」を観た。ほぼすべてが所蔵品という、美術館人としては実にうらやましい内容で、7章からなる全154点。うち長谷川の作品は122点を数え、最初期の木版画から最後の作品まで、各時代の仕事を通覧できる。長谷川の版業に、敬愛した画人や長谷川を慕った版画家たちの作品を挿む組み立てには異論もあるかもしれないが、筆者には長谷川の独自性や孤高を際立たせる構成と思えた。それはたとえば、長谷川が愛してやまなかったルドンを併置することで、共通項とともに両者の違いー銅版画と石版画、白昼の神秘と暗闇の幻視といったーにも気づかせるというようなことである。またブレイクやメリヨン、ブレスダン、シャガールピカソ、スゴンザックらの作品を集めて版の絵の諸相を見せる編成は、版画専門館ならではの贅沢さでもあろう。以下、展示の流れに沿って、見どころといくらかの私感を述べてみたい。
チラシ表

 展示は「第犠 日本時代 版画家へ 1913-1918」から始まる。若き日の交友から展開した、文芸雑誌『聖盃』『仮面』『水甕』や日夏耿之介『転身の頌』を舞台とする最初期の希少な木版画にも、個人の所蔵品をあわせて十分な目配りがされている。それらは青春期の感情のほとばしりや躍動する肉体への憧憬を映して強烈な魅力を放ちながら、硬質で清澄な造形を求める長谷川の天性を決して満足させなかったであろうことも納得させ、滑らかに「第蕎 渡仏 表現の模索から確立へ 1919-1941」へと観者をいざなう。1919年、長谷川は版画の技法、とりわけ銅版画のそれを学ぶためにフランスへ渡り、南仏の古村の幾何学的な建物群や寓意的な裸婦をモティーフとしながら模索を始めた。1922年にはベルソーを手に入れ、長く忘れられていたマニエール・ノワール(メゾチント)研究に着手する。はじめ粗かった下地の線は次第に密度を増してゆき、ポワン・セッシュ(ドライポイント)の実験と呼び交わすようにして描写は濃度を高めていった。そして1925年、《南仏古村(ムーアン・サルトゥー)》のあたりで、マニエール・ノワールの風景画はある完成を見るのである。

 この第蕎呂巴られる軌跡が、今回の展示におけるひとつの見せ場であろう。長谷川潔といえばマニエール・ノワールであり、それが最終地点と語られがちだけれども、道程は単純でも、平坦でもなかったことが改めて理解されるからだ。さまざまな技法が並行して手がけられ、銅板に対するビュランやニードルの彫りにもあらゆる深浅・粗密の階調が試されている。結果、画面は時に黒がちになり、時に白がちに傾き、両者を往還しながらポジとネガの反転を繰り返すようにして現れる。象徴的なのは、1936年のビュラン(エングレーヴィング)による《裸婦》と翌年のマニエール・ノワールによる《裸婦》が隣り合う場所だ。同じモティーフが、彫ることで黒い図柄を得る手法と、黒い面から白を掬う手法とで表されるのは、表現法をめぐる長谷川の実験がいまだ途上にあることを証している。本章の作品群はさらに、長谷川の思索が真に深まり表現法が成熟するのは、今あげた1937年の《裸婦》の制作を最後にマニエール・ノワールをしばし封印した15年間、ビュランに集中していた時期のことであり、その空白期に、1950年代後半以降のマニエール・ノワールが準備されることも教えてくれる。こうした道筋がより鮮明になるのが、「第絃 長谷川潔と西欧の画家・版画家」を挿んで展示室が変わる、「第江 白昼に神(神秘)を視る」である。本章が、いまひとつの見せ場といってよいだろう。

 第江呂蓮1941年に完成した記念すべきポワン・セッシュ《一樹(ニレの樹)》で始まる。長谷川の版業の転回点となった、あまりにも重要な作品である。

 それは、今次大戦中のことだった。ある朝、私は、いつもとおなじように籠を手に、画題に使えるような、なにか変った草、石ころはないかと、パリの近郊に散歩に出た。戦争が始まっても帰国せずにフランスに留まったままの私は、そのためにひじょうなる物心両面の苦労を日々かさねていたころのことだった。そこで、その朝も、遠くの雲を眺めたりしながら、いつも通る道を歩いていったのだったが、不意に、一本のある樹木が、燦然たる光を放って私に語りかけてきた。「ボン・ジュール!」と。私も「ボン・ジュール!」と答えた。するとその樹が、じつにすばらしいものに見えてきたのである…(略)そのとき以来、私の絵は変わった。(長谷川潔『白昼に神を視る』白水社、1982年、p.11)

 この《一樹》と、それに続く1940〜50年代の草花や樹木を描いた清澄な一群(主としてビュランによる)が並ぶ壁面は実に美しく、また長谷川の芸術観をよく伝えるものだ。平凡な草花や樹木の、茎の曲がりや枝葉の曲線に宇宙の旋律を聞き、リズムを見いだし、人知を超えた「神」を感じること。それを描きだすのが自らの使命と信じること -- 。森羅万象はすべて微妙なバランスをもってつながっており、自身もまたその一部であるとする世界観を長谷川は発見し、以後の制作の拠り所としてゆく。そしていよいよ、「第詐 長谷川作品への共鳴」を挿んだ「第讃 はるかなる精神の高みへ ー「マニエル・ノワール」の静物画 1950年代末―1969」で、かの典雅にして深遠なマニエール・ノワールの開花を見る。極微な点の集積からなる漆黒のなかに小鳥やガラス玉、砂時計や草花が浮遊する、それまで誰も創造し得なかった世界。25点を並べて存分に楽しませ、晩年の数点に光をあてたエピローグを経て、展示は終幕を迎える。

 基本的に編年体で構成されている本展だが、「第珪 仏訳『竹取物語』 1934(1933)」ではリーヴル・ダール協会が刊行した『竹取物語』に一章まるごとをあてており、この珠玉の銅版画集の全容を展観して貴重である。本章に続く第絃呂妊Εリアム・ブレイクら西欧の画家の作品を見た時、ふと思うことがあった。長谷川の「潔癖な」と形容したくなる刻線は、誤解を恐れずにいえば、彫師のそれに近いと感じたのである。日本の創作版画は分業や複製に異を唱える地点から始まり、いくつもの忘れがたい傑作を生みながら、一方で版の味わいに終始した、よく似た作品を量産したのも確かである。何よりも「個」や「主観」の表出を尊ぶ時代にあって、彫りや摺りの拙さ(あるいは拙さをあえて見せること)は武器でもあり、それは若さゆえの熱情や切実さを伝えてある種の魅力を放ったが、結果としてみな一様な相貌を呈したのは皮肉であった。だが長谷川は、まぎれもなく版ならではの表現を志向しながら、線やフォルムから「個」も「主観」も手の痕跡も一切の甘さもそぎ落し、むしろ語り部に撤することで、極めて個性的な、希有な高みに到達したといえる。何らかの主義(イズム)にも誰かの作風にも頼らず、自然や科学、時には数学の力を借りて表現しようとしたのは、一過性の現象や感情などではない、永遠不変の真理であった。

 長谷川は自然を凝視して一木一草に宿る「神」を表し、「宇宙を支配する絶対的摂理」(『白昼に神を視る』p.30)に近づこうとした。それは目に見えない、この世に存在するものの普遍的な仕組みを解き明かすことであり、混沌とした、苦渋に満ちた世界に新たな秩序をもたらそうとする、祈りにも似た行為であった。異邦人として戦争に遭い、日本での評価は遅れ、また家庭においても幸いばかりではなかったこの人が、二度と故国に戻らず銅板に向かい続けた、その孤独が改めて思われる。かように言葉にするのは簡単だが、それがどれほど厳しく、途方もなく長い時間であったかは想像を超える。だが、長谷川潔の芸術が、私たちが常に襟を正して回顧すべきひとつの光であり、カノンであるのは疑いない。ぜひ展示室で、その類いなき軌跡をご覧いただきたい。
にしやま じゅんこ

■西山純子(にしやま・じゅんこ)
1966年東京都生まれ。1993年早稲田大学大学院文学研究科芸術学(美術史)修士課程修了。1995年より千葉市美術館学芸員。専門は日本近代の版画。1997年より5回にわたり、明治期末から戦後にかけての日本版画を総覧するシリーズ展「日本の版画」を手がける。他に「竹久夢二展ー描くことが生きることー」「生誕130年 橋口五葉展」「生誕130年 川瀬巴水展ー郷愁の日本風景」「生誕140年 吉田博展」「木版画の神様 平塚運一展」などを企画。著書に『橋口五葉ー装飾への情熱』『新版画作品集ーなつかしい風景への旅』、共著に『すぐわかる画家別近代日本版画の見かた』(いずれも東京美術刊)がある。

●パリに生きた銅版画家 長谷川潔展―はるかなる精神の高みへ―
チラシ裏
会期:2019年3月9日(土)〜4月7日(日)
休館日:月曜日
会場:町田市立国際版画美術館
《時 静物画》1969年 マニエル・ノワール 269×360mm《時 静物画》
1969年
マニエル・ノワール
269×360mm

展覧会構成:
第犠(プロローグ)版画家へ 1913-18
長谷川潔が画家を志し、版画の制作を始めたのは1912年(明治45)のことでした。本章では、日本を去る1918(大正7)年まで、美術文芸雑誌『仮面』同人の版画家として活動した時期の作品を紹介します。

第蕎フランスへ―表現の模索から確立へ 1919-1941
《裸婦》1936年 エングレーヴィング 265×169mm《裸婦》
1936年
エングレーヴィング
265×169mm

フランスに渡り、表現を模索しつつ創作活動を開始してから、神話に登場するヴィーナスや南仏の風景、机上の静物などを描きつつ独自の表現を確立するまでの作品を紹介します。その間にマニエル・ノワール(メゾチント)やエングレーヴィングといった古典的版画技法を研究し、現代版画の技法としてよみがえらせています。

第珪仏訳『竹取物語』1934(1933)
本章では1934年に完成した、長谷川潔による挿絵本『竹取物語』を紹介します。仏訳のテキスト(パリの日本大使館勤務の外交官・本野盛一による)とエングレーヴィングによる長谷川の挿絵が共鳴し、日本の伝統性と西洋文化が融合した近代挿絵本の傑作といえるでしょう。

第絃長谷川潔と西欧の画家・版画家
第1節 青年期の刺激
長谷川潔が「青年時代の自分に強い刺激を与えた」と記しているウィリアム・ブレイク、ムンク、ルドン、そして長谷川がコレクションしていたロドルフ・ブレスダン、シャルル・メリヨンなどの版画を展示し、長谷川が目指した表現世界について考えてみます。
《アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船》《アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船》
1930年
マニエル・ノワール
137×307mm

第2節 フランスの画家・版画家との交流
フランスで長谷川潔が交流したボナール、マティス、ピカソ、スゴンザック、シャガール、ラブルールなどの版画を展示し、長谷川の活動の背景にあるフランスの版画界について紹介します。

第江白昼に神(神秘)を視る 1941-1950年代末
長谷川潔は第二次世界大戦中に、いつも見る一本の樹が不意に人間と同等に見えるようになり、万物は同じだと気づいて以来、自分の絵は変わったと書き残しています。本章では、その時期からしばしば樹木を描くことで、またコップに挿した枯れ草や窓辺といった日常の光景をエングレーヴィングで描き出すことなどで、自然の真理あるいは神秘を探究しようとした長谷川の仕事を紹介します。
hasegawa_no4-5

第詐長谷川潔作品への共鳴
長谷川潔はパリを拠点に創作活動をしていましたが、春陽会展や日本版画協会展などの日本の展覧会へ銅版画を送り、日本人作家に影響を与えていました。長谷川と交流があったり、その作品から示唆されて制作したりした日本人版画家の作品を紹介します。駒井哲郎、丹阿弥丹羽子、小林ドンゲの作品を出品します。

第讃はるかなる精神の高みへ
―マニエル・ノワールの静物画 1950年代末〜1969
長谷川潔は1950年代末から60年代末まで、細粒な点刻で下地をつくり、漆黒のなかからモティーフを浮かび上がらせるマニエル・ノワールによる静物画を多数制作しました。それらは、あらかじめ意味を与えたオブジェや草花、小鳥などを意図的に構成して深淵な精神世界を探求した静物画で、長谷川の表現世界の到達点として位置づけられています。
hasegawa_no7-8

エピローグ
長谷川潔自身が技法と表現の両面からそれまでの仕事を概観できるように構成した1963年発行の版画集(評論家によるテキスト入り)と、最晩年の作品を展示します。

関連イベント:館長によるスペシャル・ギャラリー・トーク
2019年3月30日(土)

学芸員によるギャラリー・トーク
2019年3月24日(日)
*いずれも14:00から45分程度。観覧チケットをご用意下さい。

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一の本(画面をクリックすると拡大します)
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。


◆ときの忘れものは<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回
大野コンサート
日時:2019年4月10日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
プログラム
《適正律鍵盤曲集》より
前奏曲とフーガ ハ長調(第1巻第1番)
同 ハ長調(第2巻第1番)
同 ニ長調(第1巻第5番) 他
《半音階的幻想曲とフーガ》ニ短調
《シャコンヌ》(武久源造 編曲)
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com


●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
駒込外観1TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。
*日・月・祝日は休廊。

土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」第8回〜前編

土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」

8.瀧口修造『16の横顔・ボナールからアルプへ』〜前半

瀧口修造『16の横顔・ボナールからアルプへ』
白揚社
21.5×15.3僉糞独宗
本文185頁 あとがき1頁

奥付の記載事項
16の横顔・ボナールからアルプへ
定価680円 地方定価700円
1955.6.5初版印刷 1955.6.30初版発行
<著者>滝口修造<発行者>中村浩<本文印刷>小泉印刷株式会社<写真製版>広橋精版印刷株式会社<原色版印刷>松本印刷株式会社<製本>小泉製本株式会社<使用材料>日本加工特アート紙<発行所>東京・神田司町1の8 白揚社
電話神田(29)4485・4141 振替 東京25400

図1 16の横顔図1 『16の横顔・ボナールからアルプへ』

『16の横顔・ボナールからアルプへ』は、前回採り上げた『今日の美術と明日の美術』に続く、瀧口3冊目の評論集で、前著とほぼ同時期の、終戦直後から1950年代前半に発表された雑誌記事を編集したものです。発行所の白揚社では、1952年12月刊行の『現代美術事典』(図2)の編纂に携わった経緯があります。なお、この事典の編纂者は掲載順に、瀧口、福沢一郎末松正樹、河北倫明、今和次郎、小池新二、原弘、吉田謙吉、金丸重嶺の、計9名です。

図2 現代美術事典図2 『現代美術事典』

前著『今日の美術と明日の美術』が日本美術、展覧会表、詩、写真、映画など幅広い分野を対象にしていたのに対し、本書では西洋の美術家に関するエッセイに絞リ込まれ、19編が4部構成に纏められています。目次頁を下に掲げておきます(図3)。各部の内容について、「あとがき」(図4)で著者自ら次のように解説しています。

「第1部は戦中戦後に世を去った画家たちにささげられ、第2部は現存の画家たちを扱い、第3部では特にピカソをクローズアップし、第4部では彫刻家たちをまとめてある。」

図3 目次図3 目次

図4 あとがき図4 あとがき

実際に取り上げられているのは、タイトルが示すとおり16名の美術家で、第1部がボナール、ピエール・ロワ、クレー、ベラール、モンドリアンの5名(各1篇)、第2部がブラック、ハンス・エルニ、ミロレジェ、マーク・トビー、モリス・グレイヴズの6名(トビーとグレイヴズの2名で1篇、他は各1篇)、第3部がピカソのみ(5篇)、第4部はヘンリー・ムーア、カルダー、イサム・ノグチ、アルプの4名(各1篇)です。「あとがき」の冒頭からその直前までの箇所も引用しておきます。

「この本は、第2次大戦が終わって間もなく、ながいあいだ眼と耳を奪われていた私たちがふたたび世界の美術の動きにいきいきとした関心をもちはじめた頃から、諸雑誌にもとめられて書いた作家の横顔を十六人あつめてみたのである。だから「生きているピカソ」のように、戦争中ブランクになっていた芸術家の影像を呼びもどそうとした、著者にとって感慨深いものもある。いずれにしても、その折々の状況における解説者として、時には素朴なルポルタージュの仲介者としての役目をまず果たそうとしたもので、海外との交流がめざましく快復した今日では格別目あたらしくもないだろうが、このように再編集することによって多少の意義が生じてこようかと思う。率直にいって、たのしく読んでいただきたいのが念願である。そしていつも新鮮であるべき平和のために、と著者の微意を書き添えておきたい。[後略]」

作品などの図版も豊富に掲載されています。印刷技術がめざましい進歩を遂げた今日から見ると、やや時代性を感じさせるかもしれませんが、口絵などのカラー図版(図5)だけでなくモノクロの図版(図6)も、当時としてはたいへん美しく感じられたことでしょう。

図5 口絵と扉図5 口絵と扉

図6 モノクロ図版図6 モノクロ図版

各論考冒頭部のカットに各作家の肖像とサインの図版が使用されています(図7)。「あとがき」に「装本・レイアウトに苦心を払っていただいた宮桐四郎氏」と記されているとおり、本書が瀧口の自装ではありませんが、肖像やサインをモチーフに用いるデザインは、後に刊行される自装本・装幀本に受け継がれていきますので、瀧口自身の意向が反映されているのは間違いないところでしょう。この点で、後年の自装本の原点と位置付けることもできると思われます。

図7 ボナールの晩年図7 「ボナールの晩年」冒頭部

さて、本書の際立った特色は、何と言っても第3部がすべてピカソに充てられていることでしょう。特に「あとがき」でも触れられた「生きているピカソ」(図8)は、1947年12月に雑誌「創美」創刊号(図9)に発表された、たいへん印象的な論考で、第2次大戦中に行方知れずだったピカソの消息と生活ぶりが判明した際の驚きや感動が、次のような記述からも伝わってきます。

「[前略]しかしやがてフランスが解放されてみると、彼はあらゆる予想を裏切って、パリのアトリエにこもって、制作に余念がなかったのである。そのあいだ、彼は抗独運動の連中と秘かに会うだけで、ほとんど孤独の生活であった。これは、あの混乱のさなかでは奇蹟的な事実としか思えない。[後略]」

図8 生きているピカソ図8 「生きているピカソ」

図9 創美図9 「創美」(創刊号)

※後半は次回4月23日に掲載します。
つちぶち のぶひこ

土渕信彦 Nobuhiko TSUCHIBUCHI
1954年生まれ。高校時代に瀧口修造を知り、著作を読み始める。サラリーマン生活の傍ら、初出文献やデカルコマニーなどを収集。その後、早期退職し慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(美学・美術史学)。瀧口修造研究会会報「橄欖」共同編集人。ときの忘れものの「瀧口修造展機銑検廚魎峠ぁまた自らのコレクションにより「瀧口修造の光跡」展を5回開催中。富山県立近代美術館、渋谷区立松濤美術館、世田谷美術館、市立小樽文学館・美術館などの瀧口展に協力、図録にも寄稿。主な論考に「彼岸のオブジェ―瀧口修造の絵画思考と対物質の精神の余白に」(「太陽」、1993年4月)、「『瀧口修造の詩的実験』の構造と解釈」(「洪水」、2010年7月〜2011年7月)、「瀧口修造―生涯と作品」(フランスのシュルレアリスム研究誌「メリュジーヌ」、2016年)など。

◆土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。

●今日のお勧め作品は、瀧口修造です。
takiguchi2014_II_21瀧口修造 Shuzo TAKIGUCHI
"-21"
デカルコマニー
イメージサイズ:15.5×9.3cm
シートサイズ :25.7×19.0cm
-20と対
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください


◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一の本(画面をクリックすると拡大します)
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。


◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回
大野コンサート
日時:2019年4月10日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
プログラム
《適正律鍵盤曲集》より
前奏曲とフーガ ハ長調(第1巻第1番)
同 ハ長調(第2巻第1番)
同 ニ長調(第1巻第5番) 他
《半音階的幻想曲とフーガ》ニ短調
《シャコンヌ》(武久源造 編曲)
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com


●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
駒込外観1TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。
*日・月・祝日は休廊。

中村惠一「新宿・落合に住んだ画家たち(中村式落合散歩)」第8回

中村惠一「新宿・落合に住んだ画家たち(中村式落合散歩)」第8


松下春雄


愛知県生まれの私にとって名古屋出身の鬼頭鍋三郎や松下春雄が落合に住んでいたことを知って親しみを感じた事を思い出す。30歳で白血病によって突然死を迎えた松下春雄についてはその事実は知ったものの実作に出会う機会も少なく、夭逝であったためにエピソードを記憶していて、語ってくれる方も少なく、幻の画家に近い印象をもっていたのだった。一方で落合に住んだ文化人の足跡を調べるうちに松下春雄の名前や存在は少しずつ顕在化してきたのだった。挿絵画家の竹中英太郎について調べているうちに竹中の借家のそばに詩人の春山行夫が名古屋から出てきた直後に下落合の四の坂上の借家に住んでいて、松下春雄も訪ねてきていたのではないかとか、直後に春山は下落合1445番地の鎌田邸に下宿するが、そこには松下も同居していたとか、西落合にアトリエを柳瀬正夢は借りるが、貸主は松下春雄を白血病で失った家族であったとかの話を聞いた。

01松下春雄松下春雄

特に松下の西落合のアトリエに関しては2013年から14年にかけて開催された「柳瀬正夢展」の開催にあたり柳瀬正夢の西落合アトリエの場所の特定を行いたいとの要請もあって、松下春雄のご遺族と連絡をとる必要が生じ、連絡の上訪問したことがあった。ご遺族はいったん昭和9(1934)年、柳瀬正夢にアトリエと母屋を貸したうえで妻の実家である南池袋に越していた。松下春雄の作品などはすべてアトリエから池袋に移したそうだ。従い、松下の絵を柳瀬が見る機会はなかったようである。昭和16(1941)年、柳瀬が三鷹にアトリエを建築、引っ越した後に家族はふたたび池袋から引っ越してきたそうである。幸い、池袋は空襲に焼けたが、西落合は焼け残った。アトリエも母屋も作品も戦後まで残ったとのことであった。そのような話を聞いている場所はまさに松下春雄と柳瀬正夢が絵を描いた場所なのであった。

02

03丸印の場所が松下春雄アトリエのあった場所

今回は西武新宿線の新井薬師前駅から歩くことにする。新井薬師前駅は中野区である。駅前の道を北に向かう。あたりの住所は上高田である。まっすぐに北に歩くと妙正寺川を渡る橋にでる。この場所は右手がオリエンタル写真工業本社および本社工場、写真学校があり、左手には第二工場があった場所である。なおもまっすぐに北上すると左手には哲学堂公園がみえる。なおも歩くと水の塔が登場する。このあたりは後に瀧口修造が越してくる屋敷に近い。なおも道なりに歩くと目白通りと合流する交差点となるが、その手前を右に入ると松下春雄のアトリエのあった場所にでる。最初に訪問した時にはアトリエは残っていないものの母屋が当時のままにあって庭の感じが当時の面影を残していたが、現在は建売住戸に分割建築されてしまい、まったく面影は失われてしまった。ご遺族によれば、隣には鬼頭鍋三郎のアトリエがあり、少し離れた場所には母屋があったので、二人は短い期間ではあるが、並んで描いていたことになる。柳瀬は昭和9(1934)年に越してくるので鬼頭鍋三郎との交流が想像される。

松下春雄は明治36(1903)年に名古屋に生まれた。小学校卒業後に銀行の給仕として働いた。大正7(1918)年に人見洋画塾で絵画を学び、大正10(1921)年、絵を学ぶために上京、本郷絵画研究所に学び、岡田三郎助に師事した。大正12(1923)年、関東大震災をきっかけに名古屋に帰り、鬼頭鍋三郎や中野安次郎、加藤喜一郎らと美術研究グループ「サンサシオン」を結成した。大正13(1924)年8月に上京、新潮社に勤務しながら辻永に師事した。大正14(1925)年、松下春雄や鬼頭鍋三郎を頼って春山行夫などが上京、詩人・高群逸枝の借家の隣に共同で住んだ。その後、春山は大澤海蔵や松下とともに下落合1445番地に共同生活した。春山が発行したこの時期の雑誌の奥付に住所の記載がある。松下はサンサシオン展ばかりではなく光風会展や帝展、日本水彩画会展などにきわめて精力的に作品を発表している。また落合地域をモチーフに作品を描いている作家でもある。

04下落合 徳川男爵別邸「下落合 徳川男爵別邸」

05下落合文化村入口 「下落合文化村入口」

昭和3(1928)年4月、渡辺淑子と結婚、昭和7(1932)年4月に葛ヶ谷306番地(西落合)に母屋とアトリエを建てて越してきたのであった。しかし、主はこのアトリエに長くは住めなかった。名古屋から伊勢にスケッチ旅行している最中に体調を崩し、昭和8(1933)年12月31日白血病のため急逝したのであった。

06二人のポーズ「二人のポーズ」

07女と子「女と子」

なかむら けいいち

中村惠一(なかむら けいいち)
北海道大学生時代に札幌NDA画廊で一原有徳に出会い美術に興味をもつ。一原のモノタイプ版画作品を購入しコレクションが始まった。元具体の嶋本昭三の著書によりメールアートというムーブメントを知り、ネットワークに参加。コラージュ作品、視覚詩作品、海外のアーティストとのコラボレーション作品を主に制作する。一方、新宿・落合地域の主に戦前の文化史に興味をもち研究を続け、それをエッセイにして発表している。また最近では新興写真や主観主義写真の研究を行っている。
・略歴
1960年 愛知県岡崎市生まれ
1978年 菱川善夫と出会い短歌雑誌『陰画誌』に創刊同人として参加
1982年 札幌ギャラリー・ユリイカで個展を開催
1994年 メールアートを開始
1997年 “Visual Poesy of Japan”展参加(ドイツ・ハンブルグほか)
1999年 「日独ビジュアルポエトリー展」参加(北上市・現代詩歌文学館)
2000年 フランスのPierre Garnierとの日仏共作詩”Hai-Kai,un cahier D’ecolier”刊行
2002年 “JAPANESE VISUAL POETRY”展に参加(オーストリア大使館)
2008年 “Mapping Correspondence”展参加(ニューヨークThe Center for Book Arts)
2009年 “5th International Artist’s Book Triennial Vilnius2009”展に参加(リトアニア)
2012年 “The Future” Mail Art展企画開催(藤沢市 アトリエ・キリギリス)

中村惠一のエッセイ「新宿・落合に住んだ画家たち(中村式落合散歩)」は毎月22日更新です。

●本日のお勧め作品は小山田二郎です。
11小山田二郎
「夜」
1983年 水彩
37.0x27.0cm
Signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点(3月19日ブログ参照)をご覧いただきます。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一の本(画面をクリックすると拡大します)
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回
大野コンサート
日時:2019年4月10日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
プログラム
《適正律鍵盤曲集》より
前奏曲とフーガ ハ長調(第1巻第1番)
同 ハ長調(第2巻第1番)
同 ニ長調(第1巻第5番) 他
《半音階的幻想曲とフーガ》ニ短調
《シャコンヌ》(武久源造 編曲)
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com


◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
駒込外観1TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。
*日・月・祝日は休廊。

アートバーゼル香港「瑛九個展」で出展します 2019年3月29日〜31日

アートバーゼル香港2019に「瑛九個展」で出展します。

basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー: 3D27
出品作家:瑛九
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/

VIP: 3月27日、14:00〜20:00
    3月28日、13:00〜17:00
    3月29日、12:00〜13:00
    3月30日、12:00〜13:00
一般公開: 3月28日、17:00〜21:00(ベルニサージュ)
3月29日、13:00〜20:00
3月30日、13:00〜20:00
3月31日、11:00〜18:00

 来週から香港で開催されるアジア最大級のアートフェア「アート・バーゼル香港」にときの忘れものは初出展いたします。
「アート・バーゼル」は毎年6月にスイスのバーゼル市で開催されていますが、現在はその市場を拡大し、12月にアメリカ・マイアミ、3月に香港で同名のフェアを開催しています。
2018年の香港のフェアは全世界32ヶ国より248の画廊が参加、動員数は80,000人を記録するほど、地域の美術振興を牽引する存在となっています。
ときの忘れものは、アジアは韓国、台湾、シンガポール、インドネシア等のアートフェアには幾度も出展してきましたが、香港のフェアには参加したことがありませんでした。昨春ダメもとで応募してみたところ「歴史的に重要な作家を」と指示があり企画書を作成、瑛九単独での出展(個展)が認められました。
瑛九が生前希望したにもかかわらず実現しなかった海外での初個展ができることにたいへん興奮しましたが、同時に瑛九の代表作をお見せしなければ!と大慌て。最晩年の大作《海の原型》や吹き付け、カメラを使わず印画紙に直接光を当ててデッサンする「フォトデッサン(フォトグラム)」は1930年代の初期作品から1959年の最晩年の作品までをご用意しました。
輝くばかりの瑛九作品を多くの方にご覧いただき、これらの作品が海外のお客様にどのように映り、どのような反応があるのか、しかとこの目で見てきたいと思います。
また、今回のために東京国立近代美術館美術課長の大谷省吾先生に作品をご覧いただき、カタログにご執筆いただきましたので、この度刊行いたします。
私たちは会場3階の「インサイト部門」(個展または2人展形式)に出展しておりますので、瑛九の海外初個展を是非ご覧ください。
(尾立麗子)

アートバーゼル香港での主な出品作品
瑛九「作品ーB」瑛九 Q Ei
Work−B作品−B
*Raisonne No.017
1935
Oil on board
29.0×24.0cm


瑛九「花々」瑛九 Q Ei
Flowers
花々
*Raisonne No.202
1949
Oil on canvas
45.5×38.2cm


瑛九「鳥の歌」瑛九 Q Ei
Song of birds
鳥の歌
*Raisonne No.348
1957
Spattering on board
45.5×53.0cm


瑛九「赤と黄」瑛九 Q Ei
Red and Yellow
赤と黄
*Raisonne No.353
1957
Spattering on board
45.5×38.0cm


瑛九「海の原型」瑛九 Q Ei
Archetype of sea  海の原型
*Raisonne No.441
1958  Oil on board  91.0×160.0cm
Signed and dated on the rear

瑛九「黄色い朝」瑛九 Q Ei
Yellow moning
黄色い朝
*Raisonne No.446
1958
Oil on canvas
45.5×53.0cm
Signed and dated


qei17-005瑛九 Q Ei
Work
作品
C. 1936〜
Photo-dessin (photogram)
30.3×25.2cm
Signed


qei_photodessin-hukituke瑛九 Q Ei
Work
作品
Photo-dessin (photogram) and spray
23.0×38.3cm
Signed by Mrs. Q Ei on the back.


qei_161瑛九 Q Ei
Work
作品
C.1954
Photo-dessin (photogram)
20.1×25.3cm
Signed by Mrs. Q Ei on the back.


qei_141_three瑛九 Q Ei
Three people
三人
1950
Photo-dessin (photogram)
55.2×45.5cm
Signed and dated


qei_140_work瑛九 Q Ei
Work
作品
Photo-dessin (photogram)
40.8×31.9cm


瑛九「小鳥」瑛九 Q Ei
Little bird
小鳥
1951
Photo-dessin (photogram)
55.0×45.0cm
*Noted "Q Ei Exhibition (Odakyu Grand Galley) 1979" on the rear side of the frame


瑛九「魚」瑛九 Q Ei
Fish

Photo-dessin (photogram)
45.4×56.0cm
Signed by Mrs. Q Ei on the back


瑛九「水の中」瑛九 Q Ei
In the water
水の中
Photo-dessin (photogram)
53.5×42.2cm
Signed by Mrs. Q Ei on the back


瑛九「三人」瑛九 Q Ei
Three people
三人
Photo-dessin (photogram) and pen drawing
54.8×44.9cm
Signed by Mrs. Q Ei on the back


瑛九「散歩(楽園)」瑛九 Q Ei
Walk (Paradise)
散歩(楽園)
Photo-dessin (photogram)
53.8×42.8cm
Signed by Mrs. Q Ei on the back


瑛九「題不詳」瑛九 Q Ei
Untitled
題不詳
Photo-dessin (photogram)
45.2×55.7cm


:上記データ中のRaisonne とは、<瑛九 油彩画カタログレゾネ 1925−1959
 Q Ei’s Oil Painting Works Catalogue Raisonne 1925-1959
>をさす。
*『生誕100年記念 瑛九展』カタログ269〜292ページ所収
 2011年刊 宮崎県立美術館・埼玉県立近代美術館・うらわ美術館・美術館連絡協議会

●出品カタログ
第28回カタログ表第28回カタログ裏
『第28回 瑛九展』(アートバーゼル香港)図録
発行:2019年 ときの忘れもの/有限会社ワタヌキ
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館美術課長)
図版:作品画像17点、参考図版27点掲載
編集:尾立麗子(ときの忘れもの)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
翻訳:Polly Barton、勝見美生(ときの忘れもの)
価格:800円 *送料250円


●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れもの・リーフレット
20190302105637_0000120190302105637_00002


◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一の本(画面をクリックすると拡大します)
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回
大野コンサート
日時:2019年4月10日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
プログラム
《適正律鍵盤曲集》より
前奏曲とフーガ ハ長調(第1巻第1番)
同 ハ長調(第2巻第1番)
同 ニ長調(第1巻第5番) 他
《半音階的幻想曲とフーガ》ニ短調
《シャコンヌ》(武久源造 編曲)
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com


●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第9回

柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第9回

封じ込められた本 〜 若林奮・クリスト


 この連載のテーマ、「アートと関わる本」の中には、画集や展覧会カタログなど既存の作品を収録する書物に加えて、アーティストが作品として作るアーティストブックや本の形態をした作品などもあります。前者としては、ミニマルアートや概念芸術の作家、ソル・ル・ウィットやローレンス・ウィナーの作品などがあり、連載でも紹介させて貰いました。後者としては、ドイツの現代美術家、キーファーの鉛製の多数の本を鉄の本棚に並べた立体作品が有名ですが、瀧口修造のリバティパスポートなども含めることができると思います。
 
 それらに加えて、もう一つの別の形で本と結びついたアートがあります。既存の本を取り込んでしまった作品です。本や雑誌を1000度以上の高温で焼いた、西村陽平のオブジェなども惹かれる作品ですが、今回は、私の手元にある二つの作品を紹介させて貰います。

1001

 一つ目は、重い鉄の箱、若林奮の「Libre Objet」です。大きさは31僉25僉⊃爾気10.5僂函大判の画集を3冊ほど重ねた程度のものですが、重さは11キロを超えています。
外観は、ふたの両がわに3本ずつのボルトがあり、スプリングのようなものに差し込まれたレンチが付いている以外は、取り立てた装飾もありません。というのも若林による、この作品は、箱の内部で展開されているからです。

1002

 ネジを外し、重い蓋をあけると、箱の底では鉛が流し込まれた鉄製の箱、鉄製の棒、ワイヤーなどで若林の世界が展開されています。この作品は、限定35部制作されたマルチプルですが、内部の構成は3パターンあり、同じパターンであっても細部は少しずつ異なっているとのことです。蓋を表紙と見立てると、開くと内部に創作の世界が展開されると、書籍のメタファーとも見なせるでしょうが、このオブジェを取り上げたのは、それだけの理由ではありません。この鉄の塊には、実際に書物が内包されているからです。

1003

1004

 重い蓋は、2冂度の厚みがあり、4つの蝶ねじがついています。このねじを外すと、蓋の内側部分が取り外せるようになっていて、その中には白い表紙の一冊の本が隠されています。吉増剛造の詩集、「頭脳の塔」です。若林のこの重厚な作品は、詩集のための収納箱でもあるわけです。「Libre Objet」が作られるに至った経緯については、残念ながら聞いたこともなく、また資料も持ち合わせていません。ただ蓋が、詩集をぴったりと内包できるようなサイズであることを考えると、まず、書物ありきの作品だったと推測できるでしょう。どちらにしても、書物と融合した美術作品の傑作の一つであることに、異議を唱える人はまずいないと思っています。

 手元にあるもう一つの封じ込められた本は、若林〜吉益の無機的な鉄の衣とは正反対、柔らかな布に包まれている作品、「包まれた本」です。ベージュのキャンバス地には、縦横、様々な方向に紐がかかっています。はい、もちろん、クリストの作品です。クリスト・アンド・ジャンヌ=クロードと本との関係は、既に何回も書かせて頂いていますが・・・今回は、クリスト一人による、本を取り込んだ作品です。
(ちなみに、ベルリンの帝国議会議事堂を包んだ「包まれたライヒスターク」、日本とアメリカを結んで実現した「アンブレラ」など、野外空間での一時的なアートプロジェクトは、全てクリストとジャンヌ=クロードの共同作品です。それに対して、プロジェクトのためのドローイングやコラージュといった紙の上の作品、それに、さまざまなモノを包んだ包まれたオブジェや、パッケージといった作品は、クリスト一人の作品になります。)

1005

 この作品は、1970年に出版されたクリストに関する最初の作品集を包んだものです。1973年に限定100部が制作されたマルチプルですが、全て、クリスト自身がその手で包んだもので、一つ一つが微妙にことなったものです。

 一点モノとマルチプル作品の双方で、クリストは様々な「包まれた本」、「包まれた雑誌」を手がけてきていますが、この、クリスト自身の作品集を包んだ作品には、ユニークな特色があります・・・“キャンバス地”で包まれている点です。

1006(パリ・レビュー)

1007

1008

 包まれた本や雑誌の殆どは、その中身が判るように、透明や半透明のビニール素材が使われています。というのも、多くの作品で、その中身が、作品に意味を付加しているからです。たとえば、1982年の「包まれたパリ・レビュー」という作品は、この文芸雑誌の表紙に、「包まれたポンヌフ」のドローイングの絵はがきを貼り付けてからビニールで包んだものです。オブジェ作品も、プロジェクトを実現させるためのプロモーション活動の一環に取り入れたかったのだと想像できます。また、1985年の「包まれたニューヨーク・タイムス」は、1985年6月13日の新聞であることが、ビニール越しに確認できます。これは、クリスト、そして、ジャンヌ=クロードが、共に50歳になった誕生日です(二人は、1935年6月13日、全く同じ日に生まれています)。これらの作品では、中身が確認できることが重要な意味を持つことは間違いないでしょう。

1009(モダンアート)


 包み込まれた、中身の本が特に重要な意味を持つ、もう一つの作品も紹介させてもらいましょう。1978年の「包まれた現代美術の本」です。これはアメリカを代表する美術雑誌、アート・ニュース誌が世界中の現代美術家に送った、「あなたは誰から一番影響を受けましたか?」というアンケートをきっかけに制作された作品です。クリストは、特定のアーティストの名前を挙げる代わりに、サム・ハンターとジョン・ジェイコブス著の大型本、「現代美術」をビニール素材と紐で包み、「私の回答はこの中です」というコメントを添えて編集部に送ったといいます。クリストの遊び心を感じさせるエピソードですが、この作品は、その後120部限定のマルチプル作品として、エブラムス社から発行されました。ちなみに、中身が読めるように、「包まれた現代美術の本」は、包まれていない新本一冊とセットになっていました。
 
 さて、「包まれた本(クリスト作品集)」では、なぜビニールではなく、布で包んだのかとクリストに質問したことがありますが、「多分、謎めいたオブジェにしたかったのだと思います。」という回答でした。この包まれた本も、包まれていない本とセットで販売されました。ただ、手元にあるこのオブジェの中身が、本当にボーデン著の「クリスト作品集」なのか・・・同じ判型の、他の作家の作品集の可能性もあるわけで・・・それを確かめるには、この梱包を解く、つまりアート作品を破壊しなくてはならないわけで・・・その勇気は、僕にはありません。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

●本日のお勧め作品は若林奮〈新100線〉シリーズです。
DSC_0489若林奮
〈新100線〉No.56「1995年5月20日」
木・彩色、真鍮製
H3.7xD10.5cm
Signed
※『若林奮―1989年以後』展カタログ(発行:東京新聞 1997年)P.85掲載

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。

◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回の予約受付を開始しました。
日時:2019年4月10日(水)18:00
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プログラム:バッハ《適正律鍵盤曲集》より他
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円, メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

武久源造ギャラリーコンサートのご案内

ときの忘れもの・拾遺 第10回ギャラリーコンサートに寄せて 

大野 幸


「絶対音感」という言葉が時々話題になり、それを持っているという人が誉めそやされたりします。ある音を聞いた時、その音高(ピッチ)が分かる能力、というのが絶対音感の大雑把な定義だと思います。その音は「ド」だとか、「ソ」だとか、が分かってしまう能力。ですが、基準になる音高が時代によって、地域によって随分違うことを、私は古楽器の演奏をする人たちの仲間に入れてもらってから知る事になりました。基準音、つまりオーケストラの演奏を始める前に、オーボエの人が鳴らすA(=ラ)の音のことです。そのピッチは、20世紀に入ってから国際会議で周波数440Hzとされました。これは、国や楽器の種類によってピッチが違うと合奏がしにくい、という事に対しての現実的な対応だったと思いますが、それまでは、国や時代、使っている楽器によって基準音のピッチは随分幅があったようです。現在広まってきているバロック楽器の演奏では、A=415Hz(440に比べ半音低い)に調律するのが一般的なようです。また、時にはA=392Hz(さらに半音低い)やA=465Hz(半音高い)なども使われています。このように、基準音そのものの音高が変わってしまう場合「絶対音感を持つ人」の耳にはどう聞こえているのでしょうか?

この疑問を、古楽を演奏する「絶対音感」を持つ音楽家に訊いてみたところ、彼らの感覚は「絶対音感というよりは、無数の相対音感を持っていると云った方が近い」とのことでした。基準音が高かろうが低かろうが、その調を瞬時に判断して「ハモる音」を探り当てる事ができる能力。

チェンバロや古い時代のピアノを演奏する鍵盤奏者は、楽器の音程が狂いやすいので常に自分で調弦しながら演奏しなければなりません。モダンピアノの場合、音程は長時間安定していて、日常的には頻繁に調弦する必要はありませんが、古いタイプの楽器の場合は、ステージ上でも曲の合間に調弦しながら演奏したりします。ですから、このタイプの楽器の演奏家は、自分で調弦できる「絶対音感」「相対音感」を持つことが必要です。当たり前の話ですが。

ここで、今回武久さんがプログラムに組み込んでくださった、バッハの「あの曲」のことを考えてみます。武久さんが「適正律鍵盤曲集」と呼んでいるあの曲は、一般には「バッハの平均律」と呼び習わされています。「平均律」というのは、オクターブを12の半音に均等に分割した調律法のことで、バッハの曲の原題「Das Wohltemperirte Clavier」の訳としては正確ではありません。字義通り翻訳すると武久さんのように「適正律鍵盤曲集」「良く調律された鍵盤楽器のための曲集」となります。「平均律」が必ずしも「良い」調律法ではない理由は、平均律で調律した鍵盤楽器では、ユニゾン(同音)とオクターブ以外はハモらない、きれいな和音にならない、ということです。バッハの曲のように和声を重要視する音楽を「平均律」で調律した楽器で演奏しても、その本来の姿が立ち現れてこない、とも言えるかもしれません。

大人になって知った事ですが、私たちの子供の頃、小学校や中学校に備え付けてあったピアノの調律は、大概平均律だったようです。今でも状況は変わっていないかもしれません。正確な平均律ならまだしも、平均律で調律したピアノが放置され、おそらく長年調律もされずに、音が狂ってしまっていた。そのピアノを使って音楽の授業で合唱の練習などしていたわけです。歌がいつまでたってもうまくならない、それどころか歌が気持ち悪い、好きになれない(さらに私の場合ヴァイオリンを弾いても音程が悪い)など、絶望的な症状は、残念ながらピアノの調律の不備が原因だったのかもしれません。

武久源造が自ら調律したジルバーマンピアノで、バッハの「適正律鍵盤曲集」を聴くことは無上の歓びです。歓びによって、子供の頃学校で味わった気持ち悪い和音の思い出を吹き飛ばせますように。
(おおの こう・20190319)

ときの忘れもの・拾遺 第10回ギャラリーコンサートの予約受付を開始しました。
大野コンサート
「武久源造コンサート」のご案内

日時:2019年4月10日(水)18:00〜
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸

プログラム
《適正律鍵盤曲集》より
前奏曲とフーガ ハ長調(第1巻第1番)
同 ハ長調(第2巻第1番)
同 ニ長調(第1巻第5番) 他
《半音階的幻想曲とフーガ》ニ短調
《シャコンヌ》(武久源造 編曲)
*要予約=料金:1,000円
予約:必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com
この画像は、バッハの「Das Wohltemperirte Clavier」第一巻 自筆譜の表紙。武久さんによれば、文字のまわりにクルクル書いてある模様は、バッハが考えた調律方法を表しているのではなかろうか、とのこと。

武久源造さんからのメッセージ
 今回のコンサートでは、ジルバーマン・ピアノを使って、バッハの作品を聴いていただこうと思います。
このピアノ、私の楽器はもちろんレプリカですが、これはもっとも有力な最初期のピアノです。その製作段階からバッハが深く関わったことが分かっています。バッハの助言によって、ジルバーマンは、いわゆるピアノをチェンバロに取って代わるだけの有力な楽器にまで高めることができました。
それと同時に、バッハもこのピアノの中に大いなる可能性を感じ取り、いわば未来予見的な作品を創り得た、と私は考えています。
今回聴いていただく作品は、主にバッハの30代に書かれた物です。
バッハが契約上の問題を起こして投獄されたのが32歳の1717年。その後、転職、妻との死別、再婚……と、この頃はバッハの人生における波瀾の時期でした。そしてその時期、彼の創る音楽もまた、大きく様変わりしたのでした。
私が《適正律鍵盤曲集》と訳している、通常は《平均律》と呼ばれている曲集があります。その第1巻は、まさにこの時期に、数年に渡って作られました。また、《半音階的幻想曲とフーガ》、および《シャコンヌ》は、彼が妻と死別した1720年に作られたものと考えられます。
たけひさ げんぞう
-------------------------------------------------
■武久 源造 Genzoh Takehisa
武久源造1957年生まれ。1984年東京芸術大学大学院音楽研究科修了。以後、国内外で活発に演奏活動を行う。チェンバロ、ピアノ、オルガンを中心に各種鍵盤楽器を駆使して中世から現代まで幅広いジャンルにわたり様々なレパートリーを持つ。また、作曲、編曲作品を発表し好評を得ている。
91年よりプロデュースも含め30数作品のCDをALM RECORDSよりリリース。中でも「鍵盤音楽の領域」(Vol.1〜9)、チェンバロによる「ゴールトベルク変奏曲」、「J.S.バッハオルガン作品集 Vol.1」、オルガン作品集「最愛のイエスよ」、ほか多数の作品が、「レコード芸術」誌の特選盤となる快挙を成し遂げている。著書「新しい人は新しい音楽をする」(アルク出版企画・2002年)。1998〜2010年3月フェリス女学院大学音楽学部及び同大学院講師。


■大野 幸 Ko OONO
20160130_oono本籍広島。1987年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1989年同修士課程修了、同年「磯崎新アトリエ」に参加。「Arata Isozaki 1960/1990 Architecture(世界巡回展)」「エジプト文明史博物館展示計画」「有時庵」「奈義町現代美術館」「シェイク・サウド邸」などを担当。2001年「大野幸空間研究所」設立後、「テサロニキ・メガロン・コンサートホール」を磯崎新と協働。2012年「設計対話」設立メンバーとなり、中国を起点としアジア全域に業務を拡大。現在「イソザキ・アオキ アンド アソシエイツ」に参加し「エジプト日本科学技術大学(アレキサンドリア)」が進行中。ピリオド楽器でバッハのカンタータ演奏などに参加しているヴァイオリニスト。


*画廊亭主敬白
建築家の大野幸さんとは彼が磯崎新アトリエに入った1989年頃にさかのぼる長い付き合いですが、プロデュースをお願いしているギャラリーコンサートも10回を迎えました。青山の木造空間から駒込の鉄筋コンクリート空間へと変わり、音響が心配だったのですが、幸い皆さんには好評です。
今回は重量級のジルバーマンピアノを運び込むらしい、果たして二階まで持ち上げられるのでしょうか、心配です。
今回、武久源造さんが演奏されるのはバッハ! 
昔、雨の軽井沢で大井浩明さんが古楽器クラヴィコードで演奏したバッハを思い出します。

ところで本日は3月19日、魔の24日が迫ってきました。
横浜美術館「イサムノグチと長谷川三郎
神奈川県立近代美術館葉山「堀内正和展
大川美術館「松本竣介 読書の時間
茅ヶ崎市美術館「創作版画の系譜
埼玉県立近代美術館「インポッシブル・アーキテクチャー
アーツ前橋「闇に刻む光 アジアの木版画運動
東京オペラシティ「石川直樹 この星の光の地図を写す
来る客、来る客に「必見です」とお勧めしている展覧会、ぜ〜んぶ3月24日(日)が最終日です。
日本中の学芸員さんたち年度末で忙しいだろうに、どれを優先すべきか悩んでいるでしょうね。
そういう亭主はどうなんだ、といわれると・・・・

●本日のお勧め作品は磯崎新が古今の建築家十二人が手がけた「栖(すみか)」を描いた連作の中から、ル・コルビュジエの「母の小さい家」(レマン湖畔)です。
磯崎新母の小さい家磯崎新 Arata ISOZAKI
栖 十二 挿画5
1998年 銅版・手彩色・アルシュ紙
イメージサイズ:10.0×15.0cm
シートサイズ:28.5×38.0cm
Ed.8(E.A.2部) サインあり
*磯崎新銅版画集「栖 十二」(すみかじゅうに)の中の1点。手彩色のA版と、単色刷りのB版があります。

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。

◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第13回〜奈良原一高

飯沢耕太郎「日本の写真家たち」第13回

奈良原一高——複眼のヴィジョン

飯沢耕太郎(写真評論家)


 奈良原一高は1931年、母の実家があった福岡県大牟田市で生まれた。父が裁判所の判事だったので、少年時代は転勤続きで居場所の定まらない時期を過ごす。彼は写真家として活動し始めてからも、ヨーロッパやアメリカに長期滞在するなど、旅と移動を繰り返すようになるが、それはこの時期の経験が作用しているのかもしれない。
 奈良原は、1956年に最初の個展「人間の土地」(東京・松島ギャラリー)を開催する。石炭採掘のために埋め立てられた長崎沖の人工の島、端島(通称、軍艦島)と、活火山の桜島の麓の集落、黒神とを、「社会機構対人間」/「自然対人間」というくっきりとした二項対立で描き出したこのデビュー写真展は、大きな反響を呼び起こす。早稲田大学大学院で美術史を学んでいた一学生は、この展覧会の会期終了後には、注目すべき若手写真家に変身していた。
 1958年の個展「王国」(東京・富士フォトサロン)も、二元論な思考の産物である。北海道の男子修道院(「沈黙の園」)と和歌山の女子刑務所(「壁の中」)という二部構成で、男/女、宗教/世俗、自由意志/強制といった対極的なテーマを浮かび上がらせている。結果的に「人間の土地」と「王国」は、閉ざされた空間における人間の生存の条件を問い直す作品となった。
 奈良原は、1959年に東松照明、細江英公、川田喜久治、佐藤明、丹野章と写真家グループ、VIVOを結成し、日本の写真表現における最も輝かしい季節の一つを作りあげていく。
 1961年にVIVOが解散すると、1962〜65年にパリを中心にヨーロッパ各地に、1970〜74年にはニューヨークに居を定めて長期滞在する。その前後に刊行された『ヨーロッパ 静止した時間』(鹿島研究所出版会、1967年)、『スペイン 偉大なる午後』(求龍堂、1969年)、『ジャパネスク』(毎日新聞社、1970年)、『消滅した時間』(朝日新聞社、1975年)といった写真集は、彼が西欧世界と日本とを行き来することで育ってきた、内と外とを同時に見渡す「複眼のヴィジョン」とでもいうべき作品世界が成熟し、完成したことを示すものとなった。
 奈良原は1980年代以降も「外にある現実と内にある心の領域とが出合ってひとつになった光景」(『王国』朝日ソノラマ、1978年)を求め続け、多様で豊かな写真作品を制作し続けていった。今のところ、彼が最後に発表した作品の一つが「Double Vision-Paris」(2000〜2002年)と名づけられているのは示唆的といえる。パリで撮影した写真を少しずらして二重にプリントしたこのシリーズを見ると、まさに彼がこのように世界を見てきたということが納得できるのだ。
いいざわ こうたろう

narahara_12_wtw1奈良原一高 Ikko NARAHARA
写真集〈王国〉より《壁の中》(1)
1958年 (Printed 1998)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:47.6×31.8cm
シートサイズ:50.8×40.6cm

narahara_13_wtw2奈良原一高 Ikko NARAHARA
写真集〈王国〉より《壁の中》(2)
1958年 (Printed 1984)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.5×49.2cm
シートサイズ:40.6×50.8cm

narahara_15_wthv1奈良原一高 Ikko NARAHARA
写真集〈消滅した時間〉より《人工湖の見えるプールサイド、ユタ》
1971年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:33.0×48.0cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
サインあり

narahara_17_wthv3奈良原一高 Ikko NARAHARA
写真集〈消滅した時間〉より《インディアンの村の二つのごみ缶、ニューメキシコ》
1972年 (Printed 1975)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:26.9×39.9cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
サインあり

narahara_20_wthv6奈良原一高 Ikko NARAHARA
写真集〈消滅した時間〉より《トイレット》
1971年 (Printed 1995)
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:31.8×47.7cm
シートサイズ:40.6×50.8cm
サインあり

narahara_01_duchamp08奈良原一高 Ikko NARAHARA
〈デュシャン 大ガラス〉より"MD-8"
1973(Printed in 2014)
ラムダプリント
イメージサイズ:28.8×41.7cm
シートサイズ:35.5×43.2cm

narahara_03_duchamp34奈良原一高 Ikko NARAHARA
〈デュシャン 大ガラス〉より"MD-34"
1973(Printed in 2014)
ラムダプリント
イメージサイズ:29.3×41.6cm
シートサイズ:35.5×43.2cm

narahara_05_duchamp55奈良原一高 Ikko NARAHARA
〈デュシャン 大ガラス〉より"MD-55"
1973(Printed in 2014)
ラムダプリント
イメージサイズ:41.6×27.4cm
シートサイズ:43.2×35.5cm

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

●飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」は英文版とともに不定期連載でしたが、奇数月の18日に隔月更新しますので、ご愛読ください。次回は5月18日に掲載します。

本日18日(月)は休廊です。

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。出品作品の詳細は3月17日ブログに掲載しました。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。

◆ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回の予約受付を開始しました。
日時:2019年4月10日(水)18:00
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円, メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

ル・コルビュジエ展開催中

世界遺産に選ばれたル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館では「開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」展が開催されています。
ル・コルビュジエは世界各地に名建築を残していますが美術館は日本のほかにはインドに二つあるだけです。
ル・コルビュジエの設計した美術館空間で彼の作品を見ることができる幸運を感謝せずにはいられません。上野の国立西洋美術館では建築模型、油彩、素描などが展示されていますが、版画作品は出品されていません。ぜひ、上野から駒込にまわっていただき彼の残した版画作品をご覧になってください。

前回企画の「ジョエル・シャピロ展」は一日に一人乃至は数人という記録的な不入りでしたが、今回の「ル・コルビュジエ展 」は初日午前中から来場者が相次ぎ、土曜日などはアメリカ、栃木、茨城、神奈川などからのお客様が一度に5組もいらっしゃっててんやわんやでした。
その差はいったいなんなんでしょう・・・・・

corbusier_311 ル・コルビュジエ
"二人の女"
1938
リトグラフ
Image size: 17.6×26.7cm
Sheet size: 38.5×50.2cm
Ed.100
Signed


corbusier-332 ル・コルビュジエ
"リトポスター 「直角の詩」"
1955
リトグラフ
Sheet size: 62.0x40.0cm
版上サインあり


corbusier-343 ル・コルビュジエ
"リトポスター「タペストリー」"
1956
リトグラフ
Sheet size: 65.0x49.0cm
版上サインあり


corbusier-354 ル・コルビュジエ
"小さな告白 No.1 「一角獣が通り過ぎ…」"
1957
リトグラフ
Sheet size: 45.5x56.6cm
Ed.125
版上サインあり


corbusier-365 ル・コルビュジエ
"小さな告白 No.3 「横たわって…」"
1957
リトグラフ
Sheet size: 45.5x56.5cm
Ed.125
版上サインあり


corbusier-376 ル・コルビュジエ
"小さな告白 No.5 「扉の前に現れた…」"
1957
リトグラフ
Sheet size: 56.5x45.5cm
Ed.125
版上サインあり


DSC_04147 ル・コルビュジエ
"Le Corbusier Exhibition poster"
1962
リトグラフ
60.4×45.0cm
版上サインあり


corbusier-388 ル・コルビュジエ
"Totem トーテム"
1963
リトグラフ
Sheet size: 73x80.5cm
版上サインあり


corbusier-399 ル・コルビュジエ
"開いた手"
1963
リトグラフ
Sheet size: 65.0x50.0cm
版上サインあり


corbusier_3010 ル・コルビュジエ
"雄牛 #6"
1964
リトグラフ
Image size: 60.0×52.0cm
Sheet size: 71.7×54.0cm
Ed.150
Signed


DSCF039911 ル・コルビュジエ
『二つの間に』(リトグラフ17点組)
1964
リトグラフ
44.0x36.0cm
Ed.250
版上サインあり
※17点の画像は、HPに掲載してありますので、こちらをクリックしてください。



corbusier-4012 ル・コルビュジエ
"ユニテ No.3"
1965
エッチング
Sheet size: 45x57cm
Ed.30
版上サインあり


corbusier_16_yunite-413 ル・コルビュジエ
"〈ユニテ〉より#4"
1965
銅版
57.5×45.0cm
Ed.130
Signed


corbusier_10_yunite-11_color14 ル・コルビュジエ
"〈ユニテ〉より#11b"
1965
銅版
57.5×45.0cm
Ed.130
Signed


corbusier_25_unite1515 ル・コルビュジエ
"〈ユニテ〉より#15"
1965
銅版
57.0×45.4cm
Ed.130
Signed


corbusier_3216 ル・コルビュジエ
"Work"
リトグラフ
Image size: 41.0x33.0cm
Sheet size: 66.0x50.3cm
Ed. 75
Signed


corbusier-4117 ル・コルビュジエ
"ル・コルビュジエのデザイン入りの皿2枚、コーヒーカップ&ソーサー1組の食器3点セット"
(名門レストラン「プリュニエ」の依頼で制作されたものでドイツの Bauscher Weiden 社製。)
食器(平皿径 24cm、深皿径 20.7cm、カップ径 6.3cm、ソーサ ー径 12.5cm)
※各皿、カップとも裏に
'LES MAINS specially designed by Le Corbusier for Prunier Londres-Paris'の記載あり。

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

〜〜〜〜〜〜
*画廊亭主敬白
本日更新のブログで誤って中村茉貴さんの「美術館に瑛九を観に行く」の未完成原稿を掲載してしまいました。原稿を差し替えるとともに、読者の皆様には深くお詫びいたします。

●社長の参加しているルリュール工房作品展2019が池袋の西武で開催されています。
20190307130418_00001
20190307130418_00002

20190307130717_00007
20190307130717_00008

日程:2019年3月22日(金)〜2019年3月24日(日) 13:00-19:00
場所:池袋コミュニティ・カレッジ[ルリユール工房](東京都豊島区南池袋1-28-1 西武池袋本店別館9F)
池袋にお立ち寄りの際はぜひご高覧ください。

●本日17日(日)と明日18日(月)は休廊です。

◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジエは精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。今回は「ユニテ」連作ほか、銅版、リトグラフ、リト刷りポスター、陶器など17点をご覧いただきます。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。
吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。

◆ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート 第10回の予約受付を開始しました。
日時:2019年4月10日(水)18:00
会場:ときの忘れもの
出演:武久源造
プロデュース:大野幸
要予約=料金:1,000円, メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12

松本綾子のエッセイ「ジョナスメカス と チバクローム」

「ジョナス・メカス と チバクローム」

松本綾子


 今回、弊廊 nap gallery で、ジョナス・メカスさんの展覧会を開催する運びとなりました。企画自体は、ずいぶん以前からあったのですが、日程が具体化した矢先にメカスさんの訃報が飛び込み、結果として「追悼展」となってしまいました。
 私は、東京工芸大学写真学科の細江英公研究室で学んだ後、zeit-foto に就職。2011年に独立し、アーツ千代田3331に nap gallery を開いて今年で8年になります。学生時代から写真一筋ではきたものの、ギャラリストとしては駆け出しの私が、背伸びしてメカスさんというレジェンドの展覧会を開催するに至ったのは、メカスさんのチバクローム・プリントが存在することを知ったからにほかなりません。

公園3331の外観
©3331 Arts Chiyoda

 チバクロームは、1963年にイギリスの写真用品メーカー、イルフォード社によって開発され、「チバクロームペーパー」の名で商品化された印画紙のことで(その後「イルフォクロームペーパー」と改名)、発売以来、その鮮やかな発色と色の耐久性で、たちまち人気商品となりました。しかし、同社は2004年に破産。翌年買収されるも、チバクロームペーパーは製造中止になり、やがてその技法も過去のものとなってしまいました。
 先月、「ときの忘れもの」さんで、メカスさんの残した作品に対面。なかでも、チバクローム・プリントの作品は、制作当時の輝きそのままに、キラキラと光沢を放っていました。私は、開廊以来、「The Manners of Photography」という写真をコレクションする面白さを伝えるグループショーと関連付けて展覧会を企画してきましたが、今回、貴重なチバクローム・プリントと、作家性が色濃く出てくるtype-cプリントを比較展示する場をつくることができたことは、写真コレクションという視点からも重要なことだったと思っています。
 デジカメや高性能カメラを搭載したスマートフォンの出現で、「写真を撮る」という作業がとても簡単にできるようになりました。その反面、写真の構図、写真原盤の大きさ、フィルムの種類、カメラ、レンズ、プリント方法など、写真を構築してきた多くの要素が画一化され、撮る人はその選択肢を手放そうとしています。企業がカメラに設定した色、形に写真は限定されていき、写真というメディは「思考停止」に陥りつつあると感じずにはいられません。
 今回、メカスさんのチバクローム・プリント作品と、30年前、高橋恭司という稀有な作家が自問自答を繰り返し、自分の納得する色を見つけるために自作した引き伸ばし機でプリントした作品も展示しています。
「写真」は、簡単になんとなくいい感じに写るものかもしれませんが、一筋縄ではいかないと思いませんか。

IMG_3740IMG_3742
IMG_3749-1
まつもと あやこ

■松本綾子(nap gallery ディレクター)
東京工芸大学写真学科、細江英公ゼミを卒業後、日本の写真画廊の老舗である株式会社ZEIT-FOTO SALONに入社。その後、独立行政法人東京芸術大学 写真センターに入社し、学生、教員の方々への共通工房として写真のフィルム現像、プリント、展覧会の作り方などを指導する。2011年より、ギャラリーを開廊。戦後の日本写真のヴィンテージプリントから、写真のメディアに捉われない現代を示唆する作品の取扱いなど、幅広い日本のアーティストを紹介している。

●展覧会のお知らせ
『ジョナスメカス、高橋恭司 Chibacrome / type-c [ The manners of Photography #5 ]』
会期:2019年 3月6日(水)〜4月6日(土)
場所:nap gallery 千代田区外神田 6-11-14 3331アーツ千代田 206号
連絡先:090-7400-6361

●今日のお勧め作品は、ジョナス・メカスです。
0909-19ジョナス・メカス Jonas MEKAS
「写真を撮るウーナ、ニューヨーク、1977(いまだ失われざる楽園)」
2009年
CIBA print
35.4×27.5cm
signed
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

追悼 ジョナス・メカス
3月11日 「1996年日本でのメカスさん」
3月9日 「メカスさんを語る」レポート
2月28日 1983年のインタビュー(再録)
2月19日 井戸沼紀美「東京と京都で Sleepless Nights Stories 上映会」
2月16日 佐伯誠「その人のこと、少しだけ_追憶のジョナス・メカス」
2月13日 「メカスさんの版画制作」
2月6日 井戸沼紀美「メカスさんに会った時のこと」
2月4日 植田実『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源1959―1971』
2月2日 初めてのカタログ
1月28日 木下哲夫さんとメカスさん
1月25日 追悼ジョナス・メカス上映会


◆ときの忘れものは「第309回企画◆ル・コルビュジエ展 」を開催しています。
会期:2019年3月15日[金]―4月6日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊
Le_Corbusier_up_omoteura
ときの忘れものは開廊以来、ジョバンニ・バティスタ・ピラネージル・コルビュジエフランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新など建築家たちが描いたドローイングや版画を紹介してきました。 日本では、建築家=建築を設計する「技術者」と思われていますが、私たちは優れた建築家というのは、人間の生きる空間をデザインする「アーティスト」だと考えています。 その空間に身をおくだけで人間の精神に刺激を与えるような空間を創造する人、実際に建築が実現しなくとも、そのような空間を夢想する人、そんな建築家たちの描いた作品を私たちは積極的に扱ってきました。 20世紀の鉄とコンクリートとガラスの建築をリードした巨匠、ル・コルビュジェは、精力的に世界各地に建築を残しましたが、その出発点は画家であり、生涯絵筆を離すことはありませんでした。版画作品も精力的に制作しています。
今回の「ル・コルビュジエ展」では、代表作「ユニテ」連作などの版画作品と、彼がデザインした食器なども出品し、多彩な才能の一端をご紹介します。
最終日4月6日[土]は1日だけの「吉川盛一の建築本の販売」を開催します。吉川盛一氏は「住まいの図書館出版局」などで活躍する建築専門の編集者です。


◆ときの忘れものは3月下旬の<アートバーゼル香港2019>に初出展し、「瑛九展」を開催します。
basel19会期:2019年3月27日(水)−31日(日)
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
海外で瑛九の個展が開催されるのは今回が初めてです。

●瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館<瑛九 −宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。

●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18〜24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
12
QRコード
QRコード
記事検索
ときの忘れもの
blogランキング

ギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱っています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
ときの忘れもの
ホームページはこちら
Archives
Categories
最新コメント
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: