スタッフSの海外ネットサーフィン No.39「Art Busan 2016」

スタッフSの海外ネットサーフィン No.39

「Art Busan 2016」
BEXCO, Busan


Busan_01

読者の皆様こんにちわ。5月12日から14日に開催されたアートフェア東京の余韻も冷めぬ内から、韓国は釜山より、次なるアートフェアのレポートをお届けさせていただきます、スタッフSこと新澤です。

最早お約束と化しつつある、前後日が快晴にも拘わらず移動日のみを雨に降られて向かうは韓国第二の都市・釜山。今回はソウルに行く時と違い成田空港からの出発とあって、つい羽田に向かったりしないように注意しての移動でしたが、成田に到着して作家兼スタッフの秋葉シスイさんと合流した所で早速のハプニングが。翌日に現地で合流する予定だったときの忘れもの社長、まさかの体調不良による戦線離脱…! 3月に亭主が事故に遭って以来、張り詰めていた緊張の糸が、アートフェア東京を乗り切ってついに切れてしまったようです。飛行機搭乗間際に社長の航空券やホテルのキャンセルをノートPCで行い、降り続ける雨空へ飛び立ち一路釜山へ。

2012年のBAMA以来、2度目の釜山となる自分ですが、前回は全日会場のホテルにこもりきりで終わってしまったためにろくに地理も覚えておらず、今回も何か質問されるたびにシドロモドロで空回りを繰り返すという、我ながらなんだかなぁ…という有様でした。

今回はとにかくブースサイズが広いため、設営も使える時間は全て利用しようということで、設営日の前日に現地入り。1月のART STAGE SINGAPOREではホテルが遠くて苦労したことから、今回は会場から徒歩5分のワンルーム型ホテルを予約。チェックインはなしで、部屋の鍵もドアの電子ロックにメールで連絡されたパスコードを打ち込むという無人方式に戸惑いましたが、今までにない方式にちょっとワクワクもしました。ホテルまでのタクシーの運転の荒っぽさに酔った体調を休めながら荷物を片付けていると、作家の野口琢郎さん、葉栗剛さん、長崎美希さん達もホテルに到着したと連絡が。夕飯に丁度良い時間だったので、集合した後は韓国に来たらやはりこれ、ということで近所の焼肉屋へ。お店の人がやたらとテキパキと肉を焼き、切り分けた上に取り分けまでしてくれるせいで少々忙しなかった夕飯が済んだ後は、腹ごなしに世界有数の敷地面積を持つ新世界デパートへ行ってみましたが、フェア会場のBEXCO周辺のお店は閉店時間がやたらと早く、通常のお店は9時、飲食店でも10時には閉店とあって中まで見ることは適わず、入口だけ確認してこの日は終了となりました。

Busan_00

翌日、会場までの近さに感動しながらブースに辿り着くと、過去最大サイズのブースの前に鎮座する5つの木箱。兎に角中身を出さねば始まらないと野口さん、葉栗さん、長崎さんにもお手伝いいただき、まずは平面作品を詰めた木箱二つを開けて作品を取り出して取り出して取り出して…流石に過去最大の出品数なだけあり、平面作品を取り出すだけでも一苦労でした。作品を全て引っ張り出したら、木箱をブースの外に押し出し、事前に大番頭の尾立さんに用意していただいた展示プランに沿って壁に並べて、いざ展示作業開始! 
1月のシンガポールでは、長崎さんの作品を入れるディスプレイケースの取り付けに時間がかかり過ぎてしまい、他のほとんどの展示は秋葉さんによるものという体たらく、今回こそは! と意気込んだものの、結果は計ったかのように1月の焼き直し。何が自分の作業をここまで遅くしているのか……。それでもなんとか作品の展示を終えれば仕上げは画廊のロゴや作家名のカッティングシールを壁面上部に貼りつけです。位置決め程度ならば椅子の上につま先立ちでどうにかできましたが、流石に貼り付けは安定した足場(脚立)なしには厳しい。事務局からは事前に有料で貸し出しが可能と聞いていたので行ってみるも、何時行っても返却されていない。焦れて幾つ脚立を用意しているのかと訊いてみれば、たったの2脚。200近い画廊が参加しており、その4分の1は海外からの参加なのに2脚……これはダメだと当日の借りだしには見切りをつけ、明日の朝一からの予約を入れて設営日は終了。

RIMG0812会場入りした時点でのブース風景。
ブースのサイズもさることながら、その入り口をふさぐ木箱のサイズと数に思わず放心。

RIMG0890_600自分がこちらの壁面と葉栗木彫作品に手こずっている間に…

RIMG0895_600秋葉さんは野口さんと一緒に内側の延べ40mにも及ぶ壁面展示を完了。
我ながらこの差には情けないやら恥ずかしいやら。

RIMG0896_600

RIMG0897_600

特別公開日、作業開始時間から会場に向かい、秋葉さんが作品価格の円からウォンへの換算に四苦八苦される中、自分は朝一でようやく借りられた脚立によじ登って、昨日の内に位置決めしておいたカッティングシールを片っ端から貼り付けて行き、ついでにライトの位置調整やらをしていると、あっと言う間に開場30分前。ホテルが近いからと作業着で来ていたので、慌てて一度ホテルに戻って接客用の服に着替えてとんぼ返り。事務局に手配してもらった通訳スタッフの方と顔合わせを済ませ、お客様を迎えるべく準備完了したときの忘れものブースは以下のようになりました。

busan01幅10m、奥行き10mの大スペース。
葉栗剛の大型木彫を中央に置いても、余裕で通り抜けられます。
韓国では刺青は評判が良くないとのことなので、今回は男気シリーズ以前の作品を展示。
葉栗さんの出品作品の詳細はコチラ

busan02外側の壁にも作品がズラリ。
こちらは手前から長崎美希草間彌生小野隆生を展示。
長崎さんの出品作品の詳細はコチラ

busan03内側のブースは、左側の手前から野口琢郎
野口さんの出品作品の詳細はコチラをクリック。

busan04具体(吉原治良松谷武判浮田要三文承根)、ナム・ジュン・パイク瀧口修造瑛九

busan05ブース中央に新作を含む秋葉シスイの100号クラスの個展スペース。
秋葉さんの出品作品の詳細はコチラ

busan06ブースの右側は建築家のドローイングコーナーとして光嶋裕介フランク・ロイド・ライト磯崎新安藤忠雄ル・コルビュジエ

busan07ブースの安全基準上必要だと開催直前に通達され、増設された壁面端のL字の短辺内側にはマン・レイのペン画。

何とか13:00の開場には間に合いましたが、15:00まではVIP以上のVVIP限定の入場ということもあり、会場の広さと相まってどうにも閑散とした印象の出だしでした。15:00になりVIPプレビューの時間になっても劇的に来場者が増えることもなく、結局この日は一人の方に野口さんの作品価格について訊かれただけで終了。先行きの不安さを通訳の方に調べてもらった美味しいカルビタンで吹き飛ばし、明日こそはと意気込んだフェア初日でした。

一般公開日は来場者の数はそこそこあり、ブースがエントランスに近かったので開場前に外を見てみると、連日入場待ちの長蛇の列。これなら期待が持てるかも! と、思いきや、いざ開場してみるとブースに入ってくる人が妙に少ない。どうなってるのと入り口を確認してみると、皆入ってくるなり左右に分かれてしまい、真っ直ぐ進んだ先にあるときの忘れものブースに来るのは3分の1程度。いやいやそれなら帰り際にブースの前を通る筈、と思うも出入り口は他にも2つあり、来場者の流れは「見て回る」というより「通り過ぎていく」という印象が強かったです。

RIMG0986一般公開日の開場前風景。
ここだけみると中々の人の入りなのですが…

後から知ったことですが、釜山では今回のフェアの直前(二週間前)に地元の画廊協会主催のアートフェアが開催されており、コレクターの多くは既にそちらで作品を購入済み、結果財布の紐が固くなっていた模様。今回安藤忠雄と磯崎新の作品をご購入いただいたお客様も、2週間前のアートフェアで12点も買ってしまっていたため、ウチとは丁々発止の値切り合戦が繰り広げられることとなりました。

最終日、ときの忘れものの定番であるエディション作品や、物故作家の作品が駆け込みで売れたものの、野口さんの作品は価格交渉まで進むも注文はなし、葉栗さんと長崎さんの作品は皆微笑ましく見られてこそいましたが、購入を検討するような素振りの方は現れないまま、終了となってしまいました。サンタフェのような完敗でこそありませんでしたが、現地にお越しいただいた作家の皆さまの作品が売れなかったことは、自分としても非常に悔しいことでした。

次回の海外アートフェアは、8月の第1週にインドネシアで開催されるART STAGE JAKARTAとなります。
1月にシンガポールで大変お世話になった画廊も今回ART BUSANに出展されており、お食事をご一緒してお話しさせていただいた所、今回釜山に来ていただいた作家の作品はインドネシアでは十分に目があると聞くことができました。同時にインドネシアは日本やシンガポールと比べて著しく治安が悪いとも聞かされたせいでやや腰が引けておりますが、今回のフェアの悔しさは、是が非でもジャカルタで晴らさせてもらう所存です。

(しんざわ ゆう)

*画廊亭主敬白
亭主に加え、社長まで直前に寝込んでしまい渡航中止の釜山から、ほろ苦い戦果を手にスタッフが帰国しました。
バカでかい会場、多数の海外ギャラリーの参加、まではよかったのですが、フェアを運営する事務局の不手際の数々にはあいた口がふさがらない、お粗末なフェアでした。
そもそも釜山への参加を決めたのは毎月のように韓国に出かけている旧知の画廊さんが事務局の面々と来廊、熱心に出展を進めてくれたからでした。海外からの出展に力を入れ、集客や情報の発信についても大いに期待できるということでした。ところがその直後に、話を持ってきた当の画廊さんが行方不明になってしまった(笑)。
つてを失った私たちは連日のように事務局に電話してあれこれ質問するのですが要領を得ない。
海外のフェアで重要なのは代金の決済です。世界の主要フェアでカードが使えないところはありません。ところが釜山の事務局は予告もなく突然「昨年トラブルがあったので、今年はカードは使えません」と連絡してきました。これにはさすがに世界中から非難が殺到したらしく、開幕直前になってようやくカード使用が可能になったのですが、一事が万事、不慣れとかでは済ませられない失態が続きます。
公式ホームページはあるのですが、最終日になっても私たちの出品作品はただの一点も掲載されませんでした。出展ギャラリーのリストはあるのですが、リンクすら張られていません。某小山さんのような有名画廊の出品作品はたくさん掲載されているのに、私たち無名画廊は何の紹介もない。同じ大金を払っているのに不公平です。おそらく事務局の力量をこえていたのでしょう。ホームページすら不完全なのに、集客なんて無理。
いつもだったら必ずある事前の問い合わせなど皆無で、プレビューの人出は惨憺たるものでした。売り上げゼロが続き、留守番の私たちは胃が痛くなる毎日。最終日にやっと5点が売れ(うち1点は日本の画廊さんに買っていただきました。感謝!)、サンタフェの悪夢の再来にはなりませんでしたが、広いブースに合わせ力作を用意して現地まで出張ってくれた葉栗剛さん、長崎美希さん、野口琢郎さん、秋葉シスイさんには、申しわけない結果となってしまいました。
そんななかでの救いは、事務局が手配してくれたIさんという通訳の女性が素晴らしい方だったことです。高校卒業後ずっと韓国で暮らし、韓国人と結婚、本職は翻訳家ということですが、最終日に何とか販売に繋がったのはこの方の人柄のおかげといってもいいでしょう、記して感謝をささげたいと思います。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
(画面をクリックすると拡大します)


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第4回

小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第4回

写真を廻る旅 / 写真が経た旅 ベルティアン・ファン・マネン『Give Me Your Image』

cover


今回紹介するのは、オランダの写真家ベルティアン・ファン・マネン(Bertien van Manen, 1942-)の写真集『Give Me Your Image』(Steidl, 2006)です。ファン・マネンは、フランス語を学んだ後、1970年代に二人の子どもたちの写真を撮るようになったことから、写真に取り組むようになりました。当初はファッション写真などの仕事も手がけていましたが、徐々に個人的な作品制作に専心するようになり、欧州やロシア、中国、アメリカなさまざまな地域を旅しながら写真を撮り続けてきました。近年、イギリスの出版社MACKから継続して出版してきた以下のような写真集が注目を集めています。
『Let's sit down before we go』(2011)
1991年から2009年の間にロシアや東欧の国々を旅して撮影した写真で構成 「出かける前に座ろう」という言葉は、ロシアでの慣習、言い回しに由来する。
『Easter and Oak Trees』(2013)
1970年代に毎年休日を過ごしていたオランダのden Eikenhorst(「オークの木の巣」という意味)という地域で撮影された家族写真をまとめたもの。当時の大らかな時代性が反映されている。
『Moonshine』
アメリカのアパラチア地方で密造酒(月夜の下で製造されることからmoonshineという呼称)に携わる人、炭坑労働者たちの家族(ヒルビリーというスコットランド系の移民)を1980年代からおよそ30年にわたって撮影した写真で構成。
『Beyond Maps and Atlases』 (2016)
ファン・マネンが夫を亡くした後に、アイルランドで2013年から2015年にかけて撮影した写真で構成。

彼女の作品に共通する特徴として、年月をかけて旅を重ね、訪れる地域の人々と親密な交流を持って撮影をすること、コンパクトカメラを使ってその時々の状況に即座に反応するような撮り方をする、ということが挙げられます。つまり、フォトジャーナリストのようにプロ仕様の機材を使って取材をするという姿勢ではなく、あくまでも旅行者として写真を撮り、時には旅先で知り合った人の家に泊めてもらうなどして親交を深めていくために、様々な地域の市井の人々の生活空間が写真の中に色濃く留められているのです。また、写真集の中には、撮影からかなり時間を経た後に編集されているものも多く、撮影時期の違いや時間の経過が、作品の主題になっているものもあります。
今回紹介する写真集『Give Me Your Image』は、2002年から2005年にかけてヨーロッパ各地を旅する中で、出逢った人たちが持っている写真を、持ち主の部屋の中で撮影した写真を纏めたものです。写真集の表紙(図1)からも看て取れるように、写真が置かれている場所の光の状態や、写真の重なり合いなど、ものとして写真がどのような状態にあるのかということを意識して撮っていることが伺われます。写っているのは、アルバムのページや、壁にかけられたり戸棚やサイドボードの上に置かれたりしている額縁に収められた写真が多く、写真集のページの判型に合わせるように、見開きで写真を裁ち落とすようにして纏められています。このような編集の仕方によって、見知らぬ人の家の中に入って、部屋の隅に近寄ってまじまじと写真を見つめるような効果が作り出されています。

13113188_10209673822386084_1074486269_o(図2)
ローマ 2005年


13112647_10209673822746093_1592426032_o(図3)
ミュンヘン 2004年


白黒写真のプリント越しに額縁に収められたカラー写真が覗いている様子や写真の周辺にある調度品などから(図2)、持ち主それぞれの家族の歴史や暮らしぶりが想像されますし、持ち主の手が写っている写真(図3)は、家族の話を聞きながら写真を撮ったファン・マネンと撮られる側の間の関係の親しさを感じさせます。写真集の巻末には、撮影場所と撮影年が写真のインデックスとともに記載されており、記載された情報に照らし合わせながら写真を見ると、彼女がヨーロッパ各地で撮影をしたことがわかりますが、クローズアップで撮影された写真だけを見ると、どこで撮影されたものなのかははっきりとは判りません。写真集を見る人は、アルバムに書き込まれた文字や周辺に置かれたものなどを手がかりに、いつそれらの写真が撮られたのか、持ち主はどのように写真を扱っているのかということを探りながら、それぞれの写真が辿ってきた時空の旅に想いを巡らせることになります。

stalin-lamp(図4)
ノヴォクズネツク 1992年


rally-dress(図5)
マドリッド 2004年


写されているのは家族写真だけではなく、その地域の歴史に深く関わるものもあります。たとえば、ファン・マネンがこのシリーズに着手する以前に、ソ連邦崩壊直後のロシアを旅していた時期に、ノヴォクズネツクで撮影された写真(図4)では、ランプや生活雑貨が雑然と置かれた部屋の片隅に、スターリンのポートレートを貼り合わせた台紙のようなものが置かれており、スターリンの施策により工業都市として急速に発展した街に暮らした人々の営みから、歴史の痕跡を看て取ることができます。また、戸棚か机の上にドレスに身を包み着飾った女性達のスナップ写真の傍らに、政治集会で敬礼をする群衆の写真が置かれた写真(図5)は、個人的な体験と社会的、歴史的な出来事が写真を通して人々の記憶の中に刻み込まれていくありようを示唆しているようでもあります。

immigrant(図6)
パリ ヴィリエ=ル=ベル セネガルからの移民 2002年


concentration-camp(図7)
ブダペスト 2004年


個人的な体験と、社会の変化や歴史との関わり合いが、写真と撮影場所によって示されているものもあります。たとえば、食器棚に並べられたグラスの傍らに、赤ん坊に授乳をするアフリカ系の女性をとらえたスナップ写真が置かれている写真(図6)は、パリ郊外の街ヴィリエ=ル=ベルで撮影され、写真の持ち主はセネガルからの移民であると記されています。写真に写っている母子が写真の持ち主なのか、あるいは持ち主の家族でセネガルに残っているのかといった詳細は定かではありませんが、ヨーロッパへの移民という現在も進行する社会変動の中で、このスナップ写真がたまさかにこの場所に辿り着いたことの証となっています。このように、写真が時空の旅を経て人の手元に残されていることの意味を痛切に感じさせるのは、(図7)のような、第二次世界大戦中に強制収容所で撮影されたと思しき写真です。頭髪を剃られて立ち並ぶ女性達の群衆を捉えた写真の下の方には、2つの矢印が書き込まれていて、写真の中に写されている女性達の中の誰かが、写真の持ち主に何らかの関係があることを示しているようです。
写真集のページを繰り返し捲っているうちに、見知らぬ誰かのプライベートな空間に入り込み、親しみにも似た感情を抱くと同時に、部屋の小さな角に置かれた写真が、歴史の奥深く、遠い時空の旅へと見る者を誘っていきます。ベルティアン・ファン・マネンがこの写真集に、「Give Me Your Image(あなたのイメージを私に下さい)」という懇願のメッセージを題名として冠したのは、決して他人に譲ることのできない、人生や歴史の証となる写真という「もの」それ自体ではなく、「もの」が確かに存在すること、また彼女と写真の持ち主との交友が紡がれたことの証を残し、遠い時空につながる小さな窓を写真を見る人たちに対して開きたいという切なる願いが込められているからではないでしょうか。
こばやし みか

●今日のお勧め作品は、ヘレン・レヴィットです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第20回をご覧ください。
20160525_levitt_01_mexico1941ヘレン・レヴィット
「メキシコ 1941」
ゼラチンシルバープリント
18.0x21.1cm
1981年 Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

●明日のブログはスタッフSによる「Art Busan 2016」帰国レポートです。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
(画面をクリックすると拡大します)


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

建築家のドローイング 第7回 アントニオ・サンテリーア

リレー連載
建築家のドローイング 第7回
アントニオ・サンテリーア(Antonio Sant'elia)〔1888―1916〕

彦坂裕


 イタリアは完全に遅れてしまった。
 産業革命を経ずに、いうならば19世紀という100年を完璧に欠落させたまま今世紀の近代期に短絡したこの国は、その時点での文明・文化の後進ぶりは誰の眼にも明らかなことであった。経済力や国際関係上の力はもちろんのこと、何よりもその近代精神の欠如は著しいものだったといってよい。それは無意味なまでの新しいものへの嫌悪、規律(ディシプリン)の不在が招来する怠堕なアナーキズム、批評意識とは縁遠い個人主義といった体質に顕著である。アヴァンギャルド運動ですらそうした体質から逸れ得るものではなかった。
 戦後イタリアで、かの「有機的建築」への道を開いた反ファシスト批評家ブルーノ・ゼヴィは、過去を払拭し、表現の革新を惹起した未来派の黙示録的な激情の中にさえも、過去の崇拝(カルト)への軽蔑と過去それ自体への軽蔑の混同を目撃しうることを指摘する。インターナショナルな運動としては失敗し、一時はキュビスムや表現主義とも接触はあったものの、結局は地方主義・愛国主義の道具立てへと堕落の道を辿った未来派の運命も、おそらくこうした背景が引金になっているにちがいない。当時、それでも電力に関してはイタリアはヨーロッパの先進国であった。未来派の独善的創始者マリネッティが、「電気」を近代の象徴とみなし、それに芸術的意味を発見したとしても不思議ではないのだ。

『新都市』への習作
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「『新都市』への習作」
Study design for a new town, 1914


 1910年前後、世界は、牧歌的・ロマン的な社会から近代の工業社会へと、急速に、しかもいくつかの位相では短絡的にシフトしつつあった。モンマルトルはロマンティックな老癩病患者であった。未来主義的な都市とは、新しい大建設工事現場や自動車が氾濫するミラノであった。建築家はもはや大聖堂や王宮を設計するのではない。大ホテルを、駅を、巨大な道路を、港を、屋内市場を、照明のついたアーケードをつくるのだ。
 テクノロジーが風景を刷新する。その進歩の産物である「速度」、「運動」――これが新しい社会の尺度として君臨することになる。スピードへの愛、というわけだ。マリネッティ日く、典範となるオブジェクトは、レーシング・カー、タービン、機関車、魚雷艇、飛行機、造船所、それに発電所といったものなのである。一方、テクノロジーのこうした野性的な産物のもう一つの局面とは、スペクタクルと化した近代生活・環境の実現化であった。近代精神の、最もエキサイティングな場としての大都市(メトロポリス)が新たな意味付けをもってここに登場する。都市空間は一種、セレモニーの様相を呈したメガロマニアックな機械といった風情を帯びてくる。それは劇場としての都市、舞台セットとしての都市にほかならない。運動、光、大気、音響が、そこには満ち溢れ、めくるめく眩暈を誘うのだ。
 イメージは、常に、驚異的でなくてはならない。マリネッティの「フリー・ワード」によるタイポグラフィ改革、不条理劇の先駆となる「総合劇」、ルッソロの騒音芸術などに代表される新音楽、それに数々の実験映画――これらのファンタスティックな未来派の冒険にとって不可欠なキャラクター、それがアントニオ・サンテリーアの描く未来主義都市・建築のドローイングであり、それのもたらす構想とイメージであった。

未来都市
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「未来都市」
citta nuova 1914


 サンテリーアは早熟な建築家であった。彼は己れのプロパガンダ的なドローイングの中で生命の炎を燃やし尽したといってよいだろう。テクノロジーとそれまで培われてきた建築の伝統を容赦なく野合させ、それを一挙に神学的な次元にすら高めるという賭けにも近い離れ業を、サンテリーアは現実のものにしてしまったのである。
 その初期の計画案は、フランスから浸透してきつつあった文学的なデカダンティズムに彩られていると同時に、ウィーンに形態上のソースを求めることができる。彼はダンテの『地獄』の詩にイラストを描いているし、後に親交をもつロモロ・ロマーニのデカダンティズムのモチーフにも影響を受けていた。また、表現の活力を明確な統制形式にのって顕示するオットー・ワグナーやそのシューレ(学派)に見られる尺度を失した装飾主義的な動向(なかでも、エミール・ホッペの「花様式」(フローレアーレ)も、その意味では典範的機能をもっていた。

発電所
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「発電所」
Power station


 建築の革新が異国の形態上の伝統をもって始められ、独自の語法が飛躍的に創造される、にもかかわらず、それは中性的なものでは決してなく、あくの強い個性やときとして魔術的ですらあるような雰囲気を漂わせていく。そしてその後に展開する建築運動が、どちらかというと抽象的でマニェリスティックな形態特質をもち、往々にして実践化に際しナショナリズムと深い関係をとり結んでしまう――そんな見取図を描くとするなら、前世紀ドイツ新古典主義期のF・ジリー/K・F・シンケルの関係とイタリア近代のA・サンテリーア/G・テラーニのそれが透かし絵のように重なってこないだろうか。ムッソリーニ政権傘下のイタリア合理主義の巨峰ジュゼッペ・テラーニは、サンテリーアのもつ象徴主義的スタイルとは異なるよりインターナショナルで透明度の高い言語で建築を語らしめたとともに、一方、コモ湖畔にサンテリーアの素描にもとづく「戦没者モニュメント」を実施化し、オマージュを捧げている。(だがその実作ではサンテリーアのもつダイナミズムが、むしろテラーニの手によって古典的かつスタテッィクなものに変貌させられている)。ちなみに、ジリーもサンテリーアも弱冠28歳にして悲劇的な死を遂げた。にもかかわらず、彼らのドローイングがはらむイメージの清冽さと迫力は、彼らをして建築の世界における巨星の如く燦然と輝かせ、その輝きは未だに衰えることを知らない。
 サンテリーアの詩には、コンストラクションの抒情性(リリズム)がある。その解剖学的な構図の根源には、詩的に昇華された技術の形而上学がひそんでいる。単純で丈高、傾斜したエレメント、パースペクティヴによって強調された垂直性・上向性、マッスの貫入と運動、材質の均質性、比類なき空間の連続性、土木的センスをもつメガロマニア………こうした語法がダムや発電所、あるいは巨大建造物や未来都市をテーマに緊迫したエンジニアリングの舞台をつくり上げるのだ。
 表現派のメンデルソーンを思わせる彫刻的で単明な外形をもつ工場、滑らかな表面を這いまわるベルトコンベアーやリフト、それに夥しい数の控え壁、そんな風景が都市にも同様に開けている。それは機械主義の讃歌であると同時に、人間がかくなる機械文明によって変容を強いられ、適応性によって選択される危機感の溢出でもあったとみていい。遅れてきた国に住む者だけが抱くことのできる、そして抱かざるをえなくなる感情にほかならない。「機械化された都市の中では、人は循環するか、そうでなければ滅びてしまう――という事実の認識にサンテリーアの全てのデザインは負っている」、それは近代建築史に未来派を復権させたレイナー・バンハムのことばでもあった。

ミラノ2000
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「ミラノ2000」
Electric Power Plant 1914


 とすれば、サンテリーアは近代の機械文明とそれが開く可能性に建築的なヴィジョンを与えただけなのだろうか。彼は建築に文明的な、社会的な視点をとり込もうとしたのでは決してない。そうではなく、建築それ自体が文明であり社会たりうることを夢見たのだ。
 「今日、われわれはトリエステで眠ろう。さもなくば、英雄たちとともにパラダイスで眠るのだ。」
サンテリーアの最期のことばは、確信をもって、その夢の所在を暗示しているようだ。

宗教建築
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「宗教建築」 1915



新都市
アントニオ・サンテリーア Antonio Sant'elia
「チッタ・ヌオーヴァ(新都市)」
citta nuova 1914


ひこさか ゆたか

*現代版画センター 発行『PRINT COMMUNICATION No.94』(1983年9月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
・「『新都市』への習作」
http://www.allposters.com/-sp/Study-Design-for-a-New-Town-1914-Posters_i1590098_.htm

・「未来都市」
https://www.flickr.com/photos/evandagan/3199631234

・「発電所」
https://paperarch.wordpress.com/italian-futurism/

・「ミラノ2000」
https://jp.pinterest.com/pin/158751955585346827/

・「宗教建築」
『死ぬまでに見たい名建築家のドローイング300』ニール・ビンガム、谷本開作訳 エクスナレッジ 2014年

・「チッタ・ヌオーヴァ(新都市)」
『死ぬまでに見たい名建築家のドローイング300』 ニール・ビンガム、谷本開作訳 エクスナレッジ 2014年

■彦坂 裕 Yutaka HIKOSAKA
建築家・環境デザイナー、クリエイティブディレクター
株式会社スペースインキュベータ代表取締役、日本建築家協会会員
新日本様式協議会評議委員(経済産業省、文化庁、国土交通省、外務省管轄)
北京徳稲教育機構(DeTao Masters Academy)大師(上海SIVA-CCIC教授)
東京大学工学部都市工学科・同大学院工学系研究科修士課程卒業(MA1978年)

<主たる業務実績>
玉川高島屋SC20周年リニューアルデザイン/二子玉川エリアの環境グランドデザイン
日立市科学館/NTTインターコミュニケーションセンター/高木盆栽美術館東京分館/レノックスガレージハウス/茂木本家美術館(MOMOA)
早稲田大学本庄キャンパスグランドデザイン/香港オーシャンターミナル改造計画/豊洲IHI敷地開発グランドデザイン/東京ミッドタウングランドデザインなど

2017年アスタナ万博日本館基本計画策定委員会座長
2015年ミラノ万博日本館基本計画策定委員会座長
2010年上海万博日本館プロデューサー
2005年愛・地球博日本政府館(長久手・瀬戸両館)クリエイティブ統括ディレクター

著書:『シティダスト・コレクション』(勁草書房)、『建築の変容』(INAX叢書)、『夢みるスケール』(彰国社)ほか
~~~~~~~~~~~
●今日のお勧めはドメニコ・ベッリ Domenico Belliです。
ベッリ「宇宙の恋人たち」
ドメニコ・ベッリ Domenico Belli
GLI AMANTI OEL COSMO 宇宙の恋人たち
1970 油彩
94.0x67.0cm Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「 戦後・現代美術事件簿」は毎月18日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

オクヤ・ナオミ展開催中

本日(月曜)は休廊です
3月から企画展の開催中も、日曜、月曜、祝日は休廊とすることにしましたので、悪しからずご了承ください。
とはいえ、スタッフの秋葉と新澤の二人は韓国釜山でのアートフェア(今日が最終日)で日曜も祝日もなく奮闘中です。
気の毒なことに、過去最大規模のブース(約100平米)の設営を最小の人数でこなし、連日の接客でへとへとになっている。幸い出品作家の葉栗剛さん、野口琢郎さん、長崎美希さんの三人が設営や接客にも活躍してくれて随分と助かっています。
当初は社長と亭主も釜山に向かうはずだったのですが、亭主は3月中旬に思わぬ事故に遭い、手術後の治療のため早々とキャンセル、続いて前日まで出張予定だった社長も体調を崩してしまいドタキャンとあいなりました。社長が寝込むなんて久しぶりのことです。
今回の釜山は知り合いの画廊にお誘いを受けて参加したのですが、どうも事務局の集客力、発信力に問題があるらしく売り上げはさっぱり。最後の一日で何とか成果を挙げてほしいと留守番の亭主と社長は祈るばかりです。

そんな訳で、主力は韓国、画廊では留守部隊がオクヤ・ナオミ展を開催中です。

●展示風景
01

02

03

05

06

07

08


◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)


◆ときの忘れものは「ART BUSAN」に出展しています。
ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea

ときの忘れものブースナンバー:C5
公式サイト:http://artbusankorea.com
出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第9回

藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」第9回

残された、或いは期せずして残ってしまった資料を収集・保管していくこともアーカイブの面白いところですが、意図的に資料を蓄積していく試みもあります。
アメリカ国立公園局が行っているHistoric American Buildings Survey(アメリカ歴史的建造物調査、略称HABS)は、1933年から継続されているアメリカ全土の歴史的建造物の記録調査で、まとめられた記録資料はアメリカ議会図書館で保管・公開されています。プレ・コロンビアンの遺跡から20世紀の建物まで、またフランク・ロイド・ライトの作品のような有名建築から街角の食料雑貨店まで、選定された建物について調査員が定められたガイドラインに従って実測して図面を起こし、歴史的背景を文書に記述し、写真家が写真記録を撮りおろします。1969年からはHistoric American Engineering Record(アメリカ技術遺産記録、略称HAER)として橋などの土木技術の記録が、2000年からはHistoric American Landscape Survey(アメリカ歴史的ランドスケープ調査、略称HALS)が加わり、現在では4万件に及ぶ記録が蓄積されています。建築の記録資料群としては世界最大級といいます。聞き取りをした2013年には、実測は手で測るだけではなく、主にレーザースキャナを用いて行われているとのことでした。近年では図面や写真を基にCGも制作され、youtubeで公開もされています。国の事業ですから基本的に資料はパブリックドメインです。もちろん研究者にも使われていますし、消失した建物をこの記録を基に復元した例もあるようです。
議会図書館での研修中にはこれら資料の整理にも携わりました。年に数回公園局から移されてくる資料は既に州別に分かれて番号がふられています。これらを図面、写真、文書に分けて記録・保管し、カタログ化された情報や画像データは議会図書館のウェブサイトを通じて公開されます。毎年記録は蓄積されていきますが、公開までの道筋がシステマティックに出来上がっているため、記録されてから利用できるようになるまでも速やかです。
興味深かったのは、このプロジェクトが元々フランクリン・ルーズベルト政権下で始まったということでした。ご存知のようにルーズベルトはニューディール政策で大恐慌からの立ち直りを図りましたが、同時に国民へのアメリカの歴史文化に対する理解促進にも熱心でした。ニューディール政策の一環として、公共事業促進局(WPA)は失業した芸術家たちを雇用する「フェデラル・ワン」プロジェクトを行っています。HABSプロジェクトを通じては、恐慌で職を失った建築家たちに調査員としての仕事を与えると共に、建国して150年ほどの若い国家であるアメリカの文化資源を意図的に蓄積していったわけです。いかにも公正に歴史を記録しているようにみえるこの資料群は、まさにアメリカ的な文化戦略を体現しているように感じられました。大切なものだから記録するというだけではなく、反対に重要なものとして記録することで、歴史的価値、更には文化の拠り所が創造されていく。
昨年来日していたアフリカのブルンジ共和国の映画監督レオンス・ンガボ氏が、ブルンジのアーカイブについて興味深い話をしていました。ブルンジの歴史を描いた作品を制作するために資料となる映像を探したが国内にはなく、ベルギーのアーカイブに見つけたというのです。度重なる植民地化・内戦で政権が変わる毎に前政権の資料は破棄されたため、歴史的資料の蓄積がないのだそうです。ブルンジの公用語はルンディ語とフランス語でしたが、近年は英語も加わったそうです。ブルンジではこれからどのような歴史をどのように記録していくのでしょう。数百年後にその記録が権威をもったものになることを考えると、記録する者の責任は重大です。
国家の起源や歴史を覆すようなアーカイブを扱うようなことは、そうそうないかもしれません。しかし大なり小なりアーカイブに関わるにあたっては、それだけの覚悟を持っていたいものです。

01アメリカ国立公園局制作のスペースシャトル「ディスカバリー」CG


アメリカ議会図書館のHABS/HAER/HALSのページはこちら↓
http://www.loc.gov/pictures/collection/hh/

アメリカ国立公園局制作のCG映像はこちらから↓
https://www.youtube.com/user/HDPNPS

ふじもと たかこ

藤本貴子 Takako FUJIMOTO
磯崎新アトリエ勤務のち、文化庁新進芸術家海外研修員として建築アーカイブの研修・調査を行う。2014年10月より国立近現代建築資料館研究補佐員。

●今日のお勧め作品は、磯崎新です。
20160522_isozaki_drawing_600磯崎新
「ドローイング」
紙に鉛筆
11.5x34.2cm Signed

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)


◆ときの忘れものは「ART BUSAN」に出展しています。
ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea

ときの忘れものブースナンバー:C5
公式サイト:http://artbusankorea.com
出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

葉栗剛〜「ART BUSAN」に出品します

「ART BUSAN」の一般公開が始まりました。
会場が広すぎて(通路も広い!)閑散としているように見えてしまいますね。
busan02
ときの忘れもののフェアの歴史では一番広いスペースです(約100平米)。
どうせ初めてなのだからと、社長の英断です。

busan07
ブースの内側から通路を見たスナップ。

本日は「ART BUSAN」出品作品の中から、葉栗剛の作品をご紹介します。
男気のシリーズより少し前に制作した作品群です。

●作家コメント
「ふと気づくとヤツラの中に俺がいた、すごく気持ちのいいヤツラだ。」
そんなヤツラを作り始めた、作っても作ってもヤツラはいない。
そうさ、それは全て夢の中のヤツラだからさ!

(はぐり たけし)

たびだち出品No.12)
葉栗剛
「たびだち I」
2009年
楠、アクリル彩色
H153.0cm
写真:二塚一徹


たびだち (3)出品No.13)
葉栗剛
「たびだち II」
1999年
楠、アクリル彩色
H118.0cm(人体のみ)
写真:二塚一徹


空虚な時には・・・ (1)出品No.14)
葉栗剛
「空虚な時には・・・」
2002年
楠、アクリル彩色
H100.0cm
写真:二塚一徹


輝きたいなら・・・ (1)出品No.15)
葉栗剛
「輝きたいなら・・・」
2008年
楠、アクリル彩色
H42.0cm
写真:二塚一徹


空気のように・・・ (1)出品No.16)
葉栗剛
「空気のように・・・」
2008年
楠、アクリル彩色
H57.0cm
写真:二塚一徹


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「ART BUSAN」に出展しています。
ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea

ときの忘れものブースナンバー:C5
公式サイト:http://artbusankorea.com
出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

長崎美希〜「ART BUSAN」に出品します

韓国釜山で開催の「ART BUSAN」は昨日が招待日でしたが、期待に反して来場者は随分少なかったようです(不安・・・・)
いよいよ今日から一般公開です。
20160519_artbusan18日夕方の会場風景、でかいです。アートフェア東京の数倍の規模。

RIMG0891_600
先日ご報告したとおり、ロゴマーク及び英文の名称表記を変更しました。

「ART BUSAN」出品作品の中から、木彫作家の長崎美希作品をご紹介します。
ときの忘れもの史上初めて登場した「可愛い」をテーマにした作品です。

●作家コメント
「ああちゃん」という女の子の赤ちゃんをモチーフに、「可愛い」をテーマに作っています。
5冂の小さな木彫作品ですが、ああちゃんの可愛い仕草を細かく、丁寧に、愛情を込めて!をモットーに彫刻刀でちみちみと彫っています。
楽しく作っているので、私の作品を見る人にもそれが伝わると良いなぁ、と思います。

(ながさき みき)

Nagasaki_001出品No.17)
長崎美希
「スイミングああちゃん」
2009
ジェルトン
H4.5cm
サインあり


Nagasaki_002-2出品No.18)
長崎美希
「啖呵ああちゃん」
2009
ジェルトン
H4.0cm
サインあり


Nagasaki_003-1出品No.19)
長崎美希
「獅子舞ああちゃん(獅子舞付)」
2012

H5.0cm
サインあり


Nagasaki_004
出品No.20)
長崎美希
〈ああちゃんうんちっちシリーズ〉(3点セット、各オマル付)
左から: ふん! H5.5cm/どれどれ H6.5cm/くっちゃ! H5.5cm
2012

板にサインあり

Nagasaki_005
出品No.21)
長崎美希
〈ああちゃんたっちシリーズ〉(4点セット)
左から: いち H4.5cm/にの H5.5cm/さん H6.0cm/…し H3.0cm
2013

サインあり

Nagasaki_006-2出品No.22)
長崎美希
「お月見ああちゃん(杵、臼付)」
2013

H9.0cm
サインあり


Nagasaki_007出品No.23)
長崎美希
「あれ?」
2014

H5.5cm
サインあり


Nagasaki_010-2出品No.24)
長崎美希
「くましゃ〜ん!」
2014

H5.5cm
サインあり


Nagasaki_011出品No.25)
長崎美希
「あいちゅがわるい」
2014

H5.0cm
サインあり


nagasaki_ (11)出品No.26)
長崎美希
「ぐびっ・ぐびっ」
2016

H5.8cm
サインあり


nagasaki_ (12)出品No.27)
長崎美希
「ぺろ・ぺろ」
2016

H5.5cm
サインあり


nagasaki_ (10)出品No.28)
長崎美希
「おおきくなぁれ」
2016

H6.0cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものは「ART BUSAN」に出展しています。
ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea

ときの忘れものブースナンバー:C5
公式サイト:http://artbusankorea.com
出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)


ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第3回

小林紀晴のエッセイ「山の記憶」 第3回

 前回触れた「幼少の頃の死の直感」というのは、具体的にはどのようなものか。どこから生まれたものなのか。
 目をつぶり、正しく記憶を辿ってみる。しかし、途中で、必ずその道筋はわからなくなる。次第におぼろげになり、途中からトレースできなくなる。当たり前といえば、当たり前かもしれない。最後まで辿ることができれば、それはもはや記憶ではなく、記録かもしれない。
 子供の頃、時々、外に立たされた。一種のお仕置きみたいなもので、宿題をしなかったとか、悪さをしたとか、理由はそんな子供ゆえのことだった。日本のほかの地域でも、そんなことが普通に行われていたのかを私は知らない。少なくとも現在、東京の住宅街で、そんなふうに玄関先に立たされている子供の姿を見かけることはない。もしかしたら、時代と関係しているのかもしれない。
 少なくとも長野県の私の生まれ育った地域では昭和40年代、50年代、そんなふうに子供が外に立たされることは、けっして珍しいことではなかった。あるいはお蔵に閉じ込められることも。ちなみに、学校で教師に廊下に立たさることもごく普通にあった。
 思い出してみても、肝心な「外に立たされた理由」というものはほとんど記憶にない。きっと、些細なことだったのだろう。カミナリが落ちると、親から「外にでて、立ってろ!」と言われた。
 勝手口の脇に一時間ほど立っていれば、許される。だから反省するより、その時間をいかにやり過ごすかばかりを考えていた。1時間もすれば、親の気持ちも落ち着き、「まあ許してやるか」という感じで、家のなかに入れてもらえたからだ。
 ただ、冬だけは明らかに違った。緊張が走った。突然、外に出されるのだから、防寒着を羽織ることは許されないし、帽子もかぶらず、手袋もしていない。下手をしたら裸足にサンダルだけ履いてほっぽり出されることになる。
 つまり部屋着のままなのだ。だから、すぐに身体が急激な寒さに包まれる。気温はマイナスだ。寒さに比例して、心のなかに恐怖心が広がっていく。それはより強靭になり、揺るがない。
 このまま死んでしまうのではないか。
 その思いが唐突に湧き上げる。もし、家のなかに入れてもらえなかったら確実に死ぬと確信する。次第に足の指先の感覚がなくなっていきもする。
 いま考えれば、親もきっとそのあたりの頃合いは十分に考え、計算していたはずだ。冬は15分ほどで「入っていい」と許しがでたからだ。
 でも子供だからそんな余裕などない。もし一晩中出されたままで朝を迎えたら、と思うと、意識は絶望に変わる。間違いなく死んでしまうという想像だけが突っ走る。マイナス10度以下になるので、大げさではなく、本当に死ぬことだってあり得るだろう。
 その恐怖心が私のなかには眠っている。大人になっても消えることがない。不意に目を覚ます。

01小林紀晴
「Winter 03」
2014年撮影(2014年プリント)
ゼラチンシルバープリント
14x11inch
Ed.20


 前回触れた、写真展に来てくれた方の
「幼い子供が、死なんて、連想するだろうか?」
 という発言に疑問を呈したのは、だからだ。その言葉に違和感を抱いたのは、こんな体験が根底にある。
「幼少の頃の死の直感」
 私はそれを写真に撮りたかった。
 それにつながるものをあえて撮ることは、一種の荒治療だとも思っている。
登山家がヒマラヤなどの高所で高度順応するために、あえて高度障害を押して高いところまで行き、少しだけ下ると身体が楽になる。結果として早く順応する。それにどこか似ている気がする。
 あえて、「幼少の頃の死の直感」を連想するものを目にして、写真に撮る。すると、何かが違って見えるのではないか。そんな行為だと思っている。
 数年前に同じ写真を地元で展示したことがある。
 会場に置いた感想ノートにこんな意味のことが書かれていた。
「わたしは、盆地の冬が嫌いです。冬の枯れた山が苦手だからです。でも、ここに展示されている写真はなぜか好きです。もしかしたら、次の冬、枯れた山が違って見えるかもしれません」
 書いてくれた方と、深いところで直接、何かがつながった気がした。
こばやし きせい

小林紀晴 Kisei KOBAYASHI(1968-)
1968年長野県生まれ。
東京工芸大学短期大学部写真科卒業。
新聞社カメラマンを経て、1991年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。1997年に「ASIAN JAPANES」でデビュー。1997年「DAYS ASIA》で日本写真協会新人賞受賞。2000年12月 2002年1月、ニューヨーク滞在。
雑誌、広告、TVCF、小説執筆などボーダレスに活動中。写真集に、「homeland」、「Days New york」、「SUWA」、「はなはねに」などがある。他に、「ASIA ROAD」、「写真学生」、「父の感触」、「十七歳」など著書多数。

●今日のお勧め作品は、小林紀晴です。
20160519_kobayashi_10_work小林紀晴
〈ASIA ROAD〉より2
1995年
ヴィンテージC-print
Image size: 18.7x28.2cm
Sheet size: 25.3x30.3cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)


◆ときの忘れものは「ART BUSAN」に出展します。
ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea

ときの忘れものブースナンバー:C5
公式サイト:http://artbusankorea.com
出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」 第10回(最終回)

森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」第10回(最終回)

黒川紀章・アスベストまみれの世界遺産“候補”建築

 熊本地震の被災者の皆様に哀悼の意を表します。まだ余震が続いていることもあり、なんとか不便な避難生活を忍耐をもって乗り切れることをお祈りしております。

 今回、薩摩川内市においても震度4の揺れがあったのにもかかわらず、川内原発停止せず。それどころかNHKは会長指示により鹿児島の震度を意図的に隠ぺいしていたふしすらある。「原発における不安感を助長しないように」というのがその理由だ。
 現在わが国は、立憲主義というものをめぐり大変な岐路に立っているといえよう。本来、憲法は権力を抑止し、国民を権力の暴走から守るためのものだが、ここでは国が国民の主権を制限するために憲法があるようだ。まず国体と社会があって個人があるという考え方は、現在の近代民主主義とは逆転している。個があり社会があり国があるのだ。
 もともと芸術や美術とは何かと考えた場合、この民主主義の個の尊厳、個人の権利の重要性上に成立している。すくなくとも社会主義リアリズムやナチ・リアリズム、日本の戦争協力画を除いては。ナチはこの個的な表現を「退廃芸術」と呼んで排除したが、美術史自体がその退廃芸術と呼ばれたものの勝利であったことは疑う余地はなかろう。つまり美術とは「個人の尊重」と「表現の自由の保障」上にあって、ピカソ「ゲルニカ」を見るまでもなく、平和主義、反戦をその核に有する。その意味で、1947年に施行されたいわゆる日本の「平和憲法」とは世界に先駆けた「芸術憲法」ともいえるものなのである。
 この立憲主義が国家主義的なトーンに変化したのはいつごろからなのか?
 1999年に国歌国旗法が成立した。このときはジョン・レノン「イマジンを国歌に」などといった極端な意見もあったが、少なくとも「イマジン」は平和主義的ではある。だが、ここで戦前の国体を思わす国歌国旗法が成立したことが、現在の全体主義復活傾向に拍車をかけたことは間違いないのではないか?

 さて、3.11以降、とりわけ福島第一原発の事故をめぐり、国家主導の流れが大きく表面化してきた。本来ならばいまだ原因も状態もわからず、相変わらず放射線を放出し続けているこの3基の原子炉に関し、世論は脱原発をもっと唱えてもよさそうなものだったが、現実はそうなってはいない。ここでも国と企業の思惑が個人の主張を制限している。
 アートはこの動向に関しささやかな抵抗をしめしてきた。日本美術会主催の「日本アンデパンダン展」など一部を除いては、原発事故に言及するアート表現は検閲・規制・自粛されてきたが、公然の秘密だが竹内公太とされ一応は作者不詳「指差し作業員」(2011)やChim↑Pomが渋谷駅構内に設置された岡本太郎「明日の神話」第五福竜丸被爆事件の下に原発事故を加えた行為(2011)などにそれは見ることができる。Chim↑Pomのメンバー3人は軽犯罪法違反容疑で書類送検されてもいる。(*結果は不起訴)

1作者不詳
「指差し作業員」
2011
映像


2岡本太郎
「明日の神話」壁画、第五福竜丸の直下に付加されたChim↑Pom「福島第一原発事故」作品。
仮設展示
2011


 こうした権力主導の問題がアート的なところで生じた件に関し、相似形の現象がいちはやく筆者の身辺に生じたのは2004年だった。筆者がスタジオとして使用していた中銀カプセルタワーB601号室でアスベスト問題が露見したのである。そのため筆者は世界的建築家の黒川紀章と対立することになった。
 黒川紀章、日本芸術院会員、文化功労者、日本建築学会終身会員、ブルガリア建築家協会名誉会員、英国王立建築家協会名誉会員、その他数々の栄誉に輝き2007年10月12日逝去した世界的建築家である。60年代に黒川紀章が赤坂に「スペースカプセル」を作ったときには、寺山修司らの先端的人々が集い前衛芸術の拠点のようにもなって私も常連のひとりだった。

3黒川紀章設計
「スペースカプセル」
1968


 「中銀カプセルタワービル」は、国際的建築家として名をはせた故黒川紀章の代表作である。50年代末に提唱され、60年代を通じて世界的に評価されたメタボリズム(建築や都市を生命体のように部分的な更新が持続するものとして捉える建築思想)の代表作のひとつともいわれてきた。メタボリズムは当初建築家、菊竹清訓によって提案された建築概念で、スクラップ&ビルドのあり方を根本的に疑い、建築を代謝可能なものとして見直すという運動であった。今日の建築界が直面しているサスティナブルと共通する考え方である。ただし、豪農の子息であった菊竹がこの考え方に至った事情は少し特殊である。GHQによる農地改革で、小作人に農地を解放したため、菊竹の実家は凋落していった。その思いと独自の神道的意味論が結合し仮想土地を何もない空間に作り代謝させるという発想につながり、メタボリズムの契機となっているように思える。その思想はあの”人類の進歩と調和”70年万博をもってひとつのピークを成したといえよう。
 70年万博は当時、菊竹を始め丹下健三、磯崎新ら、わが国の戦後建築の背骨を成すこととなる思想的建築家がこぞって参加し、黒川紀章もユニットによる東芝IHI館、タカラ館の設計を担当するとともにお祭り広場の鉄骨構造の大屋根(丹下設計)から太陽の塔横に吊り下げるようにしてカプセル構造の住居を考案した。これがカプセルを取り替えることで持続可能な有機的な建築として評判を得、「中銀カプセルタワービル」は、カプセルホテル同様に万博の実験建築を初めて銀座の巷に根付かせるという意味で計画され1972年に竣工した建築だ。黒川は茶道に通じていたため、わずか3坪のカプセルを現代の茶室として考えた側面もある。だが、自然との融和を理想とした茶道と異なりこの黒川カプセルは、後に述べるようにアスベストにまみれており、高度成長期の負の遺産と心中しているような、結果的に「毒ワビ」「毒サビ」を体現した茶室の対極にある建造物なのだった。

4丹下健三の大屋根から吊られた黒川紀章のカプセル住宅。
1970
大阪万博


 私がこの建築の一室を所有することになったのは1992年のことだ。ところが、実際に居住してみると驚くことばかりが起こった。黒川の理想と現実の建築物に天と地ほどの乖離がある。鉄骨に0.8ミリという極薄の鉄板が巻いてあるだけの直方体状の構造体を2本のボルトで固定してあるというだけのしろもので、極薄の鉄板は雨水や鳩の糞などで容易に腐蝕し、ぽっかりと空いた穴から雨水が絶え間なく室内に浸水してくる。こうした漏水状態が続くことにより、石膏ボードで仕切られただけの天井がやがて崩落したのである。このとき大量の劣化アスベストが室内に充満していた。通常のコンクリート住宅は60年程度の耐久性があるが、このカプセル住居は20数年で崩壊し始めるような安易な構造体なのであった。しかも配管の問題もあって交換不可能な“代謝しない”設計になっていた。これだけでも人の住居としては不適、いってみれば金属状の物置の方がまだましで、犬小屋なみとでもいえようか。メタボリズムは全くの空理で現実はオモチャのように荒唐無稽、住宅とはほど遠かったのだ。所詮は低レベルな万博という遊園地の余興に過ぎなかった。

15スラム化が進行し天井が崩落、アスベストも散乱する中銀カプセルタワービルの一室


 こうして漏水禍と闘っていた2004年12月、私は船用の防水FRPで 漏水箇所を内側から塞ぐ計画を立てた。折りしもマンションの管理総会に出席した際、そのことを建築家の木村明彦氏に告げたところ、「アスベストに気を付けてくださいね」といわれたのだ。アスベスト? 耳慣れない言葉だった。調べてみるとアスベストとは極細の鉱物繊維で、太さは、10万分の3ミリ、髪の毛の5千分の1。いったん吸い込むと肺に突き刺さり一生消滅しない。ここが患部となってガンや中皮腫を引き起こし死に至る。吸い込んでから12年以上かかるので「静かな時限爆弾」と呼ばれる恐ろしいものなのだ。高度成長期に国が奨励し、安価な耐火材として大量に使用されていた。今や著しい劣化・飛散が始まり全国で公害化し大変な環境問題となっている。

 超有害の吹き付けアスベストが板一枚隔てて壁・天井・床の360度に存在した。
 そこで、NPOのアスベストセンターに連絡したところ、すでに酷い状態といわれ入室する際には正規の防塵服と防塵マスクを着用するよう指摘して帰った。それ以来、部屋を自主閉鎖した。後日、管理組合の許可を取り、正式に成分分析と濃度検査を行なったところ、75年に吹き付け禁止されたアモサイトというアスベストが使用されており、清掃時には1リットル中800本という居住不可能という非常な危険値が検出された。ここに至り、カプセルは四方八方からアスベストが汚染する密室殺人装置と化しアメニティ(癒し)建築云々は悪い冗談にしか聞こえなくなった。
 これはマンション全体の問題だと思い、アスベスト問題を訴えたが、黒川建設事務所や施工主の大成建設らは対応する素振りすらなかった。高度成長期にアスベストを積極奨励した国土交通省、その他環境庁、千代田区役所環境課など行政にも惨状を訴えたが梨のつぶてであった。黒川はご承知のとおり「環境と建築」「自然との共生」を唱え機械主義的な近代建築に対し、ポストモダンの環境重視の建築思想を著書で論じ、講演してきたオピニオンリーダー的人物で、環境万博といわれた愛地球博のシニアプロデューサーでもあり、森が消失してゆく都市環境に対し警鐘をならし、丹下都庁舎のアスベスト禍にも言及して来た人物ではなかったか。なんという偽善か。
 埒があかないのでこの惨状を2005年8月「週刊新潮」に取材してくれるように要請。その記事に対して黒川は一億円の訴訟を起こした。住民の生命よりも自身の建築家としての名誉優先の処置だった。黒川紀章の対応は、「床、壁、天井の内壁をすべてはがして、アスベストを完全露出させた上で独自に汚染調査したB601号室1戸のみ基準値を上まっています。B601号室の森下氏は、自宅を昨年よりジャーナリズムへの公開を実施しており、このことがメディアに紹介されました。また、4月に銀座芸術研究所で「キラーアスベスト―誰のための建築なのだろうか」展を開催しています。」(黒川記章公式ウェブサイト反論 2006.05.30)という私が故意にアスベストを降らせたといったいいがかりに等しい事実無根の信じられないものだった。筆者が抗議したものの、2006年7月のINAX銀座でのレクチャー中も同発言を繰り返した。私自身も東京地裁で証言したが、結果は黒川側の全面敗訴となった。カプセルの「欠陥構造、アスベスト汚染」は本人の全面否認にもかかわらず確定したのである。同建築がユネスコの世界遺産になるといった発言についても、黒川は「私からいったことはないし、そのことを保存要請の理由にはしていない」と否定しているけども中銀の建て替え委員会ではそのように語っている。その後、高裁まで控訴したが、結局、ご本人の死により黒川全面敗訴は確定している。

9「住民を激怒させた黒川紀章のアスベスト汚染マンション」
週刊新潮
2005年9月8日号 145P


 その後、今度は私が管理組合を相手取り、アスベスト禍の責任をめぐり、「第二次アスベスト裁判」(2013〜2015)を東京地裁に起こし、こちらはカプセルを買い取るといった条件で和解・決着している。そのため、このいまわしいカプセルの部屋のわずらわしい所有からはいま解放されている。

 私は2006年「キラー・アスベスト 誰のための建築なのだろうか?」、2007年「黒川紀章マンション移築計画」(いずれも銀座芸術研究所)といった個展、「日本アンデパンダン展」(国立新美術館 2008)、「エコ@アジアニズム新潟展」(新潟市新津美術館 2008)、環境アート展「P.E.A.N.」(四谷・CCAAアートプラザ 2009 *森下がプロデュースしたこの展覧会では、インスタレーション、パフォーマンス、レクチャーと水とアスベスト汚染をめぐる環境問題が18 日間にわたり繰り広げられた。リノベーション建築の雄、故・山田幸司のカプセル・リノベーション案はこの時発表された)でのインスタレーションなど計7度、アートとしてこの問題を告発したが、不思議だったのは取材に来たNHK、TBSがなぜかこの問題を放送しなかったのである。実際に解体するとなれば新橋、銀座、虎ノ門までアスベストが飛散する可能性すらあり、現在でも銀座の目抜き通りあたりまで劣化アスベストが飛散している可能性もあるのにだ。また、朝日新聞は結局匿名で掲載したが論点はぼかされていた。メディアによる自主規制が行われたのだ。当時、黒川紀章は現在も改憲思想の中枢にあり大きな力を持つある文化政治結社の幹部であり、この時点で圧力を行使することは容易だったろう。このことで私は現在福一をめぐる報道が大変偏向している状況と同一の流れをいちはやく認識したのだった。私はアートとして問題を発信したのだが、ましてや美術館がアスベストや放射能をめぐる問題を市民の側に立ち真摯に扱うことはないであろう。実際、埼玉県立近代美術館・北浦和公園に設置中の寄贈されたカプセルは野ざらしなので0.8mmボンデ鋼製の極薄鉄板に穴が開けば即座にアスベストが飛散する恐れがあるのではないか? 慎重に対処すべきかと助言しておく。

10森下泰輔
「キラー・アスベスト」
インスタレーション
2006
銀座芸術研究所


13森下泰輔
「ASBESTOS」
インスタレーション
2009
CCAAアートブラザ・四谷


6森下泰輔
「アスベスト・カプセルB601 アスベスト壁アモサイト12%含有」
2005
C-printにアクリル加工(*露出したアスベスト壁)


5森下泰輔
「アスベスト・カプセルB601 劣化アスベスト」
2005
C-printにアクリル加工(*床一面に散乱したアスベスト)


7森下泰輔
「アスベスト・カプセルB601 濃度測定2005年4月7日 」
2005
C-printにアクリル加工


12森下泰輔
「国土交通省は残留アスベスト建築の適切な処置をせよ!」
2007
ターポリンに顔料インク
180×60cm


11森下泰輔
「黒川紀章アスベストマンション移築計画」
2006
パネルに紙、アクリル


8森下泰輔
「中銀カプセルタワーは、内壁のすべてがアスベストに覆われている。」
2006
2016に一部加筆
紙に顔料インク、インクジェットプリント


14山田幸司のリノベーション案。
外観をシミュレーションしながら鉄とガラスの新たな構造体に移し替えている。
2009


 このままでは住むどころか劣化して崩落のおそれすらある。2006年にはDOCOMOMO JAPANが日本におけるモダンムーブメント建築に選定したり、また レム・コールハースのような世界的影響力を持つ建築家が大絶賛して関連本を出版したこともあって、このカプセルはここ数年、黒川に心酔する保存派の購入が増加し、建て替えに異をとなえ、届け出なしにカプセルを勝手にリフォームしており、一部は販売したり違法簡易宿泊業務に供したりしている。昨年暮れには「銀座の白い箱舟」といった写真集までネット・ファウンドを介して出版している。「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」は保存を強く主張しているが、現地での保存は、ここでは枚挙にいとまはないが諸事情あって困難だと思われるため、私はすでに2006年、アスベストを無害化したうえでカプセルの思想が注目された大阪千里・万博広場、太陽の塔横に移築して、子供の美術および情操教育の場としたらどうかという移築計画を提案している。なんと訴訟中、敵なのに「キミ、よろしく頼むよ」と黒川紀章ご本人から遺言のように頼まれていたほどである。本当は黒川紀章の政治家ではなく芸術家の部分がシンパシーを感じていたのかもしれない。

 当該建築、まぎれもない負の要素の塊であるにもかかわらずここ最近はファッション系の雑誌が同地でモデルやアイドルの撮影をしたり、明るくファンタジックに紹介したりしているのが目につく。外観と内装をカッコよくつくろえばハッピーになれるのか? それでは抜本的問題は何も解決しないのだが、そう、福一のリアルな現実を忘却して何事もなかったかのようにオリンピックゲームへと向かう日本国の空気そのものと相似形なのだ。

 さて、およそ10か月にわたり「戦後・現代美術事件簿」を連載させていただいたが、基本的にわいせつ罪をめぐる攻防が中心になってきたように思う。もっと政治的な側面、公立美術館の問題、独立行政法人の問題などに立ち入ることもできた。こうした面に関してもまた別の機会に言及してみたく思う。だが、いっけん無関係に見える性の問題と政治的問題は実は大いに通底しているのだ。いま「表現の自由」が危機にさらされているとき、さらなる規制・検閲・抑圧が美術をめぐる環境に降りかかってくることは想像にかたくない。今後ともこの問題を真摯にみつめ分析を続けていく所存である。(敬称略)
もりした たいすけ

森下泰輔(Taisuke MORISHITA 現代美術家・美術評論家)
新聞記者時代に「アンディ・ウォーホル展 1983〜1984」カタログに寄稿。1993年、草間彌生に招かれて以来、ほぼ連続してヴェネチア・ビエンナーレを分析、新聞・雑誌に批評を提供している。「カルトQ」(フジテレビ、ポップアートの回優勝1992)。ギャラリー・ステーション美術評論公募最優秀賞(「リチャード・エステスと写真以降」2001)。現代美術家としては、 多彩なメディアを使って表現。'80年代には国際ビデオアート展「インフェルメンタル」に選抜され、作品はドイツのメディア・アート美術館ZKMに収蔵。'90年代以降ハイパー資本主義、グローバリゼーション等をテーマにバーコードを用いた作品を多く制作。2010年、平城遷都1300年祭公式招待展示「時空 Between time and space」(平城宮跡)参加。個展は、2011年「濃霧 The dense fog」Art Lab AKIBAなど。Art Lab Group 運営委員。2014年、伊藤忠青山アートスクエアの森美術館連動企画「アンディ・ウォーホル・インスパイア展」でウォーホルに関するトークを行った。本年2月、「林先生が驚く初耳学」(TBS系列)でゲストコメンテーターとして出演した 。

●今日のお勧め作品は、靉嘔です。
20160518_ayo_63靉嘔
「move by rainbow an animale!」#13
1963年
ミクスドメディア
47.2×47.9×17.2cm
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」は毎月13日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・森下泰輔のエッセイ「 戦後・現代美術事件簿」は毎月18日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200「オクヤナオミ展」
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)


◆ときの忘れものは「ART BUSAN」に出展します。
ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea

ときの忘れものブースナンバー:C5
公式サイト:http://artbusankorea.com
出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

秋葉シスイ〜「ART BUSAN」で個展を開催します

「アートフェア東京2016」は先週末14日(土)に終了いたしました。
国内のアートフェアでは赤字街道を驀進中だったのですが、亭主の愚痴に同情してくださったお客様たちの応援のおかげで、ようやく連敗阻止!
ほっとする気持ちで搬出作業を終えることができました。
注目を集めたのは何と言っても松本竣介でした。若い人から、ご年配の方まで「おっ、竣介だ」と足を止められ、熱心にご覧になる方が多く、おかげさまで6点中4点が売れました。
意外だったのは関根伸夫です。亭主にとっては師匠であり、恩人でもある関根先生の国内市場での評価は「実績」に比して不当に低いと思うのですが、多勢に無勢、いくら「セキネは現代美術史上最大のスターだ」と力んでも反応は芳しくなかった。
今回、現代版画センター時代のエディションである版画と立体を4点出品したのですが、初日早々に海外からのお客が3点をお買い上げになり、持ってかえるというので、慌てて展示替えをすることに。新たに展示した別の作品も最終日にやはり海外の女性客がお買い上げになりました。
通訳をつれた女性客から「この作品のコンセプトを説明して欲しい」と請われたのですが、
亭主「セキネノブオをご存知ですか」
客「知らない」
亭主「もの派というムーブメントをご存知ですか」
客「知らない」
そこで亭主は、かつて企画した関根の作品集を見せながら、「位相ー大地」からの関根の成し遂げた「革命」について、拙い説明をくりひろげたのでした。
なかなか優秀な通訳だったようで、「1978〜79年にかけてセキネはデンマークのルイジアナ美術館他で個展を開いた」と亭主が説明するや、通訳の目には驚愕と尊敬の色が。
世界で一番美しい言われるルイジアナ美術館で個展を開いた唯一の日本人で、庭の一角にはセキネガーデンがあると聞くや、通訳が熱心に客を口説き始めた(笑)。めでたく商談成立で、明日には出国するというので、宿泊している高級ホテルに深夜、作品をお届けしたのでした。
そんなわけでメインで展示した瑛九、松本竣介、瀧口修造野田英夫、関根伸夫の5人の作品はそれぞれ1〜4点が売れ、苦節ん年の苦労が報われたと社長の顔もほころんだことでした。
ご来場の皆さん、お買い上げいただいたお客様には心より御礼を申し上げます。

連日のハードな日程を何とかこなしたと思う間もなく、社長とスタッフたちは慌しく韓国へ出張です。
ときの忘れものは、5月20日(金)〜5月23日(月)まで韓国・釜山で開催される「ART BUSAN」に初出展します。

ART_BUSAN_logo
「ART BUSAN」
一般公開:
5月20日(金)〜5月22日(日)12:00〜20:00
5月23日(月)11:00〜17:00
会場:BEXCO(韓国・釜山)
55 APEC-ro, Haeundae-gu, Busan, Korea
公式サイト:http://artbusankorea.com
ときの忘れものブースナンバー:C5

出品作家:秋葉シスイ野口琢郎瀧口修造小野隆生葉栗剛長崎美希フランク・ロイド・ライト安藤忠雄磯崎新ル・コルビュジエ光嶋裕介瑛九マン・レイ吉原治良浮田要三松谷武判草間彌生ナム・ジュン・パイク文承根

ブースの広さが約100平米とこれまで出展してきたフェアの中で過去最大、出品作品数も80点を越すなど全てが初めてのことだらけです。
今回は、広いブース内に秋葉シスイさんの個展スペースを設けます。
会期中に韓国にいらっしゃる方は、是非お越しください。

●作家コメント
今回、ときの忘れものさんから個展スペースをいただき出品させていただくことになりました。
釜山はわたしも初めてなので、どのように観ていただけるかすこし不安です。
今回のフェアには大きな絵を5点展示します。
一番新しく描いた絵は、そのときの自分の状態と反して、とても静かで穏やかな絵になりました。
自分が心がけていることに、「深刻でない暗さ」というのがあります。
淋しさとか、取り残される感覚とか、それも肯定するような絵でありたいのです。
(毎回コメントを求められる度に言っていますが、)海の音を聞いていると、焚き火の炎を見ていると心が落ち着くように、自分の絵もそういう存在に近づけたらいいなと思います。
自分は恵まれた環境をいただいていて、大学を卒業してからもずっと絵を描き続けています。
「淡々と、続ける。」
これを今より大切にしながら、また絵を描いていきたいと思います。

(あきば しすい)

akiba_22_72dpi出品No.1)
秋葉シスイ
「次の嵐を用意している」(22)
2016年 油彩、キャンバス
112.0x162.0cm (P100号)
サインあり


akiba_23_72dpi出品No.2)
秋葉シスイ
「次の嵐を用意している」(23)
2016年 油彩、キャンバス
97.0x145.5cm (P80号)
サインあり


echo_of_silence_4_600出品No.3)
秋葉シスイ
「echo of silence」(4)
2016年 油彩、キャンバス
112.0x162.0cm (P100号)
サインあり


秋葉シスイ_次の嵐を用意している_24_600出品No.4)
秋葉シスイ
「次の嵐を用意している」(24)
2016年 油彩、キャンバス
112.0x162.0cm (P100号)
サインあり


akiba_16_next8出品No.5)
秋葉シスイ
「次の嵐を用意している」(8)
2014年 油彩、キャンバス
97.0x145.5cm (P80号)
サインあり


こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜〜土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。

◆ときの忘れものはオクヤナオミの個展を開催しています。
OKUYA_DM_1200
オクヤナオミ展
会期:2016年5月10日(火)〜5月28日(土)
*日・月・祝日休廊
パリ時代の油彩6点を中心にご覧頂きます。
同時期にアート釜山にも出展しますが、画廊は通常通り営業していますので、どうぞお出かけください。
(画面をクリックすると拡大します)

ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサートのご案内
第2回「J.S.バッハへ〜チェロとギターによるソロとデュオ」

日時:2016年5月27日(金)18時〜19時
出演:富田牧子(チェロ)、塩谷牧子(ギター)
プロデュース:大野幸
曲目予定:J.S.バッハ、Z.コダーイ、F.プーランク、A.ピアソラ他
*要予約=料金:1,000円
必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記して、メールにてお申し込みください。
info@tokinowasuremono.com

●ときの忘れものは2016年3月より日曜、月曜、祝日は休廊します
従来企画展開催中は無休で営業していましたが、今後は企画展を開催中でも、日曜、月曜、祝日は休廊します。
tokinowasuremono
緑豊かな青山のギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」は建築家をはじめ近現代の作家の写真、版画、油彩、ドローイング等を扱い、毎月企画展を開催しています。またオリジナル版画のエディション、美術書・画集・図録等の編集も行なっています。
Archives
Categories
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ