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先日のセールが成功したのも束の間、スタッフは次回「エドワード・スタイケン写真展」の準備に追いまくられています。
それにしてももう12月も半ば。
月日の経つのは早いもので、今年はやる! と宣言していたいくつもの公約が頭の中をぐるぐると駆け巡っています(痛っ)。
最大の公約はもちろん磯崎新連刊画文集『百二十の見えない都市』第二期の完成ですが、春には一気に進捗かと期待できる状況だったのですが、・・・・・・・
公約違反が続き、お待たせしているパトロンの皆様のお怒りを思うと、ただただ恐縮するばかりです。
磯崎新「円柱」
磯崎新『百二十の見えない都市』第二期より
「円柱」シルクスクリーン1点+銅版2点

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磯崎新先生自身は80歳を迎えてもますます元気で(いや、ときどき体調を崩して私たちもハラハラしているのですが)、特に若い人たちへのレクチャーには相変わらず意欲的に付き合っています。せめてその何分の一かを、『百二十の見えない都市』の原稿執筆に向けてもらいたいと願うばかりです。

ときの忘れもののお客様には磯崎ファンが多いのですが、そのお一人Fさんのブログに先日ワタリウムで開催された磯崎新先生のレクチャーの感想が書かれていました。

泳がないと死んでしまうマグロ。
描かないと死んでしまう草間彌生。
そして建築のことを考えていないと死んでしまう磯崎新


思わず笑ってしまいましたが、Fさんのブログにはアートばかりでなく、ご専門の経済のことなども論じておられ、いつも読みふけってしまいます。
草間彌生「帽子」600
草間彌生「帽子」
1983年 シルクスクリーン
レゾネNo.22
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Fさんばかりでなく、ご自分の考えをブログや、最近はtwitterで発信される方が多い。
過激なものより、バランス感に富み、成熟した思考を展開される方の文章を読むと日本も捨てたもんじゃあないなと、感銘をあらたにします。

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twitterといえば、実は使い方がいまだによくわからない。
スタッフに聞いても要領を得ない。つまり彼等もよくわからないらしい。
とりあえずTwitterのページを開けると、フォローもしていない、フォローもされていない見知らぬ人のつぶやきがだだだーと出てくる。
先日、気になるのがあったので読んだのは、「wsary」大野更紗さんという方のつぶやきでした。

以下、大野さんのつぶやきからの引用です。

あいたいひとに、あえるように。いきたいところへ、いけるように。あいしてるひとに、あいしてるといえるように。泣いているとき、せめて寄りそうものがあるように。誰もにとっての「社会」が。今日もいたってしんどいが、まったく癪だ、黙っておさらばするなんて。この、惨憺たる、いとしき世界で。

身体的苦痛にどれだけ逆らって物事を処理できるか。絶え間ない雑事、手続き、闘病。昏睡と覚醒を繰り返し、喰らうように、必死に、しがみつくようにしてそのなかで本を読む。勉強しなくてはならないことは、たくさん。たくさん。たくさん。時間が、ほしい。

「進まざるものは必ず退き、退かざるものは必ず進む。」進んでいるかは知らないが、退くのは癪である。眠ろう、明日が来る。アスクル。

難病患者と一言で言っても、さまざまな考え方、ライフスタイルのかたがたがいます。ただ、もし、いま、苦痛と絶望感にただひたすら耐え、打ちひしがれていたら(難病患者にかぎらず)。とりあえず、もうちょっと、死なないで、ふんばってみましょうぜ。一緒に。

「社会」は、「政治」は、わたし自身の「鏡」でもあります。わたし自身への無関心は、わたしの他者への無関心の「鏡」でもあります。そしていつか、そのツケを、誰かが引き受ける、しかも、もっとも弱い立場のひとから順番に。

わたしたちは、見たくないものや、逃げたいことからは、遠ざかりたいと感じます。わたしも、よくそう思います。「政治」なんて、うんざりだと。しかし、ある日突然、何らかの「当事者」となったとき、現実に愕然と立ち尽くします。なぜ、こんなことになっているのかと。

難病患者、内部疾患が障害者自立支援法の「制度の谷間」に落ち込み、サービスを受給できぬまま、見捨てられ続ける。誰かが、痛みと苦しみをただひたすら引き受け、それを共有するスペースを社会がもたない。障害者自立支援法と難病患者の姿は、この社会のひとつの「鏡」。

現場の、この国の弱者のすがたは、今があらゆる「臨界点」であることを、アラートする。あらゆるラインと分断(あまりに単純化された経済的合理主義の追及は「分断」を容易に構造化した)をこえようとしなければ、おそらく、その先は、ひたすらの「暗闇」が待っている。

「難病」や「死」。医療、介護、障害、社会保障は、ほぼ誰しもがいつでも突然「当事者」となる。そして、「当事者」となって、はじめて、その現実に立ち尽くす。声すら殺して泣いて、ただ耐えて、苦しみ抜いて、去っていく人たちを、数多く、みてきた。

その国の「本質」というのは、弱者の姿にあらわれる。難病患者だけにかぎった話ではない。あらゆる弱い立場の姿に、あらわれる。

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国家が自国の文化に対しても冷淡なのは、難病の弱者への姿勢と根本的に同じですね。
この大野更紗さん、ブログでも「困っているひと」というタイトルで、壮絶な、しかしユーモアあふれる闘病記を書かれています。

個人は非力です。
病める人に手厚い援助を差し伸べることが国家の最大にして最小限の務めだとつくづく亭主は思うのですが。

大野更紗(おおの・さらさ)さん
1984年、福島県生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒。上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程休学中(なんとかして復学したい……)。
学部在学中にビルマ(ミャンマー)難民に出会い、民主化活動や人権問題に関心を抱き研究、NGOでの活動に没頭。大学院に進学した2008年、自己免疫疾患系の難病を発病する。1年間の検査期間、9か月間の入院治療を経て、現在も都内某所で絶賛闘病中。

◆ときの忘れものは、2010年12月15日(水)~12月25日(土)まで「エドワード・スタイケン写真展」を開催します(会期中無休)。
スタイケン案内状600
エドワード・スタイケンは、20世紀のアメリカの写真にもっとも大きな影響を与えた写真家であるだけでなく、キュレーターとして数々の写真展を企画し、写真界の発展に多大な貢献をしました。
1986年と1987年に写真家のジョージ・タイスによってオリジナルネガからプリントされた、1920年代か30年代の作品を中心に、ヌード、ファッション、風景、ポートレートなど17点を選び展示いたします。
ぜひこの機会に古典ともいうべきスタイケンの写真作品をコレクションに加えてください。
出品リスト及び価格はホームページに掲載しています。

◆第4回「写真を買おう!! ときの忘れものフォトビューイング」のご案内
日時:12月17日(金)19:00~20:00
ホスト:原茂(写真コレクター)
ゲスト:風間健介(写真家)
※要予約(参加費1,000円/まだ残席があります。参加ご希望の方は、電話またはメールにてお申し込み下さい。
Tel.03-3470-2631/Mail.info@tokinowasuremono.com
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風間健介<風を映した街>より「三笠奔別炭鉱跡」
第4回目のゲストは、写真家・風間健介さんをお迎えして開催いたします。
炭鉱の町、夕張に暮らしながら撮り続けた作品をご紹介します。
特別に通常より割引価格でプリントをお求めいただけますので、ぜひご参加ください。

風間健介 Kensuke KAZAMA
1960年三重県生まれ。20代のときにカメラとともに日本を放浪した後、北海道に移住。2005年に出版した写真集『夕張』(寿郎社)によって、2006年日本写真協会新人賞、写真の会賞を受賞。

◆今月のWEB展は、11月16日から12月15日まで「小野隆生展」を開催しています。

◆ときの忘れものは通常は日曜・月曜・祝日は休廊ですが、企画展の開催中は会期中無休です。

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