小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第1回

ヘルベルト・バイヤー Herbert BAYER"Untitled"


bayer_untitledHerbert BAYER
"Untitled"
1930年代(1970年代プリント)
Gelatin Silver Print on baryta paper
37.7×29.0cm
Ed.40(18/40)
裏面にサインあり

宙づりにされたマネキンの腕。しなやかに折り曲げられた腕と指先は、光のコントラストによって背景の壁面からくっきりと浮かび上がり、腕の中に抱え込まれた暗闇の中には、生身の体が潜んでいるかのような艶めかしい雰囲気が漂っています。
ヘルベルト・バイヤー(Herbert Bayer, 1900−1985)は、この作品を制作した1930年代には写真や絵画、グラフィック・デザインなど幅広い分野で活躍していました。この写真を撮った経緯には、ファッション雑誌のデザインも手がけていたということも関係しているかもしれません。同じ時期に制作され、バイヤーの代表作として知られているフォトモンタージュ作品「セルフ・ポートレート」(1932)や「孤独な都会人」(1932)からも、彼がなぜマネキンに惹かれていったのか、どのような観点からマネキンをとらえていたのかということを伺い知ることができます。

01ヘルベルトバイヤー_01「セルフポートレート」
ヘルベルトバイヤー
「セルフポートレート」

01ヘルベルトバイヤー_02「孤独な都会人」
ヘルベルトバイヤー
「孤独な都会人」

「セルフ・ポートレート」では、バイヤーが鏡の中に映し出された自分自身の姿――右腕を頭の後ろに持ち上げ、すっぽりと抜け落ちた右腕の脇 の一部分を、左手で掴んで持っています。――を唖然とした表情で見つめていて、その様子がバイヤーの肩越しに捉えられています。「孤独な都会人」では切り取られた両腕が建物のファサードの前に浮かび、両方の掌に張りついた眼が真正面を見つめています。
どちらの作品も、切り取られた腕がモノのように扱われていて、夢の中の一場面のような、摩訶不思議で不条理な光景が作り出されています。前者ではバイヤーが自分の腕に向けている視線が、後者では掌と一体化した視線が、切り離され宙づりになった腕を、さらに奇異なものとしての印象を強め、不安に苛まれるような心理状態をさらに高めて表しています。
バイヤーがマネキンに惹かれたのは、自分自身も含め、身体を機械や装置のように規格化され、組み立てられ、大量生産される製品に近しいものとして捉えるような、感覚を持っていたからではないでしょうか。このような感覚は、急速に工業化が進み、消費社会が拡大していった世界大戦間期の時代背景に由来するものでもありました。フォトモンタージュ(映画の編集という意味でも用いられるモンタージュ(montage)という言葉は、フランス語で「(機械を)組み立てる」に由来します。)という手法は、バイヤーのこのような感覚を表す上で、もっとも相応しい方法だったのでしょう。

01ウンボ_04「マネキンと上靴」
ウンボ「マネキンと上靴」

バイヤーと同様にバウハウス出身の写真家ウンボ(Umbo, 本名Otto Umbher 1902−1980)の「マネキンの足と上靴」(1928)からも、バイヤーの作品に共通する感覚を見て取ることができます。マネキンの脚が床に置かれたファーのついた華奢な靴に爪先を滑り込ませ、あたかも今まさに脚を伸ばして立ち上がるような姿勢で捉えられていて、ライティングによって脚の線と滑らかな表面が強調されています。ショーウィンドウやファッション写真の中で、上靴のような商品と同様に、マネキンや女性の身体が断片的なモノとして扱われ、欲望の対象として見つめられているということが、端的に表されていると言えるでしょう。

01ヘルベルトバイヤー_03「ハーパースバザー」

バイヤーが手がけたファッション雑誌「ハーパース・バザー」の表紙(1940年8月号)は、これまでに紹介した彼のマネキンに対する考え方を集約したものと言えるでしょう。モデルの顔は横並びに連結するように反復され、唇が赤、黄、青、緑に着色がほどこされています。欠点のない工業製品のように仕立て上げられたモデルの顔は、魅惑的であると同時に、どこか不気味さも感じさせ、読者の眼を惹きつけるような強いインパクトを発揮しています。(こばやし みか)

小林美香
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

*画廊亭主敬白
気鋭の写真研究家である小林美香さんには、今までジョック・スタージスやエドワード・スタイケンについて論じていただきました(小林美香のエッセイ・バックナンバーを参照)。
ときの忘れものの写真コレクションは、原茂さんはじめ指南役の皆さんの助言を参考にして少しづつ集めたものですが、それらが写真史の上でどのような位置を占め、どのような時代を背景にして誕生した(創作された)ものなのか。
アメリカでたくさんの写真の実物に触れ、古今内外の文献を渉猟し、写真を「読みとく」力を発揮してきた小林美香さんに長期の連載「写真のバックストーリー」をお願いした理由です。
どうぞご愛読くださいますよう。
上掲のヘルベルト・バイヤーの"Untitled"はときの忘れもののコレクションです。
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◆ときの忘れものでは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 植田実さんのエッセイは毎月数回、更新は随時行います。

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