小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第5回

アンドレ・ケルテス「おどけた踊り子、パリ、1926年」

0804001
アンドレ・ケルテス Andre KERTESZ
"Paris,Magda,The satiric dancer,1926"
《おどけた踊り子、パリ、1926年》

1926年(Printed later)
ゼラチンシルバープリント
24.7×19.9cm サインあり

ぴったりとしたシルエットの短いドレスを身につけ、手足をくねらせるようなポーズでソファに寝そべり、茶目っ気に溢れた表情でカメラに視線を向ける女性。アンドレ・ケルテス(André Kertész 1894-1985)の作品の中でももっともよく知られているこの作品は、彼が友人の彫刻家のイシュトゥバーン(エティエンヌ)・べーティ(István (Étienne) Beöthy1897-1961)のスタジオに、踊り子のマグダ・フェルストネル(Magda Förstner)を呼んで撮影したものです。
三人はいずれもブダペスト出身で、それぞれに活動の場を求めてパリに移ってきたばかりでした。この写真と前後して撮影された写真として、マグダがソファに座ってポーズを取っているもの(図2)や、べーティとマグダがソファに座って談笑している様子をとらえたもの(図3)もあります。同郷の若い芸術家同士が集って撮られたこともあって、いずれの写真にもリラックスした雰囲気が漂っています。

tumblr_lc1ttflBAz1qztk1wo1_500(図2)

tumblr_lcmxb6x0lB1qcl8ymo1_500(図3)

マグダのおどけたポーズは、ソファ左隣にある台の上におかれたべーティの彫刻作品を真似したものだったのでしょう。腰をひねって右腕を持ち上げている姿勢が、壁を背景にくっきりと浮かび上がる白い彫刻作品とよく似た形になっています。マグダが身につけているドレスは、襟の部分が胴体から離れて、首飾りのようなデザインになっているために、彼女の胴体と頭の分節が強調されていて、頭のない彫刻の肢体との類似性がますます強まっているように見えます。右側の壁には、女性の身体を描いた絵画を収めた額縁が、彫刻作品に対面するような位置に架けられています。ソファに寝そべるマグダ、彫刻作品、絵画という三つの異なったかたちで表された身体は、それぞれ別個の存在でありながら、互いを結びつけるような関連性が生まれたかのようです。
ソファに座ってポーズを取っている写真(図2)と比べてみると、寝そべって取ったポーズが、マグダのコケティッシュな魅力を強調しているだけではなく、彫刻作品の存在感を引き出す上で重要な役割を果たしていることがわかります。このように、写真の中に写されているものを子細に見ていくと、ケルテスがマグダの所作やべーティの作品を注意深く観察し、それぞれの魅力が融合する瞬間を捉えていたことがよくわかります。

ケルテスがパリでさまざまな芸術家たちと交友を持つ中で撮影した写真には、芸術家たちの性格や、作品のエッセンスが巧みに引き出されているのを見て取ることができます。その好例として、「おどけた踊り子」と同じ年に撮影された、画家ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian, 1872-1944)のアトリエの写真(図4)が挙げられます。画面を縦半分に分割する戸口、室内のイーゼルやテーブルの直線、壁にかけられた帽子やテーブルの上の花瓶と造花の丸いかたち、階段や手摺りのカーブが画面の中に視覚的なリズムを作り出していて、モンドリアンの絵画作品を特徴づける画面構成や線の表現を連想させるような効果を醸し出しています。細部に至るまでの緻密な画面構成ゆえに、ケルテスが撮影のためにアトリエの中で物を配置したのではないか、とすら思えますが、実際にはモンドリアンのアトリエに手を加えることはなかったそうです。ケルテスの空間に対する鋭い観察眼と、モンドリアンの作品への深い理解に裏付けられた一枚と言えるでしょう。

06237101 (図4)

http://www.tumblr.com/tagged/magda+foerstner

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