小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第8回

リチャード・アヴェドン"Hiroshi Hamaya"


hayama(図1)
リチャード・アヴェドン
"Hiroshi Hamaya"
c.1980年
ゼラチン・シルバー・プリント
イメージサイズ:47.3x38.0cm
シートサイズ:51.0x41.0cm

 左肩にカメラをかけて持ち、飲み物の入ったグラスを右手に持ち、正面を見つめる写真家、濱谷浩(1915-1999)。ドキュメンタリー写真、報道写真の分野で活躍し、写真エージェンシーのマグナム・フォトで寄稿写真家として活躍していたことでも知られています。この写真は、8 ×10インチの大判カメラで撮影されており、上半身全体が縦位置の画面に収められているために、顔の表情だけではなく、胴体や腕、手の所作も精緻に描写されています。細身の身体にがっしりと骨張った手、固く結んだ唇に、鋭く澄んだ眼差しが、穏やかな佇まいとともに、気骨のある人柄を印象づけます。
 1940年代からポートレート写真、ファッション写真や広告写真など幅広い分野で活動したリチャード・アヴェドン(Richard Avedon, 1923-2004)http://www.richardavedon.com/は、その長いキャリアの中で一貫して人の容貌や表情を注視して撮影に取り組んでいました。(図1)のように、被写体の人物を白い背景の前に配置して余分な要素をそぎ落として撮影する手法は、アヴェドンの活動の初期から特徴的なスタイルとして知られています。初期の作品の一例として、アヴェドンが最初に刊行した写真集『OBSERVATIONS』(小説家のトゥルーマン・カポーティによる解説、1959) に掲載された、マリリン・モンロー(図2)とココ・シャネル(図3)のポートレート写真を見てみましょう。マリリン・モンローといえば、アメリカのセックスシンボルと称され、コケティッシュな魅力をふりまく演技や、セクシーな肢体や表情が思い起こされます。しかし、この写真(図2)では、遠くに視線を向けていて、カメラに向かって表情を作る前に不意を突かれたように、無防備な呆然としたような表情をしています。ココ・シャネルの写真(図3)を掲載したページでは、笑顔の写真と、のけぞって首筋を強調してとらえた写真を見開きで組み合わせることで、彼女の強烈な個性を際立たせています。いずれの写真からも、アヴェドンが、被写体に対峙する際に、その人物が奥底に秘めている表情を引き出し、その一瞬をとらえる鋭い観察眼を具えていたことがわかります。

marilyn070514_1_560(図2)『OBSERVATIONS』より マリリン・モンロー

coco-chanel(図3)『OBSERVATIONS』より ココ・シャネル

john-szarkowski(図4)『PORTRAITS』(1976)より ジョン・シャーカフスキー

 『PORTRAITS』(1976)や、『In the American West』(1979年から1984年の5年間にわたって、アメリカ西部13州189都市で撮影されたポートレート写真のシリーズ 1985)のような1970年代以降に刊行された写真集では、(図3)のようなトリミングをほどこして編集された写真ではなく、黒縁を残したままの写真が収録されています。一例として『PORTRAITS』のジョン・シャーカフスキー(当時のニューヨーク近代美術館の写真部門ディレクター)の写真を掲載したページ(図4)を挙げておきましょう。(図4)も(図1)と同様に、縦位置で上半身全体が撮影されており、体格や姿勢、所作が精緻に描写されています。このように胴体を画面の中に入れる撮影の仕方では、必然的に頭部が画面の中に占める割合が少なくなります。それでもなお、顔の表情の印象が薄まっておらず、画面全体のバランスのなかで、顔の表情が強く印象に残るのは、アヴェドンの撮影の技術のみならず、周到なプリントの仕方に依るところが大きいと言えましょう。

Avedon-Lyal-Burr-1981(図5)『In the American West』(1985)炭鉱夫のライアル・バーと息子のケリーとフィリップ
1981年5月7日

Avedon-Instruction(図6)プリンターへの指示

 (図5)は『In the American West』に収録された写真の中の一つで、(図6)は、(図5)のプリントの制作に際して、アヴェドンがプリンターに対して与えた焼き付けの指示の一部です。中央の男性の顔が、目鼻や口、額、顎、皺に細かく分割され、その凹凸がプリントに陰影・濃淡として再現されるように細かく指示を与えらえているのを見て取ることができます。顔の容貌を、筋肉や骨格、皮膚のテクスチュアのレベルにまで分析するようなアヴェドンの透徹した視線は、顔を表面から写し撮るだけではなく、解剖医がメスを操るように、カメラのレンズを通して被写体の内側まで切開して見せているようですらあります。濱谷浩のように普段は撮る側にいる写真家が、被写体になってアヴェドンの鋭い視線の元に捉えられることは、独特な緊張を味わう体験ではなかったでしょうか。(こばやしみか)

小林美香
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

小林美香さんのエッセイは毎月10日と25日の更新です。