小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第33回(最終回) E.J.ベロック

01(図1)
E.J.ベロック
「ストーリービル・ポートレート」
1911年頃
ゼラチン・シルバー・プリント
(リー・フリードランダーによるプリント、金調色P.O.P.プリント)
20.2x25.2cm
リー・フリード・ランダーのサインあり


02(図2)
「E. J. Bellocq Storyville Portrait:Photographs from the New Orleans Red-Light District, Circa 1912」(1970)カタログ表紙


藤の長椅子の上に、正面を向いて横たわる全裸の女性。(図1)豊かな長い髪やつま先、やや硬い顔の表情など、細部にいたるまで精緻に写し取られ、均整のとれた体の輪郭が、暗い壁を背景にくっきりと浮かび上がっています。画面全体に黒い染みのような痕跡がついているのは、撮影に用いられたガラス乾板の保存状態が悪く、汚れや傷がついてしまったためです。しかしながら、あるいは却ってその染みの存在も手伝ってというべきかもしれませんが、室内に差し込む光の美しさや静謐な空気感、正面を見つめる視線の強さが強められているようにも映ります。
この写真は、ニューヨーク近代美術館で開催された展覧会「E. J. Bellocq Storyville Portrait:Photographs from the New Orleans Red-Light District, Circa 1912(ストーリーヴィル・ポートレート ニューオーリンズの赤線地区の写真 1912年頃)」(1970)のカタログの表紙(図2)を飾っています。
E.J.ベロック(Ernest James Bellocq 1873-1949)の死後、20年以上を経て開催された展覧会は、ベロックの写真を世に広く知らしめましたが、これらの写真は元来、彼自身が「作品」として発表することを意図していたものではありませんでした。写真家リー・フリードランダー(Lee Friedlander b.1934-)が1959年にジャズのミュージシャンたちを撮影するためにルイジアナ州ニューオーリンズを訪れた際に、地元の地主でありアート・ディーラーだったラリー・ボーレンスタイン(Larry Borenstein (1919–1981))から、ベロックが撮影したガラス乾板(彼の死後、机の引き出しの中にしまい込まれていたものでした)を見せてもらい、写真に強く惹かれたフリードランダーは後にその乾板を買い受けました。フリードランダーは、19世紀末から20世紀初頭にかけて広く使用されていた焼出印画紙(P.O.P. :Printing Out Paper)という印画紙を用いて、ガラス乾板をもとに日光で密着焼きをして、プリントを制作しました。フリードランダーは、ベロック自身が実際に制作したプリントを見たことはないので、ベロックの写真を「再現」したというよりも、彼自身がネガを「解釈」して写真を制作した、ということに近いと言えます。
展覧会のカタログには、当時のベロックを知っていたという地元の人たちの言葉により、ベロックの身長が5フィートぐらい(150堕度)の小柄な風変わりな風貌の人物だったことなど、断片的に語られています。しかし、その生涯の多くは謎に包まれていますし、写真に捉えられた娼婦たちについても、人物を特定する手がかりはほとんど残されていません。フリードランダーは、謎に包まれたベロックや娼婦の人生に惹かれ、その姿を写真という形で蘇らせるためにプリント作業を行ったのでしょう。

03(図3)


04(図4)


05(図5)


娼婦の写真には、(図1)のように全裸で捉えられたものもあれば、(図3)のように、服を着て犬と戯れているようなリラックスした状態で撮影されたもの、(図4)のように、後ろ姿と鏡越に顔を捉えたもの、(図5)のように、全裸で立ってポーズで撮影されたものでも、顔の写った部分が掻き消してしまったようなものもあります。(図4)や(図5)からは、ベロックが娼婦たちの写真を撮る上で、彼女たちの姿態や表情を捉えるだけではなく、室内や周囲の情景をも含めて描き出そうとする意図を持っていたことや、彼女たちとの関係が、気の置けない親密なものであったことを伺わせます。また(図6)のように、顔の部分が掻き消された写真は、撮影後に顔を判別できないようにせざるを得なかった、やむなき事情がどのようなものだったのか、ということを見る者に想像させます。

06(図6)


写真の中には、娼婦たちを撮ったと思しき写真を額装して壁にかけて飾ってある部屋の一角を捉えたもの(図6)もあります。この部屋は、売春宿の室内の一部で、娼婦たちを顧客に見せるためのものだったのかもしれませんし、ベロックのスタジオの中で飾られていた情景だったのかもしれません。いずれにしても、ベロックが娼婦たちの写真を撮り続け、それらの写真が大切に眺められていたことを物語っています。
ベロック亡き後引き出しの中に仕舞い込まれ、忘却されていたガラス乾板が発見され、フリードランダーの手によって蘇り、広く世に知られるようになったことは、写真が時空を超えて人の手を渡り、経験した旅のあり方として興味深いものです。ルイ・マル監督の映画『プリティ・ベビー(Pretty Baby)』(1978)は、ベロックの写真にインスパイアされて制作された映画であり、当時子役だったブルック・シールズが、娼館に生まれたために12歳で娼婦になった少女ヴァイオレットを演じており、キース・キャラダインが写真家ベロックを演じています。当時のストーリーヴィルの売春宿の様子や、ベロックが娼婦たちを撮影する情景が描かれていますので、ベロックの写真に興味をもたれた方は是非ご覧下さい。
(こばやしみか)

E.J.ベロック Ernest James BELLOCQ(1873-1949)
1873年生まれ。写真家。ベロックの手によるものとして知られる現存の写真は、すべてニューオリンズの紅燈街「ストーリーヴィル」の娼館で撮られており、そこで働く女性たちが被写体として登場している。おおむねの女性たちは、やわらかな太陽光の差しこむ場所にいて、着衣でもヌードでも、こわばりを解いたゆったりとした時間のなかにあるように見える。こうした、男性が撮したように思えない極めてニュートラルなエロスが現在でも人々を魅了している。
ベロックの存在が写真史に登録されることになったのは、1958年ニューヨークからやってきた写真家リー・フリードランダーがあるギャラリーを訪れ、ベロック撮影の乾板を見出し関心を抱いたことをきっかけとする。1966年フリードランダーは、ベロックの乾板89点を買い取り、焼付け作業を行う。こうして1970年にニューヨーク近代美術館で公開されるなど、ベロックの女性たちは再出現した。1949年、歿。

*画廊亭主敬白
全33回にわたった小林美香さんの連載エッセイ「写真のバックストーリー」はひとまず今回で終了です。長い間のご愛読を感謝するとともに、執筆者である小林さんにも心より御礼を申し上げます。ご苦労さまでした。
小林さんには新たなテーマでの連載を既にお願いしています。予定では6月25日から連載を開始していただきます。どうぞご期待ください。
明後日4月27日に小林さんが京橋のTIPで「育児と写真 」というタイトルで講演します。
育児をする立場になって、写真の見方がどう変わってきたのか、写真の歴史の中で妊娠や出産という事象、子どもという存在に対して写真家がどのように向き合ってきたのか、ということを中心にゲストに話をされるそうです。席が残っているか不明ですが、ご興味のある方はぜひ。

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