ギャラリー  ときの忘れもの

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内間安瑆インタビュー第3回(再録)
IN NEWYORK July. 1982

Uchima_Self_Portlait_with_flower_A2
内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Self Portlait with flower (A)"
1982年
銅版
12.6×9.0cm
Signed

空気を入れる ということ

木村 さっき話していた"空気を入れる"ということはどういうことですか。
内間 木版の元来の摺りは、職人さんはつぶしちゃうんですね。そして流通というのか、風通しが悪くなる。
——ベタになっちゃうわけですか。
内間 そういう意味で。
木村 そういうテクニックのことですか。
内間 テクニックだけでなくて。
——それが空間を感じさせるものだと思うんです。あれがベタだと、ポップ・アートの作品にありますよね、エアブラシで・・・・・・ああいう雰囲気になっちゃうんじゃないかと思うんですけど。少し紙の白さだとか、質感だとか、そういうものを感じるくらいの色をつけるあたりが、私にはすごく・・・・・・。
内間 あなたもよくわかっている(笑い)。
木村 そういう“空気を入れる”ということばは日本であるんですか。先生がつくったことばですか。
内間 それは僕独特。
木村 そうでしょうね。僕、聞いたことないですよ。
内間 例えばボナールの場合は、色を置いていったその間に空気を入れてますね。
木村 空気を入れるというのは英語で何というんですか。
内間 ベンティレーション。教えるときもベンティレーションということばにしますけど。ライトを入れますね。ライト以外にベンティレーションということばを使うんです。
——ただ日本画と洋画の違いかもしれないですけど、油絵だとすごくマスを感じさせますよね。日本画の場合は色をどんなに重ねていっても、何か空間を感じさせるような、漂うというんですか、そういう雰囲気を持っていると思うんです。
内間 日本画と考えずに、それははっきりとセザンヌにもあるし、ボナールにもある。そういう面でみているんですね。それは版画を通して僕はたどり着いた。
木村 ジャスパーの版画ありますね。僕が見たのは一つの紙の中に木版とエッチングとリトグラフの三つを入れて刷っている。ああいうこともそれに入れるわけですか。テクニックを並列してあるんですけど、全体が一つフワーとした感じになってまとまっている。そこに版画特有のメディアを見る人に感じさせないんですよね。あれが何かおもしろいなと思いましたけどね。
——話は戻りますけど、ロサンゼルスに戻られたとき、周りのアーティストにどんな方がいらしたでしょうか。
内間 僕の知っているのは版画家だけですけど、4ヶ月しかいなかったから。
——ニューヨークにきてからは泉さんですか。そのほかニューヨークにいる作家との出会いは。
内間 サンデンバーグとかいろいろいますけど。
——先生はその当時どんな画風の版画をつくられていたんですか。
内間 あのころはアブストラクト・エクスプレッショニズムですね。つまり空中に浮いたジェスチャー的なポーズ。そして空間の奥のあいまいさがあって。その後はその奥をもっとはっきりさせた、位置づけを。
——やはり日本からアメリカに移ったとき、画風というのは変わったんでしょうか。
内間 日本時代からそれはやってましたからね。こちら来て、ますますそれを続けて。それからある疑問を感じて、そしてもっと奥行きの位置づけをはっきりさせて。それから簡単に言えばいま平面に帰ってきて、平面の中にさっき申し上げたものを取り入れていきたいと思ってます。いま人体ヌードを描いてます。
——先生の場合、どのくらい画風が変わってきたんですか。
内間 その程度ですね。
–––同じものをどんどん追求していくような。
内間 キュービスムで奥行きをはっきりさせた場合は、無限な奥行き、やってみたことあります、大ぼかしで。宙を浮いて、出ているのか接近しているのかわからないような。
木村 ありましたね。あれいつごろでしたっけ・・・・・・60年ですね。
内間 その場合は位置はちょっとあいまいでわからないですけど、無限にいくような奥行きをね。
木村 僕はその絵を拝見したのは先生に初めて会ったときで、ブルックリン・ミュージアムのショーがあったでしょう、あのときだった。
内間 その仕事を続けたのは、アブストラクト・エクスプレッショニズムからここへ移ってきたのは、もっとはっきりと、こういう物体の位置づけ、奥行きをはっきりさせたかった。宙に浮かさず。
——画風が変わるということは、テクニック的にもかなり変えていかなくちゃいけないんですか。
内間 テクニックと一緒に考えているでしょうね。
——前の作品を少しだけみてきたんですけど、古い作品というのはそれほどたくさんのカラーがないですね。
内間 なかったでしょう。結局墨の世界にあこがれがあったんでしょうね。
木村 いまの先生の作品は全部、色がないスペースがないでしょう。ぎっしり全部色が入っているでしょう。
内間 相互関連で。
木村 色のマスが、例えばお互いに結びついているわけですか。そうすると、こういうモノクロに近い作品というのは、あれは黒をはずしてしまって、真っ白なスペースにしてはいけないわけですか。
内間 僕の場合はそうはいきませんけど。例えば周りの空間というのは、ある程度のあいまいさがあって。安定のために、大抵描いた後振り返ってみると、上下か横か、どっちかに結びついている。ひところは、周りの空間が増えても減ってもあまり影響ない。いまはそれが影響してくる。

人体をばらして再構成する

——それからカラーの作品に移っていくわけですが、その間の何かきっかけになることとか、動機というのは。
内間 その時代通ってますからね。どうも完全にハッピーになれない面があったんです。どうしても魅かれるのは色の世界。色の世界はどうしても処理しなくちゃならないパターンですね。
——奥行きを出すために角度をつけたわけですか。
内間 平らでありながら。ちょっとした奥行きでもないと光も入ってこないし、風通しも悪くなる。
木村 いま制作中の人体というのは、版画に直す計画はございますか。
内間夫人 始めてますよ。
木村 それはいいね、おもしろいね。
内間 そういうイメージは一遍ばらしてます。そして拾って構成しています。
内間夫人 油もできているけど、油だとこれがもっと大きいので、はっきりとこれが人体ということがわかるんですけど。
木村 人体の分解というのは、例えば森の緑とか光の分解と同じような発想になるわけですか。
内間 比重を一緒にした。つまり空いた空間と一緒になって考えている。
木村 その発想というのはいろんなものに使えますね。
内間 その間のこれはどうでもいいというんじゃなくて、これとこれ、一緒の重みでしてね。いろんなものにとっていけるけど、そんなに簡単にいくか。
——現在もこれからも、このパターンでしばらくカラーの追求をしていくんですか。
内間 僕の場合はトーンですけどね。
——先生の場合、日本の版画から考えると、サイズが大きいものが多いんですけど、あれは。
内間 もっと小さくする気持ちもありますけどね。
——まず版画をつくる前に油絵を描いて?
内間 両方一緒、同じことですね。場合によって版画が先にできるし、場合によっては油の方が先に。やめる場合も。
——やはり油絵の印象と版画の印象というのは、同じ作品でも違ってきますよね。
内間 体験が違いますからね。
——これからやっていくとしたら、版画の方がやはりお好きなんでしょうか。
内間 版画はやめないと思いますけど、同じように考えてます。同じ重きを置いてます。展覧会もいままであったけど、一緒に並べている。僕の好きな展覧会をやれば、油も版画も交互にどっちもします。
木村 先生のニューヨークの影響力は、版画を先生から教わったり、先生の影響を受けた人がすごく多い。ニューヨークの木版の作家というと内間先生。テクニックをたくさん教わってますよね。それがピラミッドみたいに裾にずっといる。多いですよ。そういうところはまだ日本ではあまり知られていない。木版の高いテクニックをアメリカ人に教えているというのは。
——いまのアメリカで木版の作家というのは、内間先生のほかに。
内間 何人かはいますけど。
木村 あまり聞かないですね。
——もう一つぜひお聞きしたかったのは、下絵なんか描く場合、やはりスケッチなさったりするわけですか。
内間 描きますね。
——やはり朝でしょうか(笑い)。
内間 寝た後でもね。
内間夫人 時間があればいくらでも描きます。何百枚、何千枚。
——スケッチするときというのは、自分のイメージが頭にあるときに手当たり次第描いているわけですか。私がさっき朝と言ったのは、何か先生の作品を見ていると朝を感じるんですよね(笑い)だから思わず「朝ですか」と聞いてしまった。光でもなんか柔らかいから。
木村 これは女の体の朝のシャワー浴びているところだ。ああそうか。なるほど。
——光でもさわやかな、あまりどぎつくない、ちょっとオブラートかけたような光を感じるんです。
内間 僕が版画に魅かれた一つの理由は、それに関連あるんですけど、和紙と水性の、そして、バレンで繊維の中にしめらせるという感じ。何か関接的なものがあるんですよね。
——なるほど。どうもながい間ありがとうございました。
(完)

(1982年7月、ニューヨークの内間安瑆先生のアトリエにて、インタビュアーは作家の木村利三郎先生と益子恵子さん。
現代版画センター機関誌『PRINT COMMUNICATION』83号[1982年8月]、84号[1982年9月]所収

*画廊亭主敬白
沖縄県立博物館・美術館で開催されている内間安瑆先生の回顧展「色彩のシンフォニー 内間安瑆の世界にあわせて、内間安瑆先生へのインタビューを3回にわたり掲載させていただきました。(第1回第2回第3回
1982年に内間先生のNYのアトリエで行なわれたもので、当時私たちが主宰していた現代版画センターの機関誌に収録したものです。
第1回は20日に、第2回は21日に掲載しました。
内間先生の略歴については、20日のブログに掲載しました。
10月14日には水沢勉先生の内間安瑆論を掲載しましたので、お読みください。

沖縄からの移民の子としてアメリカ市民として生まれ、日本の大学に学んだ内間先生は1960年俊子夫人と子息の安樹さんを連れてアメリカに戻ります。日本から渡米した作家たちにも惜しみない助力をし、多くの方が夫妻にお世話になっています。
アメリカの美術界に確固とした地位を築き、その作品はメトロポリタン美術館はじめ、ホイットニー美術館、ワシントン国会図書館、フィラデルフィア美術館、アムステルダム国立美術館、ホワイトハウス、ブルックリン美術館、ナショナル・ギャラリー、大英博物館、シカゴ美術館、ウォルセスター美術館、ホノルル・アート・アカデミー、ローゼンウォールド・コレクション他に収蔵されています。
残念なことに日本では東京国立近代美術館と東京オペラシティ(寺田コレクション)、沖縄県立博物館・美術館などに僅かなコレクションがあるのみで、日本での評価はまだまだです。
上掲のインタビューが行なわれた僅か数ヶ月後に突然の病が先生を襲い、制作が中断されたことはとても残念なことでしたが、私たちはこれからも内間作品顕彰のために微力を尽くしたいと思っています。
沖縄は遠いとお思いの方は、東京オペラシティアートギャラリーで現在開催中の寺田コレクション展「抽象の楽しみ」に内間作品が2点展示されていますので(12月23日まで)、ぜひご覧ください。
ときの忘れものでは内間作品をいつでも常備してありますので、遠慮なくお訪ねください。
2014年9月12日付ブログ用画像_05
1982年当時の内間安瑆先生のセカンド・ハウス
ここで「森の屏風」シリーズが構想された

2014年9月12日付ブログ用画像_06
木版画を制作する内間安瑆先生

1977 Twilight(VIRIDIAN)2ND のコピー内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Twilight(VIRIDIAN)2ND"
1977年 木版
52.9×15.1cm
Ed.20
Signed

1979 Forest Byobu with Bouquet のコピー内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Forest Byobu with Bouquet"
1979年 木版
19.7×26.5cm
Ed.30 Signed

1979 Window Nuance(Leaves) のコピー内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Window Nuance(Leaves)"
1979年 木版
57.0×50.5cm
A.P.
Signed

1980 Forest Byobu(Bamboo) のコピー内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Forest Byobu(Bamboo)"
1980年 木版
76.0×24.0cm
A.P.(実際に摺られたのはA.P.数部のみ)
Signed

1980 Forest Byobu(EARLY MORNING SUN) のコピー内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Forest Byobu(EARLY MORNING SUN)"
1980年 木版
49.4×80.5cm
A.P.(実際に摺られたのはA.P.数部のみ)
Signed

1981 Forest Byobu(VERMILION BLEND) のコピー内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Forest Byobu(VERMILION BLEND)"
1981年  木版
53.0×38.0cm
A.P.(実際に摺られたのはA.P.数部のみ)
Signed

FOREST BYOBU (FRAGRANCE)
内間安瑆 Ansei UCHIMA
"FOREST BYOBU(FRAGRANCE)"
1981年  木版
76.0×44.0cm
Ed.120
Signed
*この作品は現代版画センターの依頼で制作され、版木を日本の米田木版画工房に送り、日本で摺られ、このシリーズでは数少ないエディション作品として発表された。

Uchima_Self_Portlait_D2
内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Self Portlait (D)"
1982年  銅版
7.6×8.0cm
Signed

Uchima_Self_Portlait_E2
内間安瑆 Ansei UCHIMA
"Self Portlait (E)"
1982年  銅版
7.5×8.5cm
Signed

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