小林美香のエッセイ「母さん目線の写真史」 第19回

木を見る

928754_1530081700575858_1851275867_n(図1)
京都 2015年1月


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東京 2015年2月


10914687_1533797873559962_1156271453_n(図3)
東京 2015年1月


今年に入ってから、 時々スマートフォンで木の写真を撮ってInstagramにアップしています(「#木を見る」というハッシュタグで検索すると、私が撮影した写真が出てきます)。年末年始に京都の実家に帰省した折に元日に雪が降り、翌朝雪景色を見に近所の公園に出かけて写真を撮ったのが、そもそものきっかけです。青みを帯びた朝の光に木立のシルエットが浮かび上がり、普段とは違って幻想的な景色に思えました。
以来、娘の保育園の送り迎えや通勤の途中にも、街路樹や公園の植木など、さまざまな木に眼が惹き寄せられるようになりました。晴れた冬の日の光は透き通っていて、木々の輪郭がくっきりと際立って見えます。建物や路面の上に落ちる街路樹の影(図2)や、あたかも雲が木の枝に引っかかっているように見える様子(図3)など、木を意識して見ることで、見慣れていた場所のその時々の表情や変化に気づくようになりました。一人遊びのように木の写真を撮るうちに、それまでは寒々しい冬景色の一部のようにしか見ていなかった落葉樹にも、それぞれの木の種類に固有の枝の伸び方や全体としての姿形が具わっている、というごく当たり前のことが新鮮なこととして眼に映るようになってきたのです。

10946235_320628834795829_56098659_n(図4)
ブルーノ・ムナーリ
『木をかこう』


10994795_10206383367886778_1235925730_n(図5)
『木をかこう』より p.8-9


10932560_561957090573689_2088005397_n(図6)
壁面に折り紙で作った木


こんなふうに、身の周りの木に意識を向けるようになった頃、ブルーノ・ムナーリの絵本『木をかこう』に巡り会いました。この本にはさまざまな木が描かれていますが、木の上手な描き方のお手本を示すためのものではありません。そうではなくて、さまざま木の姿を、その形を作り出す「規則」を意識しながらじっくりと観察する過程そのものを丁寧に描き出し、注意深く対象を見つめるということはどういうことなのかを解き明かしているのです。一本一本の木に寄り添って、親しい人に語りかけるようなムナーリの文章は、語深い含蓄を帯びています(須賀敦子による訳文も素晴らしいのです)。 たとえば風の力で木のかたちが変わっていく様子を描いたところ(図5)ではこのように語っています。

「強い風もふかない、いつも太陽がてり、ほどほどに雨がふり、いつもおなじくらいの栄養が、土からのぼってくるような、そんなところは、まず、どこにもないでしょう。かみなりも落ちない、雪もふらない、暑くもないし、寒くもないところなんて……ないですよね。それで、木のほうも、まわりにあわせて、いろんなふうに、そだちます。」

『木をかこう』には、絵を描くだけではなく紙や針金をつかって木を作る方法を示している箇所もあり、この方法を真似して、娘と一緒に折り紙を壁に貼りつけて木を作ってみたりもしました(図6)。

こんなふうに木を見たり、『木をかこう』のほかにもいろいろな木にまつわる絵本を読んだり、工作を楽しんだりするなかで、周囲の環境、とくに保育園の送り迎えで毎日目にしている景色に対する見方も少しずつ変わってきました。現在通っている保育園は、自宅の最寄り駅から2つ離れた場所にあり、電動アシスト自転車を使っているとはいえ、保育園に到着するには15分弱はかかります。朝夕の寒さが身に堪え、とくに雨や雪の日になると、保育園がもう少し近くにあれば送り迎えも楽なのにと、登園の道すがらほかの保育園の脇を通り過ぎる度に思います。それでも、街路樹や植え込み、緑道や公園の樹木など、自転車を漕ぎながら視界に入ってくる木を観察することで、季節の変化を感じ取ったり、建物だけではなく木を目印にして登園の経路を頭の中でマッピングしたりすることを、日常の小さな楽しみにできるのです。自分の生活を振り返ってみると、現在の家に引っ越してきてほぼ3年近くが経ちましたが、生活圏にある施設や商店を把握できるようになった後に、ようやく自分が住んでいる場所にかかわる時間を、木や植物を通して感じ取られるようになってきたのかもしれません。

talbot-photo(図7)
ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット
「冬のオークの木」(1842-1843)
(ネガ像とポジ像)


日常生活の中で木を意識したり、木の写真を撮ったりするようになると、これまでに見てきた写真史上の作品の中でも木が写っているものを思い出したり、写された木をその空間との関係に注意しながら見直したりするようになりました。たとえば、黎明期の写真術であるカロタイプの発明者ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット(William Henry Fox Talbot,1800-1877)が紙のネガと大判カメラを用いて撮影した「冬のオークの木」(図7ネガ像とポジ像)が挙げられます。以前見た時は、枝を広げたオーク(楢)の木の形にしか印象に残っていなかったのですが、改めて遠景に立ち並ぶ小さな木々のシルエットも注意深く見ていると、画面に捉えられた空間の奥行きや広がりが立ち上がってくるように感じられます。
日常生活の中で写真を撮りつつ、そこから写真の黎明期に撮影された写真を思い起こすことで、デジタルカメラやスマートフォン、インターネットが遍在する現代から写真の黎明期という遠く隔たった時空へと想像が広がっていきます。

以前にFLOTSAM「雪の写真家ベントレー」のような絵本をご紹介したように、ここ最近私は、写真の歴史を現在の子どもたちにいかにして伝えることができるか、ということに関心を持っています。写真とはどのような技術なのか、写真を撮ることどういうことなのか、写真を見ることで何がわかるのか、こういったことを、長い時間をかけて発展してき歴史的な経緯とともに、デジタルネイティブの世代に伝えることが必要なのではないか、と考えているのです。
こばやしみか

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
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●今日のお勧め作品は、ジョエル=ピーター・ウィトキンです。
作家と作品については、小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」第17回をご覧ください。
witkin_02_womanジョエル=ピーター・ウィトキン
「かつて鳥だった女」
より "Woman once a Bird"
1990年
プラチナプリント
Image size: 31.6x27.0cm
Sheet size: 40.0x33.0cm
Ed.100
サインあり

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◆ジョサイア・コンドルの設計、国の名勝に指定されている旧古河庭園・大谷美術館「石山修武銅版画展 窓の内、窓の外」が2月25日〜3月1日開催されています。
展示される新作銅版画作品はときの忘れもののエディションです。
石山修武銅版_09石山修武
9. 《羅生門》
2014年 銅版
15.0x15.0cm
シートサイズ28.0x25.3cm
Ed.7 Signed

石山修武銅版_10石山修武
10. 《GAYAの鳥》
2014年 銅版
15.0x15.0cm
シートサイズ28.0x25.3cm
Ed.7 Signed

石山修武銅版_11石山修武
11. 《GAYAの記憶 5》
2014年 銅版
15.0x15.0cm
シートサイズ28.0x25.3cm
Ed.7 Signed

石山修武銅版_12石山修武
12. 《GAYAで遊ぶ鳥》
2014年 銅版
15.0x15.0cm
シートサイズ28.0x25.3cm
Ed.7 Signed

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