リレー連載
建築家のドローイング 第12回
ヒュー・フェリス(Hugh Ferriss)〔1889−1962〕

彦坂裕


 時代と寝た都市があるとしたら、1920年代のニューヨークはまさにそのような都市ではなかっただろうか。それも19世紀のパリが女としてであったのに対して、この都市はいささか倒錯的な関係において――もちろん、スカイスクレーパーたちが巨大な陽根のシンボルであるという、フロイト流の解釈をも含めて――そうなったのである。ほとんど夢遊病的な確信、『アスピリン・エイジ』誌のイザベル・レイトンではないが、そんな比喩もこの都市に可能なのだろう。錯乱、無法、密集、猥雑、夢想、そして人種にジャズにフラッパー、これらが理想的な〈カオス〉の状態に和解されているメトロポリス、そこは同時に大衆文化とそれがはらむ狂気現象の温床とでもいうべき場にちがいなかったはずである。
 言うまでもなく、大衆の夢遊世界のフェティシズムは、シュルレアリスムのフラヌール(逍遙者)同様、集団的記憶に彩られたイコンという記号を惹起する。それはいわば、移り気で浮気っぽい捏造された偶像にほかならないのだが、スーパースターでも大自然でも、チャンプでも旧約聖書でも、極端な言い方をすれば、それがわかりやすく大衆訴求をし、エキサイティングでかつ超越的なものであればイコンたり得るのだ。メトロポリスに見られる建築的な舞台仕立ては、その意味でむしろ象形文字の機能すらもち始めることになる。イコンをファッショナブルに消費するアールデコのスタイルがメトロポリスを席巻する。神話の生産機構が都市に内蔵化されることになるわけだ。
 建設生産活動において、とくに神話生産の飼育場としての役回りを引受けたのは、ほかでもない、博覧会であった。ニューヨークのスカイスクレーパーのプロモーターでもあったハーヴェイ・ウィリー・コーベットは、パートナーのヘルムと共に、1925年(ところでこの年はパリ現代装飾産業美術国際博、いわゆるアールデコ博の開催年であった)に〈ソロモンの神殿復原図〉を公けにしたが、これは26年のフィラデルフィア博において実際につくられるはずのものとして構想されたものであった。にもかかわらず、これは考古学的検証を目的としたものなどでは全然なく、むしろコーペットにより目論まれた来たるべきスカイスクレーパーの神話学創成以外の何ものでもなかったのである。博覧会は未来の都市や建築のヴィジョンを実験・体験する世界にほかならなかったのだ。〈ソロモンの神殿〉、それはハリウッドの史劇大作セットの光景をも呈しているのだが、そのドローイングは稀代のレンダラー、ヒュー・フェリスによって描かれたものであった。

ソロモンの寺院ヒュー・フェリス Hugh Ferriss
「ソロモンの寺院」

 エキスパート・ドラフトマンシップは1900年代では建築教育の一環に組込まれていた。実際、フェリスもパリのボザールから派生したその教育をワシントン大学で受けているのだが、当時のカリキュラムは歴史回顧というすこぶる退行的な色合いの濃いものであった。過去の模倣をやめて未来を見据えよ、レンダリングとはイマジネーションにおけるエキササイズである。事実、フェリスは最初のスカイスクレーパー、ウールワースビルを設計中のカス・ギルバートの事務所にはいり、1915年には自分のスタジオをマンハッタンに構える。この時彼は実務の世界から、「建築のコンセプションを視覚化するというテーマをもつ絵画芸術」(フェリス)たるレンダリングの世界へと生涯の選択をするのである。A・プラツェクによれば、建築のレンダリングの目的は六つに整理される。すなわち、…鶲討気譴新造物を有利に実現すること、建築家の描く理念を結晶化させることに、4成の建造物の建築上の意味を解釈すること、そして、づ垰垠弉茲離イドならびにクライテリアとして寄与すること、タ靴靴ぅ織ぅ廚侶築を展開すること、最後に、人間の価値に与える建築の心理学的影響を強化することのために、と。前三者は、当然のことながら、今までよく知られたレンダリングの目的である一方、後三者はむしろ未来に向けて投企された目的にほかならない。フェリスは、幻想的かつプログレッシヴなスピリットで、これら六項目を総合的に成就したのだとプラツェクは言う。この意味において、ニューヨークのフェリスは誇り高きローマのピラネージに匹敵するというわけである。ちなみにフェリスが’18年に建築ドローイング作品を初めて世に問うた時、パワーと魅力を備えたその作品をめぐる興奮のさなかで、『アーキテクチュラル・フォーラム』誌は、ピラネージを18世紀のヒュー・フェリスとすら称して憚らなかったほどであった。
 フェリスこそは、近代アメリカのメトロポリスそしてスカイスクレーパーという商業の伽藍の最良の解釈者であり、ヴィジョンを描くイデオローグであるのだ。

ゾーニングヒュー・フェリス Hugh Ferriss
「ゾーニング」

 彼のキャリアに決定的な影響を与えたのは先述のコーベットとの邂逅であったわけだが、〈ソロモンの神殿〉のみならず、16年に制定されたニューヨークのゾーニング法(とくにゾーン利用計画よりも街路に光と空気を入れるためのセットバック規制)に建築の黙示録的な造形ヴィジョンを与えた一連のドローイングは、「来たるべき建築」(ニューヨーク・タイムズ紙、1922・3/19号)の予言者として彼の名を一躍有名なものにしたのである。けだし、ゾーニング規制からモダンスピリットを抽出したのであった。氷山のような冷たい無機質の王国、古代エジプトやバビロンを彷彿とさせる崇高なフォルム、一部に(とくにセットバックした建物の冠部に)彫刻的装飾が施された新規なシンボリズムなどがここに十分垣間見ることができるのだが、これらの特質をインヴォルヴしたスカイスクレーパー群が驚異的な速度感とパノラマ性、さらにハレーション・カタルシスという光の効果をもつメトロポリスにセッティングされた、そのような情景を集めたアンダーソン・ギャラリーでの〈未来都市ドローイング〉(1925年)の成功は、フェリスの地位を確固と築くものになったと言っても間違いではないだろう。

トリボロー橋の橋頭堡ヒュー・フェリス Hugh Ferriss
「トリボロー橋の橋頭堡」

 1929年にはドローイング集『明日のメトロポリス』が公刊される。ゾーニング法の結果生成された17の建物を描く第1部の〈今日の都市〉、未来へのプログレッシブな提案を内包した第2部の〈プロジェクトの趨勢〉、奇跡的でかつ尋常ならざるマッスの饗宴である第3部の〈想像のメトロポリス〉から成るこの精力的な図集は、単なるユートピア的理想図の展開というより、むしろ既存の都市への確たる告発・批評であった。なかでもメトロポリスの交通問題への視点にそれが顕著であるが、このメトロポリスの上部構造の神話的世界――というのは形而下の欲望空間としてのニューヨークに対してフェリスはアンタッチャブルなポーズを崩さない。すなわち都市の為政者的な眼差しが彼のヴィジョンを貫いているのだ――は、実際、世界恐慌のあおりを受けて徐々に腐食し、そのプロジェクトは真実神話的領域を彷徨うことになっていく。
 1940年にルーズヴェルトは、「銀行とスカイスクレーパーの時代は終焉した」と公言する。商業の伽藍は産業の伽藍へと逆行するかのように、ダム、発電所、橋梁、工場、飛行場、ハイウェイといったニューディールの落胤的土木産業の基幹施設がクローズアップされる、いや正確には、再びクローズアップされるように見えた。1953年に公刊された『建物のパワー』は、こうした産業施設や実作(とくにライト)の写生、コマーシャルなものとしては唯一世界博の施設が描かれている。事実、未曽有の狂乱的な商業世界博である39年のニューヨークで、フェリスはデザインコンサルタントを務めたのだった。
 それはある意味では夢遊病者の覚醒であったのかも知れない。だが、おそらくは大衆消費空間の祝祭=20年代の多幸なニューヨーク、時代と繁栄と自由とのうたかたの蜜月を送ったこの都市を天井の権威ともあおいだ時期こそ、フェリスがその中において最も、あのスカイスクレーパーの月光によるハレーションよりも輝いた時空間ではなかっただろうか。
 神話が真実の神話として歴史に幽閉され始めた30年に、フェリスは友人のフランク・ロイド・ライトとラジオ対談を行う。伝統こそはそれ自身で真実であること、伝統に従ってのみ新しいものが生れることを彼らは語った。それは古くて新しい、また同時に新しくて古い都市ニューヨークに生を刻んだ天才レンダラーのヴィジョンをも暗黙のうちに言い当てていたとも言えるだろう。
 伝統は、いつでもそうなのだが、守られるべき対象ではなく、作られるべきそれなのである。

メトロポリスのスカイスクレーパー・ハンガーヒュー・フェリス Hugh Ferriss
「メトロポリスのスカイスクレーパー・ハンガー」


ひこさか ゆたか

**現代版画センター 発行『Ed 第102号』(1984年7月1日発行)より再録
*作品画像は下記より転載
・「ソロモンの寺院」
現代版画センター 発行『Ed 第102号』
・「ゾーニング」
https://enigmafoundry.files.wordpress.com/2006/11/hugh-ferriss-zoning-law.jpg
・トリボロー橋の橋頭堡」
現代版画センター 発行『Ed 第102号』
・「メトロポリスのスカイスクレーパー・ハンガー」
http://silodrome.com/skyscraper-hangar-in-a-metropolis-hugh-ferriss/

■彦坂 裕 Yutaka HIKOSAKA
建築家・環境デザイナー、クリエイティブディレクター
株式会社スペースインキュベータ代表取締役、日本建築家協会会員
新日本様式協議会評議委員(経済産業省、文化庁、国土交通省、外務省管轄)
北京徳稲教育機構(DeTao Masters Academy)大師(上海SIVA-CCIC教授)
東京大学工学部都市工学科・同大学院工学系研究科修士課程卒業(MA1978年)

<主たる業務実績>
玉川高島屋SC20周年リニューアルデザイン/二子玉川エリアの環境グランドデザイン
日立市科学館/NTTインターコミュニケーションセンター/高木盆栽美術館東京分館/レノックスガレージハウス/茂木本家美術館(MOMOA)
早稲田大学本庄キャンパスグランドデザイン/香港オーシャンターミナル改造計画/豊洲IHI敷地開発グランドデザイン/東京ミッドタウングランドデザインなど

2017年アスタナ万博日本館基本計画策定委員会座長
2015年ミラノ万博日本館基本計画策定委員会座長
2010年上海万博日本館プロデューサー
2005年愛・地球博日本政府館(長久手・瀬戸両館)クリエイティブ統括ディレクター

著書:『シティダスト・コレクション』(勁草書房)、『建築の変容』(INAX叢書)、『夢みるスケール』(彰国社)ほか

●本日のお勧め作品は安藤忠雄です。
安藤忠雄_舟と顔安藤忠雄
「舟と顔(仮)」
1973年 カンバスに油彩
45.0×134.5cm
Signed

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◆八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は毎月24日の更新です。