中村茉貴「美術館に瑛九を観に行く」 第14回

都城市立美術館
UMK寄託作品による「瑛九芸術の迷宮へ」その1


 今回、訪れた先は都城市立美術館。ついに瑛九のふるさと宮崎県の地を踏む。ここで今、約80点にもおよぶ瑛九の初期から晩年に至る作品が一挙に公開されている。しかも驚くべきことに、この大コレクションは一民間企業「テレビ宮崎(UMK)」が築き上げたものである。

都城市立美術館_01都城市立美術館。暖かい陽気で、冬の冷たい風が心地よく感じた。木の下のベンチには読書をする中学生がいた。


都城市立美術館_021階展覧会の入り口。入場無料。かなりボリュームがある展示なのに申し訳ないという考えもよぎる。年に一度、他館から作品を借用する特別展と市民のために会場を空ける期間があり、その他はコレクション展示が企画されている。


取材に応じてくださった本展の担当学芸員祝迫眞澄氏によると、テレビ宮崎は、瑛九をはじめ地元のゆかり作家の作品を主にコレクションしているということであった。瑛九の作品だけでも全282点寄託があり、今回は額装されている作品87点とテレビ局で保管している33点を特別出品することになった。

都城市立美術館_03左は《人魚》(年代不詳、フォト・デッサン、28.0×22.0)、人魚の周りには魚が集まり、ゆらゆらとなびくワカメや巻貝が装飾的に置かれている。光と闇が交差する海の神秘的な世界を表現している。隣は《バレー》(1947年、フォト・デッサン、26.5×20.5)本作はテレビ宮崎で保管され、今回特別に展示している。(以後、特別出品は[特]と表記する)


都城市立美術館_04左は《サーカス》(制作年不詳、55.6×45.5、フォト・デッサン、[特])画面上で舞う演者8名がそれぞれに異なるポーズをとる。ガラスのコップにガラス棒、大小の輪っかが軽やかなリズム感を与えている。
右は《画題不明》(1948年、フォト・デッサン、44.3×54.6、[特])立膝をつく女性と跪く女性が象徴的に表現されている。《サーカス》と同様に大型な作品(全紙)である。


都城市立美術館_05こちらの壁面に展示されている作品4点は、左から《村》、《鼻高のプロフィール》、《Visiters to a Ballet Performance》、《家・窓・人》である。1979年「現代美術の父 瑛九」展(瑛九展実行委員会、小田急百貨店)の開催を記念して制作された細江英公のスタジオによるリプロダクション。下側にエンボスサインがある。原作は1950年から51年頃の作である。


瑛九展実行委員会編『瑛九展記念 フォト・デッサン』(細江英公スタジオによるリプロダクション 1979年)
10点セットで限定55部。収録作品は次のとおり。
 1. 芝居 
 2. 家・窓・人 
 3. Visiters to a Ballet Performance
 4. 鼻高プロフィール
 5. 森のつどい
 6. 庭
 7. 村
 8. 子供の部屋
 9. コンポジション
 10. ビルの人
 ※オリジナルは次の美術館が所蔵している。
 国立国際美術館:1 / 北九州市立美術館:2, 4, 6, 7, 9, 10 / 宮崎県立美術館所蔵:3, 5, 8

都城市立美術館_06左手前から《森のつどい》[特]、《ビルの人》、《芝居》、《コンポジション》。上記に同じく細江英公スタジオによるもの。右奥は、《画題不明》(年代不詳、板・油彩、22.0×27.3)。印象派風の明るい色調の背景が淡い黄で大胆に塗られている。画面には所々塗り残しがあり、円形や赤い模様、引っかいて描写された部分が見受けられる。意図的に空けられた穴も数か所あり、何か別の形態のものだったことを想像させる。


都城市立美術館_07左から《並木通り》(1941年、キャンバス・油彩、45.5×38.0、左下「H.Sugita」サインあり、[特])。生誕100年記念瑛九展のレゾネでは、山田光春の記録に含まれていなかったものとして掲載されている(No.056)。《庭》(1942年、キャンバス・油彩、左下「H.sugita」の鉛筆サインあり、[特])瑛九の関係者によれば本作の描かれた場所は宮崎高等農林学校の敷地内に広がっていた風景であるという。レゾネのタイトルは、《庭にて》(No.071)


都城市立美術館_08参考資料:宮崎高等農林学校 絵葉書(1918〜1932年発行か)
本校美術部の展示を瑛九は観に行っていた。
1934年宮崎美術協会展で北尾淳一郎(1896-1973)に会い親交を深めるようになる。1930年代のフォトデッサンに移り込むガラス棒(実験器具)は本校で制作に励んだときの作のようだ。北尾は東京帝国大学農学部で学び、1925年から1930年3月まで宮崎高等農林学校で教鞭をとっていた人物である。ドイツ、イタリア、フィンランドでの留学経験を持ち、写真やレコードを聴く趣味があった。1937年銀座ブリュッケにて「瑛九フォトデッサン・北尾淳一郎レアルフォト合同展」を開催している。


都城市立美術館_09《キッサ店にて》(1950年、キャンバス・油彩、左下に「Q Ei」あり、[特])、キュビスム風に構成された作品。テーブルには、グラスとコーヒーカップが並び、二人は会話を楽しんでいるよう。本作は以前、絵の具の剥離が酷く修復している。(レゾネNo.198)。隣は《卓上》(1947年、キャンバス・油彩、515×25.5、[特])縦長の画面に少し違和感を覚えた人もいるだろう。それもそのはず、瑛九にエスペラントを教わったことから親交を深めていた鈴木素直氏によると、完全だったころの作品をみており、長辺1/3くらいが裁断されているという。また、レゾネには天地が逆さまの像が掲載されている。


都城市立美術館_10向かって左から 《バレリーナ》(1950年、紙・水彩、28.0×20.0、左下「Q」のサインあり)、《バレー》(1950年、ガラス・油彩、22.7×15.8、[特])、《バレーの女》(1950年、ガラス・油彩、17.0×12.0)小品でありながらも、多彩な色面構成とスピード感のある筆跡が印象深い。ガラスの支持体を用いることで、バレリーナの繊細かつ華やかなイメージがより一層ひきたっている。この頃、バレーをモチーフにした作品をしきりに描いている。


都城市立美術館_11右から《人魚の恋》(1954年、エッチング、[特])、《背中合わせ》(1952年、エッチング)《夢の精》(1952年、エッチング)。いずれも瑛九のサインやエディションナンバーはない。しかし、どれもインクの載りが良く、図像がはっきりと表れている。


じつは、瑛九のエッチングの魅力は余白にあると私は思う。インクの拭き残しが空気の層となり、幻想的な空間をつくりあげている。インクの濃淡に幅があるために、歓喜も悲哀をも表現できる。他の人物が刷ったものは、その独特な雰囲気が損なわれてしまっているのである。

ところで、瑛九と共著『やさしい銅版画の作り方』(門書店)を出版した島崎清海は、かつて瑛九にエッチングを教わった時のことを次のように述懐していた。島崎氏がエッチングをはじめた頃、何度やっても上手く刷れず、瑛九に教えを請うた。島崎氏が準備した版とインクを使用し、瑛九が刷ると見事に刷れているという。島崎氏もはやる気持ちでそれに続いて刷りはじめると、注意が入ったという。後で振り返ってみると、紙を水に湿らせる工程のとき、瑛九はおしゃべりを長々としていたという。(「生誕100年記念瑛九」展図録、2011年、p.185)

おそらく、そこに正解や間違いはなく、銅版の腐食具合やインクの粘度など他の調整によりいい状態に持っていくことは出来たかもしれない。しかし、瑛九は幾度も試行錯誤をしたエッチングの経験から、島崎氏の版の状態を瞬時に見極め、最善の方法をやってみせた。生前、島崎氏はこの瑛九の「おしゃべり」という、ひと工程をたいへん気に入っていたようで、満面の笑顔で話していた。

都城市立美術館_12右からSCALE気茲蝓圓△ま》(紙・エッチング)、SCALE 兇茲蝓毀襪里燭燭い》(紙・エッチング、[特])、SCALE 靴茲蝓坩Δ硫函奸併罅Ε┘奪船鵐亜法SCALE 靴茲蝓團凜.ぅリン》(紙・エッチング)。


1階の会場展示はここでひと段落し、2階に続く。


***

ちょっと寄道…

瑛九の展示に隣接して、宮崎ゆかりの作家が展示されていたので紹介したい。本展の会場入り口には、平成27年テレビ宮崎が寄託した山田新一(1899 – 1991)の油絵8点も展示されている。

都城市立美術館_13山田新一の作品群。生まれは台北で、幼少期は父親の仕事に伴って、各地を転々としていた。宮崎県の旧制都城中学校に通い、本籍は都城市にあった。東京美術学校西洋画科に入学し、藤島武二に師事。日展や光風会で活躍する傍ら、各地で後進の指導に勤めた。佐伯祐三と親交の深かった人物としても知られる。


都城市立美術館_14美術館前には、山田新一の筆塚がある。緑青のふいたプレートには、頬杖をつく山田新一の像が刻まれている。


都城市立美術館_15こちらは、美術館所蔵の郷土作家のコーナー。左から秋月種樹《梅図》(年代不詳、146.7×67.0、紙本墨画)、山内多門《梅二題》(1917年、141.0×50.8、紙本墨画)、大野重幸《鳥骨鶏》(1976年、91.4×91.6、紙本彩色)、《鳥骨鶏(白)》(年代不詳、144.9×72.7、紙本彩色)。秋月種樹は、瑛九の父杉田直が漢詩を習うなど交流のあった人物。父直(俳号:作郎)は、宮崎県で有数の文化人として名を馳せ、江戸時代の俳諧資料などを含む貴重なコレクションが県立図書館で保管されている。

今回の取材では、都城市立美術館学芸員の祝迫眞澄氏がお忙しい合間をぬって、対応していただいた。この場をかりて感謝を申し上げたい。
なかむら まき


●展覧会のご案内
瑛九芸術の迷宮へ「瑛九芸術の迷宮へ」
会期:2017年1月5日[火]〜2017年2月26日[日]
会場:都城市立美術館
休館:月曜(祝日・振替休日の場合、その翌日は休館)
時間:9:00〜17:00(入館は30分前)
主催:都城市立美術館
入館料:無料


 本展では平成27年度にテレビ宮崎から寄託された瑛九作品を中心に、過去にテレビ宮崎が収集した特別出品作品を加えた、写真や銅版画、リトグラフなど約80点を展示いたします。宮崎ゆかりの美術作品が散逸することを防ぎ、県内の文化・芸術を長く伝え残したいという理念のもと築かれたこのコレクションは、代表的な版画やフォトデッサンに加えて、初期の油彩画やガラス絵など。今までほとんど紹介されていない貴重な作品も含まれています。
 当館は開館以来、瑛九作品の収集と企画展示を行ってきましたが、この度の寄託を機会に、瑛九の画業全体がより広く理解されることとなりました。この展示を通じて、瑛九の自由な時代精神を感じ取っていただければ幸いです。(本展HP「ごあいさつ」より転載)