ギャラリー  ときの忘れもの

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『異形建築巡礼』を注釈する

佐藤研吾


 日本の文化的地点に関して極めて自覚的な書物である。また、ともすれば海を渡り時空を飛び越えて世界の諸地を諸文明を疾風の如く猛然と、嵐のような筆致で闊歩する本である。そして何よりも読者が念頭に置くべきは、この本(連載)は著者、毛綱毅曠と石山修武の二人のタイマン勝負の舞台であること。よって読者はどこかへ置き去りにされることもしばしば。毛綱が先攻でその博覧の大波によってあらゆる奇物、奇怪を召喚し、対する後攻の石山は人間の性とも言うべきの生々しい創作の営為の数々を書き綴る。両者一歩も譲らぬ攻防、いやというよりも殴り合いの計八番勝負である。そこへ横から注釈を添えようにも、一矢すら報いる隙は無し。しかしそれでもと、両著者の吐息(荒息)が立ち込める本書の頁の画面にわずかに空いた上下のマージンに兎にも角にも小文字を埋めていく。むしろとりあえず画面を埋めなければ、40年前の両人は振り返ってみてもくれない。最低限のマナーである。40年前の両人とは、毛綱毅曠、石山修武ともに30才前後の青年である。つまり自分とほとんど年がかわらないではないか。明らかなレベルの差に心の底から震え上がり、けれどもコノヤロウと注釈作業に没頭した。
 この本では、唯の一言で言い表してしまう、言い切ってしまうような淡白で理知的な言葉は存在しない。言い切ることのできないモノを探そうと両著者は数多の言葉を積み重ね、これでもかと言葉が言葉を呼び寄せる。けれどもそれが詩人のようなエッセーに出てくる抽象的な言葉などではなく、常に具体的な何モノかの事象が持ち出される。幸い、具体物が本文に登場してくれればこちらの注釈作業はその具体に没入することで、本文の言葉の巨山から抜け出ることができるのである。そしてこちらも負けじと具体物の情報を加えていく。注釈という従属関係にある立場をわきまえつつ、巨山とまではいかずとも頁によっては小さな丘程度の盛り上がりとなった注釈の群を本文の巨山に添え、あわよくば一帯の連峰として本文に接続させる。
 今の時代に本書が復活したその心は、現在という時代そのものもまた異形であるということだ。この本は過去の異形な遺物を収集したカタログ本では全くなく、明らかにモノの根原を凝視しようとする創作論としてある。著者二人のための創作論ではない。建築という創作世界自体を問い詰めようとする探求の書であり、その命題は広大甚大で現在もなお我々の前に横たわっているのである。巻末に付された石山の新論考「異形の建築群」は40年前の本文群に対する現在からの応答=注釈であり、探求は今なお続いていることを著者自身が表明してくれている。我々は心してその探求のキャッチボールの球の行方を追走すべきだろう。

(さとうけんご)

20161220石山修武異形建築巡礼
石山修武編著/毛綱毅曠著
2016年
国書刊行会
335ページ
26.5x19.5cm


20161220石山修武_目次目次
(クリックしてください)

■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。 http://korogaro.net/

*画廊亭主敬白
〜〜〜
 厳しい冬の季節になりました。
 このたび、亡き盟友毛綱モン太(毅曠)と併走し、廃刊になった雑誌月刊「建築」に50年弱の昔に連載した「異形の建築」を、国書刊行会より初めて単行本化する運びとなりました。
 今の時代は何処にも異形の影も形も見当たりませんが、それだからこそ再び世に問うのも意味ないことではあるまいとも考えました。
 それ故、新しく100枚程の書き下ろしも加えました。そんな事で出版記念の集まりを持ちたいと考えました。
 お忙しい折ですが、是非当日もご参会下さいますようお願い申し上げます。
 最後になりましたが、お身体を大切にご自愛ください。
2016年10月吉日 石山修武
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・-
『異形建築巡礼』出版記念パーティ
日時:2016年11月25日(金)18時30分 ・ 20時00分(開場:18時)
会場:国際文化会館東館地下1階 岩崎小彌太記念ホール
発起人:安藤忠雄、安西直紀、伊藤毅、酒井忠康、坂田明、菅原正二、鈴木杜幾子、難波和彦、松村秀一、渡辺豊和、渡邊大志
〜〜〜
『異形建築巡礼』出版記念パーティに植田実先生のお供で出席しました。
帰りに渡された本は厚さが2.8cmもある。いまどきこんな厚くて重い本、誰が読むんだ、とぶつぶついいながら寝しなに読み出したら止マラナイ、面白いんである。お経みたいなクセのある毛綱先生の文章に、歯切れのいい石山節がつっかかり、文字通りガチンコ勝負の名著なのだが、面白いのはそれだけではない、本文の上下にびっしり詰まった「註」が凄い。
奥付を見ると、三者連名である。
 編著   石山修武
 著    毛綱毅曠
 注釈   佐藤研吾

鬼才二人の名文に堂々と渡り合い、335ページの大著に<クロード・ニコラ・ルドゥー>から<伝家の宝塔>まで402個もの「註」を加えたのがまだ20代の若者と知り、早速原稿を依頼しました。考えてみれば雑誌に連載時は<毛綱毅曠、石山修武ともに30才前後の青年>だった。まだ佐藤研吾さんは生まれていないけれど、時を超えて三人は同世代なのである。

本日の瑛九情報!
〜〜〜
瑛九のほぼ全てのリトグラフ作品を所蔵し、1974年から2010年まで、実に7回もの瑛九展を開催してきたのが山形県酒田の本間美術館です。
瑛九リトグラフ展」 1974年 (昭和49) 2月2日〜2月23日
瑛九石版画・館蔵品展」 1983年 (昭和58) 12月1日〜12月24日
瑛九とその仲間たち」 1988年 (昭和63) 3月1日〜3月31日
瑛九、泉茂、利根山光人、靉嘔、四人展 一1950年代の作品を中心に一 」 1996年 (平成 8) 2月1日〜2月25日
1998年本間美術館・瑛九リトグラフ展
瑛九リトグラフ展」 1998年 (平成10) 4月8日〜4月28日 >

瑛九とデモクラートの作家たち・戦後前衛の探求」 2002(平成14) 12月3日〜2003年 (平成15)1月22日
没後50年 瑛九リトグラフ展」 2010年 (平成22) 11月25日〜12月20日
7回もの瑛九顕彰展を開いた本間美術館、瑛九とは一見無関係に見える酒田の町とそこに住む人たちについては、このブログで幾度か触れてきましたのでお読みください。
世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか:2011年02月02日>
酒田大火、その復興に尽力した人々:2011年02月03日>
酒田大火から40年:2016年10月29日>〜〜〜
瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で始まりました(11月22日〜2017年2月12日)。ときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。
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