<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第49回

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一瞬、海かと思った。
でも、よく見れば川である。しかも、かなりの急流だ。

海だと思いちがいしたのは、少年たちの姿のせいかもしれない。
ふんどしを着けている。その姿が川に結びつかなかったのである。
漁師たちが釣った魚をぶらさげて行進している青木繁の「海の幸」の影響からか、ふんどしを見れば荒々しい海が思い浮かぶという脳になってしまったのだ。

ふんどしを着けた姿は、臀部のかたちをあらわにする。丸っこかったり、平たかったり、キュッと締まっていたり、たれさがっていたりという形状がつまびらかになり、のみならず、お尻から脚に肉がなめらかにつながっている様子がわかる。脚部と胴体という区分が消えて、ひとつづきの生きもののようなイメージが立ち上る。

ためしに、頭のなかで少年たちのふんどしを解いて海水パンツに穿きかえさせてみよう。俊敏な肉体の動きやぴちぴちと飛び跳ねるようなイキのよさは殺され、呆気ないほどふつうの子どもになるにちがいないのだ。パンツは脚の位置を際立たせ、結果として全身の流れを断ち切ってしまう。西洋の服装には体を解剖的に考えるという成り立ちがあるのかもしれない。

ひるがえって、ふんどしには体の動きを流体のように見せる効果がある。全裸にヒモをかけただけなのに、目的意識が宿る。動物と互角にやりあおうとする人間の生きものとしての覚悟が出るのだ。

彼らは手に竹槍をもって水しぶきのあがる流れを覗きこんでいる。魚を見つけたらただちに槍で突こうというわけだ。この激しい流れにのって泳いでいるのだから、川魚の速度は相当なものだ。しかも、しぶきに遮られて魚影が見にくい。

だが、抜群の動体視力をもった彼らの肉体は自信に満ちている。大きく広げた両腕や四股を踏むように踏ん張った両脚に、挑戦の意気込みがほとばしりでている。魚の動きに合わせて体勢を整え、流れを凝視するうちに、彼らもまた魚になっていくのだ。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●紹介作品データ:
土門拳
「鮎突く子ら 静岡県伊豆」
1936年撮影(1978-79年プリント)
ゼラチンシルバープリント
Image size: 29.1x20.1cm
Sheet size: 40.0x34.5cm
サインあり

■土門拳 Ken DOMON
写真家。1909年山形県酒田市に生まれる。リアリズム写真を確立した写真界の巨匠。報道写真の鬼と呼ばれた時代もあり、その名は世界的に知られている。  ライフワークであった「古寺巡礼」は土門の最高傑作とされ、「室生寺」「ヒロシマ」「築豊のこどもたち」「古窯遍歴」「日本名匠伝」ほか数多くの作品をのこし、いずれも不朽の名作群として名高い。
土門拳の芸術は、日本の美、日本人の心を写し切ったところにあるといわれ、その業績に対する評価はきわめて高く、1943年に第1回アルス写真文化賞を受けたのをはじめ、多数の受賞に輝き、1974年に紫綬褒章、1980年に勲四等旭日小綬章を受けた。1974年酒田市名誉市民となる。1990年、歿。

●展覧会のご案内
東京工芸大学 写大ギャラリーで、「土門拳の原点 1935-1945」が開催されています。

「土門拳の原点 1935-1945」
会期:2017年1月23日[月]―2017年3月24日[金]
会場:東京工芸大学 写大ギャラリー
時間:10:00〜20:00
会期中無休

1935年から1945年は、土門拳が、「報道写真」の理念をドイツから日本に持ち帰った名取洋之助(1910−1962)の主宰する日本工房に採用され、後に外務省の外郭団体である国際文化振興会の嘱託や、内閣調査研究動員本部への所属などを経て終戦を迎え、フリーランスの写真家として活動を開始するまでの期間にあたります。

日本工房へ入社した土門は、当初は明治神宮での七五三スナップ、早稲田大学、東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の卒業アルバムなどの撮影を担当していましたが、1936年に取材で訪れた伊豆での写真が、対外宣伝のためのグラフ誌『NIPPON』8月号に掲載され、これが土門の写真が初めて仕事として雑誌に掲載されたものになります。
土門は1939年に日本工房を退社し、外務省の外郭団体 国際文化振興会の嘱託となります。(1943年に辞職)1945年には内閣調査研究動員本部に参事として所属しますが、敗戦により完全にフリーランスの写真家として活動を始めることになります。
この時期の土門の作品群は、戦後の代表作となる「ヒロシマ」や「筑豊のこどもたち」、あるいは「風貌」「古寺巡礼」などに通ずる確かな視線の礎石となっていると言えます。
本展は、土門の初期作品群を概観しながら、被写体や世相を見つめる土門の視点や思想、そして、戦後の作品へとつながる土門の確固たる美意識を、改めて見直す機会になればと存じます。(東京工芸大学写大ギャラリーHPより転載)

本日の瑛九情報!
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瑛九は早い時期から抽象的作品を制作したことは今回の近美に展示されている素描類からもうかがわれます。
今日ご紹介するのは久保貞次郎旧蔵の最初期の作品です。
瑛九「作品-B」
瑛九「作品ーB(アート作品・青)」
1935年 油彩(ボード)
29.0×24.0cm(F3号)
※山田光春『私家版・瑛九油絵作品写真集』(1977年刊)No.19、

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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日〜2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

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◆ときの忘れものの次回企画は「普後均写真展―肉体と鉄棒―」です。
会期:2017年2月15日[水]―2月25日[土] *日・月・祝日休廊
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ときの忘れものでは初となる普後均の写真展を開催します。新作シリーズ〈肉体と鉄棒〉から約15点をご覧いただきます。
●イベントのご案内
2月24日(金)18時より中谷礼仁さん(建築史家)をゲストに迎えてギャラリートークを開催します(要予約/参加費1,000円)。
※必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記の上、メールにてお申込ください。
E-mail: info@tokinowasuremono.com

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は毎月5日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は毎月14日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「山の記憶」は毎月19日の更新です。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は毎月21日の更新です。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は毎月22日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は毎月28日の更新です。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・光嶋裕介のエッセイ「和紙に挑む」は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。