ギャラリー  ときの忘れもの

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「横尾忠則 HANGA JUNGLE」展 版画による横尾忠則50年の冒険

町田市立国際版画美術館学芸員 町村悠香


 現在、町田市立国際版画美術館では「横尾忠則 HANGA JUNGLE」展が開催されている。1960年代から新作までのほぼ全版画約230点と、これまでポスターに分類されてきた「版画」約30点を一堂に会した、版画による横尾の大回顧展である。
 横尾忠則は、1960年代にアンダーグラウンド演劇のポスターをエロスと妖しさがただよう総天然色のデザインで制作して以来、グラフィズムによって時代の流行をつくりだし、若者カルチャーをリードするデザイナーとして注目を浴びてきた。「時の人」としてさまざまなメディアに取りあげられ、1970年代のロックやヒッピー・カルチャー、インド、精神世界への傾倒は当時の若者達に絶大な影響を与えた。1982年の「画家宣言」以降はペインティングに仕事の比重を移し、いまなお衰えないエネルギッシュな創作を続けている。
 本展覧会は横尾忠則現代美術館と当館に作家本人から多くの版画作品をご寄贈いただいたことをきっかけに、版画を通して横尾の創作の全貌に迫ることを狙いとした。横尾の展覧会はこれまで国内外で数多く開催されているが、版画の大回顧展は1990年以来27年ぶりである。総天然色の版画が壁を埋め尽くす本展を見渡すことで、1968年に版画制作を開始して以降、ペインティング、グラフィックと平行して生み出されている横尾の版画作品は、彼の創作活動を通観できる重要な柱の一つであることが分かるだろう。
 メディア横断的な横尾の版画制作の軌跡を追うことができる代表的な存在が『Wonderland』シリーズだ。1973年に刊行された版画集『Wonderland』と、1995年に発表された『W Wonderland』には、グラフィック、浮世絵、コミック、芝居、音楽などさまざまなジャンルの表現が織り込まれている。

001《Blue Wonderland》
1973年
シルクスクリーン・紙
206×292cm
町田市立国際版画美術館蔵


002《Red Wonderland》
1973年
シルクスクリーン・紙
206×292cm
横尾忠則現代美術館蔵


 1973年7月にギャルリー・ムカイから版画集として発行された『Wonderland』は、ユートピアを求め、南国の島々への憧憬を深めていた当時の横尾の志向を凝縮している。《Blue Wonderland》と《Red Wonderland》の2バージョンから成り、B1判8枚のピースが組み合わさって、縦206×横292cmの画面を構成する巨大な作品だ。版画集と銘打ちながらも卓上で楽しめる規模を遙かに超え、鮮やかな色彩を用いて、グラフィックやイラスト、コミックなどスタイルの異なるイメージが渾然一体となった吸引力を持っている。
 本作の下敷きとなっているのは海岸に裸の女性が置かれ、右端からコミック版のターザンが顔をのぞかせる「版画」作品、《Wonderland》だ。1971年の第10回現代日本美術展にB1判ポスターの形式をとった「版画」作品として出品し、街頭のポスターに見立てて壁に画鋲で留めただけで展示したところ、会期中に盗難にあったというエピソードがある。長らくポスターとして区分されてきたこの作品は、もともと美術作品として制作されたことに立ち返り本展では「版画」と捉えて出品している。

003《Wonderland》
1971年
オフセット・紙
73.5×104.3cm
作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)


『Blue/Red Wonderland』はこのB1判作品を8倍に拡大・分割したイメージに、さらに2つのポスターの要素が加わっている。一つ目は中央下部の波と薄く見える浮世絵風の絵柄で、1971年の国立劇場11月文楽公演「通し狂言 椿説弓張月」ポスターの引用だ。このポスターは1969年に三島由紀夫が手がけた新作歌舞伎「通し狂言 椿説弓張月」の文楽版公演のために歌舞伎版ポスターの版を組み替えて制作されたものだ。歌舞伎版初演のポスターは三島たっての希望で横尾が起用され、葛飾北斎の読本挿絵の模写にサイケデリックな色彩を施した仕上がりとなっている。左から中央にかけての印刷の網点が露出した虹は、1970年に結成された人気ロックバンド《EMERSON LAKE & PELMER》のポスターである。このようにファイン・アートとコマーシャル・アートの垣根を越え、もとのイメージが持つコンテクストの興奮を引き継ぎながら、それを知らない者にとっても高揚感を与える『Blue/Red Wonderland』。版を用いたコラージュの遊びが、ここではないどこかに連れて行ってくれそうな高揚感を高めてくれるのだ。
 この作品を制作した翌1974年は版画集『聖シャンバラ』や『ターザンがやってくる』など多数の版画作品を制作したが、以降は版画への興味が薄れ制作が途絶えた。1980年代はじめの「画家宣言」と平行して版画制作を再開したのは、ペインタリーな手法を採り始めた横尾が、シムカ・プリント・アーティスツで試みた版に直接描くシルクスクリーンの描画法に魅力を感じたことが1つのきっかけだった。この頃は木版画やリトグラフ作品でも絵画的表現の実験を試みている。1980年代半ばにはアメリカ人の女性ボディビルダー、リサ・ライオンらをモデルに「自然と肉体」をテーマとした作品群を発表。油彩画にさらに本格的に取り組むにつれ、1980年代後半には西洋美術史の名画と共鳴したシリーズを発表していく。これらは1987年に西武美術館で行われた絵画による大規模個展「横尾忠則展 ネオロマンバロック」に集大成していった。ペインティングにおける自他イメージの引用と増殖を経て、その熱は版画にも飛び火し、版画の領域でもイメージが重層的に重なり合う、大作絵画並の大型版画に挑んでいった。
 『Blue/Red Wonderland』の22年後、1995年に制作された『W Wonderland』は、西洋名画との交感を深めた作品を発表した後、自身の少年時代に目を向けていた時期に制作された。『Blue/Red Wonderland』の上に新たな版を刷り重ね、ピースを組み替えたことで、ビビッドな色彩と時空が歪んだかのように入り乱れるイメージの重層性と無秩序さがさらに増幅している。

01《W Wonderland 機1995年、シルクスクリーン・紙、206×292cm、作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)
《W Wonderland 供1995年、シルクスクリーン・紙、206×292cm、町田市立国際版画美術館蔵
展示風景


 新たに加えられたイメージは、同年に手がけたペインティング《6月27日の子宮内での出来事》から引用した。自らの内面を掘り下げる「私的絵画」を制作していた横尾が、少年時代に熱中した山川惣治の和製ターザン物語『少年王者』のワニと格闘する姿と、江戸川乱歩の『少年探偵団』の後ろ姿を描きこんだ作品である。『W Wonderland』は、『Blue/Red Wonderland』の南国の楽園と1936年6月27日に生を得た西脇での幸福な思い出が重なり、二重写しの「楽園」が表現されている。それは単なるノスタルジーではなく、母親の胎内で身体が出来上がる前の、自と他が混交した状態とも解釈できるかもしれない。
 本作で新しく加えた版は『W Wonderland』を制作途中に2点のシリーズとして独立させることを思いつき、『少年時代』と命名された。そのうち《少年時代 A》は横尾の二十歳までの自伝『コブナ少年−横尾忠則十代の自伝』(文藝春秋、2001年)の装画に、またジャングルにまつわる作品《少年時代 B》は本展の公式カタログ『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』(国書刊行会、2017年)の表紙に使用され横尾のイメージの引き出しの一つとして活用されるに至っている。

004《少年時代A》
1996年
シルクスクリーン・紙
103.2×74.2cm
町田市立国際版画美術館蔵


005《少年時代B》
1996年
シルクスクリーン・紙
103.2×74.2cm
町田市立国際版画美術館蔵


 本展覧会のタイトルにつけた「HANGA」と「JUNGLE」というキーワードは、打合せのなかで横尾自身が重要視していった言葉だ。この2語は本展のテーマであり、またグラフィックや絵画との連続性を持つ横尾の版画の制作を解釈する上で重要なキーワードでもある。自身のツイッターでも以下のように述べている。

「版画といえば、木版画を想像されるけど、僕の場合、大半がシルクスクリーン(勿論、木版もリトグラフ、エッチングもあるけれど)です。ウォーホルは全てシルクスクリーン。」
「『版画』は古くさいのでぼくは『HANGA』と呼ぶ。展覧会名は『HANGA JUNGLE』。」(2017年2月8日)
「版画家を本職と思ったことは一度もないせいか、いつも出たとこ勝負のスタイルで一貫性のないのが僕のスタイルです。」(2017年4月18日)
「展覧会名『HANGA JUNGLE』の説明しましたっけ?密林には様々な樹木が共生しているように僕の版画もバラバラの様式が密林のように一個所に集まっているところから、こんなネーミングをつけました」(2017年5月2日)

 これらの発言は、伝統的木版画を制作する職人や専業の版画家としてではなく、グラフィック・デザイナーを経て、画家として活動するなかで、多くの作品を生み出してきた横尾の思いが表れている。横尾はデザイナーとして印刷に、そして画家・美術家として絵画に携わってきた。その双方に跨がる表現分野である版画はフラットでありながら、グラフィカルにもペインタリーにもマチエールを表現することができ、横尾のグラフィックと絵画両方の魅力を引き出せるジャンルだ。本業としてきた分野から少しはみ出した版画のフィールドだからこそ、その時々のスタイルを用いた冒険的で遊び心溢れる表現のエネルギーに満ちているのだ。
 ぜひ先入観を持たず、展示室の壁を覆うような総天然色の色彩の氾濫に身を委ね、生命力溢れる「HANGA JUNGLE」の世界を体感していただきたい。ここまで述べた言葉よりもその空間に置くだけで、ペインティング、グラフィックと平行して生み出されてきた横尾の版画制作は、彼の創作活動のなかで重要な柱の一つであることが分かるだろう。それが理性や概念よりも直感と衝動を信じて行動する、横尾流だ。

*画像は展覧会で展示している作品に限って掲載いたしました。

まちむら ゆうか

●展覧会のご紹介
20170518_520170518_4
「横尾忠則 HANGA JUNGLE」
会期:2017年4月22日[土]〜6月18日[日]
会場:町田市立国際版画美術館
時間:平日/10:00〜17:00、土・日・祝日/10:00〜17:30(入場は閉館の30分前まで)
休館:月曜

〜〜〜横尾忠則は1960年代にアンダーグラウンド演劇のポスターをエロスと妖しさがただよう総天然色のデザインで制作して以来、グラフィズムによって時代の流行をつくりだし、日本文化をリードするデザイナーとして注目を浴びました。それ以後「時の人」としてさまざまなメディアに取り上げられますが、その一方でHANGAの制作にも積極的に取り組んでいきます。1982年に「画家宣言」を発した後もペインティングと併行して、版画の枠を超えた作品を制作し続けています。〜〜〜(町田市立国際版画美術館HPより)

20170521横尾忠則『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』
2017年
国書刊行会 刊行
260ページ
30.5x23.6cm
アートディレクション:横尾忠則
デザイン:相島大地(ヨコオズ・サーカス)
翻訳:クリストファー・ディケンズ
執筆:
・椹木野衣(美術評論家、多摩美術大学教授)
・滝沢恭司(町田市立国際版画美術館学芸員)
・町村悠香(町田市立国際版画美術館学芸員)
・山本淳夫(横尾忠則現代美術館学芸課長)
税別2,800円


●今日のお勧め作品は、『今日の問題点』です。
20170521_box池田満寿夫、横尾忠則、吉原英雄、永井一正、野田哲也、福田繁雄、靉嘔
オリジナル作品集『今日の問題点』
限定70部
1969年
21.5×21.5×21.5cm


企画・製作:海上雅臣
デザイン:福田繁雄
発行:壹番館画廊
各作品に作家サインあり

20170521_ikeda_01池田満寿夫
作品集『今日の問題点』より
《この空の上》

1969年
エッチング、ルーレット
イメージサイズ:16.1×14.2cm
シートサイズ :20.0×20.0cm
鉛筆サインあり


20170521_yokoo2横尾忠則
作品集『今日の問題点』より
《写性》

1969年
シルクスクリーン
イメージサイズ:19.0×13.6cm
シートサイズ :19.8×19.8cm
鉛筆サインあり


20170521_yoshihara吉原英雄
作品集『今日の問題点』より
《オレンジ色のしずく》

1969年
リトグラフ
イメージサイズ:16.0×13.0cm
シートサイズ :19.8×19.8cm
鉛筆サインあり


20170521_nagai永井一正
作品集『今日の問題点』より
《変点》

1969年
凹版、オフセット
イメージサイズ:16.4×17.3cm
シートサイズ :19.8×19.8cm
鉛筆サインあり


20170521_noda野田哲也
作品集『今日の問題点』より
《日記1969年2月28日》

1969年
木版、シルクスクリーン
イメージサイズ:14.9×14.9cm
シートサイズ :19.8×19.8cm
鉛筆サインあり


20170521_fukuda福田繁雄
作品集『今日の問題点』より
《正3面体の展開図》

1969年
平凹版
イメージサイズ:15.0×15.0cm
シートサイズ :19.8×19.8cm
鉛筆サインあり


20170521_ay-o6靉嘔
作品集『今日の問題点』より
《レインボールームの中の一匹の虫》

1969年
オフセット、シルクスクリーン
イメージサイズ:18.0×18.0cm
シートサイズ :18.0×18.0cm
4枚一組の作品
裏面に鉛筆サインあり

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