「岡乾二郎の認識―抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展

豊田市美術館 千葉真智子


 タイトルにあるとおり、本展は、造形作家であり、批評家・研究者としても重要な仕事をしてこられた岡乾二郎さんに企画監修をお願いし、豊田市美術館のコレクションに館外からお借りした作品を加えて構成された展覧会である。
 当館のコレクションの大きな特色は、一般的な日本の美術館がまず収集対象に掲げるであろう、近代でいえば、印象派やキュビスムなどのフランス美術、そして戦後でいえば、アメリカ型の抽象表現主義美術、この二大巨頭がほぼゼロなことで、かわりに、近代ではウィーンの美術・応用芸術、戦後に関してみれば、イタリアのアルテ・ポーヴェラやヨーゼフ・ボイスらドイツ系の作家たちの作品が多いという点にある。こうした特色を考慮しながら、さらに岡さんがこれまで熱心に研究し、折に触れて言及してきた作家や美術の動向をも盛り込んで構想されたのが、「抽象芸術」の本来の意味を探るという、本展の趣旨である。それは、言ってみれば、キュビスムから派生し、戦後アメリカの抽象芸術に辿り着いたとされる、あの有名なアルフレッド・バーによるモダニズムの進化のチャートをまるごとひっくり返す試みであり、ここには、キュビスムから抽象表現主義へという美術史の物語によって、視覚の問題にのみ収斂してしまった「抽象」を、そうではなく、非常に身体的、具体的、直接的なものなのだとして、作品と自身の見方・言葉でもって「具体的に」描き直そうとする強い思いがある。
 
 作家である岡さんの確信が根底にあるからこその展覧会だと実感する。会場は、常にはないような豊かさと自在さに満ち、その一方で深部にぐっとくるような切実さも備えている。

 そもそも、展示の始まりが教育遊具だなどと想像して見に来る人などいないのではないだろうか。早くも日本で明治時代に導入されたフレーベルの恩物や、その後展開したモンテッソーリ、シュタイナーの玩具は、それらに直接触れることを通して、私たちにモノそのものの本質を垣間見せ、また私たちをしかるべき行動に導いてくれるものとして考案されたという。そして、そうした幼児期の原初の具体的体験こそが、作家たちの創造の根底にあり、抽象芸術の本質に繋がることを、会場の真ん中に置かれたテーブルの上の玩具と、それを取り囲む現代美術の作品たちとの関係―積み木の傍に置かれたリュックリームの石組みのドローイング、熱で形態変化する蜜蝋粘土の傍に置かれた脂肪の詰まったボイスのジョッキー帽、カラフルなフレーベルの恩物の球に向かい合う田中敦子の円と電気コードの描写から成る絵画―が浮かびあがらせてくれる。通常の美術展では、玩具といっても、名前のある作家のものであるか、あるいは、あくまでも文化史としてしか紹介できないところを、入念な調査を経たうえで、確信をもって、ヒエラルキーを覆して、抽象芸術の始まりとして鮮やかに披露する。

 こうしたはっとするような軽やかな振る舞いの一方で、展示には、岡さんが作品制作で追求してきたことに接続する、切実さが折り込まれてもいるのも実感できる。作り手として実現したいこと。作り手だからこそ他の作品から読み取れること。
 岡さんがしばしば言及してきた坂田一男は、師匠とされてきたレジェと並べて、展示室4のメインを張るが、そこで試みられるのは、レジェの影響という通俗的な理解の解体である。坂田の向かいには、マルチブロック・プリントという複数の版木の重ね合わせで作られた恩地孝四郎の版画があり、無関係なモノを一つに印画紙の上に定着させた瑛九のフォトデッサンと型紙があり、その先には、目に見える対象を超えた「無形なもの」の表現向かった岸田劉生の「デロリ」の絵画と、絵画の向こうにあるはずの充満した空虚を表現しようとしたルーチョ・フォンターナの深い穴が並ぶ。到底簡単にまとめられるものではないが、敢えていえば、それらは、空間の可変性や対象の不確実性に気づきながらも、そのこと自体を一つの作品のなかに実現しよう(ここにない空間を、その作品のなかのみ出現させよう)という果敢な取り組みであり、こうした作品と手に手を取ることで、坂田の絵が、レジェの半幾何学的な一枚の画面とは異なり、それぞれの対象の外側にあるそれぞれの地を、複数のネガティブな空間としてそのまま一枚の絵の中に共存させる試みだったことが強度をもって説明されることになる。こうした理解の核心には、岡さんが初期のレリーフから現行の絵画までを貫いて実践してきた、空間の創出に関わる追求に、深い根拠があるのだろうと思う。

坂田一男 コンポジション1949坂田一男
《コンポジション》
1949年
個人蔵

22_葉っぱと雲恩地孝四郎
《ポエムNo.22葉っぱと雲》
1953年
和歌山県立近代美術館蔵

qei_nemuri-cover瑛九
《眠りの理由(表紙)》
1936年
個人蔵

岸田劉生「鯰坊主」岸田劉生
《鯰坊主》
1922年
豊田市美術館蔵

 展示の仕方も同様である。何がその作品にとって大事なのか、それを適確に見せる。それぞれの作品が置かれる場所には、その壁、その空間における他の作品との関係から導かれる確固とした根拠がある。
 愉しいのに気の抜けない、隙のない、情報のいっぱいつまった展覧会となっている。

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撮影:青木兼治

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撮影:青木兼治

 是非、多くの方に見ていただきたいと切に思う。

ちば まちこ

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「岡乾二郎の認識―抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」
会期:2017年4月22日(土)〜6月11日(日)
会場:豊田市美術館 展示室1〜4
休館日:月曜日(5月1日は開館)
開館時間:10:00〜17:30(入場は17:00まで)
主催:豊田市美術館
観覧料:一般800円(700円)/高大生500円(400円)/中学生以下無料
     *( )内は20名以上の団体料金
企画監修:岡乾二郎(造形作家)
関連プログラム
◎講演会「抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」
 日時:5月14日(日)午後2時〜(午後1時30分開場)
 講師:岡乾二郎(本展監修者・造形作家)
 会場::美術館1階講堂(定員172名、先着順、聴講無料)

*画廊亭主敬白
豊田市美術館といえば谷口吉生の設計で知られ(1995年11月開館)、設立時の思い切った蒐集方針によって国内の美術館では異彩をはなっている。
本エッセイの筆者・千葉真智子さん(同館学芸員)が<一般的な日本の美術館がまず収集対象に掲げるであろう、近代でいえば、印象派やキュビスムなどのフランス美術、そして戦後でいえば、アメリカ型の抽象表現主義美術、この二大巨頭がほぼゼロ>と高らかに断言している通りである。いい意味で偏ったコレクションをもとにした今回の企画は通常ならば「コレクション展」とか「常設企画」と呼ばれるものですが、監修を依頼した相手が悪かった(つい口が滑ってごめんなさい、凄い人に頼んだものです)、岡さんの企画への集中と情熱がどんどん過熱する、どんどん内容が膨らむ、目にみえるようですね。同館のコレクションだけでは間に合わず、四方八方から集めたらしい。
ときの忘れものが協力を依頼されたのは、先ず瑛九、そしてジョン・ケージル・コルビュジエでした。
あの豊田で瑛九が展示されるならば本望であります。今まで扱ってきた中でとびきりの名品を所蔵家のご協力を得て、出品することができました。
同館のホームページをご覧になればわかりますが、メインは「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」です。瑛九がならぶ「岡乾二郎の認識―抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展をぜひご覧になってください。