<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第53回

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(画像をクリックすると拡大します)写真集『Untitled』(2017年、roshin books)から複写

子どもの眼はマークによく反応する。
絵本を出している出版社のマーク、運動靴についてるメーカーのマーク、デパートのマーク、製菓会社のマークなど、身のまわりにあるマークを意味もなくじっと見つめ、記憶する。
そのイメージは、文字よりもずっと奥深いところに納まるのかもしれない。

そして、おとなになったある日、そのマークがいきなり目の前に出現し、これを知っている!という感覚が体のなかで破裂する。
とはいうものの、そのマークのなにを知っているわけではない。
ただこの形に覚えがあるという驚きにとらえられ、動けなくなるのだ。

この写真を見たときが、まさにそうだった。
壁に描かれた左のマークに、あっ、と声にならない声をあげた。
こういうマークがたしかにあった。ガソリンスタンドを通りかかると、ふいに目に飛び込んできて心がわしづかみにされたのだった。
あれは何だろう、と考えだすともうだめで、イメージが勝手に動きだしてしまう。
丸い部分があたまで、長い曲がったものは手足で、喉のところに付いている短いのもあわせるとぜんぶで6本。脚の数があわないにもかかわらず、いったん蜘蛛だと思うと、そうとしか思えなく、蜘蛛とガソリンがどうつながるのだろう、とつぎなる疑問が浮かんだのだった。

当時のガソリンスタンドはまっ白である。
白は未来を象徴する色で(だから冷蔵庫も、洗濯機も白以外はありえなかった)、ガソリンスタンドは街のなかでまぶしく輝き、晴れている日にその前通ると、思わず目をつむってしまうほどだった。
早く車やバイクを持てる身になって、エンジンを鳴り響かせてあの場所に乗りつけたい。
そんな羨望をそそるに充分な輝きをガソリンスタンドは放っていたのである。

写真のガソリンスタンドも、ペンキのなかにどっぷり浸けたようにぜんぶ白い。
しかも給油機の影から判断するに、時間は正午に近く、太陽は真上から直射している。
まぶしさは頂点に達しているはずだ。
その炎天下の道を、丸い竹籠をさげた老婆が杖をつきながら歩いてきた。
腰が曲がり、上半身は直角に前に突き出し、杖はもう一本の脚になっている。
もんぺの裾は地下足袋のなかにたくしこまれ、腿からつま先までがひとつづきになった姿は、もぞもぞと動く黒い虫のようだ。

一歩また一歩と脚を前に出して虫のように歩く彼女の目に、ガソリンスタンドの姿は映ってはいない。
クルマには縁のない暮らしで、車輪のついたものは、乳母車とリヤカーしかつき合ってこなかったのだ。
力を入れて押したり引っ張たりしなくても動くなんてものは危険で疑わしい、そう思っているにちがいないのだ。

画面の左手には、わずかにリヤカーがのぞいている。
これは老婆と関係あるのか、ないのか。
どちらにせよ、彼女がリヤカーのある場所からスタンドの前を通って、ここまで歩いてきたのはまちがいなく、そこを間もなく通りすぎるというときに、カメラのシャッターがおりたのだった。

このタイミングは偶然ではないだろう。
腰を折って進む老婆の異様な姿と、すぐ上にある例のマークとを、カメラマンの率直な目は重ねて見ずにはいられなかったのだ。
ふたつが交わった瞬間、奇妙奇天烈な凄みが放たれ、白一色の空間は非日常の世界に引っばり込まれ、白昼夢とひとつになった。

大竹昭子(おおたけあきこ)

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●写真集のご紹介
東京をベースに活動する写真専門の出版レーベルroshin booksさんから、柳沢信写真集『Untitled』が刊行されました。
上掲の作品も収録されています。

柳沢信写真集『Untitled』
2017年
roshin books 発行
96ページ
25.6x25.6cm
限定1,000部

roshin booksでは7冊目の写真集として柳沢信(1936 - 2008)の写真集を出版いたします。柳沢は1958年にミノルタの広報誌「ロッコール」において「題名のない青春」という作品で華々しいデビューを飾りました。その後の1961年から2年間は病気のために療養しますが、再び精力的にカメラ雑誌を中心に活動しました。
復帰後の柳沢の視線は日本の各地へと向けられます。氏はデビュー当時から一貫して「写真に言葉はいらない」と言い続けました。被写体、撮影者の感情、それらを言葉で説明する必要もないほどに見つめられ研ぎ澄まされた世界、それがまさしく写真ではないかと。
柳沢信の生前の個展数は4回(グループ展などの出展は除く)、写真集は3冊とその活動時間の割には極めて少数であります。周囲の流行などにとらわれず、自らのペースで眼球に写る世界をフィルムに刻んでいきました。70年代初期には当時カメラ毎日の編集長で天皇とまで呼ばれていた山岸章二からの写真集の出版要請を断ったというエピソードもあります。
1990年に出版された「柳沢信・写真」から27年の月日が経ちました。既に過去の写真集は絶版となり、今ではそれらに触れる機会がありません。柳沢が写した「写真」という言葉以上他にいいようもない圧倒的な世界が再びこの時代に甦ります。60年代から70年代の旅の写真を中心に大田通貫が編集しました。作品はもちろん印刷、装丁、一つの作品として堪能してください。2017年に生まれる歴史的な1冊です。(roshin books HPより転載)

柳沢信 Shin YANAGISAWA(1936-2008)
1936年東京墨田区向島生まれ。1957年東京写真短期大学技術科卒業。桑沢デザイン研究所に入学するが、8月に中退し、以後、フリーとなる。1958年『ロッコール』に「題名のない青春」が掲載され、注目を集めるが、1961年結核と診断され、2年間の療養を余儀なくされる。1967年「二つの町の対話」「竜飛」により日本写真批評家協会新人賞を受賞。翌年、ニコンサロン(東京)で受賞記念展。写真誌を中心に精力的に作品を発表する。1993年イタリア旅行。帰国後、喉頭癌、食道癌が見つかり手術。声を失うとともに、息を止めることができなくなり、シャッターを切れなくなる。2008年6月2日死去。享年71。