小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」第17回

木村高一郎『ことば』、『ともだち』

01(図1)


今回紹介するのは、木村高一郎(1975-)の写真集『ことば』と『ともだち』(いずれもリブロアルテ、2017年)です。『ことば』や『ともだち』という、やや漠然としたタイトルからはその内容を測ることは難しいですが、いずれも木村自身の家族を自宅で撮影した写真で構成されており、家族との生活の中で、繰り返される営みが主題になっています。
『ことば』は、木村が家族(妻と幼い息子)と共に就寝する寝室の天井に、自動タイマー付きのカメラを設置して撮影した写真をまとめたものです。表紙には3人の眠る姿のシルエットがエンボス加工で象られており、薄い赤い紙が毛布のように身体の上に被さるように重ねられています。(図1)縦長の判型で見開きページ全体に写真が掲載されており、画面右側に設置されたベッドの隣に、二枚並べて敷かれたマットレスの上に、親子3人、あるいは妻と息子、木村と息子、息子一人が眠っている場面が繰り広げられていきます。マットレスの間にページの綴じが重なるように写真が配置されているため、マットレスの上での家族それぞれの振る舞い――寝相や団欒、絵本を読み聞かせている様子、ストレッチをしたり、ふざけて遊んだりしている様子など――を真上から眺めているかのように感じられます。写真をシークエンスとして見る中で、家族の振る舞いだけではなく、マットレスの周辺に置かれているものや、季節による布団やタオルなどの寝具の変化を観察することができます。

02(図2)


03(図3)


木村家の「川の字に眠る」就寝スタイルは、息子を中心に左側が妻、右側に木村が寝るパターンを基本型としつつ、息子がマットレスの中外を縦横無尽に動き回るというもので、暑い時期にはお互いに幾分離れ、寒い時期には身を寄せ合って布団をかぶり、寝相のあり方にも季節の変化があらわれています。(図2、3)

04(図4)


05(図5)


息子に絵本の読み聞かせをしたり、世話をしたりしつつ、時に自分の読書に勤しむ妻や、寝相の姿勢が相似する木村と息子など、眠る前や就寝中、あるいは目覚めた後の行動をつぶさに見ていくと、家族それぞれの振る舞いのなかに、役割や関係性、生活習慣などが垣間見られます。写真集のタイトルである「ことば」とは、話したり書いたりする狭義の「言葉」に限定されるのではなく、寝室という一つの空間の中で、無意識的に繰り広げられるそれぞれの振る舞いが関わり合っている状態のことをも含んでいると言えるでしょう。木村が家族に直接カメラを向けて自分でシャッターを切るのではなく、家族全員を俯瞰できるような地点にカメラを固定し、自動でシャッターを切るように設定して撮影するという手法を取り入れることで、睡眠中とその前後の行動観察記録を通して偽りのない家族の関係性が浮かび上がっています。(図4、5)

06(図6)『ともだち』表紙


『ことば』で木村が用いている観察的な手法は、『ともだち』にも通じています。『ともだち』は、木村の息子が4、5歳の頃にトイレで排便をする様子を、踏ん張り、息み、時に放心しているかのような表情に焦点をあわせて撮影した写真をまとめたものです。正方形に近い判型の写真集は、便座の蓋が描かれた表紙が上に開くような装丁になっています(ページは横開き)。(図6)手持ちのカメラで撮影されているため、『ことば』のようには固定した視点とはいかないものの、息子が便座に座り排便する様子を、正面から見守るような視点で捉えた写真が連なっていきます。自分の育児経験から測ると、4、5歳の年頃の幼児は、トイレで排便することはできても、トイレのドアを閉めることを嫌がり、ドアを開けたままにして戸口で親が一緒に付き添い、用を足した後に尻を拭き、水を流すまでの行程を手伝うことが多いものです。「ともだち」というタイトルは、このように誰かを伴ってトイレに行くような感覚と、幼児にとっての「うんち」に対する感覚――自分の中から出てくる分身、友達のような存在で、用を足した後に水を流すことを「うんちにバイバイする」と表現するような感覚――を反映しているように思われます。
排便の度にカメラを向けられることもあって、撮られ慣れていることも手伝ってか、息子はカメラの存在を全く意識していないように、その時々のあるがままの感情をあらわにしています。写真集では左右の見開きに一点ずつ写真が掲載されており、視線の向け方や、身体や顔の向き、表情、などにおいてそれぞれに似通っていたり、共通点があったりするものが対になるように組み合わせられています。(図7、8、9)写真を見ていくと、幼児が毎回の排便にこれほど真剣で豊かな表情を見せるものなのかと驚かされます。
『ことば』と『ともだち』を相互に見比べて見ると、息子が身につけている寝間着のような洋服から判断して、これらの写真が撮影された時期が重なっていることがわかります。同じ被写体であり、同じ空間の中で、毎日同じように繰り返される営みでありながら、日々それぞれに異なる表情を具えていることが、ごく当たり前のことでありながら、写真として目に見える形をとることで新鮮に映ります。『ことば』と『ともだち』は、子どもが家族からの直接的なケアを必要とする幼児で、親から干渉を受けずに占有できる個室のようなテリトリーを主張する前の段階だからこそ成立したプロジェクトであると言えるでしょう。このように日常生活の中で、定期的に写真に撮る、撮られる関係性が成り立つのは、親子のように血縁があって生活を長く共にする場合でも、期間として限られるものなのかもしれません。

07(図7)


08(図8)


09(図9)

こばやし みか

■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。

●今日のお勧め作品は、中藤毅彦です。
20170725_nakafuji_46中藤毅彦
"Winterlicht"
1999年
ヴィンテージゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:54.0×35.9cm
シートサイズ:57.0×38.8cm
サインあり

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移転記念コレクション展
会期:2017年7月8日(土)〜7月29日(土) 11:00〜18:00 ※日・月・祝日休廊
※靴を脱いでお上がりいただきますので、予めご了承ください。
※駐車場はありませんので、近くのコインパーキングをご利用ください。
201707_komagome_2出品作家:関根伸夫、北郷悟、舟越直木、小林泰彦、常松大純、柳原義達、葉栗剛、湯村光、瑛九、松本竣介、瀧口修造、オノサト・トシノブ、植田正治、秋葉シスイ、光嶋裕介、野口琢郎、アンディ・ウォーホル、草間彌生、宮脇愛子、難波田龍起、尾形一郎・優、他

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ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
営業時間=火曜〜土曜の平日11時〜18時。日・月・祝日は休廊。

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JR及び南北線の駒込駅南口から約8分、名勝六義園の正門からほど近く、東洋文庫から直ぐの場所です。

◆小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。